「他人を見たら泥棒と思え」の世界

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 (昨日の続き)

 昨日は、あのようなブログ(「他人は変えられない」)を書いた後になって、やっと、弱者を蔑(ないがし)ろにする出世欲の強い自己保身の塊の男から返信メールが来ました。

「至らぬことがあれば、遺憾に存じます」

 何じゃ、こりゃあ? まるで政治家の国会答弁じゃないですか!

 この「至らぬことがあれば」の「あれば」が曲者です。本心は、至らぬことがあったとは、少しも思っていない。「あれば」は、よしんば仮に、という話です。あるとしても百億万分の一ぐらい。あったとしても知ったことはない。あくまでも、俺は何も悪いことはしていない、という主張です。

 この「遺憾」も謝罪になっていない。あくまでも他人事。百歩譲っても、「わーるいねえ、わーるいねえ」といった感じで、言い方も小松政夫風。反省も何にもしていないのです。

赤坂不動さんの好きな「義を見て為ざるは勇無きなり」の精神で思い切って、上申書を提出しても、本人は、今後の自分の出世に害が及ばぬよう、穏便に済ませたいだけですから、もう何をしても始まりませんね。暖簾に腕押しでした。

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 さて、先日は、偽メールに見事騙されてしまいました。アフリカの某国の御夫人で、これから日本に夫婦2人で行くので1週間、通訳ガイドしてほしい、といった英文での依頼です。ガイド料は、1週間で9000ユーロを予定している、といったものでした。

 私はその料金の多寡をよく確かめず、単に1週間という長期の期間は無理なので、真面目にお断りの返信を送ったのでした。そしたら、このメールは私以外に2人の日本人の通訳ガイドにも、同じ文面が送られていて、そのうちの1人から先ほど、「アフリカ人と称する人からメールが届いたと思いますが、それは詐欺メールです。私は8月20日にも同じようなメールが届き、今回が2度目です。御存知だったかもしれませんが、一応連絡を差し上げました。気をつけてくださいませ」と私に連絡をくださったのです。

 驚きました。同時に、わざわざ連絡してくださった面識の全くないMさんには感謝のメールを返信しておきました。

 詐欺グループの目的は分かりませんが、このままいけば、振り込みをするからという理由で、銀行口座を聞かれたり、何やかやと交渉してくることでしょう。

 詐欺も国際的になりました。しかも、メールという実に簡単な手段で。他にも毎日のように、「高額賞金が当選した」だの、「子どもが大病にかかり手術代が必要だ」だの、「亡命資金のための寄付をしてほしい」だのといったメールが飛び込んできます。そういう疑惑メールは、すぐ見破れますが、今回の「通訳依頼」メールには見事、騙されてしまいました。そうそう、いつぞやは、「Apple ID 変更」のお知らせには、まんまと引っ掛かるところでした。Apple のロゴや電話番号は本物と同じでしたが、メールアドレスが、変でした。Appleの Aの文字も入っていない、何か怪しげな、架空のメールアドレスでした。

 こういうメールは私だけに来るのかと思ったら、周囲にも結構、いることはいるんですね。とはいえ、このままでは「他人(ひと)を見たら泥棒と思え」の世界を地で行くしかない世の中になってきました。

 受信メールには、今後、細心の注意を払うことにしますが、随分せちがない世の中になったものです。

 

 

 

他人は変えられない

 浄土宗廓信寺

 私自身は、天才でも秀才でもなく、お金持ちでも富裕層でもない、単なる迷える凡夫ではありますが、世の中には自己保身が強く、自己の出世のために汲々としている人間を見ると怒りさえ覚えます。

 それが「社会の木鐸」と呼ばれ、裁判官のように関西電力の幹部を批判しているようなマスコミの人間となると尚更です。自分の出世のためなら、平気で嘘をつき、人を裏切り、逃げ隠れする卑怯な行為をしても何とも思っていません。

 先日、ラジオを聴いていたら、日本のジャズ界の至宝北村英治さんが見事なクラリネットのライブ演奏を聴かせてくれました。今年満90歳だというのに、失礼ながら全く音色は衰えていません。

 司会者が長生きの秘訣を聞いたところ、彼は「嫌な奴と付き合わないことかなあ」と即、答えていたので納得してしまいました(笑)。でも、仕事上、嫌な人間と付き合わざるを得ない人も多いはず。接客業となると相当大変です。アーティストだから、長生きできるのかもしれません。

 北村さんによると、ジャズ界にも嫌な奴がいるらしいですね。驚いたことに、大変著名なベニー・グッドマンやスタン・ゲッツなんかも非常に「嫌な人」らしく、北村氏も「いくら演奏が素晴らしくても、個人的には付き合いたくないなあ」と本音を漏らしていました。そう言えば、ジャズ・マンは個性的な人が多く、カルテットやクインテットを組んでも長続きするケースは少ないですよね。

浄土宗廓信寺  法然上人

 ということで、ここ2~3日は、人間関係で不愉快な日々が続きましたが、相手は梃子でも動くわけがなく、考え方も行いも変えるわけがなく、結局、こっちが変わるしかないんですよね。

 自然災害と同じです。いくら科学や技術が進歩しても、人間が台風の進路を変えたり、噴火を止めたりすることは不可能でしょう。

 そう言えば、人間も自然の一部でした。自然を変えられないと同じように、他人も変えられないのです。そう考えたら、スッキリしました。

ポイント還元で8円儲かった、と思ったら、越後屋…!

