懐かしい「イージー・ライダー」を、知らないとは…

 私の義理の息子は、アメリカ人なので、会った時に、覚えたばかりの英語のフレーズを試す「実験台」になってもらっています(笑)。

先日も会った時に、

 I gave the last full measure of devotion. 知ってるかい?

 と、試してみたら、

「リンカーンのゲティスバーグ演説ですね。さすが、お義父さん」と褒められてしまいました。

 「なーんだ、自慢話かあ」で終わりたくないので、この後、深刻な続きがあります(笑)。

 (↑ 試訳は「私は死力を尽くして献身した」)

銀座「たか」焼き魚定食1200円 近くの大手出版社の編集者が通い詰める店らしく、さすがに美味。

「じゃあ、映画The Last Full Measure(『ラスト・フル・メジャー 知られざる英雄の真実』)(2019年)は観た?ベトナム戦争の話だけど、タイトルは、そのリンカーンの演説から取られた。ピーター・フォンダの最期の出演作になったやつ…」と私。

 「観てませんけど…。ピーター・フォンダ?」

 「えっ?ピーター・フォンダ知らないの?『イージー・ライダー』の」

  ちなみに、彼はロサンゼルス出身で、ハリウッドに近い所で育ち、映画通でもあります。

 私は「えーー、それは驚き。ピーター・フォンダのお姉さんはジェーン・フォンダで、お父さんも有名なヘンリー・フォンダで、ノーベル文学賞を受賞したスタインベックの『怒りの葡萄』(ジョン・フォード監督、1940年)にも出ていた…」と一気にまくしたてました。

 「うーん、ジェーン・フォンダは聞いたことあるけど…。スタインベックは学校で習った気がするけど…。うーん、チェック!」と、いつものように、彼はスマホを取り出して、検索し始めました。

 「あの歴史に残る名作『イージー・ライダー』(1969年)だよ! 本当に観てないの?」

 「うん、ノーーー」

 スマホ画面を睨みながら、「全く、何を言っているのか、訳が分からない」といった表情を彼は浮かべるのでした。

これに対して、私は I’m taken aback.とか、 astonishedとか、 shocked とか、あらゆる「驚愕」の言葉を並べました。

◇世代間ギャップ

 しかし、冷静になって考えてみると、それは「世代間ギャップ」ではないかと思いました。私の世代で、「イージー・ライダー」やピーター・フォンダを知らない人はまずいない。常識だと思われます。でも、そんな常識も、哲学的に考察すると、世代が変わると全く通じなくなってしまうということです。

 あんなに人気があって、有名で、一世を風靡しても、30年も経てば、すっかり忘れ去られてしまうという事実に、遅まきながら気が付いたわけです。同時に、自分が常識だと思っていることなど、年が経てば風化して、通用しなくなることも身に染みて分かりました。

 「常識を疑え」ではなく、「常識は時代によって変化する」です。平たく言えば、「おっさん、もう古いよ」ということになるんでしょうが、仕方ないですね。私はもう新しいモノは受け付けられない年になってしまいました。

 「イージー・ライダー」には、デニス・ホッパーとジャック・ニコルソンも出ていました。ステッペンウルフのテーマ曲「ワイルドでいこう!」も大ヒットしたんだけどなあ…。

 「世代間ギャップ」と言えば、父親と子との葛藤を描いた映画「エデンの東」(1955年、エリア・カザン監督)を思い出します。ジェームス・ディーン主演の名作です。テーマ曲も素晴らしい。

 そう言えば、「エデンの東」も原作者は、ジョン・スタインベックでしたねえ。

 繋がりました。

 お後が宜しいようで。

人類の叡智で地球環境問題を解決できるか=「LIFE SPAN 老いなき世界」

東京・銀座の高級鰻店で

◇断スマホのすすめ

 ここ数年の「スマホ中毒」のお蔭で、視界がボヤけて、目の奥がズキズキ痛む眼痛がいつまで経っても治りません。「誰か止めてくれい」と叫びたくなるほど、まさに「中毒」です。通勤電車の中でも、7人掛けに座っている7人中5人はスマホとにらめっこしています。立っている人のほとんどもそうです。

 これは、何も日本だけの話ではなく、パリに行った時、メトロで、ロンドンでは、アンダーグラウンドで、そしてニューヨークのサブウエイでも皆、スマホと格闘しています。

 昨年から話題になっているアンデシュ・ハンセン著、久山葉子訳「スマホ脳」(新潮新書) によると、現代人は、10分に1回はスマホを手に取り、スクリーンタイムの1日平均は4時間。10代の若者ともなると、その2割は、スマホに1日7時間を費やしているといいます。1日2時間超のスクリーンタイムは鬱病のリスクや学習集中力の低下につながるともいわれています。

