ヒスパニックか?エイジアンか?=それが問題だ

銀座・ひょうたん屋 Copyright par Keiryusai

  この話は、都内で語学学校を経営されていると思われる中村治氏にとってご参考になる話かもしれません。いきなり、御指名されて、さぞかし驚かれていることでしょうが(笑)。

 英語の話です。

  先月4日に、「杉田敏先生のラジオ講座『実践ビジネス英語』が今月で終わってしまうとは!=33年で幕」という記事を書きましたが、この中で書いた通り、「杉田ロス」にはなりたくないので、商魂たくましいNHK出版が発行する季刊ムック「杉田敏の現代ビジネス英語」を聴き始めました。ラジオ放送はなく、スマホにアプリをダウンロードして聴く方式です。 

 今のところ、公私ともに多忙で、なかなか聴く時間が取れないのですが、レッスン1の「The Power of Diversity 多様性の力」は、なかなか考えさせられる濃い内容でした。

 移民の国アメリカですから、米国には多様な人種の人が住んでいます。現在は、白人系が大半を占めていますが、2045年には、ヒスパニックや黒人(アフリカン・アメリカン)、アジア系などのマイノリティ(少数派)が人口比で白人を上回り(もしくは白人が50%を切り)、minority majority(マイノリティ多数派)の時代になるというのです。

 テキストの物語は、ニューヨークに本社を置く世界的な消費財メーカーを舞台に、日本人の主人公・井出恭平が米国に渡り、Diversity Marketingチームに配属されるところから始まります。チームのトップは、ユダヤ系のジェーン・ローゼンバーグ、同僚に、ヒスパニックやネイティブ・アメリカンのチェロキー系やレバノン系らがいてダイバーシティに富みます。

銀座・ひょうたん屋 鰻丼(昼のみ)1850円 Copyright par Keiryusai

 さて、このレッスン1の中で、ヒスパニックの話が出てきました。文字通りスペイン語を話す人という意味で、中南米系の人たちを指します。他にLatino(ラテンアメリカ人=男性)とかLatina(女性)という場合もありますが、男性女性関係なくジェンダーフリーでLatinx(ラティネックス)という言い方があることをこのテキストで初めて知りました。

銀座・みゆき館 Copyright par Keiryusai

 また、さて、なのですが、このことについて語学学校の講師を務めるウンベルト君に聞いてみました。彼はロサンゼルス生まれ、育ちの米国人ですが、メキシコ系です。両親が20代の時に、メキシコからロサンゼルスに移住して来ました。ちなみに、この両親の出身地は、ロックバンド「サンタナ」のカルロス・サンタナと同じメキシコ・ハリスコ州アウトラン・デ・ナヴァロです。今でも彼の祖母ら親戚がそこに住んでいるそうです。となると、彼は「ヒスパニック」の典型ですね。家庭内ではスペイン語が使われていたといいますから。

 そこで彼に聞いてみました。「あなたはヒスパニックで、ラティーノですか?それとも、ラティネックスと言われた方がいいですか?」

 彼は、浮かない顔で、しばし考えた後、「うーん、ラティネックスって聞いたことないですねえ。日本に来てもう5年になるから…。今向こうで使われているかもしれないけど…」と正直に答えました。そして、またしばらく間を置いて、

「うーん、ヒスパニックもラティーノもねえ…間違いじゃないし、問題ないんですけど…。そうだ、やはり、メキシカン・アメリカンが一番だ」と言うではありませんか。

 今度は、こちらが考える番です。「それが一番良いの?」

 すると、彼は「もし、エイジアンと言われてどう思いますか?インド系も中国系も韓国系も皆、エイジアンです。やはり、自分はジャパニーズ(日系)・アメリカンと言われた方がすっきりしませんか?」

 なあるほど、凄い明解ですっきりしました。つまり、エイジアンやヒスパニックではあまりにも範囲が広すぎるのです。

銀座・みゆき館 モンブランとコーヒー 1265円 ランチとデザートで3000円超えてしまった!

 テキストでは、黒人のことを、Black Americanまたは African American という他に、BIPOC(blackIndigenous and people of color)と呼ぶようになったというので、このことも彼に聞いたら、「BIPOC? うーん、知らない。聞いたことないですねえ」とまた正直に答えました。このテキストを創作した杉田敏先生は、毎日欠かさず、ウォールストリート・ジャーナルとニューヨーク・タイムズとザ・ガーディアンの3紙には目を通しているといいますから、ジャーナリズムの最先端に出てくるフレーズや言葉には精通しています。まあ、ネイティブ以上と言えます。逆に新聞を読まない世代は、米国人でも異国に住めば最新用語を知らないのかもしれません。

 この後、私も色々と考えて、「黒人の人も、ヒスパニックの例と同じように、アフリカン・アメリカンと言われるよりも、ケニアン・アメリカンとか、タンザニアン・アメリカンとか言われる方が嬉しいかもしれないね」と言うと、彼も「そうですね。その通りかもしれませんね」と相槌を打つのでした。

 テキストだけでは絶対に分からない微妙なこと(ニュアンス)まで学べた、というお話でした。

 

懐かしい「イージー・ライダー」を、知らないとは…

 私の義理の息子は、アメリカ人なので、会った時に、覚えたばかりの英語のフレーズを試す「実験台」になってもらっています(笑)。

先日も会った時に、

 I gave the last full measure of devotion. 知ってるかい?

 と、試してみたら、

「リンカーンのゲティスバーグ演説ですね。さすが、お義父さん」と褒められてしまいました。

 「なーんだ、自慢話かあ」で終わりたくないので、この後、深刻な続きがあります(笑)。

 (↑ 試訳は「私は死力を尽くして献身した」)

銀座「たか」焼き魚定食1200円 近くの大手出版社の編集者が通い詰める店らしく、さすがに美味。

「じゃあ、映画The Last Full Measure(『ラスト・フル・メジャー 知られざる英雄の真実』)(2019年)は観た?ベトナム戦争の話だけど、タイトルは、そのリンカーンの演説から取られた。ピーター・フォンダの最期の出演作になったやつ…」と私。

 「観てませんけど…。ピーター・フォンダ?」

 「えっ?ピーター・フォンダ知らないの?『イージー・ライダー』の」

  ちなみに、彼はロサンゼルス出身で、ハリウッドに近い所で育ち、映画通でもあります。

 私は「えーー、それは驚き。ピーター・フォンダのお姉さんはジェーン・フォンダで、お父さんも有名なヘンリー・フォンダで、ノーベル文学賞を受賞したスタインベックの『怒りの葡萄』(ジョン・フォード監督、1940年)にも出ていた…」と一気にまくしたてました。

 「うーん、ジェーン・フォンダは聞いたことあるけど…。スタインベックは学校で習った気がするけど…。うーん、チェック!」と、いつものように、彼はスマホを取り出して、検索し始めました。

