今では有名人になった山田真貴子内閣広報官=東北新社の思い出

 昨日まで全く無名だったのに、今朝起きたら、世間の誰もが知る存在になることが多々あります。

 今なら、さしずめ、山田真貴子さん(60)ということになるかもしれません。

 例の菅義偉首相の長男が勤務する放送関連会社「東北新社」から接待された総務省幹部が国家公務員倫理規程違反として処分された中、一際目立っていたのが、この山田真貴子・内閣広報官(元総務省総務審議官)です。

 他の総務省幹部の接待費が一人1回1万~2万円程度だったというのに、山田真貴子氏だけは、1回で7万4203円と突出していたからです。

 早速、昨日の日刊ゲンダイが、「一体、何を食ったんだ?」と庶民感覚を代表して取材してくれました。

 タイトルは「山田真貴子氏は“ジジ殺し” 内閣広報官の評判と夜の流儀」とほんの少しだけ品位に欠けていますが、内容は充実しています。

 一応、リンクを貼っておきますが、そのうちリンクの記事は削除されて読めなくなってしまうことでしょうから、この記事を少し引用させて頂きます。

 山田氏は早大法学部卒。1984年に郵政省(現総務省)に入省し、第2次安倍政権が発足してまもない2013年、女性として初めて首相秘書官に起用された(これが、写真入りで育鵬社の公民教科書に掲載され、市民団体が問題視しています=以上、渓流斎)。その後、放送行政を所管する情報流通行政局長などを歴任。19年7月から1年間、次官に次ぐ総務審議官を務めた。省内ナンバー2のときに高額接待を受けたことになる。

 これだけ略歴を書かれれば、東京大学卒が多数を占め、出世競争が極めて高い「男社会」の霞ケ関の中で、「私大卒」「女性」という二重のハンデを背負いながら「ナンバー2」まで出世した彼女の血と汗と涙の努力がいかばかりかと想像されます。

 でも、ヒラの国会議員時代から総務省利権に食い込んでいたと言われる菅首相に対する「ジジ殺し」ぶりで、権力の階段をよじ登ったようなフシも見られるようです。

 (引用)山田氏の名前が知られたのは昨年10月、NHKに抗議したとされる一件だ。菅首相がNHK「ニュースウオッチ9」に生出演し、日本学術会議任命問題についてキャスターから鋭い質問を受けた。放送の翌日、山田氏は同局の政治部長に「総理、怒ってますよ」「あんなに突っ込むなんて、事前の打ち合わせと違う。どうかと思いますよ」と猛抗議したと報じられた。

 なるほど、番組見てませんでしたが、このキャスターって、来月3月いっぱいで降板させられることになった有馬嘉男キャスター(55)のことなんでしょうかね?そして、菅首相が2月24日の記者会見で、山田真貴子氏について「深く反省している。女性の(内閣)広報官として期待しているので、そのまま専念してほしい」と続投させることを表明しましたが、これは、あの憎っきNHKキャスターを降板させた山田氏の功績に対する論功行賞だということになりませんかねえ?

 さて、電波行政などに許認可権を持つ総務省は利権の構造の最たるものという評判(?)があります。総務省の意のままに動かざるを得ないNHKは、総務省幹部や総務省に息の掛かった政治家に足を向けて寝られませんからね。

 菅首相は「長男は別人格です」と強調し、東北新社に入社したことなど預かり知らぬと発言されていたようですが、「どうかなあ」です。「将来、官房長官、首相にもなるかもしれない有力議員の息子を入れなければまずい」という忖度が東北新社側に働いたかもしれませんし、東北新社の創業者である植村伴次郎氏(1929~2019)は、菅首相と同郷の秋田県出身ということから「息子をよろしく」なんてこともあったかもしれません。あ、ウラを取らず、推測で書いてはいけませんね(笑)。

◇東北新社は政財官界有力者の橋頭堡か?

 問題になっている菅首相の長男氏は、メディアであまり、顔も名前も出ないのですが、東北新社の子会社である「囲碁・将棋チャンネル」の役員も兼務しているそうですね。有力政財官界の人々は、囲碁、将棋を趣味とする人が多いので、このチャンネルが、有力者を結びつける「政界工作」の橋頭堡になっていると指摘するジャーナリストもいます。

 東北新社は、1961年に植村伴次郎氏が外国映画・ドラマの日本語吹替番組制作会社として創業し、スター・チャンネルなど「総合映像プロダクション」として放送業界では知らぬ人はいない「大企業」です。私も、もう30年も昔ですが、放送記者としてこの会社を取材したことがあります。(東北新社の沿革を見ていたら、私が子ども時代にはまった「サンダーバード」もこの会社が手掛けていたんですね!)

