「久留米藩士江戸勤番長屋」は忍藩の尾崎石城さんの世界とそっくり=特別展「サムライ 天下太平を支えた人びと」

 10月だというのに気温30度の中、半袖姿で、東京・両国の江戸東京博物館で開催中(11月4日まで)の「特別展 士 サムライ 天下太平を支えた人びと」を観に行って来ました。 

 当初は全く観に行く予定はなかったのですが、「久留米藩士江戸勤番長屋絵巻」の展示が10月6日で終わってしまう、という告知を新聞で見つけたからでした。(それ以降は会期まで複製を展示)

 久留米藩というのは、個人的ながら私の髙田家の先祖の出身藩です。御舟手方御水主組頭だった髙田家は「五石六斗白太二人」という「三石一斗」の足軽よりほんの少しだけ身分が上の下級武士でしたが、武士の端くれです。江戸時代の武士階級の人口は、全体のわずか7%だったと言われていますから、下級武士とはいえ、立派なお侍です(笑)。(ちなみに、下級武士とは五〇石未満の武士ですから、五石六斗程度ではかなりの下級武士です。もともと髙田家は、どうも「卒族」だったのが、幕末辺りに「新士族」になったらしいのです。御舟手方の「旧士族」は、船頭で、これも大中小と御船頭並の四階級に分かれており、一人しかいない大船頭でもわずか十石一斗三升、白太四人扶持。下級武士でも御舟手方はそれほど高くない石高だったようです)

 狭い世界ですから、もしかして、この 「久留米藩士江戸勤番長屋絵巻」 に描かれた武士と、私の先祖は面識があったかもしれません。そう思うと見逃すわけには行きませんでした。

ふだんは買わない図録まで思い切って買ってしまいました。2343円

 会場に着いたら、いきなり通せんぼされました。荷物検査です。「ワールドカップ・ラグビーをやっているもので」と、汚い警備員服を着た係のおばさんは、済まなそうに理由を説明してましたが、豊田市なら分かりますが、両国なんかで、ラグビーやっていないでしょ!

 頭にきたのは、帰りの出口でも再度、荷物検査をさせられたことです。「さっき、入り口でやったじゃないか」と抗議すると、「まあ、入り口は入り口でして…、むにゃむにゃ…」といった感じでした。人を犯人扱いしやがって!

 入場料も1100円とチト高い。65歳以上になると半額ぐらいになるようでしたが、あたしはまだそこまで年は取っていませんでした。

 特別展は、同館の学芸員の皆さん方が知恵を集めて収集してきた「江戸の風俗画や古写真、古記録、手紙、道具類などサムライの日常を伝える資料およそ200点」が展示されていました。

 恐らく、 ほとんどの人のお目当ては、「幕末の三舟」と言われた勝海舟、高橋泥舟、山岡鉄舟の3人の記録や衣装、免許皆伝書などだったことでしょうが、私のお目当ては、最初に書いた通り、「久留米藩士江戸勤番長屋絵巻」でした。本物を観ることができて、打ち震えるほど感動しました。…あ、大袈裟でした。

「久留米藩江戸勤番長屋絵巻」。右上はTシャツや布バッグにプリントされて販売されてました。

  「江戸勤番」というのは、諸大名が参勤交代で江戸での定期的な居住を幕府から義務付けられていましたが、江戸にある大名屋敷に暮らす江戸詰めの家臣たちのことを指します。これには大名が地元からの参府から帰国までの行動を伴にする武士(単身赴任者が多かった)もいれば、一定期間、江戸に滞在して、屋敷の管理や幕府、諸大名との折衝などに当たる武士(定府=じょうふ=といって、妻帯が許された)もいて、いずれも、大名屋敷内の御長屋(勤番長屋)で起居していたといいます。

 この「久留米藩士江戸勤番長屋絵巻」は、かつて江戸勤番を体験した久留米有馬藩の家臣たちが、明治になって昔日を懐かしみ、同僚だった元御用絵師の三谷勝波に描かせたものです。序文は、元目付の戸田熊次郎。天保10年(1839年)前後の、三田赤羽根橋(現東京都港区三田)にあった久留米藩上屋敷に居住した藩士の日常の暮らしぶりが描かれています。

 この中で、「高原乙次郎の部屋にて暴飲の図」では、酒に酔った藩士たちが戸板をひっくり返したり、妙な踊りを踊っていたりしています。説明文にはこんなことが書かれていました。

 藩主有馬頼徳(ありま・よりのり)は帰国の間近に突如幕府から増上寺火の番を命じられる。このため、勤番士の帰国も延期、鬱屈冷めやらず暴飲乱交行の次第となった。天保10年4月5日の出来事。

 武士とはいえ、いかにも人間的な、です。

どうですか。それにしても、真面目に職務を遂行している姿よりも、酒盛りをしている場面が多く描かれていますね(笑)。私が今年7月19日の渓流斎ブログで取り上げた「謹慎中の武士が町人と僧侶と一緒にどんちゃん騒ぎ」の中で、大好きな忍藩の下級武士尾崎石城さんの描く酒盛りの世界とそっくりじゃあ、ありませんか!

