渡る世間に鬼はなし パートⅡ

 相変わらず、このブログに添付するGoogleアドセンスの設定がうまく行かず、難儀をしております。

 唯一、「神頼み」とさせて頂いているのが、Googleのフォーラム(公開投稿)です。ここで小生の悩みと難題に回答を下さっている方がいらっしゃるのです。ハンドルネームらしきお名前はあるようですが、御本名は知りません。それなのに、イチから、手取り足取り、ご教授してくださります。勿論、お会いしたこともありませんので、義理も恩義もないはずです。それなのに、「ボランティア」として、毎回毎回、小生の愚問に対する「解決策」を、大変お忙しいというのに、考えてくださります。

 私が初めて「公開投稿」欄に投稿したのは、もう1週間前の1月30日でした。その後、60通以上、投稿のやり取りをさせて頂きましたが、いまだに問題は解決しておりません。その途中で、「先生」は、私のブログサイトのWordpressのダッシュボードなどの「スクリーンショットの画像を貼り付けてください」との要請がありました。が、私はスクリーンショットの画像の撮り方など分かるわけがありません。そこから、話が始まったりしましたから、優に60通以上は投稿が増えてしまったわけです。

 そのスクリーンショットの画像は、公開投稿欄にうまく貼り付けることが出来ない関係で、ときたま、「テスト」として、この渓流斎ブログに掲載して、先生に診てもらうことにしました。それで、読者の皆さまは魂消てしまうでしょうが、時々、意味不明の「テスト」が掲載されているのです。(嗚呼、ご説明出来てよかった!)

上野「蓮玉庵」

 そんな精神的にカリカリする状態が、もう1カ月近く続いていますから、さすがにメンタルの調子は最悪です。それに輪をかけて、今読んでいるブライアン・グリーン著「時間の終わりまで」(ブルーバックス)が、地球の終わり、生命の絶滅、宇宙の終わりの話ですから、さすがに落ち込みの度合いに拍車が掛かります。ま、言ってみればニヒリズムです。

 ただし、この本「時間の終わりまで」は、私が生涯読んだ本の中でもベスト50以内に入る名著だと思っています。科学的真実が書かれていますから、それだけ読む価値があります。

 あれっ?何の話でしたっけ?(笑)

 あまりにも私がカリカリしているので、この渓流斎ブログのご愛読者であるYさんから、メールを頂きました。「noteにされたら如何ですか?」と仰るのです。えっ? note? 何ですか?てな感じです。そこで、早速、調べてみましたら、一言でいえば、会員制の有料ブログらしいのです。月100円とか1000円とか自分自身で料金は設定できるらしいのです。

 Yさんが、毎月400円支払って、愛読しているnoteは、有名文芸評論家のご令嬢で、山本周五郎賞などを受賞している人気小説家、Yさんのブログです。Yさんの小説は、世界各国で翻訳されており、彼女はベストセラー作家でもありますから、恐らく彼女のnoteの読者も10万人ぐらい登録されているのではないかと想像されます。

 もし仮に、10万人だとすると、年間4800円×10万=4億8000万円! えっ?ほんまかいな? 勿論、管理会社からこのうち手数料等で十何%か引かれますけど、それにしても桁違いです。

 ただし、こういう方は稀なケースです。名もない一般人がnoteをやっても、まず有料会員など集まらないし、何と言っても、ブログの過去記事も引き継ぐことが出来ません。この先、何か運営会社に粗相があったりして立ち行かなくなったりした場合(ま、そんなことはないでしょうが)、noteの記事は消滅する、というおまけ付きです。

 ということで、ここ1カ月も、メンタルの不調で、こんなことしかブログに書けません。こんなんでは、「有料会員」なんて夢のまた夢ですね(苦笑)。

新《渓流斎日乗》再開のお知らせ

 皆さまにはほんの少し御心配をお掛け致しましたが、サーバー移行が完了し、新しいサーバーで、このブログ《渓流斎日乗》を再開することが出来ました。

 とは言っても、素人ではどう変わったのか、見た目では、さっぱり分かりません。Wordpressというブラウザを使っておりますが、ドメインをそのまま継承しましたから、中身も全く変わっておりません。要するに、「見えない」サーバーだけが変わったということになります。

