官僚の劣化から山種美術館・富士見中・高校まで

国宝犬山城

今ほど、「記憶にない」を連発する霞ヶ関官僚の「劣化」が叫ばれる時代は珍しいかもしれません。

始まりは昨年からの「森友・加計学園事件」でした。自分の出世と、論功行賞が欲しいものですから、「忖度」したり、「首相のご意向」と印籠をかざしたり、はたまた、若い女性記者に言語道断のセクハラ行為をしたり、まさにやりたい放題です。

何でこんな露骨な不祥事を超優秀な官僚諸君が、白昼堂々と行うことになったのかー。その原因は、2014年5月に設置された内閣人事局だ、と再三再四、この《渓流斎日乗》で書いてきました。国家公務員のトップの人事を全て内閣が権限を持って仕切ることができてしまったおかげで、野心のある公務員は、国民を見ずに、内閣トップの総理大臣の顔色見ながら仕事をするようになったからです。

この内閣人事局は、内閣官房の部局の一つですから、内閣官房についてよく分かっていないといけないのですが、私自身はよく知りませんでした。物の本には、内閣官房は、関東大震災後の大正13年(1924年)に設立された、とあります。

内閣官房のトップである官房長官は「総理の女房役」と言われ、毎日何かあれば、見たくもないのに、政権を代表してスポークスマンとして記者会見して見解を公にするので、誰でも顔と名前ぐらいご存知でしょうが、事務方のトップである内閣官房副長官は、戦前の内務省の事務次官経験者が任命されてきたことは意外と知らないでしょう。

莫大な権限を有していた内務省は、戦後、GHQによって解体されて、警察庁、自治省、郵政省、運輸省、厚生省、労働省などに分割されましたから、戦後はその流れをくむ事務次官経験者が内閣官房副長官を任証官として務めてきました。

欅(埼玉県所沢市)

で、もう一つ、内閣総理大臣秘書官なるポストがあります。米国の大統領補佐官みたいなもんでしょうか。今、その首席秘書官のポストについているのが、元経産省官僚の今井尚哉(たかや)氏で、その勢いは飛ぶ鳥を落とすほどで、「影の総理」と呼ばれているそうです。

この今井氏は、あの佐川元国税庁長官、破廉恥福田元財務事務次官と同年の1982年入省組といいますから、今、この年代が天下を取って、世の中を仕切っていることが分かります。

この方が、凄いのは、伯父に、元通産省事務次官の故今井善衛(ぜんえい)、叔父に新日鉄(新日鉄住金)会長、経団連会長を歴任した今井敬(たかし)氏(善衛氏の実弟)とバックに2人も有力者がいたことです。

ちなみに、今井善衛(1913~96)は、府立一中~一高~東京帝大法学部と誠に綺麗なエリートコースから1937年に商工省に入省し、安倍首相の祖父岸信介が商工次官、商工大臣を務めた時に、直属の部下として仕えたことから、安倍首相は、善衛の甥に当たる尚哉氏に親近感を覚えて総理秘書官に抜擢したと言われてます。

また、尚哉氏が入省した時の通産大臣が安倍首相の父晋太郎だったことで、なお一層の絆が深まったようです。

この「影の総理」今井尚哉氏が、経産省の後輩で、「首相のご意向」問題で、証人喚問せよと糾弾されている柳瀬元秘書官(現経産省審議官)に対して強圧的な態度を取っていると週刊誌に書かれています。

なお、先程の元通産事務次官今井善衛は、城山三郎の「官僚たちの夏」のモデルにもなっていたんですね。善衛の妻は山種証券の創業者会長山崎種二の長女繁子です。退官後は、天下りして日石化学の社長になりました。

上州の片田舎の高等小学校を卒業して裸一貫で丁稚奉公から成り上がった山崎種二は、二・二六事件の前に株を大量に売却して、巨万の富を築き、「売りの山種」という評判を世に知らしめました。