藤井誠二著「沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち」は凄まじい世界です

WST National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

先日、沖縄にお住まいの上里さんから、沖縄の基地問題などに関する沢山の資料と書籍が送られて来ました。書籍は、琉球新報の社長などを務めた池宮城秀意(いけみやぐしく・しゅうい)の評伝「紙ハグと呼ばれた男」(彩流社)でしたが、その前に、昨年、図書館に予約していた本がやっと届いたので、こちらを先に読まなくなってしまいました。

1年も前に予約していた本で忘れていましたが、それが偶然にも沖縄に関する本でした。ノンフィクションライターの藤井誠二氏が書いた「沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち」(講談社、2018年9月4日初版)という本です。

 「なあんだ、図書館で借りやがって!」と、著者の藤井氏から怒られそうですが、許してください。減少していく年金の中でこれからも自立して生き抜くために、見栄を棄てることにしました。(あれっ?どこかで聞いたことがある台詞ですね)

 内容は、タイトルそのままに表れています。主に、沖縄県宜野湾市にかつてあった「真栄原(まえはら)新町」と呼ばれた性風俗街を舞台に、そこに生きた女性や、主(ぬし)と呼ばれたオーナー、それに絡むヤクザ(旭流会など)や警察など魑魅魍魎とした世界を綿密に取材したルポルタージュです。

 著者の粘着質的な(といっては失礼かもしれないが)手法で、一筋縄ではいかない取材相手の懐に飛び込む度胸と、沖縄の歴史を米軍占領時代にまで遡った調査報道とその筆力には本当に頭が下がる思いで読みましたが、あまりにも悲惨で、あまりにも人間的な所業の数々には、途中で目をそむけたくなる、と言いますか、正直、読み続けるのが嫌になってしまいました。

 藤井氏が沖縄の裏の顔(アンダーグラウンド)を知ったのは、偶然でした。1990年、著者がまだ20代後半だった頃、駆け出しの「社会派ライター」として、ひめゆりの塔や集団自決のあった読谷村(よみたんそん)のチビリガマなどを回り、夜は那覇市内の居酒屋で泡盛をしこたま呑んでホテルに帰る際に、タクシードライバーと話をした時に、ドライバーから「それじゃあ、沖縄の別の顔を見せてあげましょうか」という提案に乗ったからでした。

 連れて行かれたのは、魔界のような「特飲街」と呼ばれた真栄原新町の売春街でした。このタクシードライバーとはその数カ月後に偶然再会し、著者の貴重なアシスタント兼案内人として、個人的に飲みに行ったり、情報を提供してもらったりする仲になり、本書では「タクシードライバー大城」(仮名)として度々登場します。

 社会派ライターとして、著者はこの売春街に興味を持ちますが、誰もなかなか取材に応じくれません。それが、解き放されたように、取材できるようになったのは、皮肉にも、市民団体や警察などの「浄化運動」のせいで、廃業者が続出するようになり、真栄原新町がゴーストタウン化したからでした。2010年暮れの頃で、これをきっかけに、関係者たちが、「当時の様子を真面目に記録として残してくれるのなら」という思いで取材に応じてくれるようになったからでした。

WST National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

 本書は、その「記録」ですから、まあ、凄まじいですね。売春婦の方は、北海道や大阪など本土から来る者が多く、例えばホストクラブに入れ込んで借金をつくって送り込まれたり、夫のDVから逃れて子連れで来たりさまざまですが、闇金から借りさせられたカネはトイチ(10日で1割)という違法な利息がついて、借金が雪だるま式に増えて抜け出せない実態を暴いています。

 大阪から連れて来られた女性は、働く条件として、(1)紹介料と利息を含めて300万円の借り入れ(2)1年1カ月の勤務(3)返済は1日3万円の100回払いーを提案されたそうで、著者も書いてますが、これはもう「人身売買」ですね。