 このブログのテンプレートと言いますか、体裁や形式を2017年9月に整えてつくってくださったのは、松長哲聖さんでした。そして、2005年3月からgooブログで連載していた12年間分の古いブログの記事を全てサーバーに移行してくれたのも彼でした。しかも、高校の同窓という誼(よしみ)で、これらは無償でやってくださったのです。

 そんな彼が一昨年に53歳の若さで亡くなってしまったこともあり、今回の「引っ越し」ということになりました。

 でも、私は素人ですから基本的な手続きやら新サーバーの発掘など、分からないことだらけです。当初は、もう継続は諦めて、廃業を覚悟したほどでした。

 遺伝的に、私はかなりメンタルが虚弱に出来ていて、いわゆるHSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)という部類に属しています。ですから、夜も眠られず、神経をすり減らしておりましたが、その間、面識のないAさんからコメントを頂きました。「『渓流斎日乗 このまま継続!』とのお知らせを読みました。更新を楽しみにしております一人として感謝です。有難う御座います。」。まさに「えっ~~!!!」です。世界人口は80億人おりますが、世界の80億人に1人の割合でこんな奇特な方が世の中にいらっしゃるとは! 嘘偽りなく涙が出て来ました。このAさんは面識のない方だったからです。

 もう一人、パスカルの「パンセ」に出てくる言葉には大いに励まされました。

 人間にとって苦悩に負けることは恥ではない。快楽に負けることこそ恥である。

 この言葉は私の心の奥底に突き刺さり、救済の言葉となりました。

 結局、旧サーバーの管理者さんの御協力等もあり、新サーバーに移行できました。あと、WordpressのSSLの設定とか、広告収入に繋げるGoogleのアドセンスの設定とか、よく分からないことだらけで、このままではどうなることやら? また挫折してしまいそうですが、船は港を出ましたから、何とか荒波は乗り越えて頑張ろうと思っております。

 以上、つまらないご報告迄。

読者の皆さま=《渓流斎日乗》継続できそうです

 色々とありましたが、旧サーバーの管理者Hさんのご厚意と援助がありまして、新サーバーに移行することになりました。

 私は全く素人なので、よく分かりませんが、読者の皆さまは、このままkeiryusai.com のドメインでサイトがご覧になれるという話でした。ので、そのまま継続してお読みになれるようです。

HigashiGinza

 IT音痴の私ですから、技術的に何も出来ず、結局、新サーバーさんに、有料で「代行移行」してもらうことにしました。

 移行期間中は、ブログの更新は出来ないということで、《渓流斎日乗》はしばらくお休みさせて頂きます。

 どうぞ宜しくお願い申し上げます。

《渓流斎日乗》存続の危機?

 拙ブログ《渓流斎日乗》は、2005年3月から始めましたから、もう20年近くなります。その間、多くの読者の皆さまに支えられてここまでやって来られたと思います。感謝申し上げます。

 2017年9月から、高校の後輩でIT会社社長の松長哲聖氏のお導きで独立して広告収入まで得ることができました。このまま順風満帆に行くかと思いましたら、その松長氏が一昨年、53歳の若さで他界されてしまいました。技術面で彼におんぶにだっこの状態でしたので、今後存続できるかどうか不安を覚えてしまいました。

 広告収入を得ていますので、確定申告をしています。正直に書きますと、一昨年の広告収入は年間約4万2000円で、松長氏を引き継いだ管理者の方が管理するサーバー代とドメイン代が計年間2万円で、差し引き、約2万2000円の「収入」がありました。

 昨年はお蔭様で、アクセス数が急激に増え、「100万回アクセス」まで突破しましたので、今年の確定申告は大いに期待したのですが、わずか約3000円でした。あれっ?3万円の間違いではないのかな?と問い合わせをしたところ、ブログサイトの広告へのクリック数が減り、広告収入は約2万3000円でした。これに、サーバー代、ドメイン代を差し引くと、手取り3000円になるというわけです。

