諸行無常、光陰矢のごとし

最初にお断りしておきますが、今日はつまらない噺です(笑)。

昨晩は、東京・虎ノ門の高級居酒屋「小虎」で裏新聞大会が開催され、私も末席に連なりました。

何が哀しいのか、「加齢臭」を「華麗臭」と誤解した若い花ちゃんが紅一点参加して、つまらないおじさんたちの話に仕方なく相槌を打っている様は、大変気の毒に思われました。

幹事役を務めた探訪新聞の追河記者が「おい、渓流斎、書いたら訴えるからな」といきなり凄んできた上、「何か、渓流斎ブログは黒字で儲かってるらしいじゃねえか。俺が一番ブログに登場することが多いんだから、分け前寄越せよな」と脅迫までするのです。さすが、日本一の探訪記者です。

ということで、昨晩の裏新聞大会で何が議題に上ったのかなどは茲では書けなくなってしまいました。ま、それだけ他愛のない与太話だったわけです(笑)。1杯130円のハイボールを何杯もおかわりしてしまいました。

新聞社の取締役を務め、退職後はグルメサイトを主宰している赤羽先生は「渓流斎さんは、本当に毎日更新してますけど、凄いですね。秘訣はなんですか?」と仰るので、自分でも秘訣は何か考えたのですが、それがないんです(笑)。

確かに、毎日続けるのは苦しい作業なのですが、考えてみれば現役時代の仕事の延長のことをやっているだけなんですね。本を読んで書評めいたことを書く。映画や演劇や展覧会を観て感想を書く。セミナーや講演会に参加して紹介記事を書く…ま、毎日、欠かさず、ずっとやってきたので、習慣になり、普通の人よりは苦に感じないのかもしれません。

◇◇◇

昨晩は、集合時間まで少し余裕があったので、久しぶりに夜の新橋~虎ノ門界隈を散策したのですが、すっかり変わって、昔よく行った店がなくなっていたことには唖然としてしまいました。旨い魚と酒が自慢の「均一軒」という店もその一つですが、よく2階で句会なんかもやりました。それが違う店に変わっていました。

世代交代したのでしょうか。どこかの経済記事で、「飲食店の8割は5年以内につぶれる」とありましたが、本当にその通りですね。5年も経つとすっかり街の風景が変わってしまいます。

光陰矢のごとし、諸行無常です。

新興宗教の今、現在は厳しそう 伸びる教団と縮む教団

Shallow men believe in luck. Strong men believe in cause and effect.

ー Ralph W Emerson(US poet, philosopher and essayist, 1803~82)

最近、とても気に入っている箴言があります。米国の詩人エマーソンの言葉です。原文は、上述しましたが、意訳するとこんな感じでしょうか。

浅はかな人間は運命や占いを信じる。でも、人に左右されない意志が固い人間なら自分の蒔いた種は最後まで刈り取る。

かなり意訳しましたが、私自身は今まで、随分、自分の運のことばかり考えていたなあ、と反省しました。「こうなったのは、運が悪かったからだ」とか、「ついてない人生だなあ」とか。。。

どうして、こうも不運ばかり続くのだろうかー? 今から15年ほど前に、北海道帯広市に住んでいた時は、地元新聞社主催の風水教室に通ったり、霊媒師に厄祓いしてもらったり、自己啓発本を読んだり、スピリチュアルな浄水を飾ったりしました。

危ないところでしたが(笑)、どこの団体にも組織にも入らなかったお蔭で、今からこうして冷静に振り返ることができると思っております。

国立西洋美術館

帯広市は、人口わずか16万人の都市でしたが、あらゆる宗教集団の寺社仏閣、教会、修行道場、祈祷所等がありました。既成伝統宗教だけでなく、新興宗教も、幕末の天理教、金光教から創価学会、エホバの証人、末日聖徒(モルモン)教(「英会話教室があります」と勧誘してきました)、それに統一教会までありました。

当時の私は、心が隙間だらけでしたから、どこかの教団に入りかねない状況ではありましたが、最終的には、性格的に組織や団体が嫌いだったせいで、どこにも入会しませんでした。

