清岡智比古、大木あまり、原田マハの3氏

WST National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

 「ブログは毎日更新しなければ駄目ですよ」との京洛先生の教えに従って、今日も何かネタがないものか、と自分の渓流斎ブログを開いたところ、異様なアクセス数に驚愕してしまいました。

 普段は1日300アクセスぐらいなのに、本日は何と、2100以上もアクセスがあるではありませんか。何事かと思って、分析したところ、2005年10月8日に書いた「中村哲氏と火野葦平」の記事へのアクセスが集中していることが分かりました。中村氏とは勿論、このほどアフガニスタンで献身的な医療と灌漑活動などをしながら、武装集団に暗殺された中村哲氏のことで、火野葦平は「麦と兵隊」などで知られる芥川賞作家です。二人は甥と伯父の関係だったことを書いています。

 でも、14年2カ月も昔に書いた記事ですからね。本人も書いたことすら忘れています(笑)。恐らく、ニュースで話題になっている中村哲氏のことを検索して、このサイトに行きついたのでしょう。ご愁傷さまでした(笑)。

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 ということで、14年前に倣って、今日も、有名人の意外な縁戚関係を取り上げてみようかと思います。多くの皆さんは御存知のことかと存じますが 単に私が知らなかっただけ、という理由ですのでお許しください。

 政治家と芸能人はまるで世襲のように、親子関係が続いていて、珍しくも何ともないので、割愛します。 いわゆる文化人を取り上げます。

 最近驚いたのは、NHKラジオでフランス語の講座を拝聴しているのですが、その講師を務める清岡智比古・明治大学教授(1958~)。少し変わった名前だな、と思ったら、何と、「アカシヤの大連」で芥川賞を受賞した作家で詩人・評論家の清岡卓行(1922~2006)の御子息だったんですね。智比古氏は、清岡卓行の先妻の子で、卓行は、作家の岩阪恵子氏(1946~)と再婚していました。

 最近、俳句の本を読んでいますが、俳人として今や大御所になっておられる大木あまり先生(1941~)がいらしゃいます。もう25年ぐらい昔、東京・新橋の「均一軒」という居酒屋の2階で行われた句会で1~2回お会いしたことがあります。彼女が詩人の大木惇夫(1895~1977)の御息女だったことを知りませんでした。言語感覚というのは遺伝するんですね。

 もう一人。「楽園のカンヴァス」や「風神雷神」など今や美術を題材にした小説では右に出る者はいないと言われる作家の原田マハ氏(1962~)。彼女は、小説家、エッセイストの原田宗典氏(1959~)の実妹だったとは、つい最近知りました。

 まあ、御存知の方は「そんなことも知らなかったの?」と怒られそうですが、恐らく、この記事も、また14年後にも読まれると期待しながら書きました。

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