 このブログを書くために、書籍代やら映画など観劇費やら交通費やら「取材費」が相当かかっています。年収3000円ではとてもやっていけません。

HigashiKurume

 と、思いましたら、今朝、ブログの管理者の方から初めて電話があり、今後、会社組織として再編成する関係で、ブログのサーバー代、ドメイン代を月1万円にしたい、との御提案がありました。年間12万円ではとてもやっていけません。

 そこで、管理者の方からもう一つあった御提案は、「引っ越し」です。自分で新たにサーバーとドメインを契約し、グーグルの広告も新たに契約しなさい、といったものでした。レンタルサーバー代は月1000円、ドメイン代は年間2000円で済む会社もあるようです。

 いやはや、このブログを続けるにはそれしかありません。ただし、私自身は、技術面でズブの素人ですから、自分の力だけで「引っ越し」が出来るかどうかは、全く心もとないのです。

 うまくいかなければ廃業するしかないかなあ、と諦めています。まさに青天の霹靂で、どうなってしまうのか? 《渓流斎日乗》の存続の危機です。

あるものを「なかったこと」に

 中国国家統計局は15日、若者(16~24歳)の失業率の発表を突如、取りやめ、大きな話題になりました。6月は21・3%と過去最悪の水準となっていたので、7月はさらに悪化したことが容易に想像されます。

 これに対して、中国のSNS上で「失業率を発表しない、ということは問題がなかったことになりますね」といった皮肉のコメントが投稿されたようです。あれっ?中国には言論の自由があったんですね。

 中国人、特に国家中枢を占める漢民族は、どうも都合の悪いことは、「なかったこと」にすることが得意のようです。これで思い出したのは、2011年7月に中国浙江省温州市で起きた高速鉄道の列車衝突・脱線事故です。この事故で40人の死者が出たと言われていますが、当局は、問題の列車の事故調査をしないで、そのまま高架下の土中に埋めてしまったという国際社会が見ても唖然とすることが起きたことです。

 いまだに当局は、詳細な事故調査をしていない、ということは、事故は「なかったこと」にしてしまったようなものです。

Ginza

 まだあります。中国は、福島原発の処理水を海洋放出することに対して、強固な批判をし続けていますが、読売新聞によると、中国は、国内で運用する複数の原子力発電所が、福島の処理水の最大で約6・5倍の放射性物質トリチウムを放出しているというのです。

 これまた、読売新聞の報道がなければ、中国原発からの海洋放出は「なかったこと」になります。これまた漢民族の「お家芸」が発揮されたことになります。

 そこで、最近、私のブログのあるサイトに関して、色々と言い掛かりをつけてくる人がいたので、早速、この漢民族の手口を使うことにしました。

 関係者がいるので、詳細は茲では書けませんけど、要するに「なかったこと」にすることにしたのです。ややこしい人間とは関わらず、関知せず、関与しないことが常識人の基本です。なかったことにしても大勢に影響はないし、ネット上に載るべき重要なことでもありませんからね。削除は屈辱的でしたが、むしろ、余計なものがなくなってスッキリした気分ですよ。

朗報 《渓流斎日乗》は続くよ、何処までも~♪

 前略 ご愛読者の皆様

 まずは、勝手ながら、「朗報」、グッドニューズと呼ばさせてもらいます。

 2017年9月から、このブログ《渓流斎日乗》の新サイトを創設、開発してくださった小生の高校の後輩でもあるIT会社プラニクス社の松長哲聖社長が昨年7月に50代の若さで急逝され、サイトの存続が危ぶまれておりましたが、どうにか続けていけそうな目途が立ちました。

 実は、昨年から水面下で交渉させて頂いたのですが、なかなか、御返事がもらえず、一時は、諦めかけていたのですが(つまり廃業)、ある方が、プラニクス社が運営している寺社仏閣案内のサイト「猫の足あと」の事業を引き継ぎ、その「猫の足あと」と同じサーバーを使っている小生のブログのアフィリエイトの面倒も見て頂くということで、一応、決着致しました。

