パソコンのトラブルで疲労困憊 チョムスキーの「誰が世界を支配しているのか?」も問題山積で重すぎる話

ここ2,3日、先日買い換えたばかりのDell パソコンでちょっとトラブってます。

Wi-Fiの接続で、通信速度が極端に遅くて、うまく繋がらないと思ったら、原因はルーターが「節約モード」になっていたためで、「節約モード」をオフにしてやっとスムーズに繋がり、解決しました。

そしたら、今度は、Windows10のエクプローラーEdgeとかいうのが、うまく起動しません。どうやら買ったばかりなので、うまく初期化されていない感じで、すぐ「IMEが無効です」とバッテンが表示されて、フリーズしてしまいます。

相手は機械ですから、こっちがイライラしても始まりませんが、時間ばかり無駄に流れて疲れてしまいます。

今日は会社の富士通のパソコンまでご機嫌斜めで、社内無線LANで繋がってますから、アップデートを指令され、再起動をかけたら、今度は、ワードもブラウザーもフリーズ(もしくは応答なし)ばかりするようになり、仕事が何度も中断されて余計疲れました。

幸い会社には技術担当の青年がいるので、診てくれますし、個人用パソコンの方は、この機種を勧めてくれたITに詳しい石田先生がいるので、何度もメールで問い合わせて、救って頂きました。感謝深謝多謝です。

先達はあらまほしけれ、ですね。

銀座「能登輪島」 能登ランチ定食850円

そんな中、今、寸暇を惜しむようにして、ノーム・チョムスキー著、大地瞬、榊原美奈子訳「誰が世界を支配しているのか?」(双葉社、2018年2月25日初版)を読んでますが、内容が深刻過ぎて、心苦しいといいますか、読み進めるのが辛いです。

チョムスキーは、「生成文法理論」を提唱して現代の言語学に革命を起こした言語学者で、私の学生時代から既に著名で、雲の上の存在のようなオーソリティーでした。今はどうしているのか、学生時代の友人の安田君という奇才が熱烈に信奉していたことを思い出します。

チョムスキーは1928年、米ペンシルベニア州生まれですから、今年90歳です。マサチューセッツ工科大学(MIT)名誉教授。1960年代のベトナム反戦運動から筋金入りの反政府主義者で、何度も投獄された経験の持ち主です。

ですから、この本も反体制=反米、政府批判の書と言ってもいいでしょう。何しろ、アメリカという国の成り立ちである先住民の大虐殺にも触れ、裏庭である中南米には親米政権になってもらわないと困るので、CIAによる反米国家の転覆(チリのアジェンデ政権など)や、「世界制覇」を維持するためのイラク、イランに対する封じ込め、親イスラエル寄り政策によるパレスチナ人の虐殺への直接的、間接的加担、そしてゴールドマン・サックスなどによる金融支配など、これでもか、これでもかと抽出し、白日の下に晒し出します。

比較的進歩的で、穏健派と言われた民主党のケネディやクリントンやオバマ大統領についても、「共和党のブッシュよりひどい」とコテンパンに批判します。

パレスチナ問題にせよ、地球環境問題にせよ、本書でこれだけ多く問題提起されると、とても、とても、安穏には暮らせず、まともな神経では立ち向かえないと思いました。

正直、逃げ出したくなりました。

さて、一体、誰が世界を支配しているのか?ーチョムスキーによると、「世界」とは、ワシントンとロンドンの政治支配層のことで、彼らの意にそぐわない輩のことを「テロリスト」とか「過激派」とかレッテルを貼り付けて、最後は殲滅するというのです。

個人的に以前から「正義」というのは胡散臭いと思ってきましたが、正義というものは、そういう脈絡で主張されていくものなのですね。

パソコン繋がりました お騒がせしました

最近、どういうわけか、お蔭様で、《渓流斎日乗》の読者の皆様がそこはかとなく増えているような気がします。1日平均100アクセスぐらいだったのが、最近では200アクセスぐらいになっています。

