ワクチン狂詩曲第108番=そして銀座・諸国民芸品店「たくみ」へ

 Covid-19ワクチン2回目を巡って、最近、私の周囲では色んな話を聞きます。勿論、「何ともなかった」という人もいますが、よくない話が多いのです。

築地「天辰」のっけ定食 1200円

 例えば、会社の同僚のA氏は、先週土曜日に2回目のモデルナを接種したのですが、その日の夜に39度近い高熱が出てダウン。日曜日も熱が引かず、月曜日も体調が良くなかったので、会社を休んだほどでした(火曜日に回復)。

 健康自慢のB氏の場合、2回目のファイザーで、それほど重くはなかったのですが、翌日は酷い倦怠感に襲われて、何もやる気が起きなかったといいます。

 Cさんもファイザー2回目で、打って4~5時間後に腕が痛くなり、12時間後の翌日には39度近い熱が出て、1日では下がらず、解熱剤カロナールを飲んで、やっと抑えたとか。「やっぱり、体内に衝撃あるワクチンなんだね」と知らせてくれました。

銀座「デリー」よくばりカレーランチ1120円

 何か、モデルナもファイザーも関係なく、副反応があるようです。私も今週土曜日の24日に2回目のモデルナを打つので、髷を切って、白装束を着て会場に向かうつもりです(笑)。

 とはいえ、私の住む地方自治体では、国家から配給されるモデルナ・ワクチンの供給が途絶え、26日以降の接種を延期するなんて言っております。私の場合もどうなるか分かりませんが、延期された人たちにとっては、「えーー、怒るでよおーー」でしょうねえ。

銀座に異様な雲?いえいえ飛行機雲でした

 さて、銀座に民芸運動の作品を販売する「たくみ」というお店が8丁目にあることを知り、昼休みに初めて足を運んで覗いてみました。

 民芸運動の中心人物、柳宗悦については、白樺派の人ぐらいで、ほとんど知らなかったのですが、昨年、彼の著作「南無阿弥陀仏」(岩波文庫)を読んで、初めて浄土思想とは何たるものかを理解することができ、人生の恩人と感じるようになり、彼の民芸運動について再度、関心を持たざるを得なくなったわけです。

 銀座には「のれん会」があって、一番有名なのは、「銀座百点」という小冊子を出している「銀座百店会」です。逆に言いますと、この小冊子ばかり読んでいると、「銀座百店会」に加盟していない銀座の名店を知らないことになります。

 民芸のお店「たくみ」を私が知ったのは、「銀座15番街」という小冊子からでした。「銀座百店会」に加盟していないか、加盟できないお店の「のれん会」だと思われます。と思って、HPを見たら、銀座15番街とは、「昭和41 年(1966年)、銀座7 丁目・8 丁目の店舗が中心となり会を発足させた」とのことでした。

銀座・民芸品店「たくみ」

 猛暑の中、早速、この「たくみ」に行って参りましたが、私も大好きな河井寛次郎先生の焼き物が一点、鍵のかかったガラスケースに入っておりまして、値段も100万円也でした。

 ムフフフフ、手が出ないことはないのですが、さすがに「即断即決」とはいかず、何も買わずにすごすごと帰って来ました。

 ただ、会津の民芸品「赤べこ」が、私がネットで買ったものより安く売っていたので、「なあんだ。ここで買えばよかった」と、地団駄も踏んできましたよ。

🎬仏映画「デリート・ヒストリー」は★★★★★=フランスらしい辛辣な風刺

 本日7月14日はパリ祭。フランス革命から232年という中途半端な年ではありますが、フランスでは盛り上がっていることでしょう。

 昨晩は、久しぶりに面白いフランス映画を観ることができました。「デリート・ヒストリー」というタイトルだけでは、全く内容が想像つかず、全く期待していなかったのですが、実に面白かった。現代のスマホ社会を痛烈に、辛辣に風刺した、ハリウッドではとても作れない力作、佳作、会心作でした。

 それもそのはず。昨年のベルリン国際映画祭での銀熊賞(審査員特別賞)受賞作でした。昨年の東京国際映画祭の上映作品でもあり、ネット公開されましたが、コロナ禍でいまだ劇場公開はされていないそうです。私自身は、日仏会館を通じて、ネット配信で観ました。ネタばらしは反則ですが、ネット等で公開されている粗筋ぐらいなら良いでしょう。 

 ベルギー国境近いフランス北東の低所得者向け地域に暮らす男女3人が主人公。ネット社会に踊らされ、いずれもお金の問題で悪戦苦闘。我慢の限界に達した彼らは、無謀な報復作戦を決行するが…。便利なはずのネット情報機器が格差社会に及ぼす弊害を描く社会派コメディー。

仏映画「デリート・ヒストリー」左からコリンヌ・マジエロ、ドゥニ・ポダリデス、ブランシュ・ギャルダン

 まあ、そんな内容です。ブノワ・ドゥレピーヌBenoit Delepineとギュスタヴ・ケルヴェンGustave Kervernによる監督、脚本。私は初めて聞くお名前ですが、お二人のシナリオが実に自然体で、現実にあり得ないことなのに、観客にあり得るように信じさせる力があって素晴らしい。

