緊張事態宣言の効果に疑問

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 昨日は、ついに日本の国家の最高責任者である安倍首相が「緊急事態宣言」を発令しました。午後7時からの記者会見は、天下のNHKも民放もどこもかしこも同時生中継でした。私も長く生きていますが、こんな宣言は生まれて初めてです。我々は凄い時代に生きていますね。

 どれくらい凄い宣言なのか、私も固唾を飲んで聞いていましたが、以前と変わらない自粛要請のみで、都市封鎖もなし。厳しい外出禁止令を施行している欧米なんかは、違反すれば10万円とか30万円とか高額な罰金を取り、フィリピンの大統領は、違反者は射殺するとまで言ってるというのに、そんな制裁も何もなし。拍子抜けしてしまいました。緊急事態宣言は、5月6日までの期限付きで、7都府県で実施。感染者の多い愛知県が含まれなかったのは、トヨタがあるせいでしょうか。勘ぐりたくなります。

 事前にマスコミ辞令では閉鎖が発表されていた理髪店に行ってもいいし、安倍首相は「散歩やジョギングをしても構わない」とまで言う始末。果たしてこの宣言がどこまで効果があるのか疑問を持ちました。

 安倍首相といえば、ゴリゴリの強権主義者で、大胆無敵なイメージがありましたが、意外にも、結構ナイーブで、慎重、控えめな人だったんですね。英字紙では、緊急事態宣言を「State of emergency」としてましたが、同じ言葉でも、諸外国に当てはめて訳すと、「非常事態宣言」になります。「緊急」と「非常」の違いなんでしょうか?

 でも、日本の場合は、あくまでも単なるお願いですからね。緊急事態が宣言される前の3月下旬ですが、慶応大学病院の若い研修医たち40人もが、小池都知事の自粛要請を無視して、というか、小馬鹿にして、「3密」で楽し気な懇親会を深夜遅く3次会まで開き、18人以上が新型コロナウイルスに感染していたことが判明しました。医療従事者がこの体たらくですからね。罰金刑にしたいぐらいです。

 何でこんなこと言うのかといいますと、緊急経済対策など椀飯振舞いした後の財源が心配だからです。甚大な影響を受けた中小企業や個人事業主らに対しては納税も1年間猶予する方針らしいですから、赤字国債を発行するのか、いずれにせよ、国民の税金に跳ね返ってくることは素人でも分かります。

東京・銀座

 一方、お上が「店を閉めろ」と言ってるだけで、休業補償なしでは生活が成り立たないという商店主や夜の接待業者らの訴えもよく理解できます。

 減収世帯の賃金補償も、厳しい複雑な基準があって、月収20万円の世帯が11万円になっても補償なしなんですよね。半額以下の10万円ならいいようですが、何じゃらほいです。

 そんなこんなで怒りに駆られながら、先程、椅子から立ち上がろうとしたら、右脚がギクッとして、力が入らず、暫く歩けなくなりました。ギックリ腰はやったことがありますが、ギックリ脚は生まれて初めてです(苦笑)。

 生まれて初めて、尽くしです。

再び、消費税ゼロを提言します

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株が世界的に大暴落しています。

 3月12日のニューヨーク・ダウ工業株30種平均は、前日比2352.60ドル(10.0%)安の2万1200.62ドルと、1987年10月の暴落「ブラックマンデー(暗黒の月曜日)」以来の大幅下落をしました。

 それを受けた日本も、13日午前に一時、2016年11月以来3年4カ月ぶりに1万7000円を割り込みました。

 まあ、新型コロナ・ショックというか、パニックですね。

 これから不況になり、個人消費も落ちることから、昨日は、小生は生意気にも「消費税ゼロ」を提言しました。 2019年10月に消費増税する前に、 安倍晋三首相は「(2008年の)リーマン・ショック級の出来事がない限り、10%にする」と啖呵を切ったことを国民は忘れていません。今、まさに、 リーマン・ショック級の出来事、いやそれ以上のことが起きているではありませんか。増税はやめるべきです。

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 「消費税ゼロ」は我ながら、思い切った提言かと思ったら、既に、れいわ新選組の山本太郎代表が今年1月に月刊誌で提言していたんですね。そして、11日には 自民党の有志の若手議員らが経済への影響を最小限に食い止める必要があるとして、消費税ゼロなどを政府に提言しておりました。 自民党がですよ。野党は何をやっているんでしょうかねえ。特に、野党第一党の立憲民主党なんかは、私権を著しく制限する特措法の改定に賛成するんですからね。何考えているでしょうか、枝野代表は。政党の存在価値もなければ意味もありませんよ。

