WTOが、韓国による福島産水産物の禁輸を容認

世界貿易機関(WTO)は4月11日に、韓国による日本産水産物の全面禁輸を容認したため、日本国内では大騒ぎになっています。

弥次郎兵衛 日本政府の全面敗訴だなあ。まさに驚天動地。まさか、あのWTOが、日本の主張を却下するとは思わなかったよ。韓国は、最近、何でもいちゃもんばかり付けているから、このままじゃ、増長するよ。

喜多八  いやいや、これは韓国だけの問題じゃないんだよ。福島原発事故を理由に日本産食品の輸入を禁止しているのは世界23カ国・地域に及ぶんだよ。韓国なんてマーケットが小さい、小さい。遥かに大きい中国や米国、EUだって、いまだに、日本産品の輸入をストップしているんだよ。

弥次 えっ?何だって?それ、本当か?

喜多 ああ、例えば、中国なんか、東北、関東など10都県の全食品と飼料の輸入を今でも停止しているんだよ。福島原発事故が理由なのに、福島県産以外に埼玉県、東京都、長野県産まで停止命令が出ているだから、よく分からない。

弥次 それだけ、いまだに放射能の影響があると思ってるんじゃない?俺なんか、毎日、東北産や関東産の魚や野菜を食っているけどなあ。

喜多 ま、お互い。それはいずれ、「結果」が分かるんじゃないの。それより、安倍首相は、福島第一原発の汚染水は「アンダーコントロール」と見えを切って、東京五輪・パラリンピックの招致を獲得したんだよ。でも、いまだに汚染水は駄々洩れだから、大ウソをついたことになる。こっちの方が問題じゃないの?

弥次 それは、東京五輪の後援・スポンサーになっているマスコミは、グルだから、一切、絶対、批判しないし、報道すらしないよ。何しろ、福島原発は、メルトダウンしていたのに、最初は全く報道されなかったんだよ。汚染水は、自然に漏れているだけじゃなくて、処置に困っている放射性トリチウムを含む100万トンの汚染水を、これから薄めて海に流すらしいから、魚は本当に大丈夫なの?てな感じだよ。

喜多 だから、俺は、魚は山陰産しか食べないもんね。

弥次 おっ! ずるいなあ。

喜多 もちろん、段ボール入りの中国産冷凍餃子も食べないし、ポストハーベストの農薬漬けの野菜や遺伝子組み換え食品も食べない。今の政財官界の大物たちだって、福島産の農水産物を食べないと思うよ。

弥次 そんな推測でモノをしゃべっていいのかい?

喜多 もちろん、間違っていたら訂正するよ。憶測に過ぎないからね。積極的に食べているかもしれないし。それより、沖縄県の玉城知事が、米軍が駐留する欧州の英、ドイツ、イタリア、ベルギー4カ国の地位協定を調べたら、4カ国とも国内法が適用されていたことが分かったじゃないか。例えば、同じ第2次世界大戦の敗戦国のドイツでさえ、国内法が適用され、米軍基地への立ち入り権が明記され、米軍による訓練も独政府の承認が必要とされ、航空機事故が起きた場合、ドイツも調査に関与できることになっている。それなのに、日本だけは、国内法の適用がなく、国内なのに、基地に入れないどころか、事故が起きても捜査などできないことになっているんだ。まるで、植民地だね。治外法権もいいところだ。

弥次 えーー、そうなの。何で急に、そんな話になったの?

喜多 新聞のWTOの記事の隣に書いてあったからさ(笑)。沖縄県の調査について、河野太郎外相は「様々な国内法を含めた一つの体系なので、何かを取り出して比較することに全く意味がない」と批判したらしい。「全く意味がない」ということは、日本は植民地に甘んじますと宣言しているようなもの。河野外相もやはり、福島産の農水産物は食べていないね。

弥次 だから、そんなこと言って大丈夫なの?

映画「バイス」は★★★★

  ディック・チェイニー(1941~)第46代副大統領(78)の半生を描いた映画「バイス」(アダム・マッケイ監督作品)を観てきました。もうちょっと、コメディタッチで、皮肉的に描かれているかと思っていたら、意外にも正統派のドキュメンタリータッチで真面目に描いていました。ドキュメンタリータッチなら、マイケル・ムーア監督ならもっとスパイスを効かせたと思いますので、はっきり言って、その点だけは面白みに欠けていました。

 また、後半部分で、「心臓移植?」のオペシーンなど、日本人としては目を背けたくなる場面も多く出てきて、日本人の監督ならここまで描かないだろうなあ、と、いかにも米国らしい映画に思えました。

 この映画のコピーでは「まさかの実話!アメリカ史上最強で最凶の副大統領」となっていましたが、「最凶」ぶりはあまり感じませんでしたね。しっかり者の妻リンに尻を叩かれて、政界に進出し、権力の実態とその「蜜の味」を知っていくうちに自然に頂点を目指すようになる男の家族の物語に終始しておりました。次女が同性愛者ということで、選挙運動にネックになったりしますが、あくまでも家族として結束する姿が描かれ、これまた米国らしい、米国人が納得しそうなファミリー映画でした。