 主役は、離婚したばかりで、自らのハチャメチャな行動で騒動を巻き起こすマリー役のブランシュ・ギャルダンBlanche Gardinと、娘が学校でネットいじめを受けて悩みながら、コールセンターの女性に一方的に好意を抱くベルトラン役のドゥニ・ポダリデスDenis Podalydes、そして、乗客の評判を気にするネット配信タクシーの運転手、クリスティーヌ役のコリンヌ・マジエロCorinne Masieroの3人。大変失礼ながら、いずれも初老に近い中年後期の俳優で、魅力がある美男美女とは言えません。かつてのフランス映画と言えば、アラン・ドロン、カトリーヌ・ドヌーヴに代表されるように美男美女があれこれした、というイメージが強かったので、演技派俳優たちの熱演には感動しました。彼らはフランス本国では超有名人なんでしょうけど、私は知らなかったなあ。なかなか味がある名優でした。

 とにかく、いかにもフランスの伝統らしい風刺が盛り沢山です。現代の時事ニュースをふんだんに取り入れた内容で、AI(人工知能)やネット投稿拡散の脅迫、「黄色いベスト運動」(ジレ・ジョーンヌ Gilets jaunes)や社会福祉詐欺なども出てきます。これらはフランス国内だけが抱える問題ではないので、日本人が観ても納得します。特に、主人公たちが「くそったれ、GAFA!」と叫ぶ辺りは、結局、ドン・キホーテのような無謀な結果に終わりそうですが、「なあんだ、何処の国でも、ネットやスマホによる弊害に苦しんでいるんだなあ。ハリウッド映画が言えないことをよくぞ言ってくれた」と拍手喝采したくなります。

 でも、社会風刺コメディーなので、あれこれ考えず、観て笑い飛ばせばいいと思います。

 フランスでは、作られる映画の7~8割は、パリが舞台になっているそうで、このように地方を舞台にした映画は珍しいといいます。でも、21世紀になり、案外、何処の国でも世界の名作、傑作映画は地方都市が舞台になるかもしれません。

談志が愛した銀座の中華料理店

 落語家の立川談志(1936~2011年)が亡くなって、今年でもう10年になるんですね(行年75歳。命日は11月21日)。時間の流れの速さには卒倒しそうです。

 その談志師匠が贔屓にしていた中華料理店が銀座にあるというので、ランチに行って参りました。北京料理「東生園」という店です。場所は、泰明小学校の近くで、ちょくちょく行っていた蕎麦屋「泰明庵」の斜め向かいといったところにありました。

 灯台下暗し、です。

 やっぱり、グルメは脳で食べるものなんですね。旨い、不味いは関係ない(笑)。誰それ有名人が贔屓にした店とか、ミシュランで三ッ星を取ったから、といった「情報」でヒトは、食欲を満たす動物なんですよ。

 私もそんな動物の一人ですから、秘密に仕入れた情報だけを頼りに行ってみました。

東京・銀座・北京料理「東生園」五目チャーハン・ランチ900円

 注文したのは、五目チャーハン。談志師匠がこよなく愛した五目チャーハンは1300円ですが、私が注文した五目チャーハンは、ランチでしたので900円でした。

 うわっ! うまっ!

 北京料理の看板を掲げていますが、とても上品な味でした。今まで食べた五目チャーハンの中でもベスト3には入ります。加えて、給仕してくれるお店の女性も感じが良い。900円ランチは、酢豚から中華風カレーライスまで9種類ありましたから、これから全部制覇しようかしら(笑)。

 談志師匠のグルメぶりには見直しました。

東京・銀座・北京料理「東生園」

 立川談志と言えば、一時閉園の危機から一気に全国的な人気動物園に再建した北海道の旭川動物園の元園長小菅正夫さんのことを思い出します。今から15年以上昔に帯広に赴任していた時に、講演会の講師にお招きしたことがあるのですが、小菅さんは談志の大ファンで、控室で初対面でお会いした時、最初から最後まで談志の凄さを熱っぽく語っていました。北海道で落語会があれば必ず行くと話していました。

 そう言えば、私自身は、彼のこと、テレビやラジオで接しても、寄席で生で一度も見たことありませんでしたね。亡くなった時に、翌日の某スポーツ紙が「談志がシンダ」と回文のような上手い見出しを付けていたのが今でも忘れませんが、「嗚呼、一度くらい見ておけばよかった」と後悔したものです。

◇一期一会の立川談志

 でも、立川談志師匠には一度だけ取材したことがあります。1998年頃だったか、東京・赤坂にある有名な前田病院に検査か入院かで行くという報せがあって、各社の芸能記者が取材に走ったのです。その前年にがんの手術をしたりして、一時「談志死亡説」まで流れていたからでした(その後治癒)。

 報道陣に囲まれた談志師匠は当時62歳。少しやつれて痩せた感じでしたが、口調ははっきりしていて、「皆さん、こんなに集まってくださって、どうもすいませんねえ」とあまりにも低姿勢だったので吃驚。談志と言えば、べらんめえ調で、人をどやしつけるタイプだと思っていたので拍子抜けしてしまったことを覚えています。勿論、その時は、高座に上がった立川談志ではなく、本名の松岡克由という素顔を晒していただけなのかもしれません。

藤原道長=傲慢、悪人説は間違い?