 10年おきに繰り返される株のバブルと大暴落は資本主義社会の宿命ですかね?ここ最近では、1987年10月 のブラックマンデー、1997年10月のアジア通貨危機、2008年10月のリーマン・ショックが記憶に新しいですが、2020年3月は、コロナ・ショックですかぁ…。

 今年は令和2年ですが、元号が新たになって2年目はどういうわけか、何か起きます。平成2年(1990年)はバブル崩壊の開始、昭和2年(1927年)は、昭和恐慌でした。もちろん、偶然でしょうが、我々は今、激動の時代に生きています。

 私もよく存じ上げている愛知県にお住まいの篠田長老は「マスクが売り切れで、買えにゃーからしょうがにゃあだぎゃ」と言って、バスでも電車の中でもマスクせず、堂々と街中を歩いているそうです。

 フランスのテレビを見ていたら、病人でない限り、マスクは必要ないと報道していました。紙か布切れだけで、猛毒のウイルスをシャットアウトできるかどうか甚だ疑問なので、世間の人は気休めで、紙マスクをしているだけなのでしょう。(効果があるのは、医療用のガスマスクのようなマスクだけなのでは?)

 その点、篠田長老の行動は理にかなっているかもしれません。人間、緊急事態でどんな行動を取るのか、その人の個性が現れますね。

 

田路舜哉、津田久…住友商事をつくった人たち

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こんにちは 大分の三浦先生です。

 この3月1日から、日本経済新聞の最終面の名物「私の履歴書」で、段ボールの最大手レンゴーの会長兼社長の大坪清氏(1939~)の武勇伝が連載されています。賢い渓流斎さんのことですから、既にお読みになっていることでしょう。

本日(3月6日)も名前が出て来ますが、大坪氏の入社試験で面接した住友商事の社長だった「津田久」という方は、大変面白い人物です。連載の前回に書いてありましたが、住友商事は、財閥の商社の中でも後発で、戦後の昭和20年11月に「日本建設産業」の名称でスタートしました。知らなかったでしょ?当時は「十大商社の9番目」。住友金属(現日本製鉄)関係との取引が際立つ「鉄鋼商社」とも言われていました。それを総合商社として大きく成長させたのが津田久です。

 もう一人、 摂津板紙の創業者である 「増田義雄」 も出てきますが、彼も大変喧嘩早く、今のITか何かの青年実業家なんかと違って、アクが強く、新聞・雑誌記者たちがその逸話を取り上げるだけで、下手な文章でも、輝き出すような取材対象です(笑)。

 津田久も、その前の社長で事実上の住商を創業した「田路舜哉(とうじ・しゅんや)」も東京帝大出身で、卒業後、住友本社に入り、戦後の住友グループの事業拡大に尽力があった逸材です。

 田路は、「ケンカ、とうじ」と言われたり、名刀のように切れるので「村正」と言われたり、まあ、凄いあだ名がついた面白い逸材です。

住友グループの原点の別子銅山に関連して、「別子三羽烏」など綽名もついていたそうで、それだけ、個性のある人物が数多いたわけですね。

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田路の上司で、田路を可愛がった「鷲尾勘解治(わしお・かげじ)」は、住友本社の大幹部で、別子銅山の最高責任者だったのに、住友本社と対立して、住友を去ります。鷲尾は「鉱夫の気持ちが分かるには自分も鉱夫にならないとダメだ」と自ら鉱夫になって懸命に働き、同時に別子銅山の鉱脈の将来性も見通し、次の事業展開も考えていたそうです。

 田路もそうした気風の継承者で、叙勲も固辞しています。まあ、皆さん、信念と気骨のある人ばかりですね。そういう残影に多少でも接した大坪氏だけに、「私の履歴書」には人間味のある逸話が多く出てくるのです(笑)

 えっ?大坪清も増田義雄も津田久も田路舜哉も鷲尾勘解治も初めて聞く名前ですか?ああたのことですから、すぐ、ごっちゃになって、津田清とか、大坪義雄とか、言い出すことでしょう(笑)

 政界も財界も官界も文学界も、人物の逸話が面白いのです。「こんな人がいたんだ」「こういう人たちのお蔭で今の我々がいるのだ」などと、歴史から学ばなければいけません。渓流斎さんも、政治家や財界人を毛嫌いせずにジャンルを超えて知らなければなりませんよ。

日本共産党と社会党がソ連から資金援助を受けていた話=名越健郎著「秘密資金の戦後政党史」

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(渓流斎ブログ3月3日付「冷戦期、自民党は米国からお金をもらい、社会党と共産党はソ連からお金をもらっていた」のつづき)

 名越健郎著「秘密資金の戦後政党史」(新潮選書)の前半は、冷戦時代、自民党が米国からたんまりとお金をもらっていた、という話でしたが、後半は、日本共産党と社会党がソ連から資金援助と便宜供与を受けていたという話です。公文書から具体的に書かれています。

