マルセル・プルーストを求めて

 日仏会館は、「近代日本資本主義の父」渋沢栄一と駐日フランス大使で詩人でもあったポール・クロデールによって1924年3月7日に設立されました。(渋沢は、幕末に徳川昭武のパリ万博視察の随行員として渡仏。フランスで会社や銀行などの制度やサン・シモン主義などに影響受けました)

 私は3年ほど前にやっと、大学と会社の先輩の推薦を得て会員になりましたが、コロナ禍で、月に数回、東京・恵比寿の同会館で開催される講演会や映画会などが中止となり、オンラインになりました。が、平日はなかなか時間が取れず、やっと今回、土日に開催されたシンポジウム「プルーストー文学と諸芸術」に参加することができました。

 プルーストと言えば、「失われた時を求めて」(1906~22年執筆、1913~27年刊行)です。全7巻16冊、3000ページに及ぶ大長編小説で、「20世紀最大の世界文学」という文芸評論家もいます。

 私自身は、もう40年以上も前の大昔の学生時代に岩崎力先生の授業で最初から原語で読みましたが、たった1ページ翻訳するのに、1週間掛かり、当然のことながら挫折。日本語も読み通すことがありませんでした。悲しいことに、知っているのは、第1巻「スワン家の方Du côté  de chez Swann」、第2巻「花咲ける乙女たちの影に À l’ombre des jeunes filles en fleurs」といった巻のタイトルと、第1巻に出てくる最も有名な「無意識的想起」の場面です。お菓子のマドレーヌを紅茶に浸して食べた瞬間、主人公が幼児に過ごしたコンブレーでの出来事や幸福感などが蘇ってくるというあの場面です。

 日仏会館が主催したシンポジウムは、日本とフランスの専門家20人以上をオンラインで繋ぎ、2日間でテーマが「プルーストと音楽」「プルーストと美術」「プルーストと教会/ 建築」など6以上で、休憩時間も入れて合計で11時間にも及ぶ長丁場でした。同時通訳の皆様には「大変お疲れ様でした」。

 正直申しまして、私自身は「失われた時を求めて」を完読していないので、さっぱり付いていけず「完敗」でした。ですから、小生が理解できたことだけ少し触れます(苦笑)。

 一つは、中野知津一橋大学教授の「プルーストと料理芸術」の講演の中で、あの有名なお菓子マドレーヌは、ホタテ貝の形をしているものとばかり思っていたら、19世紀では卵型が普通だったらしいということでした(アレクサンドル・デュマ「料理大辞典」1873年)。

 ホタテ貝は、フランス語で coquille Saint-Jacquesで、サン・ジャックは、キリストの弟子、聖ヤコブのことです。スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラには、聖ヤコブ(スペイン語でサンティアゴ)の遺骸があるとされ、ローマ、エルサレムと並ぶキリスト教徒の三大巡礼地になっていることから、中野教授も、マドレーヌは巡礼の隠喩になっているかもしれない、といった趣旨の話もされていました。

◇ドビュッシーとランボーは会っていた?

 もう一つ、ピアニストで文筆家でもある青柳いづみこ氏の「プルーストとドビュッシー」も面白かったです。恥ずかしながら、私は、印象派の画家モネと音楽家ドビュッシーで学士論文を書いたのですが、不勉強でプルーストには全く触れませんでした。青柳氏によると、二人はあるサロンで知り合い、プルーストが自宅にドビュッシーを招いたのですが、ドビュッシーはどういうわけか、理由をつけてお断りしたというのです。

 ちなみに、ドビュッシーのピアノ教師はモーテ夫人でしたが、その娘マチルドと結婚したのが詩人ヴェルレーヌで、一緒に住んでいたそうです。ドビュッシーがピアノを習っていた時に、あの17歳のランボーがヴェルレーヌの自宅に押し掛けていたらしく、ドビュッシーはヴェルレーヌとランボーに会っていたのかもしれませんが、うっかりそこまで知らず、意外でした。まあ、この辺りの話に全く御興味がなければ、どうでもいい話かもしませんが…(笑)。

 一番興味深かったのは、作家水村美苗氏の「母語で書くということ」でした。御案内の通り、水村氏は御尊父の仕事の関係で、小さい頃から米国暮らしが長く、英語漬けの毎日でしたが、それに反発(?)するかのように、米国では日本の古典文学にのめり込み、帰国後は、夏目漱石最後の未完の小説「明暗」を、彼女が、漱石の文体を完璧に近い形で会得して「続明暗」を完成して脚光を浴びた人です。(一度、30年も昔に、私は水村氏にはインタビューしたことがあります。当時とほとんどお変わりないので吃驚)

 ですから、水村氏は母語に大変拘わった、今でも拘っている作家で、プルーストに関しても、「本人は”世界のプルースト”になるとは思わなかたとはいえ、一番、母語に拘った作家」と分析しておりました。「失われた時を求めて」は今でも、日本では、個人による翻訳が4件も同時に進んでいるといいます。プルーストが普遍的になったのも、フランス語という世界的な欧州文明の特権的な地位があったから。それに対して、プルーストと同世代の夏目漱石は、知性的には全く劣っていないのに、日本語のせいか、世界ではほとんど知られていないという分析もなるほど、と思いました。(他に水村氏は、作品が英訳されるとグローバル化を意識してしまう、といった本筋の話をされてましたが、省略)

 ◇若い仏人はプルーストが読めない?

