地の底に堕ちたマスコミ=朝日新聞も知らない警察官

 朝日新聞の本日19日付朝刊の政治コラム「多事奏論」で、斯界では有名な高橋純子編集委員が、正月早々、自分が運転していた車が商業施設のパーキングで駐車中の車のバンパーに「軽く」ぶつけてしまい、念のため、警察を呼んだ逸話を書いております。

 駆け付けて来た20歳そこそこのお巡りさんから、名前、職業、そして勤務先を聴かれ、「朝日新聞です」と答えると、そのお巡さんから「あさひは、平仮名ですか、カタカナですか?」と聞かれた上、漢字なら「旭日のあさひ、じゃなくてですか?」と確かめられたといいます。

 高橋編集委員は「ひと昔前は朝日新聞と告げると、良くも悪くも警戒されたものだけど、ね」と皮肉ってますけど、私は椅子からズッコケ落ちるほど驚愕しましたね。

 若い人は新聞を読まなくなったと言われて長いですが、警察官まで読まなくなったとは衝撃以外他に何ものでもありません。時事通信を知らないのは分かりますが、朝日新聞を知らないとは!!

銀座「いわた」 銀座にしてはお手頃

 高橋編集委員の「ひと昔前」をお借りすると、私の経験では、その「ひと昔前」ですが、朝日新聞の人から「朝日の記事にならないニュースはニュースではない」とまで豪語されたことがあります。1993年のことですから、30年近い昔のまだインターネットが普及していない牧歌的時代です。その朝日新聞の人は傲慢さが脳と皮膚に染みついていたのでしょう。

 当時の朝日新聞の夕刊で、園山俊二さんの「ペエスケ」という四コマ漫画が連載されていました。1993年1月20日のことですが、その園山俊二さんが57歳で急逝されたということで、私は、仕事として彼の訃報を書かなくてはならなくなりました。いつ、どこで、何の病気で亡くなり、業績はどうのこうの、といったあれです。

 そこで、園山さんの御自宅に電話すると、奥様らしい方が出てきて、「その件に関しまして情報は、全て朝日新聞にお任せしているので、朝日新聞に聞いてもらえないでしょうか」と丁重なお言葉があったので、私は朝日新聞の代表電話にかけて、担当者につないでもらいました。

 こちらの会社名と名前と、趣旨を説明すると、その担当者は「あ、その件は、(朝日新聞の)夕刊に出ますからそれを見てください」と言い放ったのです。私は、怒りで一瞬、頭が真っ白になりました。その夕刊の時間帯に間に合わせたいから、こうして、取材しているのではないか! 遺族の方も「窓口」を朝日新聞に指定されたので、電話しているだけじゃないか!

 しかし、相手はけんもほろろでした。あくまでも、夕刊を見てくれ、と主張し、ウチが載せない記事はニュースに価しない、とまで傲慢ぶりをかましてきたのです。

 その後、どうなったのか、御想像にお任せします(笑)。

銀座「ライオン」グリル

 それより、何と言っても、私が言いたいのは、時代の趨勢で、マスコミを代表する天下の朝日新聞が、今では警察官にさえ知られていない、吹けば飛ぶような存在に堕ちてしまったことです。ネット時代となり、ニュースは、どこの誰なのか得たいの知れない人間まで発信していますから、氾濫しています。若い人たちは、ニュース源がどこだろうと、どうでも良いのでしょう。

 (本当にどうでも良いのですが、最近の新聞やテレビは「SNSで話題」なんていう安易な話題づくりは止めてもらいたいものだ!)

 気になったのは、先ほどの30年近い昔の朝日新聞の傲慢な中年か初老の記者です。今はもう御存命ではないかもしれませんけど、この高橋編集委員のコラムを読んだら、口から泡が出て卒倒することでしょう。

 確かめたいので、その傲岸不遜紳士さんには是非ともこちらに連絡してもらいたいものです。

銀座「木村屋総本店」と新富座と助六寿司

 本日もまたまた「銀座ランチ」のお話です。

 私にとって、銀座ランチの最高の贅沢は、銀座4丁目の木村屋總本店の3階レストランです。運が良ければ、窓際の席に案内してくれます。

 ここから「下界」を眺める景色は「絶景かな、絶景かな」です。まるで、天守から城下町を眺める大名(城主)になった気分です。

銀座「木村屋総本店」プレートBランチ+ドリンクセット 2480円

 木村屋は、明治2年(1869年)創業です。創業者は、木村安兵衛(1817~89年)という常陸国(現茨城県牛久市)の農家出身者で、婿入りした木村家の叔父を頼って江戸に出てきます。最初にパン屋を開業したのは今の新橋駅近くで「文英堂」という名前でしたが、火災で焼失してしまいます。安兵衛は52歳ですから、当時としては相当高齢での起業だったことになります。安兵衛は、再起を目指して、明治7年に銀座4丁目に「木村屋」の看板を掲げて、日本人の口に合う柔らかいパンを売り出します。明治天皇の侍従だった山岡鉄舟が当時「へそパン」と呼ばれていた木村屋のアンパンを天皇に献上したところ、大変なお気に入りになったことから評判となり、大繁盛となって現在に至るわけです。