巨万の富は、速水御舟の「炎舞」(重要文化財)など、日本の近代絵画のコレクションを網羅した山種美術館の設立と、東京都練馬区の富士見中・高校の買収(山崎学園)などに使い社会還元しました。

福田財務次官盛衰記

仁和寺のみほとけ

位官極めた大臣君(おとどぎみ)の中には、極めて特殊な趣味趣向をお持ちの方が多いようです。

平気で嘘をつくことが大好きで、手を縛ってとか、縛りたいとか、常人にはとても理解を越える言動が口からポンポン飛び出します。

今、同時進行形で進んでいる「狂言 与話情福田横櫛(よわなさけふくだのよこぐし)」は、守田座、春木座、新富座と江戸市中で同時にかかり、何処の芝居小屋も満員御礼の札止めとか聞いております。

58歳の酒色家として市中に名を馳せる老中首座福田財務守(湘南高校〜東大法卒。佐川前幕税守とは1982年入省の同期)は、桜田門の井伊藩邸で、老中首座の地位を辞任する旨を昨晩、酉刻に発表しましたが、あくまでも「幕政が混乱して、業務遂行が困難になったため」という理由で、出入りの業者の瓦版女くノ一への迷惑行為については、「記憶にございません」と否定しました。同時に、南町奉行所の大岡越前守に訴えると息巻きました。

ところが、未明の子刻になって、勧進元の電気紙芝居「旭」の瓦版局長が、緊急記者会見をしまして、「迷惑行為を受けたのは、弊社の社員」だと発表しました。

こりゃ、てーへんだ、ということで、頼母子講仲間が翌朝、福田財務守の目黒の自邸にまで押し掛けて、認否確認に馳せ参じましたが、福田財務守は、駕籠に乗り込む前に「俺はやってない。南町奉行所で会おう」と大声で怒鳴って、執務室のある霞ケ関に向かいました。

というのが、たった今の時点での、物語の展開ですが、これから先どうなるのか、ハラハラドキドキ、どんな偉い脚本家も小説家も想像もつかない話で、こりゃ、江戸市中の庶民も皆注目し、電気紙芝居に釘付けになるはずです。

権力を持った人間による迷惑行為は、古今東西、千差万別、種々雑多、とにかく色々起きたものです。電気紙芝居の時代から手の平サイズの情報網時代になっても、内実、真相はそう大したことは変わらず、最後は「驕れる者は久しからず」というオチで終わるのではないでしょうか。

そうでなきゃ、江戸庶民は納得しませんよ、ねえ、銭形の旦那。

「反動ナショナリスト」の批判にお応えして

こういうことを書くと、必ず「差別主義者」だの「反動ナショナリスト」だのと大反発を喰らって、「炎上」するのが関の山なのかもしれませんが、もう黙ってられません。

最近、公共交通機関、というか電車やバスとはっきり書けばいいんですが、そんな密室やオープンな公道で、とても不愉快な思いをしてます。

外国人の傍若無人な振る舞いに対してです。

列に割り込んだり、車中で大声で携帯で何分も話し込んだり、タブレットで、イアホンをせずに本国語の番組を見てたり、とにかくうるさい。

職場が銀座なのですが、観光客が1年中たむろするようになり、中には公道の縁石で集団で座り込んだりして通行の邪魔になります。また、韓国人の若者4人が横になって歩道を塞ぐように歩いてくるので、日本人の私の方が遠慮して、路肩に身を寄せます。

多分、この1年でこのような不愉快な場面が増えたと思います。先日は、中国語で、我が物顔で右翼の街宣車のような車が銀座の目抜き通りを走ってました。中国語ですよ。一体誰に聞かせようとしてるんでしょう?