これもまた、わざわざアクセスして頂いている皆様のお蔭です。どうも有難う御座います。

ということで、あまり書きっぱなしでは、皆様の気をやきもきさせてしまうのではないかと拝察し、なるべく以前書いた記事のフォローをさせて頂こうかと存じます。

昨日書いた新しく導入した(大袈裟な=笑)パソコン(米デル製 5万9651円)は昨晩、悪戦苦闘した結果、やっと繋がりました。

原因はやはり、NTTコミュニケーションズのWi-Fiが原因で、昨日は、「1日使い放題」540円分を払って、自宅でWi-Fiを利用したのですが、驚くほど回線速度が遅く、30分も1時間も待っても反応しないのです。昔、インターネットを繋ぐ時は、ダイヤルアップ接続で、静止画像をダウンロードするだけで、随分時間が掛かった時代がありました。あれと一緒です。

結局、回線の込み具合が緩和された夜中の10時過ぎになって、やっと繋がるようになったわけです。いやああ、本当に疲れました。夜中にパソコンを操作したので、昨晩は目が冴えて眠れませんでしたね。

皆様にも私のイライラが伝染していたら、申し訳ないと思い、早速弁明させて頂きました。

今は、ネットが無料で使える駅前の某喫茶店に行って、このブログを書いています。

パソコンに内蔵されているオフィスのワードやエクセルなどを使えるようにしようと思い、操作したら、マイクロソフトのアカウントを要求され、これまた、随分前に登録したので、パスワードを忘れ、悪戦苦闘しました。やっと思い出して、これも、うまくいきました。

今はこうして、新しいパソコンに向かっているわけですが、快適ですね(笑)。テクノロジーの進歩は、日進月歩ですから、7年前に買ったパソコン(NEC ラヴィ 12万0430円)と比べると価格が半分になったのに、起動時間が早いし、機能も2倍どころか20倍ぐらい進歩した感じです。

ネットで買ったパソコンには、マニュアルが付いてなくて、起動の仕方は分かってもも、シャットダウンの仕方が分からない(笑)。急いで「Windows10」のマニュアルも買ってきましたよ。

とにかくお騒がせ致しました。

やられたあ…Apple ID 乗っ取りか?パニック

昨晩、急にアップルのサポートセンターから以下のメールが来ました。

ご利用の Apple ID(○○○○○@yahoo.co.jp)に、2018年6月7日20:45:23 GMT+8付けで以下の変更が行われました。
生年月日
セキュリティ質問と答え
お客様がこの変更を行っていない場合、または他人が不正にお客様のアカウントにアクセスしていると思われる場合は、速やかに https://appleid.apple.com の Apple ID アカウントページでパスワードを変更してください。

何じゃあ、こりゃあ!

てな感じです。

このヤフーのメルアドで Apple IDを登録した覚えがありませんが、もしかして、昔、iTunesを使うために、パソコンで登録しことがあるかもしれません。しかし、全く忘れていました。

いずれにせよ、私自身が生年月日やセキュリティ質問と答えを変更したことは一切ないので、他人が不正に侵入したことは間違いありません。

一番怖いのは、クレジットカード番号まで侵入して不当な請求があった場合です。

ITに詳しい石田先生に相談したら、「そのApple IDは使えないように削除した方がいいよ」ということで、Apple IDのサポートセンターの連絡先まで教えてくれました。

そしたら、セキュリティ質問が何と!中国語に変更されていて、意味も分からなければ、答えも分からないのです。Apple IDのサポートセンターに1時間以上も通話して、IDを削除しようとしましたが、結局、その中国語の質問と答えが分からず、それ以上先に進めず、Apple IDのサポートセンターは「こちらでも、もうどうしようもできません。もし、被害が出た場合、対処することができます」との返事。

このサポートセンターの担当高橋さんという方はとっても良い人で、後からもう一度電話を下さって、「中国語の質問の意味が分かりましたので、思い出せる答えを入れてみましょう」と言うのでやってみましたが、犯人が答えを変えてしまっては、どうしようもありませんからね。これもうまくいきませんでした。

京都 Copyright  par Kyoraque sensei

そこで、万が一を考えて、「事前にiTunesから引き落としがあった場合、ストップするか、事前にご連絡できますか?」と契約しているクレジット会社に電話したら、「事前にはできません。もし被害が出たら、その時もう一度ご連絡ください」とのこと。