 「あの歴史に残る名作『イージー・ライダー』(1969年)だよ! 本当に観てないの?」

 「うん、ノーーー」

 スマホ画面を睨みながら、「全く、何を言っているのか、訳が分からない」といった表情を彼は浮かべるのでした。

これに対して、私は I’m taken aback.とか、 astonishedとか、 shocked とか、あらゆる「驚愕」の言葉を並べました。

◇世代間ギャップ

 しかし、冷静になって考えてみると、それは「世代間ギャップ」ではないかと思いました。私の世代で、「イージー・ライダー」やピーター・フォンダを知らない人はまずいない。常識だと思われます。でも、そんな常識も、哲学的に考察すると、世代が変わると全く通じなくなってしまうということです。

 あんなに人気があって、有名で、一世を風靡しても、30年も経てば、すっかり忘れ去られてしまうという事実に、遅まきながら気が付いたわけです。同時に、自分が常識だと思っていることなど、年が経てば風化して、通用しなくなることも身に染みて分かりました。

 「常識を疑え」ではなく、「常識は時代によって変化する」です。平たく言えば、「おっさん、もう古いよ」ということになるんでしょうが、仕方ないですね。私はもう新しいモノは受け付けられない年になってしまいました。

 「イージー・ライダー」には、デニス・ホッパーとジャック・ニコルソンも出ていました。ステッペンウルフのテーマ曲「ワイルドでいこう!」も大ヒットしたんだけどなあ…。

 「世代間ギャップ」と言えば、父親と子との葛藤を描いた映画「エデンの東」(1955年、エリア・カザン監督)を思い出します。ジェームス・ディーン主演の名作です。テーマ曲も素晴らしい。

 そう言えば、「エデンの東」も原作者は、ジョン・スタインベックでしたねえ。

 繋がりました。

 お後が宜しいようで。

ビートルズ「ペニー・レイン」にはエッチな歌詞も?

 銀座「大海」 大分鳥てん定食 880円

◇「世界ふれあい街歩き」

 NHKの「世界ふれあい街歩き」という番組は、とっても面白い番組なので結構見ています。歩く旅人の目線になるよう特殊なカメラで撮影してくれるので、自分もその街に実際に行った気分になれます。コロナ禍で海外旅行に行けない今、ピッタリの番組ではないかと思います。

 先月は、英国のリヴァプールをやっていました。リヴァプールと言えば、ビートルズの故郷です。見逃すわけにはいきませんでした。この他、リヴァプールはサッカーの聖地でもあり、リヴァプールFCとエヴァートンFCと、二つもプレミアリーグ所属の強豪チームがあり、前者はRED(赤)、後者はBLUE(青)と、ユニフォーム・カラーの俗称で呼ばれ、街中でも”Red or Blue?” お前はどっちのファンなんだ?といった会話が交わされることもやってました。

本文と全く合っていない!(笑) ビートルズの写真にしたいのですが、他の多くの人のような著作権の違反はできませんからね(皮肉)

 そして、ビートルズでした。私が好きな彼らの曲の中でベスト5に入る曲に「ペニー・レイン」があります。リヴァプールにある通りの名前で、ジョン・レノンが少年時代に住んでいたメンローヴ・アヴェニューの家から近い所にあります。私も、リヴァプールには2度ほど訪れているので、勿論、ペニー・レインにも行ったことがあります。(ジョン・レノン自身は、労働者階級を強調していましたが、ジョンが住んだ家は中産階級が住むような住宅で、日本で言えば高級住宅街ですよ)

 番組の中でもペニー・レインは取り上げられ、そこで「出演」した市民が、「歌詞にはリヴァプール人しか分からない言葉が出てくるんだよ」と意味深なことを言っていたので、気になっていました(番組ではその答えを教えてくれませんでした)

◇奇妙な歌詞「ペニー・レイン」

 そこで、調べてみました。私も高校時代から訳してみたりしましたが、どうしても分からない単語が出てきました。例えば、Mack は、今でこそ、アップルのコンピュータか、マクドナルドかな、と想像してしまいますが、これはMackintosh のことで、Mack といえば、マッキントッシュのレインコートのことでした。当時の辞書には載っていなかったので、これが分かった時は目から鱗が落ちました。

 もう一つは、 roundabout で、これも当時の辞書にはなく、今では「ロータリー」だということがすぐ分かります。Behind the shelter in the middle of a roundabout となると、ロータリーの真ん中にある待合所ということになり、「世界ふれあい街歩き」のHPのサイトにはその写真が載っています。

 とにかく「ペニー・レイン」は奇妙な歌詞です。リヴァプール人しか分からないスラングとは、多分、 Full of fish and finger pies in summer 辺りだと思われます。ネットのサイトの中にはFour of fish and finger pies と表記して翻訳しているものがあり、このFour とは「4ペニー分の」という意味だと解説しているものもありましたが、私は一応、Full ofとします。

 直訳すると、「夏のたくさんの魚とフィンガーパイ」で、何のことかよく分かりません。それが、色んなサイトを読むと、fish とは、あの英国の定番食のフィッシュ・アンド・チップスのことであるらしい。そして、肝心なのが、finger piesで、これはリヴァプール人しか分からない俗語らしく、食べ物ではなく、女の子のprivate part を愛撫すること、または、万引きすること、なんてのもありました。これでは、米国人でも分からないでしょうね。

 でも、今はネットが発達してとても便利ですね。この曲は、メインヴォーカルのポール・マッカートニーが作詞作曲したと思われますが、ジョンも少し手伝っているかもしれません。さっきの問題個所のFull of fish and finger pies in summer ですが、Full of fish and finger piesまでは、ジョンとポール(そしてジョージも?)がコーラスでハモってますが、 in summer はジョンだけの声に私は聴こえます。「あの夏にやっちゃったんだよ」という雰囲気がよく出ています(笑)。そんな名曲を作ったポールは当時、24歳か25歳。ジョンは26歳か27歳の若さです。

◇「ノルウェーの森」は「ノルウェー製家具」

 昔はとんでもない、誤訳が多かったものです。以前にもこのブログで書いたことがありますが、例えば、ビートルズのNorwegian woodは「ノルウェーの森」と訳されてましたが、本来なら「ノルウェー製の家具」が正しい。ジョン・レノンのCold Turkey は、「冷たい七面鳥」のタイトルでシングルが発売されましたが、これは、麻薬の禁断症状のことで、今では大変な誤訳だったことが分かります。

 「ペニー・レイン」は1967年発売。私は当時小学生でしたが、ラジオで同時代で聴いてました。(その後、レコード、CDを買い、何百回聴いたことか!)でも、歌詞の意味が分かったのは、やっと54年も経ってからでした(笑)。

変な日本語はそのうち淘汰されるのでは?