 スティーブ・ジョブズは自分の子どもにはiPadを触らせなかったらしく、「裏事情を知っている」世界のIT企業長者の多くは、子どもにスマホを与えないらしいですね。IT長者に知り合いがいないので、裏を取っていませんが(苦笑)。

 まあ、断酒じゃありませんが、たまには、1日、スマホを仕舞って、触れない日を作ってもいいのかもしれません。インターネットが出始めた頃は、メールチェックも1週間に1度程度でしたからね。あの時代は随分、牧歌的な時代でした。

銀座「博多のぼせもん」 もつ鍋定食 1000円

 ◇「LIFE SPAN 老いなき世界」

 今、先月末から読み始め、途中で「本能寺の変」関連の本を読んでいたため中断していたデビッド・A・シンクレア、マシュー・D・ラプラント著、梶山あゆみ訳「LIFE SPAN 老いなき世界」(東洋経済新報社)を再び、続けて読んでいます。

 このブログでは、1月28日にご紹介し、「実は、まだ半分ぐらいしか読んでいないのですが、できれば、この本を読むお仲間を増やして語り合いたいと思ったので、早々に御紹介しました。」と書きましたが、どなたか読み始めましたか? えっ? いない? 駄目ですねえ。

 世界的大ベストセラーになったらしく、なかなか良い本ですよ。分子生物学、遺伝学の難解な専門書なので、最初は専門用語に追いつくのが大変でした。しかも、著者の何処か自信満々のペダンチックな書き方が妙に鼻に付きましたが、後半では、わずかながら、挫折めいた感傷的になる記述も見られたため、浅はかな評価をやめました。もう1回ぐらいは再読するつもりですので、名著だと思います。

 前半では、「老化は病気の一種なので、NAD増強分子とメトホルミンや少量のラパマイシンを服用すると若返り、寿命が120歳、150歳になるのは夢ではない」といったバラ色の世界ばかり描かれています。

 これだけだと、単なる能天気な、現実を直視しない夢想家の発想にさえ見えますが、後半になると、著者の筆はちょっとネガティブになります。環境汚染や地球温暖化問題、人口増と食糧問題、そして貧富の格差拡大など統計を駆使して説明します。

 それは、著者が、実の息子から「パパの世代もその前も皆、地球が破壊されるのを黙って見ていたよね。その上、何?今度は人がもっと長生きできるようにしたい?世界をもっと傷つけられるように?」と批判されても、何も答えられなかったからでした。

 著者は、世界的なパンデミックの問題も警告していましたが、この本が出版された後、残念ながら、新型コロナウイルスが蔓延してしまいました。

 過去の歴史を振り返り、例えば、19世紀のロンドンで、3度にわたってコレラが大流行し、3万人もの人が亡くなった話に触れています。当時は、コレラは、沼などから立ち昇る悪い空気などから感染すると固く信じられていましたが、ジョン・スノウという医師が、そうではなく、公衆衛生の設備が整っていないからだということを突き止め、井戸ポンプの取っ手を取り外したり、上下水道を整備、改善することによって感染を収束させたといいます。その後、フランス人のパストゥールらのワクチン接種の研究などで、画期的な成果を挙げていきます。

 このように、著者は、先人たちが苦労したように、人類の叡智によって、地球環境問題にしろ、人口稠密問題にしろ、いつかは解決できると期待を込めているのです。

 やっぱり、難解な書物なので、1回読み終わったら、教科書のようにラインマーカーを引っ張って、再読するつもりです。

願掛けて眼科へ

モンティチェロ Copyright par Duc de Matsuoqua

 また、個人的な話なので、「どーでもいい」お話なのですが、右眼の下にものもらいが出来て、もう1カ月以上苦しんできました。眼痛はひどいし、視界もぼやけてきました。このままでは、ブログさえ書き続けられません。

 以前だったら、2~3週間で治っていたのですが、老人力が付いてきたのか、市販の目薬では全然治りません。溜まりかねて、昼休みに会社の近くにある眼科を調べて飛び込んだら、さすがに満員御礼。仕事が終わった夕方に出直すことにしました。

クレーンで富士山を持ち上げようとしましたが重くて中止になったようです Copyright par Duc de Matsuoqua

 銀座の歌舞伎座の近くにあるTアイクリニックという眼科医院ですが、院長さんは、レーシックの世界的権威らしく、院内には表彰状とか、週刊誌や日刊ゲンダイなどで取り上げられた記事などがベタベタと貼られていました。個人的には、あんまし、こういうのは好きではないし、レーシックなんて、おっとろしくてやる気も起こらず。こっちは、単なる、ものもらいの目薬を処方してもらうために気軽に立ち寄っただけですから、合計約1時間の待ち時間は、ずっと目をつぶって瞑想しておりました。