 この映画は、やはり、主役のチェイニー役を演じたクリスチャン・ベールがいなければできなかったことでしょうね。1963年のチェイニーの20代から60代後半まで演じていますが、体重を20キロも増量したらしく、特殊メイクも5時間ぐらい掛けたらしいので、本物そくりです。クリスチャン・ベールの姿は何処にもいません。(チェイニーが副大統領になった時、75歳ぐらいに見えましたが、まだ、60歳の若さだったので驚いてしまいました)

 そっくりと言えば、パウエル国務長官役の俳優も、ライス大統領補佐官役の俳優も、そして、ブッシュ大統領役の俳優もみんな名前は知りませんが(笑)、本当に「そっくりさん」でした。

 この映画は大いに期待していたので、事前に「予習」をしておいてよかったでした。もしかして、予習しておかないと時代背景は分かっても、裏に隠れた本質は分からないかもしれません。

 「大量破壊兵器」がないことを知りながら、イラク戦争を強行したチェイニー副大統領は、石油サービス会社ハリバートンの最高経営責任者(CEO)だったこともしっかり描かれていました。チェイニー氏はCEOを退任する際に、2600万ドルの退職金をもらい、「自分が想像していたより2倍も多かった」といった台詞が出てきます。

 2600万ドルは、当時でレート(1ドル=116円)で計算すると、30億円ぐらいですか。桁が違いますね。しかし、ハリバートンは、恐らくチェイニー副大統領のお陰で、米軍の食事から洗濯までのサービスを入札なしで獲得しており、イラク戦争後、株式が500%も値上がりしたので、十分に元手は取れたことでしょう。

 チェイニーの妻リンは、世界最大の軍需産業ロッキード社の取締役を務めていたことを予習していましたが、そのことは全く出てきませんでしたね。

 映画ですから、全てを描くことはできませんが、この映画を観ただけでは、何で、学生時代から飲んだくれで、飲酒運転で逮捕され、学業成績も悪く、スポーツ能力もない、平均以下の人物でイエール大学を中退した男が、石油大手のCEOになったり、「影の大統領」と呼ばれるほどホワイトハウスの頂点に上り詰めたりすることができたのか不思議でしたが、調べてみたら、イエール大学中退後は、ワイオミング大学で修士号まで取っており、やはり、後に、国防長官などを歴任するラムズフェルトらと知り合ったことが大きかったように思えました。

 それにしても、世界一の大国で権力を握ると、戦争遂行でも、企業との癒着でも、歴史を変えるほど莫大な力を行使できるんですね。この映画を観て、権力とか、パワーとか言われるものは何かといえば、はっきり言って、結局、「軍事力」だということが分かりました。

ショーケンの死、NHK岩田解説委員、コンビニ営業時間、モノに執着しない生活

 今日は、種々雑多の心に浮かぶよしなしごとをー。

 ■ショーケンこと萩原健一さんが3月26日に亡くなっていたそうで、ご冥福をお祈り申し上げます。難病に掛かり、2011年から闘病されていたそうですが、まだ、68歳という若さですから御本人も無念だったことでしょう。

 テンプターズのヴォーカルとして「神さまお願い」や「エメラルドの伝説」などのヒットを飛ばした頃(古い!)、私の世代のアイドル的存在でしたから、ある時代が終わった感じがします。破天荒な人に見えましたが、私生活でも、女性遍歴やら薬物使用やら、破天荒だったようです。

 先日観た映画「翔んで埼玉」のことを書きましたが、ショーケンも埼玉県出身。旧与野市の鮮魚店の子息だと聞いたことがありましたが、今のようなネット時代は色んなことが書かれていますね。大スターというのは、色んなものを背負っていて、生まれ持った重い影が「暗ければ暗いほど、輝く」というのが鉄則だというのは、芸能担当記者だった頃に業界関係者から聴いた話でした。ショーケンは17歳でデビューして大スターになりましたが、その理由が分かった気がしました。

alhumbra, Espagne

 ■一昨日、このブログで「新元号」のことを書きましたので、少し責任感を感じて(笑)、「NHK熟年の美人記者が元号スクープという舞台裏」という見出しで、新元号のことを取り上げていた「週刊新潮」を買ってしまいました。私は、「新元号をスクープするメディアはどこになるか気になる」と書きましたが、「週刊新潮」は「首相官邸周辺は、NHK解説委員の岩田明子氏にスクープさせる動きがある」といった趣旨のことを書いてました。

 えっ?あの、世間では「安倍首相のお気に入り」と評判の岩田女史ですか。どうやら、安倍首相の自宅に近い所にあるマンションを購入して、安倍首相の母親の洋子さんとも親密になっている、とも書かれていました。

 なるほど。岩田さんが、4月1日の臨時閣議後の正式発表前に、恐らく5分ぐらい前に「新元号は○○です」とテレビカメラに向かってスクープするのでしょうか?