何ぃーー!!怒りで震えました。いつ被害に襲われるか分からないのに、毎日チェックして、脅えて暮らせ!と言明されたようなもんですからね。

とにかく、厄介なものに巻き込まれてしまいました。

犯人は、中国人だけとは限りませんが、中国語と日本語を巧みに操る集団なのでしょう。お金目当てなんでしょう。

俺は紀州のドン・ファンじゃないのにねえ。嗚呼、もう少し穏やかな生活をしたいものです。

「吟」で痛飲しながらパソコン談議

昨晩は、中学生時代からの友人石田君と、東京・湯島の純酒肴「吟」で痛飲してしまい、久し振りの二日酔いです。

出版社を経営している石田君は、日本酒評論家の免許(笑)を持っており、例の酒卸問屋「岡永」を教えてくれた人です。

ちょうど、一年前の2017年6月3日、以下のことを書いてます。

岡永を知らないなんて潜りですよ、渓流斎さん

恐らく、お読みになる暇がないでしょうから、要約すると、「飯田兄弟と言えば、業界ではかなり有名で、長男飯田博は酒卸問屋の「岡永」社長、次男保は居酒屋チェーン「天狗」で有名なテンアライド社長、三男勧はスーパーマーケット・オーケーストア社長、末弟亮はホームセキュリティのセコム社長(四男の方は事業家にならず)だというのです。へー、知りませんでしたね。岡永と天狗とOKストアーとセコムが兄弟だっとは!」ということです。

昨晩行った純酒肴「吟」は、海城高校の後輩に当たる坂元さんがやっている拘りの店で、IT実業家の松長社長から紹介されたことは、以前にも書きました。しつこいので引用はしませんけど。

「拘りの店」と書いた通り、大将の坂元さんは、志村けんのコントにでも出てきそうな寡黙で職人気質の板さん兼経営者で、味や日本酒の品揃えが半端じゃありません。私も、ほとんど知らない日本全国の銘酒で、岡永で取り揃えたものではなさそうです。

さすがの石田君もざっとメニューを眺めて、「うーん、これはいいね」と感心して、1合ずつガバガバと注文するので、最後は名前も味も分からなくなってしまうほどでした。メモをしなかったので、忘れましたが、「兼八」「賀茂」「秀鳳」など呑んだのではないかと思われます。上善水の如しで、飲み口が水のようですから、止まらなくなってしまいました。

「吟」の「天然稚鮎の天ぷら」。食べるのと、呑むのと、お喋りするのに夢中で、写真はこの一枚だけです!

酒肴は、「天然稚鮎の天ぷら」「活き締めイサキの洗い」など拘りのお勧め料理をバカスカ注文してしまいました。

昨晩、石田君に会ったのは、パソコンをまだ買い換えていないので、アドバイスをもらうためでした。IT評論家でもあるので、その世界に異様に詳しいのです。

私は、初めてパソコンを買ったのは、1995年で、アップルのMacBookという機種でした。当時、25万〜26万円はしたと思います。その後は、専ら、NECの製品ばかりで、ラヴィを3台ぐらい買い換えたんじゃないかと思います。

しかし、最近はiPhoneやiPadばかり使って、家ではほとんどパソコンを使っていなかったのです。古いパソコンはもう数カ月前に処分してしまいました。

今回も、アップルは高いのでNECに拘っていたのですが、石田君は、レノボを勧めたりするのです。そこで、「中国製は、米国や豪州などで盗聴チップが埋め込まれていたというニュースを耳にするからね…」と難色を示したところ、彼は「何言ってるんだよ。今や、日本のパソコンは風前の灯だよ。NECも富士通もパソコンは、レノボが作っているだよ」と言うではありませんか。

へー、ビックりしたあ。その通りでした。

昨晩会った時、彼は米国製のデルはどうかということで、プリントアウトして勧めてくれました。驚くことにそれは、送料等入れても5万円もしないのです!処分したNECのパソコンは、2011年にヤマダ電機で買ったもので、12万円ちょっとしたのでした。その半額以下になったとは!23年前に生まれて初めて買ったマックの5分の1ですからね。

もうパソコンも文房具みたいなもんです。まあ、5年ぐらい持ってくれればいいか、と思って、早速、本日、ネットから購入しようとしたところ、残念、その機種は完売してました。

石田君からまた他の機種を推薦してもらうつもりです。

 

