したたかな人間とそうではない人間

WGT National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

 先週、最も話題になった一つとして、将来の首相候補と目される若いサラブレッド議員が、日本のホワイトハウスである首相官邸で、結婚記者会見を開いたことでした。

 「政治利用ではないか」と批判されましたが、利用ではなく、政治そのものでしょう(笑)。私のようなひねくれた意地の悪い人間から言わせると、そんなめでたい話なら、ホテルオークラか、帝国ホテルで、金屏風をバックに会見を開いたらどうですか、というお節介な感想しか思い浮かびません。四代も続く世襲議員ですし、それぐらいのお金はあるでしょう。

 もう一つ、穿った見方をすれば、あの記者会見は、ちょうど、当該議員の最大票田である主婦層が熱心に見るテレビのワイドショーが生中継できる時間帯を選んで、巧妙に仕組まれたことでした。お相手の女性は、日本人なら知らない人はいないぐらい有名なタレント・アナウンサーですから、視聴率獲得には好材料ですからね。お蔭で、世襲議員は、主婦層に対して大いに株を上げることに成功しました。

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 女性タレントもかなりしたたかでした。議員より3歳年長の彼女は、すでにお腹の中に二世、いや「五世議員」を妊娠されているらしく、将来の日本のファーストレディとしてお墨付きを得たようなものです。かなり、かなり計算し尽された感があります。

 昼間の日本のホワイトハウスでの記者会見では、彼女は純真無垢の象徴である真っ白のドレスに身を包み、私は見ていませんが、夜は、議員の地元横須賀でのお披露目では、真紅のドレスに身を包んでいらっしゃたそうで、まさに「紅白」のお祝い。したたかに、実にしたたかに計算し尽くされています。

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 その一方で、昨晩電話があった高校時代からの古い友人であるK君の場合、計算し尽くされたしたたかさとは真逆の生き方です。

 K君は大学卒業後、某有名企業に就職しましたが、病を得て退職し、還暦を過ぎた今日まで無職です。彼の家庭環境はちょっと複雑でして(詳細は省略)、そこで、母親が一念発起して、大変な努力を重ねた末、49歳の時に超難関の国家試験の一つである税理士と不動産鑑定士の試験に合格。多くの顧客を獲得して、都心に事務所ビルを建て、八ヶ岳に別荘を持つほど成功しました。そのため、病気がちの彼も、無理して働かなくてもすむ境遇に甘えてしまった感があります。

 「そのうちどうにかなるだろう」という全く計算しない成り行き任せの生活です。

 しかし、母親も高齢になり、昨年は長年の重労働が重なって倒れ、介護状態になってしまいました。表向きは数億円の資産があると安心していたら、良く調べると不良物件もあり、逆に何億円かの借金があったことが判明し、彼も追い詰められてしまいました。

 しかも、彼は先月から週3回は通院しなければ生命に関わる重篤な病気になってしまい、医療費等も嵩みます。

 彼は無職ですから、退職金も資産もなく、最後には社会福祉に頼るしかありません。重篤な病気で障碍者手帳を発行してもらえることになりましたが、障碍者年金を申請しようかと思ったら、彼は、会社を辞めて以来、国民年金も払っておらず、ある基準の年度以上、国民年金を納めていなければ、障碍者年金の交付も難しいらしいのです。

 年金を繰り上げ返済する方法もありますが、「月に1万6000円も払う余裕がない」と彼は言うのです。まるで童話の「アリとキリギリス」の世界です。

 どうしたらいいのか? 昨晩は、私もよく知っているある筋の方に相談してみたところ、的確なアドバイスを頂きました。

 内容については、ここでは書きませんが、世襲議員と有名タレントのような計算づくの「したたかな人間」がいるのとは対照的に、将来設計をしない、したたかな人間とは真逆な人間も世の中に存在することを知ってほしくて、親友に許可なく、こんなことを書いてしまった次第です。

職場のトラブルは、今の日韓関係みたいだ

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やくざなマスコミ業界で働き続けて、もう40年近くになります。

入社したのが1980年で、当時の日本人男性の平均寿命は73.35歳(女性は78.76歳)。2018年の男性は81.25歳(同87.32歳)でしたから、40年近くで8年平均寿命が延びたことになります。

入社当時の定年は55歳でした。現在は60歳で、定年延長を希望すれば65歳ぐらいまで驚くほど格安の手当で雇ってくれます。

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 で、今日は何を言いたいのかといいますと、職場環境の激変です。いわゆるIT革命と男女雇用機会均等法と非正規労働者の拡大で、40年前とは似ても非なる姿になりました。

 最初に「やくざなマスコミ業界」と書きましたが、40年前は全くその通りで、大きなニュースが飛び込むと殺気立った部長、デスクと出先記者と「受け」と言われる社内待機番記者との間で、取っ組み合いの喧嘩が始まるほど怒号と罵声で社内は、それはそれは鉄火場のような大騒ぎになります。

 普段でも、ニュースの多くは現場の出先記者から、電話から「吹き込み」で原稿が送られるので、アルバイトや社内待機番記者は、それら「原稿取り」でてんてこ舞いで、新人記者があたふたしていると、現場の先輩記者から「おまえ誰だ?代われ、代われ!」とどやされます。