 新型コロナの感染者が昨日21日は、全国で2596人と4日連続過去最多を記録し、さすがの菅首相も急遽、「Go to キャンペーン」の一時停止を表明しました。専門家の意見と世論に押し切られた感じですね。

 先程、ニュースでやってましたが、世界最多の米国は桁違いで、私の友人も住むテキサス州では過去100万人がコロナに感染し、2万人の方が亡くなられたそうです。致死率2%ですか…。ちなみに日本を調べてみたら、21日の時点での感染者総数は13万1810人で、亡くなった方は1994人。致死率は1.5%。思っていたほど、それほど変わらないんですね。ということは、感染者数は抑えなければなりません。政府の判断は遅かったかもしれませんが、妥当でしょう。私も連休中に、紅葉狩りを兼ねて鎌倉の円覚寺などの禅宗寺院巡りを計画していましたが、中止しました。時流に乗った「我慢の3連休」になりました。

 話は変わりますが、先程の「Go to キャンペーン」ですが、「Go to トラベル」にしろ、「Go to イート」にしろ、外国人には通用しない変な和製英語だ、と通訳や翻訳家や任意団体から抗議の声が上がっています。

 正論です。でも、私なんか仕方ないんじゃないかなあ、と大目に見ています。頭脳明晰な高級官僚様らが考える言葉は、世間の一般大衆とはかけ離れたことが多いからです。「オレオレ詐欺」なんて、訳が分からない変な日本語の最たるものでしたが、百万回聞かされると、普通の日本語になってしまいましたからね。「Go to トラベル」なんかも和製英語というより、日本語、それも変な日本語、造語として受け止めるしかないんじゃないでしょうか。

 だって、これは日本人だけがやっている風習(?)というわけではなく、例えば、米国人は日本のカメラのニコンNikonを「ナイコン」と呼んでいます。また、スポーツメーカーのアシックスasics(創業者の鬼塚喜八郎さんが、帝政ローマ時代の風刺作家ユベナリスの言葉「もし神に祈るならば、健全な身体に健全な精神があれかしと祈るべきだ Anima Sana in Corpore Sano」から命名したそうです)だって、米国人はアシックスとは言わず、エイシックスと発音して、それが正式な会社名だと思い込んでいますからね。ちょっと、話のレベルが違うかもしれませんが(笑)。

 変な日本語はそのうち「死語」となって消えていきます。今の時代、「チョベリグ」とか「チェベリバ」なんて、もう誰も言わないでしょ?

岐阜城のミニチュア庭園

 それより問題は、先週の金曜日にこのブログに書いた「恥ずべき報道機関の誤訳問題=NHK、時事通信」です。この記事は、意外にも反響が御座いまして、英語の権威のK氏から、FBで長い的確なコメントを頂き、大変大変勉強になりました。

 この記事をまだお読みでない方は、是非、上をクリックしてお読みいただきたいのですが、私も幸運なことに、義理の息子が米国人なので、改めて彼に見解を聞いてみました。

 そしたら、私の書いたことは概ね合っているようでした。問題になったawkward は、私は「ぎこちない」と訳しましたが、彼は「awkwardは、 uncomfortable に近いかな」と言い、symptom(きざし、兆候)については、「symptom はsymptom だけど、鳩山元首相の個人的なことを言っているわけではなく、日本全体のpolitical climate政治的風潮のことをオバマさんは言ってると思いますよ」と援護してくれました。身近にネイティブがいると助かりますねえ(笑)。 

とにかく、英語って、結構難しいんですよ。先程の「Go to キャンペーン」ではありませんが、

 Is that for here or to go?

とはどう意味か分かりますか?中学1年生の単語ですから簡単ですね(笑)。ファストフード店でよく聞かれるフレーズですから、米国人なら知らない人はいません(当たり前か)。

 これで、「店内でお召し上がりですか?それともお持ち帰りですか?」という意味になります。

 それでは、 Give it a go. はどうでしょう?

goは行く、という動詞ではなく、 a という冠詞が付くので名詞です。「ひとつ、やってごらん」という意味になります。「食べてごらん」「飲んでごらん」は、Give it a shot.になるそうです。

 えっ? そんな簡単なこと最初から知っている?

 失礼致しやんした。

 お後が宜しいようで。

恥ずべき報道機関の誤訳問題=NHK、時事通信

丹波亀山城跡

 最近、ネット上で報道機関による「誤訳」が俎上に上がっています。

 オバマ前米大統領の回顧録「A Promised Land.約束の地」(仮訳)の中で、オバマ氏が鳩山由紀夫元首相のことを「硬直化し、迷走した日本政治の象徴だ」と、NHKが11月17日午前10時のニュースで放送したことと、時事通信ワシントン電が17日、同じくオバマ回顧録の中で、オバマ氏が鳩山氏のことを「『感じは良いが厄介な同僚だった』と指摘した」ことなどが主に槍玉に上がっています。

 私自身も報道機関に働く一員として、興味がある話なので、調べてみたら、やはり、情けないことに誤訳でした。しかも、このままでは、オバマ氏が鳩山元首相を悪く批判したことになり、オバマ氏としては全く心外な話であり、鳩山氏としては名誉棄損に他ならないことになります。

問題になった原文は以下の通りです。

A pleasant if awkward fellow, Hatoyama was Japan’s fourth prime minister in less than three years and the second since I’d taken office — a symptom of the sclerotic, aimless politics that had plagued Japan for much of the decade.

まず、最初に出てくる A pleasant if awkward fellowを、時事通信は「感じは良いが厄介な同僚だった」と翻訳しましたが、本来なら、せめて「ぎこちなかったとはいえ感じが良い相手だった」ぐらいの意味になります。結論は、鳩山氏は「感じが良いpleasantな人だった」ですから、時事通信の「厄介な同僚だった」訳では真逆な意味になってしまいます。awkward には「扱いにくい」という意味もありますが、人間に対して「厄介な」というような人格を否定する強い意味はなさそうです。むしろ「不器用」という意味です。fellow を「同僚」と訳すのも初歩的ミス。相手国の首相に対して、オバマさんが同僚と言うわけがないでしょう。

 NHKが「オバマ氏が鳩山由紀夫元首相のことを『硬直化し、迷走した日本政治の象徴だ』」と報じた原文は、後半の — a symptom of the sclerotic, aimless politics that had plagued Japan for much of the decade. を訳したと思われますが、これは、鳩山氏を直接指した意味ではなく、3年もたたない時期に4人も首相が代わったりして日本が10年も苦しめられた「硬直化した、これという目的もない政治のsymptom兆候の一つだ」と言ってるわけです。つまり、オバマ氏は日本の政治風土全体を批判、もしくは危惧しているのであって、鳩山氏を個人攻撃しているわけではさらさらないことが分かります。日本の政治風土が硬直化しているから、鳩山氏はawkward ぎこちなかったのだ、とオバマ氏が言いたい意味が通じることになります。