 先日NHK-BSで放送された「英雄たちの選択」の「藤原道長 平安最強の権力者の実像」は、これまでの通説、俗説、定説を引っ繰り返すようで実に面白かったです。

 道長と言えば、三人の娘(彰子=しょうし、あきこ、妍子=けんし、よしこ、威子=いし、たけこ)を三代の天皇(一条、三条、後一条)にわたって后として送り込み(一家三后)、「この世をばわが世とぞ思う 望月の欠けたることもなしと思へば」と歌って、天皇の外戚として権勢を振るった最高権力者というのが定説ですが、感情の起伏が激しくても、結構、神経症で寝込んだりするなど人間味があって、強運の持ち主だったことが分かりました。

 古代史の権威の倉本一宏氏も「道長は多面性を持った人物で、繊細でありながら豪放、寛容でありながら残忍、生真面目でありながらいい加減」と分析しておりましたが、意外にも、とても人間らしくて共感してしまいました。

 何しろ、藤原兼家の五男として生まれたので、最初から陣定(じんのさだめ=左大臣から参議に至る約20人で政策決定する)の要職に付ける立場ではなかったのに、兄の道隆、道兼が相次いで亡くなったことから、一条天皇の母后だった姉の詮子の推挙で「内覧」という重職に抜擢されます。これが、出世階段を昇るきっかけとなり、道長は、最後まで姉詮子に対する感謝の念を忘れませんでした。

 有名な「この世をばわが世とぞ思う 望月の欠けたることもなしと思へば」という歌は、娘威子が後一条天皇の中宮に決まった祝宴の席で詠まれたもので、権力の絶頂期とはいえ、何という傲岸不遜で、これ以上ないほど不忠とも言えます。

 しかし、この歌を書き留めたのは、道長のライバルの藤原実資(さねすけ)で(「小右記」)、道長自身は、「御堂関白日記」(国宝)に「歌を詠んだ」としか書いていないといいます(ちなみに、道長は一度も関白の職に就いていないので、題は後から付けられたもの)。道長に詳しい倉本氏によると、歌が祝賀会の二次会で詠まれたらしく、(飲み過ぎていて)本人も覚えていなかったかもしれないというのです。

 これは面白い史実ですね。

 倉本氏も、この「望月の歌」によって、藤原道長=悪人、不忠、傲慢説が広まり、これによって、残念ながら、平安貴族そのものが悪で、この後勃興する武士の方が立派だというのが日本史の通説になったのではないかと指摘しておりました。確かに、そうかもしれませんね。(当然のことながら、倉本氏は、戦国武将より平安貴族贔屓です)

 その一方で、もう少し注目しなければならないことは、教養人だった道長の文化に対する貢献です。これまで、藤原家の間で権力闘争が激しく、政権が安定していませんでしたが、道長が絶対的権力を握ることによって、国内も安定して国風文化の華が開くのです。道長は、一条天皇の后におくった彰子には、教育係の女官として、和泉式部(和歌)、赤染衛門(歌人、歴史)、そして紫式部(物語)といった後世に名を残す超一流人を付けるほどです。

 道長の最大の政争相手だった藤原伊周の姉妹の定子も一条天皇の女御(后)でしたが、その定子の女官が「枕草子」の清少納言で、紫式部と清少納言の仲が悪かったというのは頷けますね。また、一条天皇は、「源氏物語」のファンで、続きを読みたいがために、作品が手元にある彰子のもとに足繁く通ったという逸話には納得してしまいました。文化の力、畏るべしです。

 話は一挙に江戸時代に飛びますが(笑)、五代将軍徳川綱吉は、三代将軍家光の四男として生まれ、全く将軍職の芽がないので舘林藩主となります。しかし、四代家綱に後継ぎがいなかったため、予期しなかった将軍になってしまいます。綱吉には「生類憐みの令」を発した悪い将軍という後付けのネガティブなイメージがあります(内分泌異常で、身長が124センチしかなかったらしい)。この綱吉の時代に元禄文化が華開くというのは、何となく、傲慢な悪い印象がありながら、国風文化を開いた道長との共通点を連想してしまったわけです。

 元禄文化の代表人物には、美術工芸に尾形光琳・乾山、菱川師宣、文学に井原西鶴や松尾芭蕉、近松門左衛門らがいます。この時代に、こんな凄い文化人が集中して活躍していたとは、何とも不思議です。