 共産党の場合はこうです。

 ソ連共産党による秘密基金に関する「特別ファイル」の全ての記録は確認できなかったが、判明しただけでも、1951年に10万ドル、55年25万ドル、58年に5万ドル、59年に5万ドル、61年に10万ドル、62年に15万ドル、63年に15万ドルーと少なくても7年で計85万ドルが供与された。この期間の85万ドルは、現在の貨幣価値では30億円以上に匹敵すると思われる。(176~177ページ)

 社会党の場合は、1950年代は中国から60年代からソ連から「友好商社方式」と呼ばれる迂回融資の形で、お金をもらっていました。

 原彬久元東京国際大学教授の著した「戦後史のなかの日本社会党」(中公新書)によると、社会党の浅沼稲次郎委員長の「米帝国主義は日中両国人民の共通の敵」(1959年3月の訪中の際)発言を前後して、中国は日本に「友好商社」を設け、これを通じて中国産の漆、食料品等のいわゆる「配慮物資」を流し、この友好商社の利益の一部を社会党の派閥・個人に還流していったことは、周知の事実であるといいます。(236ページ)

 その後、社会党は、資金援助を中国からソ連に切り替えます。そのきっかけは、1961年のソ連ミコヤン副首相の訪日だったといいます。歴史的な中ソ対立の最中、同副首相は、社会党の河上丈太郎委員長に対し、「日本共産党が中国共産党に接近したので、ソ連共産党は社会党との関係を深めたい」と正式に申し入れ、本格化したといいます。これを受けて、64年7月に成田知巳書記長を団長とする第3次訪ソ団がフルシチョフ首相らと会談し、貿易面の全面協力などを含む共同声明を発表します。(242ページなど)

 これによって、優遇された社会党系商社がソ連との貿易で利益を得て、その一部を社会党に還元していくシステムが確立したわけです。(社会党がソ連寄りになったのは、共産党が60年代から「自主独立路線」を提唱してソ連から離れたことや、70年代に「日中両国の共通の敵」だった米国が中国に接近したことが要因になっています)

 著者は「ソ連がチェコスロバキアの自由化運動『プラハの春』を戦車で鎮圧した1968年のチェコ事件は、ソ連型社会主義への失望を高めたが、社会党左派の理論的指導者、向坂逸郎や岩井章総評事務局長らはソ連の行動を公然と擁護した」と書き、暗に、社会党系は、ソ連からお金をもらっているから批判できなかった、ことを示唆しています。

 嗚呼、公開された公文書によると、自民党は少なくとも1964年まで米国からたんまりとお金をもらって、ズブズブの関係。そんな大企業中心の金権政治に嫌気をさして、共産党と社会党にユートピア世界建設の夢を託していた大衆も、見事、裏切られていたわけですね。ソ連から利益供与を受けた党が全権を掌握すれば、日本はソ連の衛星国になっていたことでしょう。

 別に今さらカマトトぶるわけではありませんが、こんなんでは政治不信、と同時に人間不信になってしまいます。

笑うしかない明治から現在に至る贈収賄疑惑の数々=室伏哲郎著「実録 日本汚職史」

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 室伏哲郎著「実録 日本汚職史」(ちくま文庫、1988年2月23日初版)を読了すると、かなりの無力感に苛まれてしまい、落ち込みます。明治の近代化から始まった政治家と政商財閥との贈収賄汚職疑惑を総覧したノンフィクションです。今さら読むなんて遅すぎますが、古典的名著です。個人的に知らなかったことが多かったです。著者の室伏氏(1930~2009年)は「構造汚職」の造語を発案した作家としても知られています。

 この本を読むと、歴史上「偉人」と教え込まれた明治の元勲たちも、500以上の会社を設立して日本の資本主義を切り開いた貢献者・渋沢栄一も、早稲田大学を創設した大隈重信も、皆、みんな、汚職の疑惑まみれで、自分は何の歴史を学んできたのか、と疑心暗鬼になってしまいます。

 著者は第1章でこう書きます。

 クーデターによって政権を握った明治政府は、国民のどの階層にもしっかりした支持も基盤も持たなかった。だから、為政者たちは…天皇を神に祭り上げて…、国民を遮二無二「富国強兵」に追い立てたのである。「殖産興業」も彼らの合言葉であった。

 天皇制政府の産業奨励、資本主義の育成というのは、中央政府の吸い上げた富を少数の利権屋に与え、利権屋・財閥と政府高官が私腹を肥やすことであった。いわゆる政商型資本主義である。