日本人は言葉が分からないから同国人に対してでしょう。街宣車で聞かせるほど、銀座は中国人が多いということなんでしょうけど、ここは日本か?しかも、東京を、世界を代表する超一等地なのにと腹が立ってきました。

いくら日本人だって、北京の中心部に街宣車を走らせたりしないでしょう。

銀座「鬼太郎」ランチにぎり 972円

13億人の人口を誇る中国人は、以前は、長い休暇の2月の春節や10月の国慶節になると多く見かけたのに、今では1年中です。365日です。

先日は、中国語をしゃべる若い母親から混んだ通勤電車内で乳母車ごと突進され、こちらにぶつかっているのに平気のへいでした。中国人の友人らしき女と話に夢中になっていましたが、赤ん坊がいるということは、日本に永住していることか?

中国の人は、大抵は声がでか過ぎるので目立ちます。普段は13億人にもみくちゃにされ、生存競争が厳しいせいか、傍若無人というより、はっきり言って図々しい。

日本人同士でもこれだけ憎みあって、理解し合えないのに、まして言葉が通じない連中となるとまさにお手上げです。自分が現役のビジネスマンだったら苦労するだろうなあと思いました。批判されるでしょうが、旧世代として生まれてよかった。今自分が若者で、これから彼らと勝負しなければならないと思うとうんざりします。

何しろ、電車内を眺めると、将来を担うほとんどの日本人の若者は、車内で、スマホのゲームをしています。片や、中国人、ベトナム人、韓国人、フィリピン人、ネパール人、マレーシア人、インドネシア人…は生きるのに必死です。労働時間以外は、寸暇を惜しんで勉強しています。

これじゃ、若い日本人は負けます。これは、確信を持って言えます。それなのに、日本人に全く危機感はありません。

夕刊を見ていたら、五木寛之氏の新刊の広告が掲載されてました。タイトルは「マサカの時代」(新潮新書)。宣伝文句は「常識もルールも通用しない時代を生き抜くヒント!」と書かれてます。

読んでみようかしら?(笑)

加藤廣さん逝く

残念なことに、歴史小説家の加藤廣さんが4月7日に都内の病院でお亡くなりになっていたことが分かりました。今朝(16日)早く、京都にお住まいの京洛先生がメールで知らせてくれました。

享年87ですが、加藤さんが、デビューしたのは2005年の75歳の時。「本能寺の変」を独自の解釈で描いた「信長の棺」(日経出版)が、時の小泉純一郎首相の「愛読書」として注目され、瞬く間に大ベストセラーに。その後、松本幸四郎(現白鸚)主演でテレビドラマ化されました。

このあと、「秀吉の枷」「明智左馬助の恋」を完成させ、「本能寺三部作」と呼ばれました。この他、代表作に、週刊新潮に連載されて単行本化された「謎手本忠臣蔵」などがありますが、厚労省が言うところの、後期高齢者になってからこれだけの量と質を伴った作品を書き続けた作家は、日本文学史上、初めてではないでしょうか。

加藤さんは、少年の頃からの作家志望でしたが、大学卒業後、銀行員(中小企業金融公庫)になります。しかし、「作家になる夢」を諦めきれず、経済関係の本を現役時代から出版しておりました。

その才能に目を付けたのが、新聞社に勤務していた頃の京洛先生でした。エッセイやインタビューや連載企画物の執筆をお願いし、彼が主宰する勉強会「おつな寿司セミナー」にもゲスト講師として参加してもらったりしました。

小生渓流斎も加藤さんと謦咳を接したのも、この渋谷のおつな寿司の席でした。もう四半世紀以上昔のことで、当時はまだ加藤さんは無名で、エリートではありましたが、幼少の時から大変苦労されてきたようで、筋の通った古武士の雰囲気を醸し出してました。

加藤さんとしても、おつな寿司セミナーは、自分のメジャー・デビュー作を発表することになる日経文藝記者の浦田さんと知り合う場でもあったし、京洛先生には作品のテレビドラマ化に当たってコーディネーターになってもらったりしたので、相当思い入れがあった会合だったようで、ほとんど毎回出席されてました。