 岩田さんは、最高学府を出られたという噂は聞いてましたが、気になって調べたら、高校は名門県立千葉だったそうですね。いやあ、この高校、どうでもいいですけど、個人的に、心の傷が疼くほど、思い入れがある高校です。そうでしたかあ…。

Alhumbra, Espagne

■最近、と言っても、半年ぐらい前ですが、私が利用する最寄り駅の駅前の一等地にあったパチンコ屋さんが、コンビニになっていました。駅至近距離には既に4軒もコンビニがあるのですが、やはり、コンビニは、パチンコ店を席捲するほど勢いがまだまだあるんですね。

 最近、コンビニの「深夜営業」を巡って喧しいですが、私自身は、ほとんどコンビニを利用しないので、真夜中、未明までオープンすることはないと思ってます。少数意見かもしれませんが。

Espagne

■3年ほど前、病気になり車の運転ができなくなり、そのまま自家用車を売却してしまいました。

 生活的に不便にはなりましたが、でも、そのお蔭で、自動車保険や駐車場代などが一切掛からなくなり、家計的には大いに助かるようになりました。いざという時は、タクシーに乗ればいいと思いましたが、結構、健康のために歩くようにしたら、徐々に健康を取り戻すことができました。

 さて、何でこんなことを書いたかと言いますと、会社の同僚が、自宅に保管している蔵書が増えすぎたため、自宅近くにロッカールームを借りたという話を聞いたからです。畳二畳ほどの広さで、月額8000円。「わー高(たか)!、田舎の駐車場代並みだなあ」と思ってしまったのです。

 蔵書については、またまた個人的ながら、病気で読めなくなってしまった際、かなりの数、1000冊ぐらいの本を処分してしまったので、今や私の書斎にはほとんど残っておりません。

 やっぱ、モノに固執しなければ、お金も掛からないってところですかねえ?

ホッブスの「リヴァイアサン」に学べ

 今朝も、新橋での人身事故で、通勤電車が遅れました。正直、もう勘弁してほしいですね。2月27日付の小生のブログ「人身事故は5000万円?」をお読みにならなかったのでしょうか。

 さて、久留米にお住まいの有馬先生からメールが届きました。

Espagnole

 《渓流斎日乗》を拝読させていただいておりますが、最近は、個人的な身辺雑記の話題が多いですね。もっと、天下国家や国際問題を語ってください(笑)。とはいえ、私はそれが正しいとは微塵にも思っておりません。身辺雑記の小宇宙(ミクロコスモス)の方が、世界観を反映していることがあるからです。

 正しさや正義を振りかざす人間ほど、扱いにくいものはないのです。

 ですから、これから述べる私見は、自分自身も正論だなどとは更々思っておりません。単なる持論であり、単なる個人的意見です。ということをまず断っておきます。

 何よりも、私自身が疑ってかかっている人間とは、自己主張が強く、自分の意見に凝り固まって、獄中に繋がれようと決して持論を曲げない人間なのです。戦前なら、獄中から出れば、英雄として迎えられ、組織の長ともなれたでしょうが、そもそも転向が悪の権化の如く、寄って集って指弾されるべきものなのかについては甚だ疑問です。

 人間は弱いものですから、拷問されたり、生命の危険に晒されれば、思想信条も二の次になります。人は裏切り、背信行為もします。人間は、か弱いものです。女に石を投げることができる、罪を犯したことがない人間は、そういないのです。

Alhambra

 ところで、「右翼」や「左翼」といった政治的に使われる言葉も境目が曖昧になりました。例えば、右翼=保守的=超国家主義。左翼=進歩的=自由主義といった単純な図式は当てはまらなくなりました。

 レーダー照射問題や徴用工問題で日本との関係が悪化しているお隣の韓国では、左翼と呼ばれる人権派弁護士出身の大統領を擁いておりますが、極めてドメスティックで、それどころか、司法も行政も国際条約を疎かにするような排外主義というか国家主義的になっています。(善し悪しは別として)

  また、文革時代にあれほど「走資派」を批判し、つるし上げていた中国は、今や資本主義の権化のような経済大国です。それでいて貧富の格差が拡大して、共産主義、社会主義が理想とする平等主義から程遠くなり、矛盾しています。

 それだけ、21世紀になって、イデオロギーや概念が大変革したわけです。かつての左翼が右翼的になり、かつての右翼が左翼的になったというか、そもそも最初から左翼も右翼も幻想で、なかったのかもしれません

Alhambra

 左翼思想も右翼思想もなかった時代。17世紀の英国の哲学者ホッブスは、その著「リヴァイアサン」の中で、「万人の万人に対する闘争」を説きました。これは、「弱肉強食」の自然状態 から脱するため、社会契約により、絶対的権力をもつ国家(リヴァイアサン)を設定すべきだと説いております。この契約によって、人間は、平和と相互援助を約束し合います。