 この会社は、映像業だけでなく、大使館が多く外国人滞在者が多い東京・広尾の一等地にあるスーパー「ナショナル麻布」を経営していることは意外と知られていません。私が放送記者だった頃、「あの植村社長が、スーパーの駐車場なんかで毎朝、掃除しているんだよ。でも、誰も知らないから、周囲の人は単なる掃除のおっさんだと思って邪見にしたり、道を聞いたりしてるんだって」という逸話を聞いたことを今でも忘れません。

住みたくないアメリカ、そして日本も?=米で新型コロナ死50万人超

 米ジョンズ・ホプキンス大学の集計で、2月22日、米国の新型コロナウイルスによる死者数が50万人を超えました。各国別では最多で、世界の死者の2割を占めるといいます。

 バイデン米大統領もホワイトハウスで「(50万人は)第1次世界大戦と第2次世界大戦とベトナム戦争での戦死者を合わせた数より多い」と追悼の演説をしました。

 日本は、太平洋戦争だけで300万人以上の犠牲者を出していると記憶しているので、無学な私なんかは「え?」と思ってしまいました。

 人間自然科学研究所の調べでは、米国の戦争犠牲者は、第1次世界大戦は11万7000人、第2次世界大戦は29万人、朝鮮戦争で14万人で、他の資料ではベトナム戦争は5万8000人になっています。いずれも、推計なのですが、第1次世界大戦と第2次世界大戦とベトナム戦争での戦死者を合わせ46万5000人になりますね。

 米メディアは、第2次世界大戦での米軍の死者は推計40万5000人、ベトナム戦争は5万8000人、朝鮮戦争は3万6000人で、この三つの戦争の犠牲者を超えたと報じています。

 いずれにせよ、米国の新型コロナは、大戦争を超えてしまったわけですね。パンデミックがいかに恐ろしいか、思い知らされます。

 同時に、日本はいかに無謀な戦争をやったものだと痛感させられます。しかも、無責任な指揮官は生き残り、日本兵士の大半は餓死と戦病死と言われていますから。

新富町「蜂の子」

 話は変わって、アン・ケース 、アンガス・ディートン共著, 松本裕訳「絶望死のアメリカ」。まだ、未読ではありますが、書評などを読むと面白そうです。現代アメリカの病理が抉り取られている感じです。

 著者によると、「絶望死」とは、まさしく社会に絶望して、アルコール依存症や薬物中毒となり、挙句の果てには自殺をしてしまうことをいいます。

 そのカラクリが悲惨過ぎます。

 本書は、大企業が巨額のマネーとロビイストを使って政界工作し、自分たちに都合の良い法案を通す汚いやり方を暴いているのです。標的になっているのが、大学を出ていない中年の白人層。大企業は社会保険が負担になるからといって、彼らをリストラし、代わりに賃金の安い非正規雇用の派遣社員を雇う。いずれにしても、不安定な職で、清掃や倉庫番、警備など、語弊を怖れずに言えば、誇りを持てないような職種に左遷される。彼らは結婚もできず、生きがいもなく、孤独感から、日々の憂さ晴らしに酒やドラッグに走ってしまう。

 この風潮に乗じて、酒造会社と製薬会社は政界工作で、どんなキツイ酒もドラッグも規制緩和させて販売を自由にさせる法案を成立させ、彼らを破滅に導ていく…。

 実に、身につまされる話ではありませんか。

 「対岸の火事」と安心している日本人がいれば、それは大間違い。タイトルを「絶望死の日本」にしてもいいくらいです。

2028年に中国が米国を抜く?=覇権主義も長期スパンで見れば儚いもの

 コロナ禍の影響で、中国の名目国内総生産(GDP)は、当初予測の2030年より早まり、2028年にも米国を追い抜くそうですね。(英シンクタンク「経済ビジネス・リサーチ・センター」CEBR)

 あと7年後ですか…。

 鬼畜米英に負けた日本人は、日米同盟が大好きで「思いやり予算」を年間2000億円も支払っている一方、尖閣諸島問題を抱え、香港やチベット、ウイグル、内モンゴルで人権弾圧を続ける中国を嫌いな人が多い、というのが実情です。

 ですから、7年後に中国がGDPで米国を抜いて世界一になるという予測を聞くと、大抵の日本人は、不愉快になるか、見たくも考えたくもないことでしょう。

 しかも、具体的な数字が公表されていないとはいえ、中国は、ほんの一部の中国共産党幹部かその関係者が富を独占し、民主的ではないという根強い不信感が日本人にはあります。

 しかしながら、その一方で、建前上は人権が認められ、自由と民主主義の国家である米国では、上位1%の富裕層が全体資産の30%を握るという超格差社会なのです。中国とそう変わらないということになります。政治体制やイデオロギーの違いがあるだけで、これでは経済格差はどこでも同じということになってしまいますね。

 そもそも歴史を振り返ると、「四大文明」の発祥地の一つである中国は、もともと世界一の経済大国でした。19世紀に入って欧米、そして日本の植民地主義者の標的になった中国・清帝国の末路のイメージが悪いのですが、実は、最盛期の19世紀初頭の清の推定GDPは世界一で、全世界の3分の1を占めていたといいます。

 話は違いますが、ヴェネツィアの商人マルコ・ポーロによって「黄金の国ジパング」と呼ばれた日本も、戦国時代は、全世界の3分の1の銀を産出していたといいますからね。(戦国時代にアメリカはなかった!)