 「失われた時を求めて」岩波文庫全14巻(2010~19年)を、1ページごとに厖大な量の注釈と絵画や建築写真を挿入して個人訳で完成させた京大名誉教授の吉川一義氏も「今の若いフランス人は、(注釈なしで)この作品を読めるかなあ」と面白いことを言うのです。フランス語の原語を読まれたことがある方は分かると思いますが、一文がとても長ったらしく、この名詞がどこに掛かるのか、外国人は大変苦労します。

 吉川氏はフランスのソルボンヌ大学に留学して、プルーストで博士号を取った学者ですが、博士号は同然ながらフランス語で書かなければなりません。本人は謙遜されますが、自信がないので、フランス人の友人に事前に添削してもらったら、引用したプルーストの原文まで直されたという逸話を紹介しておられました。

 やはり、フランス人でもプルーストは難しいんですね。これには私も大笑いしてしまいましたが。


 

映画字幕で楽しく英語のお勉強

富士山 Copyright par Duc de Matsuoqua

  昨日のこのブログで「予想が裏切られた時、深い情報処理が起こる=『英語独習法』」のタイトルで、映画の字幕を活用した英語独習を紹介(というか引用)させて頂きました。

 自分では易しく、つまり分かりやすく書いたつもりだったのですが、皆さま御存知の釈正道老師から早速反応がありまして、「私には難解です。貴兄の原稿は、素人にはチンプンカンプンでした。」とのコメントを頂きました。

 あれえ~?私には大した学も教養もないので、小生のようなレベルの文章は朝飯前のはずです。しかも、釈正道老師は現役時代、誰でも知っている大手マスコミのエリート幹部としてブイブイ言わせた御仁です。難解、なんて言ったら御卒業された福沢先生が泣きますよ。

 その一方で、フェイスブックで繋がっているK氏から「我が意を得たり!」と同感して頂きました。私の嫌いなフェイスブックのサイトでこのブログをお読みの方は10人ぐらいでしょうから、敢て「本文」に再録させて頂きます(笑)。ちなみに、K氏は謙遜されておられますが、東京外国語大学英米語学科を卒業された「英語の達人」です。

(すみません、勝手ながら、引用文は少し加筆、改変してます)

築地「ふじむら」 カキフライとなかおちのハーフ定食1100円

 …「英語独習法」の著者今井むつみ氏の提唱される「映画熟見」は、まさに僕が貧弱な英語力を落とさないよう細々と続けているメソッドとよく似ており、一番効果的と感じるものの一つです❗️何たって、楽しみながら謎解き気分で熱中できるところがいいですね。コロナ禍で、NHK BS や Amazon Prime の名画を楽しむ機会も格段に増えましたが、まさに目からウロコの連続です。

 予期せぬ副産物もあります。例えば、「カサブランカ」のボギーの名セリフとされる「君の瞳に乾杯」Here’s looking at you, kid.は、続けて観た「旅情」では、キャサリン・ヘプバーンが宿屋の女主人、つまり同性から言われており、男女のロマンとは関係ないことが分かりました。(ちなみに、「君に乾杯」は、Here’s to you, とも言うらしい。おお、サイモン&ガーファンクルの「ミセス・ロビンソン」の出だしに出てきますね!=この項、渓流斎)

 また、「マイ・フェア・レディ」でオードリー・ヘプバーンが使うコックニー(英労働者階級が使うとされる英語)には、女性が普通使わない表現や、文法上おかしい表現が混じっていることを発見したりして、とてもここには書き切れません。(中略)貴兄のおかげで、英語へのアプローチで同じような楽しみ方をなさっている方がいるのがよく分かりました。…

 いやはや、勝手に引用されて、K氏も怒っておられるかもしれません。こうして、私もブログで何人もの大切な友人を失って来ました…。「日乗」と銘打っている関係上、ほぼ毎日更新しているため、どうかお許しを。

予想が裏切られた時、深い情報処理が起こる=「英語独習法」

東京・西武池袋線東久留米駅西口に建つ手塚治虫の「ブラック・ジャック」と助手のピノコ像 手塚治虫は晩年の10年間、東久留米市に住んでいました

クレマチス Copyright par Keiryusai

 今井むつみ著「英語独習法」(岩波新書)の中で、楽しみながら英語を学習する方法の一つとして、映画の「熟見」を挙げております。

 今井氏の場合は、お気に入りのダニエル・クレイグ主演の007「スペクター」(2015年)を一つの見本として取り上げています。「セリフの一言一言にまったく無駄がなく、限りなく短く端的に言う。それが本当にカッコよい。特にボンド役のダニエル・クレイグの話す英語にしびれてしまった」とべた褒めです。(彼女はDVDを購入し、全編のセリフを覚えてしまったらしい!)

 この映画の主題歌も素敵ですが、今井教授は最初、何度も聴いても、歌詞の Could you 〇〇〇〇 my fall? の〇の部分が聴き取れません。日本語字幕では「落ちる僕を支えてくれるかい?」となっている。そこで、ネットで歌詞を確認したところ、〇の部分はbreak だったといいます。勿論、break は簡単な単語で、初級者でも熟知している単語なのですが、大体「壊す」とか「断ち切る」といった意味でインプットされています。今井教授は「支える」という字幕に引っ張られて、主に「断絶する」などを意味し、「支える」とは真逆を意味のbreak だったとは予想も付かなかったと告白しております。

 このようにして、映画で英語学習する場合、今井教授は、まず、日本語字幕で何度も熟見することを勧めています。聴き取れなかった単語やフレーズは、後で英語字幕で確認していきます。大抵は予想もしなかった単語が表れて、驚きます。今井教授は「この経験が語彙の増加につながる」と力説します。「予測が裏切られたとき、最も深い情報処理が起こり、記憶に深く刻印される」と心理学者らしい発言をしています。

 ですから、先ほどの予想もつかなかったbreakは「もう忘れることはないでしょう」と今井氏は語っています。

 このほか、いっぱい「予想を裏切られた」例が出てくるのですが、あと一つだけ。日本語字幕で「質問が…」というジェームズ・ボンドのセリフが、英語では「Humor me.」となっていた驚きです。詳細は、本書を読んでもらうことにして、humor ユーモアの名詞は知っていても、動詞として使うという驚きで、このフレーズも著者の記憶として刻印されたことが書かれています。

スズラン Copyright par Keiryusai

 さて、私も映画007シリーズは大好きで、大抵の作品は見ているので、真似して勉強しようかと思っていますが、気になっていたのは最新作です。新型コロナの影響で、何度か上映延期になっていたことは報道で知っていましたが、お蔭で、「撮り直し」をしていることまで知りませんでした。