 「ふざけんじゃねえ」「馬鹿野郎」「ぶっ飛ばすぞ」といったスラングは日常茶飯事です。ニコヨンの日雇い飯場と変わりありません。

 そんな汗臭い野郎どもの職場に女性記者が多く入るようになり、セクハラ、パワハラ問題解決が向上され、言葉遣いも大分丁寧になりました。

 何よりも、IT革命とやらで、原稿はメール送稿となり、「電話送稿」がなくなり、デスクから出先への連絡なども急ぎでなければメールになり、音声の使用が極端に減り、社内は、仕事をしているのか、していないのか、分からないほど、めっきり静かになりました。興奮したデスクがどなったりすることも減りました。

 それに加えて、非正規雇用の拡大で、派遣やら嘱託やら色んな雇用体系で入って来る人も増えて、顔は見知っていても、部署が違うとほとんど仕事で重なることも関わることも全くないので他社の人間のようで、挨拶すらもかわしません。社内でセクハラやパワハラで訴えられたくないので、なるべくお互い関わらないようにしているのです。街中で他人同士がすれ違うようなものです。

 40年前なら他部との人間でも「おい、お前」と激論したものでしたが、今では皆、小さい蛸壺の中で仕事をしている感じです。

◇トラブル発生!

 そんな職場激変の中、先日、ちょっとしたトラブルがありました。今、我々が担当している欠かせない仕事として、官公庁の人事情報や叙位叙勲名簿づくりなどがありますが、最終チェックとして、どうしても原稿を声を出して読み上げて誤植がないか校正する作業があります。そのため、周囲にある程度の「騒音」をまき散らすことになります。

 昔の職場環境なら「電話取り」などがあり、もともと騒がしいので問題になることはなかったのです。野郎同士ですから、「うえるせえ」と言われれば、「馬鹿野郎、お互い様だ」と言い返せば済む話でした。

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しかし、時代は変わりました。我々の部署の隣り後方で、我々の仕事とは全く関係も接点もない雇用体系の違う女性から「うるさいので、後ろを向いてやってもらえますか」と、長年我慢していたのか、ついに抗議してきたのです。それまで、我々は、読み間違い、聞き間違いがないように顔を見合わせて、彼女から見れば横を向いて読み合わせをしていたのです。

 私は古いやくざな人間ですから、「そう言われても…」と最初は心の中で、あくまでも心の中だけでムカッとしました。40年前の鉄火場の飯場で育った古い人間としては、職場がうるさいのは当たり前だからです。向こうは、普段こちらが挨拶をしても応えないで無視しているのに、ほんのちょっとした我々の「騒音」を取り立てて自己の正義と権利を主張するので不条理を感じたわけです。

その数週間前に、某省でかなり大規模な人事異動があり、長い時間、読み合わせで周囲に「騒音」を撒き散らしたことは事実でした。そのため、先日、エレベーターで一緒になった際には、彼女には「いつもうるさくしてすみません」と謝ったこともありました。

だから、今回、彼女から正義を振りかざされた時、正直、「こっちだって、仕事でやってるんだから仕方がない。好きでやってるわけじゃないですよ」と言い返したかったですが、我慢して黙ってました。パワハラになりかねませんからね。「関わらないのが一番」と心に誓ったのです。

それにしても、時代が変わりました。

お互い、席を移動したくても移動できません。隣国同士です。まるで、今の炎上した日韓関係のような気がしてきました。

宗教サイトを検索していたらお墓の宣伝ばかり溢れる

 高野山金剛峰寺

高野山にお参りしたおかげで真言宗に興味を持ち、手始めに真言密教についてネットで検索したら、大変詳しいサイトが見つかりました。これはいい、大変勉強になる、と思いました。

 密教ですから、本来ですと、秘密の教えですから、厳しい修行を乗り越えた僧侶のみに口伝されるものなのですが、このサイトでは、密教経典である「理趣経」の詳細な解説から、印の結び方、梵語での真言の唱え方、瞑想法、聖地、そして雑学に至るまでありとあらゆることが網羅されていて、「これは凄い」とプリントアウトして読み始めたのでした。

奥之院

 そのうち、このサイトの解説の中で「空海の弟子円仁」(円仁は最澄の弟子で、第3代天台座主=慈覚大師)といった明らかな間違いが気になり始め、一番、気になったのは、あなたに取り付いている悪霊を祓う「除霊」として、「一般の人がやるのは危険で、供養法については秘伝なので、なかなか教授はできない。しかし、○○宗が、あなただけ特別に、除霊をすることができます。その際には○○宗本部宛に、実費と寸志等で計6000円をお送りください」とあるではありませんか。

 「6000円で除霊ができるなら安いもんだ」と思われる方もいるかもしれませんが、この宗派は、教祖に前科歴があり、正統派からは「邪宗」と糾弾されている宗派です。当初、「とても勉強になるいいサイトだなあ」と思っていましたが、これでいっぺんに醒めてしまい、他のページに書かれている立派なことも信頼できなくなりました。

 とにもかくにも、ネット上には色んな宗教サイトがアップされています。「邪宗」「邪教」と名指しで非難されている新興宗教も、芸能人や政財界の大物を導入し、見かけだけは素晴らしく、清廉潔白で神聖で厳かな雰囲気が漂っています。

