🎬「リチャード・ジュエル」は★★★★★

WST Natinal Gallery Copyright Par Duc de Matsuoqua 

名古屋にお住まいの篠田先生から電話があり、「ああたが、ブログで批判していた韓国映画『パラサイト』、観に行きましたが、よかったじゃありませんか。今度のアカデミー賞も獲るかもしれませんよ」と仰るので、気は確かなのかと思いましたよ。

 週刊文春でも、映画評論家と称する人たちが全員、「満点」を付けていたのを発見して唖然、呆然としましたが、あんな残酷で後味が悪い、血みどろの不愉快な映画、ないじゃありませんか。今年のアカデミー賞候補には、殺害場面の多すぎるあのハリウッド映画「ジョーカー」までなっているというのですから、映画産業界に対する不信感さえ抱きました。そしたら、篠田先生は「それは、ああたの限界ですね。映画なんて作り物だと割り切って観なければならないんですよ。『パラサイト』の後半のとんでもない展開なんて、日本人なんかとても作れませんよ。『万引家族』の是枝監督なんて、とても及びもつきません。今の時代を反映しているわけだし、『パラサイト』のようなとんでもない世界の方が、現実世界を如実に反映しているわけですよ」と悪びれた様子もなく、かつ丼をペロリと平らげる有様です。

 まあ、好みや趣味は人それぞれですから、とやかく言えませんけど、私は、嫌ですね。断固としてあんな映画は二度と見たくない。限界を指摘されようが、批判されようが、 日本人ですから、箱庭的な墨絵のような映画の方を好みますよ。勿論、是枝監督に軍配をあげます。

 かくして、映画産業に関して、かなりの不信感を抱いてしまったので、「これではいけない」ということで、お口直しの意味で、小雪のちらつく中、またまた映画館に足を運びましたよ。1996年のアトランタ五輪の最中に起きた爆破テロ事件で、第1発見者の英雄から、一転して容疑者になった警備員の実話を扱った「リチャード・ジュエル」です。クリント・イーストウッド監督なら、大丈夫だろうという安心感と期待感で観たのでしたが、正解でした。私の採点は満点です。この映画こそ、アカデミー賞候補になってもいいのに、カスリもしません。きっと、米FBIやメディアを痛烈に批判している映画だからなのでしょうね。

アトランタ爆破テロ事件とは、五輪大会7日目の 7月27日午前 1時20分頃、市内センテニアル公園の屋外コンサート会場で、パイプ爆弾による爆破事件が発生し、死者2人、負傷者111人を出した事件です。日本人はほとんど忘れているし、第1発見者の警備員が、国民的ヒーローから一転して犯人扱いされる悲劇など、覚えている人は少ないでしょう。

 この事件の裏、というか表でどんなことが起きたのか、といったことをノンフィクション・スタイルで再現したのがこの映画です。この手のスタイルは、イーストウッド監督は、2016年の「ハドソン川の奇跡」と18年の「15時17分、パリ行き」で成功させていますから、同監督のお手の物といった感じかもしれません。

 実に良い映画でした。俳優全員が本物のように見え、全く演じているように見えなかったところが凄い映画でした。

 私は一番面白かったのは、野心に燃えるアトランタ・ジャーナル紙の女性記者キャッシー(オリビア・ワイルド)が、かなり露骨な色仕掛けでFBIのトム・ショウ捜査官(ジョン・ハム)からトップシークレットの情報を取って、スクープする場面でした。バーのカウンターでのやり取りなどは、事実かどうか分かりませんが、美男と美女なので、キツネとタヌキの化かし合いは、実にサマになっていて、いかにもあり得そうな場面で、イーストウッド監督しか描けませんね。身に覚えがあるメディアの人間が観たらたまらないと思います。私もずっと、ニヤニヤして観ていました(笑)。

 結局、警備員のリチャード・ジュエル(ポール・ウォルター・ハウザー)は無実で、キャッシー記者が書いた記事はフェイクニュースになりますが、それまでは、メディアスクラムによってリチャードとその母親ボビ(キャシー・ベイツ)の2人は、天国から地獄に突き落とされ、私生活が台無しにされてしまいます。

 FBIという強大な国家権力とメディアに対抗するために、この2人を助けたのが、弁護士のワトソン・ブライアント(サム・ロックウェル)でした。この映画は、リチャードと弁護士ワトソンとの出会いの場面から始まるので、何で、そこまでして、ワトソンが、リチャードのために親身になれるのかよく分かります。ワトソン役の俳優は、何処かで観たことある、と思ったら、2018年の「バイス」(チェイニー米副大統領の映画)のブッシュ大統領役でしたね。

 とにかく、この映画のおかげで、映画産業界に対する不信感が、ほんの少し和らぎました。(ということは、なくなったわけではない!)