 最新作「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」は、もともと2019年4月に公開される予定でしたが、監督が降板したことで製作が遅れ、2020年4月公開延期を決定。それが運の尽きで、新型コロナの世界的影響で映画館が封鎖となり、興行収益が見込めなくなったことから、公開予定日が2020年11月から2021年4月へ再々延期、さらに2021年10月と延期が続いています。

 そのせいで、作品内で使われているスマートフォンや高級腕時計や服などのブランド品の型が古くなってしまい、最新モードへの撮り直しを余儀なくされてしまったというのです。IT業界の世界は日進月歩ですからね。

 これには「へー」と思ってしまいました。これらのブランド品は、「広告費」として映画製作費の中に組み込まれていることは業界人の常識です。まさか、スポンサーも古い製品を売るわけにはいきませんからね。

 

集団主義と個人主義の日仏異文化論=東京外語仏友会にオンライン参加

イチハツ 一初 Copyright par Keiryusai

 昨日は、大学の同窓会「仏友会」にオンラインZOOMで参加しました。仏友会というのは、「仏教を愛する会」というのではなく、東京外国語大学でフランス語を専攻した卒業生の親睦会です。正式には東京外語仏友会なのですが、戦前の昭和初期に作られたようです。

 私の学生時代は外国語学部だけでしたが、現在は3学部制になっていて、言語文化学部と国際社会学部の中にフランス語専攻があるようです。私の学生時代のフランス語科は60人でしたが、現在でも仏語専攻は60人ぐらいのようです。(半数の30人は必ず留学するそうです)

 東京外大のHPによると、大学の起源は幕末の1857年に開校された「蕃書調所」(西洋の書籍を解読して海外事情を調査)にまで遡ることができます。(東京・九段下に「蕃書調所跡」=竹本図書頭拝領屋敷上地=の碑がありますので、ご興味のある方は是非訪れてみてください。)

 過去の仏語出身者の中には、無政府主義者の大杉栄(1905年中退)、仏文学者でアンドレ・ジッド「狭き門」などの翻訳で知られる山内義雄(1915年卒)、無頼派作家の石川淳(1920年卒)、無頼派詩人の中原中也(1933年選科卒)、詩人でポール・ヴァレリー翻訳家の菱山修三(1909~67年)らがいます。

 私が学生時代に講義を受けた哲学のM教授(東京大学卒)は「外大フランス語の出身者というのは大杉栄とか中原中也ぐらいしかいないだろう?反逆者ばかりで主流派はいねえなあ」と言い放ったことが印象に残っています。確かにそうかもしれませんけど、主流派なんて言っても単なる体制派のことでしょう?人間生まれてきたからには「反抗精神」がなきゃつまらないじゃありませんか(笑)。

エニシダ Copyright par Keiryusai

 ということで、仏友会は変わり者の集まりと見られては困りますし、そんなこと言ったら藤倉会長から怒られますが、一癖ある個性派集団で、今でも大変優秀な人材を社会に輩出しております。上から言われたことを唯々諾々と従うことを良としない人が多いと言えるかもしれません。それなのに、仏友会は(途中戦争等で中断したこともありますが、)100年近くも続いていることは奇跡です。何故なら、同じ大学でも、英米語やロシア語専攻の出身者には同窓会がない、と聞いたことがあるからです。仏語専攻は恵まれています。個人主義ながら、結構、結束が固いのです。

 昨日の仏友会の講演会のゲスト講師は、東京外国語大学のジェローム・ルボワ准教授で、演題は「日仏文化の差異を考える」でした。非常に面白い話でしたが、時間が足りなくて、尻切れトンボのような感じだったので、もっと聴きたかったでした。まさに、今書いてきた個人主義に関する話だったからです。

 話を単純化すると、地理的に、歴史的に、文化的に、日本人は集団主義(ルボワ氏は集団性と表現していましたが)、フランス人は個人主義(同じく個人性)という大きな違いがあるというお話でした。(道理で、フランス語を専攻する日本人は個人主義になってしまうのか、もしくは、集団主義に馴染めず個人主義的傾向が強い日本人だからフランス語を専攻したのか、ということがはっきりしましたよ=笑)

 異文化論として、日本とフランスを比較すると、日本の国土は約37万平方キロメートルで、仏は約57万平方キロメートル。つまり、仏は日本の1.5倍の国土を持つ。それなのに、日本の人口は1億2800万人で、フランス(6500万人)の2倍もある。しかも、日本の国土の3分の2は人が住みにくい山地なので、仏と比べて遥かに人口密度が高い。そして、農耕時代から灌漑や農作業などで集団で「和」重んじて協働しなければならないので、地理的、歴史的、文化的に日本人は集団主義にならざるを得なくなった。一方のフランスは、早いうちから自律を求められることから、個人主義が芽生えていく。そんな話をルボワ准教授は展開していきました。

タチアオイ Copyright par Keiryusai

 ルボワ准教授は、17世紀後半にルイ14世の財務総監だったコルベールによってフランス外交の威信を高めるための外国語学校として創立された超難関校・国立東洋言語学院(INALCO=Institut national des langues et civilisations orientales)で博士号(「古代日本における皇室の女性」)を取得したということで、日本語はペラペラで、自らホワイトボードにスラスラと漢字を書きながら説明しておりました。

 日本とフランスを比較して、どちらが良くてどちらが悪いという話ではないことをルボワ准教授は強調しておりました。何しろ、個人主義のフランスには、同窓会もなければ、運動会も校内クラブ活動も、〇〇式も存在しないし、七五三もなければ、お祭りもないといいます。(ニースのカーニヴァルなどがあるが、あれは神事ではないし、日本のようなお祭りではないとか)