 レストランは、いつも混んでいて並んでいますが、本当に運が良くて窓際の席を確保できれば、贅沢気分を味わうことができます。それに、何と言っても、色んな種類のパンが食べ放題というところが最高です。でも、銀座という場所柄、お値段がちょっと張ります。それは仕方ない(笑)。

東銀座「大海」大分とり天定食880円

 木村屋に行ったのは昨日ですが、本日は数年ぶりに新富町方面に足を延ばしてみました。

 このブログを書くためだけに、ひたすら、ランチは銀座か、築地方面を回っていたので、新富町は本当に久しぶりです。銀座だと1500円とか2000円のランチなんかザラですが、少し離れた新富町ともなると、800円台でも十分美味しいランチが食べられるのです。木村屋さんの3分の1です(笑)。

 新富町といえば、私的(わたくしてき)には、歌舞伎の新富座です。新富座は、万治3年(1660年)に木挽町(現銀座六丁目)に創建された森田座を引き継ぐ劇場でした。紆余曲折の末、明治5年(1872年)にこの地に移転してきました(座元は十二代守田勘弥)。その後、大正12年(1923年)の関東大震災で焼失してしまいます。

 今は、確か、税務署になっていたはずですが、見当たりません。

京橋税務署

 そしたら、驚きです。前の古いビルは壊されて、七階建ての超近代的なビルに変わっていたのです。しばらく行っていなかったので分からなかった。

 思わず、「税務署って、本当に儲かるんだなあ~」と心の中で叫んでしまいました(関係者の皆様には、とんだ失言で失礼仕りました!)

 以前は入り口の近くに設置されていた「新富座跡」の看板は、正面から左奥に直ぐに見つかりました。歴史のある旧跡ですからね。

 ただし、この京橋税務署の道路を挟んで真向かいに合ったはずのお寿司屋さんは、どうしても見つかりませんでした。あの市川團十郎の十八番の「助六寿司」の発祥地と言われる「蛇の目鮨」です。10年ぐらい前に何度か行ったことがありました。「コロナ禍で閉店したのかしら?」と、会社に帰って調べてみたら、京橋税務署の真向かいではなく、場所は、そこからワンブロック北に行った所で、元気に営業されているようでした。

 これまた失礼致しました。

 

嗚呼、岩波ホールと「演劇界」=大師号についても考える

 岩波ホール(東京・神保町)が今年7月で54年間の歴史の幕を閉じるというニュースに接しました。コロナの影響のようです。

 悲しいですね。ここでしか観られない芸術性の高い映画を上映してくれて、私もお世話になったものです。芸術性が高いとなると万人向けでなく、やはり採算を取るのが難しかったのでしょう。

 ここで観た思い出深い映画は、アンジェイ・ワイダ監督の「大理石の男」と「カティンの森」、ルキノ・ヴィスコンティ監督の「山猫」、小栗康平監督の「眠る男」、羽田澄子監督の「嗚呼、満蒙開拓団」などでした。

  採算を取るのが難しい映画上映を続けて来られたのは、ホール総支配人の高野悦子(1923~2013年、83歳)の作品を選ぶ「目利き」の力が大きかったことでしょう。彼女は満洲(現中国東北部)帰国者で、父親の高野与作は南満州鉄道技師でした。 姉の淳子が岩波書店の岩波雄二郎社長の妻だったことから、東宝文芸部にいたこともある悦子が総支配人になったと思われます。

とにかく、良質な映画を観る機会が一つ減ってしまった感じがして本当に残念です。

  今朝の朝刊の同じ紙面で、歌舞伎専門誌「演劇界」(小学館)が3月3日発売の4月号で休刊するニュースも出ていました。同誌は、色々と版元が変わりましたが、明治40年(1907年)創刊の「演芸画報」が母体だったということで、これまた、歴史的な伝統が一つ消えたことになります。毎日新聞の小玉さんも悲しんでることでしょう。

 まあ、舞台芸術の最高峰である歌舞伎は、高嶺の花ですからね。(銀座の歌舞伎座の一等席は1万6000円)

 「時代の趨勢」と言ってしまっては、それまでですが、何か、日本文化の劣化と衰退が始まったような気がします。

鎌倉・建長寺(川崎大師はどうした!?)