で、今日、何が言いたいのかといいますと、経済週刊誌「ダイヤモンド」10月13日号の特集「新宗教の寿命 伸びる教団 縮む教団」を読んで、随分状況が変わったものだ、と隔世の感を覚えたことです。「宗教年鑑」(文化庁)によると、平成元年の1989年に主要新宗教教団の信者数が2637万人だったのが、2016年には1591万人と4割も激減していたというのです。

若者はスマホに忙しくて、信仰にすがるほどではなくなったということなのでしょうか。

信者数が少なくなった原因については、日本社会の少子高齢化の影響や教団内の「内部分裂」と世代交代などがあるようですが、この特集では、なかなか、興味深いことが書かれております。

そもそも、何で畑違いの経済誌が宗教なんか特集するのか、最初意外な気がしましたが、宗教には、宗教法人として認められた無税のお金があったり、入会金や年会費などかなりカネが絡むわけですから、「経済」そのものです。「東洋経済」も今年9月1日号で「宗教 カネと権力 宗教界のタブー解明」を特集しておりましたね。その号は買い忘れてしまいましたが…(笑)。

週刊ダイヤモンド誌の「新宗教の寿命」では、新宗教の現在の最新情報が満載されております。換骨奪胎で列挙しますとー。

・創価学会は、今年90歳になった高齢の池田大作名誉会長が2010年から表舞台から消え、実権は原田稔会長、谷川佳樹主任副会長ら「四人組」と呼ばれる執行部が握っている。

・学会支持政党の公明党は、自民党の補完勢力となり、集団的自衛権や共謀罪、安保関連法などを是認。池田名誉会長の意に反するとして一部の会員が反発し、除名処分になり、内部にひずみが生じている。

・右翼団体「日本会議」の支持母体だった生長の家は、安倍政権の憲法解釈変更や安保関連法案の強行採決を批判し、「日本会議」も「時代錯誤的」と切り捨て、明確に決別した。保守傾向を強める公明党=創価学会に対抗し、生長の家は、右派から左派に急旋回した。

・多くの新宗教の会員が減少している中、成長を続けているのが真如苑。その要因は、「霊能者」になるまで家元制度(最低8人は新信者を獲得する)のような修行の仕組み、信者を離脱させないように「導き親」と「導き子」との濃密な関係により、ピラミッド型組織を形成し、さらには、霊能者が独立・分裂しないように「接心」は、東京都立川市にある真如苑の精舎内でしかできないことにする工夫などが挙げられる。

・新・新宗教「ワールドメイト」は1984年、深見東州教祖が設立。年間110億円の収入があり、講演会やコンサートなどイベント事業に熱心だ。オバマ前米大統領やトニー・ブレア元英国首相ら大物政治家まで招聘する。オバマ前大統領について、深見氏は「数千万円では呼べません。5億円まではいきませんでしたが」と、ダイヤモンド誌のインタビューに応えている。

・深見氏(67)は、半田晴久の本名で、みすず学院などの予備校や高級時計販売などの実業も行っているが、顔写真入りで広告宣伝活動を開始したのは60歳になってから。(そう言えば、最近、この方の顔と名前を見ない日はないぐらいですね。特に、毎日新聞紙上では)

・静岡県熱海市にある「MOA美術館」の運営で知られる世界救世教は、今年6月の理事会で岡田陽一教主を追放する決議をし、内紛状態。

・かつて霊感商法などで社会問題になった統一教会は、2012年9月に文鮮明教祖が死去した後、分裂状態にある。現在、文教祖の妻韓鶴子総裁派の「世界平和統一家庭連合」と三男文顕進氏の「FPA」と四男文國進氏と七男文享進氏の「サンクチュアリ教会」の三つに分裂している。

以下略で、詳細は、引用させて頂いた▼「ダイヤモンド」誌10月13日号の特集「新宗教の寿命 伸びる教団 縮む教団」に譲ります。

「合理的不注意」で「安心・安全」なのか?