奈良・春日大社「国宝殿」で「最古の日本刀の世界 安綱・古伯耆展」

Copyright par Siadaiji-sensei

ご無沙汰しております。奈良に居ります、御存知「西大寺先生」です。

 奈良通信員として拝命していますが、本業が多忙で渓流斎ブログに出稿せず誠に申し訳ありません。令和二年の新年になり、第一弾の出稿です。

 奈良の美術展と言えば、国立奈良博物館の「正倉院展」があまりにも有名ですが、県内にはあまりにも多くの国宝、文化財があり、しかも、お寺、神社そのものが歴史遺産であり、美術展を見に行くというより、歴史遺産自体が自然体の「美術展」でもあります。ですから、奈良では東京のように博物館、美術館に「美術展」を見に出かける必要もそれほどないわけですね。

Copyright par Siadaiji-sensei

そんな奈良ですが、新年3月1日まで春日大社「国宝殿」で開かれている「最古の日本刀の世界 安綱・古伯耆展」は見ごたえがありますよ。

 平安時代に伯耆(ほうき)の国(今の鳥取県中・西部)にいた安綱(やすな)の一門の刀は武家社会は勿論、神にも捧げられましたが、その後、この刀匠の流れは途絶え、作品もほんのわずかしか残っていません。現存の安綱の作品はほとんどが「国宝」「重要文化財」になっています。

Copyright par Siadaiji-sensei

 今回はその国宝に指定された春日大社所蔵の「金地螺鈿毛抜形太刀」や、あの源頼綱が酒呑童子を斬った刀と言われる、やはり安綱作の国宝「童子切」(国立東京博物館所蔵)、重要文化財で「大平記」にも記されていて渡辺綱が鬼退治に使ったと言われる「鬼切丸」(髭切)(北野天満宮所蔵)が並び、日本の刀の歴史がよく分かります。

 会場はそれほど広くなく、展示数も厳選され、ゆったり、時間をかけて展示品が見られるのは好いですね。特に伯耆の国が、たたら、砂鉄がとれることから古代から刀作りが盛んで、この展覧会でも、安綱の作品だけでなく古伯耆の太刀も展示されています。

Copyright par Siadaiji-sensei

 また、お城巡りを趣味にされている渓流斎山人ですが、徳川家を中心にした全国の諸大名が「家宝」にしていた太刀、名刀はいずれも、平安期から時の権力者のもとを迂余転変してきたことも分かりやすく説明がされていました。「へえ!足利、信長、秀吉、各大名家にこうして伝わったのか」「名刀には歴史の逸話がある!」と、貴人もご覧になれば関心、興味が倍加するでしょう。

 刀は歴史好きには堪えられない面白さがあると思いますよ。茶器とは別の奥深さが秘められています。単なる「武器」だけでなく「祭事や儀礼用」の意味、価値も持っているということです。春日大社「国宝殿」は同大社の本殿傍にあり、上の写真のように、境内の鹿も入口付近にやって来て、都心の美術館では味わえない雰囲気が漂います。

Copyright par Siadaiji-sensei

この展覧会も館内の写真撮影は禁止でしたが、ただ、一点だけ国宝のレプリカは撮影OKでした。あまり上手く撮れませんでしたが、悪しからずご了承ください。

 3月1日まで開催しているので、奈良に行かれる機会があれば覗かれると良いでしょう。入場料は800円ですが事前に金券ショップのガラスケースを覗けばさらに格安のチケットが売られていると思いますよ(笑)。

 西大寺先生より

◇◇◇◇◇

 いやあ、有難いですね。いつもながら、ネタ切れになりますと、特派員リポートが送稿されます。紙面を埋めなければならない新聞社や雑誌社のデスクの気持ちがよく分かります(笑)。

 お城と並んで、今、刀剣もブームです。特に若い女性が全国の品評会にまで回っており、「刀剣女子」と呼ばれているとか。

 日本刀は武器ですが、美術工芸品でもありますね。戦場では、刀の威力はそれほど発揮せず、殺傷力では(1)弓矢(後に鉄砲)(2)薙刀(後に槍)(3)投石(4)刀ーの順らしいですね。何故、刀より投石による戦死者の方が多かったのか、というと、農民が合戦に駆り出されて、高価な刀剣は買うことができないか、刀の使い方ができなかったというのが有力な説です。刀狩りで、農民は刀剣を奪われていましたしね。