 この後、著者は、明治5年の「山城屋事件」から昭和61年の撚糸工連汚職に至るまで、「これでもか」「これでもか」といった感じで疑惑汚職を並べて解説してくれます。

 私が知らなかった疑獄事件に、明治6年に明るみに出た「三谷屋事件」があります。三谷屋は、長州閥の陸軍に食い込んで暴利を貪った政商で、山縣有朋の妾の小遣いまで出していたといわれます。それが、三谷屋の手代・伊沢弥七が内緒でやった水油の思惑買いが大暴落して、莫大な借金を抱えてしまいます。三谷屋の失脚を狙った三井系商社による投げ売りが原因と言われています。

 落ち目の三谷家は、政府高官の入れ智慧に従って、日本橋、室町、京橋など市内目抜きの地所53カ所全てを見積もって5万円で三井組に提供することになります。ただし「10年後には全ての地所を無条件で返却する」という返り証文を付けてでした。

 ところが、10年経って三谷家が三井組から地所を返却してもらおうとしたところ、返り証文が見つからない。当時、三谷家の当主がまだ若いという理由で、返り証文を預かっていた姉婿の三谷斧三郎が放蕩の末に金に困り、それに付け込んだ三井組が密かにその返り証文を二束三文で買い取ったらしいのです。

 ということで、三谷家の「身から出た錆」とはいえ、世が世なら、今頃、銀座1丁目や日本橋の超・超一等地は、三井不動産ではなく、三谷財閥が開発していたことになります。となると、GHQ占領下時代に室町の三井ビルを根城に権勢を振るって「室町将軍」と呼ばれた政界の黒幕三浦義一氏も、三井財閥ではなく、三谷財閥を相手にしていたのかもしれません(笑)。

 このほか、面白かったのは(と、やけ気味に書きましょう)、出版社が県知事に賄賂を贈って教科書を採用してもらうように働きかけた明治35年の「教科書事件」、大正時代の売春汚職「松島遊郭疑獄」、放蕩の挙句に借金まみれになった元官僚が、桂太郎首相の娘婿の肩書を利用して内閣賞勲局総裁になり、賄賂を取って勲章を乱発した「売勲事件」(昭和3年)などを取り上げています。

 しかし、疑惑ですから、ほとんどの政治家や高級官僚は捕まらないで有耶無耶になってしまうんですよね。

 著者の室伏氏も書いています。

 三面記事を派手に賑わせる強盗、殺人、かっぱらい、あるいはつまみ食いなどという下層階級の犯罪は厳しく取り締まりを受けるが、中高所得層のホワイトカラー犯罪は厳格な摘発訴追を免れているーいわゆる資本主義社会における階級司法の弊害である。

 そうなんですよ。時の最高権力者が自分たちに都合の良い人間を最高検検事総長に選んだりすれば、汚職疑惑の摘発なんて世の中からなくなり、曖昧になるわけです。

 文庫の解説を書いた筑紫哲也氏も「本書を通読して驚かされるのは、恐ろしく似たような権力犯罪が明治以来現在まで繰り返されていることである。このことは、税金をいいように食い尽くされてきた納税者が、そのことに鈍感または寛容であり続けてきたことが連動している」とまで指摘しています。

 人間は歴史から何も学ばないし、同じ間違い、同じ罪を犯し続けます。まあ、笑うしかありませんね。悲劇というより、喜劇ですよ。

(引用文の一部で漢字に改めている箇所があります)

人口減で年金が出ない?

 今年2019年に国内で誕生した日本人の子どもの数は、1899年の統計開始以来初めて90万人を割り込むそうですね。厚生労働省の推計では86万4000人だとか。アジャパーです(死語)。

  とにかく、かなりの人口減で、厚労省の国立社会保障・人口問題研究所の試算では、2019年の1億2615万人が2050年には1億人を切り、2100年には今の半分以下の5000万人を割り込むと予想しています。

 日本の財界を牽引するメディアである日本経済新聞は「少子化は社会保障の支え手の減少に直結するほか、潜在成長率の低迷を招く恐れがある。人口減が予想より早く進む事態への備えが求められる」などと書いておりますが、何処か他人事のように聞こえます。

  ソ連崩壊を予言した歴史人口学者のエマニュエル・トッド博士に、これからの日本はどうなってしまうのか、聞いてみたいものです。 でも、明るい未来像を描いていないでしょうね。そもそも、少子化の要因の一つが、規制改革とやらで団塊ジュニア世代を中心に非正規雇用者を大量に生み、結婚したくても、できない若者が増えたことにあります。政治権力者による政策の失敗という人災みたいなところがありますから。

 出生率の低下は日本だけではなく、お隣の韓国でも深刻です。2018年の日本の出生率は1.42でしたが、韓国では1を切って0.98だったといいます。人口減に苦しむ極東の先進国は、開発途上国からの移民を受け入れざるを得なくなり、国家や国の在り方が激変するかもしれません。そうでなくても、日本は学校や職場でも陰湿ないじめや村八分が多いですから、異国人とはマナーや宗教や文化などの相違で摩擦と軋轢が生まれることでしょう。