 そして、また、実は、なのですが、その「猫の足あと」を引き継いで頂いた「ある方」とはまだ面識もなく、正式に契約したわけでもなく、亡くなった松長氏の奥様を通じて、単に、間接的に応じて頂いたということでした。

築地「竹の庵」日替わり定食1200円

 でも、私(わたくし)的には、「一歩前進」だと思っております。堅苦しい話を抜きにすれば、今後も続けていけそうだと思っております。というのも、昨年はどういうわけか、前年と比べて1.5倍~2.0倍程度アクセス数が増え、どなた様なのか見当がつきませんが、新規読者さんを獲得することが出来たということですから、これで止めてしまっては、勿体ないような気がしているわけで御座います。憚りながら…。

 アフィリエイトは個人所得として確定申告をしております。ということは、恐らく、どなたも御存知ないかもしれませんが(笑)、実は、こんなブログでさえもプロとして書いておるわけでした。勿論、1カ月当たり1万~2万アクセス程度では、収益は本当に微々たるものですから、採算は全く取れておりません。が、実質上、プロ根性で書いているということだけでも御理解賜れば嬉しい限りです。

 あれっ?また堅い話になってしまいましたね(笑)。今後も恐らく、歴史や進化論やお城や寺社仏閣やグルメなどのお話になるとは思いますが、もし、波長や趣味が合ったり、ご興味が重なったりした場合、たまにでも結構ですから、覗いて頂ければ、大変嬉しゅう御座いまする。

 恐惶謹言

 渓流斎高田信之介

スマホ断食のすすめ

 《渓流斎日乗》は、個人的なブログなので、毒にも薬にもならぬ日々のよしなしごとを書き連ねております。毎日更新する予定ですが、たまに間が空くこともあります。それが何か?

 はい、実はネタがないのです。あることはあるんですが、衆人監視の中、政治問題にせよ、経済問題にせよ、ブログなんかに本音なんか書けるわけがありませんよね。でしょ?(笑)

 あれっ?今日はいやに皆さんに同意を求めておりますね(笑)。御寛恕ください。

 というのも、私は今年に入って、FacebookなどSNSをやめたことをこのブログに書きました(正確には未だつながっていますが、利用しなくなった、ということです)。理由も書きました。「いいね!」や読者欲しさから、自分の信念を曲げたり、狡猾になったりする自分の「あざとさ」に嫌気がさしたからでした。

 もともと、このブログの宣伝のために、SNSを始めたのですが、余計に読者の反応が気になってしょうがなくなります。反応がないと意気消沈したりします。とにかく、スマホ中毒といいますか、何処に行ってもスマホから目を離すことが出来ず、いわゆる「スマホ廃人」になってしまい、「これではいけない!」と反省したわけです。

 でも、「あざとさ」というのは自己矛盾です。繰り返しになりますが、ブログ拡散のために、SNSを利用したのですから、あざとくなるのは当たり前です。このモヤモヤした気持ちを、どなたか、一言で明言してほしいなあ、と思っていたところ、素晴らしい文章に出合いました。

昭和通り

 それは、京大総長を務めた「ゴリラ学者」の山際寿一さんが2020年6月に出した「スマホを捨てたい子どもたち」(ポプラ新書)という本の中に出て来ました。

 まず、現生人類ホモ・サピエンスの脳の能力から、我々が、信頼関係を持ってつながることが出来るのは100~150人が限界。日常的におしゃべりしたり、付き合ったりすることが出来る友人知人は、10人程度、と著者は明らかにしているのです。SNSで、やれ、10万人が「いいね!」ボタンを押したとか、YouTubeで100万人がアクセスしたからといっても喜んでばかりいられないのです。つまり、面識があって信頼関係でつながっているわけではないので、逆にそのギャップに苦しみ、特に、生まれた時からスマホがあるデジタルネイティヴ世代の中には、いい加減、スマホを捨てたいと思っている、というのが本音だというのです。