 あまり暗い話ばかりでは何なんで、また与太郎話を一つ。お正月の初詣で有名な「川崎大師」を特集している番組を見ていたら、私自身、長年勘違いしていたことが発覚しました。

 川崎大師の「大師」は大抵、弘法大師が一番有名ですから、何んとか大師と付くお寺は全て空海弘法大師の真言宗の寺院だとばかり思っていました。川崎大師は平間寺ともいって、確かに真言宗智山派です。しかし、特に関東では有名な栃木県の「佐野厄除け大師」は、真言宗ではなく天台宗だったのです。それは、十八代目天台座主も務めた良源こと慈恵大師にちなんでいるからでした。

 良源は、元三大師(亡くなった日が1月3日=元三だったため)とも呼ばれています。天台座主として比叡山の焼失した御堂を再建したり、教団内の規律を高めたりした功績から「延暦寺中興の祖」とも言われています。他に「角(つの)大師」などの異名を持ちますが、良源本人も疫病に罹って高熱を出した経験があったため、鬼のような形相で疫病退治の祈りを民衆に施したことから、厄除け大師の効能が認められたとも言われています。良源をお祀りした寺院はほかに、埼玉県の川越大師(喜多院)も有名です。

 序ながら、「関東の厄除け三大師」は、真言宗の場合、川崎大師のほかに、東京都の「西新井大師」、千葉県香取市の「観福寺」の3寺を、天台宗の場合、先の佐野厄除け大師と川越大師のほかに群馬県前橋市の青柳大師(龍蔵寺)の3寺を指す場合が多いようです。

 ちなみに、「大師号」とは高僧が亡くなった後、朝廷から贈られる謚号で、浄土宗の宗祖法然は、「圓光大師」を始め、「東漸」「慧成」「弘覚」「慈教」「明照」「和順」、そして平成の天皇(現上皇)によって2011年に加諡宣下された「法爾大師」と実に八つも贈られています。

 どういうわけか、空海は弘法大師の一つだけですし、日本仏教の宗祖はほとんど大師号を贈られていますが(天台宗の最澄は伝教大師、浄土真宗の親鸞は見真大師、時宗の一遍は証誠大師、曹洞宗の道元は承陽大師、日蓮は立正大師など)、臨済宗開祖の栄西だけには大師号は贈られていません。

 理由は、不勉強のためよく分かりません。(関東ばかりで失礼致しました)

今年も機密情報について色々と見聞しております

 2022年(令和4年)、明けましておめでとう御座います。

 今年もご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い賜わります。

 何しろ、ブログ執筆は、老骨に鞭を打って、家内制手工業でほぼ毎日やっているもんですから、今年はいつまで続くかどうか…。皆様からの温かいご支援と、「渓流斎の野郎、今日は何を書いているんだ」という皆様からのチェック(広告も)だけが頼りで御座いまする。

 今年の年末年始は、皆さんとほとんど変わらない生活でした。大晦日は、やはり、某公共放送の「紅白」は見ないで、書斎でタル・ファーロウを聴きながら、何やらかんやらして除夜の鐘も聞かずによゐこは寝てしまいました。

 お正月は、お節料理とお酒のバラ色の日々。2日は、孫たちが遊びに来てくれて、てんやわんやの大騒ぎでした。この良心的なブログは、秘密組織が監視しているようなので、あまり書きたくないのですが、娘婿の一人と英語で雑談していたら「Area 51」の話を聞きました。私自身、聞いたことがないので「知らないなあ」と応えたら、「えっ!? そんなこと知らないんすかあ~」と吃驚した顔をされてしまいました。

  Area51というのは、米ネバダ州にある米軍秘密基地の総称で、ステルス戦闘機など秘密兵器などがここで極秘に開発されたと言われます。2013年になって米CIAが、やっとその存在を公式に認めたといいます。超軍事機密ですから、立ち入り禁止どころか、撮影も録画も禁止です。鉄条網が張り巡らされた外部の看板には「Use of deadly force is authorized」と表示されています。

 どう訳したらいいものか?「もし、貴方が許可なく近付いて殺されても当局は責任を問われません」といった意味に近い気がします。西部劇か?と突っ込みたくなりますが、これは冗談ではなく現実です。

 賢い婿殿は言います。「結局、アメリカ合衆国を動かしているのは大統領じゃないんですよ。オバマにしろ、トランプにしろ、バイデンにしろ、4年か8年経てばそれで終わり。結局、何十年も政権を裏で支えている官僚が動かしているのでしょうが、それが、CIAなのか、FBIなのか誰も分からない。NSC(国家安全保障会議)でもない気がする。米国民でさえ、知らされていない秘密の闇の部分がいっぱいありますよ。いまだにケネディ暗殺の公式文書は公開されていない。公開されたら大変なことになるからでしょう」と言うのではありませんか。

 やはり、いつの時代も、機密情報が世の中を動かしているわけです。

また、リュックサックを買ってしもうた。左が新しく購入したHelly Hansen ヘリーハンセン(1877年、創業ノルウェー)1万6280円。計量で肩に掛けやすい。右のanelloは、とても安いので、電車に乗っても街を歩いても全く同じモノをしょってるおばさんを何人も見掛けて気まずくなってしまいました(笑)。確か、3000円ぐらい。

 そしたら、今日3日になって、「えーー!」と驚くことがありました。私の会社の先輩で毎年、年賀状をやり取りしている、今も現役で演劇評論家をなさっている斯界では有名な横溝幸子氏から、年賀状の返信が早くも届き、「横溝光睴は私の父親です」と応えてくださったので、吃驚したわけです。