米プリンストン大学のクリストファー・シムズ教授が提唱している「合理的不注意」理論は、なかなか興味深いものがあります。

この理論を紹介してくださった小林慶一郎慶大教授によると、「合理的不注意」とは、人間が情報を処理する能力は無限ではなく、有限であることから、一部分の情報を無視することは合理的な判断となることをいいます。膨大な情報を処理するのには精神的なコストもかかるからです。

面白いことに、関心事は人によって違うので、同じ情報に接しても、無視する情報は一人一人異なります。小林教授は「こうして同じ情報が全ての人に与えられても、人は合理的に情報の一部を無視するので、人々の間に意見の不一致が残り続ける」と言うのです。

なるほど。同じ情報に接しても、人々の意見が一致することは稀なんですね。この理論は、個人的に、私がブログを書き続け、発信する上で、大いに参考になりました。

さて、11日(木)から魚市場が築地から豊洲に移転しましたが、12日(金)にランチに行った築地にある和食店で、会計する際にチラッと聞いてみました。「仕入れは、もう近くの築地じゃなくて、豊洲からですか?」

すると、返ってきたのは「ええ」の一言だけ。この情報で、私は「何か怪しいなあ」と懐疑的になってしまいました。合理的不注意、てなところでしょうか(笑)。

果たして、豊洲は「安心・安全」なのか?10月12日付朝日新聞に掲載された情報(笑)によると、今年6月の調査で、豊洲市場の地下水から基準値の最大170倍の発がん性があるベンゼンが検出されたといいます。朝日新聞が7月に都民を対象に行った世論調査では、4割が豊洲市場は「安心ではない」と答えたといいます。

嗚呼それなのに、小池百合子・都知事はいつの間にか「安全宣言」していて、10月11日に豊洲に移転・開場してしまいました。

私は、もう豊洲市場から来たサバ焼き定食を食べてしまいましたからね。それに、これからも、豊洲以外の魚や寿司を食べることは困難でしょう。

「合理的不注意」で「安心・安全」ということにするしかないようです。

※写真と本文は関係ありません

▼参考文献=日本経済新聞(2018年10月10日付)小林慶一郎「経済教室」他

西城秀樹と姐さん(文春砲の見出しそのまんま)

サラゴサ

もう20年近い昔ですが、これでも仕事で、(好むと好まざるとに関わらず)、芸能担当記者をやっていたことがあります。

芸能と一口に言っても守備範囲は幅広く、文楽能歌舞伎といった伝統芸能から、最先端の音楽、人気歌手、テレビや映画に出演する国内外の大物俳優インタビュー、放送行政などさまざまでした。

レコード大賞の審査員などもやったお蔭で、芸能界の実態についてはかなり詳しくなってしまいました。大手芸能事務所と裏社会との関係、タレントの出自、政財界や宗教界との関係、警察公安と芸能界との持ちつ持たれつの関係…等々です。

バルセロナ サン・パウ病院(ガウディの師ドメネクが設計)

小指のない芸能事務所の社長さんと懇談したこともありますが、茲でさらに詳細に書けば、生命の危険に及ぶので、残念ながら書けませんね(苦笑)。最近は、ネットで色んなことが、虚実ない交ぜで書かれていますから、ご興味のある方はそちらをご参照ください。半分近くは当たっているんじゃないでしょうか。(ということは、半分は嘘、デタラメ)

いずれにせよ、自分自身は、かなりの「芸能界」通だと思っておりました。でも、今日発売の「週刊文春」を思わず買ってしまったのですが、先日亡くなった人気歌手の西城秀樹の実姉と広域暴力団五代目山口組の宅見勝若頭(=当時、1997年8月に、中野会との内部抗争で暗殺、享年61)とは内縁関係だっため、大阪市の名刹四天王寺の墓地では、秀樹と宅見若頭の墓が隣同士にあることが写真入りで書かれておりました。(執筆はノンフィクション作家森功氏)

知りませんでしたねえ。

秀樹と9歳離れた実姉は、秀樹を芸能界にメジャーデビューさせるに当たってかなり尽力した人で、大阪で高級「クラブ西城」を経営し、当時は「宅見ママ」ということでかなり有名だったらしいのです。