 銀座という地価が高い土地柄、院内はとても狭い空間で、患者さんがひしめき、受付と会計には若い女性が5~6人も待機し、「三密」状態でした。

 単なるものもらいなのに、事前に、眼圧を測ったり、視力を測ったりしました。やっと呼ばれた先生は40歳代ぐらいの女医さんでした。瓜実顔で目が横長で、ちょっと、浮世絵に出てくる江戸美人といった感じです。でも、話をすると、とても言葉遣いが丁寧で、非常に頭が切れて賢そうな信頼できる先生でした。

 とはいえ、ものもらいの治療と称して、患部は針でブチューと刺され、膿を出しましたから、痛いの何のって。麻酔液をかけてくれましたが、1分ぐらいでは効き目がなく、先生は「痛いですよーーー」と言ってはくれましたが、本当に痛かった。

 目薬は銀座のマツモトキヨシで処方してもらいました。コロナ禍で、外国人観光客がいないので空いていました。

「現代の城」散策記=戦国時代と変わらぬ要塞も

 私が住んでいる所は、民度が低いのか、日本で一番馬鹿にされている県で、確かに、自己中心的な狼藉者が多く、私も何度かチンピラにからまれたことがあります。

 はっきり言って、嫌いな街です。縁もゆかりもない所でしたが、たまたま集合住宅の一室を買ったら、バブルが崩壊し、価格が暴落して売れに売れず、そのまま仕方なく住んでいる感じです。

石垣もあり、まさに現代のお城じゃあ

 それでも、近所のKという所は、最寄り駅からかなり遠いのに、高級住宅街と呼ばれ、中にはとんでもなく大きな大豪邸もあります。私も東京の田園調布とか、松濤とか、白金とか、釈正道師がお住まいの等々力とか、高級住宅街と呼ばれる所を訳もなく散策したことがありますが、それらの豪邸に引けを取らないぐらいの大豪邸が散見されます。

 何でなんでしょうかねえ?

 ある噂では、もともと、有名大企業の社長さんのお妾さんを住まわすために区画整理されて、住宅街ができた、なんてものもありましたが、都市伝説じゃあるまいし、まさかあ、ですよね?

写真では大きさが分からない…

 そしたら、今では引退されましたが、かつては「芸能界のドン」と呼ばれた広域指定暴力団山口組の武闘派・後藤組の後藤忠政・元組長が書いた「憚りながら」(宝島社)を読んでいたら、愛人がこのKに住んでいた、といった趣旨のことを書かれていたので、本当に腰が抜けるほど吃驚したことがあります。

 噂は本当だったかもしれません。

◇現代の城めぐり

 コロナ禍で緊急事態宣言が発令され、好きな城巡りや寺社仏閣巡りも出来なくなってしまったので、仕方がないので、今は「現代の城」巡りを、この高級住宅街Kでしているわけです。

 でも、実態は単なる散歩で、通り過ぎているだけですが、「こんなデッカイに家に、どんな人が住んでいるんだろう?何をしているんだろう?」と興味津々です。想像するだけで楽しいのです。何しろ、彼らは現代の城主さまですからね。

城主さまをお見掛けしましたが、普通の人でした

 とはいえ、勿論、想像だけで、それ以上は踏み込みません。ですから、プライバシーの問題もありますから、皆様もこの高級住宅街Kが、何処にあるのか、ゆめゆめ詮索も検索もされずに、想像だけでお楽しみください。

 私なんか、最初はその大豪邸の広さと大きさに圧倒されていましたが、その要塞のような外観と規模には思わず笑ってしまいました。その写真の掲載は控えましたが、笑うしかないでしょう。現代の城主は、戦国時代の武将と同じように、日々、周囲の敵と戦っているようにさえ思えてきました。

【追記】

 ここは田舎ですから、江戸時代の庄屋か大地主の子孫と思われる、遥かに広大な敷地の大豪邸が駅の近くなどの住宅街にあります。

 そして思い出したのが、朝日新聞社の社主だった故村山美知子氏の神戸市御影の自宅を見に行ったことでした。敷地は約1万坪で、香雪美術館も併設されていましたから、私が知る限り、個人の住宅では最高の部類でした。御影や芦屋など関西の高級住宅街の方が、関東より格も大きさも上かもしれません。

 ま、ハリウッドの大豪邸とか、故マイケル・ジャクソンのテーマパークのような大豪邸(最近、売りに出されたらしい)とか比べれば、日本はまだまだ後塵を拝すでしょうけど。あ、そう言えば、ロシアのプーチンさまの宮殿も、本人は「俺や親族とは関係ねえ」と仰ってますけど、どでか過ぎる大豪邸でした。

 

見つかった? 何が? 愉しみが=備前焼の湯呑茶碗購入記

 備前焼 湯呑茶碗(鈴木美基作)