「サイボク」で、美味しい焼肉、ウインナーソーセージを堪能できました

今日は天候に恵まれる中、昨年結婚した娘夫婦が、わざわざ、埼玉県日高市のサイボク(埼玉種畜牧場)にまで連れて行ってくれ、焼肉バーベキューを御馳走してくれました。

場所は、あの安倍首相とトランプ米大統領がゴルフをした霞が関カントリー倶楽部のすぐ近くでした。

サイボクは、品質が高い上等なハムやソーセージ、豚肉で有名です。先の大戦で獣医として従軍した笹崎龍雄(1916〜2012、享年96)が、激戦地フィリピンから帰国し、敗戦翌年の昭和21年に創業したものです。食糧難の時代に将来の日本の食は豚肉ではないかという信念で創業したようです。

苦労の末、豚の品種改良などに成功し、今ではハム・ソーセージの国際コンクールなどで何十個もの金メダルに輝いています。

確かにうまい。

昨日、書いた「亜硝酸ナトリウム」や「ソルビン酸」などの添加物が入っているか気になり、販売されているハムやソーセージの原材料をチェックしてしまいましたが、やはり、発色剤としての亜硝酸ナトリウムだけは入ってました。今の日本、いや、世界の加工ハム・ソーセージの中で、亜硝酸ナトリウムのないものを見つけるのは至難の技なのかもしれません。

とにかく、広い園内には日帰り温泉やレストラン、肉屋はもちろん、野菜や蜂蜜などの販売所もあり、半日は遊べる所でした。

何と言っても、現役で仕事が忙しくてたまの休日は、休んでいたいだろうに、娘夫婦は、わざわざ、車で送り迎えまでしてくれ、本当に有り難かったです。

実は、あまり私的なことは書きたくなかったのですが、親として失格で、大したことはやって来なかったのに、ここまで親孝行してくれて、不覚にも少し泣けてきました。

片岡みい子さんのお導きで素晴らしい方とお会いしました

昨晩は濃厚な時間を過ごすことができました。

いや、誤解しないでください(笑)。昨晩は、わざわざカナダから帰国したその筋の日本人男性と銀座のフレンチレストランで会食し、実りのある話をお伺いし、有意義な時間を過ごすことができたというお話です。

その筋といっても、裏社会の人ではありません。れっきとした表社会の紳士です。今は引退されておられますが、現役時代は、ファッション関係とフード・コーディネーター等の仕事をされていたようです。

仮名として、杉下さんとしておきます。奇遇といいますが、偶然といいますか、必然といいますか、回りくどいので、単刀直入で言いますと、この《渓流斎日乗》を通して知り合った方でした。

このサイトで、昨年(2017年)2月7日に、おつなセミナーの仲間だった翻訳家で画家だった片岡みい子さんが亡くなったことや、その後のお別れ会のことなど実名で書かさせて頂きましたが、カナダ在住の杉下さんが、たまたま検索して見つけてそれらを読まれ、先月4月14日にわざわざ、メールで感想を投稿してくださったのです。(個人的な内容なので、投稿は公表しませんでした)

それによると、杉下さんは、片岡さんの夫で仕事のパートナーだった故正垣さんと、東京の中高一貫のエリート学園の同級生で親友だったといいます。勿論、片岡さんとは生前何度もお会いしたことがあるといいます。

なにぶん、杉下さんは現在、カナダにお住まいのため、何度かメールを交換させて頂きました。こちらが10行ぐらい送ると、100行ぐらいで返信が来るといった感じでした。どういう話の展開だったのか、力道山が刺された赤坂の「ニュー・ラテン・クオーター」や芝公園の中華料理店「留園」(汪兆銘政権を擁立した影佐機関を支援した盛一族が亡命して創業)、それにビートルズを呼んだ興行師として名を馳せたキョードー・トウキョウ創立者の永島達司さんらについて異様に詳しいというより、かなりインサイダー情報をお持ちの方で、一体、この方、どちらの組関係の方なのかと戦々恐々としてしまったわけです。

こちらも、10年近く探訪記者として、その方面だけを取材していたため、かなりの構図を普通の方より理解し、ある程度の知識はありましたが、それ以上の情報通です。

種明かしをすると、杉下さんのご尊父は、東京・赤坂などで大型のナイトクラブ数軒を経営する顔役だったというのです。杉下さんもご幼少の頃から、芸能・スポーツ関係者から政財界の大物を身近に接してきたわけです。

