庶民が知りえない秘密の別世界=京都・百味会

 大阪の浪速先生のライバル、京都の京洛先生から電話があり、「浪速先生は賭博師ですねえ。渓流斎ブログの沽券に関わりませんかねえ(笑)」と半ば冗談で忠告されるのでした。

 京洛先生は真面目ですからね。お彼岸の日は、競馬場には行かず、檀家である京都五山の建仁寺にお参りして、上層幹部僧侶と談笑されたそうです。詳しい内容については茲ではあまり書けませんが、相国寺の有馬頼底管長をはじめ、古刹の管長さんともなると一般庶民からみると破格の扱いで、想像もつかない別世界があるということです。

 映画や小説などで、京都のお坊さんは、よく祇園の老舗料亭に招かれて芸者をあげている場面などがありますが、それらは空想のフィクションではないかもしれない、ことだけは書いておきましょう(笑)。

 その話の延長で、京都には「百味会」という老舗の味を守るのれん会があることを教えてもらいました。戦後まもない昭和24年2月、「1名物1店 」の原則で結成され、創業が400年も500年も続く老舗67店が加盟。一切の追加入を認めていない「京都の真髄」の集まりと言われています。

 皆さんとはご縁がない(笑)懐石料理の「瓢亭」、スッポン料理の「大市」など超高級料亭もありますが、京都土産の定番、八ッ橋の「聖護院八ッ橋総本店」、羊かんの「とらや」、日本酒の「月桂冠」など、皆さんでも手が届く馴染みの店もあります。ご興味があれば、こちらを⇒「京名物 百味会」

 この秘密のヴェールに包まれた百味会が、「知られざる“奥座敷”の世界」として、テレビ史上初めて内部にカメラが入り、今年8月4日にNHKで放送されたらしいのですが、私は見逃しておりました。それが、今ではユーチューブで見られるというので、私も一生懸命に探して見てみました。私が探したのは、音声が途中で長らく切れたり、NHKなのに何度も何度もCMが入るガサツモノでしたが、京洛先生が口を酸っぱくして仰っていた通り、実に面白かったですね。

 祇園にある創業480年の「二軒茶屋 中村楼」を中心に、そこの12代目の辻雅光氏と跡継ぎの13代目喜彦氏の悲喜こもごもがテレビカメラの前で晒されます。若女将の出奔場面まで出てきます。

 百味会だの、老舗中の老舗だのと言っても、どこの世界でも大変です。伝統の味は守らなければならないのに、現代風にアレンジしなければ今のお客や増え続ける外国人観光客がついて来ないという二律背反に迫られ、特に跡継ぎ問題や嫁入りする女将の素質問題など、色々と山積します。番組では創業440年の老舗京菓子屋さんが廃業に追い込まれて、そこの御主人が今ではタクシードライバーをやって生活費を稼いでる有様までカメラで捉えています。

 京洛先生が、何で百味会の話をしたかというと、その番組の中で、普通の人ではとても区別は付きませんが、京洛先生には見慣れた建仁寺のお坊さんたちが登場していたからでした。上層幹部僧侶にその話をしたら、「いやあ、撮られていましたか。テレビに映っていましたか」と、しきりに頭をかいていたそうです。

 どういう形でお坊さんたちが登場していたのか、ご興味があれば、例のユーチューブで御覧になってみてください。世の中には、我々のような庶民が知りえない秘密のヴェールに包まれた別世界があるということですよ(笑)。

 京都「百味会」はこちらのサイトの方が見やすいかもしれませんので、リンクを貼っておきます。

さいたま新都心でジャズ祭り

9月8日~9日に首都圏を襲った台風15号の影響で、千葉県はいまだに9万軒が停電のままで、苦しい不便な生活が続いております。熱中症で亡くなった方もおられたということで、お見舞い申し上げます。