 コロナ禍による自粛で、つまらない毎日を送らざるを得ません。でも、あまり、落ち込んでばかりもいられないので、何か愉しみを見つけることにしました。

 面白きなき世を面白く、です。

 私の場合、ほんの少し、焼き物に凝ってみました。焼き物といっても、サバの塩焼き定食ではありません(くだらない!=笑)。有田焼、九谷焼、笠間焼といったあの焼き物です。高校生程度の基礎知識しかないので、少し調べたら、中世から現代まで続く代表的な六つの窯を「六古窯」と呼ぶそうですね。それは、越前、瀬戸、常滑、信楽、丹波、備前の6窯です。1948年頃、古陶磁研究家の小山冨士夫氏により命名されたといいます。既に奈良、平安時代から生産が始まっています。

 となると、私も、以前購入したり、家にあったりして、良く知っている唐津焼や萩焼や志野焼や益子焼などは、六古窯と比べれば、それほど古くないということになります。豊臣秀吉による朝鮮出兵で、多くの陶工が日本に強制的に連れて来られたりして、九州を中心に全国至るところで、窯が開かれたという話を聞いたことがあります。

 茶道具の陶磁器の中には城が買えるほど、超高価なものがあったりして、調べれば調べるほど焼き物の世界は奥が深いので、歴史的な話はひとまず置いて、個人的な話に絞ります。

◇湯呑茶碗が欲しい

 きっかけは普段、家でお茶を飲んでいる湯呑茶碗です。いくらなのか、知りませんが、安物で、スーパーで「一山幾ら」の中から見つけてきたような代物です。毎日使っているものですから、そんな安物ではあまりにも味気ない。それでは、何か良い物でも奮発して買ってみようかと思い立ったわけです。

 でも、焼き物は種類が莫大で迷うばかり。そこで、誰が言ったか知りませんが、「備前に始まり備前に終わる」という格言を思い出し、備前焼に絞ることにしたのです。

 そしたら、銀座に備前焼の専門店があることを見つけました。何と私の通勤路のみゆき通りにあり、毎日のようにそのビルの傍を通っていたのです。その店は「夢幻庵」といい、ビルの2階にあります。昼休みに、飛び込みで入ったら、40代ぐらいの女性の店主が笑顔で迎えてくれました。「夢幻庵」は岡山県備前市に本店と支店があり、陶芸作家を200人以上抱えているというのです。東京の、しかも銀座に支店を出すぐらいですから、相当なお店なんでしょう。

備前焼 湯呑茶碗(鈴木美基作)良い景色です♪

◇「小橋俊允は私の弟です」

 それで、店主と色々と話しているうちに、結局、湯呑茶碗一個を買ってしまいました。備前市の鈴木美基さんという陶芸作家が作ったものです。6600円也。お店の女性は「作者は48歳ぐらいの方です」と説明してくれましたが、後で自分でネットで調べてみたら、1970年生まれの方でした。ということは50歳ですよね? もう一人、気に入った湯呑茶碗があり、どちらにしようかと最後まで悩みましたが、8800円という値段の関係もあり、今回は諦めました。作家は小橋俊允さんという人でした。この方、ネット通販でも名前を見かけた人でした。偶然です。通販で購入してもよかったのですが、ネットでは重さも大きさも肌合いもよく分からないので、店舗に足を運ぶことにした経緯があります。

 そしたら、お店の女性は、後になって、「(小橋俊允は)私の弟なんですよ」というので吃驚してしまいました。既に、鈴木美基さんの茶碗を注文してしまっていたので、「遅かりし蔵之介」です。店主は、最初、小橋さんのことを「41歳ぐらいです」と説明しておりましたが、私が後で調べたら、1977年生まれ、ということで、それなら43歳です。えっ!? もし、その場で分かっていたら、「ご自分の弟さんなのに、年齢も知らないんですか?」と、突っ込みを入れていたことでしょう(笑)。

お茶だけでなくビールや焼酎も呑めるとは!

◇茶碗で酒でも呑むかあ

 ということで、鈴木美基氏の湯呑茶碗は、これからも長く愛用していくつもりです。何と言っても、おまけの「収穫」は、この茶碗で、お茶だけでなく、ビールが飲めたり、焼酎のお湯割りなんかも呑めたりできるという話を聞いたことでした。

 「使えば使うほど、味が出てきますよ」と店主さん。こりゃあ、いい。愉しみが一つ増えました。

新ばし料亭街を歩く=「京都 瓢亭 銀座本店」でランチ

◇6.9億人が飢餓に苦しむ 

 国連食糧農業機関(FAO)などが昨年8月に発表した統計によりますと、現在、世界人口の8.9%に当たる6億9000万人が飢餓に苦しんでいるといいます。

 先日は、ミャンマーで軍事クーデターが起きましたし、同国のロヒンギャ族もいまだに虐げられています。中東では、シリアでもイエメンでも内戦が続いて収束の兆しが見られず、コロナ禍でも、アフリカ難民の人々がいまだに地中海を彷徨っています。