 「仏友会がある皆さんはうらやましい」とルボワ准教授は、しみじみと言いました。

 大変面白かったのは、講演後の質疑応答で、「仏男性と日本人女性が結婚するカップルが多いのに、日本人男性と仏女性の結婚が少ないのは何故だと思いますか」という質問でした。ルボワ准教授は「謎です」と言って、それには直接答えることはできませんでしたが、仏女性が結婚相手に最も重視するの「信頼」、二位が「気遣い」、三位が「ユーモア」。仏男性が結婚相手に最も重視するのは「見た目」(ここで会場から爆笑)、二位が「信頼」、三位「賢さ」という内訳を明らかにしてくれました。

 さらに、フランス語の la famille と日本語の「家族」というのは、別物であることを図示してくれました。日本の場合、両親と子どもがいるのが普通の家族なのですが、フランスの場合、結婚適齢期の半分は未婚で、半分の既婚者のうちその半分は離婚しているといいます。その離婚した者同士が子連れで結婚して、また、離婚したりするケースも多いので日本ほど「家族」は単純ではない、というのです。その典型的な例として、S氏が登場していましたが、このS氏とは、恐らくサルコジ元大統領のことではないか、とZOOMのチャット上で話題になりました(笑)。

【追記】

思い出しました!大学1年生の時、フランス人のデルモン先生から「何故フランス語を専攻したのですか?」と質問され、「フランス人女性と結婚するためです」と答えたことを思い出しました。

勿論、実現しませんでしたけど(笑)。

 

ヒトはどうやって言語を獲得していくのか?=今井むつみ著「英語独習法」を読む

 今年2月から内紛が続いていた私も所属する通訳団体の騒動に一応、一区切りが付きました。内紛は、会長、副会長を中心にした執行部と、それに対して、「現執行部は自分たちのお仲間だけを優遇している」と異議を唱える3人の理事らとの間で、会員ネットメール上で、激しい応酬で始まりました。言わば、ネポチズムで恩恵を受けている者たちが現執行部を擁護し、仕事のおこぼれに与らなかった者たちが反発しているという構図です。最後は、現執行部が3理事らを会員ネットから削除し、挙句の果てには、3理事解任を含めた臨時総会まで開催しようとしました。

 確かに、3理事や急進派の連中の言動は、過激で読むに堪えないほどウザイものもありましたが、ネット遮断は、明らかに言論封鎖というか言論弾圧であり、このコロナ禍にわざわざ臨時総会まで開いて、3理事らの除名を決議することなど、スターリンの「血の粛清」に近い行為です。私も黙っていられなくなり、会員ネットに実名で「どちらか一方に加担するつもりはないが、臨時総会を開催するのは狂気の沙汰だ」といった趣旨で批判しました。

 その結果、4月22日開催予定だった臨時総会は、会員(807)の出欠返信数が過半数(404)に達することができず、流会(不成立)となりました。至極真っ当な結果だと思います。私も臨時総会を流会させるために、返事を出しませんでした。総会開催が成立し、3理事追放が決定したら、間違いなく退会するつもりでした。

 事務局から送られてきたメールによると、K理事の解任に賛成を投じた数は114だということが分かりました。114人全員ではないでしょうが、これで、現執行部から恩恵を受けている人たちの数が大体、想像することができました。

 いずれにせよ、流会させることにした会員が多数を占めた事実により、この団体も捨てたもんじゃないと見直しました(笑)。

 実は、こんな「コップの中の嵐」を書くよりも、もっと建設的な面白いことをブログに書きたいものです。ということで、今日は、今読んでいる面白くてたまらない本をご紹介します。

 今井むつみ著「英語独習法」(岩波新書)という本です。(現在11万部のベストセラーだとか)著者は慶応大学の教授ですが、英語や言語学のエキスパートではありません。専門は、認知科学などで、いわば心理学者です。心理学者が書く外国語の学習法ですから、幼児期からの言語獲得の過程から始めて、英語母語者と日本語母語者が使う脳の領域やその活用(著者は「スキーマ」という用語を使っています)の違い、つまり著者専門の認知科学を使って違いを分析し、その違いを認識して初めて外国語はネイティブ並みに習得できることをこの本は教えてくれるのです。

 本当に「目から鱗が落ちる」ことが色々書かれています。私も既に、英語は半世紀以上勉強していますが、一向に上達しません(苦笑)。でも、この本にもっと早く知り合っていたら、遥かに向上していたことだろうと思います。

◇様態動詞+前置詞で「動き」を表現

 例えば、ビンがぷかぷかと浮かんでいて洞窟の穴の中に入っていくイラストを見せられると、大抵の日本語話者は、

 A bottle entered the cave, slowly floating.

といった表現をする、と著者は言います。しかし、英語話者なら、まずそんな表現はしない。多くは以下のように表現するというのです。

  A bottle floated into the cave.

 動きの様子を表す様態動詞(ここではfloat)に方向を表す前置詞(同into)を合わせて、様態動詞を「~しながら」という意味に転化する構文を多用するというのです。

 話を単純化すると、日本語は助詞や副詞などを多用して動きを表現するのに対して、英語では、動詞に前置詞を付けるだけで、「動き」まで表現できるということです。となると、日本語のスキーマを棄てるか、何処か頭の片隅に置いておかなければ、英語らしい表現ができないということになります。これも目から鱗が落ちる話です。認知科学ですね。

  以前、私は、このブログで、「英語は簡単過ぎるから難しい」といったことを書いたことがあります。例えば、日本語なら自分のことを、「私」「僕」「俺」「吾」「吾人」「小生」「迂生」「妾」「わし」「おいどん」…と何通りもあるというのに、英語には「I」しかない。貴方の「you」も同様です。

 でも、英語にも、それなりに微妙な言い回しがあり、この本に出てきましたが、例えば、日本語では「許す」で一言で済んでしまうのに、英語では、「罪・過失を許す」ならforgive,excuse 「黙許する」ならtolerate 「見過ごす」ならoverlook 「放免する」ならrelease,acquit などと、それぞれの語義に対応した英単語が与えられているのです。著者も「日本語を母語としない人たちが、このような多様な意味を脈絡もなく一つの動詞のもとにまとめてしまう日本語ってなんなの、という気持ちになるのも無理ないと思う」とまで書いています。

 これも全く気が付かなった、目から鱗が落ちる話でした。

 キリがないので、今日は取り敢えずこの程度に収めておきますが、「スキーマ」という考え方は根本的な問題をはらんでいるので、非常に明解で分かりやすいのです。

 そう言えば、日本の英字紙Japan Times は、日本人記者が英語で書いているのか、日本人が読んでも分かりやすいのに、New York Times  ともなると、何処か気取っていて、日本人だったら絶対表現しないあり得ないような書き方をしています。これも、日本語脳に染まった人間だからこそそう感じてしまうんですね。

◇バイリンガルはどうやって言葉を覚える?