◇日本人は本を読まなくなった

 さて、国立青少年教育振興機構がこのほど、全国の20~60歳代の男女5000人を対象に、読書習慣に関して調査した結果、1カ月に本を全く読まないと答えた人は、全世代で49・8%に上ったといいます。2013年の調査では28・1%でしたから、大幅に増えたことになります。特に20歳代に絞ると52・3%ですから、この世代の半分以上は本を読んでいないことになります。

 確かに電車内で本を読んでいる人は、年配者しかおらず、若い人のほとんど全てがスマホと格闘しています。ニュースやSNSをやっている人もいますが、まあ、大体、文字通り、スマホ・ゲームで格闘していますね。

 外国から来る人たちは、生活と生命が掛かっていますから、一部ですが、電車内でも一生懸命に勉強しています。

鳥取砂丘

◇Tomorrow never knows

  今、ユヴァル・ノア・ハラリ著「21世紀の人類のための21の思考」(河出書房新社 )を読んでいますが、「雇用」「宗教」「移民」「戦争」「神」など21の項目を哲学的に論考しています。「人工知能(AI)の発達のおかげで、無用者階級が生まれるだろう」などと予測していますが、「未来のことは、どうなるのか誰にも分からない」と正直に語っています。そこがこの本の良いところです。

 あと80年もすれば、日本の人口が半分になってしまうなんて、想像もつきませんが、悲観的、絶望的にならざるを得ないなあ、と思いつつ、途中で筆を置いて(正確にはパソコンを切って)、ランチに行きました。そしたら、某レストランで40歳代後半と思しき男性サラリーマン4人が、何と、人口減の話題で盛り上がっていました。そのうちの一人が「人口は51万人ぐらい自然減となり、鳥取県と同じ人口が消えたんだって。でも、鳥取は県だけど、八王子市と同じくらいの人口だけどな」と、さも自分が調べたかのように、新聞で読んだことを話してました。

 そしたら、もう一人が「俺たちの年金、どうなっちまうのかなあ。支えてくれる世代がいなくなれば、出なくなっちまうんじゃないか」と反応し、その一言で、一座はシーンとなってしまいました。

「プライベートバンカー 驚異の資産運用砲」

 以前読んだ清武英利著「プライベートバンカー カネ守と新富裕層」(講談社、2016年)が大変面白かったので、その本で実名で登場していた杉山智一氏の著書「プライベートバンカー 驚異の資産運用砲」(講談社現代新書、2018年3月20日初版)を読んでみました。

 文字通り、驚異的な資産の運用方法が具体的に、惜しげもなく描かれていました。海外保険にレバレッジを効かせて、日本では考えられない「利息」を得るというやり方ですが、ご安心ください。効果があるのは、少なくとも1億円以上の資産を持った富裕層の方々のみなので、関係ない、というか、お呼びじゃありませんでした。

 こんな本を取り上げると、「大人たちはカネの話ばかりして、環境保護問題を他人事のように思っている。よくもそんなことできるものか!」と、グレタ・トゥンベリさんに叱られますね。

ま、それはそれとして。世の中の仕組みを知るには、この本は恰好の教科書になっています。

 例えば、「なぜ、日本人の富裕層がシンガポールを目指すのか」については、日本では所得の多い人ほど高い所得税率が適用される累進課税方式が採用されているため、税率は最高45%にもなります。ところが、シンガポールでは、累進課税が採用されているとはいえ、最高税率は22%で、実効税率は10%前後。さらに、住民税はなく、相続税、贈与税、利子課税、キャピタルゲイン課税はいずれもゼロだというのです。富裕層が飛びつくはずです。

 同書によると、ソフトバンクグループの孫正義会長の実弟で、「ガンホー・オンライン・エンタ-テインメント」の創業者である孫泰蔵氏は、2016年にガンホーの株式を売却してシンガポールに移住したそうです。えっ?ガンホーは、以前テレビコマーシャルで盛んに宣伝され、孫さんのお二人は兄弟だということは知ってましたが、いつの間にか、そんな展開になっていたんですか。世の中の動きの速さにはついていけません。

また、ディスカウントの「ドン・キホーテ」創業者の安田隆夫氏も2015年に同社会長等を退任してシンガポールに移住したそうです。安田氏は、セントーサ島に2125万シンガポールドル(約17億円)で一戸建てを購入し、そのままドン・キホーテグループの海外事業持ち株会社を設立し、17年に東南アジア1号店となるドン・キホーテの店舗をシンガポール中心部にオープン、今後も事業を拡大していく計画だとか。(既に増店していることでしょう)