 そんな折に、呑気に趣味の神社仏閣と城歩きをしていては駄目でしょ、と気が引けたので、3連休は近場で過ごしました。

 どうも埼玉県民は漢字が読めないので県庁の所在地を「さいたま市」と、ひらがなにしたという根強い噂がありますが、この3連休、その「さいたま新都心」で、「ビール祭り」が開かれているというので、出掛けてみました。

 よく調べずに勝手に行ったら、会場でのビール売り場はたったの1軒だけ。確か、10年ぐらい前に行った時は、ドイツビールから全国の地ビールに至るまで何種類ものビール売店が並んでいましたから、拍子抜けしてしまいました。

その代わりに、ジャズの野外コンサートをやっていました。印象で判断するのは怒られそうですが、超有名バンドではなく、セミプロみたいな感じでした。でも、無料で聴けるわけですから、ビール片手に何か得した気分です。

 あまり知られていませんが、さいたま新都心は、東京・霞ケ関の官庁の支所がほとんどあり、もし、東京が壊滅的被害に遭った時に、臨時的に官庁業務を代行するという噂を聞いたことがあります。

 さいたま新都心は、東京都心から急行で40分ぐらいの所ですが、埼玉県は、関東大震災の際に被害に遭った都心の盆栽屋が大宮に移転したり、太平洋戦争の際に、都心の子どもたちの疎開先になったりしています。避難場所ですね。

 そう言えば、埼玉県は大きな地震や風水害に襲われたという話はあまり聞いたことがありません。

暇人が多く、1000人ぐらいの観客が聴き入りました

今でこそ、東京・墨田区に「東京スカイツリー」が鎮座していますが、大胆不敵にも、さいたま新都心は、「第2東京タワー」の設置場所として立候補したことがあります。墨田区に敗れはしましたが、世が世なら、「埼玉スカイツリー」になっていたのかもしれません(笑)。

あまり、皮肉を書くと埼玉県民の皆様に怒られるのでやめておきます。そう言えば、さいたま新都心にある「埼玉スーパーアリーナ」は、来年の東京五輪のバスケット会場になりますね。酷暑に開催される東京五輪は大反対ですが、アリーナは室内で冷房も効いているので、体調不良を訴える人は少ないことでしょう。

 さいたま新都心駅は、2000年4月1日に開業した比較的新しい 駅で、官庁街とショッピングモールで出来た人工的な街です。

 でも、500円の生ビール片手にジャズの生演奏を聴いていると、どこかヨーロッパの古い都市にいるような感覚になれました。埼玉県は意外といい所ですよ。

【後記】いつも、このブログに書いたことと現実とのシンクロニシティを感じていますが、さいたま新都心駅を設計したのが著名な建築家エドワード鈴木氏で、同氏は9月15日に71歳で亡くなっていたことが、9月18日に分かりました。

私がさいたま新都心駅を訪れたのは、何と9月15日でした。エドワード鈴木氏の御冥福をお祈り申し上げます。

安倍首相のお気に入りがトランプ大統領と握手していたとは…

昨晩、名古屋にお住まいの篠田先生から電話が掛かってきました。

篠田「ああたね、何か昨日はスパイ研究会に出たらしいけど、今日は、本物の現代のスパイが登場しましたよ」

渓流斎「えっ!? どういうことですか?」

篠「国技館ですよ。トランプ米大統領と握手していたでしょ? 古い、過去のもう終わったスパイの研究もいいですけど、今現在のスパイにも目配りしなければ駄目ですよ」

渓「えっ!?誰なんですか、それ?」

篠「知らないんですか?今、ネット上では大騒ぎですよ。どうせ、明日の朝刊では、どこの大新聞もテレビも報じないでしょう。相撲の取組が終わって、トランプ米大統領が升席を取っ払った特別観覧席から引き上げる際、NHKのアナウンサーが『一般のお客さんと握手を交わしています』と絶叫したでしょ?よく見たら、一般客でも何でもない。台湾出身の政治運動家・金美齢氏と極右国粋評論家・櫻井よし子氏、週刊新潮出身のノンフィクション作家門田隆将氏じゃあ、あーりませんか。いずれも、安倍首相お気に入りの親衛隊。産経新聞、フジテレビ御用達です。