銀座の花壇

 2月20日付日経に出ていた歴史家磯田道史氏の「半歩遅れの読書術」記事の孫引きになりますが、アンガス・マディソン著「世界経済史概観」(岩波書店)によると、西暦1500年頃、日本の1人当たりのGDPは500ドルだったといわれ、当時の中国と朝鮮は600ドル、インドネシアは565ドル、インドは550ドルだったと推計されるといいます。つまり、日本は周辺国より生活水準が低く、はっきり言って貧しかったわけです。

 それが、江戸中期になると、日本は周辺国と並び、江戸後期の1820年頃になると一気に抜き去ったといいます。その理由について、磯田氏は、諸般の事情で人口抑制が働き、労働態勢が税負担が軽い手工業・商業にシフトし、所得水準も一気に上がり、GDPも増えたのではないかと推定しています。

 驚いたことに、この1820年はペリー黒船来航前の話ですが、当時の日本のGDPは米国より大きく、約1・65倍。人口も米国の約3.1倍もあったというのです。(現在、2021年の名目GDP予想は、米国が約22兆ドル、日本は5兆ドルですから、米国は日本の4.4倍です。人口は米国が約3億人、日本が1.2億人ですから、2.5倍です。)

 正直、江戸時代に、米国より日本の国力(GDP)の方が大きかった時代があったとは、本当に驚いてしまいますね。

 ただし、考えてみれば、諸説ありますが、実質的に米国が英国を抜いて世界一の経済大国を確立したのは第一次世界大戦以降からだと言われています。となると、予測が正しければ、米国の世界一は1917年から2028年までのたった100年ちょっとしか続かなかったということになります。

 「覇権主義」とか「経済大国」とか言っても、1000年単位の長期スパンの歴史で見ていくと、本当に儚いものです。

業態を変えるのか新聞業界?=ジャーナリズムのレベルが民度のレベルでは?

beautiful Mt. Fuji Copyright par Duc de Matsuoqua

 最近ご無沙汰している日本新聞協会がネットで公開しているデータによると、2000年に約5370万部あった全国の新聞発行部数が、2020年には約3509万部に落ち込んだといいます。つまり、この20年間で、1861万部も激減したことになります。いわば20万部の地方紙が90紙も廃刊したことになります。

 内訳を見ると、一般紙が4740万部から3245万部へと1495万部減、スポーツ紙が630万部から263万部へ367万部減と惨憺たるものです。大雑把ですが、天下の読売新聞も1000万部から700万部、朝日は700万から400万部、毎日に至っては、400万から200万部へと、全国紙と呼ぶには「危険水域」です。

 書籍と雑誌の売上も1997年の2兆4790億円をピークに、2012年になると、その半分以下の1兆2080億円にまで激減しています(経済産業省・商業統計)。

◇スマホが要因?

 「若者の活字離れ」とか、「駅のキオスク店の廃業」などが原因と言われていますが、紙媒体の減少に拍車を掛けた最大の要因はスマートフォンの普及のようですね。総務省によると、スマホの世帯保有率が2010年末にわずか9.7%だったのが、2015年末には72.0%と、この5年間で急速に普及したといいます。

その店は築地の奥深い路地にあります

 その5年間に何があったかと言いますと、日本でアップルのiPhoneが発売されたのは2008年ですが、2010年からスマホは3Gから4Gとなったことが大きかったようです。これにより、データ量が大幅に増量し、文字情報だけでなく、動画もスムーズに観ることができるなど、まさにスマホは、日常生活で手離せないツールになったわけです。

◇ネットに負けた紙媒体

 その中で、ネットサイトの最大の「売り」のコンテンツがニュースだったのですが、1990年代の既成マスコミ経営者は、これほどネット企業が成長するとは夢にも思わず、ほぼタダ同然で、ドル箱のニュース商品をネット企業に渡してしまったことが後を引くことになります。(日本最大のヤフージャパンは、2000年の時価総額が50億円だったのが、20年後には3兆円にまで成長しています。月間250億ページヴューPVにも上るとか)

知る人ぞ知る築地「多け乃」 結構狭いお店と厨房の中に、スタッフが6人もいらっしゃって吃驚

 勿論、既成の紙媒体も指を咥えてこの動向を見ていたわけではありません。2011年から有料の電子版を発行した米ニューヨークタイムズは、コロナ禍の巣ごもりで購読者が増えて、2020年12月末の時点で500万件を超えたといいます(アプリと紙媒体を合わせると750万部)。NYTは、クオリティー・ペイパーと言われていますが、1990年代の発行部数は確か30万部程度の「ローカル紙」でした。また、19世紀から続く英老舗経済誌「エコノミスト」も電子化に成功し、紙で10万部そこそこだったのが、2020年の電子版は102万部に上ったといいます。