そういう小生も、加藤さんにはインタビューなどで大変お世話になりました。特に、銀座の超高級おでん屋さん「やす幸」のご主人が加藤さんの御学友とかで、すっかりご馳走になったりしました。

「やす幸」のおでんを食してしまうと、もう他のおでんは絶対口にできないほどの絶品で、今まで食べてきたおでんは一体何だったのか、と思うほどかけ離れた美味しさでした。

もう消滅してしまった《渓流斎日乗》には、かなり加藤さんが登場していたと思います。

加藤さんが中小企業金融公庫の京都支店長時代、当時、ベンチャー企業で、海のものとも山のものともつかぬ変な会社がありました。他の銀行は相手にしなかった変わったその経営者の素質を加藤さんは見抜いて、積極的に融資し、今や誰もが知る世界的な企業に成長した会社があります。

それは、今では飛ぶ鳥を落とす勢いの日本電産です。一風変わった経営者とは、お正月の午前中以外、1年365日働きまくる、あの永守重信氏です。

【追記】

どういうわけか、加藤さんの訃報記事は16日付日経、毎日、産経、東京の朝刊に載ってますが、朝日と読売は、朝夕刊ともに載らないのです。不思議です。

 

デジタルネイティブからトークンネイティブの時代へパラダイムシフト

佐藤航陽著「お金2.0     新しい経済のルールと生き方」(幻冬社、2017年11月30日初版)を読了しました。

うーん。難しい。最初スーと読めはしましたが、もう一度読み返して、朧げな輪郭を掴んだ程度です。

もちろん、本書に出てくるハイエクの経済理論だのシェアリングエコノミーなどといったことは頭では理解できますよ。しかし、身体がついていけないといった感じなのです。

それもそのはず。著者は、1986年の福島県生まれで、まだ30歳代前半。物心ついた頃から周囲にデジタル機器があり、小学校での授業もパソコンで受けた世代。所謂、デジタル・ネイティブ世代。

片や私は、御幼少の砌は、冷蔵庫も電気洗濯機もテレビもなかったアナログ世代。生まれて初めてワープロを買ったのが29歳。パソコンは39歳という「遅咲き」ですからね。

著者の佐藤氏は、学生時代から起業し、今や年商100億円以上の決済サービスアプリ等のIT企業を経営するいわゆる青年実業家です。

ただ、子どもの頃はお金に相当苦労したようです。兄弟3人と片親の4人世帯の年収が100万円も届かなかったこともあったようです。

その話は、ともかく、彼はデジタルネイティブ世代ですから、我々のような旧世代とは根本的に発想が違います。

スバリ言いますと、パラダイム(認識の枠組み)が全く違うのです。

本書のキーワードを三つ挙げるとしたら、「仮想通貨」「ブロックチェーン」「トークンエコノミー」でしょうか。

まず、仮想通貨というのは、中央銀行など中央に管理者がいなくても成り立って発行される仮想の通貨のことで、ビットコインなどがその代表例として挙げられます。旧世代は、胡散臭い目でみてますが。

ビットコインなどは、ブロックチェーンという技術が活用されています。これは、一定期間のデータを一つのブロック(塊)として記録し、それをチェーン(鎖)のように繋げていくことで、ネットワーク全体に取引の履歴を保存し、第三者が容易に改ざんできないようになってます。

…と、言われても、旧世代は理解不能ですね(笑)。

そして、最後のトークンとは、仮想通貨の根っこで使われているブロックチェーン上で流通する文字列のことを指す場合が多く、トークンエコノミーとは、このような仮想通貨やブロックチェーン上で機能する独自の経済圏のことを指し、正確な定義があるわけではないといいます。

… あら、そう来ましたか。

とにかく、仮想通貨は自分でやって、つまりは、買って大損するか、大富豪になってみなければ、それを支えている「塊鎖」とやら、「文字列」とやらも、その実態は分からないことでしょうね。