 ということは、ホッブスは弱肉強食の世界を肯定しているわけではなく、むしろ、強者を諌めているのです。「万人の万人に対する闘争」である自然状態では、強者が常に勝つとは限らず、強者の支配が覆され、強者は天寿を全うすることができなくなる場合もあります。本来、人間は平等で、人間同士の欲求は競合しますから 「万人の万人に対する闘争」 が起こります。平等だから決着はつかず、「闘争」は永遠に続きます。だからこそ、強者は社会契約を受け入れて、弱者を蔑むこともやめるべきだというのです。

 よく考えてみれば、強者だって、病気や怪我をすればたちまち弱者です。強い若者も、老人ともなれば弱者になります。富裕層も没落すれば、あっという間にに弱者です。つまり、強者と弱者は紙一重なのです。

 今の時代、ホッブスの哲学がもう一度、見直されるべきではないでしょうか。

 有馬先生、どうも有難う御座いました。

 (ホッブスの項は、早稲田大学の豊永郁子教授の論考を一部引用させて頂きました)

沖縄県民投票と「適量ですか 高齢者の薬」

 昨日、2月25日(月)の「安倍首相の一日」、いわゆる「首相動静」欄に以下の記述がありました。

 午後7時36分、東京・銀座の鉄板焼き店「銀座うかい亭」着。時事通信社の大室真生社長、渡辺祐司常務取締役らと会食。同9時45分、同所発。同10時2分、私邸着。

 おー、あの「うかい亭」ですかあ。一昨年11月にトランプ米大統領が来日した際、首相官邸のお導きで会食した高級鉄板焼き料理店です。安倍首相もよほど気に入ったとみえますが、またのご利用です。場所は東京・銀座の時事通信本社ビルの1階でした(笑)。

 それにしても、マスコミのトップの人間が、時の最高権力者と会食するのは如何なもんでしょうかねえ。一体、どんなお話をするんでしょうか。前日に結果が出た沖縄県民投票については「スルー」したのでしょうか。一定の距離を置いて、批判するということがジャーナリズムの原点のような気がしますが、そんな安っぽい「書生論」をほざいている人間は野暮かもしれません。

 そもそも、時事通信社の前身の戦前の同盟通信社は、まさに、政府系の「国策通信社」でした。

 国策通信社で、何か問題でも?

 中国の新華社通信や人民日報などは、まさに政府メディアでしょう。それを言ったら、北朝鮮やロシア、それにトルコもサウジアラビアなどでは、政府系マスコミばかりで、反政府メディアがあれば、つぶされたり拘束されたりするでしょう。

 先進国と言われるフランスのAFP通信社(日本では時事通信社が独占契約)も、自動車のルノーと同じように国有企業で、何パーセントか知りませんが、政府が出資しています。ということは、AFPはフランス政府の悪口は書けないと、普通の人なら思い込んでいます。

 日本が好きなアメリカはどうでしょう。CNNの記者さんはトランプさんと仲違いしていますが、FOXニュースを始め、概ね、政府寄りの報道でしょう。特に、デジタルメディア時代ともなると、インターネットそのものが、米軍によって開発されたものですから、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)などは、国防省(ペンタゴン)や米航空宇宙局(NASA)、米国家安全保障局(NSA)など政府系機関と歩調を合わせていることは想像に難くありません。

 それが何か問題でも?

 いや、別に問題はないでしょうが、毎日、「官報」のような無味乾燥な高級官僚の作文の丸写しを読まされていては、食傷気味になりませんか?

 それとも、庶民は為政者の命令に唯々諾々と黙って従っていれば良いのでしょうか。

 24日に投開票が行われた沖縄の普天間飛行場の辺野古移設を問う県民投票。移設反対が県民の7割を超えましたが、翌25日の首都・東京都内で発行された各新聞最終版の一面トップの違いが面白かったですね。

《朝日新聞》…「辺野古『反対』72%」

《毎日新聞》…「辺野古反対7割超」

《読売新聞》…「適量ですか 高齢者の薬」

《日経新聞》 …「見えざる資産 成長の源に」

《産経新聞》…「海自観艦式 韓国招待せず」

《東京新聞》…「辺野古反対 7割超」

 日経は、経済専門紙だから分かります。産経も韓国問題でいかにも産経らしい。朝日、毎日、東京が、県民投票の結果を大きな活字で大々的に報道しているのに対して、天下の読売新聞は 「適量ですか 高齢者の薬」。

 何ですか、これ?いやあ、面目躍如ですね。庶民の生活をここまで心配してくださるメディアは、世界広しといえども他にありません。

 一番、読み応えがありました。

トラブルの予感

 これから、こういうトラブルはますます増えていくことでしょう。

 今朝のこと。通勤のため混んだバスに乗ったところ、異様な電子音が鳴り響いていました。

 状況を伺うと、優先席に土足を投げ出して座っている5歳ぐらいの男の子が、スマホで何か動画を見ているようでした。イヤホンも付けずにボリュームも最大にしていますから、キンキンと電子音が鳴り響き、アナログ世代には耐え難い拷問です。