 個人的な話で恐縮ですが、たまたま今、二カ月ほど、2歳になる孫を預かって一緒に生活しているので、幼児が言語を獲得する様を具に観察することができます。孫は米国人と日本人とのハーフなので、どうやって二か国語を同時に習得していくのか興味津々なのですが、もうすぐ自宅に戻ってしまうので、残念ながらそこまで見届けることができません。

 でも、少なくとも、言語習得、獲得は幼児でも簡単ではなく、何度も何度も周囲から訂正されて覚えていくことが分かりました。今井氏の「英語独習法」では、「英語脳」と「日本語脳」と別々に個別的なことしか書いていないようですが、英語話者と日本語話者の両親から生まれた子どもがどうやって双方の言語を獲得していくのか、個人的に大変興味があります。

ヒスパニックか?エイジアンか?=それが問題だ

銀座・ひょうたん屋 Copyright par Keiryusai

  この話は、都内で語学学校を経営されていると思われる中村治氏にとってご参考になる話かもしれません。いきなり、御指名されて、さぞかし驚かれていることでしょうが(笑)。

 英語の話です。

  先月4日に、「杉田敏先生のラジオ講座『実践ビジネス英語』が今月で終わってしまうとは!=33年で幕」という記事を書きましたが、この中で書いた通り、「杉田ロス」にはなりたくないので、商魂たくましいNHK出版が発行する季刊ムック「杉田敏の現代ビジネス英語」を聴き始めました。ラジオ放送はなく、スマホにアプリをダウンロードして聴く方式です。 

 今のところ、公私ともに多忙で、なかなか聴く時間が取れないのですが、レッスン1の「The Power of Diversity 多様性の力」は、なかなか考えさせられる濃い内容でした。

 移民の国アメリカですから、米国には多様な人種の人が住んでいます。現在は、白人系が大半を占めていますが、2045年には、ヒスパニックや黒人(アフリカン・アメリカン)、アジア系などのマイノリティ(少数派)が人口比で白人を上回り(もしくは白人が50%を切り)、minority majority(マイノリティ多数派)の時代になるというのです。

 テキストの物語は、ニューヨークに本社を置く世界的な消費財メーカーを舞台に、日本人の主人公・井出恭平が米国に渡り、Diversity Marketingチームに配属されるところから始まります。チームのトップは、ユダヤ系のジェーン・ローゼンバーグ、同僚に、ヒスパニックやネイティブ・アメリカンのチェロキー系やレバノン系らがいてダイバーシティに富みます。

銀座・ひょうたん屋 鰻丼(昼のみ)1850円 Copyright par Keiryusai

 さて、このレッスン1の中で、ヒスパニックの話が出てきました。文字通りスペイン語を話す人という意味で、中南米系の人たちを指します。他にLatino(ラテンアメリカ人=男性)とかLatina(女性)という場合もありますが、男性女性関係なくジェンダーフリーでLatinx(ラティネックス)という言い方があることをこのテキストで初めて知りました。

銀座・みゆき館 Copyright par Keiryusai

 また、さて、なのですが、このことについて語学学校の講師を務めるウンベルト君に聞いてみました。彼はロサンゼルス生まれ、育ちの米国人ですが、メキシコ系です。両親が20代の時に、メキシコからロサンゼルスに移住して来ました。ちなみに、この両親の出身地は、ロックバンド「サンタナ」のカルロス・サンタナと同じメキシコ・ハリスコ州アウトラン・デ・ナヴァロです。今でも彼の祖母ら親戚がそこに住んでいるそうです。となると、彼は「ヒスパニック」の典型ですね。家庭内ではスペイン語が使われていたといいますから。

 そこで彼に聞いてみました。「あなたはヒスパニックで、ラティーノですか?それとも、ラティネックスと言われた方がいいですか?」

 彼は、浮かない顔で、しばし考えた後、「うーん、ラティネックスって聞いたことないですねえ。日本に来てもう5年になるから…。今向こうで使われているかもしれないけど…」と正直に答えました。そして、またしばらく間を置いて、

「うーん、ヒスパニックもラティーノもねえ…間違いじゃないし、問題ないんですけど…。そうだ、やはり、メキシカン・アメリカンが一番だ」と言うではありませんか。

 今度は、こちらが考える番です。「それが一番良いの?」

 すると、彼は「もし、エイジアンと言われてどう思いますか?インド系も中国系も韓国系も皆、エイジアンです。やはり、自分はジャパニーズ(日系)・アメリカンと言われた方がすっきりしませんか?」

 なあるほど、凄い明解ですっきりしました。つまり、エイジアンやヒスパニックではあまりにも範囲が広すぎるのです。

銀座・みゆき館 モンブランとコーヒー 1265円 ランチとデザートで3000円超えてしまった!