 へー、と思ってしまいましたね。

 換骨奪胎、敷衍して、著者の山際氏はこんなことを言っています。人類は、社会的動物なので、自分のやっていることを他者から認めてもらいたい、注目してもらいたいという願望を持ち続けて来た(何も政治家や財界人や芸能人やスポーツ選手や芸術家だけでなく、無名の一般人も)。だからこそ、人類は進化の過程で付き合う親しい仲間の数を増やそうとしてきた。(そう、人類は他者から認めてもらうためのツールとして、世界で何十億人もが持つスマホという武器を手にしたわけです。)

 しかし、それでも、個人が真に信頼してつながることが出来る数は150人のまま増やせていないというのです。何故かと言えば、現生人類の脳の構造がそうなっているから、ということなのでしょう。意外なことでしたが、現生人類であるホモ・サピエンスの脳の容量は、絶滅したネアンデルタール人より少ないんだそうですね。これも、へーと思ってしまいました。

 このほか、著者の山際氏はこの本の中で、「AIに支配されないためにも、人類は生物としての自覚を取り戻せ」と主張しています。ゴリラ研究のためにアフリカのガボンなどでゴリラに襲われ、何度も死にかけた体験を持つ著者だけに、説得力があります。また、山際氏は「このまま情報化が進めば、人間は『考える』ことをやめてしまうかもしれない」と危機感を募らせます。 

 確かに、現代人は、例えば、流行に遅れたくないために、AIに頼って服選びをしてもらったり、恋人とのディナーを何にしようか、をアルゴリズムに頼ったりしがちになりました。まさに思考停止です。逆に、選ぶには、悩みます。そんな悩むこと=考えることを放棄したのが、現代人と言えるかもしれません、

 最後に山際氏は「スマホ・ラマダン(断食)」を薦めています。たまにはスマホから離れた生活をして、本来の人間の姿を取り戻せ、ということです。

 このブログ《渓流斎日乗》の一日ののアクセス数は、昨年は300人程度でしたが、今年に入って、どういうわけか500~600人に倍増しました。FacebookなどSNSをやめてもその数は維持されている感じです。そっかー。どなたが御愛読されているか分かりませんが、もう十分ではありませんか。

 恐らく1日しか続かないでしょうけど、私も、たまにはスマホ断食をやってみようかと思っています。精神的健康に良いはずです。

サイトのIT技術者松長哲聖氏が急逝=渓流斎ブログは今後どうなるのか?…

  ちょっとショックなことがあり、口もきけないような状態です。

 この《渓流斎日乗》ブログのサイトの立ち上げから技術トラブル処理に至るまで、何から何までお世話になっていたIT企業社長の松長哲聖氏に、何度メールや電話で連絡しても通じなかったことから、入院でもしているのかと思い、昨晩、湯島にある酒房に直接行って主人の坂元氏に事情を聞いたところ、7月に亡くなっていたことを聞かされたのです。

 何と言っても、松長さんは、私の高校の後輩で、私より一回りも若い。亡くなったのも53歳という若さでした。前日、夜遅くまで呑んでいて、翌日、自宅近くで散歩途中で倒れて、帰らぬ人となったといいます。普段からお酒の飲み過ぎで、私もよく注意したものでした。そして、彼には「俺より先に死ぬなよ。12歳も違うから死ぬわけないか。でも、お酒は控えた方が良い」と約束していたので、悔しくて涙も出ないほどです。本人も自分自身がこんなに早く身まかるとは思ってもいなかったと思います。

 彼とは、2016年頃、海城高校の同窓会で知り合いました。名刺交換して、IT企業「プラニクス」という会社を自分で創設した社長さんだということは分かりましたが、具体的にどんなことをしているのかは知りませんでした。でも、プラニクスは、立派なホームページがあるので、事業内容が「ホームページ作成」や「インターネット広告・広告代理」などであることは、今では分かりますが。

 それが、ひょんなことで、彼と親密になるきっかけがありました。皆様御案内の通り、私はお城や寺社仏閣巡りが趣味です。ある日、家の近くを散歩中に、見知らぬお寺があったので、スマホを片手にそのお寺を検索してみました。すると、「猫の足あと」という首都圏を中心にした寺社情報のサイトがあり、それに概要から由緒に至るまで非常に詳しく掲載されていたのです。しかも、「新編武蔵風土記」などの文献も引用し、学術的価値もあって信頼できそうです。