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森林ジャーナリスト田中敦夫氏の公式ブログの「自己紹介」で、こんなことが書かれています。

ブログとは、書く瞬間の瞬発力で記すものだと考えています。意見も、その場の思いです。意見は時間とともに変わることもあります。だから、日時がたってからブログ記事を読んで、どうこう言わないでください。

書かれた情報や意見も、確実な裏を取ったり、熟考していません。そのつもりでお読みください。だから責任も負いません。その点は、仕事で執筆する雑誌や書籍の記事とは明確に一線を引いています。

「うまいこと言うなあ」と思い、勝手ながら引用させて頂きました。

 私も毎日、ころころと意見が変わるからです。節操がない、と言われればそれまでですが、仕方がないのです。「だって、人間だもん」です(笑)。くどくなるのでこれ以上書きませんが、昨日はそんなことを考えていたら、一行も書けなくなってしまいました。

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 さて、10月1日から消費税が10%に上がりました。しかし、軽減税率やら、ポイント還元やら、店内飲食なら10%なのに、お持ち帰りなら8%…等々、複雑でよく分かりません。

 一番笑ったのは、「オロナミンC」は8%なのに、「リポビタンD」は10%だとかで、「何じゃ、これ」ってな感じです。

 ポイント還元は、キャッシュレス化をもくろむ政府の企てですが、来年6月までということで、効果覿面とまでいくんでしょうか?ラヂオで聴いたのですが、今回の消費増税で、ざっくり言って、5兆円の税金が入りますが、軽減税率やらポイント還元やらで3兆円払い戻すので、結局、2兆円しか国庫に納まらないんだとか。「社会保障費が足りないから」と始めた消費税です。そんな中途半端でいいんですか?昔、奥村チヨさんも唄っていたじゃありませんか。「中途半端はやめて~」と。(この曲を知っているのは、55歳以上か?)

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 そんなことを言いながら、浅ましい庶民の私は「ポイント還元を受けたいものだ」と望んでいました。まず、スマホ決済なるものは、信用できないのでやらないことにしています。ネット上に銀行口座がダダモレで、信用できないからです。いつ、何処で、○○を買った、と個人情報まで抜き取られるそうじゃありませんか。嗚呼、怖ろしい。

 持っているカードは、通勤にJR東日本を利用しているので「スイカ」です。バスでも使いますが、スイカを使うと195円だったのが、10月1日から199円に跳ね上がっていました。「なあんだ、恩恵ないじゃん」と思っていたところ、今朝、携帯電話会社のプリペイドカードで、コンビニで週刊誌(420円)を買ったら、何と、「キャッシュレス還元」として8円も戻ってきました。

 「8円儲かった」と喜んでいたら、世間では、菓子折りの下に15万円の小判が10枚も忍ばせていたものを受け取った電力会社の社長はんがいてはったんですね。(関西電力の岩根茂樹社長、と書いても、辞任も時間の問題だと言われていますから、来年の今ごろは誰も覚えていないでしょう)

 でも「いいなあ…」。私も一生に一度でいいからそんな役柄を演じてみたい。勿論、台詞は、

 「ムフフフ、越後屋、お前も悪やのお~」

首都圏直撃の台風15号の影響で電車が動かない

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いやあ参りました、本当に。

昨晩から関東地方を縦断した台風15号の影響で電車が動かず。午前10時ごろ運転開始するというので、その時間に最寄り駅に着いたら、「ミロのヴィーナス展」でもやるかのように群集が、駅前を二重三重のとぐろを巻いていました。

どうしようか。

私自身は、歴史学者ハラリ氏言うところの「不要階級」Useless class(朝日新聞は「無用者階級」と翻訳していましたが、甘い!やはり、「不要階級」でしょう)ですから、別に会社に行かなくても、大勢に影響がないのですが、私は超真面目人間ですから、歯を食いしばって行くしかありませんでした。

そしたら、台風一過の蒸し暑い中、「改札規制」なんかやりやがって、駅の階段で1時間も待たされましたよ。まさに「不要階級」御用達です。

後姿なので失礼…

こんなの、ここ何十年もなかったと思います。関東地方に台風が上陸したのはここ最近では17年ぶり3回目らしいですが、確かに凄い台風でした。強風で一晩中窓がガタガタいってましたから。

電車内も、「順法闘争」時代の1970年代を思わせるほどの超満員。久しぶりのラッシュを味わいました。しかも、最寄り駅から都心駅まで通常なら45分掛かるところを1時間も掛かり、押され、突き飛ばされながら、満員の立ちっ放しで、15分も長く電車に乗ることができました(遊園地か!)。

 もちろん、これらは単なる個人的な不満を並べただけで、駅が改札規制したのは、安全対策として当然だったことでしょう。でも、こういう混雑極めた時に限って、平時にある「気分の悪くなった方がおられたので某駅でしばらく停車しました」とか、「お客様が線路に立ち入った」とか、「お客様が線路に落し物をされた」とかいった事案は発生しないんですね。