グラナダ大聖堂

宅見若頭が神戸で暗殺された1997年は、私自身バリバリの芸能記者でしたから、そのニュースはかなり衝撃的でした。芸能関係には複雑に入り組んだ利権構造があり、宅見若頭は当時、頭がキレる「経済ヤクザ」として名を馳せ、芸能界にもかなり深くコミットしていたことを噂で聞いていたからです。

暗殺された宅見若頭は、当時は自分自身も若かったせいか、かなりの年配だと思っていたのですが、61歳と、思えば随分若かったんですね。

あれから21年ですか…。芸能担当記者から足を洗って(笑)かなり年月が経ってますから、最新情報には全く疎いのですが、芸能界の相関図は20年前とそう変わっていないと思っております。

(残念ながら、今はあまり興味がないので、タレントさんの名前と顔が一致しません。←それじゃ駄目じゃん!)

「本能寺の変」にスペインも絡んでいた!?

グラナダ

実は今、4冊ぐらい並行して本を読んでいるため、頭の中は、ごった煮のシチュー状態です(笑)。

病気をきかっけに、本はなるべく買わないようにしているのですが、やはり、本ぐらいしか人生の楽しみ(と同時に苦しみ)がないので、増えてしまいます。

今朝から読み始めたのは、安部龍太郎著「信長はなぜ葬られたのか 世界史の中の本能寺の変 」(幻冬舎新書、2018年7月30日初版)です。「世界史からの視点」というのが、新鮮というか、斬新的です。

プラド美術館 ベラスケス像

安部先生は、いつぞや、京都は、京洛先生の守備範囲である上京区にある老舗居酒屋「神馬(しんめ)」に出没され、ちょうど、京洛先生と小生がそこで一緒に呑んでいた時に、安部先生と取り巻き編集者が奥の超一等席にいらっしゃっていたという話を聞いたことがありました。つまり、同じ時間と空間を共有していたわけです(笑)。神馬は、東京からハイヤーを乗り付けて来店するツワモノがいるほどの人気店で、調子に乗った神馬の親父が、あまりにも居丈高だったので、その後我々は行かなくなりましたけど…。

さて、「信長はなぜ葬られたのか 世界史の中の本能寺の変 」です。私も加藤廣さんの「信長の棺」などを読んで、本能寺の変の「黒幕」は、五摂家筆頭の近衛前久(さきひさ)だったいう説に、私も納得しましたが、さらにその背後に、スペインやイエズス会もいたというので驚きですね。

コルドバ 大聖堂

安部氏は、以下のような持論を展開します。

…信長は南蛮貿易による利益と軍事技術の供与を受けるために、イエズス会を通じてポルトガルと友好関係を築いていたが、ポルトガルは1580年にスペインに併合された。

そこで、信長はスペインとの新たな外交関係を築く必要に迫られ、イエズス会東アジア巡察師のアレッシャンドロ・ヴァリニャーノと1581年2月から7月まで交渉したが、合意に至らなかった。

スペインが明国征服のための兵を出すよう信長に求めたからだと思われる。日本にそれを示す資料は残っていないが、ヴァリニャーノがマニラ在住のスペイン総督に宛てた手紙を読めば、そうとしか考えられない。

信長は、イエズス会とスペインを敵に回したため、信長政権はとたんに不安定化した。キリシタン大名や南蛮貿易で巨万の富を得ていた豪商たちが見限り始めたからである。

これをチャンスとみたのが、京都から備後の鞆の浦に追放された室町幕府15代将軍足利義昭。彼は朝廷や幕府ゆかりの大名に檄を飛ばし、これに応じたのが、義昭の従兄弟で義兄弟に当たる近衛前久だった。前久の工作で、明智光秀が本能寺の変を起こした…