 鳩山氏は自らのツイッターで「原文に『不器用だが陽気な』との表現はあるが痛烈な批判はなかった。メディアはなぜ今でも私を叩くのか」と憤慨しておられましたが、お気持ちはよく分かります。正論です。

 でも、意図的な誤訳ではない、と思われます。はっきり言わせてもらうと、単なる知的レベルの低下です。マスコミの記事は一人で完結するわけではなく、デスクや校正、整理部記者ら複数の人間がチェックするはずですが、複数の人間が間違いを見過ごしたということになりますから。

 その背景には、まず第一に、これだけ混沌とした世の中になって、優秀な人材がマスコミに集まらなくなった、からではないでしょうか。仕事は異様にきつく、拘束時間も異様に長く、それでいて待遇が良いかと言えばそれ程でもない。優秀な人材は、ゴールドマンサックスといった外資系企業に入って、20代で年収5000万円を獲得して、超美人の女優さんと結婚するというのが、今や定石になりつつあります(笑)。

 私もよく知っている時事通信で特派員経験もあり、長らく翻訳を担当しているA氏に事情を聴いてみたら、こんな有り様でした。

 昔の外信部や外国経済部は、入社したての新人が入って3年ぐらいはみっちり、デスクに怒られたり、何度も書き直しをさせられたり、原稿を破られたり、修行僧のようにさんざん鍛えられましたが、今は新人は直接、外信部に行かず、地方に行ったり、他の部から配属されたりします。そうなると、語学力がそれほどない人もいれば、日々の鍛錬を怠る人もいます。若い時に、みっちり鍛え上げられれば、かなり語学力も進歩するのに、途中からではやはり向上しない。プロパー(生え抜き)がいなくなると、昔の鍛えるシステムも失われ、デスクになっても、些細な間違いさえ見つけられない。そういう悪循環が続き、社として全体的な語学力のレベルが低下したんじゃないでしょうかねえ。

 嗚呼、そういうことだったんですね。少し納得しました。

 

 

南北戦争と和製英語の話=松岡將著「ドライビング・アメリカ」から

 9月28日渓流斎ブログで「英語翻訳は難しい」とのタイトルで、日本人にとって英語学習が如何に大変であることを書いたところ、満洲研究家の松岡將氏から30年ほど前に書かれた自著「ドライビング・アメリカ」(日本貿易振興会ジェトロ出版・1992年2月24日初版)を送って頂きました(他にも理由があるのですが割愛)。

 書かれたものが30年以上前なので、当時は通用していても、今ではPC(ポリティカルコレクト)でアウトになってしまう表現(例えば「女子供」とか)や今では死語になった「マルキン」「マルビ」といった言葉も出てきますが(笑)、今読んでも不変の話が多く出てきますので、勉強になりました。

 それにしても、当時はインターネットもパソコンも普及しておらず、原稿は、頭と手書きで書いたものですから感服致します。

 松岡氏は農林省に入省しますが、1972年から76年にかけて外務省に出向し、米国の在ワシントン日本国大使館に勤務します。その間の1975年は、昭和天皇皇后両陛下の訪米という最大のイベントに遭遇し、大使館地下に直通電話を何本も引いて緊密連絡の指令塔になったり、シカゴ農場ご訪問の担当で下見検分に行って分刻みの日程をつくったりしたといいます。その辺りは「住んでみたアメリカ」(サイマル出版会、1981年)に詳しく、この「ドライビング・アメリカ」では、ジェトロの理事になり、天皇陛下が訪問したシカゴのバルツ農場を15年ぶりに再訪したことなども書かれています。

 本書では米国人には常識であっても日本人の多くが知らなかった米国史が出てきます。例えば、米大陸最初の英国人による植民は、日本でもあまりにも有名なメイフラワー号ではなく、これに先立つこと13年前の1607年4月のスーザンコンスタント号、ゴッドスピード号、ディスカバリー号の3隻によってその第1歩が印されたことを挙げています。

◇知られざる南北戦争

 また、松岡氏一家4人が住んだ米ワシントン郊外のヴァージニア州が南北戦争の激戦地だったことから、所縁の地を訪れたりします。南部連合が首府としたヴァージニア州リッチモンドと北部連合の首府が置かれたワシントンとの距離はわずか150キロで、今なら車で2時間だという距離には驚かされました。

 そして、この本を読んで初めて知りましたが、南北戦争は一人の農夫ウィルマー・マクリーンの自宅で始まり、また同じマクリーンの自宅で終わったという歴史的偶然が描かれています。簡略すると、1861年7月、ワシントンから南西約20キロ離れたブルランという所で、前線巡察中の南軍の将軍と参謀が、マクリーンの自宅で昼食中に、北軍の砲弾が飛来し、炸裂したのが南北両軍による戦闘開始のきっかけとなります。

 マクリーンは戦火を逃れるためにブルランを離れ、ヴァージニア州のアポマトックス村に農場を買い、移住して数年間は平和に暮らしますが、1865年4月9日、道を歩いていたところ、南軍のマーシャルと名乗る若い大佐から呼び止められ、「リー将軍がグラント将軍と会見するふさわしい場所はないか」と尋ねられます。マクリーンは最初は、近くの使われていない裁判所庁舎に連れて行きますが、マーシャル大佐は気に入らず、そこで、マクリーンは彼を自宅に連れて行くと、大佐はその広間が気に入り、両将軍の会見の場になったといいます。

 ということで、旅順要塞陥落で乃木将軍とステッセル将軍が会見した「弾丸あとも著しく、崩れ残れる民屋」旅順の水師営と違い、アポマトックスのマクリーン・ハウスは何の変哲もない家で、観光客も少なく、奥さんから「なあに、この広間。普通の家とちっとも変わらないじゃないの」とまで言われた逸話まで書いてしまっています。

 日本人で、南北戦争に興味がある人はそれほど多くありませんが、米国史にとっては欠かせない一大事件です。色々と諸説ありますが、この南北戦争では、グラント将軍率いる北軍の死者は約36万人で、リー将軍率いる南軍の死者は約28万8000人で合計64万8000人。第2次世界大戦の米軍の死者が31万8000人といわれていますから、如何に犠牲者が多かったかが分かります。

◇英語翻訳は難しい

 この本の後半では、この記事の最初に書いた「英語翻訳は難しい」例が沢山出てきます。「英語は簡単すぎるから難しいのではないか」という著者の結論は、私と全く同じなので吃驚してしまいました。

 今からもう60年以上も昔ですが、日本、米、カナダ、ソ連の4カ国がワシントンで「北太平洋のオットセイの保存に関する暫定条約」の交渉が行われた際、日本代表団の一人がオットセイが英語から出た言葉だと思い込んで、何度も「オットセイ」と発音を変えたりして発言したのに全く通じなかったという笑えない逸話も紹介しています。(この話はオチがあり、仕方なくオットセイの絵を描いたら、相手から「何だ、鳩か」と言われたとか)