 隣りには、その子どもの母親らしき女が、やはり優先席に我が物顔で座っています。風貌から中国系に見えます。

 前に立っていた中年の女性がたまりかねて注意しました。「もう少し音量を下げてください」。当然の要求です。その女性は、どこか公立学校の教師のような感じに見えました。今まで、周囲がずっと黙っていたのは、あまりにも日本人的謙譲さです。彼女は、普段、生徒に注意するので慣れているのかもしれません。

 でも、母親は知らん顔です。女性教師は、とうとう「貴女は日本語分からないの?」と詰問しました。すると、女は首を横に振りました。

 おかしいですね。日本語が分からなければ、首も振れないわけですから、ある程度日本語が分かっているので、分からないふりをしているようにもみえます。

 結局、女性教師は、子どもからスマホを取り上げて、音量を下げました。でも、スマホを返してもらった子どもは再び音量を上げました。

 そうこうするうちに、バスは駅に着いたので、その後どうなったのか分かりません。安倍首相は、庶民が乗るようなバスには乗らないので、こういう不快は分からないだろうなと思いました。

 もう一つ。

 昼休み。外に食事に行こうとすると、銀座ですから、外国人観光客が多く、店の前の歩道を塞いで、通れません。団体は大抵が中国系です。言葉で分かります。かつて中国人の多さは、2月の春節か、10月の国慶節ぐらいに限られていましたが、今では1年中です。しかも、小さな子どもまでいます。余計なお世話ですが、学校行ってるんでしょうか。イイ若者が平日にブラブラと観光ですか。良いご身分ですねえ。

 いやいや、世界経済大国ですから別に構いませんが、もう少し、他人様の迷惑を考えてくれないものでしょうかねえ。我々だって、外国に行けば、少しは遠慮して、歩道を塞いでいたら、地元の人が通れるよう脇にどきます。しかし、彼らは我が物顔で、平気に路肩に座り込んだりしているんですからね。それが残念ながら決まって中国系です。

 私の周囲の中国専門家の中には、どういうわけか大学で中国語を専攻しながら、中国嫌いになってしまう人が何人かおります。「中国人は自分のモノは自分のモノ。他人のモノも自分のモノにする民族なんだよ。『一帯一路』か何か知らんけど、あれだけ広大な領土を持ちながら、もっと領土を広げたい野心があり、世界は自分たちを中心に回っているという華夷思想は4000年経っても変わらないね」というわけです。

 しかしながら、「仁」(他人への思いやり)や「礼」を重んじる儒教精神を日本人に教えてくれたのは偉大なる中国だったんじゃないでしょうか。全世界に「孔子学院」を張り巡らせて、「仁・義・礼・智・信」の五常をあまねく広めてくださっているのではなかったのでしょうか。(孔子学院の役割については、色んな説がありますが)

まあ、こんな些細な話は、お抱え運転手付きの政官財界の大御所の皆々様方には関係ない話で、知ったことではないでしょう。ただ、公共道徳を守り、節度を持った日本の一般庶民も、いつかは不満を爆発させる日が来るのではないかと予感しています。

何かおかしい最近のNHK

 最近のNHKの報道や番組に接していると、どうも違和感を覚えてしまいます。

 例えば、看板のニュース。しかも夜の7時のニュースともなると、ゴールデンタイムの中の最高の時間で、国民の多くが注目しています。庶民だけでなく、政治家も官僚も財界の大物も見るのではないでしょうか。影響力は国内外とも絶大です。

 その夜7時のニュースで、先日、ドラマ「家政婦が見た」で有名な女優が亡くなったということで、トップニュースだったことには驚きました。民放なら分かりますが、天下のNHKですからね。独断と偏見かもしれませんが、もっと他にに重大ニュースがあったはずです。

バルセロナ

 最近では、徴用工問題や韓国・駆逐艦による火器管制レーダーを照射問題などで、日韓関係がぎくしゃくし、尖閣諸島や太平洋進出を図る中国の覇権主義などを巡って日中関係も暗澹としてます。でも、ほとんどの日本国民は、竹島にも尖閣諸島にも行ったことがなく、「紛争状態」もほとんど報道を通して知るのです。

 ですから、NHKの報道を見ていると、相手国のあまりにもの大胆不敵な国際法違反ぶりを煽れ、恐らく、そんなニュースを見せつけられた国民の9割は「嫌韓」「嫌中」になってしまうはずです。NHKの予算は、国会で承認されることが義務付けられているので、どうしても政府寄りの報道になることは致し方ないかもしれませんが、今の報道ぶりは、まるで政府の宣撫機関か煽動機関に見えてしまいます。寝た子を起こすように、国民を煽っています。