というのです。

サラゴサ

なるほどねえ。スペインが絡んでいたとは、驚き、桃の木ですよ。

お財布携帯アプリは見ず知らずの他人に財布を預けるようなもの

アルハンブラ宮殿

清里の油小路先生です。

何か、渓流斎さんは、スペインにご旅行され、無事帰国されたようで何よりです。最近の欧州は、テロが多く物騒ですからね。

ブログに長々と旅行記を書いていらっしゃいましたが、あれは、長過ぎますね。追河探訪記者は「流し読み」したらしいですが、あんな長ければ誰も読みません(笑)。最後まで読んでくださった方には感謝しなければなりませんよ。

フィンランド航空には大変お世話になりました(行きは7時間もヘルシンキ空港で待機させてもらいました)

あ、さて、先週木曜日でしたか、久しぶりに上京した折、歌舞伎見物にでも行こうかと、ついでに、渓流斎さんの銀座のオフィスに立ち寄ったところ、貴方は随分、吃驚した表情でしたね。「えっ!? 清里におられていたんじゃなかったんですか」と。

まあ、何も事前に連絡なく、突然訪問したこちらも悪かったかもしれませんが、何か、貴方は当日、先約があったらしく、久しぶりに再会して一献を傾けようとした機会を逃してしまいました。残念でしたね。

ヘルシンキ空港のトイレは日本語の説明。多くの日本人が来訪するということでしょうね

久しぶりの東京でしたが、ネクタイを締めている男性がめっきり減りましたね。例の女性議員による「クールビズ」とかいう洗脳で、紳士たるもの、その本分を忘れて、皆、だらしなく胸元を開けて、労務者風情に貶められておりました。

エリート官僚さん、青年実業家といっても、あんなだらしない恰好では、まるで、雲助が登城しているようなものですよ。

あ、少々、差別的感情を煽るような表現でしたら、御寛恕願いたいものです。

きょうび、人権意識の高まりを受けて、表現に関して、世間では大変神経質になっておりますからね。

グラナダのレストラン

しかしながら、ある程度、辛辣な表現を使わないと、真意が伝わらないのです。

東京の電車や地下鉄に乗ると、誰もがみんな、スマホの画面に熱中している人ばかりです。ニュースを読んでいるのか、ゲームをしているのか…。でも、あんな受け身のことばかりしていては、人間の魂は何処に行ってしまったんですかねえ?

はっきり言って、現代人は魂がない、生きているようで死んでいる人間ばかりです。

魂がない、というのは、騙されやすい、どうか、私を騙してください、と言っているようなものなのです。

例えば、ネット広告です。パソコンなどで検索すると、化粧品にしろ、時計にしろ、いつまでたっても、他のサイトを開いても、同じ広告が追っかけてくることでしょう。ネット広告は、地の果てまで追いかけてきます。

あまりにものしつこさに根負けして、ついつい、また、同じ化粧品を買ってしまう。そんな繰り返しです。

ネット広告は「ポン引き」だ、とはっきり言ってやらないと分からないのです(笑)。ポン引きは、客が入店するまでいつまでも追いかけて、地の果てまで付いてきます。

客も魂がないから、ポン引きなのに、親切心でやってもらっていると誤解して、騙されるのです。

アルハンブラ宮殿にようこそ(個人名が記載された入場ペーパーにQRコードが添付され、3カ所もゲートがありました)

「ネットは危ないもの」という認識を念頭に置かなければならないのです。

特に、今、盛んに日経新聞などが取り上げている「お財布携帯アプリ」なんか、最たるものです。記事では利便性のメリットばかり取り上げておりますが、いざ、盗難にあったり、サイバー攻撃で盗み取られたりしたりするデメリットなんか一行も書いたりしません。

そもそも、お財布携帯アプリなんて、見ず知らずの他人に財布を渡すようなものですよ。現代人は魂がなくなっているから、そんなことも分からないので、迂生も、はっきり言ってやらなければならないのです。