この本で感心することは、著者は究極的には、お金とは、単なる「道具」であると割り切っていることです。大賛成ですね。そして、デジタルネイティブ第一世代と呼んでもいい彼らは、旧世代を馬鹿にしているわけではなく、単なる歴史の流れで、自分たちはスマホが当たり前の世代で、次の第二世代は、仮想通貨が当たり前のトークンネイティブ世代で、自分たち第一世代はその架け橋になっているに過ぎないことを自覚しているのです。

恐らく、単に私自身が読み違えているのかもしれませんが、いずれにせよ、2020年代も間近に迫り、パラダイムも完璧にシフトしている現実が、この本から読み取ることができます。

「ダブル福田物語」劇場が開演、さてこの先は?

Copyright par Kyoraque-sensei

いやはや、霞ヶ関劇場、もう出尽くした感がありましたが、まだまだ陸続と続き、話題てんこ盛りの大サービスですね。

財務省の福田淳一事務次官の女性記者へのセクハラ疑惑は、「週刊新潮」のスクープですが、上品を売り物にしている(笑)《渓流斎日乗》には、とても、とても書けない内容です。

えっ?こんな人が官僚の中の官僚と言われる財務省のトップなの?うそでしょ!といった感じです。

Copyright par Kyoraque-sensei

そもそも、このエリートの福田さん。東大法からの温室育ちのようで、苦労知らずのお坊ちゃん。世間知がない、というか、全く、大人としての社会常識を知らずに還暦近くまで生きてきたってことなんでしょう。

こういう人間を世間では「破廉恥」と呼びます。一方、「無知」と言ってもいいかもしれません。相手は、女性記者と油断しても、その内実は、諜報機関の「くのいち」みたいなもんですからね。そりゃあ、ICレコーダーの一つや二つ、胸に忍ばせておきますよ。

こんな男を、麻生財務相はかばっていたのですが、今日になってやっと、閣議後の記者会見で、「事実とするならばセクハラとしてはアウトだ」と渋々認めたようです。これまでは、自分の所に火の粉が降ってこないように、福田次官を援護してましたが、そろそろ、かばいきれなくなったということでしょうか。

◇辻元委員長、怒る

もう一人は、厚生労働省の福田祐典健康局長。部下の女性職員に対し、食事に誘うメールを複数回送るなどセクハラが疑われる行為をしたとして、口頭注意されたとか。一体、何て注意されたのでしょうかね?「僕ちゃん、もうそんなオイタしたらいけないわよ」てな調子でしょうか。

これらについて、立憲民主党の辻元清美国対委員長は、財務省の福田次官については「自殺者も出ている役所のトップでしょ?女をなめている」と一刀両断。厚労省の福田局長についても、「ダブル福田だ!普通なら更迭でしょ!?」と、国会内で、大声で吼えまくったとかいう噂ですね。

さあ、そのダブル福田劇場は今、開演したばかりです。さてさて、この先物語はどう展開されていくのでしょうか?

なお、この《渓流斎日乗》では続編はありません(笑)。

【追記】

あっちゃー、週刊新潮が、たった今、財務省の福田事務次官のセクハラ「音声データ」動画をネット公開してしまいましたね。

https://www.dailyshincho.jp/article/2018/04131400/?all=1&page=2

柳瀬さんから佐伯さんへ

佐伯耕三さん

どこかで聞いたことがあるようなお名前ですが、今は時めく首相秘書官なんだそうで、昨日の国会では、希望の党の玉木代表が質問をしている最中に、盛んに野次を飛ばして注意された、という記事が新聞の片隅に出てました。

さぞかし、安倍晋三首相の覚えめでたかったことでしょう。何しろ、暴虐な野党如きの分際が質問の矢を放っているとき、果敢にも素手で立ち向かったのですからねえ。

この話を読んで、世界のソニーが、ウォークマンの大成功で飛ぶ鳥を落とす勢いがあった過去の栄光の頃を思い出しました。

当時は、大賀社長。東京芸大音楽科出身で、趣味で楽団を指揮するとのこと。早速、その事実を掴んだ取巻き連中と、野心のある課長、部長さんクラス。サントリーホールの最前列の特等席を早々と自前で予約購入して、演奏会では曲が終わるごとに、立ち上がって、「ブラボー!!」の大喝采。