 この横溝光睴(よこみぞ・みつてる、1897~1985年)とは、戦前の内務省のエリート官僚で、このブログでも以前に取り上げさせて頂きましたが、昨年11月27日(土)にオンラインで開催された第40回諜報研究会で、講師の岸俊光氏の「日本型インテリジェンス機関の形成」という演題の中で登場された主要人物でした。

 岸氏は、毎日新聞記者出身で、日本政府の情報を統括する内閣調査室(内調)の研究では第一人者です。そして、横溝光睴氏は、内調の前身に当たる戦前の内閣情報機構の創設の経緯について記した「内閣情報機構の創設」を執筆した一高~東京帝大卒の内務官僚で、戦前に福岡県警特高課長や内閣情報部長、岡山、熊本両県知事、朝鮮の京城日報社長なども歴任した人でした。

 私の会社の先輩の横溝幸子氏の父親は、戦前の内務官僚だったという噂を聞いたことがありましたが、苗字が同じ横溝光睴は、伯父さんか、親類縁者ではないかと思い、今年の年賀状に一言添え書きして質問したら、直ぐに、 「横溝光睴は私の父親です」 との返事が葉書で返って来たのでした。資料に関しては、全て国立公文書館に寄贈した、という話でしたが、それにしても、そんな凄い方が御尊父だったとは知りませんでした。

ATM(明るく、楽しく、前向きに)をモットーに=2021年大晦日所感

 2021年も暮れようとしています。この時期になると、いつも頭にこだまのように聞こえてくるのが、中原中也の詩「帰郷」の中にある「ああ おまえはなにをして来たのだと…吹き来る風が私に云う」というフレーズです。

 本当に一体、自分はこの年齢(とし)まで、何をして来たんだろう、という感慨です。随分、青臭い話じゃありませんか(苦笑)。少年の頃、年を取れば、落ち着いて、物事を達観して、日向ぼっこでもして、平穏な日々が送れるものとばかり思っておりましたが、真逆ですね。自分は、生臭坊主ということなんでしょうか(本物のお坊さん、失礼!)。人間、恐らく、誰でも未完成、未熟のまんまで死んでいくことでしょうね。

焼き鳥店「もりのした」佐賀名産のみつせ鶏

 さて、師匠さんも走る「師走」ということで、私も、ここ数日、ブログ執筆はほんの少しお休みさせて頂いて、他人様と同じような日常作業を行っておりました。年末は、いつも通り、年賀状書きとお買い物の付き合いとお掃除整理に追われた、といったところでしょうか。

 年賀状は、かつて一番多い時は300枚ぐらい出しておりましたが、年々減っていき、それが200枚となり、150枚になり、ここ最近では120枚ぐらいが続いておりました。が、今年はついに100枚を切りました。先方から「70歳になり、これを節目に賀状は取りやめることに致しました」との御連絡が届くようになり、私としても、「気づかないうちに減っていった」という感じが理想的です。先方から来なくなったら、こちらからもう返信しませんから、いずれ50枚ぐらいにしたいと思っております。

 年賀状が減っていった理由は、やはり、相手様が亡くなってしまったことが大きいですね。今年も高校時代の親友を始め、会社の70歳代のまだ若い先輩(出してから、後で訃報を知った方もおられました)ら5人も亡くなってしまいました。メメントモリです。

焼き鳥店「もりのした」

 最初から暗いことばかり書いてしまいましたが、来年以降の私のモットーとして挙げたいのが、「ATM」です。いえいえ、Automatic Teller Machine(現金自動預け払い機)のことではありません。「明るく、楽しく、前向きに」の頭文字を取った造語です(笑)。

 私にとって、今年最大の出来事は高校時代からの親友の急死でしたが、それにまつわり、想像もしていなかった人間関係のこじれに巻き込まれてしまい、落ち込んでいたら、ある方から、私の性格をズバリ見抜かれてしまい、これからは「明るく、前向きに」生きることを勧められたのでした。

 この「明るく前向きに」に「楽しく」を入れたのは私の考えです(笑)。もともと「お笑い」は大好きで、「エンタツ・アチャコ」や「あきれたぼういず」はさすがに知りませんが、クレイジーキャッツやドリフターズ、「コロンビア・トップ&ライト」「Wけんじ」、漫才ブームの「横山やすし・西川きよし」らずっと見聞きしてきました。

 この中で、「ビッグスリー」と呼ばれる「たけし」「さんま」「タモリ」の三羽烏がまだ健在なことが凄いですね。ビートたけしさんの場合、ギャラが高いせいなのか、ある番組を降板させられたり、最近人気に陰りが出てきてしまいましたが、タモリは、NHKの「ブラタモリ」などでその隠れたインテリぶりを発揮していまだに絶好調です。

