古代史が書き換えられるアイアンロード=そして、デマ情報に騙されるな

 「世界史の概念が根底から覆されるよ」と言いながら、会社の同僚川本君が貸してくれたDVDは、今年1月に放送されたNHKスペシャル「アイアンロード~知られざる古代文明の道~」を録画したものでした。

 「随分、大袈裟だな」と半信半疑でしばらく放っておいて、時間が空いた週末に見てみると、これは吃驚。宇宙考古学と呼ばれる人工衛星からの探索で、ユーラシア大陸のアルタイ地域に鉄器文明で栄えたスキタイ人の古代遺跡や50以上の古墳が次々と見つかり、確かに、歴史的大発見!異様に興奮してしまいました。これでは古代史が変わります。

 人類が初めて鉄を生産する技術を獲得したのは、今のトルコのアナトリアに王国を建てたヒッタイト人です。紀元前17世紀前半にムルシリ1世が、バビロン第1王朝を滅ぼして古王国を樹立します。でも、最近になってその遥か昔の紀元前23世紀頃のカマン・カレホユック遺跡から世界最古の人工鉄(直径3センチ)が発掘されたのです。(中近東文化センター考古学研究所・大村幸弘所長ら)

 紀元前23世紀ですよ!今は紀元21世紀ですから、イエス・キリストの時代が随分、つい最近のことのように思えてきます。

 ヒッタイト王国は、鉄を武器に大国エジプト(ラムセス2世)と対等に戦って世界初の平和条約を結んだりしますが、隣国アッシリアなどの勢いに押され、紀元前12世紀に世界史から忽然と消えてしまいます。その後の鉄器文明は、前10世紀にコーカサス地方(ウクライナ・ビルスクヒルフォート遺跡)、前8世紀にはユーラシア・アルタイ地域に伝わり、スキタイ人が広大な領土を持った王国を築いていたことが最近になって遺跡発掘から分かりました。(愛媛大学アジア古代産業考古学研究センター長・村上恭通教授ら)これでは、古代史を書き換えるしかありませんね。

 スキタイ人は文字を持たなかったため、謎の民族で、同時代のギリシャの文献から「敵の血を飲む野蛮人」という扱いでしたが、実は高度な製鉄技術を持ち、短剣のほか、鉄で加工した黄金のネックレスなどもつくることができ、35キロの城壁に囲まれたアテネの4倍もの広大な首都を持った文明国だったことが、発掘調査から分かりました。

 スキタイ人は、馬の口の中に嵌める「鉄のはみ」を発明して、野生馬を自由に御すことによって、長距離の「移動革命」を成し遂げ、広大な領地を広げ、騎馬軍団で、ギリシャやペルシャ帝国を撃退しました。(スキタイ人はイラン系遊牧民という説があり、ペルシャ帝国はイランですから、今後の民族的研究も俟たれます)

WST National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

 このスキタイ人の製鉄技術を受け継いだのが、モンゴル地方の遊牧民だった匈奴です。匈奴の侵攻に度々悩まされた秦など古代中国は、万里の長城を築きます。中国の史書では、敵の匈奴は、野蛮で狂暴で悪者扱いですが、実は、高度の製鉄技術を持った文明国で、特に、鎧を打ち抜くほど強力な「鉄の矢じり」を発明して、匈奴の単于(ぜんう=君主)冒頓(ぼくとつ)は、漢の高祖劉邦を苦しめます(紀元前200年の白登山の戦い)。

 ヒッタイト人からコーカサス~アルタイのスキタイ人、そしてモンゴルの匈奴、さらに南下して中国の漢(特に、鉄が農具に使われ農業革命を起こす)にも伝わった製鉄技術は「アイアン・ロード」と命名されます。今のトルコから最後は日本列島(弥生時代)にまで到達するわけです。あのシルクロードより遥かに古いのです。

 いやあ、凄いドキュメンタリーでした。

WST National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

 さて、話は少しだけ変わります(笑)。新型コロナウイルスの感染は、ついに世界的な大流行(パンデミック)になりましたが、3月13日付読売新聞に掲載された「世界動かしてきた感染症 『パンデミック』も運んだ交易」と題した山崎貴史編集委員の記事は実に興味深く拝読させて頂きました。

 特に、「感染症は人の移動や交易の活発化で拡大した」という世界史的分析は秀逸でした。例えば、グローバリズムは今に始まったわけではなく、5~8世紀は、シルクロードを経由して交易が国境を越えて大いに盛んとなり、その間にインドが起源とみられる天然痘が西は中東、欧州へ、東は日本にまで拡大します。この記事には詳しく書かれていませんでしたが、当時の日本の奈良時代、「古事記」「日本書紀」を編纂した中心人物と目され、絶大な権力を誇っていた藤原鎌足の次男不比等も、その子ども藤原四兄弟(武智麻呂=南家、房前=北家、宇合=式家、麻呂=京家 )も若くして病で亡くなっています。それは、天然痘だった説が有力です。ですから、私なんか「そうだったのか!」と相槌を打ってしまいました。

 また、14世紀には、欧州では人口の3分の1が死亡し、黒死病と恐れられたペストが大流行します。これは、中央アジアが発生源と言われ、モンゴル帝国が西へ拡大する中、伝わったと言われています。領土拡大の帝国主義と病気拡散はセットだったことが分かります。この黒死病による人口減で、欧州は農奴が急減し、中世の封建的身分制度が崩壊し、ペストを防げなかった教会の権威も失墜し、人々の意識に「国家」の概念が生まれ、近代的な主権国家の誕生に結び付くという分析も、目から鱗が落ちるようでした。つまり、パンデミックが社会を変革したのですからね。

 その点、現在のパンデミックは、貧富の格差拡大など社会の矛盾の現れなのかもしれません。果たして、この現在のパンデミックが、世界を変えるほどの社会変革をもたらすのか? 私自身は、デマ情報に惑わされず、パニックにならず、世界史的視野で、大いに注目していきたいと思っています。