 それなのに、お前は気楽に銀座でランチなんかして、しかもブログにその写真なんぞまで上げたりしている。そんなんでいいのか!との天の声が聞こえてきます。

 「いえ、私自身も、あまり気が進まないんですが、グルメ関係は反応が多いもので…」と弁解しようものなら、「堕落したプチブルめえ。どうせ、ブログのアクセス数と広告クリックで、稼ぎたいんだろ?地獄に行きやがれ!」との非難の声が聞こえてきます。

 我ながら、あに、やってんでしょうかねえ? 気が引けます。

 とは言いながら、

 不届きにも、今日も今日とて、銀座ランチのお話です。

 本日行ったのは、「京都 瓢嘻 銀座本店」です。敷居が高く、ちょっと入りにくい高級懐石料理店です。チェーン展開されているようで、系列店かどうか分かりませんが、「瓢嘻 赤坂店」の方は、前の首相の安倍さんが贔屓にしていたお店で、「首相動静」を見ると、ちょくちょく、この店の名前が出てきたものです。

◇高級料亭街を闊歩する

 実は、この「瓢嘻 銀座本店」の周囲(東銀座、新橋、築地)は、いつぞやこのブログで書いたことがありますが、著名高級料亭街でもあります。「吉兆」(東京吉兆本店)、「松山」、「金田中」(新橋演舞場)、「米村」、「小すが」、「花蝶」(1968年の「日通事件」の舞台)、そしてほんの少し離れてますが、「新喜楽」(芥川・直木賞選考委員会開催会場)…。

 いずれも、皆様、一度は行かれたことがあることでしょうから、御説明はいらないことでしょう。もし、行かれたことがない方がいらっしゃったらいけないので、「東京新橋組合」のサイトのリンクを貼っておきます。

「京都 瓢亭 銀座本店」のランチ「鯛胡麻タレ丼」 1320円

 それで、「瓢嘻 銀座本店」の話でしたが、この店の前にメニューと値段も展示しているので、怖れることはないのです(笑)。特に昼間のランチは。

 完全個室で、他に誰もいない「孤独のグルメ」なので、新型コロナに感染するリスクは、至って少ないと思われます。最近、剃髪して出家された釈正道師におかれましては、近くの歌舞伎座での歌舞伎鑑賞のお帰りがてらにお薦めです。釈正道師は、このブログの本文は読まず、専ら料理の写真ばかり見ているという噂ですが。

 ◇「料亭政治」復活を

 かつては、この料亭街では「料亭政治」が蔓延り、店の前は、黒塗りのハイヤーや社用車が列をなして並んでいたものです。しかし、世知辛い世の中になってしまい、めっきり減ってしまいました。道理で、人間が小粒になり、小さくなったものです。

 先ほど、料亭「花蝶」にリンクを貼っておきましたが、ここは、昭和の疑獄事件の一つである「日通事件」で舞台になったところでした。

 悪徳検事や政治家や大物財界人を自称するなら、料亭に行って、どんちゃん騒ぎをして、「ムフフフ、おぬしも悪やのお~」とやらなければ駄目ですよ。日本の経済発展のためにも、です。

 あれ? 皮肉に聞こえましたか? 貴方も随分、性格が擦れてきましたねえ(笑)。コロナの影響ですか?

国民の義務を果たして来ました=個人的な確定申告

去年2020年2月はこんな状況でした。

Go to確定申告

 全く個人的な話ながら、今朝、地元税務署まで確定申告に行って来ました。国民の義務を果たせて、やっとすっきり出来ました。(国民の義務って、納税の他に何だっけ?徴兵?まさか…)

 何しろ、昨年10月辺りから、この確定申告について、本当に夜も眠れないくらいずっと悩んできましたからね。親しい友人、知人、中には、ほんまものの税理士さんまで巻き込んで相談しまくりました。(本当は税理士さんに相談すると何万円か、掛かるようですが、メールでしたので、粗品を送って胡麻化してしまいました=笑)

 昨秋から何冊か、その手の本を買って、租税公課やら減価償却費やら独学しましたが、まず、素人じゃ無理ですね。専門用語が多過ぎてさっぱり分からなくなってしまうのです。

 特に、不動産の減価償却費なんか、極め付きです。一度、一人自宅で「e-TAX」でやろうと試してみたのですが、参考書に出てこなかった「未償却費」なんぞが出てきて、どうやって計算したらいいか分からず、お手上げです。途中で諦めて「一時保存」したつもりが、どうも、保存されていなかったようで、頭がピーマンになってしまいました。(特に私の場合、個人事業主のほかに、会社員と年金の雑費計上があるので、かなり複雑で、素人には無理です)