 でも、3人の中でいまだに現役でお笑いの第一線を張っているのは、現在66歳の明石家さんまかもしれません。バラエティー番組のレギュラーに何本出ているか知りませんけど、若手芸人を押しのけて、40年以上もいまだにトップを走っています。私は、一番最初は、この人のことを「落語も出来ないのに、何処が面白いのか」分からなかったのですが、その当意即妙な司会進行ぶりや、常人ではとても考えられないギャグの連発には、誰かの好きな言葉でもある「余人に代え替え難い」お笑いのチャンピオンだと納得するようになりました。

 「お笑い」ながら、彼が時々垣間見せてくれる「人生訓」には、鋭利な刃物のように胸に突き刺さります。彼の娘に「いまる」と命名したのは、「生きているだけで丸儲け」から取ったことは有名です。確かに、地位も名誉も人気もお金も死んでしまったら、何も必要のない霞みたいなもんです。本当に、生まれてきて、生きているだけでも、丸儲けです。この世に生まれて来られなかった人も沢山いることでしょうから…。

最近、ジャズギターにはまって、CDを買い揃えました。ケニー・バレル、タル・ファーロウなんかいいですね

 もう一つ、先日、見ていた番組で、「さんまさんに悩みはないんですか?」との質問に、彼は、25歳まで悩みはたくさんあったが、25歳以降はもう悩むのはやめようと決めた、と言うのです。「自分は悩むような大した人間ではない。反省もしない」と達観したようですが、これまた凄い。人間ですから、色々と悩みは尽きないはずですが、「悩むことをやめた」とはなかなか出来ないことです。(考えてみると、皆、一人で好きで悩んでいるのかもしれませんぜよ?)

 やはり、お笑いを仕事にしている限り、自分がハッピーでなければ、他人を笑わせることはできません。お笑いの王者は、天賦の才なのか、計算づくなのか分かりませんが、打算や計算ぐらいでは大した人気者にはなりません。やっぱり天才なんでしょうね。

 私もシニアになったことですから、これからは「明るく、楽しく、前向きに」をモットーに、無理はせず、背伸びもせず、某局の紅白はもうついていけないので、好きなタル・ファーロウ(米ジャズギタリスト、1921~98年)でも聴いて、年を越したいと思っています。

馬廻り衆はとっても偉い旗本だった

 本日は、単なる個人的な雑記ですから、読み飛ばして戴いて結構で御座います。

 皆さん御案内の通り、私は今、通勤電車の中で、アダム・スミスの「国富論」(高哲男・新訳、講談社学術文庫)と格闘しているのですが、文字を読んでも、来年、講師の依頼があった講演会で何を喋ろうかという思いが先行してしまい、さっぱり頭に内容が入ってこなくなりました。

 電車の中の読書といえば、こんなお爺さんが一生懸命に勉強しているというのに、車内の9割ぐらいのお客さんはスマホをやっていて、新聞や雑誌を読む人でさえ皆無になりました。中にはスマホでニュースを読んでいる人もいるでしょうが、ほとんどゲームかSNSかネットショッピングです。こりゃあ、日本の将来は明るい!

「もりのした」みつせ鶏唐揚げ

 お爺さんといえば、その講演会案内用の講師の写真を自撮りしてみたら、まるで、玉手箱を開けてすっかり老人になった「浦島太郎」の心境です。我ながら、「えっ!こんな老けてしまったの?」という感慨です。まあ、既に孫がいるシニアになってしまったので仕方ないのですが、人生って、あっという間ですね。悩んでいる暇はありませんよ。

銀座「わの輪」生姜焼き定食900円

 さて、12月25日付朝日新聞朝刊を見たら吃驚です。このブログで何度も登場して頂いているノンフィクション作家の斎藤充功氏が写真入りでインタビューに応じていたのです。オピニオン&フォーラム耕論のテーマ「死刑 その現実」という中で、斎藤氏は、3人のうちの一人として登場されていたのですが、強盗殺人で計4人を殺害した死刑囚と11年間、131回も面会を続けてきたことと、その心に残った印象を話されていました。

 早速、斎藤氏には「天下の朝日新聞に御真影まで掲載されるなんて凄いですねえ」とメールをしたのですが、返信はありませんでした。普段なら直ぐに返事が来るのでどうされたのでしょうか?彼一流の照れなのか、それとも怒っているのかもしれません。

 その斎藤氏のことですが、このブログで何度も書いているのですが、「斎藤氏の大正生まれの御尊父は、陸軍大学卒のエリート軍人、明治生まれの祖父は、海軍兵学校卒の海軍大佐、江戸幕末生まれの曽祖父は幕臣で、六百石扶持の馬廻役だった」といいます。その曾祖父の「馬廻役」とは、どんなものかそれほど詳しく知らなかったのですが、雑誌「歴史道」別冊(朝日新聞出版)の「戦国最強 家臣団の真実」を読んでよく分かりました。