🎥「パラサイト 半地下の家族」は★

 WST National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

あまり、観るつもりはなかったのですが、新聞各紙の映画評で、いずれも高得点を獲得していたので、今話題の映画「パラサイト 半地下の家族」(ポン・ジュノ監督)を観て来ました。何しろ、第72回カンヌ国際映画祭で、韓国映画としては初めて最高賞であるパルムドールに輝いた作品ですからね。

 大いに期待して観たのですが、前半はよかったんですけど、後半はグロテスクで観ていられなくなりました。席を立って帰りたくなりましたが、最後まで見届けようと覚悟して、 我慢して観ましたよ。

 格差社会を静かに糾弾する社会派映画かと思ったら、サスペンス映画だということで、最後の結末がどうなるか、茲でタネ明かししてしまうのはフェアではないのでやめておきます。

 ま、上の写真の映画ポスターで御判断できるかもしれませんが、最初に書いた通り、個人的にはグロテスク過ぎて、目をそむけたくなりました。

 韓国では知らない人はいない、「シュリ」や「JSA」などに出演して日本でも馴染みのある名優ソン・ガンホ主演作ですが、やっぱり個人的には戴けませんね。「半地下家族」の副題が付いているので、同じくカンヌで2018年に最高賞を受賞した日本の是枝裕和監督の「万引き家族」を連想しましたが、民族性の違いが如実に表れているのか、全然違いましたね。

 この作品は、「万引き家族」というより、昨年日本でも大ヒットしたハリウッド映画の「ジョーカー」に近いですね。やたらと殺人場面が出てくる辺りです。私は、この「ジョーカー」を観て、ハリウッド映画が大嫌いになり、何で、日本でも大ヒットしたのか、さっぱり分かりませんでした。

 「パラサイト」は、本当に前半はよかったのです。大金持ちのパク社長の娘である女子高生の家庭教師の職を得た「半地下家族」キム一家の長男が、練りに練った計画で、家族4人がこの豪邸一家と関わることになるまで、観ていて痛快でした。しかし、この後がいけない。後半のああいう惨たらしい場面を観て喜ぶ観客がいるんでしょうか?信じられません。この分だと、韓国映画まで嫌いになりそうです。

 脚本も担当したポン・ジュノ監督は、もうちょっと、大事件なんぞ起こさなくても、もっと穏やかに描けなかったんでしょうかねえ。コメディーで終わってもいいじゃありませんか。これでは、いくら、カンヌ映画祭で最高賞を取ったといっても、日本では文部科学省推薦映画にはならないでしょう。(韓国映画ですが、映像から、朝日新聞とサッポロビールなどが出資していることが読み取れました。マスコミが出資した映画はほとんど批判されることがありません)

 映画の世界のフィクションの話とはいえ、現代人は、それほどまでに血に飢えているんでしょうか?もしくは、人生経験の少ない血気盛んな若者向きの映画なんでしょうか?それなら、私は個人的には、こんな映画はたくさんです。正直、もう観たくないですね。

 単なる個人的な感想で、遠吠えに過ぎませんが。

🎬「男はつらいよ お帰り寅さん」は★★★★★

WST National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

喜劇だと思ったら、悲劇でした。見事やられてしまいました。途中から泣き笑いで、いい歳をして、感情を抑えることができませんでした。

 22年ぶりの新作シリーズ第50作目「男はつらいよ お帰り寅さん」は、製作費と同じくらい宣伝費をかけているようにみえるので、新聞でもテレビでも週刊誌でも、ラジオでも、どこでもこの映画のことで話題持ち切り。

 今では簡単に予告編も見られ、あらすじまで分かってしまいますから、知った気になって、観た気になってしまいますが、それでは、勿体ない。劇場に足を運んで大きなスクリーンで御覧になることをお薦めします。

 私のような1969年の第1作から1997年の第49作まで、大体見ているロートル世代でしたら、涙なしには見られません。(もしかして、初めて見る若い世代でも楽しめるかも)

 若い頃は、寅さんシリーズは当たり前のように上映され、いつもお決まりのパターンのマンネリズムだと思ってましたが、それが見事浄化して、様式美に昇格していたことが、今になって分かりました。

 寅さんこと渥美清(1928~96)さんも本当に亡くなり、(68歳の若さだったは!当時は、彼の訃報原稿を書いたりして大忙しだったので、そこまで若かったことは実感できませんでした)この映画でも、既に寅さんは亡くなって、甥っ子の満男(吉岡秀隆)が小説家になり、偶然初恋のイズミちゃん(後藤久美子)と再会する話で、喜劇ではなく、次回もまた続くような気の持たせ方で映画が終わります。