 まあ、我々には全く関係ない話で、私自身は、シンガポールに移住するつもりは全くなく、(いや、できない、というのが真相?)、安田氏の活躍も歴史の教科書に載っている山田長政か納屋(ルソン)助左衛門のように眺めている感じがします。

検察庁の世界=山本祐司著「巨悪を眠らせない」から

 その前に、山本祐司著「巨悪を眠らせない」(角川文庫)を読んでいました。1988年2月10日初版になっていますから、もう30年以上昔の本です。(文庫ですから、単行 本の方は、「続・東京地検特捜部 日本最強の捜査機関・栄光の復権」(現代評論社)のタイトルで1983年に発行されていました。)

 1976年に明るみに出たロッキード事件を追ったノンフィクションです。著者の山本祐司氏(1936~2017)は、司法記者クラブに10年在籍し、毎日新聞の社会部長も務めた人で、司法関係、特に検察関係の書籍を多く出版し、「この人の右に出る者はいない」と言われたジャーナリストです。が、小生は、社会部畑の人間ではなかったので、つい最近知りました。この本も人に勧められて、古本を買ってみました。

 何で、興味を持ったかといえば、つい先月、都内で加藤哲郎一橋大学名誉教授によるゾルゲ事件に関する講演会を聴講し、その中の重要人物が、太田耐造という戦前を代表する「思想検事」だったからです。法曹界の最高権威でしたが、日本の敗戦により、公職追放されます。

 この本によると、戦後に思想検事に代わって台頭してきたのが、「経済検事」で、戦後の昭和電工疑獄、造船疑獄など歴史に残る大事件で敏腕を振るいます。と、書きたいところですが、造船疑獄では、犬養健法相による「指揮権発動」(検察庁法第14条)で、捜査は打ち切られてしまうのです。犬養健は、5.15事件で暗殺された犬養毅首相の子息で、ゾルゲ事件で連座して逮捕された人でしたね。

 また、同じことを書きますが、同書は、ロッキード事件のあらましを追ったノンフィクションですが、その前に、過去の事件や検察庁の内部闘争などが描かれているのです。検察庁のトップは、最高検の検事総長だということは知っていましたが、最高検の次長検事よりも、東京高検の検事長の方が位が上だということはこの本で教えられました。

 私自身は、戦中前後の昭和初期の方に興味があるので、実は、ロッキード事件よりも、途中で検察が挫折した造船疑獄の方に絶大な関心を持ってしまいました。小生の生まれる前の事件でしたが、後に首相となる自由党の池田勇人政調会長と佐藤栄作幹事長が、収賄側として捜査が続けられていました。日本の政治というのは、戦争直後も金権体質は変わっていなかったんだなあ、という思いを強くしました。

 同書によると、造船疑獄の【贈賄側】は、

 三井船舶社長 一井保造(いちい・やすぞう)

 三菱造船社長 丹羽周夫(にわ・かねお)

 石川島播磨重工業社長 土光敏夫(あの臨調の土光さんまでも)

 飯野海運社長 俣野健輔(日比谷の飯野ビルの大家さんか)ら

【収賄側】は、

佐藤栄作幹事長 《容疑》利子補給法成立にからみ、造船工業会、船主協会から自由党あてとして、各1000万円。佐藤個人として、飯野海運の俣野社長から200万円。

池田勇人政調会長 《容疑》日本郵船、大阪商船、飯野海運、三井船舶の4社から俣野社長を通じて、200万円受け取り。

 造船疑獄が起きた1954年の大学卒初任給は5600円で、2018年の大学卒初任給は20万6700円であることから、約37倍の物価水準にあることが分かるので、当時の1000万円とは、今の3億7000万円ということになりますね。

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 ところで、この本の主人公の一人が、この造船疑獄や昭和電工疑獄などで主任検事を務めた河井信太郎・元大阪高検検事長(1913~82)です。政財界の事件を捜査し、「特捜の鬼」と言われた人物です。この人は、中央大学法学部という私学の出身ながら、東大閥の多い官僚の世界では異例にも抜擢されます。これは、戦後の「思想検事」から「経済検事」に比重が移っていった時機と歩調が合い、実力主義が見直されたからでした。

 中央大学の場合、法律以外にも経理や会計の課目取得が重視され、数字にも強い司法修習生が多かったため、経済検事を重視した検察庁に引き抜かれることが多かったともいわれています。

 どこの世界も奥が深いです。

 

年金は毎月13万円しかもらえない?=森永卓郎氏の講演会

 経済アナリストの森永卓郎氏の講演を聴きに行って来ました。主催者からの「注意事項」で、講演会での写真、動画撮影は禁止ということでしたので、関連写真はありません。ということで、講演会の日時と場所も書きませんが、大変有意義な時間を過ごすことができました。遠路はるばる足を運んだ甲斐がありました。