で、5月に久しぶりに帰国されるというので、懇談する機会をつくってくださったのです。

お会いすると驚きました。てっきり、肩で風を切って歩くような映画に出てきそうな怖い方を想像していたら、物腰も柔らかく、言葉遣いも大変丁寧な真の紳士だったのです。何と言っても、お酒は一滴も呑めないか、呑まないというんですからね。

2時間半にわたって、みっちりお話を伺ったり、こちらから一方的にしゃべったりして、あっという間に時間が過ぎてしまいました。

もう半世紀近い昔の話とはいえ、色々差し障りがあるといけませんので、昨晩の会談の内容を詳しく書けないのが残念ですが、どんな方が登場したかと言いますとー。

大行社と日本青年社、ホテル・ニュー・ジャパンの横井英樹さん、ベニハナのロッキー青木さん、ポール・アンカとナツキ(後のデヴィ夫人)、サミー・デービス・ジュニア、東声会の町井さん、東日貿易の久保さん、高倉健さん、児玉さん、岸信介さん、宝塚と岡村吾一さん、田中清玄さん、銀座の福田さん、菅官房長官と藤木組といった方々、そして、3億円事件とロッキード事件の真相です。ご興味がある方は、最後に参考文献を何冊か挙げておきます。

一番驚いたのは、トランプ米大統領が、はるか昔、若き青年実業家の頃、ある若い日本人に対して行った陰徳の話でした。その日本人は、杉下さんの従兄弟に当たる人だというのです。この詳しい話もここでは書けませんので、悪しからず。(苦笑)

最後に杉下さんが強調したことは、2020年の東京五輪の選手村の食事でした。1964年の東京五輪では、杉下氏のご尊父が親しかった元日活ホテル総料理長の馬場久氏が陣頭指揮を取って、世界最高級の食事を提供したらしいのですが、今度の20年五輪は、かなりレベルが落ちる料理関係者が落札したか、しそうなんだそうです。「日本の調理業界はかなり心配してます。小池都知事にはしっかり判断してもらいたい」と杉下さんは仰ってました。

帰り、東京中のショップで探したというドイツ製のワイン「聖母=歳暮」まで手土産に頂いてしまいました。仮名ですが、杉下さん、その節は大変お世話になりました。いつか、カナダに行くようなことがあれば宜しくお願い申し上げます。コラ!(笑)。

【研究者のための参考文献】

・ロバート・ホワイティング著「東京アンダーグラウンド」(角川書店)

・山本信太郎著「東京アンダーナイト“夜の昭和史”ニューラテンクォーター・ストーリー」(廣済堂出版)

・山本信太郎著「昭和が愛したニューラテンクォーター ナイトクラブ・オーナーが築いた戦後ショービジネス」(DU BOOKS)

・城内康伸著「猛牛(ファンソ)と呼ばれた男―『東声会』町井久之の戦後史」(新潮社)

・野地 秩嘉 ビートルズを呼んだ男―伝説の呼び屋・永島達司の生涯 」(幻冬舎文庫)

・大須賀瑞夫インタビュー「田中清玄自伝」(筑摩書房)

・木村勝美山口組若頭暗殺事件―利権をめぐるウラ社会の暗闘劇」 (文庫ぎんが堂)

・後藤忠政著「憚りながら」(宝島社)

・山平重樹著「実録 神戸芸能社 山口組・田岡一雄三代目と戦後芸能界」(双葉社)

名古屋城天守が木造で復元 4年後が楽しみ

 長い連休の後は、どうもエンジンがかかりにくいもんです。仕事にも勉学にも身が入りません(苦笑)。
ということで、皆様からの投稿も交えた種々雑多の話題をー。
「最近の渓流斎ブログは実につまらん。昔はもっと誠実でひた向きで、パンチが効いたものが多かったのに、最近のものは読むに耐えません」(福岡県・A子)。
あっちゃあ、いきなり、強烈なパンチを食らいましたね。
まあ、自己弁護しません。病気のため、中断した時期が長かったせいかもしれませんけど、理由になりません。本人は、毎日、知らなかったことを知る喜びでいっぱいで、一歩ずつ前進しているつもりなんですけどねえ。。。あ、これ以上書くと本当に自己弁護になるのでやめときます。
 