渓「えーーー!、本当ですか?」

篠「知らなかったんですか?駄目ですね。ブログはこういうことを書かなければ駄目ですよ。彼らは千秋楽という最も入手困難な高額キップをどうやって手に入れたんでしょう?ネット上では『どうせ、ご招待だろ』とか『何が、一般客だ。NHKもグルだな』などと喧々諤々ですよ」

渓「知らなかったですね。どうせ明日の朝刊大手紙はどこも取り上げないでしょうけど、こちら方面が得意の『日刊ゲンダイ』や『東京スポーツ』なんかは売れなくなるはずですね。『夕刊フジ』はフジサンケイ・グループだからエールを送って載せるかも…」

新聞配達をしていた中学生の時、160センチだったのが、今や3メートルに伸びてました

篠「夕刊紙どころか、週刊誌だって、年金や相続や病気の話ばかりの『老人メディア』で、若い人はもう見向きもしませんよ。それより、トランプ大統領と安倍首相らが夜に会食した六本木の居酒屋は何処か知ってますか?」

渓「さあ…知りませんねえ」

篠「駄目ですねえ。『田舎家 東店』ですよ。六本木交差点から飯倉片町方面に下って、左手にドンキホーテがありますから、その近くですよ。ニューヨークにも支店があり大人気で、今、飛ぶ鳥を落とす勢いで、ブイブイ言わせてますよ。まあ、予算は一献2万円ってとこでしょうか」

渓「それにしても、随分、詳しいんですねえ…」

篠「ジャーナリストのくせに、ああたの取材力が足りないだけですよ(笑)」

渓「そう言われましてもねえ…」

篠「じゃ、答えをお教えしませう。 官報に告示されていたからですよ。そこにはドローン飛行禁止区域が書かれていたんですよ。ゴルフをやった千葉・茂原カントリー倶楽部や相撲観戦の国技館はマスコミ発表で事前から大々的に取り上げられましたが、大統領夫妻が宿泊するのはパレスホテル東京、夕食を供にすると思われる六本木3丁目のアロービルまで告示されてましたよ。あとは、内調(内閣情報調査室)やCIAでなくても、パンピー(NHKの好きな一般人)だって、ちょこっと調べれば分かるわけですよ」

渓「なあるほど。分かり過ぎるほど、分かりました。ぐうの音も出ません」

母の日にコンビーフ

 ウマイめんこい村の白羽作彦村長です。

 何か、わたすのライヴァル・サイト「ウマズイめんくい村」の赤羽彦作村長さんが、東京・千駄木腰塚の「極旨 コンビーフ」を取り上げておりましたが、たまたま、わたすも同じように「ここのコンビーフは日本一、極旨ですよ」という極秘情報をある情報筋から仕入れて来ました。

 もしかしたら、この極秘情報は、ワトキ会か、または、同じ情報筋かもしれませんが(笑)、今日は「母の日」ということもあって、母親へのお土産として、奮発して買いに行って来たわけです。

 千駄木本店にしか売っていないという情報でしたが、JR日暮里駅の「駅ナカ」でも販売しておりました。昭和24年創業の腰塚自家製「極旨 コンビーフ」は、400グラムというかなりボリュームで、価格は、1個1980円。

 コンビーフは最近ほとんど口にしていませんでしたが、子どもの頃は、缶詰入りのコンビーフをよく食べたものでした。そう言えば、小中学校の給食でもよく出ていたと思います。

 手始めに生でそのまま食べてみました。まあ、コンビーフの味はしましたけど(笑)、脂の乗ったほどよい塩加減にしろ、今まで食したコンビーフと比べると、老舗の腰塚さんから広告宣伝費をもらっているわけではありませんが、類似品とは違い、高級感たっぷりで、旨味がありました。