 皆さん、文句一つ垂れず、黙々と整然と並んで、車内でも、「あー」とか「うー」とか呻き声はしても、声を荒らげて抗議する人はなく、飼い慣らされた羊のようでした。

 恐らく若い彼らは、45年前の国鉄の順法闘争を知らなければ、満員電車もあまり経験がないことでしょう。それでも、慌てず、騒がず、デモもせず…です。

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これで、日本の将来も安泰だあぁぁ。

来る者は拒まず、去る者は追わず

もう9月ですか…。過ぎ行く日々をつかまえたくなりまして、この夏を少し振り返ってみたくなりました。

個人的に、この夏の一番のハイライトは長年の夢だった真言宗の高野山(和歌山県)にお参りできたことでした。ちょっと高いツアーでしたが、行って本当によかったです。これまで全ての国内の聖地を訪れたわけではありませんが、滋賀県の天台宗総本山比叡山延暦寺も、福井県の曹洞宗大本山永平寺も意外にも観光地化した俗っぽさにがっかりしたことがありました。しかし、標高900メートルの山奥にある高野山は、街全体が静謐で、壇上伽藍は荘厳な雰囲気に包まれていました。

 えらく感激したのですが、皮肉屋の仏教ジャーナリストM氏は「真言宗は現在、大きく18本山に分派していますが、高野山真言宗(総本山金剛峰寺)は少数派なんですよ。むしろ、豊山派(総本山長谷寺、大本山護国寺)や智山派(総本山智積院、成田山新勝寺、川崎大師、高尾山薬王院)の方が勢力が大きいんですよ。それに、奥之院に織田信長や豊臣秀吉らの供養塔があるのは何のためにあるか御存知ですか?人を呼び寄せる観光のためですよ」と、のたまうではありませんか。

 まあ、その真偽も含めて、それはそれとして。夏の高校野球の季節となり、今年も智弁和歌山や智弁学園(奈良)の常連高が出場して、気になって調べたら、智弁が付く両校とも弁天宗という宗教団体を母体とする学校法人が運営する学校でした。そして、この弁天宗というのは、まさに高野山真言宗の流れを汲む新興宗教だったんですね。知りませんでした。

 このほか、真言宗系の新興宗教として、現在最も勢いがあって注目されているのが真如苑です。経済週刊誌に「最も集金力がある」と書かれていましたからね。真如苑は真言宗醍醐派(総本山醍醐寺)の流れを汲むそうですが、茲ではこれ以上踏み込みません。

京都・六角堂

夏の一番暑い盛りに京都にも行きました。どういうわけか浄土宗の寺院を巡る旅になりましたが、最終日に京洛先生から「京都のへそ」と言われる六角堂に連れて行ってもらいました。この六角堂の本堂北の本坊は「池坊」と呼ばれ、生け花の発祥地といわれてましたね。

 この池坊の敷地に読売新聞社の京都総局があり、「それは、読売新聞二代目社主の正力亨氏の妻峰子さんの妹が、池坊専永夫人の保子さんだったからです。その御縁なのでしょう」といったことをこのブログで書きました。

 そしたら、京都旅行から帰ってしばらくたった8月24日、この正力峰子さんの訃報に接したのです。享年83。亡くなったのが8月17日だったということで、ちょうど私が京都に滞在していた時でした。凄い偶然の一致には驚いてしまいました。

さて、先日、映画「ジョアン・ジルベルトを探して」を観ましたが、あんまり感動しなかったので、2007年8月に日本で公開され、あまりにも面白かったので、サントラ盤とDVDまで買ってしまった「ディス・イズ・ボサノヴァ」(2005年製作)をお口直しに自宅で観直してみました。

 日本ではあまり知られていませんが、ボサノヴァのスーパースター、カルロス・リラとホベルト・メネスカルの2人が、自分たちのボサノヴァの歴史を思い起こして、所縁の地を訪れるドキュメンタリーです。アントニオ・カルロス・ジョビンの息子パウロ・ジョビンもミュージシャンとして出演していました。

 これを観ると、ジョアン・ジルベルトの魅力が否が応にも分かります。その囁くような歌唱も、彼が独自に開発したといわれるギターのバチーダ奏法も、他の一流ミュージシャンと比べると、まるで月とスッポン。レベルの差が歴然としているのです。ジョアン・ジルベルトなくしてはボサノヴァは生まれなかった。彼がボサノヴァをつくった、と言われるのは納得できました。

 そのジョアン・ジルベルトはかなりの奇人変人で、晩年は隠遁生活に入り行方不明になります。映画「ジョアン・ジルベルトを探して」にも描かれていましたが、若い頃、かなり仲が良かった親友とも仲違いしたわけではないのに、何十年も会わなくなります。

 でも、私は逆に勇気付けられました。私も、学生時代にかなり仲が良かった親友と仲違いしたわけではなく疎遠になってしまったからです。こちらが色々とイベントや飲み会に誘ったりしても向こうが都合が悪かったり、メールをしても返事がなかったりしたからです。

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 最初は、こちらが何か悪いことをしたのではないか。何か気分を害することでも知らずにやってしまったのか。できれば、その誤解を解きたいと思ったものでしたが、この映画を観て、「もう誤解を解く必要もないか」と思うようになりました。「人間が恐怖(不安、嫉妬、劣等感)と欲望(出世、名誉、財産)で出来ている」のなら、もう策略することなく、無為自然、成り行きに任せて生きる(老子、列子、荘子)のが、自分にとっても、相手にとっても一番いいのではないのかと思ったのです。