 和製英語になっている単語が、当たり前ながら米国では全く通用しないことも本人の体験談として書かれています。全てに答えが書いていなかったので、老婆心ながら小生が英単語付で御紹介するとー。

自動車のハンドル⇒wheel (be behind the wheel で運転する)

パンク⇒ flat tire(punctureなら通じます)

バックミラー⇒ a rearview mirror

エンスト⇒ engine stall (stopは使わない)

ガソリンスタンド⇒ gas station(standじゃない)

取り敢えずこの辺で。

「図書カード」拝受と宗教騒動のお話

 NHK出版から自宅に封書が届きました。「面妖な、何用か?」と思いながら開けてみたら、「図書カード」(500円分)が入っていました。やったー、です。

 クイズに当選したわけではなく、NHKラジオの語学テキストの投稿コーナーに投書したことで抽選で当たったようです。思えば、語学学習はもう半世紀以上、NHKラジオで学習してきました。一番最初が中学校1年生の時の「基礎英語」(サラブレッドの綴りがthoroughbredだと知り、カルチャーショックを受けたことを覚えています)、中2で「続基礎英語」、中3から「英会話」…そして今でも聴き続けている杉田敏先生の「実践ビジネス英語」は「やさしいビジネス英語」から聴いているので30年以上経つと思います。あと、大学生から「まいにちフランス語」も聴き続けています。

 「実践ビジネス英語」はかなりのハイレベルで、NHKラジオ英語講座では最高レベルです。2年前から義理の息子になった米国人に試しに使ってみると、「そんな言葉知りません。チェック!」と言って、スマホで検索します。そして「本当に知らなかった」と白状するのです。凄い快感になりますが(笑)、英語を母国語にする人さえ知らないというのでは、日本人が知らないのも当然ですね。そんなことを投書したのです。まさか、これが当たるとは!(投書は誌面上では非公開にしたので、今回が初公開です)

湯島「吟」しめ鯖と盛り合わせ

 さて、一昨日夜、この渓流斎ブログのサイト管理運営でお世話になっているIT技師長のM氏と湯島の「吟」で、本当に久しぶりに一献を傾けました。この「吟」は、高校時代の後輩さんがやっているお店ですが、コロナ禍で経営が大変になりました。そこで、いわゆるクラウドファンディングで資金集めをしていたので、私も些少ながら寄付に応じたのです。おかげで、半年間、飲み代は半額になりました。

 M氏は主に関東・首都圏の寺社仏閣の縁起をまとめた公式サイト「猫の足あと」を主宰運営しているので、現代の宗教界の裏話に通じています。彼と会うと、そういった話が聞けるのが楽しみです。宗教学者は宗派の宗旨や歴史については詳しいでしょうが、宗教界のゴタゴタや最新情報に精通しているのは、やはり宗教ジャーナリストになるからです(笑)。

 例えば浄土真宗です。彼は、寺院から宗旨を変更した旨のメールを時折受け取るといいますが、一番多いのが真宗大谷派(東本願寺)から浄土真宗本願寺派(西本願寺)、もしくは浄土真宗東本願寺派への宗派替えだというのです。浄土真宗東本願寺派というのは、かつて真宗大谷派の東京別院(浅草御廟)だったのですが、いわゆる「お東騒動」で真宗大谷派から離脱しました。その流れで、全国のかなりの寺院が浄土真宗東本願寺派へ宗派替えしているというのです。(ちなみに、浄土真宗には本願寺派以外に高田派など合わせて十派あります)

 へー、知らなかったですね。騒動の経緯などご興味のある方は検索すれば色々と出てきます。そうこうすると、いつの間にか、貴方も宗教ジャーナリストですね。

 浄土真宗系の寺院は今最も布教活動に熱心で、わずか3カ月の講習だけで僧侶の資格が取れる即席コースを設け、新寺を量産しているというのです。これまでどんな宗派も、僧侶になるためには短くても2年間以上の講習と修行等が必要とされていたので、M氏も「いかがなものか」と眉を顰めておりました。

 話は変わって、「日蓮聖人門下連合会」11教団(あの国柱会もあります)の一つ、顕本法華宗です。総本山は京都の妙満寺で、全国に約200の末寺がありますが、そのうち150の末寺が千葉県内にあるというのです。千葉で顕本法華宗が盛んなのは、その宗派の僧侶が、土気城主の酒井氏を帰依させ、領地七里四方の寺院を法華宗にさせるという荒技を行ったからでした。(七里法華の根本霊場)

 顕本法華宗は包括宗教団体なので、末寺は総本山に上納金のような布施を納めなければなりません。こういう制度は顕本法華宗に限らず、ほとんどの宗派、宗教に通じますが、彼の考えでは「関西に基盤も作れず、実質千葉県の末寺に頼っているのだから、布教活動の都合上、実質本山を千葉に設けるべきではないか」というのです。顕本法華宗の開祖日什大正師(1314~1393)の出身地である会津には、妙法寺(会津若松市)のわずか一カ寺しかないそうです。

 上納金というと、暴力団組織のように聞こえますが、実は、逆に、ヤクザの方が、寺のピラミッド制と末寺から本山への布施制度を真似したといいます。これには酔いが醒めました。

 このような総本山に上納金を納める包括宗教団体を嫌がって、最近では「単立」の宗教団体が増えているそうです。総本山から離れるには、お東騒動のように、自分たちで本山として独立するか、一本独鈷で行くかのどちらかを選ぶことになります。

 これは、寺院だけではなく、神社でも増えているというのです。神社本庁へ志納金が支払えないという理由のほか、神社本庁の運営に反対して離脱するというのもあるそうです。あの明治神宮でさえ、一時「単立」になったことがあったというので、驚いてしまいました。

 宗教は過去の遺物ではありませんから、絶えず進化して信者、門徒を獲得する布教活動(=経済活動)をしないとつぶれてしまいます。

 M氏によると、関東地方の旧武蔵国足立郡、埼玉郡をはじめとした荒川沿いに真言宗の寺院が現在でも多くあるのは、江戸幕府が河川改修、新田開発を積極的に行い、水田農村が飛躍的に増えたので、農村仏教である真言宗が飛躍的に増えたからだといいます。
 一方、山間部は鎌倉幕府の庇護を受けた臨済宗系の寺院が比較的多かったのですが、曹洞宗に宗派替したところも多く、その上、明治維新になって、庇護者である大名・旗本がいなくなってしまい、その経済基盤が崩壊して、寺院の数が減る要因になったといいます。

 ただ、曹洞宗の場合は、明治維新後に、本山の一つである「総持寺」を能登(現在、総持寺祖院として残されている)から神奈川県の鶴見市へ移転させ、これが結果的に功を奏し、関東の曹洞宗はその立場を維持できたのではないか、というのがM氏の見立てでした。