 でも、キャベツなどの野菜炒めにしたり、手を加えても美味しいと思いました。

 生コンビーフと一緒に、サンドイッチ(580円)も一緒に買ってきました。

 このサンドのコンビーフにはキャベツが入ってました。

 「千駄木 腰塚」のネットのサイトを見たら、「コンビーフは一人1個まで」とか、「午前10時には売れ切れてしまう」といったコメントが書かれてあったので、日曜日だというのに朝早く起きて、買いに行きましたが、コンビーフは何個でも買えたし(年末とか特別な日は制限するらしいですが)、午前10時ぐらいでしたが、まだ沢山売れずに残っておりました(笑)。

 一緒に食べた母親も「美味しい」と褒めてくれたので、ほんの少し親孝行ができてよかったかな、と思いました。

3月のふぐ料理 東久留米に温泉が出た

 春分の日の前日の20日に、シーズン最後のふぐ料理を食してきました。

 ふぐの「旬」は、「秋の彼岸から春の彼岸まで」と言われてますから、2018年度の旬は、9月23日から3月21日までだったというわけです。

 ふぐ料理は、庶民にとっては高嶺の花ですが、観念よりも「食いしん坊」が優ってしまい、中学時代(世間では無名の東久留米市立東中学校)の同級生の誘いに乗って、参加してきました。何よりもブログのネタになると思ったからでした(笑)。

 それでも、目の玉が飛び出るほど高いせいか、参加者はわずか3人でした。場所は、黒田さんが勤めていた石油会社の福利厚生施設で、何と都心の六本木にあります。

 六本木に足を踏み入れるのは10年ぶりに近いくらい久しぶりで、街の様子がすっかり変わってしまっていたのには驚きました。昔通ったディスコはなくなってました。大使館が近いせいか、昔から外国人が多い街で、以前は欧米人が多かったのですが、最近は、インド、パキスタン系、アフリカ系、イスラム系が格段に増えてました。警察官がアフリカ系の若者に職務質問しているのを見掛けました。

 騒音と雑踏は駅から徒歩圏で10分ぐらいですが、それを過ぎて、神谷町方面に向かって大通りを左折すると、閑静な高級マンション街となり、その一角に福利施設がありました。

 集合時間より30分も早く着いてしまい、何となく、「勘」で場違いな所に来てしまったような気がしましたが、それは少し当たってしまいました。

 何よりも、飲み物の持ち込みは自由だという話を聞いていたのですが、缶ビールをテーブルに置いた途端、それを見た接待してくれた和服を着た係りの女性が「瓶ビールはいいですが、缶ビールは駄目ですよ」とイチャモンを付けてくるんですからね。

 ふぐ刺しも、何か量が少ない気がしました(笑)。

 思えば、本格的なふぐ料理を食したのは、1985年3月、本場の下関でした。当時、プロ野球大洋ホエールズの担当記者をやっていて、オープン戦取材で下関球場に行った際、球団から「夜の接待」を受けて、フルコースをご馳走になったのです。癒着記者ですね(笑)。牧歌的時代でした。刺身から唐揚げから鍋しゃぶから、あらゆる料理で、それこそ、高級料亭で、目の玉が飛び出るほど高かったことでしょう。まあ、あの時を超えるふぐ料理はもう味わえないということでした。

 参加者は中学時代の同級生ですから、当然、半世紀も昔の話になりました。黒田さんは記憶力が良くて、授業中に高畠先生が話してくれた「輪廻転生」の話をまだ覚えていて、「あのお蔭で死が怖くなくなった」などと述懐していました。私の中学時代は、非行に走った不良でしたから、先生の話なんか聞かず、ほとんど覚えていません(苦笑)。