 来る者は拒まず、去る者は追わずです。

 ボサノヴァの最重要人物の一人、ヴィニシウス・ヂ・モライス(「イパネマの娘」の作詞、作曲家、作家、外交官)は恋多き人で、9回も結婚・離婚を繰り返したそうですが、その話を聞いたただけでも私は「ご苦労さまです」と頭を下げたくなります。ということで、私自身、今年の夏は、モライス先生のように、浮いた話が全くなかったのですが、大変充実した夏を過ごすことができました。

 高野山といい、京都旅行といい、自分の目的を、他人に操作されることなく、自分の意志で行う「人間の尊厳」(イマヌエル・カント)を実行できたからです。

人間は恐怖と欲望で出来ている

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トランクルームを借りて、死んでも天国まで蔵書を持って行くつもりの例の遠藤君が「これを見なさい」と貸してくれたのが、テレビ番組を録音したDVDでした。

 どうやら7月にNHKで放送された「BS1スペシャル『欲望の資本主義 特別編 欲望の貨幣論2019』」という番組で、あまり面白そうではなかったので、4~5日、ほおっておいたのですが、見てみたら吃驚。こんな凄い番組を見たのは本当に久しぶりでした。遠藤君、ごめんなさい。最近のNHKは、商業主義とは無縁のはずなのに、ジャニーズやバーニング系のタレントを多用して民放と変わらない実に下らない番組が多く、見るに値しない局だと断定していたのですが、これで少しは見直しました。

 前編と後編で2時間ぐらいの番組で、内容全て紹介しきれないのですが、中心的な進行係として、「貨幣論」(1993年)などの著書がある経済学者の岩井克人氏を据えたのが大成功でした。「講義」の仕方が非常に懇切丁寧で、学生だったらこの教授に師事したいくらいでした。岩井氏の奥さんは、「続明暗」などの著書がある作家の水村美苗氏です。私は彼女に30年ぐらい昔にインタビューしたことがありますが、後で、水村氏の御主人が岩井克人氏だと知った時驚いたことを覚えています。逆に言うと岩井氏については、その程度の知識しかありませんでした。30年前は経済学には全く興味がありませんでしたから…(苦笑)。

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 前置きが長くなりましたが、どうしても番組の内容を短くまとめることが難しいので遠回りしただけでした(笑)。いや、気を取り直して始めます。

 岩井氏によると、貨幣というのは、本来、モノとモノを交換する「手段」に過ぎなかったのですが、いつの間にか、貨幣を貯めることが「目的」になってしまったというのです。貨幣が通用するのは、他人が受け取ってくれることを前提にして、それに懸けているようなもので、貨幣そのものに根拠がない。「自己循環論法」によってのみ、価値が支えられているというのです。

 貨幣自体に本質がないということで、「貨幣商品説」と「貨幣法制説」を否定し、マルクスの「価値形態論」も批判します。まあ、こう書いても番組を見ていなければさっぱり分からないことでしょうが…(苦笑)。

 この番組では、世界的に著名な色んな経済学者、哲学者、歴史学者らが登場しますが、私が一番印象に残ったのが、かつて米投資銀行で10憶ドルを運用し、今は電子決済サービス企業戦略を担当しているカビール・セガールという人の発言でした。「私たち(人間)は、恐怖と欲望で出来ている」というのです。これほど、的確な言葉ありません。

 彼によると、人間は恐怖と欲望で出来ているからこそ、不確実な未来に備えて貯蓄する。お金が多ければ多いほど、未来は安心だと感じる。それでも不安なので、「もっと、もっと」とお金を貯め込む。人間は過剰に安心を求めるというのです。

 岩井氏の説明では、ヒトが、モノよりもお金が欲しくなると、デフレになり不況になる。逆に、ヒトがお金に価値がないから早く手放そうとすると、ハイパーインフレになり貨幣の価値が下がるというのです。

 他に、アダム・スミス「見えざる手」、マルクス「労働価値説」、ケインズの「流動性選好」(世の中が不安定だとモノよりも未来の可能性を高めるために貯蓄に走る)、ハイエク「通貨自由化論」ら錚々たる経済学者の理論が登場しましたが、私としては、このセガール氏の「人間は恐怖と欲望で出来ている」という話が一番、腑に落ちました。

 現代は、富がGAFAなど一部のIT企業に集中し、世界的に膨大な格差が広がっています。企業も国家も数字が全てで、企業は利潤、国家はGDPの数字が向上することばかり腐心します。資本主義社会では、こうして数字で成功した人のみが崇められ、それ以外の人間性は全く無視されます。それでは、如何にして人間の尊厳を守るのかー?