2020年2月はこんな状態でした!人間、すぐ忘れます。

◇税務署員は本当に親切丁寧

 そこで、もう直接、税務署に出向くしかない、と事前に連絡したところ、新型コロナで「入場整理券」を配るので来てください、応じてくれたので、今朝早く、休みを取って行って来たわけです。平日しかやってくれないからです。(それに、2月14日からの本チャンの大会場での確定申告は、人が多く並んで半日仕事になる、との噂を聞いたので、事前申告にすることにしました)

 1時間ほど待ち時間がありましたが、結果的に、手続きは1時間10分ほどで、スムーズにいきました。何と言っても、分からなくなったら、身近に教えてくれる若い係員の方がいらっしゃるので、こんな有難いことはありません。e-TAXに挑戦した時にも、電話で問い合わせたら、結構応えてくれましたが、その時は、かなり時間が掛かりました。

 昨年は、新型コロナの影響で、通訳翻訳の仕事が全くなく、収入はゼロ。文筆業の原稿代として入るのは、このブログのわずかな「広告クリック」収入ぐらいです(笑)。それでも、本代やセミナー代などの必要経費を請求すると当然、マイナスになります。その結果、青色申告しても、収支が赤字だと、10万円の控除額が反映されないことが今回初めて分かりました。マイナスだと、これ以上、差し引きようがない、控除しようがない、ということなんでしょう。

 控除がなくても、想像していた金額より少ない納税額となりました。早速、コンビニで支払って来ました。便利な世の中になったものです。

 終わったら、大袈裟ですが、天にも昇る気持ちでした。国民の義務を果たせてホッとしました。今夜はよく眠られそうです(笑)。

「歴史人」の読者プレゼント当たる

東京・銀座「みちのく」 刺身盛り合わせ定食ランチ 1050円

 いつ出したのか、忘れてましたが、雑誌「歴史人」(KKベストセラーズ)のアンケートに応えたら、「読者プレゼント」が当たりました。

 小生、自慢じゃありませんけど、子どもの時分からクジ運が悪く、博打の才能もからしきないので競馬も競輪も競艇もやりませんが、ここ最近、どういうわけか、当たるのです。先月は、地元商店街の年末の福引で、3等賞「100円」の商品券が当たりました。5等賞がティッシュ1枚でしたから大したもんです。(せこい、せこ~い!)

 「歴史人」は最近、ちょくちょく買うようになりました。2020年11月号の「戦国武将の国盗り変遷マップ 応仁の乱から大坂の陣まで 戦国史を地図で読み解く」特集、21年1月号の「遺言状や辞世の句で読み解く 戦国武将の死生観」特集、そして2月号の「名字と家紋の真実―天皇家から戦国武将」などです。みーんな面白い。よーく取材し、一流の学者、作家、ライターさんが分かりやすく図解入りで書いてくれるので、非常に分かりやすいのです。

 当選したのは、東京・赤坂のサントリー美術館で開催中の「美を結ぶ。美をひらく。美の交流が生んだ6つの物語」展の招待券でした。当日一般1500円ということですから、2枚で3000円。年末の福引と比べると大当たりです(笑)。

 新型コロナで東京は緊急事態宣言が発令されていて、東京はおっかねえ所ですから、どうしようかなあ、と思っています。コロナだから、友人を誘うわけにも行かず困っちゃいますね。いっそ、誰かにあげちゃおうかしら…。

自己中心的な日本人が増えたのでは?=コロナ禍で心の余裕がなくなったのか?

◇セロトニントランスポーターが少ない日本人

 ブログなんかに、正直に心の内を書くべきではないのかもしれませんが、私は、ここ毎日のように、社会や政治に対する「不満」と「不快」と、そして何よりもぼんやりとした「不安」の「3不」を抱えて生きています。だから生きているのが辛く、苦しくなります。

 最後の「不安」ですが、脳科学者の中野信子さんによると、日本人の97%がセロトニントランスポーターという遺伝子が少ないので、不安を感じる人が多いのだといいます。

 セロトニンとは、ストレス物質であるノルアドレナリンの作用を抑制して、不安を鎮める役割があります。でも、何でも「諸刃の剣」という側面があり、このセロトニンが多過ぎても、大胆不敵で、羽目を外して、犯罪まがいの無謀な行いも平気でしてしまうことになります。日本人にセロトニントランスポーターが少ないのは、古代から地震、雷、噴火、津波、水害など天災があまりにも多かったため、不安を感じて、将来に備えて準備するような遺伝子を持った人間だけが生き残ってきたからではないかというのが中野氏の説です。

 セロトニントランスポーターが多い民族は、北欧や南欧に多いそうですが、いわゆる冒険心が強いので、バイキングになったり、新大陸を発見したり、インカ帝国やアステカ帝国を滅ぼしたりするんですね。