 大学卒業後、ノンキャリアで警察庁の警視にまでなり、今は某会社に天下り(?)している岡本君は、城先生によく殴られた話をしていました。(ちなみに、警視以上に出世できる警察官は全体約23万人の3%しかいません)我々の先生の世代は大正生まれで、鉄拳制裁を食らった軍隊経験の方が多く、暴力は日常茶飯事でしたね。

 中学校の隣にあった私が卒業した東久留米市立第四小学校は、児童数が減少して2012年3月に廃校になってしまいました。近くの公団や公務員住宅団地も建て替えやらで、廃墟となり、ゴーストタウンになりかかっていましたが、黒田さんの話では、何と、その近くで天然温泉が発見され、3月9日に「関東最大級」と銘打つスパがオープンして、凄い活況を呈しているというのです。彼女はもう7回も行った、と自慢していました。

 個人的ながら、東久留米市上の原周辺は、小学校1年生(当時は東京都北多摩郡久留米町)から中学、高校、大学、社会人まで21年間も住んだ私の故郷みたいな街です。子ども時代に駆け回っていた所に温泉が出たとは、驚くやら、嬉しいやら。皆さんも「話のタネ」に東京郊外に足を延ばしてみたら如何でしょうか。(上の「スパ」をクリックすると場所が出てきます)

 

700円のとんかつランチ満喫!

 寒さが厳しくなるのと平行して、懐具合も寒くなるものです。

 東京・東銀座の500円ランチが閉店してしまい、難民状態が続いておりましたが、忍びを派遣したり、諜報活動を頻繁に行った結果、ついに格安ランチを発掘致しました。

 明治に日本で初めて開通した鉄道駅の新橋停車場近くの汐留にある高層ビルに入っている「まるや」というとんかつ屋さんです。

 ロースかつ定食が、な、な、何と700円! 安かろう不味かろうでは、話になりませんが、及第点、いや合格点です。まあ、850円の価値はあります(笑)。うまずいめん食い村の赤羽村長もびっくりです。

何でこんな安くて旨いのか不思議ですが、他のランチ・メニューで、ヒレかつ定食は1000円、特ロースかつ定食も1000円と、ひどく真っ当な値段になっておりました。

勘繰れば、真っ当なランチに誘導する釣り価格設定なのかもしれません(笑)。

夜は、立ち呑み屋さんに早変わりするようです。

勘定しようと立ち上がったら、真黄色に髪の毛を染めた綺麗なお姐ちゃんが、既に300円のお釣りを持って近くに立っておりました。

はや!

バルセロナ・サグラダ・ファミリア教会

【洛中便り】西班牙料理での饗宴

おはようございます。京洛先生です。今年も本当に残り少なくなりましたね。

 ところで、昨晩は、貴人が、加藤力之輔画伯のご令室から、マドリードで美味しい食事をされた、本場仕込みの「西班牙料理」を、加藤画伯の洛中のアトリエで迂生もご馳走になる機会を得ました。

Copyright par Kyoraque-sensei

 上の写真をご笑覧ください。凄いでしょう。ついでに、アトリエのベランダから眺めた洛中の眺望、京都タワーの威容がよく見えました。


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饗宴料理の中には、マドリードで、渓流斎さんがお口にされた西班牙料理と同じものがありますかね?(笑)。小生は、外国料理は苦手ですが、昨夜の西班牙料理は、いずれも美味しかったですね。


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 料理の名前は憶えていませんが(笑)、西班牙から送られてきた素材をふんだんに使って、加藤画伯と、招待客ながら手伝いに見えていた料理に詳しい立体作家が共作で作られ、もてなしてくださいました。

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加藤画伯のアトリエにふさわしく、集まったのは、ポルトガルと京都を拠点に、「アズレージョ」というポルトガルの装飾絵タイルの創作活動をしている造形作家の石井春さん(www.ishii-haru.info)。泉涌寺の傍で茶道を教えられている「山荘流」家元さん。そのほか眼科医さんなど多彩な顔ぶれが招かれ、“加藤サロン”の楽しい小宴でした。