バルセロナ・グエル邸

 そう言えば、NHKが最近、中国の良い所、韓国の素晴らしいことを報道しましたか?大抵、嫌悪を催すようなネガティブなニュースばかりでしたよ。こんなことでは、弾けた輩から「征韓論」が出てくるのではないかと危惧してしまいます。


バルセロナ・グエル邸

 もう一つ、エンターテインメント番組も、昔の方がもう少し品があったと思います。決して悪いというわけではありませんが、イケメンのジャニーズ系タレントや、個人的に嫌いなお笑いコンビばかり採用し、民放に任せればいいものを、「勘弁してほしい」と思ってしまいます。NHKは、「お高くとまっている」と批判されても、あくまでも言葉遣いが丁寧で、綺麗な日本語を使い、もっと上品であるべきです。

私自身はかつて、芸能担当記者をやっていたことがあるので、裏事情には精通しております。芸能番組を制作するには、ジャニーズ、吉本興業、ホリプロ、アップフロント、バーニング、ケイダッシュ、田辺エージェンシー、渡辺プロ、太田プロ、新栄プロ、東宝芸能、松竹芸能など大手芸能プロダクションの力を借りなくてはできず、タレントもこれら大手事務所に所属していなければ、仕事さえ回してもらえない業界の掟があることも知っております。何で、こんなタレントがテレビに出てくるのかと勘ぐれば、「それは○○事務所に所属しているから」という理由で分かります。ま、これ以上は茲では書きませんが(笑)。


バルセロナ・グエル邸

 特に私は、むしろテレビよりラジオを聴くのですが、今放送されているNHKのニュース以外の娯楽番組はほとんど付いていけません。年のせいか、安心して聴けるのは、「ラジオ深夜便」なのですが、最近疲れてそんな夜中まで起きてませんからね(笑)。

「皆さまのNHK」を自称するなら、少しは庶民の声に耳を傾けてほしいものです。ま、無理でしょうかねえ。。。

4億1700万円も寄付する調布の蕎麦屋さんと何百億円も私腹を肥やす拝金亡者

 おはようございます。調布先生です。

 お久しぶりですが、まだ、生きております(笑)。東京で、怒りを滾らせながら暮らしております。《渓流斎日乗》は3年前に突然消えてしまい、主宰者の都合で廃刊されたと思っておりましたが、サイト先を移動されたのか、新設されたのか分かりませんが、見事復活していたのですね。おめでとうございます。

スペイン・バルセロナ

あ、さて、昨晩、何気なく坂田藤十郎一門の歌舞伎の中村扇之丞さんのブログを見ていたらこんな記事が出ていました。どうも読売新聞の都内版のようですが、「美談」ですね。

 迂生が住む調布の深大寺の門前にある蕎麦屋の主人が、「福祉」に役立ててほしいと、2億1700万円もの大金を調布市に寄付したというです。凄いですね。調布先生もビックリです。

 しかも、これまでも何度も同市に寄付していて、ナント総額4億1700万円に達したそうです。すごいですね。動機は、自身が50年前に生活苦で市に支援してもらい、その有難さを感じていて、今度は、自分の商売が軌道に乗ったことから、今では生活難の方に、と寄付を始めたそうです。“日産の金色夜叉”、“三重国籍の拝金亡者”、“会社に付け回しの悪党”のゴーン君に、「日本人の中にはこういう人がいるんですよ」と特捜部の検事を通じて「どう思うか!」と聞いてもらいたいものです。

バルセロナ・サグラダファミリア教会

恐らく、彼は「ワタシはそんなムダはしません」「すべて、その人のジコセキニンですから、ジゴウジトクです」「グローバリズム、バンザイ」と叫ぶでしょうね。

 あの顔を見れば悪党そのものです。日産ゴーン前会長を絶賛していた当時のマスコミの記者や学者、評論家を再点検し、総括してはみてはどうですか。

スペイン・バルセロナ

おお、調布先生ですか。随分久しぶりですね。

記者や学者や評論家は無責任ですから、ま、そんな総括するような奇特な人はいないでしょう。昨晩も、東京・京橋の日本料理店「京都 つゆしゃぶCHIRIRI」で、悪名高い政治ジャーナリストと国営放送NHK名古屋放送局長らが安倍首相と懇談し、しゃぶしゃぶを突っつきながら、「総理、また、あの渓流斎の野郎がクダランこと書きやがってますよ」と御注進していたとか、していなかったとか。

 要するに、メディアは既得権益者の代弁に過ぎないことを心に念じて、接すればいいのではないでしょうか。このことについては、今、とても面白い本を読んでいますので、そのうちご紹介致します。ジャーナリズムの原点のような本です。

グローバリズムの弊害を見直すべき=WSJは、単なる国際金融資本家の機関紙

 先日の忘年会で久し振りにお会いしたインテリ紳士の大杉さん。かつては、リベラルなアナーキストとして進歩的意見の塊の人かと思っていたら、すっかり思想信条が変わっていたので、驚いてしまいました。