◇宗教とメディアには親和性

 そもそも、不特定多数の信徒を相手にする宗教とメディア(ネットも含む)とは親和性があります。多くの宗教が紙媒体を発行しておりますが、ラジオの文化放送が、フジサンケイ・グループだと知っていても、もともとは、聖パウロ修道会が1951年、カトリック布教を目的に設立した「日本文化放送協会」が前身であることを知っている人は少ないと思います。聖パウロ修道会は、現在も文化放送の最大の株主で、日曜早朝に宗教番組がありますが、普段の聴衆者は、誰も気が付かないでしょう。(蛇足ながら、これは例えばの話で、決して非難しているわけではありません)

 オウム真理教による事件が起きてから、日本人は宗教に対して一種のアレルギーができてしまった気がします。私も、全財産を教団に寄付、もしくは布施を余儀なくなれた友人の祖母の話などを聞くに付け、特に新興宗教に対して恐ろしさを感じます。

 ですから、私自身は、他人様に宗教を強要するつもりは毛頭ありません。自分自身も、ある特定宗教団体に入会することはありません。ただ、自分は弱い人間ですから、精神の安定のために、御先祖さまの供養のために、そして子孫の繁栄のために、宗教、私の場合は、仏教の力をお借りするつもりです。「お前は、頭でっかちの智識だけで修行が足らん!」と和尚さんに渇を入れられると思いますが。。。

 ということで、最近、宗教のサイトばかり検索していたら、パソコンに病的に取り付くバナー広告が、寺院のお墓や墓石の宣伝ばかりになってしまいました。

 勘弁してくれい!!

失われた時を求めて=見つかった?高悠司

国立国会図書館

 久しぶりに東京・永田町の国会図書館に行って来ました。病気をする前に行ったきりでしたから、もう5年ぶりぐらいです。当時、ゾルゲ事件関係の人(ドイツ通信社に勤務してゾルゲと面識があった石島栄ら)や当時の新聞などを閲覧のために足繁く通ったものでした。

 今回、足を運んだのは、自分のルーツ探しの一環です。私の大叔父に当たる「高悠司」という人が、東京・新宿にあった軽劇団「ムーラン・ルージュ新宿座」で、戦前、劇団座付き脚本家だったらしく、本当に実在していたのかどうか、確かめたかったのです。

 高悠司の名前は、30年ほど前に、亡くなった一馬叔父から初めて聞きましたが、資料がなく確かめようがありませんでした。正直、本当かどうかも疑わしいものでした。

表紙絵は松野一夫画伯

 それが、最近、ネット検索したら、やっと「高悠司」の名前が出てきて、昭和8年(1933年)5月に東京・大阪朝日新聞社から発行された「『レヴュウ號』映画と演藝 臨時増刊」に関係者の略歴が出ていることが分かったのです。今回は、その雑誌を閲覧しようと思ったのです。

 最初は、雑誌ですから、「大宅壮一文庫」なら置いてあるかなと思い、ネット検索したらヒットしなかったので、一か八か、国会図書館に直行してみました。 

 何しろ5年ぶりでしたから、パスワードを忘れたり、利用の仕方も忘れてしまいましたが、「探し物」は、新館のコンピュータですぐ見つかりました。何しろ86年も昔の雑誌ですから、実物は手に取ることができず、館内のイントラネットのパソコン画面のみの閲覧でしたが、申請したら、コピーもしてくれました。カラーが36円、白黒が15円でした。

 国会図書館内では、一人で何やらブツブツ言っている人や、若い係の人に傲岸不遜な態度を取る中年女性など、ちょっと変わった人がおりましたが、税金で運営されているわけですから、多くの国民が利用するべきですね。

「 レヴュウ號」目次

 7月26日に発売され、同日付の産経新聞に全面広告を打っていた「月刊 Hanada」9月号には「朝日新聞は反社会的組織」という特大な活字が躍り、本文は読んでませんが、これではまるで朝日新聞社が半グレか、反社集団のようにみえ、驚いてしまいました。右翼国粋主義者の方々なら大喜びするような見出しですが、戦前の朝日新聞は、こうして、政治とは無関係な娯楽の芸能雑誌も幅広く発行していたんですね。

 とはいえ、この雑誌が発行された昭和8年という年には、あの松岡洋石代表が席を立って退場した「国際連盟脱退」がありましたし、海の向こうのドイツでは、ヒトラーが首相に就任した年でもありました。前年の昭和7年には、血盟団事件や5・15事件が起こっており、日本がヒタヒタと戦争に向かっている時代でした。

 そんな時代なのに、いやそういう時代だからこそ、大衆は娯楽を求めたのでしょう。このような雑誌が発売されるぐらいですから。

 目次を見ると、当時の人気歌劇団がほとんど網羅されています。阪急の小林一三が創設した「宝塚少女歌劇」は当然ながら、それに対抗した「松竹少女歌劇」も取り上げています。当時はまだ、SKDの愛称で呼ばれなかったみたいですが、既に、ターキーこと水ノ江滝子は大スターだったようで、3ページの「二色版」で登場しています。

 残念ながら、ここに登場する当時有名だった女優、俳優さんは、エノケン以外私はほとんど知りません。(先日亡くなった明日待子はこの年デビューでまだ掲載されるほど有名ではなかったみたいです)むしろ、城戸四郎や菊田一夫といった裏方さんの方なら知っています。

 面白いのは、中身の写真集です。(「グラビュア版」と書いてます=笑)「悩ましき楽屋レヴュウ」と題して、「エロ女優の色消し」とか「ヅラの時間」などが活写されています。それにしても、天下の朝日に似合わず、大胆で露骨な表現だこと!