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 最終章で、岩井氏は、何と哲学者のイマヌエル・カント(1722~1804年)の「道徳形而上学原論」を取り上げます。

 カントは同書の中でこう書きます。「すべての人間は心の迷いと欲望を抱えているものであり、(何と、既に、カントは、さっきのセガール氏と同じことを言っていたんですね!)これに関わるものはすべて市場価格を持っている。それに対して、ある者がある目的を叶えようとする時、相対的な価値である価格ではなく、内的な価値である”尊厳”を持つ。”尊厳”にすべての価格を超越した高い地位を認める。”尊厳”は価格と比べ見積もることは絶対できない」

 これはどういうことかと言いますと、岩井氏の説明を少し敷衍しますと、モノは価格を持っているので交換できる。しかし、人間の尊厳は交換できない。だから、この人間の尊厳は、他人が入り込む隙間がないほど自由であり、最後の砦みたいなものだというのです。

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 繰り返しになりますが、岩井氏は「人間は他人に評価されない自分自身の領域を持つことが重要で、それが人間の自由となる。自分で自分の目的を決定できる存在は、その中に他の人が入り込めない余地がある。そこが人間の尊厳の根源になる」と言うのです。

 つまり、今のようなGAFAが世界中を席捲しているネット社会で、フェイスブックの「いいね」や、何かを買うと「あなたのお薦め」が次々と表示されるアマゾン方式などによって、本来、目的を選ぶのに自由であるはずの人間が、こうしたAI(人工知能)によって操作され、結局は人間の尊厳が失われる可能性がある、と岩井氏は警告するのです。

 これは慧眼です。

番組では、ノーベル経済学賞を受賞したスティングリッツ氏の「アダム・スミスの”見えざる手”は、結局存在しなかったんだよ」という断定発言には驚かされました。また、古代ギリシャのアリストテレス「政治学」や、「社会契約論」のジョン・ロックらも登場させ、利潤追求の数字の世界だけでない哲学までもが引用されているので、非常に深みがあり勉強になる番組でした。

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 恐怖に駆られる人間の性(さが)のせいで、強欲な人間が増え、格差社会が拡大しています。しかし、皮肉屋のスティングリッツ氏は「資本主義がもっているのは、お金に興味がない人がいるおかげ」と発言していたので、これも非常に目から鱗が落ちる発言でした。

 確かに、人間は恐怖と欲望で出来ているのかもしれませんが、私自身は、数年前に病気になった時に、睡眠欲も食欲も性欲も全くなくなったことがありました。欲望がないので、お金に興味がないどころか、禁治産者のように、お金が目の前にあっても、勘定することさえできませんでした。それでいて、毎日、恐怖に苛まれていたので恐ろしい病気に罹ったものです。

「貨幣論」から、随分違った話になりましたが、これも人間の自由、つまり、AIに操作されることなく、書きたいことを書くという「人間の尊厳」なのかもしれませんね(笑)。

したたかな人間とそうではない人間

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 先週、最も話題になった一つとして、将来の首相候補と目される若いサラブレッド議員が、日本のホワイトハウスである首相官邸で、結婚記者会見を開いたことでした。

 「政治利用ではないか」と批判されましたが、利用ではなく、政治そのものでしょう(笑)。私のようなひねくれた意地の悪い人間から言わせると、そんなめでたい話なら、ホテルオークラか、帝国ホテルで、金屏風をバックに会見を開いたらどうですか、というお節介な感想しか思い浮かびません。四代も続く世襲議員ですし、それぐらいのお金はあるでしょう。

 もう一つ、穿った見方をすれば、あの記者会見は、ちょうど、当該議員の最大票田である主婦層が熱心に見るテレビのワイドショーが生中継できる時間帯を選んで、巧妙に仕組まれたことでした。お相手の女性は、日本人なら知らない人はいないぐらい有名なタレント・アナウンサーですから、視聴率獲得には好材料ですからね。お蔭で、世襲議員は、主婦層に対して大いに株を上げることに成功しました。

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 女性タレントもかなりしたたかでした。議員より3歳年長の彼女は、すでにお腹の中に二世、いや「五世議員」を妊娠されているらしく、将来の日本のファーストレディとしてお墨付きを得たようなものです。かなり、かなり計算し尽された感があります。

 昼間の日本のホワイトハウスでの記者会見では、彼女は純真無垢の象徴である真っ白のドレスに身を包み、私は見ていませんが、夜は、議員の地元横須賀でのお披露目では、真紅のドレスに身を包んでいらっしゃたそうで、まさに「紅白」のお祝い。したたかに、実にしたたかに計算し尽くされています。

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 その一方で、昨晩電話があった高校時代からの古い友人であるK君の場合、計算し尽くされたしたたかさとは真逆の生き方です。

 K君は大学卒業後、某有名企業に就職しましたが、病を得て退職し、還暦を過ぎた今日まで無職です。彼の家庭環境はちょっと複雑でして(詳細は省略)、そこで、母親が一念発起して、大変な努力を重ねた末、49歳の時に超難関の国家試験の一つである税理士と不動産鑑定士の試験に合格。多くの顧客を獲得して、都心に事務所ビルを建て、八ヶ岳に別荘を持つほど成功しました。そのため、病気がちの彼も、無理して働かなくてもすむ境遇に甘えてしまった感があります。

 「そのうちどうにかなるだろう」という全く計算しない成り行き任せの生活です。

 しかし、母親も高齢になり、昨年は長年の重労働が重なって倒れ、介護状態になってしまいました。表向きは数億円の資産があると安心していたら、良く調べると不良物件もあり、逆に何億円かの借金があったことが判明し、彼も追い詰められてしまいました。

 しかも、彼は先月から週3回は通院しなければ生命に関わる重篤な病気になってしまい、医療費等も嵩みます。

 彼は無職ですから、退職金も資産もなく、最後には社会福祉に頼るしかありません。重篤な病気で障碍者手帳を発行してもらえることになりましたが、障碍者年金を申請しようかと思ったら、彼は、会社を辞めて以来、国民年金も払っておらず、ある基準の年度以上、国民年金を納めていなければ、障碍者年金の交付も難しいらしいのです。