 まあ、そこがいい所です。

 寅さんは、回想シーンでしか登場しませんが、4Kか何か知りませんが、デジタル処理した昔の映像が、今の映画と同期して、違和感がないのが、この映画の凄いところです。

 この映画は、満男役の吉岡秀隆(49)主演作ですが、彼は、「三丁目の夕日」などで、売れない作家役をやっているので、今回の小説家役も適役でした。また、ゴクミと言っても、30年前の美少女ブームの頃の後藤久美子(45)のことを知らない人も多いでしょうが、私生活では、フランス人F1レーサーと結婚して、スイスなどに住み、半ば引退した格好でしたが、山田洋次監督から手紙による熱烈な説得により、イズミ役として復帰したことが、週刊誌に書かれていました。

 イズミは、ゴクミの私生活通り、英語とフランス語が堪能で国連難民高等弁務官事務所の職員になって世界中を飛び回っている役でしたから、本人と重なってしまいました。流石に英語もフランス語も発音が良かった。山田監督の「アテ書き」ですね。

 映画の舞台も、葛飾区柴又のほか、銀座と神保町と八重洲ブックセンターで、個人的に、私が最も縁と馴染みの深い東京だったので、それだけで胸が熱くなってしまいました。

 この映画で、寅さんが関わったマドンナが、最後の回想シーンで、ほぼ勢ぞろいしました。最初に私は「寅さんのシリーズをほとんど観ている」と豪語しましたが、「あれ?彼女誰だっけ?」という女優さんが2人ぐらいいました。後で調べたら思い出しましたが、女優さんに失礼に当たるので、その人の名前を書いた公文書は、現政権のように、シュレッダーにかけて、隠蔽しておきます(笑)。

 でも、22年ぶりに「男をつらいよ」を観ると、すっかり忘れていた意外な女優さんまでもが、マドンナ役で出ていたことが確認できました。サクラ役の倍賞千恵子さんは、若い頃は本当に正統派の美人だったことも、改めてこの歳になって気が付きました。そして、ヒトは残酷にも年を取り、タコ社長もおいちゃん役の俳優さんも既に亡くなって、この世にいないのにスクリーンで復活していました。これもまた、ロートル世代にとっては感慨深いものでした。

 恐るべき映画でした。

🎬「カツベン」は★★☆

 黒澤明監督が亡くなって以来、あまり、監督目当てに映画を観ることはなかったのですが、周防正行監督は例外で、「この人なら外れはないな」と思いつつ鑑賞してきました。「シコふんじゃった。」「Shall we ダンス?」「それでもボクはやってない」「舞妓はレディ」など観て来ました。

 今回も期待したのですが、残念ながら外れでした。喜劇は喜劇でも、ドタバタ過ぎて、ストーリー展開も見え見えで、「伏線」の置き方があからさまなので、次の場面がすぐ想像できてしまう。

 …いやあ、ちょっと貶し過ぎですかね?

 今から100年前の活動弁士が大スターとして活躍した時代背景は、うまく描いたとは思いますが、悪役の安田(音尾琢真)がやたらと拳銃をぶっ放して、単なる「作り物」の作品を意識するように見せつけられた感じで、興醒めでした。

 いやあ、やっぱり褒めていませんね(笑)。時代考証に見合った衣装や自動車やポスターやロケでつくった劇場などは随分とお金を掛けているように見受けられました。

 でも、誰とは言いませんけど、俳優さんの中には演技が大袈裟で、ちょっと付いていけないところもありました。引いてしまった、という感じです。

 無駄な場面も多く、その場面を20分ぐらいカットすれば引き締まって、作品の世界だけに没入できたと思います。

コピーライターから歌人・俳人に

 一昨日24日(日)は、都内で大学の同窓会。昭和37年卒業生から令和元年院卒生まで55人も集まりました。この時季、ボージョレ・ヌーヴォー解禁に当たり、懇親会ではこれを目当てに参加される方も。

 毎回、卒業生の中で、功成り名を遂げた人の講演がありますが、今回のゲストは昭和47年卒業の吉竹純氏。講演名は「天皇陛下にお会いするまでーあるコピーライターの軌跡」でした。異様に面白いお話でしたので、私も後で大先輩の著作を購入してしまいました。