 如是我聞。盃を傾けながら、という罰当たりの行いをしながらでしたが、私自身は大変興味深く拝聴しました。

英語翻訳は難しい=深い悩みに苛まれて生き抜くしかない

 昨日、携帯のiPhoneのソフトウェア・アップデートを行ったところ、普段なら30分ぐらいで終わるのに今回は、iOS14.01にバージョンアップしたせいか、1時間半も掛かってしまいました。

 バージョンアップしたら、最初の画面まで変わり、これまで見かけないアプリも勝手にインストールされていました。それは、「翻訳」アプリで、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、中国語、韓国語など10カ国語の翻訳ができます。

 ちょっと、試してみたら、まあまあ、なかなかの出来でした。人工知能(AI)か、ビッグデータか知りませんが、昔と比べてかなり精度が上がっていました。でも、英語和訳は、私はかなり難しいと思っています。中学生でも分かる簡単な英語でも、真逆な意味になることがあるからです。

 例えば、No kidding.  普通なら、「まさか」とか「冗談でしょ?」という意味なのですが、最近では「全くその通りです」と肯定の意味で使われているのです。

 もう一つ、Tell me about it.  普通なら「それについて私に教えてください」という意味なのですが、「もう分かったからいい加減にしてくれ」という使い方もあるのです。真逆ですね。

 You’re so beautiful. も素直に取ってもいいのですが、会話の中で、発音や身振りを交えれば、かなりの正反対の真逆のニュアンスを皮肉を込めて意味することすらできます。これはAIではまだできないでしょうね。

 何と言っても、英語の難しさは、単語の少なさにあると思います。日本語の「私」は、僕、俺、乃公、吾人、あっし、てまえ、おいどん、わし、あたい、自分…まあ、いっぽいありますが、英語なら「I」だけです。ということは、Iには、僕から自分までさまざまな「私」を含んでいることになります。AI翻訳機はそのうち、そこまで微妙なニュアンスを翻訳できるようになるかもしれませんが、もう少し時間が掛かると思います。

 さて、話は変わりますが、最近、ボケーと生きていたら、このブログのサイトから広告が消えていたことに昨日、気が付きました。IT技師長のM氏に調べてもらったら、8月9日あたりに「テーマ」をアップデートした際、PHPが書き換えられて広告がなくなってしまったというのです。昨日すぐ復活してもらいましたが、1か月半無駄にしてしまいました。

 この渓流斎ブログは2017年9月15日、gooブログから独立して、新しく自分のサイトを開設して以来、皆さまにとって目障りな広告をリンクすることにしました。これは、サーバー代とドメイン代の足しにするもので、皆さまのご理解とご協力を賜りたいと存じます(笑)。宜しくお願い申し上げます(広告をクリックして頂くと0.1円から0.5円ぐらいの収入が入ってくるようです。自分でクリックしたら違反となり、チャラになってしまうようです)。

 また話が変わりますが、このブログに、個人的ながら「最近心配事が絶えない」と書いてしまいましたが、どなた様からも御下問がないので正直に打ち明けたいと思います。まず、先月から高齢の母親が入院したこと、その前に高校時代の旧い友人が軽微ではない病気で、週に3回通院するようになってしまったことでした。まだありまして、小学校時代の旧い旧い友人が脚を骨折し、3カ月の入院を余儀なくされており、大学時代の旧い友人もホームヘルパーなしでは普通の生活をするのに困難を来すようになっていることでした。周囲の親しい人たちが次々と不自由な生活を強いられているのに、私は、持病以外は至って健康で(変な表現)、いまだに田舎から都心まで電車通勤して仕事を続けることができ、たまーには夜の街でお酒を呑んだりして、少し後ろめたい気分にもなっているのです。

 さらに、最近、三浦春馬さん、竹内結子さんといった端から見れば売れっ子で経済的には何ら不自由のないと思われる私より若い有名俳優が自殺してしまうので、衝撃を受けてしまいます。コロナ禍で仕事がなくなって生活に困っている無名の舞台俳優がそれこそ何千、何万人もいるというのに、です。もしかして、売れているとか経済的に恵まれいるとはいっても、本人の悩みは深く、そんなものでは満たされないのかもしれませんが。

 「生老病死」というのは、仏教思想から人間の理(ことわり)だということは頭では分かってはいますが、どうも心配事は軽減することなくまとわりつき、思想も哲学も宗教も「救い」にはならないのではないか、と私は詰ったりしたくなります。「お前には修行が足りないからだ」と言われそうですが、勉強すればするほど悩みは深くなります。

 電車に乗れば、老若男女、スマホの画面に熱中していて、何をやっているかと思えば、ゲームをやっています。ゲームが悪いという意味ではないのですが、車内で私のように仏教書や哲学書を読んでいる人間はこの何十年もお目にかかったことがありません。

 私も書物を棄てて、ゲームに熱中すれば救われるのでしょうか?ーいや、そうは思いませんね。やはり、心配事や深い悩みに苛まれながら、重い十字架を背負うようにして、毎日、歩み続けていくしかないことでしょう。仏教的な諦念かもしれませんが、与えられた生命を全うして生き抜くしかないでしょう。やはり、自殺は御法度です。

 

35年ぶりのランボー詩集

 最近、文学しています。残った夏休みの宿題を慌てて仕上げようとしている感じもします。

 文学ですから、儲かりません。はっきり言って、なくても困りません。といいますか、なくても生活に支障はきたしません。そういうものに、学生時代の一時期、命を懸けるほど熱中したことがありました。

 今でこそ堕落して、他人のこしらえたフィクションには目もくれずに、ビジネス書やブロックチェーンやMMT関連の書物にまで首を突っ込んで、不安な将来に備えていますが、かつては、経済に左右されない人生こそが美徳であると信じていた時期がありました。

 文学には社会を変革する力があると信じていたこともありました。

 それは新聞広告で目にした一冊の文庫本でした。

  中地義和編「対訳 ランボー詩集」(岩波文庫、2020年7月14日初版)です。何か見てはいけない広告を見てしまった感じでしたが、ずっと心の奥底に引っかかっていました。フランス象徴派詩人アルチュール・ランボー(1854~91)は、学生時代にかなりはまったことがありましたから尚更です。フランス語の原書は、文庫版では飽き足らず、高いプレイヤード版の全集も買いました。日本語は、小林秀雄訳、中原中也訳、鈴村和成訳などを経て、平井啓之ら共訳の「ランボー全集」(青土社)まで買い揃えました。それでも、難解過ぎて途中で挫折してしまいました。

 わざわざ、この本を買ったのは「対訳」としてフランス語の原文と和訳が並列していたからでした。

 しかし、正直に告白すると、途中で挫折したように、20代の頭ではさっぱり分かりませんでした。意味はどうにか取れても、作者の意図する本意や時代的背景などを熟知していなかったせいもありました。ランボーは15歳頃から詩作をはじめ、20歳で早くも筆を折りました。ということは作品の大半は、10代の少年が書いたものです。歴史に残る大天才を前にして、異国の軽輩が何か言うのも烏滸がましいのですが、極東に住む凡夫の若者はランボーの作品を理解することを諦めました。そして、邪道ながら、彼にまつわる逸話(ファンタン・ラトゥールの絵画など)を追いかけました。