同時多発的音声の処理はもう無理=音楽も聴けなくなりました

 ジャーナリストは、為政者や権力者は批判するべきですが、あまり他人を批判すると顰蹙を買いそうなので(笑)、本日は、(本日も?)自分のことを書きます。まず、隗より始めよ、です。

  私の世代は、よく「ながら族」と言われ、夜などラジオを聴きながら受験勉強したものでした。よくぞ、頭に入ったものです。若かったんでしょうね。

 そう言えば、若い時は、聖徳太子ではありませんが、何人もの友人が同時に話しかけてきても理解できたし、音楽を聴きながら、英単語と理科の化学記号を同時に覚えたりしても苦にはなりませんでした。

 それが、加齢を重ねた今はとても無理です。まず、音楽を聴くと、歌詞がないジャズやクラシックでもそれだけで手いっぱいです。特にベースラインだけとか、ビオラとチェロの絡み合いだけに注意して聴いているわけでもないのに、同時に新聞さえ読めません。もう、音楽なら音楽だけ、新聞なら新聞だけしか集中できないのです。「ながら族」失格です。ですから、最近は、あまり音楽は聴かなくなりました。昔は1日16時間は聴いていたのに、今は30分もあるかどうか…。

銀座「マトリ・キッチン」ボルシチ

 そしたら、最近、聞こえているけど聞き取れない「聴覚情報処理障害」(APD=Auditory Processing Disorder)と呼ばれる病気があることを知りました。「聴力は正常であるにも関わらず、日常生活のいろいろな場面で聞き取りにくさを感じる症状」ということで、推定で日本人の240万人、全人口の約2%が該当すると言われます。

 お医者さんは、何でも病名を付けたがりますけど、APDの人は、結構多いんですね。

  深刻な病ではありませんが、要因は、聴覚の問題でなく、脳機能の障害や発達障害、心理的ストレスなどがあるというのです。ですから、相手にはっきりと、ゆっくりしゃべってもらう、とか、BGMを消して静かな環境の下で聴くとかで、ある程度、解決できるようです。ただ、深刻なのは、手術中に医師の指示を聞くのが、騒音なのか、心理的な面なのかで、聴き取りにくくなる看護師さんもいるそうなので、この場合はちょっと大変ですね。

 私の場合、恐らくAPDではないと思いますが、もはや同時に複数の音声を聞いて情報を処理する能力は劣ったという自覚はあります。

 「だから何なのよ?」と言われそうですが、まあ、それだけの話です。何か?(笑)。

銀座「マトリ・キッチン」おすすめランチ1100円 チキンでした

【追記】

 固有名詞は出せませんが、ある著名な日本人科学者が5月に亡くなっていることが分かりました。何冊も本を出しており、私も彼の著作は数冊読んでいます。

 訃報記事は、まだどこのマスコミにも出ていませんし、勿論、ネットにも出ていなく、ウイキペディアなんかはまだ存命中の状態です。

 会社の後輩に裏を取るように言ったら、ご遺族の方針で「四十九日までマスコミに公開するのは待ってほしい」とお願いされたらしいのです。

 とは言ってもねえ…。そう言えば、数日前の某紙の広告欄にこの学者さんが商品の推薦者として顔写真入りで登場されていました。勘繰れば、コマーシャル契約があるので、亡くなったことが分かると宜しくないということなのかもしれません。いえいえ、単なる憶測ですけど…。

マルセル・プルーストを求めて

 日仏会館は、「近代日本資本主義の父」渋沢栄一と駐日フランス大使で詩人でもあったポール・クロデールによって1924年3月7日に設立されました。(渋沢は、幕末に徳川昭武のパリ万博視察の随行員として渡仏。フランスで会社や銀行などの制度やサン・シモン主義などに影響受けました)

 私は3年ほど前にやっと、大学と会社の先輩の推薦を得て会員になりましたが、コロナ禍で、月に数回、東京・恵比寿の同会館で開催される講演会や映画会などが中止となり、オンラインになりました。が、平日はなかなか時間が取れず、やっと今回、土日に開催されたシンポジウム「プルーストー文学と諸芸術」に参加することができました。

 プルーストと言えば、「失われた時を求めて」(1906~22年執筆、1913~27年刊行)です。全7巻16冊、3000ページに及ぶ大長編小説で、「20世紀最大の世界文学」という文芸評論家もいます。

 私自身は、もう40年以上も前の大昔の学生時代に岩崎力先生の授業で最初から原語で読みましたが、たった1ページ翻訳するのに、1週間掛かり、当然のことながら挫折。日本語も読み通すことがありませんでした。悲しいことに、知っているのは、第1巻「スワン家の方Du côté  de chez Swann」、第2巻「花咲ける乙女たちの影に À l’ombre des jeunes filles en fleurs」といった巻のタイトルと、第1巻に出てくる最も有名な「無意識的想起」の場面です。お菓子のマドレーヌを紅茶に浸して食べた瞬間、主人公が幼児に過ごしたコンブレーでの出来事や幸福感などが蘇ってくるというあの場面です。