 年金を繰り上げ返済する方法もありますが、「月に1万6000円も払う余裕がない」と彼は言うのです。まるで童話の「アリとキリギリス」の世界です。

 どうしたらいいのか? 昨晩は、私もよく知っているある筋の方に相談してみたところ、的確なアドバイスを頂きました。

 内容については、ここでは書きませんが、世襲議員と有名タレントのような計算づくの「したたかな人間」がいるのとは対照的に、将来設計をしない、したたかな人間とは真逆な人間も世の中に存在することを知ってほしくて、親友に許可なく、こんなことを書いてしまった次第です。

職場のトラブルは、今の日韓関係みたいだ

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やくざなマスコミ業界で働き続けて、もう40年近くになります。

入社したのが1980年で、当時の日本人男性の平均寿命は73.35歳(女性は78.76歳)。2018年の男性は81.25歳(同87.32歳)でしたから、40年近くで8年平均寿命が延びたことになります。

入社当時の定年は55歳でした。現在は60歳で、定年延長を希望すれば65歳ぐらいまで驚くほど格安の手当で雇ってくれます。

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 で、今日は何を言いたいのかといいますと、職場環境の激変です。いわゆるIT革命と男女雇用機会均等法と非正規労働者の拡大で、40年前とは似ても非なる姿になりました。

 最初に「やくざなマスコミ業界」と書きましたが、40年前は全くその通りで、大きなニュースが飛び込むと殺気立った部長、デスクと出先記者と「受け」と言われる社内待機番記者との間で、取っ組み合いの喧嘩が始まるほど怒号と罵声で社内は、それはそれは鉄火場のような大騒ぎになります。

 普段でも、ニュースの多くは現場の出先記者から、電話から「吹き込み」で原稿が送られるので、アルバイトや社内待機番記者は、それら「原稿取り」でてんてこ舞いで、新人記者があたふたしていると、現場の先輩記者から「おまえ誰だ?代われ、代われ!」とどやされます。

 「ふざけんじゃねえ」「馬鹿野郎」「ぶっ飛ばすぞ」といったスラングは日常茶飯事です。ニコヨンの日雇い飯場と変わりありません。

 そんな汗臭い野郎どもの職場に女性記者が多く入るようになり、セクハラ、パワハラ問題解決が向上され、言葉遣いも大分丁寧になりました。

 何よりも、IT革命とやらで、原稿はメール送稿となり、「電話送稿」がなくなり、デスクから出先への連絡なども急ぎでなければメールになり、音声の使用が極端に減り、社内は、仕事をしているのか、していないのか、分からないほど、めっきり静かになりました。興奮したデスクがどなったりすることも減りました。

 それに加えて、非正規雇用の拡大で、派遣やら嘱託やら色んな雇用体系で入って来る人も増えて、顔は見知っていても、部署が違うとほとんど仕事で重なることも関わることも全くないので他社の人間のようで、挨拶すらもかわしません。社内でセクハラやパワハラで訴えられたくないので、なるべくお互い関わらないようにしているのです。街中で他人同士がすれ違うようなものです。

 40年前なら他部との人間でも「おい、お前」と激論したものでしたが、今では皆、小さい蛸壺の中で仕事をしている感じです。

◇トラブル発生!

 そんな職場激変の中、先日、ちょっとしたトラブルがありました。今、我々が担当している欠かせない仕事として、官公庁の人事情報や叙位叙勲名簿づくりなどがありますが、最終チェックとして、どうしても原稿を声を出して読み上げて誤植がないか校正する作業があります。そのため、周囲にある程度の「騒音」をまき散らすことになります。

 昔の職場環境なら「電話取り」などがあり、もともと騒がしいので問題になることはなかったのです。野郎同士ですから、「うえるせえ」と言われれば、「馬鹿野郎、お互い様だ」と言い返せば済む話でした。

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しかし、時代は変わりました。我々の部署の隣り後方で、我々の仕事とは全く関係も接点もない雇用体系の違う女性から「うるさいので、後ろを向いてやってもらえますか」と、長年我慢していたのか、ついに抗議してきたのです。それまで、我々は、読み間違い、聞き間違いがないように顔を見合わせて、彼女から見れば横を向いて読み合わせをしていたのです。

 私は古いやくざな人間ですから、「そう言われても…」と最初は心の中で、あくまでも心の中だけでムカッとしました。40年前の鉄火場の飯場で育った古い人間としては、職場がうるさいのは当たり前だからです。向こうは、普段こちらが挨拶をしても応えないで無視しているのに、ほんのちょっとした我々の「騒音」を取り立てて自己の正義と権利を主張するので不条理を感じたわけです。

その数週間前に、某省でかなり大規模な人事異動があり、長い時間、読み合わせで周囲に「騒音」を撒き散らしたことは事実でした。そのため、先日、エレベーターで一緒になった際には、彼女には「いつもうるさくしてすみません」と謝ったこともありました。

だから、今回、彼女から正義を振りかざされた時、正直、「こっちだって、仕事でやってるんだから仕方がない。好きでやってるわけじゃないですよ」と言い返したかったですが、我慢して黙ってました。パワハラになりかねませんからね。「関わらないのが一番」と心に誓ったのです。