◇頑張っている十勝毎日新聞

 日本では、私も帯広時代に大変お世話になった十勝毎日新聞が、いまや1万人もの電子版の有料会員(本紙8万部余)を獲得していると聞きます。私が通信社の支局長として帯広に赴任していたのは2003年~2006年でしたが、当時の十勝管区の人口は36万人、帯広市の人口は16万人で、十勝毎日新聞の発行部数は9万部だったと覚えています。北海道といえば、北海道新聞の独壇場なのですが、十勝と苫小牧ぐらいが地元の新聞が頑張って部数で道新を凌駕していました。

結構、テレビの取材が入る有名店で、この日はカレイ煮魚定食 1500円 に挑戦。味は見た目よりも薄味でした

 ということで、数字ばかり並べて読みにく文章だったかもしれませんが、私自身、長年、新聞業界でお世話になってきたので、最近、「売れる情報」とは何かということばかり考えています。

 このブログも関係しているのですが、俗な書き方をすれば、「お金を出してでも欲しい情報」とは何かです。それは、生死に関わる情報かもしれません。その筆頭が戦争で、新聞は戦争で部数を伸ばした歴史があります。

 平和になっても、日本は災害大国ですから、地震や津波、洪水、地滑りなどの災害情報は欠かせません。

 結局、突き詰めて考えてみると、「医食住」に関わる情報が多くの人が有料でも手に入れたいと思うかもしれません。だから、グルメ情報もバカに出来ませんよ(笑)。

◇官報は無味乾燥

 今では、官公庁や役所、役場などがサイトで情報公開してますが、失礼ながら「官報」は、素材ですから、味気も素っ気もなく面白くありません。第一、素材を読んだだけでは、情報の裏にある背景や本当の真意も、よほどの通でなければ分かりません。

 となると、既成新聞は、これまで以上に、情報の解説や分析、歴史的背景、将来予想、そして何よりも政財官界の汚職追及と社会不正糾弾などで生き延びていくしかないかもしれません。新聞社は都心に多くの不動産を持っていて、「貸しビル業」で存命を図っているようですが、原点に帰ってニュースで勝負してほしいものです。

ジャーナリズムのレベルがその国民のレベルなのですから。

 

 

懐かしい「イージー・ライダー」を、知らないとは…

 私の義理の息子は、アメリカ人なので、会った時に、覚えたばかりの英語のフレーズを試す「実験台」になってもらっています(笑)。

先日も会った時に、

 I gave the last full measure of devotion. 知ってるかい?

 と、試してみたら、

「リンカーンのゲティスバーグ演説ですね。さすが、お義父さん」と褒められてしまいました。

 「なーんだ、自慢話かあ」で終わりたくないので、この後、深刻な続きがあります(笑)。

 (↑ 試訳は「私は死力を尽くして献身した」)

銀座「たか」焼き魚定食1200円 近くの大手出版社の編集者が通い詰める店らしく、さすがに美味。

「じゃあ、映画The Last Full Measure(『ラスト・フル・メジャー 知られざる英雄の真実』)(2019年)は観た?ベトナム戦争の話だけど、タイトルは、そのリンカーンの演説から取られた。ピーター・フォンダの最期の出演作になったやつ…」と私。

 「観てませんけど…。ピーター・フォンダ?」

 「えっ?ピーター・フォンダ知らないの?『イージー・ライダー』の」

  ちなみに、彼はロサンゼルス出身で、ハリウッドに近い所で育ち、映画通でもあります。

 私は「えーー、それは驚き。ピーター・フォンダのお姉さんはジェーン・フォンダで、お父さんも有名なヘンリー・フォンダで、ノーベル文学賞を受賞したスタインベックの『怒りの葡萄』(ジョン・フォード監督、1940年)にも出ていた…」と一気にまくしたてました。

 「うーん、ジェーン・フォンダは聞いたことあるけど…。スタインベックは学校で習った気がするけど…。うーん、チェック!」と、いつものように、彼はスマホを取り出して、検索し始めました。

 「あの歴史に残る名作『イージー・ライダー』(1969年)だよ! 本当に観てないの?」

 「うん、ノーーー」

 スマホ画面を睨みながら、「全く、何を言っているのか、訳が分からない」といった表情を彼は浮かべるのでした。

これに対して、私は I’m taken aback.とか、 astonishedとか、 shocked とか、あらゆる「驚愕」の言葉を並べました。

◇世代間ギャップ

 しかし、冷静になって考えてみると、それは「世代間ギャップ」ではないかと思いました。私の世代で、「イージー・ライダー」やピーター・フォンダを知らない人はまずいない。常識だと思われます。でも、そんな常識も、哲学的に考察すると、世代が変わると全く通じなくなってしまうということです。