声援する勇姿を大賀社長に見てもらいたいものですから、中には飛び上がったり、万歳したりしたとか、しなかったとか。

(まるで、北朝鮮の喜び組)

銀座「竹の庵」定食1100円

佐伯耕三という方は、経済産業省から首相秘書官として出向しているらしく、加計学園問題で「首相のご意向」と言ったとか、言わなかったとかいうあの有名な柳瀬唯夫さんの後輩に当たるそうな。

身銭を切ってでも、矢面になってでも、殿を守りたい心情は、論功行賞欲しさからなんでしょうかねえ?

(実際、柳瀬さんは、首相秘書官から経産省ナンバー2の審議官に出世しましたからね)

となると、優秀な官僚人事を一手に握る内閣人事局の弊害が、もっと叫ばれてもいいですよね。

野心のある官僚は、もう国民のためにではなく、「一強多弱」の内閣の人事権を握る首相に向かって、そのご意向に沿って仕事をするようになるからです。

もう、国民の税金がどう使われようが、どうでもいいのです。

しかし、そこには落とし穴があります。自分たちは知らん、存ぜぬ。官僚が勝手に忖度してやったこと…と、本丸の政治家に逃げる口実を与えてしまったことです。

「佐川が、佐川が」と言っていた政治家が、今度は、「柳瀬が、柳瀬が」、はたまた「佐伯が、佐伯が」と言い始めれば、もうデジャビュ(既視感)以外何物でもないということです。

NHKは時の政権に阿り過ぎてるのでは?

事務所問題でゴタゴタしている巨匠北野武監督は、しのぎを削るために、盛んにテレビに出ております。

先日は、ジャーナリストの巨匠と対談している番組の中で、来年の新元号について、北野監督は「加計がいいんじゃないか。来年は加計元年!」と宣言してました。

勿論、冗談なんでしょうけど、世間がすつかり加計問題を忘れていた昨日、朝日新聞と東京新聞(10日付首都圏最終版)が、「本件は、首相案件」などという愛知県職員のメモをスッパ抜きました。

これを受けて、昨日の夕方、愛媛県の中村知事が緊急記者会見して、その文書が県職員が書いたものだと認めました。「自治体がやらされモードではなく、死ぬほど実現したいという意識を持つことが最低条件」などと書かれていたことも暴露しました。

凄い話ですね。

これは、文書では柳瀬唯夫首相秘書官(当時)の発言とされてましたが、当然、想定されたように、柳瀬氏は即座に、発言どころか、愛知県職員らとの面会そのものまで改めて否定しました。

超エリート官僚の柳瀬氏は現在、経済産業省のトップの事務次官を「あと一歩」と目前に迫った経産省審議官なんだそうで、そりゃあ、石に噛り付いてでも、否定するわな。

もう一人、加計学園の舞台になった愛媛県今治市長も、困惑顔だとか。獣医学部は、もうこの4月に開校しちゃいましたからね。今さら、森友学園のようにぶっ壊すわけにはいかないでしょう。

これらは国民の血税が絡んだ話なので、野党や市民運動家らだけでなく、与党までも「如何なものか」と騒いでるのに、天下のNHKはほとんど、申し訳程度にしか取り上げないんですよね。

加計問題のニュースをすっ飛ばしてでも、同じ今治市の刑務所を脱獄した受刑者の逃亡譚を微に入り細に入り、長々と、延々とテレビでもラジオでも放送しているのです。

受刑者が逃亡している島には800戸の空き家があるという話は、加計学園問題より重要なんでしょうかね?