それにしても、時代が変わりました。

お互い、席を移動したくても移動できません。隣国同士です。まるで、今の炎上した日韓関係のような気がしてきました。

宗教サイトを検索していたらお墓の宣伝ばかり溢れる

 高野山金剛峰寺

高野山にお参りしたおかげで真言宗に興味を持ち、手始めに真言密教についてネットで検索したら、大変詳しいサイトが見つかりました。これはいい、大変勉強になる、と思いました。

 密教ですから、本来ですと、秘密の教えですから、厳しい修行を乗り越えた僧侶のみに口伝されるものなのですが、このサイトでは、密教経典である「理趣経」の詳細な解説から、印の結び方、梵語での真言の唱え方、瞑想法、聖地、そして雑学に至るまでありとあらゆることが網羅されていて、「これは凄い」とプリントアウトして読み始めたのでした。

奥之院

 そのうち、このサイトの解説の中で「空海の弟子円仁」(円仁は最澄の弟子で、第3代天台座主=慈覚大師)といった明らかな間違いが気になり始め、一番、気になったのは、あなたに取り付いている悪霊を祓う「除霊」として、「一般の人がやるのは危険で、供養法については秘伝なので、なかなか教授はできない。しかし、○○宗が、あなただけ特別に、除霊をすることができます。その際には○○宗本部宛に、実費と寸志等で計6000円をお送りください」とあるではありませんか。

 「6000円で除霊ができるなら安いもんだ」と思われる方もいるかもしれませんが、この宗派は、教祖に前科歴があり、正統派からは「邪宗」と糾弾されている宗派です。当初、「とても勉強になるいいサイトだなあ」と思っていましたが、これでいっぺんに醒めてしまい、他のページに書かれている立派なことも信頼できなくなりました。

 とにもかくにも、ネット上には色んな宗教サイトがアップされています。「邪宗」「邪教」と名指しで非難されている新興宗教も、芸能人や政財界の大物を導入し、見かけだけは素晴らしく、清廉潔白で神聖で厳かな雰囲気が漂っています。

◇宗教とメディアには親和性

 そもそも、不特定多数の信徒を相手にする宗教とメディア(ネットも含む)とは親和性があります。多くの宗教が紙媒体を発行しておりますが、ラジオの文化放送が、フジサンケイ・グループだと知っていても、もともとは、聖パウロ修道会が1951年、カトリック布教を目的に設立した「日本文化放送協会」が前身であることを知っている人は少ないと思います。聖パウロ修道会は、現在も文化放送の最大の株主で、日曜早朝に宗教番組がありますが、普段の聴衆者は、誰も気が付かないでしょう。(蛇足ながら、これは例えばの話で、決して非難しているわけではありません)

 オウム真理教による事件が起きてから、日本人は宗教に対して一種のアレルギーができてしまった気がします。私も、全財産を教団に寄付、もしくは布施を余儀なくなれた友人の祖母の話などを聞くに付け、特に新興宗教に対して恐ろしさを感じます。

 ですから、私自身は、他人様に宗教を強要するつもりは毛頭ありません。自分自身も、ある特定宗教団体に入会することはありません。ただ、自分は弱い人間ですから、精神の安定のために、御先祖さまの供養のために、そして子孫の繁栄のために、宗教、私の場合は、仏教の力をお借りするつもりです。「お前は、頭でっかちの智識だけで修行が足らん!」と和尚さんに渇を入れられると思いますが。。。

 ということで、最近、宗教のサイトばかり検索していたら、パソコンに病的に取り付くバナー広告が、寺院のお墓や墓石の宣伝ばかりになってしまいました。

 勘弁してくれい!!

失われた時を求めて=見つかった?高悠司

国立国会図書館

 久しぶりに東京・永田町の国会図書館に行って来ました。病気をする前に行ったきりでしたから、もう5年ぶりぐらいです。当時、ゾルゲ事件関係の人(ドイツ通信社に勤務してゾルゲと面識があった石島栄ら)や当時の新聞などを閲覧のために足繁く通ったものでした。

 今回、足を運んだのは、自分のルーツ探しの一環です。私の大叔父に当たる「高悠司」という人が、東京・新宿にあった軽劇団「ムーラン・ルージュ新宿座」で、戦前、劇団座付き脚本家だったらしく、本当に実在していたのかどうか、確かめたかったのです。

 高悠司の名前は、30年ほど前に、亡くなった一馬叔父から初めて聞きましたが、資料がなく確かめようがありませんでした。正直、本当かどうかも疑わしいものでした。

表紙絵は松野一夫画伯

 それが、最近、ネット検索したら、やっと「高悠司」の名前が出てきて、昭和8年(1933年)5月に東京・大阪朝日新聞社から発行された「『レヴュウ號』映画と演藝 臨時増刊」に関係者の略歴が出ていることが分かったのです。今回は、その雑誌を閲覧しようと思ったのです。

 最初は、雑誌ですから、「大宅壮一文庫」なら置いてあるかなと思い、ネット検索したらヒットしなかったので、一か八か、国会図書館に直行してみました。 

 何しろ5年ぶりでしたから、パスワードを忘れたり、利用の仕方も忘れてしまいましたが、「探し物」は、新館のコンピュータですぐ見つかりました。何しろ86年も昔の雑誌ですから、実物は手に取ることができず、館内のイントラネットのパソコン画面のみの閲覧でしたが、申請したら、コピーもしてくれました。カラーが36円、白黒が15円でした。