 日仏会館が主催したシンポジウムは、日本とフランスの専門家20人以上をオンラインで繋ぎ、2日間でテーマが「プルーストと音楽」「プルーストと美術」「プルーストと教会/ 建築」など6以上で、休憩時間も入れて合計で11時間にも及ぶ長丁場でした。同時通訳の皆様には「大変お疲れ様でした」。

 正直申しまして、私自身は「失われた時を求めて」を完読していないので、さっぱり付いていけず「完敗」でした。ですから、小生が理解できたことだけ少し触れます(苦笑)。

 一つは、中野知津一橋大学教授の「プルーストと料理芸術」の講演の中で、あの有名なお菓子マドレーヌは、ホタテ貝の形をしているものとばかり思っていたら、19世紀では卵型が普通だったらしいということでした(アレクサンドル・デュマ「料理大辞典」1873年)。

 ホタテ貝は、フランス語で coquille Saint-Jacquesで、サン・ジャックは、キリストの弟子、聖ヤコブのことです。スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラには、聖ヤコブ(スペイン語でサンティアゴ)の遺骸があるとされ、ローマ、エルサレムと並ぶキリスト教徒の三大巡礼地になっていることから、中野教授も、マドレーヌは巡礼の隠喩になっているかもしれない、といった趣旨の話もされていました。

◇ドビュッシーとランボーは会っていた?

 もう一つ、ピアニストで文筆家でもある青柳いづみこ氏の「プルーストとドビュッシー」も面白かったです。恥ずかしながら、私は、印象派の画家モネと音楽家ドビュッシーで学士論文を書いたのですが、不勉強でプルーストには全く触れませんでした。青柳氏によると、二人はあるサロンで知り合い、プルーストが自宅にドビュッシーを招いたのですが、ドビュッシーはどういうわけか、理由をつけてお断りしたというのです。

 ちなみに、ドビュッシーのピアノ教師はモーテ夫人でしたが、その娘マチルドと結婚したのが詩人ヴェルレーヌで、一緒に住んでいたそうです。ドビュッシーがピアノを習っていた時に、あの17歳のランボーがヴェルレーヌの自宅に押し掛けていたらしく、ドビュッシーはヴェルレーヌとランボーに会っていたのかもしれませんが、うっかりそこまで知らず、意外でした。まあ、この辺りの話に全く御興味がなければ、どうでもいい話かもしませんが…(笑)。

 一番興味深かったのは、作家水村美苗氏の「母語で書くということ」でした。御案内の通り、水村氏は御尊父の仕事の関係で、小さい頃から米国暮らしが長く、英語漬けの毎日でしたが、それに反発(?)するかのように、米国では日本の古典文学にのめり込み、帰国後は、夏目漱石最後の未完の小説「明暗」を、彼女が、漱石の文体を完璧に近い形で会得して「続明暗」を完成して脚光を浴びた人です。(一度、30年も昔に、私は水村氏にはインタビューしたことがあります。当時とほとんどお変わりないので吃驚)

 ですから、水村氏は母語に大変拘わった、今でも拘っている作家で、プルーストに関しても、「本人は”世界のプルースト”になるとは思わなかたとはいえ、一番、母語に拘った作家」と分析しておりました。「失われた時を求めて」は今でも、日本では、個人による翻訳が4件も同時に進んでいるといいます。プルーストが普遍的になったのも、フランス語という世界的な欧州文明の特権的な地位があったから。それに対して、プルーストと同世代の夏目漱石は、知性的には全く劣っていないのに、日本語のせいか、世界ではほとんど知られていないという分析もなるほど、と思いました。(他に水村氏は、作品が英訳されるとグローバル化を意識してしまう、といった本筋の話をされてましたが、省略)

 ◇若い仏人はプルーストが読めない?

 「失われた時を求めて」岩波文庫全14巻(2010~19年)を、1ページごとに厖大な量の注釈と絵画や建築写真を挿入して個人訳で完成させた京大名誉教授の吉川一義氏も「今の若いフランス人は、(注釈なしで)この作品を読めるかなあ」と面白いことを言うのです。フランス語の原語を読まれたことがある方は分かると思いますが、一文がとても長ったらしく、この名詞がどこに掛かるのか、外国人は大変苦労します。

 吉川氏はフランスのソルボンヌ大学に留学して、プルーストで博士号を取った学者ですが、博士号は同然ながらフランス語で書かなければなりません。本人は謙遜されますが、自信がないので、フランス人の友人に事前に添削してもらったら、引用したプルーストの原文まで直されたという逸話を紹介しておられました。

 やはり、フランス人でもプルーストは難しいんですね。これには私も大笑いしてしまいましたが。


 

映画字幕で楽しく英語のお勉強

富士山 Copyright par Duc de Matsuoqua

  昨日のこのブログで「予想が裏切られた時、深い情報処理が起こる=『英語独習法』」のタイトルで、映画の字幕を活用した英語独習を紹介(というか引用)させて頂きました。

 自分では易しく、つまり分かりやすく書いたつもりだったのですが、皆さま御存知の釈正道老師から早速反応がありまして、「私には難解です。貴兄の原稿は、素人にはチンプンカンプンでした。」とのコメントを頂きました。