 詩作をやめたランボーは、オランダ軍傭兵としてジャカルタに行ったり(後に脱走)、キプロスの採石場の現場監督をしたりしましたが、地元シャルルヴィル高等中学校時代の級友エルネスト・ドラエー(1853~1930)から文学への関心を問われると「あんなもの、もう考えもしないさ!」と答えたといいます(1879年)。

 その後、ランボーはイエメンのアデンにあるバルデー商会に雇われ、アビシニア(現エチオピア)のハラールの代理店に勤め、交易商人になります。主に象牙やコーヒーの取引やフランスからの工業製品や武器まで扱ったようです。しかし、アデンで膝の腫瘍が悪化します。風土病だったとも性病だったとも色んな説がありますが、フランスのマルセイユに戻り、コンセプション病院で右脚を切断し、1891年11月10日に同病院で死去します。まだ37歳という若さでした。

 若い頃のランボーと言えば、詩人ポール・ヴェルレーヌ(1844~96)との不適切な関係を始め、ふしだらで酔いどれの破天荒な私生活が有名ですが、詩作を断ち切り、武器商人になった晩年の孤独で悲惨な生活とその早すぎる死が、彼の書いた難解な作品(「地獄の一季節」など)と見事に、結果的に「言行一致」してしまったことが、何百年経っても彼に惹き付けられる魅力になっていると言えるでしょう。

比類なき超天才児とその後の「没落人生」(本人は認めないでしょうが)とのギャップがあまりにも大き過ぎるので、謎が謎を呼ぶことになったのです。

プレイヤード版の「ランボー全集」。40年近い昔に買った本だが、当時7760円もした

 ということで、35年ぶりに改めて「ランボー詩集」の文庫本(1122円)を読み始めています。

 原文と対訳を熟読すると、何と1篇の詩を読むのに2~3日も掛かります。本当です。読書は主に通勤電車の中でしているので、48時間~72時間掛かるという意味ではありません。電車の中で、1篇の詩作品を読むと1日で読み切れず、2~3日掛かるという意味です。

 15~16歳の時に書かれた初期韻文詩は、見事な12音綴のアレクサンドランの定型詩になっていて、しっかり脚韻が踏まれています。アレクサンドランは、日本の短歌や俳句と同じようなものかもしれません。脚韻は、aabbだったり、 ababだったり色々ですが、韻を踏むために、主語と述語が倒置されたり、名詞と形容詞が入れ替わったり、形式を優先するために、意味は後回しで、かなりこじつけになったりして、外国人にとって理解するのに難儀することがあります。

 何と言ってもフランス語の語彙力には全く歯が立ちません。相手は15歳の少年でも、記憶力抜群の比類なき超天才ですから、異邦人の凡夫が勝てるわけがありません。

 ただ、年を取って、人生経験も豊富になり、既に世界各地を旅行し、分別も付き、大きな病気も体験し、他人からの裏切りや嘲笑も味わい、辛酸を舐めてきたお蔭で、人生経験の少ない少年には負けませんね(笑)。それに、自分で言うのも何なんですが、不断の努力による膨大な読書量で、ランボーには負けない教養なるものも身に着きましたから、怖れることはありません。

 そんな中で興味深かったことは、15歳の少年だというのに世の中の動きや時事問題にかなり関心があって、当時、普仏戦争(1870年)の最中で、スダンでプロシャ軍に降伏したナポレオン三世を揶揄、批判する詩まで書いていたことです。(15歳の自分はビリヤード場で遊び惚けていましたからえらい違いです。)この詩は、私も学生の頃に読んでいたはずですが、すっかり忘れています(苦笑)。当時のフランスは、世の中の動きや情報を知る手段として新聞ぐらいしかなかったでしょうが、15歳のランボーは「皇帝の憤激」という詩の中で、ナポレオン三世のことを「遊蕩に明け暮れた20年に酔いしれている」といった反帝政派のキャンペーンを文字ったり、「彼(ナポレオン三世)は、眼鏡をかけた協力者を思い出している」と書き、共和派から帝政派に鞍替えして首相になったエミール・オリビエのことを示唆したりしています。

 ランボーの10代は、普仏戦争とパリ・コミューンが起きた歴史的な激動期でした。当時のフランス人たちは、「遊蕩に明け暮れた」(遊蕩orgieには乱交パーティーという意味もある)だけでナポレオン三世のことを思い浮かび、「眼鏡をかけた協力者」だけで、オリビエ首相のことが何ら説明もなく分かったことでしょう。これでは、詩人というより、ジャーナリストですね。(そう言えば、19世紀のバルザックやフロベールらの小説は、例えば二月革命など当時の時代背景を忠実に再現したもので、フィクションというより、ジャーナリスティックでした)

学生時代の畏友と横浜でランボー詩集の「読書会」を開いて勉強していた20代後半の頃。1ページ読むのに1週間掛かった

 私が20代の頃に読んでさっぱり分からなかったことは、今ではネットのお蔭で、簡単に分かります。オリビエ首相だって検索すれは略歴とともに、眼鏡をかけた彼自身の肖像写真まで出てきますからね。今の若い人は羨ましい。

 文学していると、コロナ禍の現代を忘れて19世紀に逃避行できます。何と言っても、ヴェルレーヌはともかく(二人の直接の交際はわずか4年だったとは!ランボー17歳から21歳まで。ランボーの死後、無名だった彼を蘇らせたのはヴェルレーヌの尽力によるものだった)、学生時代に親しんだジョルジュ・イザンバール(ランボーの高等中学校の教師)とかポール・デメニー(イザンバールの友人で詩人)やジェルマン・ヌーヴォー(「イルミナシオン」の清書も手伝った詩人)らの名前がこの本にも出てきて、あまりにもの懐かしさに心が動揺し、涙が出てくるほどでした。

 恐らく分かってもらえないでしょうけど、私は、彼らのことを現代人より近しく感じてしまうのです。

 20代の私は純真無垢で、純粋芸術である(と思い込んでいた)文学に憧れを抱いていたことも思い出しました。

 でも、文学の実体は、なくても支障がない絵空事です。一人の人生を変えるほどの文学に出合えた人には「おめでとう御座います」と言うしかありません。

 文学だけでなく、生活も哲学も宗教も経済学も政治学も無意味かもしれません。パスカルがいみじくも言ったように、結局、「人生は大いなる暇つぶし」だと最近とみに感じています。

英語は普遍的、中国語は宇宙的、日本語は言霊的

WST National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

 昨晩は、中部北陸地方にお住まいのT氏と久しぶりに長電話しました。T氏は、学生時代の畏友ですが、十数年か、数十年か、音信不通になった時期があり、小生があらゆる手段を講じて捜索して数年前にやっとメールでの交際が再開した人です。