 テキストでは、黒人のことを、Black Americanまたは African American という他に、BIPOC(blackIndigenous and people of color)と呼ぶようになったというので、このことも彼に聞いたら、「BIPOC? うーん、知らない。聞いたことないですねえ」とまた正直に答えました。このテキストを創作した杉田敏先生は、毎日欠かさず、ウォールストリート・ジャーナルとニューヨーク・タイムズとザ・ガーディアンの3紙には目を通しているといいますから、ジャーナリズムの最先端に出てくるフレーズや言葉には精通しています。まあ、ネイティブ以上と言えます。逆に新聞を読まない世代は、米国人でも異国に住めば最新用語を知らないのかもしれません。

 この後、私も色々と考えて、「黒人の人も、ヒスパニックの例と同じように、アフリカン・アメリカンと言われるよりも、ケニアン・アメリカンとか、タンザニアン・アメリカンとか言われる方が嬉しいかもしれないね」と言うと、彼も「そうですね。その通りかもしれませんね」と相槌を打つのでした。

 テキストだけでは絶対に分からない微妙なこと(ニュアンス)まで学べた、というお話でした。

 

懐かしい「イージー・ライダー」を、知らないとは…

 私の義理の息子は、アメリカ人なので、会った時に、覚えたばかりの英語のフレーズを試す「実験台」になってもらっています(笑)。

先日も会った時に、

 I gave the last full measure of devotion. 知ってるかい?

 と、試してみたら、

「リンカーンのゲティスバーグ演説ですね。さすが、お義父さん」と褒められてしまいました。

 「なーんだ、自慢話かあ」で終わりたくないので、この後、深刻な続きがあります(笑)。

 (↑ 試訳は「私は死力を尽くして献身した」)

銀座「たか」焼き魚定食1200円 近くの大手出版社の編集者が通い詰める店らしく、さすがに美味。

「じゃあ、映画The Last Full Measure(『ラスト・フル・メジャー 知られざる英雄の真実』)(2019年)は観た?ベトナム戦争の話だけど、タイトルは、そのリンカーンの演説から取られた。ピーター・フォンダの最期の出演作になったやつ…」と私。

 「観てませんけど…。ピーター・フォンダ?」

 「えっ?ピーター・フォンダ知らないの?『イージー・ライダー』の」

  ちなみに、彼はロサンゼルス出身で、ハリウッドに近い所で育ち、映画通でもあります。

 私は「えーー、それは驚き。ピーター・フォンダのお姉さんはジェーン・フォンダで、お父さんも有名なヘンリー・フォンダで、ノーベル文学賞を受賞したスタインベックの『怒りの葡萄』(ジョン・フォード監督、1940年)にも出ていた…」と一気にまくしたてました。

 「うーん、ジェーン・フォンダは聞いたことあるけど…。スタインベックは学校で習った気がするけど…。うーん、チェック!」と、いつものように、彼はスマホを取り出して、検索し始めました。

 「あの歴史に残る名作『イージー・ライダー』(1969年)だよ! 本当に観てないの?」

 「うん、ノーーー」

 スマホ画面を睨みながら、「全く、何を言っているのか、訳が分からない」といった表情を彼は浮かべるのでした。

これに対して、私は I’m taken aback.とか、 astonishedとか、 shocked とか、あらゆる「驚愕」の言葉を並べました。

◇世代間ギャップ

 しかし、冷静になって考えてみると、それは「世代間ギャップ」ではないかと思いました。私の世代で、「イージー・ライダー」やピーター・フォンダを知らない人はまずいない。常識だと思われます。でも、そんな常識も、哲学的に考察すると、世代が変わると全く通じなくなってしまうということです。

 あんなに人気があって、有名で、一世を風靡しても、30年も経てば、すっかり忘れ去られてしまうという事実に、遅まきながら気が付いたわけです。同時に、自分が常識だと思っていることなど、年が経てば風化して、通用しなくなることも身に染みて分かりました。

 「常識を疑え」ではなく、「常識は時代によって変化する」です。平たく言えば、「おっさん、もう古いよ」ということになるんでしょうが、仕方ないですね。私はもう新しいモノは受け付けられない年になってしまいました。

 「イージー・ライダー」には、デニス・ホッパーとジャック・ニコルソンも出ていました。ステッペンウルフのテーマ曲「ワイルドでいこう!」も大ヒットしたんだけどなあ…。

 「世代間ギャップ」と言えば、父親と子との葛藤を描いた映画「エデンの東」(1955年、エリア・カザン監督)を思い出します。ジェームス・ディーン主演の名作です。テーマ曲も素晴らしい。

 そう言えば、「エデンの東」も原作者は、ジョン・スタインベックでしたねえ。

 繋がりました。

 お後が宜しいようで。

ビートルズ「ペニー・レイン」にはエッチな歌詞も?

 銀座「大海」 大分鳥てん定食 880円

◇「世界ふれあい街歩き」

 NHKの「世界ふれあい街歩き」という番組は、とっても面白い番組なので結構見ています。歩く旅人の目線になるよう特殊なカメラで撮影してくれるので、自分もその街に実際に行った気分になれます。コロナ禍で海外旅行に行けない今、ピッタリの番組ではないかと思います。

 先月は、英国のリヴァプールをやっていました。リヴァプールと言えば、ビートルズの故郷です。見逃すわけにはいきませんでした。この他、リヴァプールはサッカーの聖地でもあり、リヴァプールFCとエヴァートンFCと、二つもプレミアリーグ所属の強豪チームがあり、前者はRED(赤)、後者はBLUE(青)と、ユニフォーム・カラーの俗称で呼ばれ、街中でも”Red or Blue?” お前はどっちのファンなんだ?といった会話が交わされることもやってました。

本文と全く合っていない!(笑) ビートルズの写真にしたいのですが、他の多くの人のような著作権の違反はできませんからね(皮肉)

 そして、ビートルズでした。私が好きな彼らの曲の中でベスト5に入る曲に「ペニー・レイン」があります。リヴァプールにある通りの名前で、ジョン・レノンが少年時代に住んでいたメンローヴ・アヴェニューの家から近い所にあります。私も、リヴァプールには2度ほど訪れているので、勿論、ペニー・レインにも行ったことがあります。(ジョン・レノン自身は、労働者階級を強調していましたが、ジョンが住んだ家は中産階級が住むような住宅で、日本で言えば高級住宅街ですよ)

 番組の中でもペニー・レインは取り上げられ、そこで「出演」した市民が、「歌詞にはリヴァプール人しか分からない言葉が出てくるんだよ」と意味深なことを言っていたので、気になっていました(番組ではその答えを教えてくれませんでした)