「こんな時代もあったのだ」。マイナス金利時代では信じられない。

 講演名にある通り、吉竹氏は、泣く子も黙る大手広告代理店電通の御出身でした。同氏が手掛けたカメラ会社や電気会社や石油会社や自動車会社などのコピーも紹介してもらいましたが、51歳の若さで天下の電通を退職されてしまうのです。勿体ないですね。その理由について、吉竹氏ははっきり述べませんでしたが、どうやら、独立して、作家として1本立ちする考えがあったようです。

 1989年度日本推理サスペンス大賞(新潮社主催)の最終候補作の4作の中に吉竹氏の作品「もう一度、戦争」が残ったのです。この大賞がいかに凄いかと言いますと、最終的に大賞を受賞したのが、宮部みゆきの「魔術はささやく」。 もう一人、最終候補作に残ったのが、幸田精「リヴィエラを撃て」と現在、大御所として大活躍している大作家ばかりだったのです。えっ? 幸田精を知らない?高村薫の前の筆名だったのです。 高村さんは、その翌年、「黄金を抱いて翔べ」(高村薫名義)で見事、大賞を受賞しています。

 そんな凄い賞の最終候補作に残ったのですから、吉竹氏が筆一本で人生を懸けようとしたことはよく分かります。でも、結局、サスペンス作家ではなく、短歌や俳句の短詩形の専門家になるんですんね。恐らく、広告のコピーと相似形があり、仕事の延長に近かったのかもしれません。

 そんなこんなで、吉竹氏は朝日、日経など多くの新聞に短歌や俳句を投稿しまくり、2002年に毎日歌壇賞、06年に与謝野晶子短歌文学賞、08年に読売俳壇年間賞などを受賞し、11年にはついに歌会始に入選し、天皇陛下にまで拝謁する栄誉まで得たというのです。頂点を極めたわけです。ちなみに、歌会始の入選作は、

  背丈より百葉箱の高きころ四季は静かに人と巡りき

 お題は「葉」でしたが、多くの人が、「落ち葉」や、「葉桜」などといった葉に関係する無難な言葉を選ぶだろうし、選者は読み疲れるだろう。それなら、誰も思いつかない「百葉箱」ならどうだろか、と奇をてらったところが大成功に結び付いたようです。

 先月10月30日には、「出版界の東大」(本人談)岩波新書に企画書を売り込んで、「日曜俳句入門」を刊行するという大技を成し遂げました。何にでもエビデンスを要求する岩波書店の校正の厳格さで鍛え上げられた労作だそうです。小生も感動して、1冊購入させて頂きました。帯に「こんな近くに投句のたのしさ」とあるように、吉竹氏は、ダジャレ精神に満ち溢れています。タイトルの「日曜俳句」も「日曜大工」にちなんだものだといいます。 私も片意地を張らない、そういうところが好きですね。

 コピーライターとして練り上げられた文章力です。この本が好評を博せば、続編「日曜短歌入門」も出版されるかもしれません。吉竹氏が凄いところは、彼自身がどこの結社や同人誌にも属さないで独立独歩でやっていることです。さて、読み始めますか。

🎬「決算! 忠臣蔵」は★★

 宣伝につられて、映画「決算! 忠臣蔵」を観てきました。宣伝のチラシでは、監督の中村義洋の名前が少し小さいことから、この作品は監督で売り出しているんじゃなくて、俳優で売ろうという趣旨が見え隠れします。(映画の宣伝費は、製作費と同じぐらい掛ける、と著名な映画プロデューサーから聞いたことがあります。)

 主演の大石内蔵助役が、堤真一。準主役の勘定方・矢頭長助役が岡村隆史。内蔵助の妻りく役は竹内結子、浅野内匠頭の妻瑶泉院役は石原さとみ。堤は真田広之の元付き人でアクションスター出身の俳優。岡村は、お笑いコンビ、ナインティナインのボケ役で、吉本興業所属。吉本は製作協力に名を連ねていることから、吉本のタレントが総出演という感じ。元参院議員西川きよし、桂文珍の大物までも…。

 仇討ち劇に、お笑いの人たちとは、何か違和感。

もっとも、仇討ちの剣劇場面はほとんどなく、吉良さんも登場せず、お話のほとんどが、銭カネの話。当時の1文=30円、1両=12万円と換算し、蕎麦の相場が16文だったことから、今の480円。討ち入りのためには、宿代、飯代、武具、槍、刀代などで、合計1億円近くかかる詳細内訳は、大変面白かったのですが、やはり、演ってる人たちがお笑いさんだと、違和感が…。