玉敷神社の「藤まつり」は1本だけ
「昨日は、自宅近くの騎西・玉敷神社『藤まつり』に行って来ましたが、今年は異常気象で、例年ならGWに満開のはずの藤の花がすっかり散っておりました。見物客もガラガラで、露天商さんも町内会も当てが外れて、暇を持て余しておりました。地元観光協会の会長さんは『スマホで花がすでに散っているのがリアルタイムで分かるから、観光客が来ないんだよ。便利なのも、困ったもんだなあ」とボヤいておりました。」(埼玉県・B男)
 なるほど、地元観光業界にとっては死活問題ですからね。確かに昔は、咲いているのか、咲いていないのか、満開なのか、散ってしまったのか、最新情報のほとんどが口コミでしたからね。口コミなんか、糸電話(死語)みたいなもんですから、多くの人にそんなに正確に伝わるわけがない。
 無駄がなくなったと、言えなくもありませんけど、余裕がない生活になったということなんでしょうね。
赤塚公園(東京都板橋区)の橡の木(マロニエ)の花
「今日は朝から酷暑向けに、いち早く、クーラーの掃除に『おそうじ屋さん本当』に来てもらいました。毎年、クーラー掃除をしているのですが、おカネはかかっても、モーターが軽くなり、電気代がかなり抑えられるのです。これは案外知られていません。それに、心なしか、空気が澄んで感じられます。半日かかったので、昼飯を食いに出かけられず、どうしようかと思って、作家の松井今朝子女史のホームページを覗いたら『牛肉をマルエツで買って、タケノコの水煮と、生姜で、甘辛く作って、美味かった』と言う記事を読み、すぐ、隣の公設市場で材料を仕込んで甘辛く煮込み食しましたが、手前味噌ですが、美味かったですね。皆さん一度やってみたらどうですか(笑)。
 松井女史の実家は、京都・祇園の高価な料理屋『川上』ですが、此処のメニューの百分の一のおカネで出来るのですから安いものです(笑)。松井今朝子女史のHPの料理献立はアナですよ」(香川県・K男)
早速、 松井今朝子女史ホームページ を私も覗いてみることにしました。確かに、美味しそうで、男でも手軽に出来そうな料理がいっぱい載ってますね。松井さんは「今ごはん、昔ごはん」などたくさんの料理関連本を出版されているようで、実家が実家だけに、お料理は得意なんでしょうね。
 このホームページを覗きますと、松井先生はしょっちゅう趣味の乗馬をされていて、その帰りに大宮(さいたま市)の馴染みのお店に立ち寄って、食材などをお求めになっているようです。
名古屋城
 あまり、人様から頂いた投稿ばかりでお茶を濁してはいけませんので、私も一言。
 私も今年3月に行ったばかりの尾張名古屋城天守が、木造復元のため、昨日7日で入場禁止になった、というニュースには驚きました。全く知りませんでしたね。再公開は2022年末といいますから、4年後じゃありませんか!
 嗚呼、無理して行ってよかった。(行ってない皆さんはごめんなさい。)
 皆さんよくご存知の通り、名古屋城は戦前、城郭では国宝第1号に指定されましたが、1945年に米軍による空爆で焼失してしまいました。文化財遺産を平気で破壊するような国は歴史観がない野蛮な国と断言します。
 多くの新聞は、「戦災により焼失」だの、「空襲により焼失」だのと、主体を書かずに、曖昧にぼやかしてますが、はっきりと「米軍による」と書かなきゃなりません。
 マスコミは、どうしても、こうも主体や主語を曖昧にするのでしょうか!
 そうでなければ、なぜ米軍がそこまで追い込まれて、日本の国宝を破壊したのか、なぜ戦争が起きたのか、さえも曖昧になってしまうからです。
 名古屋城天守は1959年に鉄筋コンクリートで再建されましたが、今度は17世紀当時の図面も参考にして、しっかりと耐震に対応した木造で復元するというので、完成が楽しみです。老骨に鞭を打ってでも是非ともまた見に行きたいです。
 城巡り趣味の渓流斎与利