NHKは、国民から受信料を徴収して「皆さまのNHK」を謳い文句にしながら、実体は、国から免許を借りる電波事業者なので、時の政権に取り入った報道をする使命があるのでしょう。

それにしても、かなり露骨です。

日仏友好160周年、パリで「ジャポニスム2018」開催へ

渓流斎がフランスに派遣しているクーリエ(農林水産通信員)「ブローニュの森の美女」さんから、最新ニュースが入ってきました。

今年は日仏友好160周年の記念の年です。(明治維新150年より10年も古いじゃんか!)

ということで、今年7月から来年2月まで、「ジャポニスム2018」と称して、パリを中心に大々的なイベントが開催されます。

まさに、今年のフランスは「日本一色」になります。

知らなかったでしょう?(笑)

主催者である外務省の天下り先、いや二次団体である国際交流基金のサイトには以下のようなことが書かれてます。

【展覧会は、日本文化の原点とも言うべき縄文、伊藤若冲、琳派から、最新のメディア・アートやアニメ・マンガ・ゲームまで、舞台公演は、歌舞伎、能・狂言、雅楽から、現代演劇、初音ミクまで、さらには食、祭り、禅、武道、茶道、華道ほか、日本人の日常生活に根ざしたいろいろな文化の側面に焦点を当てた交流事業も含め、幅広い範囲の事業を次々に行います。】

なるほど、縄文から急に江戸時代の伊藤若冲に飛んでしまうとは…上司の命令で嫌々書かされた匂いがしますね(笑)。

◇自転車レースの女王

さて、「ブローニュの森の美女」さんからのコレスポンダンス(通信)でした。

…ジャポニスム情報をありがとうございます。しかし、今、フランス国鉄(SNCF)の恐るべきストライキが始まっていて、気軽にパリに行けずに恐々としています。
毎週2日間ほどのストライキ。そんなに改革に反対するべきなのでしょうか。
日本文化会館のイベント、1月にL’aube du Japonismeという展覧会があって、小さいですがとってもよい展覧会だったんですよ。…

そう、「ブローニュの森の美女」さんは、ジャポニスムにとても関心がある方です。

…日曜日はとってもお天気で、自転車レースの女王と呼ばれる「パリ~ルべ」レースがありました。
「パリ」となっているのに、フランス北部のコンピエーニュが出発地点なんです(笑)。
 レースの名物となっている地獄の石畳満載のコースを257キロ、コンピエーニュからルベまで北上します。
朝11時頃、出発を見に行って、その後はずっとテレビで追いながらちょっとした高揚感を味わいました。
 今年の優勝者はスロベニアのピーター・サガンという人でした。
よし、自分もゴールに向かって頑張るぞ!とまた新しい一週間に気合を入れているところです。…
「ブローニュの森の美女」さん、どうも有難う御座いました。
( なお、写真の著作権は彼女に帰属しますので、無断転載はお断りします。)

久しぶりの満洲懇話会

Copyright par Duc de Matsouoqua

先日十数年ぶりに再会した畏友隈元さんが、学生時代の卒論が満洲問題で、ライフワークもそうだというので、それなら、「松岡二十世とその時代」(日本経済評論社)などの著作がある満洲育ちの松岡氏をご紹介したら、面白いんじゃないかと思って、面談する機会を作ったのですが、この人、学生講義指導でハワイに行ったり、韓国に行ったり、「金持ち暇なし」生活でなかなか捕まらない。メールしてもなかなか返事もくれない(苦笑)。

昨日はやっと実現して、都内にある松岡氏の邸宅にお邪魔して、有意義な時を過ごすことができました。

私も2年ほど前に一度拝見したことがある「満洲の昔と今 四都物語」を写真と地図等で辿ったスライドショー大会がメーンイベントでした。(2年前と比べ数段進歩してました)

 

この会にはもう一人、私は初対面でしたが、隈元さんは以前、取材でお世話になったことがあるという古海氏も参加されました。古海氏は、「満洲国の副総理」と称された古海忠之総務庁次長の御子息で、敗戦時12歳。学年は松岡氏の1級上の満洲育ちでした。エリート一家というか一族で、米寿を近くしても頭脳明晰で、記憶力も抜群で、驚くほど全く気力が衰えておられませんでした。