まるで、昭和時代の文士劇か、学芸会のようだった、と書くとこのブログも炎上するでしょうね。映画館までわざわざ足を運んで、きちんとお金を払って観た単なる一個人の感想ということで、勘弁してください。今、ブログに批判的なことを書くと殺される時代ですから、こちらも命懸けです。

 ただし、この映画の原作になった山本博文著「『忠臣蔵』の決算書」(新潮新書)は、しっかりしているようです。武士の中でも、番方(武官)と役方(文官)との間の反目が映画でもよく描かれていました。

東博「正倉院の世界」展は満杯だった

 東京・上野の東京国立博物館で開催中の「正倉院の世界 皇室がまもり伝えた美」展(読売新聞社など主催)(当日1700円)に行って来ました。

 読売新聞を読んでいないと、こんな展覧会が開催されているなんて、さっぱり分かりませんが、つまり、朝日や毎日や日経や東京や産経を読んでいてはその存在自体も知りにくいのですが、さすが、天下の読売です。その「力」で、平成館の入り口前には長蛇の列が出来ていたので、吃驚しました。

スカイツリーが見えました

20分近く並んでやっと入れました。

説明するまでもなく、正倉院とは、奈良にある聖武天皇の御遺愛品を収蔵した倉庫でしたね。今回、新天皇陛下の御即位ということで、特別に公開されることになったのです。

正倉院の原寸大(?)の模擬建造物

 恐らく廃仏毀釈のせいか、明治になって、法隆寺から皇室に献納された宝物も今回展示されていました。

 とにかく、読売新聞の力で、会場内は超満員で、展示物を飾ったガラスケースの前は、二重三重のとぐろが巻かれていました。

 宝物を見に来たのか、人間を見に来たのか、区別がつかなくなるほどです。

上の写真は、「螺鈿紫檀五弦琵琶」です。模造なので、館内で数少ない写真撮影オッケーの宝物でした。パンフレットには、11月4日までの「前期展示」と書かれているので、前期には模造ではなく、本物が展示されていたのかもしれません。(私が訪れたのは11月16日でした)

今回の展示で、私が注目した1点だけ挙げるとしたら、「蘭奢待(らんじゃたい)」(黄熟香=おうじゅくこう)です。写真はありませんが、「天下人が切望した香り」とあるように、「門外不出」どころか、本来なら触ることも厳禁だった香木ですが、3カ所だけ、くっきりと切断されて持って行かれているのです。その3カ所にはわざわざ名前が書かれていて、それは「足利義政」「織田信長」「明治天皇」だったことが分かっています。一体どんな香りだったのか、興味が湧きますね。切断された空洞は、権力の象徴に見えます。

        ◇◇◇◇◇

 人混みが大嫌いなので、本館で開催中の「文化財よ、永遠に」展に移動しました。正院院展のチケットを持っていたので、そのまま入れますが、ここだけ入るには620円の観覧料が必要です。でも、それだけの価値はありました。

 同展は、住友財団が修復した仏像が展示されていました。中には、昭和18年に日本から仏領インドシナのフランス極東学院に送られた鎌倉時代の阿弥陀如来立像(ベトナム国立歴史博物館蔵)が、75年ぶりに里帰りし、修復された姿が展示されていました。

 変な言い方ですが、私は仏像が大好きです。対面すると心が落ち着きます。大変信仰深い仏教徒とは言えないかもしれませんが、自然と手を合わせてお祈りしたくなります。やはり、自分は日本人なんだなあ、と思います。

 今さらながらですが、観音様と一言で言っても、観音様には「千手観音菩薩」「十一面観音菩薩」、それに「聖観音菩薩」「如意輪観音菩薩」など本当に色々とあります。正直、その違いと意味合いについて深く分かっていないことに気づき、ミュージアムショップで、手頃な本を探しました。

 そしたら、ありました、ありました。「仏像でめぐる日本のお寺名鑑」(廣済堂出版、1650円)です。仏像の種類について何でも書いてあり、特に国宝や重文の仏像が御本尊になっている代表的なお寺まで紹介されています。これを参考に、小生の寺社仏閣巡りに拍車をかけたいと思っています。正直、ウキウキ、ワクワクです。

?「i新聞記者 ドキュメント」は★★★★★

 やたらと無意味な殺人場面が多発するハリウッド映画「ジョーカー」を観て、ひどくウンザリし、しばらくお金と時間を費やしてまで映画館に足を運ぶ気力も失せてしまったのですが、ちょっと見逃せない映画がかかったので、山手線の新駅工事の影響でダイヤが乱れる中でも、都心まで行って来ましたよ。