質屋体験記ー遊ぶ金欲しさの放蕩息子の告白

遊ぶ金欲しさと、かつ丼をペロリと平らげたいがために、半世紀以上収集してきた切手を売り飛ばして来ました(笑)。

新聞の折り込みチラシに「高価買い取り」なる宣伝文句が目の前に飛び込んできたからです。

しかも、自宅から割と近い。自転車(笑)を全速力で飛ばせば、5分程度の同じ区内です。

「スタンダード・ショップ」なんて称してますが、実態は質屋でしょう。昨日まで、団子や和菓子を売っていたのを、クレープやワッフル屋と称するようなもんです(笑)。

切手は、かなりのコレクションでしたが、高望みはしませんでした。これでも色々と研究していて、額面の7割で引き取ると喧伝する質屋もありましたが、現実の実態は高くても6割と踏んでいました。

それに、お年玉年賀葉書の当選の切手も多くあったので、2〜3割かな?と覚悟しました。タダで仕入れたようなもんですからね(勿論、元手は掛かってますが)

結局、三十代前半の若い店長は、「5割」という裁定を下しました。「もうひと声」と言いたいところでしたが、最悪の想定を上回ったので我慢しました。どうせ、遊ぶ金ですからね(笑)。

若い店長は、もっとヤクザかかった男かと思ったら、何処にでもいそうなチャラいサラリーマン風で、雇われのチイママといったタイプ(笑)。「他に何かあれば引き取りますよ」というので、古い古いブランドのバッグを思い出し、「結構傷んでるんだけど、それでも大丈夫?」と聞いたら、「超オッケーすよ」と言うので、また自宅に戻って取りに行きました。

持ち込むと、店長は「あ、これは1989年製ですね」とズバリ当てるではありませんか。もう30年近く前です。当時はバブル全盛期で、フランス製の高級バッグですから、10万円ぐらいしたかと思います。

昔は高級バッグでも、最近は、誰もが持ち歩き、流石に目立つので使うのが恥ずかしくなり、押入にしまってました。チャックの先端の飾りのようなものが一つ欠けていたので、5000円で引き取ってくれれば御の字だと思ったら、本部に相談した雇われ店長さんは、ピッタリ5000円を提示するので、即断即決でした。

これら、バッグや切手をどうするのかと思って質問したら、この業者は、ネットオークションに懸けるか、最近めっきり増えた中国人や韓国人やアセアン諸国の観光客に、修繕せずにそのまま販売するんだそうです。

それが飛ぶように売れるんだとか!

私自身は、腐ってもネットオークションはやらないので、別に構いませんが、どれだけ外国人観光客にマージンを付けるのかは少し興味あります。

5000円で売った元私のバッグですが、恐らく7000円以上で売られるんじゃないないかなあ、と勝手に想像しながら、「大金が入ったことだし、かつ丼でもペロリと平らげるか」と藪蕎麦まで自転車を走らせるのでした。

おしまい

トロリーバスは覚えてない。新宿「イーグル」にて

昨晩は、高校時代の古い友人と会って歓談しました。K君が独立して社長になったというのでそのお祝いでした。も1人、S君も参加しました。

場所は、新宿の二幸の地下にあるバー「イーグル」です。えっ?二幸はもうない?そうですか、今はスタジオ・アルタとか言ってますね。もう30年近く前からですか(笑)。

イーグルは、学生時代によく行っていた店でした。あの、古き良き昭和時代を感じさせる内装は昔と変わらず。店の人にいつからやってるのか、聞いたところ「創業52年になります」と答えが返ってきました。

高校時代の同級生ですから、同い年なのですが、記憶が違うので笑ってしまいました。

友人2人は、子どもの頃、銀座や上野などではトロリーバスが走っていた、というのです。昭和初期じゃあるまいし、私は全く覚えてないのです。

「よくパンタグラフが、バチバチと火花を散らしていたのを覚えてるよ」とK君は言うのです。

私自身、銀座や日比谷で都電が走っていたのはよく覚えてますが、トロリーバスは、やはり覚えてませんね。

2人は子どもの頃は、都内の北区に住んでいたので、しょっちゅう都心に連れて行ってもらったのでしょう。私は、東京郊外の西武池袋線沿線の都下が自宅だったので、一番近い都心は池袋だったのです。