◇奇妙な歌詞「ペニー・レイン」

 そこで、調べてみました。私も高校時代から訳してみたりしましたが、どうしても分からない単語が出てきました。例えば、Mack は、今でこそ、アップルのコンピュータか、マクドナルドかな、と想像してしまいますが、これはMackintosh のことで、Mack といえば、マッキントッシュのレインコートのことでした。当時の辞書には載っていなかったので、これが分かった時は目から鱗が落ちました。

 もう一つは、 roundabout で、これも当時の辞書にはなく、今では「ロータリー」だということがすぐ分かります。Behind the shelter in the middle of a roundabout となると、ロータリーの真ん中にある待合所ということになり、「世界ふれあい街歩き」のHPのサイトにはその写真が載っています。

 とにかく「ペニー・レイン」は奇妙な歌詞です。リヴァプール人しか分からないスラングとは、多分、 Full of fish and finger pies in summer 辺りだと思われます。ネットのサイトの中にはFour of fish and finger pies と表記して翻訳しているものがあり、このFour とは「4ペニー分の」という意味だと解説しているものもありましたが、私は一応、Full ofとします。

 直訳すると、「夏のたくさんの魚とフィンガーパイ」で、何のことかよく分かりません。それが、色んなサイトを読むと、fish とは、あの英国の定番食のフィッシュ・アンド・チップスのことであるらしい。そして、肝心なのが、finger piesで、これはリヴァプール人しか分からない俗語らしく、食べ物ではなく、女の子のprivate part を愛撫すること、または、万引きすること、なんてのもありました。これでは、米国人でも分からないでしょうね。

 でも、今はネットが発達してとても便利ですね。この曲は、メインヴォーカルのポール・マッカートニーが作詞作曲したと思われますが、ジョンも少し手伝っているかもしれません。さっきの問題個所のFull of fish and finger pies in summer ですが、Full of fish and finger piesまでは、ジョンとポール(そしてジョージも?)がコーラスでハモってますが、 in summer はジョンだけの声に私は聴こえます。「あの夏にやっちゃったんだよ」という雰囲気がよく出ています(笑)。そんな名曲を作ったポールは当時、24歳か25歳。ジョンは26歳か27歳の若さです。

◇「ノルウェーの森」は「ノルウェー製家具」

 昔はとんでもない、誤訳が多かったものです。以前にもこのブログで書いたことがありますが、例えば、ビートルズのNorwegian woodは「ノルウェーの森」と訳されてましたが、本来なら「ノルウェー製の家具」が正しい。ジョン・レノンのCold Turkey は、「冷たい七面鳥」のタイトルでシングルが発売されましたが、これは、麻薬の禁断症状のことで、今では大変な誤訳だったことが分かります。

 「ペニー・レイン」は1967年発売。私は当時小学生でしたが、ラジオで同時代で聴いてました。(その後、レコード、CDを買い、何百回聴いたことか!)でも、歌詞の意味が分かったのは、やっと54年も経ってからでした(笑)。

変な日本語はそのうち淘汰されるのでは?

 新型コロナの感染者が昨日21日は、全国で2596人と4日連続過去最多を記録し、さすがの菅首相も急遽、「Go to キャンペーン」の一時停止を表明しました。専門家の意見と世論に押し切られた感じですね。

 先程、ニュースでやってましたが、世界最多の米国は桁違いで、私の友人も住むテキサス州では過去100万人がコロナに感染し、2万人の方が亡くなられたそうです。致死率2%ですか…。ちなみに日本を調べてみたら、21日の時点での感染者総数は13万1810人で、亡くなった方は1994人。致死率は1.5%。思っていたほど、それほど変わらないんですね。ということは、感染者数は抑えなければなりません。政府の判断は遅かったかもしれませんが、妥当でしょう。私も連休中に、紅葉狩りを兼ねて鎌倉の円覚寺などの禅宗寺院巡りを計画していましたが、中止しました。時流に乗った「我慢の3連休」になりました。

 話は変わりますが、先程の「Go to キャンペーン」ですが、「Go to トラベル」にしろ、「Go to イート」にしろ、外国人には通用しない変な和製英語だ、と通訳や翻訳家や任意団体から抗議の声が上がっています。

 正論です。でも、私なんか仕方ないんじゃないかなあ、と大目に見ています。頭脳明晰な高級官僚様らが考える言葉は、世間の一般大衆とはかけ離れたことが多いからです。「オレオレ詐欺」なんて、訳が分からない変な日本語の最たるものでしたが、百万回聞かされると、普通の日本語になってしまいましたからね。「Go to トラベル」なんかも和製英語というより、日本語、それも変な日本語、造語として受け止めるしかないんじゃないでしょうか。

 だって、これは日本人だけがやっている風習(?)というわけではなく、例えば、米国人は日本のカメラのニコンNikonを「ナイコン」と呼んでいます。また、スポーツメーカーのアシックスasics(創業者の鬼塚喜八郎さんが、帝政ローマ時代の風刺作家ユベナリスの言葉「もし神に祈るならば、健全な身体に健全な精神があれかしと祈るべきだ Anima Sana in Corpore Sano」から命名したそうです)だって、米国人はアシックスとは言わず、エイシックスと発音して、それが正式な会社名だと思い込んでいますからね。ちょっと、話のレベルが違うかもしれませんが(笑)。

 変な日本語はそのうち「死語」となって消えていきます。今の時代、「チョベリグ」とか「チェベリバ」なんて、もう誰も言わないでしょ?