 オウム真理教や佐村河内守らを題材にしたドキュメンタリーを撮った監督として知られる森達也作品「i新聞記者」です。「あなたの質問には応える必要はありません」と啖呵を切った菅官房長官との対立で一躍「時の人」となった東京新聞社会部の望月衣塑子記者の取材活動を追ったドキュメンタリーです。

 面白かった。実に面白かった、大いに笑い(特に森友の籠池夫妻との会見場面)、大いに泣いた、と先程観たばかりなので、新鮮な感覚を記録として残しておきます。恐らく、2017年辺りから2019年までに起きた同時進行的事件ー例えば、沖縄・辺野古米軍基地移転問題、森友・加計学園問題、それらに伴う安倍政権に対する忖度や前川喜平元文科省事務次官の「あったことをなかったことにするわけにはいかない」発言、表現の自由問題-などが出てきて、50年後、100年後に、未来の人はこの映画をどう観るのかなあ、と思ってしまいました。

 我々現代人にとっては、つい昨日に起きた事案で、同時代で生きてきたので、皮膚感覚で分かりますが、未来の人は、この2010年代の終わりに起きた歴史になったドタバタ劇(失礼)をどう解釈するのかなあ、とフト思ってしまったわけです。

 それにしても、主人公の望月記者は、自らのプライバシーを全開にオープンしていますねえ(屋上屋を架していますが)。フォトジェニックで、ファッションセンスも良く、まだ若いのでスクリーンのアップに耐えられますが、幼い娘さんが出てきたり、森監督の趣向なのか、旦那さんが作ったお弁当などレディなのにやたらとモノを食べる場面が多く出てきたりして、何というか身内感覚的気分になると、少々恥ずかしくなりました。

 身内感覚的恥ずかしさというのは、私自身も望月記者と同じマスコミ業界で長年禄を食んできたため、新聞記者の世界というか、記者クラブや取材現場というものを熟知しているからです。(それが、単なる錯覚にすぎないのかもしれませんが…。)私は古い人間なので、今の若い記者たちが会見場で、取材相手の顔も見ないで、一言一句漏らさぬよう、やたらとパソコンに向かって文字を打っている姿を見るにつけ、「随分時代が違うんだなあ」と感じでいます(日本だけでなくどこの国も一緒)。が、それ以上に、特に日本は、国家権力に対する忖度やら同調圧力とやらで、表現の自由が失われ、ジャーナリズムが官報と同じ御用新聞に成り下がって、危機的状況になってしまったことは、自戒も込めてヒシヒシと感じました。

 望月記者自身が「恥ずかしい」などとは思っていないのでしょうが、あそこまでプライバシーを全開してまで、森監督の要望に応えたのは、ジャーナリズムの危機を救うためには自ら犠牲になっても構わない、と開き直ったようにもみえます(本人は否定するかもしれませんが)

 恐ろしかったのは、望月記者が記者会見で菅官房長官に食ってかかって、いや、失礼、真偽を糾して、有名になってから、東京新聞編集局に匿名の男が電話で「殺してやる」と脅迫する場面(音声と字幕だけですが)が出てきたことでした。望月記者を日本を貶める北朝鮮(人)と決めつけているのです。こういった言辞は、今でも、ネットに書き込まれて、残っているようですが、私は読みません。

 これを見て、望月記者の勇気には本当に感心しました。もう、恥ずかしいなどと言ってはられないでしょう。でも、非常に気丈な人で、脅迫に怯まず、森監督は、望月記者が泣く場面を撮りたかったそうですが、見事に失敗したそうです。

 「一匹狼」で「方向音痴」の望月記者の行動力には脱帽しますね。パソコンと資料いっぱい詰め込んだガラガラの付いたボストンバッグを引きずって沖縄でもどこでも行きます。宮古島の住民の話をじっくり聞いて、建設中の自衛隊駐屯地の中にある「保管庫」が、実は「弾薬庫」だったという鮮やかなスクープは見事でした。

 繰り返しになりますが、私も長年、望月記者と同じ業界に棲んできたので、映画の中で誰か知っている人は出てこないかな、と探しました。東京新聞ですから、当然、X編集局次長が出てきてもいいはずなのに、映っていませんでしたね(笑)。そしたら、日本外国特派員協会での記者会見場で、望月記者の隣りに、皆さん御存知の朝日新聞OBのAさんがちゃっかり映っていたのです。嬉しかったですね。

 森監督はジャーナリズムの世界の人ではないので、付け加えておきますと、同じ新聞社でも政治部と社会部との内部対立や足の引っ張り合いなどエゲツない部分が昔から多かったということです。特に、マスコミ業界人は嫉妬心の塊ですから、記者が有名になると叩こうとします。「敵は本能寺にあり」てなとこでしょうか。