 43ページからの「劇評」には、川端康成やサトウハチロー、吉行エイスケら当時一流の作家・詩人も登場しています。

レヴュウ関係者名簿

 巻末は、「レヴュウ俳優名簿」「レヴュウ関係者名簿」となっており、私のお目当ての「高悠司」は最後の54ページに掲載されていました。

 高悠司(高田茂樹)(1)佐賀縣濱崎町二四三(2)明治四十三年十一月三日(3)ムーラン・ルージュ(4)文藝部プリント(6)徳山海軍燃料廠製圖課に勤め上京後劇團黒船座に働く(7)四谷區新宿二丁目十四番地香取方

 やったー!!!ついに大叔父を発見しました。

 一馬叔父からもらった戸籍の写しでは、大叔父(祖父の弟)の名前は、「高田茂期」なので、ミスプリか、わざと間違えたのか分かりませんが、出身地と生年月日は同じです。(4)の文藝プリントとは何でしょう?同じムーラン・ルージュの伊馬鵜平(太宰治の親友)はただ文藝部とだけしか書かれていません。(5)は最終学歴なのですが、大叔父は、旧制唐津中学(現唐津西高校)を中退しているので、わざと申告しなかったのでしょうか。

 (6)は前歴でしょうが、徳山海軍燃料廠の製図課に勤めていたことも、劇団黒船座とかいう劇団に所属していたことも今回「新発見」です。 確か、大叔父は、旧制中学を中退してから佐賀新聞社に勤めていた、と一馬叔父から聞いていたのですが、その後、「職を転々としていた」一部が分かりました。

 (7)の香取さんって誰なんでしょうか?単なる大家さんなのか、知人なのか?新宿2丁目も何か怪しい感じがしますが(笑)、ムーラン・ルージュまで歩いて行ける距離です。想像力を巧みにすると面白いことばかりです。

いずれにせよ、この雑誌に掲載されている当時あったレビュー劇団として、他に「ヤパン・モカル」「河合ダンス」「プペ・ダンサント」「ピエル・ブリヤント」などがあったようですが、詳細は不明(どなたか、御教授を!)。「ムーラン・ルージュ」の関係者として6人だけの略歴が掲載されています。そのうちの一人として、天下の朝日新聞社によって大叔父高悠司が選ばれているということは驚くとともに、嬉しい限りです。

繰り返しになりますが、大叔父高悠司こと高田茂期は、ムーラン・ルージュを辞めて、満洲国の奉天市(現瀋陽市)で、阿片取締役官の職を得て大陸に渡り、その後、徴兵されて、昭和19年10月にレイテ島で戦死した、と聞いています。33年11カ月の生涯でした。

遺族の子息たちはブラジルに渡り、その一人はサンパウロの邦字新聞社に勤めていたらしいですが、詳細は分かりません。

この記事を読まれた方で、高悠司について他に何かご存知の方がいらっしゃっいましたら、コメントして頂けると大変嬉しいです。ここまで読んで下さり感謝致します。

元祖アイドル明日待子さんの訃報に接して

 本日、戦前から戦後にかけて「元祖アイドル」と言われた女優明日待子(あした・まつこ、本名須貝とし子、1920~2019年)さんの訃報に接しました。享年99。

 何よりも、まだご健在だったことに驚き、叶わぬことでしょうが、もしその事実を知っていたなら、生前にお話を伺いたかったなあ、と思いました。

 私が彼女の名前を初めて聞いたのは、30年ほど前です。戦前から戦後にかけて新宿にあった大衆劇場「ムーランルージュ新宿座」(1931~51年)の看板女優だったという話を佐賀の一馬叔父(父親の弟)から聞いたことでした。最初聞いた時は、随分変わった分かりやすい芸名だなあ、ということぐらいで、それ以上はどんな女優だったのか知る由もありませんでした。

 当時、一馬叔父さんは自分の九州の高田家のルーツ探しに非常に熱心で、戸籍やら曾祖父が残した書き物などを元に系図を作ったりして、コピーも送ってくれました。その中で、叔父の叔父に当たる高田茂期(私から見て祖父の弟に当たる大叔父)が、昭和7~8年に、このムーランルージュで座付き脚本家として活動したことがあり、ペンネームとして「高悠司」という名前を使っていたという話を聞いたのです。

 しかし、当時は今ほどネットに情報が溢れていたわけではなく、知る由もなく、「高悠司」という人がいたかどうかも不明でした。当時、私は演劇担当の記者をしていたため、その折に知遇を得た演劇評論家の向井爽也氏(古い民家の絵を描く著名な向井潤吉画伯の長男で元TBSのディレクター)に、高悠司について伺ってみると「聞いたことないなあ」と一言。その代わり、ムーランルージュ関係の本を1冊紹介してもらいました。その本のタイトルは忘れましたが(笑)、勿論、高悠司の名前などありませんでした。

WT National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua  明日待子さんの写真が著作権の関係で使えないので、リンク先でご参照ください。