岐阜城のミニチュア庭園

 それより問題は、先週の金曜日にこのブログに書いた「恥ずべき報道機関の誤訳問題=NHK、時事通信」です。この記事は、意外にも反響が御座いまして、英語の権威のK氏から、FBで長い的確なコメントを頂き、大変大変勉強になりました。

 この記事をまだお読みでない方は、是非、上をクリックしてお読みいただきたいのですが、私も幸運なことに、義理の息子が米国人なので、改めて彼に見解を聞いてみました。

 そしたら、私の書いたことは概ね合っているようでした。問題になったawkward は、私は「ぎこちない」と訳しましたが、彼は「awkwardは、 uncomfortable に近いかな」と言い、symptom(きざし、兆候)については、「symptom はsymptom だけど、鳩山元首相の個人的なことを言っているわけではなく、日本全体のpolitical climate政治的風潮のことをオバマさんは言ってると思いますよ」と援護してくれました。身近にネイティブがいると助かりますねえ(笑)。 

とにかく、英語って、結構難しいんですよ。先程の「Go to キャンペーン」ではありませんが、

 Is that for here or to go?

とはどう意味か分かりますか?中学1年生の単語ですから簡単ですね(笑)。ファストフード店でよく聞かれるフレーズですから、米国人なら知らない人はいません(当たり前か)。

 これで、「店内でお召し上がりですか?それともお持ち帰りですか?」という意味になります。

 それでは、 Give it a go. はどうでしょう?

goは行く、という動詞ではなく、 a という冠詞が付くので名詞です。「ひとつ、やってごらん」という意味になります。「食べてごらん」「飲んでごらん」は、Give it a shot.になるそうです。

 えっ? そんな簡単なこと最初から知っている?

 失礼致しやんした。

 お後が宜しいようで。

恥ずべき報道機関の誤訳問題=NHK、時事通信

丹波亀山城跡

 最近、ネット上で報道機関による「誤訳」が俎上に上がっています。

 オバマ前米大統領の回顧録「A Promised Land.約束の地」(仮訳)の中で、オバマ氏が鳩山由紀夫元首相のことを「硬直化し、迷走した日本政治の象徴だ」と、NHKが11月17日午前10時のニュースで放送したことと、時事通信ワシントン電が17日、同じくオバマ回顧録の中で、オバマ氏が鳩山氏のことを「『感じは良いが厄介な同僚だった』と指摘した」ことなどが主に槍玉に上がっています。

 私自身も報道機関に働く一員として、興味がある話なので、調べてみたら、やはり、情けないことに誤訳でした。しかも、このままでは、オバマ氏が鳩山元首相を悪く批判したことになり、オバマ氏としては全く心外な話であり、鳩山氏としては名誉棄損に他ならないことになります。

問題になった原文は以下の通りです。

A pleasant if awkward fellow, Hatoyama was Japan’s fourth prime minister in less than three years and the second since I’d taken office — a symptom of the sclerotic, aimless politics that had plagued Japan for much of the decade.

まず、最初に出てくる A pleasant if awkward fellowを、時事通信は「感じは良いが厄介な同僚だった」と翻訳しましたが、本来なら、せめて「ぎこちなかったとはいえ感じが良い相手だった」ぐらいの意味になります。結論は、鳩山氏は「感じが良いpleasantな人だった」ですから、時事通信の「厄介な同僚だった」訳では真逆な意味になってしまいます。awkward には「扱いにくい」という意味もありますが、人間に対して「厄介な」というような人格を否定する強い意味はなさそうです。むしろ「不器用」という意味です。fellow を「同僚」と訳すのも初歩的ミス。相手国の首相に対して、オバマさんが同僚と言うわけがないでしょう。

 NHKが「オバマ氏が鳩山由紀夫元首相のことを『硬直化し、迷走した日本政治の象徴だ』」と報じた原文は、後半の — a symptom of the sclerotic, aimless politics that had plagued Japan for much of the decade. を訳したと思われますが、これは、鳩山氏を直接指した意味ではなく、3年もたたない時期に4人も首相が代わったりして日本が10年も苦しめられた「硬直化した、これという目的もない政治のsymptom兆候の一つだ」と言ってるわけです。つまり、オバマ氏は日本の政治風土全体を批判、もしくは危惧しているのであって、鳩山氏を個人攻撃しているわけではさらさらないことが分かります。日本の政治風土が硬直化しているから、鳩山氏はawkward ぎこちなかったのだ、とオバマ氏が言いたい意味が通じることになります。

 鳩山氏は自らのツイッターで「原文に『不器用だが陽気な』との表現はあるが痛烈な批判はなかった。メディアはなぜ今でも私を叩くのか」と憤慨しておられましたが、お気持ちはよく分かります。正論です。

 でも、意図的な誤訳ではない、と思われます。はっきり言わせてもらうと、単なる知的レベルの低下です。マスコミの記事は一人で完結するわけではなく、デスクや校正、整理部記者ら複数の人間がチェックするはずですが、複数の人間が間違いを見過ごしたということになりますから。

 その背景には、まず第一に、これだけ混沌とした世の中になって、優秀な人材がマスコミに集まらなくなった、からではないでしょうか。仕事は異様にきつく、拘束時間も異様に長く、それでいて待遇が良いかと言えばそれ程でもない。優秀な人材は、ゴールドマンサックスといった外資系企業に入って、20代で年収5000万円を獲得して、超美人の女優さんと結婚するというのが、今や定石になりつつあります(笑)。

 私もよく知っている時事通信で特派員経験もあり、長らく翻訳を担当しているA氏に事情を聴いてみたら、こんな有り様でした。

 昔の外信部や外国経済部は、入社したての新人が入って3年ぐらいはみっちり、デスクに怒られたり、何度も書き直しをさせられたり、原稿を破られたり、修行僧のようにさんざん鍛えられましたが、今は新人は直接、外信部に行かず、地方に行ったり、他の部から配属されたりします。そうなると、語学力がそれほどない人もいれば、日々の鍛錬を怠る人もいます。若い時に、みっちり鍛え上げられれば、かなり語学力も進歩するのに、途中からではやはり向上しない。プロパー(生え抜き)がいなくなると、昔の鍛えるシステムも失われ、デスクになっても、些細な間違いさえ見つけられない。そういう悪循環が続き、社として全体的な語学力のレベルが低下したんじゃないでしょうかねえ。

 嗚呼、そういうことだったんですね。少し納得しました。