 大杉さんが利用する都心と隣県を結ぶ私鉄線。最近、各駅の案内掲示板に中国語や韓国語の併記が目立つようになり、「ほかの国はそんなことやっていないのに、おかしい。行き過ぎじゃないか」と言うのです。

スペイン・サラゴサ

 確かに、一理ありますね。私は芸術鑑賞が好きなので、よく博物館や展覧会場に行きますが、今年から急に、英語だけでなく、中国語と韓国語の併記が増えたと感じるようになりました。

東京一の高級繁華街・銀座のショップも中国語や韓国語の表示が目立つようになりました。特に、中国系のクレジットカードが使えるという告知なんか、一番目立ちます。「何だ、君たちはもう日本人は捨てて、中国人相手だけに商売やっているのかい?」と思ってしまいます。うーん、我ながら、何か、極右反動的ですね。今のマスコミ用語を使えば、差別主義でしょうか(笑)。

大杉さんは、旅行好きで、よく海外に行くそうですが、昔と違って、現地の人から最初に言われるのが、「中国人か?」なんだそうで、彼は慌てて否定するそうです。確かに国粋主義者でなくても、間違えられるのは、あまり気持ちが良い話ではないかもしれません。

スペイン・サラゴサ

こういうことを書きますと、批判の嵐が飛び交うことでしょうが、続けます。

日産のゴーン前会長の逮捕・勾留について、「グローバル・スタンダード(国際基準)に合っていない。早く保釈するべきだ」と主張する日本人のコメンテーターがいます。レバノン人か、ブラジル人か、フランス人が言うのなら、そして、特にゴーン氏との利害関係者なら分かりますが、その日本人は、自分は進歩的で、グローバル・スタンダードを遵守する上流階級の人間だから、知恵遅れの下々どもは俺の言うことを聞けとでも言いたいのでしょうか。

 片腹痛しですね。

日本は法治国家です。強欲ゴーン氏の件については、ちゃんと刑事訴訟法に則って、法的手続きを踏んで、粛々と進めています。

ゴーン氏が逮捕された時、あの有力米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが「共産党が支配する中国の話だろうか。いや、資本主義の日本で起きたことだ」と、「異端審問」扱いする大キャンペーンを張り巡らしました。以前、お会いした著名な日本人経済アナリストが「日本の日経新聞は全く読むに値しない。やはり、ウォール・ストリート・ジャーナルを読まなくては」と強調されておりましたが、ウォール・ストリート・ジャーナルといっても、この程度の新聞なんですからね。

つまり、どこに視座があるかということです。富裕層優遇の市場原理主義、新自由主義の思想に立脚しており、国際金融資本家の機関紙であり、紙面化、デジタル化された時点では、その情報は古く、黄色人種の庶民にはそのおこぼれにも預かれないという深層と真相を、賢明なる人はそろそろ見破るべきなのです。

はっきり言いますが、ウォール・ストリート・ジャーナルは、あなた方、日本人の庶民は全く相手にしておりませんよ。せめて、10億円以上の資産(ゴーンさんと比較すると、何とみみっちいくらい少ないことか!)がある人でなければお話にならないのです。

スペイン・バルセロナ

だから、日本のメディアは、海外の反応など、金科玉条の如く、神棚に飾るが如く、垂れ流しする必要はないのです。淡々と報道すればいいのです。日本人は海外の目を気にし過ぎる民族です。ウォール・ストリート・ジャーナルは、日本人の庶民の意見など馬耳東風、全く気にしてませんから、取り上げることは皆無です。

スペイン・サラゴサ 結婚式を挙行してました

 話を少し元に戻しますと、海外で事故や災害などが遭った時、かつて著名なリベラル評論家が「日本のマスコミは、すぐ『日本人の被害者はなかった模様です』と報道しますが、遅れています。国際基準に合っていません。現地の人のことも報道すべきです」といったような趣旨で、日本のメディアを弾劾しておりましたが、どこの海外メディアが自国以外の被害状況を率先して報道しているのでしょうか?

 オリンピックだって、自国の選手がどれだけ金メダルを獲ったか、躍起になって報道するだけです。

スペイン・バルセロナ

大杉さんにしろ、最近の日本人の思想信条の軸が少しずれてきたかもしれません。これだけ、世界各国で「自国第一主義」が蔓延れば、何処の国でも影響を受けることでしょう。日本も特別ではありません。訪日外国人観光客が3000万人を突破したからといって、喜ぶのは政治家と高級官僚と商人と財界人と市場原理主義者ぐらいです。

大杉さんの結論は、そろそろ、外国のことを気遣うことだけを「進歩的」だの、「おもてなし」だのと誤解することはもうやめにしませんかねえ?グローバリズムの弊害について、日本人はもっともっと、気付くべきです、ということでした。