1945年8月9日、ソ連軍が当時の日ソ中立条約を、ヤルタ会談密約により一方的に破棄して、満洲に進軍して占領し、60万人とも70万人ともいわれる日本人をシベリアに抑留し、鉄道敷設など重労働を科しました。その1割の6~7万人が異国の凍土で死亡しました。残留孤児という悲劇も産み、今でも詳細については歴史的に解明されておりません。

ソ連侵攻の噂を知っていち早く逃げ帰ったのが、関東軍幹部や満鉄など幹部家族ら情報が入りやすい特権階級でした。

古海「副総理」も、事前に日本敗戦濃厚の情報はキャッチしていたことでしょうが、国都新京(現長春)に居残り、当然、シベリアに抑留され、長くてもあの有名な大本営作戦参謀の瀬島龍三らほとんどが昭和31年に帰国することができましたが、古海「副総理」ら40人ほどは、ソ連から解放された後から、今度は中国共産党から拘束され、結局、懲役18年の満期を終えて日本に帰国できたのは昭和38年、1963年だったというのです。既に63歳になっていました。

古海は、軍人ではなく文官です。大蔵省出身で、後の東京裁判でA級戦犯となる「ニキサンスケ」の一人、大蔵官僚の先輩星野直樹の引きがあって、満洲に渡りました。恐らく、満洲国官僚のトップだった彼は、「見せしめ」として軍人より重い罪を与えられたのでしょう。

Copyright par Duc de Matsouoqua

子息の古海さんは、元銀行マンで、経営者の顔を持ちますが、全く偉ぶらない人格者でした。そして、「あの(満映理事長だった)甘粕さんは、歴史上では大杉栄らを惨殺した悪者になってますが、直接、甘粕さんを知っている人で、悪く言う人は一人もいなかったそうですよ。本人は『自分はやってない』と、ごく親しい人だけに極秘に打ち明けていたそうです」と自信を持って話してました。

私も一時期、甘粕正彦と大杉栄については、異様なほど熱中して、かなり関連書籍を読み漁り、この《渓流斎日乗》でも数回に分けて書いたことがありましたが、それらのWeb記事は残念ながら消滅してしまいました。

そのせいか、甘粕が服毒自殺した現場に居合わせた人物として、映画監督の内田吐夢まではかろうじて思い出せましたが、あとはすっかり記憶喪失(苦笑)。後で、調べたら、長谷川4兄弟(長兄海太郎は、林不忘の筆名で「丹下左膳」を発表し、流行作家に)の一人で、作家、翻訳家、ロシア文学者、戦後、ボリショイサーカスのプロモーターになった長谷川濬、作家赤川次郎の実父赤川孝一らがおりました。

もう一人、昨日はどうしても思い出すことができなかった、甘粕と親しかった重要人物に和田日出吉がおりました。昭和11年、中外商業新報(現日経)記者時代に「2.26事件」をスクープしたジャーナリストで、満洲に渡って、満洲新京日報社の社長を務めたりします。

この方、往年の大女優木暮実千代の旦那さんでした。この話は、黒川鐘信著「木暮実千代 知られざるその素顔」(日本放送出版協会、2007年5月初版、もう11年も昔か!)に詳細に描かれ、この本もブログに取り上げましたが、記事は、やはり消滅しています。また、残念ながら、個人的な入退院のどさくさの中で、この本を含め数百冊の個人蔵書は売ってしまったか、紛失したかで、今は手元にありません。

あ、忘れるところでしたが、昨晩は、松岡氏には大人気の銘酒で、今ではとても手に入らない「獺祭(だっさい)」などを遠慮も気兼ねもなく、バカスカとご馳走になってしまいました。さぞかしご迷惑だったことでしょう。お詫びするとともに、御礼申し上げます。