 あれえ~?私には大した学も教養もないので、小生のようなレベルの文章は朝飯前のはずです。しかも、釈正道老師は現役時代、誰でも知っている大手マスコミのエリート幹部としてブイブイ言わせた御仁です。難解、なんて言ったら御卒業された福沢先生が泣きますよ。

 その一方で、フェイスブックで繋がっているK氏から「我が意を得たり!」と同感して頂きました。私の嫌いなフェイスブックのサイトでこのブログをお読みの方は10人ぐらいでしょうから、敢て「本文」に再録させて頂きます(笑)。ちなみに、K氏は謙遜されておられますが、東京外国語大学英米語学科を卒業された「英語の達人」です。

(すみません、勝手ながら、引用文は少し加筆、改変してます)

築地「ふじむら」 カキフライとなかおちのハーフ定食1100円

 …「英語独習法」の著者今井むつみ氏の提唱される「映画熟見」は、まさに僕が貧弱な英語力を落とさないよう細々と続けているメソッドとよく似ており、一番効果的と感じるものの一つです❗️何たって、楽しみながら謎解き気分で熱中できるところがいいですね。コロナ禍で、NHK BS や Amazon Prime の名画を楽しむ機会も格段に増えましたが、まさに目からウロコの連続です。

 予期せぬ副産物もあります。例えば、「カサブランカ」のボギーの名セリフとされる「君の瞳に乾杯」Here’s looking at you, kid.は、続けて観た「旅情」では、キャサリン・ヘプバーンが宿屋の女主人、つまり同性から言われており、男女のロマンとは関係ないことが分かりました。(ちなみに、「君に乾杯」は、Here’s to you, とも言うらしい。おお、サイモン&ガーファンクルの「ミセス・ロビンソン」の出だしに出てきますね!=この項、渓流斎)

 また、「マイ・フェア・レディ」でオードリー・ヘプバーンが使うコックニー(英労働者階級が使うとされる英語)には、女性が普通使わない表現や、文法上おかしい表現が混じっていることを発見したりして、とてもここには書き切れません。(中略)貴兄のおかげで、英語へのアプローチで同じような楽しみ方をなさっている方がいるのがよく分かりました。…

 いやはや、勝手に引用されて、K氏も怒っておられるかもしれません。こうして、私もブログで何人もの大切な友人を失って来ました…。「日乗」と銘打っている関係上、ほぼ毎日更新しているため、どうかお許しを。

予想が裏切られた時、深い情報処理が起こる=「英語独習法」

東京・西武池袋線東久留米駅西口に建つ手塚治虫の「ブラック・ジャック」と助手のピノコ像 手塚治虫は晩年の10年間、東久留米市に住んでいました

クレマチス Copyright par Keiryusai

 今井むつみ著「英語独習法」(岩波新書)の中で、楽しみながら英語を学習する方法の一つとして、映画の「熟見」を挙げております。

 今井氏の場合は、お気に入りのダニエル・クレイグ主演の007「スペクター」(2015年)を一つの見本として取り上げています。「セリフの一言一言にまったく無駄がなく、限りなく短く端的に言う。それが本当にカッコよい。特にボンド役のダニエル・クレイグの話す英語にしびれてしまった」とべた褒めです。(彼女はDVDを購入し、全編のセリフを覚えてしまったらしい!)

 この映画の主題歌も素敵ですが、今井教授は最初、何度も聴いても、歌詞の Could you 〇〇〇〇 my fall? の〇の部分が聴き取れません。日本語字幕では「落ちる僕を支えてくれるかい?」となっている。そこで、ネットで歌詞を確認したところ、〇の部分はbreak だったといいます。勿論、break は簡単な単語で、初級者でも熟知している単語なのですが、大体「壊す」とか「断ち切る」といった意味でインプットされています。今井教授は「支える」という字幕に引っ張られて、主に「断絶する」などを意味し、「支える」とは真逆を意味のbreak だったとは予想も付かなかったと告白しております。

 このようにして、映画で英語学習する場合、今井教授は、まず、日本語字幕で何度も熟見することを勧めています。聴き取れなかった単語やフレーズは、後で英語字幕で確認していきます。大抵は予想もしなかった単語が表れて、驚きます。今井教授は「この経験が語彙の増加につながる」と力説します。「予測が裏切られたとき、最も深い情報処理が起こり、記憶に深く刻印される」と心理学者らしい発言をしています。

 ですから、先ほどの予想もつかなかったbreakは「もう忘れることはないでしょう」と今井氏は語っています。

 このほか、いっぱい「予想を裏切られた」例が出てくるのですが、あと一つだけ。日本語字幕で「質問が…」というジェームズ・ボンドのセリフが、英語では「Humor me.」となっていた驚きです。詳細は、本書を読んでもらうことにして、humor ユーモアの名詞は知っていても、動詞として使うという驚きで、このフレーズも著者の記憶として刻印されたことが書かれています。