小生も同感ですね。何しろ、グローバリズムでこの世の春を謳歌しているのは、高給取りの国際機関職員や国際金融資本家らごくわずかですから。

アレン著「シンス・イエスタデイ 1930年代アメリカ」

フレデリック・ルイス・アレン著「シンス・イエスタデイ 1930年代アメリカ」(ちくま文庫・1998年6月24日第一刷)をやっと読了しました。(最近、眼精疲労が酷くて困ります)この本は、まるで百科事典のようなクロニクルでした。(藤久ミネ翻訳、労作でした)

狂騒の時代・1920年代の米国を描いた「オンリー・イエスタデイ」の続編です。「オンリー・~」は、第1次世界大戦が終わった翌年の1919年から始まり、1929年のニューヨーク株式大暴落辺りで話は終わります。そして、この「シンス・~」は、大恐慌に始まり、1939年の第2次世界大戦勃発までが描かれます。著者のアレンが「シンス・~」のあとがきを書いた日付が1939年11月10日になっており、まさに同時進行の「現代史」を書いていたわけで、あとがきを書いている時点では、ヒトラーによるラインラント進駐やムッソリーニによるエジプト侵略、日本の中国進攻などは書き記していますが、まさか、何千万人もの死傷者を出す「世界大戦」にまで発展することは予想できなかったような書きぶりなので、勿論「第2次世界大戦」の表記はありません。(1932年にワシントンで起きた、退役軍人団体らによる恩給前払いデモを武力で排除して死傷者を出した事件。最高責任者は陸軍参謀のマッカーサーでしたが、名前まで明記されていませんでした。戦後になれば、超有名人となりますが、1939年の時点では、アレンにとって明記するほどの人ではなかったのかもしれません)

とはいえ、既に「古典的名著」と言われ、どんな歴史家もこれらの本に触れざるを得ないことでしょう。

アレン自身は、「ハーパーズ・マガジン」などの編集長を務めたジャーナリストとはいえ、現場で対象者に突撃インタビューするようなトップ屋でも探訪記者でもない、編集職のように思われ、多くのソース(情報元)は新聞や雑誌の記事などから引用していることを「あとがき」で明記しています。

スペイン・サラゴサ

1930年代の米国といえば、華やかな20年代と比べ、どうしても大不況と、街に溢れる大量の失業者と自殺者などといった暗黒の時代のイメージがあります。ジョン・スタインベックの「怒りの葡萄」の世界です。 ルーズベルト大統領によるニュー・ディール政策もすぐ思い浮かびます。

 とはいえ、そんな恐慌の時代でも、オリンピックが開催(1932年のロサンゼルス大会!田中英光がボート選手として出場して「オリムポスの果実」を発表)され、万国博覧会(33年シカゴ、39年ニューヨーク)まで開催されているのです。しかも、ニューヨークの摩天楼を代表するクライスラー・ビルディング(30年)もエンパイア・ステート・ビルディング(31年)なども30年代に竣工しているのです。どうも、後世の人間から見ると、30年代は決して「暗黒の時代」だけではなかったような気がします。

ベニー・グッドマンらに代表される「スゥイング・ジャズ」の全盛時代でもあり、私自身はこの30年代の米国のポピュラー音楽は大好きです。

スペイン・サラゴサ

私の好きな映画でいえば、 1936年に公開されたチャップリンの「モダンタイムズ」を初めて見たときは驚愕したものでした。私が初めて見たのは1970年頃でしたが、「えっ?あんな大昔なのに、監視カメラのような大型スクリーンがあって、ロボットのような機械があったの?」と驚いたものです。つまり、1970年からみて、40年前の1930年代は戦前であり、過去の大昔の遠い遥かかなたの歴史の出来事に思えたからです。それほど文明は進んでいないと思ってました。

若かったからでしょうね。現在の2018年から1970年代を見ると、40年以上も昔ですが、自分が生きた時代なので、70年代はつい昨日の出来事に思えなくもないのですから、不思議です。

スペイン・サラゴサ

もう一つ、映画といえば、今や古典的名作と言われる「風と共に去りぬ」が1939年12月15日にカラーで大公開されています。日本が無声映画からやっとトーキーの時代に入った頃で、天然カラー映画なんてとんでもない時代です。(1937年に日本初の短編カラー映画「千人針」が製作されましたが、戦後51年の「カルメン故郷に帰る」が日本最初の長編カラー映画というのが通説)米国と日本の国力の差が、見上げるほど圧倒的だったことは、大衆芸術の格差を見ただけでも、これで分かります。

この本に書かれた内容は、映画「風と共に去りぬ」公開前の1939年11月までですから、当然、この映画のことは書かれていませんが、36年に出版されたマーガレット・ミッチェルの原作が大ベストセラーになったことは触れています。そして、映画化も決まって、主役が誰になるのか、街で噂になっている、といったことが書かれています。まさに、新聞記事と同じような同時代の記録です。

米国では、日本と違って、ジャーナリストは現代史家として看做されているからなんでしょう。「今の時代を活写してやろう」というアレンの意気込みや野心は半端じゃなく、その成果が作品に如実に表れています。