 それが、最近、ネットで検索したところ、高悠司の名前が2件ヒットしたのです。1件は、大恥を晒しますが、私が2006年5月28日の《渓流斎日乗》に書いた記事(笑)。もう1件は、1933年に東京朝日新聞社から発行された「レヴュウ號」映画と演芸・臨時増刊(54ページ、50銭・26x38センチ判)の索引の中に出てきたのです。名前だけですが、有馬是馬 、春日芳子といった俳優のほかに、関係者(座付き作家?)として伊馬鵜平(太宰治の親友としても有名)、斉藤豊吉らとともに高悠司の名前が並んでいたのです。

 嗚呼、今は亡き叔父の言っていたことは本当だったんだ!実在していたんだ!と感激しました。いつか、この雑誌を国会図書館が何処かで閲覧させてもらおうかと思いました。

 さて、ウイキペディアの「ムーランルージュ新宿座」によると、明日待子さんは、上に出てきた俳優の有馬是馬に発掘されて1933年に入団、とあります。昭和7(1932)~同8(1933)年頃に在籍した大叔父高悠司と接点があったかもしれません。明日待子さんが存命と知っていたら、その辺りを聞いてみたかったのです。(一馬叔父の記憶では、高悠司は当時、湘南地方で起きた事件を題材に脚本を書いたところヒットして、二カ月のロングランになったらしい。また、彼はヴァイオリンも演奏したらしいですが、真相は不明です)

 明日待子さんは、デビューすると瞬く間に人気アイドルとなり、カルピスや花王石鹸、ライオン歯磨きなどの宣伝ポスターに引っ張りだこ。原節子、李香蘭と並ぶ「元祖アイドル」と言われる所以です。

 ムーランルージュには、座付き作家として、吉行淳之介のご尊父吉行エイスケや龍胆寺雄ら、俳優歌手には、左卜全、益田喜頓、由利徹らも関わっていたんですね。戦後生まれの私は勿論知りませんが、ボードビル風の軽喜劇もやっていたことでしょう。

◇ルーツ探し

 大叔父高悠司こと高田茂期の消息については不明な部分が多いのですが、旧制佐賀県立唐津中学(現唐津東高校)を中退し、佐賀新聞社に勤務。その後、兄である私の祖父正喜(横浜で音楽教師をやっていた)を頼って上京し、職を転々とした挙句にムーランルージュで脚本家の職を得たようです。そして、何かのツテがあったのか、そのムーランルージュも辞めて満洲に渡り、奉天市(現瀋陽市)で阿片取締役官の職に就き、その後、徴兵され、昭和19年10月のフィリピン・レイテ島戦役(フィリピンで俘虜となり、レイテ島に収容された大岡昇平の「レイテ戦記」に詳しい)で戦死したと聞いています。享年33。

 長らく自分の「ルーツ探し」はサボって来ましたが、また復活したいと思っています。

「幕末下級武士の絵日記」の作者尾崎石城さんのお墓参りをしたくなりました

来月8月に京都に行くことになっています。

京洛先生のお導きですが、最近、寺社仏閣巡りにスイッチが入ってしまったので、京都は本当に楽しみです。歴史ある京都は、ほんの少し歩いただけで、名所旧跡、古刹名刹だらけですからね。

◇安養寺と安養寺

 今回は目的がありまして、村上純一氏が住職を務める京都市左京区にある「青龍山安養寺」(浄土宗)を訪問することです。村上氏は作家村上春樹氏の従兄弟に当たる方で、小生が今年5月のブログで、思い込みの勘違いで、同じ京都市の安養寺でも、 東山区にある「慈円山安養寺」吉水草庵(時宗)の方だとご紹介してしまい、村上氏ご本人から間違いを指摘されてしまった経緯がありました。繰り返しになるので、これ以上述べませんが、御住職にお会いして、仏教の宗派の違いや、現代仏教の問題点などをお伺いすることを楽しみにしています。

 お目にかかるのはちょうどお盆の頃でして、お盆は、新幹線指定席の予約が取りにくい話を聞いてしまいました。その前に、お盆シーズンは割引切符が効かないことも知らされました。京洛先生に相談すると、新橋の安売りチケット屋をウロチョロするなんて貧乏臭くて野暮ですねえ。(それ、ワイのことやないけ!)JR系旅行代理店で予約すると、ホテルと往復切符付きで格段に安く買えますよというので、そうしようかと思ったら、やはり、お盆シーズンだけは割高で、べらぼうに高いことも分かりました。

 そう言えば、私が京都を訪問するのはシーズンオフが多く、お盆に訪れるのは学生時代以来数十年ぶりだということに気がつきました。

◇JR社長に告ぐ

 慌てて、1カ月前に東京・有楽町駅のみどりの窓口に朝の9時過ぎに行ったところ、係りの人が「午前10時からしか販売できません」と言うのです。「えーー」です。仕事が始まってしまうのです。独占企業のJRさんよ、せめて、午前9時からの販売にするべきではないでしょうか! 仕方がないので、昼休みの13時ごろに行ったら、やっと指定券が買えました。ヤレヤレです。

 さて、この間から、 大岡敏昭著「新訂 幕末下級武士の絵日記 その暮らしの風景を読む」(水曜社 )を少しずつ読んでいますが、自分自身が幕末の下級武士になった感じです。タイムマシンがなくても、こういう本を読めば、いつでも過去の時代に暮らしている感覚になれます。