 あんなに人気があって、有名で、一世を風靡しても、30年も経てば、すっかり忘れ去られてしまうという事実に、遅まきながら気が付いたわけです。同時に、自分が常識だと思っていることなど、年が経てば風化して、通用しなくなることも身に染みて分かりました。

 「常識を疑え」ではなく、「常識は時代によって変化する」です。平たく言えば、「おっさん、もう古いよ」ということになるんでしょうが、仕方ないですね。私はもう新しいモノは受け付けられない年になってしまいました。

 「イージー・ライダー」には、デニス・ホッパーとジャック・ニコルソンも出ていました。ステッペンウルフのテーマ曲「ワイルドでいこう!」も大ヒットしたんだけどなあ…。

 「世代間ギャップ」と言えば、父親と子との葛藤を描いた映画「エデンの東」(1955年、エリア・カザン監督)を思い出します。ジェームス・ディーン主演の名作です。テーマ曲も素晴らしい。

 そう言えば、「エデンの東」も原作者は、ジョン・スタインベックでしたねえ。

 繋がりました。

 お後が宜しいようで。

変なマネーゲームはやめてほしい=昨今の株価急騰に思ふ

銀座「笑笑庵」

 昨日15日に日経平均株価が、1990年8月以来30年半ぶりに3万円の大台を回復し、フロックかと思ったら、今日16日も一時600円も値上がり、383円高の3万0467円で終わりました。

 一体、何が起きているんでしょうか?

 何しろ、内閣府が15日に発表した2020年の1年間のGDPの実質伸び率が前年比マイナス4.8%。リーマン・ショックが起きた翌年の2009年以来、11年ぶりのマイナスでしたからね。新型コロナ感染拡大で飲食店、アパレル、運輸航空、観光業界を中心に倒産したり、低迷しているところが多く、巷の景気観測も良いわけがなく、実体経済と乖離しているわけですから。

 新聞(特に日経、毎日、読売)の解説記事を読めば、分かりやすく書かれています。大きな要因となる背景は、新型コロナ対策としての各国の中央銀行による大規模な金融緩和があるようです。これによって、富裕層だけでしょうけど、金があり余り、株式投資や仮想通貨などに向かったというのです。野村証券によると、2020年3月から21年1月中旬まで。日米欧の中銀が市場に流した「緩和マネー」は計約752兆円にも上ったそうです。

 この流れで日本の株価が高騰した担い手として、大きく二つありました。外国人投資家と日銀です。1989年、東証での株式売買金額に占める外国人投資家の割合は、たった約1割に過ぎなかったのに、2020年には約7割まで上昇したというのです。日本株のほとんどをあのウォーレン・バフェットさん始め、外国人が買っているわけですねえ。また、株式全体に占める個人投資家の保有比率は2割に満たず、日本の家計資産に占める株と投信の割合は13%に過ぎないため、株を持っていない多くの国民にとって、株高の恩恵は単なる他人事に映るというのです。

 もう一つの要因は、日銀による上場投資信託(ETF)の購入拡大です。20年に初めて7兆円台に達し、日銀保有のETFは昨年末で46.6兆円。年金の基金であるGPIF45.3兆円を超えて、日本株の実質的な筆頭株主になったというのです。

 今後、日経平均は、世界的な緩和マネーによって、「3万4000円程度まで上がる」と言うストラテジストもいれば、「2021年末に金融引き締めの議論が起きて株価も2万5000円前後に下落するのでは」と予想するストラテジストもおります。真逆ですね。

 私自身は、今の株価は、今の日本の実体経済を全く反映していないので、「バブル」だと思っていますし、いずれ弾けるんじゃないかと予想しています。

 大変失礼ながら、皆さんも含めて、ほとんどの国民は株を保有していないので、「他人事」に過ぎないかもしれませんが、年金基金が株で運用しているわけですから、株が暴落すれば、年金の減額なんてのもあるかもしれないし、「持たざる者」の庶民にも大きな影響が出るわけです。

  今や、株式投資もまさに投機化しており、変なマネーゲームもいい加減にやめてもらいたいものです。というのが私の意見ですが、このまままっしぐらに奈落の底に突進していくかもしれませんぜよ。

 

「不買革命」を怖れた資本家階級=東京五輪組織委 森喜朗会長辞任で考えたこと

◇誰が森喜朗会長を引きずり降ろしたのか?