 農耕社会の日本人は、作業に協力しない不逞の輩を村八分にしたり、同調圧力で監視社会を作ったりしたわけで、今の日本社会にもその遺伝子が繋がっているわけです。少しでも、セロトニントランスポーターが多い人は、そんな閉鎖社会に嫌気をさして、国内を放浪するか、海外に逃避行したりするわけです。

◇譲り合いの精神が喪失

 そんな日本人も最近、随分変わってきたように思われます。セロトニントランスポーターが増えて、大胆不敵になった、とも言えます。恐らく、コロナ禍で皆が本当にイライラしているせいかもしれません。電車に乗っても、真冬で着ぶくれしているせいか、座席に座っても隣同士窮屈になります。お互いさまなのに、急に大声を出して威喝する輩を毎日のように見かけます。大胆、40代ぐらいの男が多いです。狭い歩道を歩いていて、こちらが右側の端っこを歩いても、向こうから歩いてくる輩は、絶対によけたりせず、「オラオラ、この爺い、モタモタすんな、ドケい」と睨みつけてきます。とにかく、譲り合いの精神が喪失してしまっているのです。

◇異星人を見るような目つき

 こんな不快は、私が住む関東人に多いのかと思ったら、昨日、久しぶりに中部地方に住む旧い友人と電話で話をしたところ、何処(いずこ)も同じ冬の夕暮れでした。彼は、かつて大病して障碍者手帳を持つ身で、まだ老け込む年でもないのに、歩くときは杖が手離せません。電車やバスに乗る際、揺れると引っ繰り返ってしまうので、なるべく座るようにしています。それなのに、優先席に座っている若者は、スマホに夢中で、一切、周囲を気配ることなく、当然の権利として座り続けるというのです。

 友人は仕方がないので、そこは優先席であるため、席を譲ってくれるように懇願すると、さも驚いたように、相手を宇宙人か異星人か珍しい動物でも見るかのような目つきで、そして、自分のプライドだけが傷つけられて、恥をかかされたような雰囲気を醸し出して、実に不愉快そうに立ち去るというのです。自分は何も悪いことはしていない。無実だ、と言いたそうに。

 それは一人や二人ではなく、何十人も、皆そうだというのです。

◇優秀で心優しい日本人は何処に行った?

 あらまあ、世界に比類なき優秀で、心優しい、節度と品格があり、教養が高い日本人なんじゃなかったのでしょうか?スマホで夢中になっているのは、たかだかゲームとかSNSです。目の前にいる困っている人間には眼中になく、ヴァーチャルな世界にだけ浸っているのです。

 日本人はこういう自己中心的な人間を世の中に生み出すためだけに、社会を作り上げてきたかと思うと、不快で不快でしょうがありません。

 今、ロシアでは、プーチン独裁政権下で、反政府指導者のアレクセイ・ナワリヌイ氏が拘束されたことから、全土で同氏釈放を求めて、デモが広がり、1月23日は3000人以上が拘束されたという報道があります。警官が若者を殴りつけている場面もありました。今の日本は、菅義偉政権の支持率が各社の世論調査で30%台という「危険水域」に達しても、ロシアのような深刻なデモ運動や政権交代の気運も起きません。

 今はコロナ禍で、外国人観光客が皆無となり、街では日本人だけが目立つようになりました。そのせいか、余計に日本人の「アラ」が目立つようになったと感じるのは私だけなのでしょうか?

ジョージ・オーウェル「一九八四年」は人類の必読書

◇自分は何のために生まれてきたのか?

 自分では若いつもりでしたが、いつの間にか、自分の人生を逆算する年代に突入してしまいました。残りの人生、自分に何ができるのか、何がしたいのか、そもそも、一体何のために、この世に生まれてきたのか?

 まあ、答えは見つからないまま、一生を終えることでしょう。ですが、少しながら、見極めぐらいできるようになりました。つまり、ベンチャー企業に投資して莫大な利益を得たい、とか、競馬で大穴を当てたい、とか、若い女の子を侍らしてどんちゃん騒ぎをしたい、とか、もうそういった欲望は歯牙にかけないで、このまま知的好奇心を持ち続けていくということです。具体的には、本を読んだり、寺社仏閣、城巡りをしたり、劇場や博物館などに足を運んだりといった程度ですが。

スペイン・バルセロナ・サグラダファミリア教会

 今は、新型コロナによる自粛で動きが取れないので、只管、読書です。残りの人生、あと何冊読めるか限りがあるので、なるべく、まだ読んでいない古典や名作に絞ることにしました。その中で、気になっていたのが、やはり、ジョージ・オーウェル(1903~50年)です。2018年9月にスペイン旅行を敢行し、帰国して早速読んだのが、彼のスペイン内戦従軍記「カタロニア讃歌」でした。その感想文は同年11月6日の記事「『カタロニア讃歌』はノンフィクション文学の金字塔」に書いた通りです。誰一人も褒めてくれませんが、我ながらよく書けたと思っています(笑)。

 この時、「ジョージ・オーウェルの代表作を読んでいくつもり」と書いておきながら、なかなか実現していなかったことを2年以上も経って、やっと着手しているのです。「一九八四年」はやっと読了し、今は「動物農場」を読み始めているところです。

◇今さらながらの「一九八四年」

 えっ?あれだけ話題になっていたのにまだ読んでいなかったの?