進化や進歩は言葉の綾です。現代人は便利さばかりを追求するあまり、確実に退化しています。

スマホを捨てろ、とまでは言いませんが、せめて、ホドホドに、ですよ。

電脳空間は富士山の「樹海」です。入口も、出口も分からず、深入りすればするほど出口が分からず、白骨になって御終いです(笑)。

今回、突然の訪問のため、貴方と懇親できませんでしたので、書簡で失礼申し上げました。

新生《渓流斎日乗》1周年記念祭

湯島 純酒肴「吟」

おめでとう!1周年

《渓流斎日乗》が、今の新しいサイト移設されて、9月15日で1周年となりました。(実際、もう少し前に開通しておりましたが)その記念として、技術面でこのサイトを立ち上げて頂いたIT実業家の松長社長と2人で、昨晩20日、祝賀会を開催しました。

場所は、あの東京・湯島の純酒肴「吟」です。

松長社長には、スペイン旅行の土産話を聞いてもらいました。

闘牛場を改修したミハスのレストラン

皆様にも嬉しい御報せがあります。皆さんが新サイトの広告バナーをクリックして頂いたおかげで、何と黒字になりました!

2018年1月1日から9月20日までの総計ですが、ページビューが1万0153、表示回数が2万7184、クリック数が51、アクティブビュー視認可能率が44.76%で、見積もり収益額が1733円になりました。これに、ドメイン使用料を差し引くと、135円の黒字が出たのです。サーバーは、松長社長が契約しているものを使わさせて頂いているので、使用料は大目に見てもらいました。

135円でも、私にとっては、大手gooブログから独立して自分で稼ぐことができた貴重な金額です。

これでも、「世界最小の双方向性メディア」と銘打って「プロ」としてやっているので(笑)、本当に嬉しい限りです。当初は、ドメインとサーバーの使用料で、どれくらい負担するのか、頭を抱えておりましたが、嬉しい誤算でした。

これを励みに一層精進していく所存です。(堅いなあ…笑)

ガスパッチョ(冷製野菜スープ)

いざ、西班牙へ=単なる個人的なお知らせ

単なる個人的なお知らせですが、明後日11日(火)から18日(火)まで、西班牙に旅行に行って参ります。その間、向こうのWi-Fi事情にもよりますが、恐らく、この《渓流斎日乗》も休載させて頂くかもしれません。

宜しくお願い奉ります。日頃、「スマホ中毒」でしたから、これを機会に少しは中毒症状が治まるのではないかと期待しております。

西班牙は、スリや強盗が多い(友人知人に被害に遭った人を多く聞きます)ので、「おひとりさま」で団体ツアーに申し込みました。日本の地元みたいにチンピラに絡まれないよう、なるべく目立たないよう、大人しく、カメレオンのようにその土地の風景に溶け込むつもりです(笑)。

以前にもこのブログに、チラっと書きましたが、そもそも西班牙旅行を思い立ったのは、今春読んだダン・ブラウンの小説「オリジン」を読み、舞台になったバルセロナのガウディ作サグラダファミリア教会を、死ぬ前に一度見てみたいと思ったからでした。1882年に建設を開始し、130年経った現在でもまだ未完成だというんですからね。卒倒しそうです。今回、中にも少し入れそうなので大いに期待しております。

美術・芸術鑑賞も玄人はだし(笑)の趣味ですから、マドリードのプラダ美術館も楽しみです。ベラスケスの「ラス・メニーナス」、ゴヤの「着衣のマハ」ともう一つ(笑)などスペイン黄金時代の秀作や、プラダ美術館近くにある国立ソフィア王妃芸術センター内にあるピカソの歴史的意欲作「ゲルニカ」などの「ほんまもん」を間近に見ることを特に楽しみにしております。

西班牙は1492年のレコンキスタ完成まで、800年間もイスラム教国だったため、アルハンブラ宮殿なども大いに見る価値があることでしょう。

大航海時代、スペインは中南米のインカ帝国やアステカ帝国を滅亡させるなど権勢をふるっていたのですが、1588年の無敵艦隊アルマダが新興国英国に敗れて制海権を失い、急速に国力も衰退します。

近現代に入って、バスク地方やカタルーニャ地方の独立運動や、現在ではトルコリラ急落に伴い、トルコに貸し付けていたスペインの銀行不安など諸問題が山積しているようです。

単なる美術・建築鑑賞の旅行者には、何もスペイン国内の複雑な諸問題に触れる機会はないでしょうが、同時代人として同じ空気を吸ってきたいと思っております。

以上、北海道での震度7の大地震や台風21号などによる天災被害などがありながら、個人的なことを長々と書いてしまった不届き者の独り言でした。

中華思想は今も健在か?