スズラン Copyright par Keiryusai

 さて、私も映画007シリーズは大好きで、大抵の作品は見ているので、真似して勉強しようかと思っていますが、気になっていたのは最新作です。新型コロナの影響で、何度か上映延期になっていたことは報道で知っていましたが、お蔭で、「撮り直し」をしていることまで知りませんでした。

 最新作「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」は、もともと2019年4月に公開される予定でしたが、監督が降板したことで製作が遅れ、2020年4月公開延期を決定。それが運の尽きで、新型コロナの世界的影響で映画館が封鎖となり、興行収益が見込めなくなったことから、公開予定日が2020年11月から2021年4月へ再々延期、さらに2021年10月と延期が続いています。

 そのせいで、作品内で使われているスマートフォンや高級腕時計や服などのブランド品の型が古くなってしまい、最新モードへの撮り直しを余儀なくされてしまったというのです。IT業界の世界は日進月歩ですからね。

 これには「へー」と思ってしまいました。これらのブランド品は、「広告費」として映画製作費の中に組み込まれていることは業界人の常識です。まさか、スポンサーも古い製品を売るわけにはいきませんからね。

 

🎬「ノマドランド」は★★★★

Karatsu Landscape Copyright par Y Tamano

 久し振りに映画を観に行って来ました。今年のアカデミー賞(作品賞)受賞の有力候補に挙がっている「ノマドランド」(クロエ・ジャオ監督)です。コロナ禍の影響で、私が映画館に足を運んだのは、2020年10月17日に観た「スパイの妻」以来、実に5カ月ぶりです。

 映画を観るのは「習慣」みたいなものだということが分かりました。以前は月に2~3回は行っていたのですが、半年も映画館に行かないと「観ない習慣」が出来てしまいました。不思議なものです。

【注意】以下、映画の内容に触れますので、これから御覧になられる方はお控えになった方が良いかもしれません。

 でも、この作品は、どうしても観て観たかったのです。勿論、2020年のベネチア国際映画祭金獅子賞などを受賞し、アカデミー賞主要6部門にノミネートされているからですが、それだけではありません。予告編を観て、どうもハリウッド映画らしからぬ匂いに惹かれたからでした。

 何と言っても、絶対に死なない無敵のスーパーヒーローが登場するわけではないし、シンデレラのようなあり得ない歯の浮くような恋愛物語でもないし、ハリウッドにいつもありがちなハッピーエンド物語でもない。結末が、よく言えば余韻を持った、悪く言えば、よく分からない(笑)、ヨーロッパ映画みたいでしたが、やはり、アメリカの果てしない広大な大地と大自然が舞台になった実にアメリカ映画らしい映画でした。

 登場する人物は、ほとんど高齢の白人ばかりで、一人でキャンピングカーみたいな車でノマド(放浪)生活を送っているわけですから、いずれもワケありです。大変失礼ながら、映画の常識になっている美男美女はあまり登場しません。どこか、現代米国の負の側面があぶり出されている感じでした。

 読んでいませんが、原作になったジェシカ・ブルーダーのノンフィクション「ノマド:漂流する高齢労働者たち」(春秋社)が素晴らしいのかもしれません。実際にノマド生活をしている人が、「俳優」となって本人として登場するので、誰もが演技していないドキュメンタリーのようにさえ見えます。

 主人公のファーンというおばさん(失礼!)、何処かで見たことある女優さんだなあ、と思ったら、「スリー・ビルボード」(2017年)でアカデミー賞主演女優賞に輝いたフランシス・マクドーマンドだったんですね。憂いを秘めた瞳に、散切り頭で、化粧もせず、皺や体力の衰えも全く隠さない体当たりの演技でした。ファーンは60代初めという設定で、夫を亡くし、しかも夫が長く働いた会社もリーマン・ショックによる不況の影響で倒産し、夫婦が長く生活していた企業城下町もなくなってしまいます。それがきっかけで、一人で古いヴァンで各地を移動しながら、国立公園の掃除やレストランなど色んな所で働いて日々の生活費を稼ぐ毎日が始まります。現代らしく、アマゾンの配送工場で働いたりする辺りは、原作を忠実に再現しているのかもしれません。

Karatsu Copyright par Y Tamano

 ファーンが出会うノマドの人々は、全員、どこかしら、問題や悲しみや喪失感を抱いた高齢者ばかりなので、はっきり言って、希望もないような暗い映画です(苦笑)。日々、パンクやエンジン故障といったトラブルはありますが、特に大事故や大事件が起きるわけではありません。

 ハリウッドらしいCGを使った目を見張る場面や大音響の効果音もなく、地味と言えば地味な映画ですが、逆に言えば、深くて重い感動に浸らせてくれます。コロナ禍の危険を冒して、映画館に足を運んで良かったと思いました。