 でも、「猫の足あと」? どっかで聞いたことあるなあ、と思い、彼からもらった名刺を再度見てみたら、吃驚。業務の一つとして、しっかり、「猫の足あと」も記載されていたのです。何だ、彼がやっていたサイトだったのか!です。(サイトに掲載されている寺社の写真は、全て、松長さんが足を運んで参拝して自ら撮影したものでした。どれだけ時間とお金を掛けたサイトだったことでしょう。彼は、首都圏だけでも全ての寺社は回り切れないと話していました。)

 それから、彼と連絡を取り、神保町にあった彼の会社というか事務所にも何度もお邪魔し、近くの居酒屋や、高校のラグビー部の後輩が経営する湯島の純酒肴「吟」や、彼の親戚筋の経営する池袋の焼鳥屋さん「雲吉」で飲むようになりました。それで、2017年9月から私のブログのサイトも独自に製作してもらうことになったのです。

 ブログに広告を付けて広告料が入るようになったのも彼のおかげです。そのため、そのブログの広告収入は個人事業主を申請して確定申告するようになったのでした。もっとも、その収入も微々たるものですから、一晩の呑み代で消えてしまいますが(苦笑)。

 彼とは、このブログに書けないような色んな話をしました。彼は、名門都立日比谷高校を蹴って、海城に入り、某国立大学に合格しながらそれも蹴って、「高卒」で起業した人でした。かなり苦労した話も聞きました。それでも、大変な勉強家で、ほぼ独学でITをマスターしたようなのでした。

 頭の良い彼は、酔うと自信満々になるところがありましたが、普段は気立てが良いというか、気前が良いヤツでした。こうして書きながらも、あの若い彼がこの世から去ってしまったとは今でも信じられません。

 彼の急死で、この渓流斎ブログがこの先どうなってしまうのか分かりません。でも、やっと、奥さんと連絡を取ることが出来まして、今後、会社の継承者を模索中だということまでお伺いしました。

 いずれにせよ、畏れていた最悪の事態が起きてしまった感じで、茫然自失です。

77回目の終戦記念日に思ふ

 いつも渓流斎ブログを御愛読賜り、誠に有難う御座います。最近、驚くべきことに1日のアクセス数が「3000」台を達成することが多くなっております。普段は1日「300」とか多くても「500」ですので、「どないしたんやあ?」といった心境になります。

 よくよく調べたところ、今年1月17日に配信した「比企氏一族滅亡で生き延びた比企能本とその子孫の女優=『鎌倉殿の13人』」のアクセスが異様に多いことが分かりました。ということは、NHKの大河ドラマを御覧になっている方が、たまたま暇つぶしに検索したら、私のブログが出てきたということなのでしょう。まあ、「通りすがり」ということで、この異様なアクセス数も一過性だということが分かりました(笑)。

銀座「マトリキッチン」デザート

 昨日は8月15日。77回目の終戦記念日でした。戦後生まれが今や8割を超えるといいますから、ますます戦争体験者が減り、防衛費増強が叫ばれる中、今後の日本はどうなってしまうのか心配です。終戦記念日の昭和20年8月15日から77年経ち待ちましたが、昭和20年から見ると、77年前はちょうど明治維新の年、明治元年(1868年)なんですね。欧米列強に追いつけ追い越せという「富国強兵」策で、日本は、日清、日露、第一次世界大戦、日中戦争、太平洋戦争と戦争に明け暮れていました。

 この明治から昭和にかけての先人たちについて、後世の安全地帯にいる私が一方的に批判するつもりはありません。むしろ、あの19世紀から20世紀にかけての帝国主義、植民地主義で世界がしのぎを削っている中、日本が植民地化されないための苦肉の策の軍国主義はある程度、致し方なかったと思っています。当時最も尊敬された人物は軍人さんでしたからね。