 森永氏の現在の肩書は、獨協大学教授・経済アナリストですが、バイタリティがある人ですね。話を聴くだけで、元気になります。この立派な大学の先生に向かって言うのは失礼かもしれませんが、この方は芸能人に近いエンターテイナーですね。聴衆の心をつかみ飽きさせない力を持っております。

 最初は、ライザップで20キロの減量に成功した逸話から始め、減量したお蔭で、医者から「余命いくばくもない」と宣告されていた糖尿病も治ってしまったことを話し、聴衆を一気に話に引き込みます。しかも、それは、テレビ番組の企画で広告宣伝になることが条件でしたので、500万円の優勝賞金を得たばかりか、30数万円のライザップの費用もタダだったというオマケつき。

 さて、彼の講演の骨子は、「年金だけでは生活できない老後を、いかにやり繰りして生き抜くか」というものでした。

講演会場近くの公園

まず、今年6月に金融庁の審議会が報告して大問題になった、年金だけでは「老後2000万円足りない」という真相について、森永氏は、そんな試算はまだまだ生ぬるいというのです。

 単純な計算式にすると、夫婦二人の月平均年金が21万円なのに、実際の生活消費費用の平均は26万5000円。となると、毎月、5万5000円足りない。これが65歳から95歳まで30年間続くと、2000万円の不足になるという試算です。しかし、「人生100年」時代が現実的となり、介護や医療費の増加などを加味すると2000万円ではとても足りない、と森永氏は強調するのです。

 しかも、将来的に年金が下がる可能性が十分にあります。現在、現役世代の2.3人が1人の年金高齢者を支えていますが、40年後には、少子高齢化で、それが1.3人が1人を支えることになり、とても現状の水準を維持することはとてもできなくなるというのです。

 それでは、どうすればいいのか?

 現在の毎月26万5000円の暮らしを見直すしかないといいます。例えば、彼は平日は東京都中央区の事務所で仕事をしていますが、週末は自宅のある埼玉県所沢市で過ごしたり、群馬県に農園を借りて野菜を育てたりしているといいます。彼の感覚では、埼玉県の物価は、東京より3割ぐらい安いといいます。勿論、家賃も安いので通勤苦を除けば、彼の命名する「イナカトカイ」の方が暮らしやすいといいます。

 また、テレビの企画で、彼は「1カ月1万円で生活」するという競争で優勝したことがあったらしく、この際、1カ月の食費はわずか4200円だったそうです。仲の良い八百屋さんから余った野菜をもらってきたり、1カ月はゆうに食べられる、廃棄されるような大量のパンのミミを1袋30円で買ってきたりしたそうですが、要するに、これから、生き抜くためには「見栄を棄てろ」と彼は言うのです。

 その通り、彼はテレビやマスコミに出まくって相当稼いでいるように傍から見えますが、テレビ局では用意されている3人分のお弁当を、一つは自分で食べ、残りのマネジャーやスタイリストさん用は来ないので事務所に持って帰って、冷凍にして一週間分の食費を浮かしたり、出演者用に用意されているお菓子までポケットにつっこんで持って帰ってしまうといいます。

 さすがに、最初はTVディレクターから顰蹙を買ったそうですが、そのうち、「タレントの有吉君から『ケチダヌキ』という綽名を付けられ、それからは堂々とお弁当もお菓子も持ち帰ることができるどころか、向こうからわざわざ袋に入れて用意してくれるようになった」と言うではありませんか。

 彼は「『せこい、どけち、しぶちん』は誉め言葉と思ってください」とまで言うのです。

 森永氏は、厚生年金のモデル世帯は、現在の23万円から、将来は13万円になると予想しています。毎月13万円になれば、見栄を張って生きていくわけにはいきませんね。冗談で笑っていた聴衆も、急に深刻な現実に引き戻されてしまいました。

ハイエク著「隷属への道」を読む

WST National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

 今や古典的名著と言われているフリードリヒ・ハイエク(1899~1992)著、西山千明訳「隷属への道」(春秋社)をやっと読了しました。超難解。読破するのに10日間掛かりました。

 この本は発売と同時に売り切れ店が続出したらしいのですが、世界のインテリの皆様の頭の良さとその構造には参りました。訳文だけがそうなのかもしれませんが、私にはスッと腑に落ちてくれないのです。例えばー。