 馬廻り衆とは殿様の側近中の側近で、戦(いくさ)になれば、騎乗して総大将(大名、藩主)の一番近くに従い、機動力を生かして家臣団の中核を担う花形でした。総大将の近くに「幡(はた)持ち」がいますから、まさにその旗の近くに控える「旗本」ということになります。

 六百石扶持ともなると、供侍(ともざむらい)や小荷駄(こにだ)持ち=武器や食料を運ぶ=ら常に10人近い家来を付き添わせています。平時では、殿様の警護を務めることから、城下町でも藩主の近くに住む上級武士団と呼ばれ、その外側に軽輩の身分の徒士(かち)が住み、その外に町人が住み、さらにその外側に、弾除けの足軽組屋敷が配置されるという五重構造になっていたと言われます。

 とにかく、斎藤氏の御先祖さまの「六百石馬廻役」というのはとても高い身分だったことは確かです。私の先祖の高田家は、九州の久留米藩(21万石)の下級武士でしたが、御船手職の中で、御船手頭、大船頭、中船頭、小船頭に次ぐ御水主頭(おかごがしら)という役職で、わずか、五石六斗二人扶持だったと聞いてます。足軽は三石一斗(三両一分=さんぴんいちぶ)程度で、「このどさんぴんが!」と蔑まされていましたが、私の先祖も足軽に毛が生えていた程度だったことでしょう。でも、私の先祖が住んでいた下級武士の長屋には、後にブリヂストンを創業する石橋家も住んでいました。(自分の祖先については、もう少し調べなければならないと思いつつ、時間が経ってしまっています=苦笑)。

 下級武士とは言っても、江戸時代、武士は全人口のわずか7%しかいなかったと言われています。安藤優一郎著「幕臣たちの明治維新」(講談社現代新書)によると、幕臣と呼ばれた人は約3万人いて、そのうち旗本が6000人で2割、御家人が2万4000人で8割だったといいます。やはり、旗本は凄いエリートだったんですね。

【追記】

 江戸城では、海や大掛かりな堀が少なく警備に隙がある北西に当たる番町(現東京都千代田区)に、旗本を住まわせたことから、広大な屋敷が並び、今でも高級住宅街になっています。

 明治維新後、幕臣旗本は追放され、その後にやって来たのが、薩長土肥の明治新政府陣です。作家有島武郎、里見弴、画家の有島生馬らの父である有島武は薩摩出身で大蔵官僚となり、番町の追放した元旗本の邸宅に住んだわけです。

アベノマスクで27億円、余計に負担する国民

 本日は、愛用の高級腕時計(パテック・フィリップではなく、グランドセイコーですが、何か?)を家に忘れてきてしまいました。出勤途中で気が付いたのですが、我ながら、やはり、そろそろ頭の方もヤバくなってきたんでしょうか?

 でも、アベノマスクのことは忘れませんよ。

アベノマスク

  岸田首相は21日の記者会見で、希望者に配布するなどした上で、余った分は年度内をメドに、ということは来年3月までに廃棄すると発表しました。何しろ、今年10月末時点で8130万枚もが在庫として保管されていて、その保管費などが昨年度末時点で約6億円に上っていたといいますからね。

 しかも、そのうち、検品したら約1100万枚が不良品で、その検査に掛かった費用が約20億9200万円だったということですから、逆上したくなるほど馬鹿げています。検品でそんなお金掛かるんでしょうか?

 100億円出して宇宙旅行する実業家が日本にいるくらいですから、捨てちゃうじゃなくて、ガーゼを加工するとか、その商才に長けた彼にもっと有効活用してもらったらいいと思うんですけどねえ。

銀座「ムンバイ」ダブルカレーセット1030円

 明らかに安倍晋三政権の失策でしょう。この27億円以上?という「損害」を補填するのは、またまた国民の税金です。それなのに、当該者たちは、この責任を取ろうとは全くしません。それに、「不可抗力だった」だの「予想に反することが起きた」なぞと弁解するんでしょうから、裁判になっても無罪放免になるんじゃないかしら。

 岸田首相は、いわば前々政権の尻ぬぐいをさせられた格好ですから、可哀想といえば可哀想なんですが、彼も閣僚として、安倍内閣の外務大臣などを務めていたわけですから、何らかの責任を取ってもらわなければいけません。未来を担う子供たちにも示しがつかないんじゃないでしょうか。

銀座「ジャポネ」ヘルシースパ 600円 おー、実に6年ぶりに訪問。20分も待たされましたけど。

 外国人がこのニュースを聞いたら、どう思うのかしら?