 絵日記の作者は、謹慎中の忍藩(現埼玉県行田市)の下級武士尾崎石城(隼之助)でしたね。先日のブログ(2019年7月19日)で、この本をご紹介した時に、「石城さんの生まれが天保12年となっているが、年齢が合わずおかしい」と書きましたが、後ろの彼の年譜を見たら、「文政12年生まれ」と書かれていました。文政12年なら1829年です。これなら平仄が合います。

 単純ミスなんでしょうが、このほか、93ページの「左端」は「右端」の間違い、97ページの「72図」は「74図」の明らかに間違い・・・と、ちょっと校正が杜撰な感じです。

◇大酒呑みの石城さんと和尚さん

 絵日記の作者尾崎石城は、毎晩のように寺や友人宅や料亭などで、僧侶や町人や女性も交えて酒盛りをして遊びます。田楽、紫蘇茄子、玉子焼き、茶碗蒸し、むきミにつけ、志ゝみ汁などその日何を食したかメニューも伝えてくれます。

 スマホどころか電話も、テレビも映画もない時代です。何を楽しみにしていたのかというと、いわゆる田舎芝居や、浄瑠璃、酒の勢いに任せた即興の歌舞、それに、仏様の誕生日である花祭りや金比羅祭りなどの祭祀、そして、植物を愛でたり、石城さんの場合は、襖絵や屏風絵などのために写生したりしているのです。下級武士だけでなく中級武士との交流もあり、石城さんは毎日、誰か5~6人と、驚くほど多くの人と会い、交流しているのです。

 聖職に就き、「斎戒沐浴」しているはずの大蔵寺の宣孝和尚も、龍源寺の猷道和尚も大酒呑みの女好きで、時には二日酔いで寝込んだり、大変魅力的な人物に描かれています。

◇半端じゃない読書量

 また、学問好きの石城さんの読書量は半端じゃなく、中国の古典として「左傳十五巻」「六経略記十巻」「史記評林二十五巻」「論語新注四巻」「書経集注六巻」「荘子林注十巻」など、我が国では、賀茂真淵「万葉考三巻」、新井白石「藩翰譜」、「源氏忍草十巻」「古今集」「和漢朗詠集」「俳諧七部集」、徳川家康「御遺訓」、平田篤胤「古道大意」…とキリがないほどです。

 これだけの学問を積んだ人ですから、この絵日記が書かれた6年後に明治維新となり、石城さんは一連の咎めが赦免され、藩校培根堂(ばいこんどう)の教頭に抜擢されます。しかし、明治4年(1871年)に廃藩置県となり、藩校も閉校され、その後、石城さんは宮城県に移り、租税事務の中位の役人になります。そして、明治9年(1876年)にその地で死去し、仙台元寺小路の「満願寺」に葬られたということです。享年47。

 もし、仙台に行く機会があれば、満願寺に行って尾崎石城さんのお墓参りをしたいと思いました。年金も社会保障も人権もない時代。石城さんは、貧しい子どもたちをしばしば食事の席に呼んだりします。心優しい石城さんにはそれぐらい入れ込んでしまいました。

タモリに学ぶ人生の過ごし方

 人間の悩みの90%は、人間関係だと言われています。親と子、先生と生徒、上司と部下、男女のもつれ、夫婦関係、友人関係、親戚関係、嫁姑…、昨今、通り魔事件も多いですから赤の他人との関係も悩みの種ですね。

 私も人間ですから、嫌になる日が多々あります。思うに、毎日、政治や経済や社会など人間の問題のことばかりについて考えているからなのでしょう。他人は、正義心と自己主張の固まりですから梃子でも動きません。どうにもならないことで悩んでいるわけです。

 そんな時は、宇宙のことを考えます。今から、138億年前に突然「ビッグバン」が起きて、何もなかった所に、急に時間と空間と重力とエネルギーが生まれて宇宙が出現した、なぞという話を聞かされても、俄かに信じがたいのですが、眩暈で気絶したくなるほどです。

 地球が誕生したのは46億年前で、宇宙の歴史を1年のカレンダーにすると、8月30日に当たるそうです。(ビッグバンを1月1日とする)

生命(タンパク質や核酸の生成)の誕生が40億年前(9月15日)。

 少し飛ばして、恐竜の誕生が3億年前(12月23日)

 その恐竜の絶滅が6500万年前。(12月29日)

 やっと、我々の御先祖さまとつながる新人類ホモ・サピエンスが誕生するのが20万年前。(12月31日午後11時37分)

 農耕牧畜の始まりが1万年前(12月31日午後11時58分)

 となると、宇宙から見れば、人間の歴史などたかだか一瞬に過ぎないんですね。それに比べて恐竜さんは、実際、地球上で2億年近くも繁栄していたのですから、大したものです。

 「誰それがどうした」「誰それがあれした」などと、人間に拘っているから、毎日、鬱屈してしまうんですね。

築地「C」 おまかせ丼 1000円

 私はあまりテレビは見ませんが、NHKの「ブラタモリ」はよく見ます。この番組では、その土地の地殻変動や噴火した溶岩や堆積岩など地学、地質学の話がよく出てきます。それが10万年前の話だったり、100万年前の話だったりすることはザラで、中には人類が誕生するはるか大昔の何億年も前の話だったりするのです。