敬白

昨日は、チンピラに絡まれた話を書いたところ、多くの方から御心配等のコメントやメール頂きました。誠に忝く存じ候です。

やはり、チンピラ如きを相手にして、こちらが加害者(被害者の可能性の方がもっと高いですが=笑)になってしまってはとんでもない話ですからね。

一昨日は、あんなことが現実にありえるのか、「おい、ジジイ!」なんて、まるで時代劇のドラマを見ている感じでした(笑)。昨晩はよく眠れましたので、少し回復しました。

皆さまにはご心配をお掛けして申し訳御座いませんでした。

◇◇◇

さて、名古屋にお住まいの篠田先生お勧めで、所功、久礼旦雄、吉野健一共著「元号 年号がら読み解く日本史」(文春新書)を昨日から読み始めましたが、面白いですね。来年は平成最後の年で、改元されるわけですから、大変タイムリーな本です。それに、非常にマニアックです(笑)。恐らく、一般向けの元号に関する本で、これ以上詳しいものはないかもしれません。ただし、その前に、古代史関連の本を何冊か読んでおくことをお勧めします。一層面白くなると思います。

とはいえ、まだ読み始めたばかりです。篠田先生がこの本を薦めてくれるに際して、「信じられないでしょうが、天皇は昔、住む所がなくて、京都市内の公家らの家にお世話になって、転々として暮らしていた時代があったんですよ。それは、この本に書かれています」と言うのです。

えっ???本当なんですか?全く信じられませんでした。

篠田先生は、やたらと京の都の歴史に詳しく、今ある京都御所は、平安時代のものではなくて、徳川家康が整備したもので、「平安宮」はもともと、今の千本通り(かつては、朱雀大路と呼ばれ、京の南北のメインストリートだった)の北の一条から二条にかけてありました。西の右京が水はけが悪く、大雨が降ると不衛生で疫病がはやり、大火で大内裏も焼失するなどして廃れてしまい、都の中心は東の左京に移っていたといいます。戦乱などで、江戸時代になるまで、天皇といえども、大内裏を失って、定住先がなかった時期もあったわけです。

少し話が本筋が外れてしまいましたが、元号とは、漢の武帝が最初に制定したと言われ、周囲の「属国」は、中国の元号を使わさせられました。日本の最初の公式の元号は645年の大化ですが、その時代に、よくぞ「独立国」として頑張ったものです。(その前に、中国に隠れて、非公式に元号を使っていた時もあったようです)。

この本には「属国」とは書かれていませんが、「中華思想」には、周辺国の民族は文明のない野蛮な夷狄(いてき)として、朝貢させることが当然だと看做されておりました。勿論、そんな「属国」は中国の元号を使うのが当たり前ですから、個別に元号を称するなどとんでもないということになるのです。

皮肉にも、本家本元の中国では、清の時代で元号を使うのが最後で、今は西暦を使っているというのです。朝鮮半島も、一時的に独自か中国の元号を使っていましたが、今はありません。かつて越南と呼ばれて中国に朝貢させられていたベトナムにも元号があり、何と「大正」もあったそうです。(日本が「大正」を採用した際、森鴎外が友人宛ての手紙「何で、他の外国の例を調べないのだ」と憤慨したそうです)

ということは、日本は、ほとんど唯一、今でも元号を使っている国であり、「優等生」と言えなくもないですね。(台湾は、今も中華民国暦を使っているようです)。何しろ、朝鮮半島もベトナムも、今では漢字まで廃止してしまい、日本は「哲学」や「科学」や「経済」など独自の漢字を造語して、中国に逆輸出してしまうぐらいですからね。