  「女性蔑視発言」をした東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(83)は、大方の予想通り辞任を余儀なくされました。後任の会長ポストに就任予定の川淵三郎(84)日本サッカー協会相談役については、「また、男の老人では何も変わらない」とか、「知られていないが、実は彼は百田尚樹氏の『日本国記』を絶賛する極右の超国家主義者だ」とか仰る方もいらっしゃいますが、思想信条の自由がありますし、私自身は、「へー、そうだったのか」と会得するだけです。

 それ以上に興味があるのは、誰が森喜朗氏を会長の座から引きずり降ろしたのか?ーです。女性蔑視発言したことは自業自得なので、当然の結末とはいえ、実はかなりの確率で「続投」も可能だったからです。

 潮目が変わったのは2月9日です。国際オリンピック委員会(IOC)が「森会長の発言は極めて不適切で、IOCが取り組む改革や決意と矛盾する」との声明を発表したことで一気に流れが変わりました。IOCは、2月4日の森会長の謝罪会見後に「森会長は発言について謝罪した。これで、IOCはこの問題は終了と考えている」と宣言していたので、恐ろしいほどの豹変ぶりです。ということは、2月4日から9日の間に何かがあった、ということになります。

 想定されるのは、莫大な放送権料を支払う米NBCから、IOCに対して「如何なものか」とクレームが付けられたことです。しかし、NBCは、米三大ネットワークとはいえ、単なる(失礼!)メディアに過ぎません。恐らく、広告代理店を通じて、スポンサーがNBCに圧力を掛けたのではないかと容易に想像されます。

 米国の大手スポンサーは、日用品大手プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)、半導体大手インテル、民泊仲介エアビーアンドビー、飲料大手コカ・コーラなどです。いずれも、世界の人口の半分を占める女性の消費者を抱えている大企業で、多国籍企業です。女性たちから反旗を翻されて「不買運動」に走られたらたまったものじゃない、女性蔑視の会長では駄目だという公算が大きく働いたのでしょう。決して、スポンサーは、公共のため、無償のボランティアでやってるわけではないからです。

 それは、東京五輪の日本のスポンサーも同じことです。森会長の謝罪会見の後、早々にトヨタ自動車を始め、アサヒビール、日本生命などが相次いで「遺憾である」「不適切である」といった声明を「発砲」しました。

 勘繰れば庶民による不買運動、いや「不買革命」を怖れたのでしょう。

◇オリンピックはサーカスか?

 これで、若者を走らせて、放送権料と五輪キャラクター売買で商売をしている貴族集団のIOCというものは、絶えず、スポンサーの顔色を窺って、発言をコロコロと変える、節操のない権益団体に過ぎないということがはっきり分かります。

 批判覚悟で敢て暴言を吐けば、オリンッピクとは、スポンサーの、スポンサーのための、スポンサーによる大会と言えます。

 19世紀的用語を使えば、五輪とは、資本家階級の、資本家階級のための、資本家階級によるサーカスだと言えます。

 近代オリンピックの創始者クーベルタン男爵も、女性蔑視者とは言えませんが、時代的束縛があったにせよ、女性がマラソンを走ることなどもってのほかで、決して、積極的な男女平等主義者ではなかったと言われてますからね。

 こんなことを私が敢て書いたのは、今回の「森事件」に関して、特に民放テレビは実に皮相的で表面的な報道ばかりで、何処も批判したり、裏のカラクリを説明したりしないからです。でも、あっそかぁ、民放テレビも、スポンサーの、スポンサーのための、スポンサーによるメディアでしたね。批判できるわけがない!

 五輪憲章が、いかに崇高で高邁な精神であろうと、実態を知らない人が多過ぎます。

【追記】

 2月11日に五輪組織委会長に川淵三郎氏に決定したと思ったら、「密室譲渡」「不透明」などと批判され、政府筋による拒絶で、わずか「一日天下」で白紙に。すったもんだの挙句、結局、2月18日になって、橋本聖子五輪相が、大臣を辞めて会長に就任することで決着しました。

 スケートと自転車で五輪に7回も出場した橋本氏は、週刊誌で「五輪オタク」とか「セクハラ疑惑」とか、、叩かれたことがありましたが、森喜朗元首相に認められて政界に転身したわけですから、まさしく、森さんの子飼いで、彼のマリオネットになることは見えていますね。

 個人的に、私自身は、橋本聖子さんが、駒大苫小牧高校の頃、スピードスケートのインターハイで3連覇をした頃に取材して、話を聞いたりしていたので、どうも、彼女の高校生の頃のイメージが抜けません。

 こんなこと、後記として、書くのも、辻褄を合わすためで、本心は「実に面倒臭い」。

人類の叡智で地球環境問題を解決できるか=「LIFE SPAN 老いなき世界」

東京・銀座の高級鰻店で

◇断スマホのすすめ

 ここ数年の「スマホ中毒」のお蔭で、視界がボヤけて、目の奥がズキズキ痛む眼痛がいつまで経っても治りません。「誰か止めてくれい」と叫びたくなるほど、まさに「中毒」です。通勤電車の中でも、7人掛けに座っている7人中5人はスマホとにらめっこしています。立っている人のほとんどもそうです。