 相手は1人15分で5000円。1日15本(1人15分を1本と数える)、7万5000円のノルマが課され、そのうち4割が主(ぬし)への支払いだったことも具体的に聞き出しています。

 ◇おぞましい米兵によるレイプ事件

 第6章では「『レイプの軍隊』と沖縄売春史」というタイトルでページを割き、占領米軍兵士による多くのレイプ事件を取り上げています。主に、高里鈴代元那覇市議会議員らが作成した「沖縄・米兵による女性への性犯罪(1945年4月~2008年10月)」(沖縄の女性グループ「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」発行)からの引用ですが、母親の目の前で娘が連れ去られて行方不明になったり、父親の目の前で娘が強姦されたり、母娘が同時にレイプされたり、病院に重傷で入院している女性が襲われたりする、まさに著者の言うように「鬼畜」としか言いようがないおぞましい事例、いや事件が記録されています。

 本書のように、地を這うようにして生きる社会の底辺の人々を取り上げたルポよりも、ヒトは、ファンタジーやあり得ない恋愛物語や成功物語に飛びつきがちです。

 目をそむけたくなるようなおぞましい話が多いですが、これが人間の性(さが)であり、業(ごう)というものです。著名な学者さんが書かれた立派な経済学書も、文豪が書いた小説も、この本を前にしては霞んでしまいます。なるべく多くの人に読んでもらいたいと思い、取り上げました。

岩井克人著「貨幣論」を読む

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またまた難解な岩井克人著「貨幣論」(筑摩書房、1993年3月25日初版)をやっと読了しました。読むのに10日間ぐらい掛かりましたか…。

 以前、このブログ(今年9月1日付「人間は恐怖と欲望で出来ている」)でご紹介したNHKスペシャル「欲望の資本主義 特別編 欲望の貨幣論2019」をDVDで見たお蔭で、「基本的な知識」を得ていたので、ハイエクの「隷属への道」ほど難解ではなかったのですが、やはり、読むのに難儀しました。

 勿論、この本を読もうとしたのは、この番組を見たことがきっかけで、この番組の中心的な進行係を務めていた岩井克人国際基督教大学教授の代表作である著書を読んでみようと思ったからでした。

 正直、岩井教授は、テレビの方が分かりやすく説明してくれました(苦笑)。

 岩井教授は、番組にあったように、「貨幣とは商品である」という貨幣商品説を退け、「貨幣とは法律の創造物である」という貨幣法制説も退け、スミスやリカードからマルクスに至る「労働価値説」を乗り越え、「貨幣とは何か?」という抽象的な問いをめぐる抽象的な考察に徹したのが本書「貨幣論」です。

結局、同教授が行き着いた考察は、引用すると以下の通りだと思われます。

 貨幣が今ここで貨幣であるとするならば、それは次のような因果の連鎖の円環によるものであった。すなわち、貨幣が今まで貨幣として使われてきたという事実によって、貨幣が今から無限の未来まで貨幣として使われることが期待され、その期待によって、貨幣が今ここで現実に貨幣として使われるという円環である。この円環が正常に回転している限り、貨幣は日々貨幣であり続け、その貨幣を媒介として、商品世界が商品世界として自らを維持していくことになる。しかしながら、もし、過去になされた現在に関する期待がことごとく裏切られ、過去がもはや無限の未来の導きの糸とはならなくなったとしたならばどうなるだろうか?その時、貨幣を貨幣として支えている円環がもろくも崩れ去ってしまうことになるのである。人々が貨幣から遁走していくハイパーインフレーションとは、まさにこの貨幣の存立を巡る因果の連鎖の円環が自ら崩壊を遂げていく過程にほかならないのである。(196ページ、一部換骨奪胎、十数カ所ひらがなを漢字に書き替え)

 岩井氏は、テレビ番組の中でも全く同じようなことを仰っていたので、このカ所をお読みになっただけで理解できた方は、もうこの本は読まなくても大丈夫です。

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 この本は、経済学書ながら、著者は、哲学者のアリストテレス(人類初の経済学者という説も)やプラントを語り、言語学者ソシュールの理論も援用し、最後は、「記述主義の一つの極限形態と看做しうる自らの前期の言語理論の徹底的な批判から出発した」後期ウィトゲンシュタインとの類似性にまで行き着いております。

 もう四半世紀以上昔に出版された本なので、今さら何でと思われるかもしれませんが、かの吉本隆明が批判したという伝説の本なので、やはり、一読の価値がある、と訂正しておきます。