戒律は何処へ行った?=築地本願寺カフェ「Tsumugi」で肉食す

 今、何かと話題になっている築地本願寺カフェ「Tsumugi」紬に初めて行き、会社の近くなんでランチして来ました。

 築地本願寺は、御説明するまでもなく、浄土真宗本願寺派(西本願寺)のいわば東京の総本山みたいな寺院です。江戸初期の元和2年(1617年)に浅草で創建されましたが、1657年の「明暦の大火」で焼失してしまいます。その後、幕府から与えられた土地が現在の場所で、当時は海上。そこで埋め立てをして「土地を築き」、本堂を建立したことから「築地」の由来になったことは皆さまも御案内の通りです。なお、大正12年(1923年)の関東大震災で再度本堂を焼失し、昭和9年(1934年)に現在のちょっと変わったというか、初めての方が見れば異様なインド寺院風の本堂になっております。

 400年以上の歴史があるわけですが、実は、オウム真理教事件などもあり、最近、若者らの既成宗教、特に仏教離れが進み、参拝者も激減していたそうです。

 そこで、築地本願寺は、あの開成高校から慶應大を卒業し、銀行員からコンサルタント会社社長も経験して僧侶の資格を得たA氏を2015年から事務方トップの宗務長に起用し、「開かれた寺」を目指すA氏の大幅改革によって、参拝者は2015年からの5年で実に2倍の250万人に増えたといいます。

 A氏は、数多くのテレビや雑誌の取材に応じて「顔見世興行」のように露出されているので、皆さまも御存知のことでしょう。

築地本願寺 カフェ「Tsumugi」紬

 私は「野次馬」ですから、カフェに初めて行ってみました。

 その前に、本堂は、会社から近いので、昼休みを利用して何度も行ってます。でも、キリスト教会のようなパイプオルガンが設置されていて、1台3億円もするとは知りませんでしたね。(テレビの番組で知りました)

 築地本願寺カフェ「Tsumugi」紬は、まさに21世紀のカフェ・レストランでした。加賀の一向一揆や織田信長による石山本願寺攻めの歴史を知っている我々にとっては、実に感慨深いものがあります。

 とにかく、ビックリです。

十三穀御飯と和風ビーフステーキ 1540円 写真の上部にメニューがあり「オーダーはこちらから 1」と書いてある

 何と!注文するのに、メニュー表紙のバーコードをスマホで読み取って、それから初めて注文することができるのです。スマホを持っていない人はどうしたらいいんでしょうかねえ?

  最近、海外旅行に行っていないので、知りませんが、こんなバーコード注文なんて、紐育や巴里や倫敦でもやっているんでしょうか? IT先進国のフィンランドや、何でも一番になりたがる中国なら既にやってそうですが、もしかして、世界初なのかもしれません。

 でも、すぐ目の前に接客してくれる係の若い綺麗な女性がいるのに、何か味気ない(こらっ!)私はスマホ中毒というか、スマホ廃人ですから、バーコードを読み取り、すんなり「注文」のボタンを押せましたが、それでも、どこか解せない。そこで、美人さんに「どうして、私が注文したことが分かるんですか?」と尋ねたところ、「あ、それは、テーブルごとに番号が付いていて、バーコードで読み取る際に、場所が分かるのです。お客様のメニューには『1』と書かれていますよね?」

 なるほど、よく分かりました。

 会計の際、スマホのアプリで、R社のポイントを加算してくれて、カードも使えました。「凄く、IT化が進んでいるんですね」と帰り際に言ったところ、美人さんは「2月の頭から始めたんです」とニッコリ微笑んでくれました。(マスクではっきり見えませんでしたが)

◇「般若湯」「桜」「牡丹」なら食べ放題、飲み放題

 ところで、私は「和風ビーフステーキ」を注文したのですが、仏教寺院が経営するカフェだというのに、肉も魚も食べ放題、日本酒もビールもワインもウイスキーも飲み放題でした(ただし、総務省の高級官僚を見習わずに、御自分でお支払いくださいね)。

 細かく言えば、殺生を禁じる仏教の戒律に違反しますよね?あ、僧侶御自身だけが守っていればいいのかしれませんが、色んな宗派の中でも、浄土真宗は特に寛大な気がします。僧侶でも肉食妻帯は許されているようで、何と言っても件の宗務長をはじめ、僧侶でも剃髪せず、長髪を伸ばしている方を多く見受けられます。日本の仏教の宗派の信者の中で、浄土真宗が一番多いのは、このように、戒律に対して寛大なせいなのかもしれません。

 隠語として、お酒のことを「般若湯」と言ったり、馬肉を「桜」、鹿肉を「紅葉」、猪を「牡丹」もしくは「山鯨」などと言ったりしております(花札の影響か?)。歌舞伎の「京鹿子娘道成寺」や落語なんかにも出てきますよね。ということは、お坊さんたちも、昔から隠れて、いや正々堂々と戒律を破っていたということになりますか。親鸞聖人が見たら吃驚するかもしれませんが。