 経済活動に対する統制を完全に中央集権化してしまうという考えは、今でも多くの人々をぞっとさせる。単にそれが途方もなく困難だからということではなく、ただ一つの中央機関によってすべてのことが統制されるという考えそのものが、強い恐怖を抱かせるのである。しかし、なお、われわれがそれへ向かって急速に歩んでいるのは、実はいまだに大半の人々が「原子論的」な競争体制と中央集権的統制の間に「中庸の道」があると信じていることが大きな原因となっているのである。(48ページ)

 本文の中でも比較的分かりやすい部分を抽出してみましたが、分かりやすいといっても、これぐらいなのです。(しかし、お経のような文章も次第に慣れていって、頭に反芻するようになります)

 この本の訳者でハイエクの弟子に当たる西山教授の長い序文によると、「隷属への道」は、ハイエクが、第2次大戦真っ只中の1942年から44年にかけて継続的に書かれた論文をまとめたもので、米国ではどの出版社も出版を拒否されたものの、やっとシカゴ大学出版部が引き受けてくれることになり、1944年5月に刊行されるや否や店頭から飛ぶように売れ、たちまち世界的ベストセラーとなり、同年中に独語、スウェーデン語、仏語、西語、葡語…等々に翻訳されていったといいます。

 西山教授の解説にある通り、同書は、戦前の欧米で、なぜ自由主義や自由経済体制を放棄して、社会主義や共産主義やナチズムやファシズムといった国家社会主義や巨大な政府主義が台頭するようになったかを深遠な洞察力で詳細に分析したものです。

 私がこの本について初めて知ったのは、1993年9月に出版された大須賀瑞夫インタヴュー「田中清玄自伝」(文藝春秋)でした。ところが、また訳者の西山教授によると、彼がハイエク先生から同書の日本語訳を頼まれたのは1954年でしたが、自分自身の著書と論文に忙殺され、1992年3月にハイエク先生が逝去するまで翻訳出版できなかったといいます。やっと出版できたのが92年10月で、それまで日本ではほとんど読まれない「幻のベストセラー」だったといいます。

 いずれにせよ、この本が1942年から44年にかけての第2次世界大戦真っ只中に執筆されたことは驚くべき事実です。この時点で、まだヒトラーは健在であり、ナチズムの勢いはあったにも関わらず、著者は、既にナチスの敗北を予想し戦後処理問題にさえ言及しています。

 この本で最も注目すべきことは、全体主義は社会主義から生まれたことを喝破したことです。理想的な社会主義を追求することによって、多くの国民の自由が奪われ、独裁的なファシズムに移行することを見抜きました。ハイエクはこう書きます。

 国家社会主義を単に理性に対する反乱とみなし、したがってどんな知的論拠も持っていない非合理的な運動であるとするのは、人々の間に後半に広まっている誤りである。もしも国家社会主義がこのようなものであれば、この運動は実際よりもはるかに危険性が少ないだろう。だが、これほど真実からかけ離れていて、人々を誤らせる見方もない。国家社会主義の教義は、人類の思想の長期にわたるひとつの発展が、その最高潮に達した結果として出現したものであり、ドイツの国境を越えて他の国々にも大きな影響を与えた思想家たちが出発点とした最初の前提が真に評価できるものかどうかはともあれ、この新しい教義を生み出した人々の考え方が、欧州の思想全体に対してきわめて大きな刻印を残したという事実は否定することができない。そして彼らの思想体系は冷酷と言えるほどの徹底的な首尾一貫性をもって発展させられてきたのであり、出発点となった前提はいったん受け入れてしまえば、そこから導き出される論理のからくりから逃がれることはまったく不可能となる。こうして発生してきた体系こそ集産主義なのであるが、それが個人主義の伝統から集産主義の実現を妨げるかもしれないあらゆる痕跡を取り去ることによって生まれてきたのである。(222ページ)

WST National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

 随分長い文章を引用させて頂きましたが、ハイエクの入門書やネット情報だけで、ハイエクの思想を知ったつもりになってはいけないと思ったため、わざわざ長く引用してみました。

 この本の段階では、まだあまり書かれていませんが、このほかハイエクは、収容所や粛清で恐怖独裁政治を敷いたソ連共産党のスターリズムを批判するだけでなく、社会主義が採用する「計画経済」に倣って公共事業を起こすケインズのやり方もいずれ立ちいかなくなるということで批判し、左派からも右派からも批判されたことはよく知られています。

 ハイエクが最後まで主張した自由経済主義も、フリードマンのような極端な新自由主義を生んで、世界的な格差拡大社会になったことを指摘する識者もいますが、私自身はまだそこまで語る資格はありません。

 ただ、世界的にも極めて優秀で真面目なドイツ人が、あまりにも純粋に理想を追求して国家社会主義を民主的に選んだことが、逆説的に極めて不自由な独裁政権を生むことにつながったというハイエクの分析には共鳴します。

 ハイエクは、1974年にノーベル経済学賞を受賞。