 人間が出て来ず、主人公でもなかったりするのです。番組進行のタモリさんは、学者並みに、異様に地質や地学に詳しいのですが、珍しい岩石に出合ったりすると、人に会った以上に感動したり興奮したりするのです。

 御本人に会ったことがないので断定できませんが、この方は、どうも人間関係はサバサバしていて、恐らく人間関係で悩んだことがない性格に見受けられます。まず、深い意味で、人類自体に興味を持っていない。結晶片岩や蛇紋岩の方がはるかに興味があると思われます。

 となると、人類の歴史の1万年のスパンというより、何千万年、何億年のスパンで物事を洞察しているんじゃないのかと思ったわけです。

 勿論、タモリさんにも悩み事はあるでしょうが、あまり人間だけに捉われていない。彼の目先に拘らない、長い年月のスパンでの物の見方も、見習いたいものだと思いました。

高野山奥の院と青龍山安養寺とトランプ大統領来日の真の目的

 早いもので、もう6月ですか。。。うーん、ネガティブなことを書くのはやめておきましょう。泣こうが、喚こうが、時間は経ち、人生は過ぎていきます。泰然自若の境地でいるしかありません。

 そこで、明るい気持ちになろうと、早くも夏休みの計画を立ててみました。一応、いまだに会社組織にしがみついている身なので、自由はききませんけど、休みが取れればということで、二つの大きな計画を立ててみました。本当は昨年のスペイン旅行に続いて、ポーンと、また海外旅行に行きたかったのですが、お代官様の目が厳しくて今年は無理そうです(苦笑)。

 ということで、国内に絞りました。一つは、7月に弘法大師空海の高野山に行くことです。一生に一度は行きたいと思っていたからです。NHKの「ブラタモリ」の影響もあるかもしれませんが、是非とも「奥の院」に行って、織田信長や明智光秀ら戦国武将のお墓(供養塔?)をお参りしたいと思います。

 もう一つは、京都です。皆様ご案内の通り、このブログのおかげで、作家村上春樹氏の従弟である村上純一御住職と不思議なご縁ができましたが、その村上住職が預かる左京区の青龍山安養寺にお詫び行脚に行こうかと思っているのです。村上おっさん(和尚様のことを京都ではそう呼びます。「お」にアクセント)は、とても怖そうなお方で、お会いするなり、「喝!」を入れられそうですが、お許しを戴ければ、8月の「送り火」辺りにお伺いしようかと思っています。ただ、8月はお盆ですから、1年で一番忙しい月ですからね。一番混む時期なので、また、京洛先生に御厄介をお掛けしてしまうと思います。

◇F35が1兆2000億円

今日書くことはこの辺にしておこうかと思いましたが、先日、国賓として来日したトランプ米大統領のことを書いておこうと思います。

 トランプさんは一体、日本に何しに来たのでしょうか?「新天皇陛下に面会することはスーパーボール観戦の100倍も凄いこと」と安倍首相に説き伏せられたから?それとも、ゴルフをして相撲を観戦して、優勝力士に米大統領杯を授与するために?

 ほとんどのマスコミはそんなお祭りムードめいた報道一色だったので、多くの日本国民もそう思い込んだことでしょう。

 でも、実際は、「ディール(取引)」に来たのでしょう。その辺りの事情をうまくまとめていたのが、5月28日付東京新聞の「こちら特報部」だけでした。見出しだけ見ても、血の気を引いてしまいそうです。「安倍爆買い外交の数々」「農産品関税削減 参院選後の譲歩を確約?」「米の顔色うかがい、国益にならず」…。これでは、ゴルフをしながら、トランプさんが「ちゃんと約束を果たしてくれるかどうか確かめに来たんだよ」と言えば、安倍首相も「おっしゃる通りです」「はい、その通りに致します」と、まるで植民地か属国のように、宗主国に対してペコペコしている感じに見えてしまいます。

 その取引の金額が半端じゃないのです。米国製最新鋭ステルス戦闘機F35、105機の追加費用が何と1兆2000億円。地上配備型迎撃システム「イージス・ショア」2基の取得関連費2404億円、維持運用費を含めて計4389億円。垂直離着陸輸送機オスプレイ1機100億円、17機導入で1700億円。これらは全て、国民の税金ですからね。でも、この桁違いの金額については、国民のほとんどは知らないでしょう。

 極め付きが、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)。カジノ運営のノウハウは日本にはないので、米国の業者が中心に請け負い、その額はプライスレスだとか。つまり、天井知らずの日本人のお金が、米国に吸い取られることになります。

 東京新聞は「金で米国の歓心を買う安倍政権。『貢ぎ物』は軍事に限らない」と、大丈夫かなと思うくらい、露骨にあからさまに書いてますから、これでは、安倍政権に嫌われるはずです。菅官房長官が東京新聞女性記者の質問を受け付けない理由が分かりました。

【お詫びと訂正】村上春樹氏御令従弟氏からの御指摘=渓流斎大失態

 昨晩、村上純一氏というどこかで聞いたことがあるような耳慣れぬ方から、このブログのお問い合わせメールが届きました。

 読んでみて吃驚仰天。作家村上春樹氏の従弟の方だったのです。村上春樹氏による月刊文藝春秋の今月号の「手記」で登場されていたので、お名前は頭の片隅に残っていたのですが、まさか、御本人から小生に直接メールが送られるとは想像だにできず、思わず、椅子から転げ落ちそうになりました。