造形作家の石井さんは自らのブログを持っておられ、いろいろ電脳空間活動も展開されているので、その創作活動の一端をご覧ください。

 また、茶道と言えば、凡人は、表千家、裏千家、武者小路の“三千家”だけが頭に浮かびますが、「山荘流」は高谷宗範という嘉永生まれで、明治、大正、昭和前期に活躍。弁護士、検事もした人物が創始した流派です。

宗範はもともと「遠州流」でしたが、同派から独立した新しい流派を興しました。宗範は当時の茶道界の現実を嘆き、国民道徳を向上させる狙いから、草庵(小間)の茶道を書院(広間)に力点を置くよう唱導したそうです。

これに対して、当時の茶人の高橋菷庵(三井の重役、新聞記者)は「広間でやる台子茶は原始人がするものだ。小間こそ奥行きが深い」と批判し、論争になったそうです。


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宗範は、大正時代に宇治の木幡の道元禅師の生誕の地に「松殿山荘」という約3万4000坪の茶道の道場を作り「財団法人『松殿山荘茶道会』」を設立して書院茶道を広める基礎を作りました。

今も、そこが山荘流茶道会の活躍拠点になっています。これも「松殿山荘茶道会」のホームページがありますから、ご覧になるとその内容、規模の大きさが分かると思います。

まあ、貴人が先日、渓流斎ブログで取り上げた1800年代のフランスのマスコミやサロンの世界を蹂躙、活躍した新聞王ジラルダンと同様、わが日本国も、その時代に、高谷宗範しかり、新聞記者から三井に転身して茶人になった高橋菷庵しかり、似たような軌跡の人物が存在したわけです(笑)。

貴人は、「言論ギャング」野依秀市とジラルダンを比較・考察されていたようですが、結局、芸術、マスコミ、経済界、政治家も、人とのつながり、融合した「サロン」という存在が大きな働きを持つのです。


Copyright par Kyoraque-sensei

新聞記者が安倍首相と談笑するのも情報交換という「サロン」です。そこに“出前の岡持ち”「スシロー」が加わるのですから、その規模、中身がどういうものか分かるというものです(笑)。

以上報告終わり。

ずわんねん、500円ランチが終わってしまう

 東京・銀座ながら、ランチを500円(税込)で出してくれるお店が閉店しまうというので、大ショックです。

 東銀座にある「橙」(だいだい)という居酒屋さんのランチでした。以前にも一度ご紹介しましたが、小鉢が二つも付くのです。相場からすると900円か1000円ぐらいといったところでしょうか。

大いに家計を助けてくれたのですが、明日12月21日(金)で閉店してしまうというのです。

 店主は余計なことは話さない、無口な方なので、閉店の理由については詳らかではありません。でも、一種の慈善活動みたいでしたから、本当に助かりました。

さんまの竜田揚げ

とにかく、明日までですので、余裕がある方は、一度、試しに行ってみたら如何でしょうか。

 嗚呼、日経平均株価が大幅に暴落してます。

私は明日からどうこの窮状を凌いでいったらいいんでしょか?

銀座の500円ランチにライバル「ウマズイいめんく食い村通信」も吃驚

「最近の《渓流斎日乗》は堅くて難しいですねえ」とお嘆きの読者諸兄姉の皆々様方には朗報です。皆様の御要望にお応えしまして、久しぶりにグルメ譚です。

最近、「500円ランチ」にはまっています。皆様のご自宅のお近くにあるかもしれませんが、な、な、な、何と、場所は銀座ですからね(笑)。

この通りです。「橙(だいだい)」というビルの地下にあるお店です。

夜の居酒屋がメインなのでしょうが、最近、この半年ぐらい前から、こんな看板を目にするようになり、入ったことがなかったのですが、同僚に誘われて、3週間ぐらい前から入り浸るようになりました(笑)。