 これは、何も日本だけの話ではなく、パリに行った時、メトロで、ロンドンでは、アンダーグラウンドで、そしてニューヨークのサブウエイでも皆、スマホと格闘しています。

 昨年から話題になっているアンデシュ・ハンセン著、久山葉子訳「スマホ脳」(新潮新書) によると、現代人は、10分に1回はスマホを手に取り、スクリーンタイムの1日平均は4時間。10代の若者ともなると、その2割は、スマホに1日7時間を費やしているといいます。1日2時間超のスクリーンタイムは鬱病のリスクや学習集中力の低下につながるともいわれています。

 スティーブ・ジョブズは自分の子どもにはiPadを触らせなかったらしく、「裏事情を知っている」世界のIT企業長者の多くは、子どもにスマホを与えないらしいですね。IT長者に知り合いがいないので、裏を取っていませんが(苦笑)。

 まあ、断酒じゃありませんが、たまには、1日、スマホを仕舞って、触れない日を作ってもいいのかもしれません。インターネットが出始めた頃は、メールチェックも1週間に1度程度でしたからね。あの時代は随分、牧歌的な時代でした。

銀座「博多のぼせもん」 もつ鍋定食 1000円

 ◇「LIFE SPAN 老いなき世界」

 今、先月末から読み始め、途中で「本能寺の変」関連の本を読んでいたため中断していたデビッド・A・シンクレア、マシュー・D・ラプラント著、梶山あゆみ訳「LIFE SPAN 老いなき世界」(東洋経済新報社)を再び、続けて読んでいます。

 このブログでは、1月28日にご紹介し、「実は、まだ半分ぐらいしか読んでいないのですが、できれば、この本を読むお仲間を増やして語り合いたいと思ったので、早々に御紹介しました。」と書きましたが、どなたか読み始めましたか? えっ? いない? 駄目ですねえ。

 世界的大ベストセラーになったらしく、なかなか良い本ですよ。分子生物学、遺伝学の難解な専門書なので、最初は専門用語に追いつくのが大変でした。しかも、著者の何処か自信満々のペダンチックな書き方が妙に鼻に付きましたが、後半では、わずかながら、挫折めいた感傷的になる記述も見られたため、浅はかな評価をやめました。もう1回ぐらいは再読するつもりですので、名著だと思います。

 前半では、「老化は病気の一種なので、NAD増強分子とメトホルミンや少量のラパマイシンを服用すると若返り、寿命が120歳、150歳になるのは夢ではない」といったバラ色の世界ばかり描かれています。

 これだけだと、単なる能天気な、現実を直視しない夢想家の発想にさえ見えますが、後半になると、著者の筆はちょっとネガティブになります。環境汚染や地球温暖化問題、人口増と食糧問題、そして貧富の格差拡大など統計を駆使して説明します。

 それは、著者が、実の息子から「パパの世代もその前も皆、地球が破壊されるのを黙って見ていたよね。その上、何?今度は人がもっと長生きできるようにしたい?世界をもっと傷つけられるように?」と批判されても、何も答えられなかったからでした。

 著者は、世界的なパンデミックの問題も警告していましたが、この本が出版された後、残念ながら、新型コロナウイルスが蔓延してしまいました。

 過去の歴史を振り返り、例えば、19世紀のロンドンで、3度にわたってコレラが大流行し、3万人もの人が亡くなった話に触れています。当時は、コレラは、沼などから立ち昇る悪い空気などから感染すると固く信じられていましたが、ジョン・スノウという医師が、そうではなく、公衆衛生の設備が整っていないからだということを突き止め、井戸ポンプの取っ手を取り外したり、上下水道を整備、改善することによって感染を収束させたといいます。その後、フランス人のパストゥールらのワクチン接種の研究などで、画期的な成果を挙げていきます。

 このように、著者は、先人たちが苦労したように、人類の叡智によって、地球環境問題にしろ、人口稠密問題にしろ、いつかは解決できると期待を込めているのです。

 やっぱり、難解な書物なので、1回読み終わったら、教科書のようにラインマーカーを引っ張って、再読するつもりです。

願掛けて眼科へ

モンティチェロ Copyright par Duc de Matsuoqua

 また、個人的な話なので、「どーでもいい」お話なのですが、右眼の下にものもらいが出来て、もう1カ月以上苦しんできました。眼痛はひどいし、視界もぼやけてきました。このままでは、ブログさえ書き続けられません。

 以前だったら、2~3週間で治っていたのですが、老人力が付いてきたのか、市販の目薬では全然治りません。溜まりかねて、昼休みに会社の近くにある眼科を調べて飛び込んだら、さすがに満員御礼。仕事が終わった夕方に出直すことにしました。

クレーンで富士山を持ち上げようとしましたが重くて中止になったようです Copyright par Duc de Matsuoqua

 銀座の歌舞伎座の近くにあるTアイクリニックという眼科医院ですが、院長さんは、レーシックの世界的権威らしく、院内には表彰状とか、週刊誌や日刊ゲンダイなどで取り上げられた記事などがベタベタと貼られていました。個人的には、あんまし、こういうのは好きではないし、レーシックなんて、おっとろしくてやる気も起こらず。こっちは、単なる、ものもらいの目薬を処方してもらうために気軽に立ち寄っただけですから、合計約1時間の待ち時間は、ずっと目をつぶって瞑想しておりました。