 彼は、突然、一方的に電話番号もアドレスも変えてしまったので、連絡の取りようがありませんでした。そのような仕打ちに対しての失望感と、自分が悪事を働いたのではないかという加害妄想と自己嫌悪と人間不信などについて、今日は書くつもりはありません。今日は、「空白期間」に彼がどんな生活を送って何を考えていたのか、長電話でほんの少し垣間見ることができたことを綴ってみたいと思います。

 T氏は、数年前まで、何年間か、恐らく10年近く、中国大陸に渡って、大学の日本語講師(教授待遇)をやっていたようです。日本で知り合った中国人の教授からスカウトされたといいます。彼は、私と同じ大学でフランス語を勉強していて、中国語はズブの素人でしたが、私生活で色々とあり、心機一転、ゼロからのやり直しのスタートということで決意したそうです。

 彼の中国語は、今でこそ中国人から「貴方は中国人かと思っていた」と言われるほど、完璧にマスターしましたが、最初は全くチンプンカンプンで、意味が分かってもさっぱり真意がつかめなかったといいます。それが、中国に渡って1年ぐらいして、街の商店街を一人で歩いていると、店の人から、日本語に直訳すると「おまえは何が欲しいんだ」と声を掛けられたそうです。その時、彼は「サービス業に従事する人間が客に対して、何という物の言い方をするんだ」とムッとしたそうです。「日本なら、いらっしゃいませ、が普通だろう」。

 しかし、中国語という言語そのものがそういう特質を持っていることに、後で、ハッと気が付き、それがきっかけで中国語の表現や語用が霧が晴れるようにすっかり分かったというのです。もちろん、中国語にも「いらっしゃいませ」に相当する表現法はありますが、客に対して「お前さんには何が必要だ」などと店員が普通に言うのは、日本では考えられません。しかし、そういう表現の仕方は、中国ではぶっきらぼうでも尊大でもなく、普通の言い回しで、「お前は何が欲しいんだ」という中国語が、日本語の「いらっしゃいませ」と同じ意味だということに彼は気づいたわけです。

 考えてみれば、日本語ほど、上下関係に厳しく、丁寧語、敬語などは外国人には習得が最も困難でしょう。しかも、ストレートな表現が少なく、言外の象徴的なニュアンスが含まれたりします。外国人には「惻隠の情」とか「情状酌量」とか「忖度」などという言葉はさっぱり分からないでしょう。

 例えば、彼は先生ですが、学生から「先生の授業には実に感心した」といった文面を送って来る者がいたそうです。それに対して、彼は「日本語では、先生に対して、『感心した』という表現は使わないし、使ってはいけない」と丁寧に説明するそうです。また、食事の席で、学生から、直訳すると「先生、この食事はうまいだろ」などとストレートに聞いてくるそうです。日本なら、先生に対して、そんな即物的なものの言い方はしない、せめて「いかがですか?」と遠回しに表現する、と彼は言います。

 そこで、彼が悟ったのは、中国語とはコスミック、つまり「宇宙的な言語」だということでした。これには多少説明がいりますが、とにかく、人間を超えた、寛容性すら超えた言語、何でも飲み込んでしまう蟒蛇(うわばみ)のような言語なのだ、という程度でご理解して頂き、次に進みます。

WST National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

 一方、英語にしろフランス語やドイツ語にしろ、欧米の言語はユニバーサル(普遍)だと彼は言います。英語は記号に過ぎないというのです。もっと言えば、方便に過ぎないのです。これに対して、日本語は「言霊」であり、言語に生命が込められているといいます。軽く説明しましょう。

 福沢諭吉が幕末に文久遣欧使節の一員として英国の議会を視察した時、昼間は取っ組み合いの喧嘩をしかねいほどの勢いで議論をしていた議員たちが、夜になって使節団との懇親会に参加すると、昼間の敵同士が、まるで旧友のように心の底から和気藹々となって会話を楽しんでいる様子を見て衝撃を受けたことが、「福翁自伝」に書かれています。

 それで、T氏が悟ったのが、英語は記号に過ぎないということでした。英語圏ではディベートが盛んですが、とにかく、相手を言い負かすことが言語の本質となります。となると、ディベートでは、AとBの相手が代わってもいいのです。英語という言語が方便に過ぎないのなら、いつでも I love you.などと軽く、簡単に言えるのです。日本語では、そういつも簡単に「愛しています」などと軽く言えませんよね。日本語ではそれを言ってしまったら、命をかけてでもあなたを守り、財産の全てを引き渡す覚悟でもなければ言えないわけです(笑)。

 欧州語が「記号」に過ぎず、相手を言い負かす言語なのは何故かというと、T氏の考えでは、古代ギリシャに遡り、ギリシャでは土地が少なかったので、土地に関する訴訟が異様に多かったからだそうです。そのお蔭で、訴訟相手に勝つために色んなレトリックなども使って、表現法や語用が発達したため、そのようになったのではないか、というのです。

 なるほど、一理ありますね。フランスには「明晰ではないものはフランス語ではない」という有名な格言があります。つまり、相手に付け入るスキを与えてはいけない、ということになりますね。だから接続法半過去のような日本人には到底理解できない文法を生み出すのです。日本語のような曖昧性がないのです。言語が相手をやり込める手段だとしたら。

WST National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

 一方、日本語で曖昧な、遠回しな表現が多いということは、もし、直接的な言辞を使うと、「それを言っちゃあ、おしめえよ」と寅さんのようになってしまうことになるからです。

 ところで、幕末には、尊王攘夷派と開国派と分かれて、激しい殺し合いがありました。その中でも、西洋の文化を逸早く学んだ開明的な洋学者だった佐久間象山や大村益次郎らは次々と暗殺されます。洋学者の直接的な言葉が攘夷派を刺激したのでしょう。適塾などで学び欧米文明を吸収していた福沢諭吉も、自分の生命が狙われていることを察知して、騒動が収まるまで地元の中津藩に密かに隠れ住んだりします。

 それだけ、日本語は、実存的で、肉体的な言語で、魂が込められており、「武士に二言はなし」ではありませんが、それだけ言葉には命を懸けた重みがあるというわけです。そのため、中国語や欧米語のように軽く言えない言葉が日本語には実に多い、とT氏は言うのです。

 繰り返しますと、英語は、何でも軽く言える記号のような言語で普遍的、中国語は、寛容性を超えあらゆるものを飲み込む宇宙的、そして、日本語は命を張った言語で言霊的、ということになります。その流れで、現在の言語学は、文法論より、語用論の方が盛んなんだそうです。

 以上、T氏の説ですが、それを聞いて私も非常に感銘し、昨晩は久しぶりに味わった知的興奮であまり眠れませんでした。