 

マリー・ラフォレさん追悼

WST National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

フランスの女優・歌手マリー・ラフォレさんが11月3日(日)、スイスで亡くなってしまいました。享年80ですから、平均的かもしれませんが、私なんかはもう少し長生きしてもらいたかったな、というのが正直な気持ちです。

 まだ少し早いですが、私が生涯で見た数多くの映画の中で、たった1本だけ挙げろと命令されれば、私は迷わず、ルネ・クレマン監督の仏伊合作映画、アラン・ドロン主演の「太陽がいっぱい」(1960年)に決めています。マリー・ラフォレはその相手役でしたね。撮影当時20歳。お金持ちのボンボン、フィリップ(モーリス・ロネ)の恋人マルジュ役(恐らく、美術史専攻の女子大生)でした。この映画は、映画館で何十回、テレビやビデオで何十回観たか分かりません。

 人間の野心、怠惰、嫉妬、欲望のほか、貧富の格差や人生の矛盾と不条理など、ありとあらゆるものが詰まっていました。

 マリー・ラフォレの訃報は日本でも伝えられましたが、わずか数行のベタ記事で物足りなかったので、AFP(フランス通信)などの外電を読んでみました。

 知らなかったのですが、彼女の本名は Maïtena Douménach だったんですね。 芸名のマリー・ラフォレのマリーはキリスト教のマリアさまのことで、ラフォレは、森という意味です。まあ、普通の名前でしょう。でも、本名のMaïtena Douménach は、フランス人でも極めて珍しい名前です。マイテナ・ドゥーメナックと読むのでしょうか。ドゥーメナックはバスク系の名前らしいですね。

 彼女は1939年10月5日、南西部ジロンド県スラック・シュル・メール生まれ。3歳の時に近所の男に悪戯され、それがトラウマとなって、小心で引っ込み思案になってしまったということです。それを克服したいがために、わざと逆に、はけ口となるような仕事を選んだといいます。悪戯と、差し控えて訳しましたが、フランス語の原文はviol、これは強姦という意味もあります。そのことを告白したのが35年も経った38歳の時でした。それほど心の傷が重かったということです。でも、本人は「あの事件がなければ人前に出るような仕事はしなかった」と告白しています。

 アメリカナイズされた日本では、1960~70年代に輸入される音楽は英米中心でしたから、フランスの最新ポップスは、日本のメディアではそれほど多く取り上げられませんでした。(シルビー・バルタンとミシェル・ポロナレフぐらいか)彼女は35本の映画に出演していましたが、女優というより、フランス国内ではシャンソン・ポップス歌手としての方が有名だったようです。”Les Vendanges de l’amour”(「愛の収穫」)”Vien,vien” (「来て、来て」)などの大ヒット曲に恵まれましたが、一部の好事家を除き、残念ながら日本にまでは伝わって来ませんでしたね。彼女は、歌手として3500万枚のアルバムを売り上げたそうです。

 1972年には一時、歌手活動から遠ざかりましたが、作詞やエッセイなどの執筆活動を優先にし、その後、スイスのジュネーブに腰を落ち着け、画廊を経営していたというのです。スイスの国籍も取得(二重)しました。それでも、芸能活動をやめたわけではなく、舞台に復帰して、マリア・カラス役の演劇に出演したり、リサイタルを開催していました。

 驚くことに、彼女は5回も結婚し、3人の子どもに恵まれたとか。そのうちの一人が、1965年生まれの映画監督リサ・アズエロスです。「ソフィー・マルソーの秘められた出会い」(2015)「ダリダ~あまい囁き」(2017)などの監督作品があります。父親はモロッコ・ユダヤ系の実業家ジューダス・アズエロスさん。当然のことながら母と娘の関係はうまくいってなかったようです。

 私が学生時代にフランス語を専攻した理由として、映画「太陽がいっぱい」のほか、音楽はビートルズの「ミッシェル」とフランス・ギャルの「夢見るシャンソン人形」(ゲンズブール作曲)、哲学のサルトルとカミュ、印象派絵画、バルザック、フロベール、モーパッサン、ボードレール、ヴェルレーヌ、ランボーなどの影響が挙げられます。

 マリー・ラフォレを知らなかったら、あれほどフランス語の勉強に熱が入っていたかどうか分かりません。そういう意味で、彼女は私をフランスに導いてくれた恩人です。ご冥福をお祈りするとともに、感謝の意を捧げます。

 Merci Beaucoup