◇◇◇

今回、中華思想の夷狄について調べてみたら、南蛮とは、スペインかポルトガル人のことかと思っていたら、本来はベトナムなど南方に住む夷狄民族を指していたんですね。

つまり、中国の皇帝らは、中華の四方に居住していた周辺民族を蔑称して、

「東夷」(中国東北地方、朝鮮半島、日本)

「北狄」(匈奴、鮮卑、韃靼、契丹、蒙古など)

「西戎」(ウイグルなど)

「南蛮」(ベトナム、カンボジアなど東南アジア、西洋人)

―と呼んでいたというのです。

中華思想とは、自分たちの「華夏」が世界の中心であり、それ以外の夷狄は「化外の民」ということになります。

ところで、昨日は、習近平主席ら指導部は、アフリカ53カ国の代表を呼んで、「中国アフリカ協力フォーラム」を開催して、600億ドル(6兆7000億円)も支援すると約束したようです。以前にこのブログで書いたスリランカの港の租借の例もあるように、背後に、どこか、今でも「中華思想」が健在のような気がします。

あれ?元号の話からずれてしまいましたね(笑)。

いずれにせよ、この本、先を読むのが楽しみです。

渓流斎、チンピラに因縁付けらる

今、私の住んでいる所は、民度が低く、清廉潔白、品行方正なる人士が極めて少ないのです。

マンションの門の街灯も夜中に二回も盗まれたり、駐輪場の自転車が盗まれたりすることも再三再四。ジャングルのような緊張感があって、退屈しない街であることは確かです(笑)。

昨日の日曜日のこと。図書館の帰り道。住宅街の小道を歩いていたところ、後ろから自転車が私の袖に当たるぐらいにギリギリで全速力で走ってきて、危うくぶつかるところで、ヒヤッとしました。

競輪選手のような本格的な高級自転車で、ユニフォームのようなものを着て、ヘッドギアまで被っていました。

そいつは、追い越した後、「ヒヤッホー」と奇声を発して、ペッと唾を吐きました。

「何だ、キチガイか」と呟いた瞬間、そいつはキュッとブレーキを掛けて、ユーターンしてこちらに向かってくるではありませんか。

そして、いきなり「おい、爺(ジジイ)!」ですからね。「唾を吐いたろ!?」と因縁を付けてくるのです。唾を吐いたのはそっちじゃないか?しかも、初対面の年長者に向かって、爺はないだろう。

京洛先生が口癖のように仰っていた「ややこしいのと関わってはいけませんよ」という忠告が頭にこびりついていたので、無視して歩こうとすると、そいつは前に立ちはだかって、腕をつかむではありませんか。

初めて顔を直視すると、年の頃、30歳前後。筋骨隆々で、腕だけには自信がありそう。しかし、知性のひとかけらもなく、目つきが怪しい。

でも、また「おい、爺!」と言うので、こっちもムカついてきて、かばんに入っている折り畳み傘で殴ってやろうかと思いつつ、「放してください!」と大声を出したところ、相手は少しひるんで、ちょうど大通りに出かかりました。こちらも加害者になりたくないし、あまりにもしつこかったら、目の前に見える「auショップ」に飛び込んで、警察でも呼んでもらおうかと思ったら、チンピラは、大通りで人目を憚るのか、またもや「ヒヤッホー」と奇声を発して逃げていきました。

速い、速い!原付より速い時速40キロぐらい出ていたかもしれません。スマホで写真を撮る暇もありませんでした。

それにしても、あのチンピラは何者なんでしょう?職場か家庭で相当なストレスを抱えているのか?それとも、精神異常者か?

確かに、こちらは左側を歩いていたのが悪かったかもしれません。とはいえ、以前、右側を歩いていたら、前方から左側を歩いて来る馬鹿者にからまれたことがあります。ここは治安の悪い所ですからね(笑)。

初対面のチンピラから「ジジイ」呼ばわりされるのもショックでしたね。3年前に長患いして、浦島太郎さんのように急激に老け込んだことは確かですが、あまりにも酷過ぎる。

昨晩は、ムカついて何度も目が覚めて眠れませんでしたよ。