 「そんな為政者を選んだのは、あんたたちでしょ?」と言われそうですが。

良心の呵責があっては妨げになるのか?=森友学園問題を巡る財務局元職員遺族訴訟の幕引き

 森友学園問題に関する財務省の決裁文書改竄を苦にして、2018年に自殺した財務省近畿財務局の元職員赤木俊夫さん=当時(54)=の妻雅子さん(50)が、国などに損害賠償を求めた訴訟は15日、急転直下、国が約1億円の賠償請求を受け入れることで幕引きを図りました。

 当然のことながら、遺族の雅子さんは「お金目的ではなく、真相を究明してもらいたいだけ。非公開の場で臭い物に蓋をするようなやり方は卑怯だ」と反発しました。

 私も大いに同調します。

 新聞もテレビも大きく報じましたが、一番分かりやすかったのが、16日付東京新聞朝刊です。見出し四段で「森友訴訟 急転幕引き」と取り、横見出しで「職員自殺 国が1億円賠償へ」となっています。

 確かに、お金の問題ではありませんが、1億円を賠償するこの「国」って何なんだ?とこの見出しを読むと大いなる疑問が浮かんで来ます。そして、冷静に考えると、結局、その賠償金は、税金から支払われることに気が付きます。つまり、誰が責任を取ったかというと、国でも財務省理財局長だった佐川宣寿元国税庁長官でもなく、税金を負担している国民だったということが分かります。この許せない事実がこの見出しに込められているように私には思えました。

鎌倉・円覚寺

 妻の雅子さんの「夫は国にまた殺された」という叫びと非難は、非常に切実なものがあります。

 この改ざん問題は、安倍晋三首相に忖度し、自己の出世欲に目が眩んだ佐川理財局長が、強引に赤木さんに指示したのではないかという説が濃厚です。佐川氏に対する訴訟だけは継続される、と表向きでは言われていますが、大本の権力者が安泰である限り、裁判官の斟酌は半永久的に不滅でしょう。

 その大本権力者である安倍元首相は、有権者の票が欲しいので「桜を見る会」で地元民を優遇した人でもあります。しかも、その財源は国民の税金です。彼は、最高権力者のポストは降りても、キングメーカーとして院政を敷いて権力を護持する計画だといわれてますから、また国民がツケを支払わされるのではないかと危惧されています。

 どうも、人が亡くなったというのに、権力者というのは良心の呵責も、自己嫌悪も、反省もしないのでしょうか? それとも、良心の呵責も自己嫌悪も反省もしない人間が、権力者になるのでしょうか? 鶏が先か卵が先か、みたいな話でしょうが、それらの条件は、不即不離の関係にあることは間違いないと私は思っています。

鎌倉・円覚寺

 そもそも、これは世界的傾向ですが、罪悪感を覚えたり、良心の呵責に駆られたり、自己嫌悪に陥っていたりしては、為政者なんかやってられませんからね。

 私自身は、「蟷螂の斧」と分かっていながら、またこんなことを書いて、自己嫌悪に陥りそうです(苦笑)。

【追記】(12月17日)

 12月16日付東京朝日新聞夕刊一面の名物コラム「素粒子」に掲載されていた記事。

 「ふざけんな」。真相解明を税金で止めるなんて。森友訴訟、上司の証言ないまま。

   ×  ×

 この約1億円の賠償金支出は、納税者として許し難い。

 たった、わずか二行で、昨日書いた私の記事を表現している。逆に言えば、私の言いたいことなんぞ、ダラダラと書かなくても、二行で済む、てか?

MD再生機が壊れてしもうたぁ…

 うーん、今年4月に買ったばかりのMD(ミニディスク)プレーヤー(2万5980円)がもう故障してしまいました。

 まだ8カ月しか経っていませんが、もともと、中古品だったので、保証期間がわずか3カ月しかありませんでした。せめて、あと数年は持つかと思っていましたから、茫然自失です。15年間も使っていた全く同じメーカーの機種を探して、再度、中古で購入したのですが、愛着があったからです。

 このMD再生機には、CDプレーヤーとラジオも付いていますが、CDもラジオも異常なしなのに、壊れたのはMDだけです。読み取りができなくなり、挿入してもMDがすぐエジェクト(排出)されてしまいます。故障しても、修理してくれるところがないということが最大の障害です。

 不吉な予感はありました。先日(12月3日)、「さよならMD、店頭からも辞書からも 平成に刻まれた思い出は消えず」という朝日新聞の記事を読んだばかりでした。既に、音響機器「ティアック」が昨年12月にMDプレーヤーの生産を終了してしまったらしく、「こりゃ、やばいなあ」と感じていたのでした。

 この記事によると、MDシステムはソニーが開発し、1991年に発表したといいます。となると、たった、わずか、30年も経たずに「終わっちまうのかえ」と言いたくなります。

 思い起こせば、私の世代は、音響機器に関しては随分と振り回されました。録音再生機だけに絞っても、最初、1960年代はオープンリールのテープでしたが、70年代はカセットテープ全盛時代です。90年代からMDになったというのでしたら、カセット時代は20年しか続かなかったということになりますか。えっ?意外にもMDより短かったの?