 銀座という地価が高い土地柄、院内はとても狭い空間で、患者さんがひしめき、受付と会計には若い女性が5~6人も待機し、「三密」状態でした。

 単なるものもらいなのに、事前に、眼圧を測ったり、視力を測ったりしました。やっと呼ばれた先生は40歳代ぐらいの女医さんでした。瓜実顔で目が横長で、ちょっと、浮世絵に出てくる江戸美人といった感じです。でも、話をすると、とても言葉遣いが丁寧で、非常に頭が切れて賢そうな信頼できる先生でした。

 とはいえ、ものもらいの治療と称して、患部は針でブチューと刺され、膿を出しましたから、痛いの何のって。麻酔液をかけてくれましたが、1分ぐらいでは効き目がなく、先生は「痛いですよーーー」と言ってはくれましたが、本当に痛かった。

 目薬は銀座のマツモトキヨシで処方してもらいました。コロナ禍で、外国人観光客がいないので空いていました。

「現代の城」散策記=戦国時代と変わらぬ要塞も

 私が住んでいる所は、民度が低いのか、日本で一番馬鹿にされている県で、確かに、自己中心的な狼藉者が多く、私も何度かチンピラにからまれたことがあります。

 はっきり言って、嫌いな街です。縁もゆかりもない所でしたが、たまたま集合住宅の一室を買ったら、バブルが崩壊し、価格が暴落して売れに売れず、そのまま仕方なく住んでいる感じです。

石垣もあり、まさに現代のお城じゃあ

 それでも、近所のKという所は、最寄り駅からかなり遠いのに、高級住宅街と呼ばれ、中にはとんでもなく大きな大豪邸もあります。私も東京の田園調布とか、松濤とか、白金とか、釈正道師がお住まいの等々力とか、高級住宅街と呼ばれる所を訳もなく散策したことがありますが、それらの豪邸に引けを取らないぐらいの大豪邸が散見されます。

 何でなんでしょうかねえ?

 ある噂では、もともと、有名大企業の社長さんのお妾さんを住まわすために区画整理されて、住宅街ができた、なんてものもありましたが、都市伝説じゃあるまいし、まさかあ、ですよね?

写真では大きさが分からない…

 そしたら、今では引退されましたが、かつては「芸能界のドン」と呼ばれた広域指定暴力団山口組の武闘派・後藤組の後藤忠政・元組長が書いた「憚りながら」(宝島社)を読んでいたら、愛人がこのKに住んでいた、といった趣旨のことを書かれていたので、本当に腰が抜けるほど吃驚したことがあります。

 噂は本当だったかもしれません。

◇現代の城めぐり

 コロナ禍で緊急事態宣言が発令され、好きな城巡りや寺社仏閣巡りも出来なくなってしまったので、仕方がないので、今は「現代の城」巡りを、この高級住宅街Kでしているわけです。

 でも、実態は単なる散歩で、通り過ぎているだけですが、「こんなデッカイに家に、どんな人が住んでいるんだろう?何をしているんだろう?」と興味津々です。想像するだけで楽しいのです。何しろ、彼らは現代の城主さまですからね。

城主さまをお見掛けしましたが、普通の人でした

 とはいえ、勿論、想像だけで、それ以上は踏み込みません。ですから、プライバシーの問題もありますから、皆様もこの高級住宅街Kが、何処にあるのか、ゆめゆめ詮索も検索もされずに、想像だけでお楽しみください。

 私なんか、最初はその大豪邸の広さと大きさに圧倒されていましたが、その要塞のような外観と規模には思わず笑ってしまいました。その写真の掲載は控えましたが、笑うしかないでしょう。現代の城主は、戦国時代の武将と同じように、日々、周囲の敵と戦っているようにさえ思えてきました。

【追記】

 ここは田舎ですから、江戸時代の庄屋か大地主の子孫と思われる、遥かに広大な敷地の大豪邸が駅の近くなどの住宅街にあります。

 そして思い出したのが、朝日新聞社の社主だった故村山美知子氏の神戸市御影の自宅を見に行ったことでした。敷地は約1万坪で、香雪美術館も併設されていましたから、私が知る限り、個人の住宅では最高の部類でした。御影や芦屋など関西の高級住宅街の方が、関東より格も大きさも上かもしれません。

 ま、ハリウッドの大豪邸とか、故マイケル・ジャクソンのテーマパークのような大豪邸(最近、売りに出されたらしい)とか比べれば、日本はまだまだ後塵を拝すでしょうけど。あ、そう言えば、ロシアのプーチンさまの宮殿も、本人は「俺や親族とは関係ねえ」と仰ってますけど、どでか過ぎる大豪邸でした。