 ただ、あの時代は「人権」思想がなかったのが問題です。東北の飢饉で娘が身売りされていたのは人身売買であり、いまだに奴隷制度が残存していたことになります。維新で、封建時代を打破できたと思ったら、明治以降は公侯伯子男の爵位のある身分社会が温存され、陸士・海兵を出たエリートだけが優遇される階級社会でしたので、一兵卒などは虫けら同然の扱いです。兵站(ロジスティックス)の概念すらなく、飲食物は「現地調達」にして補給がないので、戦死者の大半は餓死でした。ランチサンドにチョコレートまで付く恵まれた米兵とはえらい違いです。(インパール作戦の司令官牟田口廉也も、それに続くビルマ戦線の司令官木村兵太郎も、「あとは宜しく」と自分たちだけが飛行機に乗って戦場と白骨街道から脱出、いや逃亡しています。併せて16万5000人の戦死者を出したというのに)

 8月15日に終戦にはなりましたが、軍隊は即日解散されたわけではありません。9月2日に米戦艦ミズリー号降伏文書の調印でやっと全面的に武装解除されたと言えます。私の父は大学受験に失敗したため、17歳で志願して帝国陸軍の一兵卒になり、19歳になる2日前の18歳で終戦を迎えましたが、炊事当番だっため、1週間ほど上官の食事を作るために残された、と聞いたことがあります。戦争が終わっても特権階級から奴隷のように使役されたわけです。

新橋「奈良県物産館」 柿の葉寿司ランチ1200円

 大東亜共栄圏の高邁な理念と思想だけは、GHQと東京裁判が断罪するほど酷くはなかったのですが、統治する日本人のエートスが「強い者にはこびへつらい、弱者には虎の威を借りて傲岸不遜に振舞う」では、盟主としての資格は全くありません。迷惑を掛けたアジアの人々に対して反省だけでは足りないと思っています。(現地の人たちは、欧米列強から解放を謳いながら暴力で支配する日本よりもましだと欧米を選んだのです)

 日米開戦からわずか半年で、日本はミッドウェーで大敗し、それからは玉砕に次ぐ玉砕で、挙句の果てには鬼畜と見下していた外国人から歴史上初めて占領・支配される始末です。(開戦時、米国のGNPは日本の12倍もあったという無謀な戦争)日本史上最悪の時代でしたが、日本人は痛い目に遭わなければ分からない民族です。もし、連戦連勝だったら、今でも戦争を続けていたことでしょう。それは、ウクライナに侵攻したロシアを見れば分かります。

◇旅行キャンセルし、夏休み返上

 さて、目下、お盆休みとなり、私も今頃、日蓮宗の総本山身延山にお参りに行っていたところでした。しかし、コロナの第7波の感染が拡大して、感染者数も高止まりし、おまけに、先月7月は個人的に病気をして1週間も会社を休んでしまったことから、旅行はキャンセルしてしまいました。身延山のキャンセルは2年連続2度目です。

 ということで、夏休みは返上して、しっかり、出勤しております。

新橋「奈良県物産館」 かき氷950円

 あ、そう言えば、先日、このブログを読んでくださる都内にお住まいのNさんからは「もう一人の自分をつくられることが必要ではないですか」との助言も頂いたことを書きました。どうしようか、ずっと考えていたのですが、もう一人の自分は、何も日本人にすることに拘る必要はない。一層のこと、フランス人にしようということで、名前も考えました(笑)。

 François Hautchamp ( フランソワ・オウシャン)です。

 フランソワは、アッシジの聖フランチェスコに由来するらしいですが、フランス人にはよくある名前です。国王や、ラブレー(作家)、ミッテラン、オランド(大統領)もフランソワです。オウシャンは私の造語で、Hautは高い、champ は田んぼという意味です。オウシャンは、マルセル・デュシャンみたいでいいじゃないですか(笑)。

 もう一人の自分、フランソワ・オウシャンはバカロレア試験を控えた1970年代のリセの学生という設定です。これから、サルトル、カミュに加え、ポール・ヴァレリーやレヴィストロース、メルロー・ポンティー、アンリ・ベルクソン、ミシェル・フーコーらを読破しなければ、試験にすら臨めないといった状況です。

 パスカルを例に出さなくとも、人生はどうせ暇つぶしです。好きなことをすれば良いのですが、個人的に、今さら、「呑む、打つ、買う」にのめり込む年齢(とし)ではあるまいし、です。

 1970年代のフランス人の学生フランソワ・オウシャンがもう一人の自分…いいんじゃないでしょうか?!