 MDが衰退してしまった今は、スマホ(のハードディスク)にダウンロードするか、USBに「録音」するという時代なのでしょうか。

 でも、私の場合、MDには学生時代のバンドの演奏とか、ラジオで録音した好きなジャズとか貴重な音源がいっぱい収録されています。それに、いまだに、英語とフランス語の語学学習はNHKラジオを聴いているので、MD録音は欠かせません。とにかく、MD再生機がないと困っちゃうなあ…(山本リンダ)。

 MDプレーヤーは、ネット通販で購入したのですが、そこのサイトを確認したら、「修理があればメールしてください」とアドレスが公表されていたので、メールしてみました。

 でも、土日を挟むとはいえ、5日も経つというのに何の返信もなし。ま、「もう諦めるしかないかなあ」と悟り始めています。

 となると、「MDのない生活」を考えなければなりません。差し当たって、語学学習は、1週間遅れにはなりますが、スマホのアプリで再生して聴くことができます。録音したMDは捨てずにとっておきますが、プレーヤーは、これからラジオとCDを聴くしかないようです。

 でも、こういうことがあると、「永久保存版」だの「永遠」だのという言葉はあり得ないということを実感しましたよ。どうせ、死んだら、私のMDもゴミとして処分されることでしょうし、まあ、「生きているうちが華」という格言しかないということです。

いざ「竹葉亭」へ=ポイント乞食、老舗鰻屋に走る

 本日は、通勤途中、朝っぱらから原付バイクに乗った若いおまりさんから追い駆けられて叱られました。詳細は省きますが、嫌なことがあったので、通勤定期を買ったりして溜まっていたJRのスイカのビューカードに付いたポイントを今朝、駅にある「ビューアルッテ」で交換してきました。数千ポイント溜まっていたので、そのまま数千円分使えることができます。

 さて、どうしようか。差し当たって、今欲しいものは特にありません。いや、あるんですけど、それは、ジョン・レノンがはめていたパテック・フィリップの高級腕時計で、それは数千円ではなく、数千万円もするので、買えるわけありません(笑)。

 そこで、本日は高級ランチに行くことにしました。今、喉から手が出そうで出ない高級ランチと言えば、ここしばらく御無沙汰の鰻です。そして、鰻といえば、銀座界隈で食すとなると築地の「竹葉亭」に決まってます。竹葉亭は銀座5丁目にもありますが、やはり、本店の築地の方が落ち着いて食すことができます。

築地「竹葉亭」鰻お丼B 3520円

 このコロナ禍による不景気のご時世だというのに、店内はほぼ満杯で、少し待たされました。

 こっちはポイントで稼いだ余剰金があるので、大船に乗ったつもりで、「 鰻お丼」のAではなく、少し高いBを注文しました。

 さすが、幕末創業の竹葉亭。文句なしのお味でした。

 さて、お隣の席は、初老の紳士と三十路そこそこの若い女性で、何となく怪しい関係に見えるカップルでした。耳を塞ぐわけにはいかず、二人の会話は丸聞こえでした。

 どうやら初老の紳士は、スパイ映画007の大ファンらしく、全部観ているとか。何故なら、第1作「007 /ドクター・ノオ」が公開された年(1962年)に生まれているからだ、と紳士は若い女性に呟いていました。隣に諜報員がいるというのに、そんなことまで喋っていいんですかねえ。59歳か…これで、彼の年齢が分かってしまった(笑)。

 そして、007の大ファンのため、彼の愛用腕時計は、スイスの「オメガ」だと言いつつ、若い女性に自分の腕時計を見せびらかしていました。「まあ、凄い!」と女性が黄色い金切り声をあげたことは言うまでもありません。

 紳士のお仕事はどうもファッション関係のようで、青山にある高級ブランドB店の店長に今度紹介するよ、電話しとくよ、と何度も言ってました。恐らく、店長の口利きで割安で商品が買えるんでしょう。再び、若い女性は黄色い金切り声でした。

築地「吉兆」工事中?

 また、さて、ですが、以前にもこのブログで書いたことがあるのですが、新橋、築地界隈は、明治時代から高級料亭が林立しています。「吉兆」、「松山」、「米村」、「金田中」(新橋演舞場)、「新喜楽」(芥川・直木賞の選考委員会が開かれますが、実はここは「築地梁山泊」の異名を取った大隈重信邸でした)、「ふぐ料亭わのふ」(かつての料亭「石蕗(つわ)」)、「花蝶」(1968年の日通事件の舞台になった)等々です。

 この中でも代表的な高級料亭は「東京 吉兆」ですが、久しぶりに近くを通ったら、何と今、工事中でした。しかし、「建築計画」の看板をチラッと見たのですが、吉兆の「き」の字も書かれていませんでした。

 「おかしいなあ」と思いつつ、会社に戻ってパソコンで調べたところ、どうも、あの「吉兆」がコロナ禍のあおりを受けて、今年1月で「休業」してしまったらしいのです。どうも事実上の「閉店」らしいのです。よく分かりませんが。

 世知辛い世の中になって、政治家さんたちが料亭で密室政治をやってくれなくなったからでしょうか…。残念といいますか、良きにつけ悪しきにつけ、日本の伝統文化がなくなったようで、何か哀しいものがあります。