当時は、今のパルコがある所は、丸物デパートでしたが、これは2人とも覚えてました。また、池袋駅前では、片脚や片腕をなくした傷痍軍人がアコーディオンを弾きながら、よく物乞いしてましたが、そのことも2人とも覚えてました。

でも、それは昭和40年前後ですから、「戦争が終わって20年経っても、いたんだなあ」とK君は感慨深げでした。

やはり、東京オリンピックが開催された昭和39年前後で、東京の街並み、雰囲気はすっかり変わってしまいました。

あと、S君が超高級腕時計ロレックスを、中古なので某国で破格の安い価格で買ったのはいいのですが、自動巻なのでメンテナンスに5万円も掛かると言われたそうです。「こんなんじゃ、もう一個買えちゃうよ」と彼も苦笑いでした。

ほんなこんなで、くだらないバカ話をしているうちに、4時間も長居してしまいました。

エスカルゴなんかちょっと変わったおつまみを頼み、一杯300円のジムビーンの水割りを7〜8杯も呑んでしまいました(笑)。

「猫都の国宝展」と目黒雅叙園の裏話

ゴールデンウイークは人出が多いので、出掛けるのはあまり好きではありませんけど、不可抗力により、東京・目黒のホテル雅叙園内の「百段階段」で開催中の「猫都の国宝展」を観に行ってきました。

猫にまつわる置物やら絵画やらをあの東京都指定有形文化財の「百段階段」の座敷に222点も展示されていて、結構、見応えありました。

入場券は、当日1500円というので、ちょっと高い気がして、庶民らしく、事前に新橋辺りで前売り券を準備しておきました(笑)。

そんな話をしたところ、物知り博士の京洛先生は「雅叙園ですか。。。松尾国三さんですね」と、思わせぶりな発言をしてケムに巻くのでした。

明治維新後、大名屋敷、別邸を摂取されて空き地となった目黒一帯は、内務省衛生局の初代局長などを務めた医学者の長与専斎が広大の敷地を所有していたと言われます。専斎の長男称吉は医師(妻は後藤象二郎の娘)、二男程三は実業家(日本輸出絹連合会組長)、三男又郎は病理学者で東京帝大総長、四男岩永裕吉は同盟通信社(戦後、時事通信社などに)初代社長、五男長与善郎は、あの著名な白樺派の作家です。

この中の岩永家に養子に行った四男裕吉は、同盟通信社が国策で電報通信社(戦後、電通に)と合併させられて設立される前に、自ら聯合通信社を設立した際に、その設立資金を捻出するために、所有地を目黒雅叙園に売却したと言われます。その相手が細川力蔵で、雅叙園は、昭和6年に日本初の総合結婚式場として開業します。(中華料理の円形テーブルは、細川の考案と言われてます)

力蔵亡き後、細川一族による経営が行われてきましたが、 戦後の昭和23年にその経営権を握って雅叙園観光を設立したのが、京洛先生が仰っていた松尾国三でした。(その後、複雑な経緯で、今では米国のファンドが経営権を取得し、所蔵する重要文化財級の絵画、彫刻、天井画などは散逸したようですが、全略。)

松尾国三は、旅芸人一座の歌舞伎役者から、一念発起して、芸能プロモーターとなり、大阪の新歌舞伎座などの劇場経営、横浜ドリームランドなどのレジャー施設の経営者(日本ドリーム観光取締役社長)にまで出世した波乱万丈の人物です。晩年は、大元のオーナーだった大阪の千日デパートの火災で、責任を問われました。

私はこの人について、演劇人に与えられる「松尾芸能賞」の創設者としか知りませんでしたが、陰では「昭和の興行師」「芸能界の黒い太陽」と言われていたらしいですね。興行の世界ですから、裏社会との繋がりやら、そりゃ色々とあったことでしょう。

と書いたところ、これを読んだ京洛先生から「雅叙園は、住友銀行の磯田会長が、愛嬢可愛さで、”天下の詐欺師”伊藤寿永光と、あの許永中に巨額融資をした舞台になったところですよ。迂生は、松尾国三夫人の松尾ハズエさんが存命中に、雅叙園の一室で取材をしたことがありました」との補足説明がありました。

なるほど、そういうことでしたか。。。

※もし、この記事にご興味を持たれましたら、関連記事の「目黒と岩永裕吉」(2016年5月7日)も併せてお読みください。