 皆様のご怒り、ごもっともです。でも、「一九八四年」の「訳者あとがき」によると、読んでいないのに、見栄によるのか礼儀によるのか、読んだふりをしてしまう本の英国での第一位が、この「一九八四年」だというのです。

 私も高校時代に、高校の図書室で初めて手に取って、「何だ、SFかあ」と生意気にも数行読んで借りずに書棚に返したままでした。私が高校生時代、1984年は、まだまだ先の未来の話だったのです。そんなあり得もしない空想小説なんて…と本当にボンクラだった私は勝手に判断してしまったのです。

 今回読んだ「一九八四年」(ハヤカワ文庫)は、2009年初版で高橋和久東大名誉教授による新訳です。旧版のミスプリントなどを直した本格版のせいか、私が手に入れた2020年1月15日発行は「42刷」にも達しています。やはり、結構読まれているのですね。

 この本が書かれたのは1949年で、オーウェル45歳ぐらいの時です。(翌年亡くなるので、最後の作品になりました)彼にとって、1984年は「35年後の未来」ということになりますが、今、我々が生きている現代2021年は、1984年から見れば、もう軽く「35年の未来」は過ぎてしまっています。嗚呼、何とも怖ろしい…。

 「ビッグ・ブラザーがあなたを見ているという全体主義的な監視社会は、空想事ではなく、現実世界になっています。世界中で、何億もの監視カメラが街角やコンビニや駐車場に張り巡らされ、チップが埋め込まれたスマホが公然と販売され、位置情報やら、その個人が何を買って、何を食べたのか、FacebookなどSNSのお蔭で、趣味趣向から友人、家族関係、不倫まで情報漏洩して当局や広告代理店やメディアに把握される有様です。特に、ブログなんか書いている小生なんぞは丸裸にされているのも同然ですね(笑)。

 「一九八四年」は、ミステリーか推理小説の側面もあるので、まだ未読の人のために、主人公のウィストン・スミスと恋人のジュリアが最後にどうなってしまうのか、書かない方がいいでしょう。でも、人類にとって必読書であり、知的財産であることは確かです。「人類が読むべきベスト10」に入ると思います。

◇露骨な性的描写も

 正直、最初、出だしのオーウェルの文体に馴染めず、投げ出したくなりましたが、それを越えると、どんでん返しが待っていて、「ガーン」と視界が開けます。というより、露骨な性的描写があったとして「チャタレー夫人の恋人」(D.H.ローレンス作、伊藤整訳)の裁判で問題になった最高裁による猥褻の概念ー「徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、通常人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する」に匹敵するどころか、それを越えた描写が出てきて、俄然、面白くなります(笑)。よく、発禁処分にならなかったなあ、と思ったぐらいです。私なんか高校生の頃、「チャタレー夫人」を読んでも何ともなかったですが、やはり、未成年は読んじゃ駄目ですね(笑)。

◇観念論による鋭い政治風刺

 でも、この小説の中核は、観念論と政治風刺です。監視と粛清の嵐が吹き荒れるソ連のスターリニズムを思わせる箇所が想起されるのは今さら言うまでもありませんが、そう容易く読める文章は続きません。オーウェル特有の「無知は力なり」「戦争は平和なり」「自由は隷従なり」「二重思考」といった概念を会得するには骨が折れることでしょう。

 文庫版の解説はあの著名なトマス・ピンチョンが担当して、鋭い指摘をしています。

  平和省は戦争を遂行し、真理省は嘘をつき、愛情省は党の脅威になりそうな人物を片っ端から拷問し殺していく。もしこれが馬鹿馬鹿しいほど異常と思われるなら、現在の米国に目を向けてほしい。戦争を造り出す装置が「国防省」と呼ばれていることを疑問に思っている人はほとんどいない。同様に、司法省がその恐るべき直轄部門であるFBIを用いて基本的人権を含む憲法の保障する権利を踏みにじっていることは、十分な書類として提出されているにもかかわらず、我々はその省を真顔で「正義(ジャスティス)の省」と呼んで平気でいる。

 オーウェルの「一九八四年」も英国伝統の風刺と逆説を熟知していなければ、作者の意図も理解できないということになりますね。