 

ブログ更新できなかった言い訳=コロナは陰性でした

 ブログ更新は7月15日(金)以来実に1週間ぶりです。

病気してました(苦笑)。今年5月の大型連休中には酷い風邪に罹り、3日間も寝込みましたが、今回はもっと酷くて、17日(日)昼前から21日(木)深夜にかけて、5日間もwatery diarrhea に悩まされました。多い時は、夜中に20回もトイレに駆け込みましたから、疲労困憊。薬をのんでもなかなか治らず、こんなの初めて。さすがに人間やめたくなりましたよ(苦笑)。

 一番辛かったのは、私の人生の愉しみの「最後の砦」(笑)だった食欲が全くなくなり、少し口に入れても受け付けなかったことでした。アルコールも駄目です。

 先週までは、入院した友人や、メールをしても返信が来ない年長の先輩たちの健康問題のことばかり気になり、心配ばかりしておりましたが、自分のことで精一杯になり、それどころではなくなりました。人生、美味しいものが食べられて、夜ゆっくり眠られることが最も幸せであることを身に染みて体験しましたよ。

◇コロナが身近に

 15日(金)を最後に会社に行っていなかったのですが、その間、不運にも会社の同僚が新型コロナに感染していたことが分かりました。彼は、かなりの潔癖症で、手洗い消毒は欠かさず、帰宅する際に自分の机の周りを一生懸命にアルコール消毒するほどでした。しかも、会社の近くに住んでいるので通勤電車に乗ることさえありません。不思議ですねえ。一番気を付けていて、一番罹りそうにもない人がコロナになるとは!

 私自身は熱も咳もありませんでしたが、一応受けておいた方が良いと考え、19日に自宅近くの内科クリニックで、「ついでに」PCR検査も受けることにしました。翌日、結果が分かるはずでしたが、ここ最近、コロナ患者が爆増したこともあり(7月21日は全国で18万6246人、東京でも3万人を超え、過去最多)、検査も殺到して、間に合わず、21日の朝8時にやっと、結果が分かりました。

 結果は「陰性」でした。ヤレヤレです。

銀座「ローマーヤー」イングリッシュマフィンのオープンサンド~ローストビーフとクロックマダム~1540円

 クリニックの先生はとても良い人なのですが、どういうわけか、「症状」が出た人は院内の冷房の効いた待合室に入れてもらえず、外の炎暑で待たされます。自家用車を持っている人はいいでしょうが、私にはないので、暑い中、外のベンチで、一時間ぐらい虫の息で待ち続けました。そして、色々と症状を聴かれ(問診)、いよいよ検査でもしてくれるのかな、と思ったら、看護師さんらしき人が出てきて、会計と処方箋の紙を持ってきただけです。多分、食当たりか、ウイルス性胃腸炎でしょうが、病名も何も分かったもんじゃありません。どちらにも効く薬を処方したようでしたから。

 こんな目に遭わないためには、人間、病気にならないことです。でも、細心の注意を払っている品行方正な真面目人間に限って、病魔が襲ってくるんですよね。どうにかなりませんかねえ?…。

銀座・昭和通り

 実は、症状が一番きつかった18日(月)=「海の日」祝日=は、私の誕生日でしたので、3人の友人知人と、親戚家族からお祝いのメッセージを頂きました。その中には、Facebookをやめたのに、わざわざ私のブログに直接アクセスしてくれたり、意外にも「隠れて読んでいる」人だったりしました。驚くとともに、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 というようなことがあったもので、御心配をお掛けした皆様に対して、今回、ブログを更新できなかった言い訳をクドクド述べさせて頂いたわけです。

 人間、健康が一番。健康にさえなれれば、死んでも構わない。ちっぽけなブログを貶されようが、監視されようが、大したことではありません。

 なんくるないさー。