 用件は、小生が今年5月10日に書いた「村上春樹が初めて語る自身の父親」という記事についての間違いの指摘でした。私は、村上春樹氏と純一氏の祖父に当たる村上弁識氏が預かっていた寺院である「安養寺」のことを、大いなる思い違いで、「慈円山安養寺」(京都市東山区)のこととばかり思い込んでそう書いてしまったところ、それは間違いで、京都市左京区にある「青龍山安養寺」のことです、と、現住職を務められておられる村上純一氏から御指摘があったのでした。

 全く面目もないお話で、「思い込み」は怖ろしいもので、てっきり、法然ゆかり吉水草庵の旧跡だったと言われる慈円山安養寺のことだと思い込んでおりました。寺内大吉著「念仏ひじり三国志」の舞台にもなった所で、この本を読んで大いに感動して頭に残っていたので勘違いしてしまいました。

 とはいえ、勿論、青龍山安養寺の方も名刹です。慈覚大師円仁(794~864)が延暦寺の別所に当たる天台宗の寺として開いたと言われる古刹だったのです。

 現在、かつては浄土宗の総本山のような形だった東山区の慈円山安養寺の方は時宗に、天台宗だった左京区の青龍山安養寺は、浄土宗西山派になっていますから、素人はその辺りの変遷や経緯についてはよく分かりません。

 ところで、村上純一氏は、私の間違いについて、糾弾されるどころか、「(両寺とも安養寺と)寺号が同じですし距離もそう離れていませんので、しばしばお間違えになってご来寺になる方もございます。春樹に心を寄せてくださる方々が折々来てくださいます。
 ということは、渓流斎様の文章をお読みになった方が東山区の安養寺様にいらっしゃることも考えられます。ご点検の上、可能ならば訂正をお願い申し上げたく存じます。」などと、勿体無いお言葉をお掛けしてくれました。身が細る思いで御座いまする。

先ほどの村上春樹氏の記事の中で、私は「(村上春樹氏は )ヨレヨレのジャケットを着て風采が上がらない感じでした。 」と書いてしまいました。当然、怒られるかと思いましたら、これについて村上純一氏は「 内容について、小生が申し上げることは無いのですが…」と優しい心遣いまでされてました。ますます、面目ないことです。

 いずれにせよ、村上純一 中僧正様をはじめ、関係者の皆様には大変な御迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。

 思えば、どういうわけか、この《渓流斎日乗》は意外と色んな方が目を通されておられるようで、私が書いた記事について、直接御本人様から御連絡のあったのは、 岩波茂雄の別荘「惜櫟荘」を私財を投じて購入された作家の佐伯泰英氏の関係者(その記事は消滅しました)、「日本のスパイ王 陸軍中野学校の創設者・秋草俊少将の真実」を書かれた作家の斎藤充功氏らがいらっしゃいます。

 

運転免許を自主返納すれば特典があるとは!

 最近、高齢者による交通事故が後を絶ちません。特に、4月に東京・池袋で起きた、87歳の元高級官僚 (瑞宝重光章)による事故では、3歳の幼い女の子と母親が死亡するなど12人の死傷者を出す大惨事となり、今でも高齢者による運転の是非が問われています。

 私自身は、5年前に、信号のない交差点で、こちらは優先道路を直進しているのに、右から一時停止を無視した暴走車に追突されそうになり、ひやっとし、「こちらが道交法を順守していても、いつ何時、事故に遭うか分からない」と会得しました。たまたま、それからしばらくして、病気をして車が乗れなくなり、私的なゴタゴタもあって車を売ってしまったので、今はペーパー・ドライバーです。

 そして、交通事故のニュースを聞くたびに、勝手ながら「加害者にだけはなりたくない」と思ってしまいます。

 そんな折、運転免許を自主返納すれば、特典まで受けられる話を初めて聞きました。今、運転免許証は、区役所や銀行やレンタルビデオ店などで「身分証明書」代わりになっているので必需品です。ですから、自動車を運転しなくても、更新するつもりでしたが、自主返納すれば、代わりに「運転経歴証明書」を発行してくれて、それが身分証明書になり、しかも、特典まであると聞けば、私のような貧民は耳がダンボ (陳腐な表現!) になってしまうわけです。

3点盛り

 「特典」は、それぞれ全国の都道府県で違うようですが、例えば、映画「翔んで埼玉!」で今、全国的に最も注目されている埼玉県では、「シルバー・サポーター制度」といって、実にさまざまな特典があることが分かりました。市バスやタクシーの割引、大型店舗での駐輪代無料、それに、お茶の10%引き、和菓子の5%割引、食事をすれば、アイスクリームやドリンクの無料などいう店舗もあります。ヘアーサロンの10%オフなんてのもありますね。切る髪が少ないんですからそれでいいでしょう(笑)。

 しかし、何と言っても極め付けは、お葬式の優待価格です。「運転経歴証明書」がある、と言えば、割り引いてくれるというのです。

 これは凄い!邪魔臭かったお爺ちゃんも、死んでから褒められます。「お爺ちゃんはね、運転免許を自主返納してくれたおかげで、事故を起こさず、おまけに、お葬式も安くあげられたのよ」と、子々孫々、末代までも語られることでしょう。