 国会図書館内では、一人で何やらブツブツ言っている人や、若い係の人に傲岸不遜な態度を取る中年女性など、ちょっと変わった人がおりましたが、税金で運営されているわけですから、多くの国民が利用するべきですね。

「 レヴュウ號」目次

 7月26日に発売され、同日付の産経新聞に全面広告を打っていた「月刊 Hanada」9月号には「朝日新聞は反社会的組織」という特大な活字が躍り、本文は読んでませんが、これではまるで朝日新聞社が半グレか、反社集団のようにみえ、驚いてしまいました。右翼国粋主義者の方々なら大喜びするような見出しですが、戦前の朝日新聞は、こうして、政治とは無関係な娯楽の芸能雑誌も幅広く発行していたんですね。

 とはいえ、この雑誌が発行された昭和8年という年には、あの松岡洋石代表が席を立って退場した「国際連盟脱退」がありましたし、海の向こうのドイツでは、ヒトラーが首相に就任した年でもありました。前年の昭和7年には、血盟団事件や5・15事件が起こっており、日本がヒタヒタと戦争に向かっている時代でした。

 そんな時代なのに、いやそういう時代だからこそ、大衆は娯楽を求めたのでしょう。このような雑誌が発売されるぐらいですから。

 目次を見ると、当時の人気歌劇団がほとんど網羅されています。阪急の小林一三が創設した「宝塚少女歌劇」は当然ながら、それに対抗した「松竹少女歌劇」も取り上げています。当時はまだ、SKDの愛称で呼ばれなかったみたいですが、既に、ターキーこと水ノ江滝子は大スターだったようで、3ページの「二色版」で登場しています。

 残念ながら、ここに登場する当時有名だった女優、俳優さんは、エノケン以外私はほとんど知りません。(先日亡くなった明日待子はこの年デビューでまだ掲載されるほど有名ではなかったみたいです)むしろ、城戸四郎や菊田一夫といった裏方さんの方なら知っています。

 面白いのは、中身の写真集です。(「グラビュア版」と書いてます=笑)「悩ましき楽屋レヴュウ」と題して、「エロ女優の色消し」とか「ヅラの時間」などが活写されています。それにしても、天下の朝日に似合わず、大胆で露骨な表現だこと!

 43ページからの「劇評」には、川端康成やサトウハチロー、吉行エイスケら当時一流の作家・詩人も登場しています。

レヴュウ関係者名簿

 巻末は、「レヴュウ俳優名簿」「レヴュウ関係者名簿」となっており、私のお目当ての「高悠司」は最後の54ページに掲載されていました。

 高悠司(高田茂樹)(1)佐賀縣濱崎町二四三(2)明治四十三年十一月三日(3)ムーラン・ルージュ(4)文藝部プリント(6)徳山海軍燃料廠製圖課に勤め上京後劇團黒船座に働く(7)四谷區新宿二丁目十四番地香取方

 やったー!!!ついに大叔父を発見しました。

 一馬叔父からもらった戸籍の写しでは、大叔父(祖父の弟)の名前は、「高田茂期」なので、ミスプリか、わざと間違えたのか分かりませんが、出身地と生年月日は同じです。(4)の文藝プリントとは何でしょう?同じムーラン・ルージュの伊馬鵜平(太宰治の親友)はただ文藝部とだけしか書かれていません。(5)は最終学歴なのですが、大叔父は、旧制唐津中学(現唐津西高校)を中退しているので、わざと申告しなかったのでしょうか。

 (6)は前歴でしょうが、徳山海軍燃料廠の製図課に勤めていたことも、劇団黒船座とかいう劇団に所属していたことも今回「新発見」です。 確か、大叔父は、旧制中学を中退してから佐賀新聞社に勤めていた、と一馬叔父から聞いていたのですが、その後、「職を転々としていた」一部が分かりました。

 (7)の香取さんって誰なんでしょうか?単なる大家さんなのか、知人なのか?新宿2丁目も何か怪しい感じがしますが(笑)、ムーラン・ルージュまで歩いて行ける距離です。想像力を巧みにすると面白いことばかりです。

いずれにせよ、この雑誌に掲載されている当時あったレビュー劇団として、他に「ヤパン・モカル」「河合ダンス」「プペ・ダンサント」「ピエル・ブリヤント」などがあったようですが、詳細は不明(どなたか、御教授を!)。「ムーラン・ルージュ」の関係者として6人だけの略歴が掲載されています。そのうちの一人として、天下の朝日新聞社によって大叔父高悠司が選ばれているということは驚くとともに、嬉しい限りです。

繰り返しになりますが、大叔父高悠司こと高田茂期は、ムーラン・ルージュを辞めて、満洲国の奉天市(現瀋陽市)で、阿片取締役官の職を得て大陸に渡り、その後、徴兵されて、昭和19年10月にレイテ島で戦死した、と聞いています。33年11カ月の生涯でした。

遺族の子息たちはブラジルに渡り、その一人はサンパウロの邦字新聞社に勤めていたらしいですが、詳細は分かりません。

この記事を読まれた方で、高悠司について他に何かご存知の方がいらっしゃっいましたら、コメントして頂けると大変嬉しいです。ここまで読んで下さり感謝致します。