週に2回は行ってます。

「安かろう、不味かろう」では困りますが、これだけの料理なら750円、いや800円以上は取られても十分に通用します。それが500円ですからね。ウマズイめんくい村の赤羽村長も大した魂消た、吃驚ころりんです。

お店の人に直接聞いたわけではありませんが、夜の居酒屋に来てほしいために、ランチは半ば「宣伝」かサービスでやっているのではという噂がのさばっています。

納豆やヒジキなど小鉢2個は、自分で好きなものを選べるようになっています。これがまたいい。日替わり定食で、毎日メニューが変わるところもいいです。(営業は、火曜日~金曜日)

それにしても、われわれ貧民層にとって、500円ランチは本当に有難い。

ただし、当然のことながら混みますから、結構並びます。ずらっと行列ができていて、まあ、15分ぐらいは並びます。でも、いつまで「500円ランチ」をやっているか分かりませんので、もし、皆さんが私のような階級に属しているとしたら、お勧めですよ。

スペイン堪能記ー余話

ピカソ「ゲルニカ」

まだスペインから帰って早々ですので、いまだに「スペイン病」を引きずっております(笑)。

今日なんかは、東京・銀座の有名スペイン料理店「エスペロ」にランチしに行ってしまいました。

ランチ1200円と、小生としては、ほんの少し割高でしたが(10ユーロと考えると断然安い!スペインでは、ランチでも17~30ユーロが相場で結構高い)、上写真右のガスパッチョ(冷製野菜スープ)なんかは美味で、本場とさほど変わらない味でした。

この店は、パエリアの国際大会で優勝したことがあるらしく、店頭に誇らしげに表彰状を飾っておりました。

店内を見渡すと、闘牛のポスターばかりでした。

今回のスペイン旅行で残念ながら、闘牛を見ることができませんでしたが、本場スペインではどうやら「下火」になっているようです。2日目のミハスでランチしたレストランは、元闘牛場で、食堂に改装したものでした。

バルセロナでは、ガイドさんが「ここの闘牛場は先週、閉鎖されました」と仰るではありませんか!

色々、聴いてみると、どうやら、入場料がかなり割高で、地元の人があまり行かなくなり、主に観光客相手になってしまったとのこと。「残虐」ということで、動物愛護団体などから闘牛を中止するよう様々な形で要望があったらしい、ということでした。

私自身は20代の若き頃、ヘミングウエイの「日はまた昇る」を読んで、感動して、「いつか、闘牛を見てみたい」と思っておりましたが、恐らく、もう見ることはできないでしょうね。

今回のスペイン旅行の一つが、ピカソの「ゲルニカ」を見ることでしたから、実現したときは、「かぶりつきの席」で、10分間ぐらいジーと見詰めていました。そして、見れば見るほど、よく分からなくなる不思議な絵でした。

私の記憶が確かなら、1937年のスペイン内戦の際、バスク地方ゲルニカが、ナチスドイツ軍による無差別都市爆撃を受けたことから、当時パリにいたピカソは、新聞報道や写真などを参考に一気に描き上げたものでした。ヒトラーは、フランコによる要請で他国のスペインを爆撃しましたが、その2年後に開始される第2次世界大戦を見据えて、空爆の演習を兼ねていたとも言われます。(フランコは、これを取引に、スペインは第2次大戦に参戦しないことをヒトラーに約束させたという説もあります)

「ゲルニカ」は、一気に描き上げたといっても、縦3.49メートル、横7.77メートルというかなりの大きさですから、ピカソはその前に45枚の習作デッサンを描きました。それら習作も会場の国立ソフィア王妃芸術センター(マドリード)で展示されておりました。

ピカソが何故、この絵を白と黒だけで描いたのか、色んな説がありますが、白黒でも凝視すると、真っ赤な太陽や血の色などの色彩が網膜に浮かぶようでした。ついでに阿鼻叫喚の悲鳴や泣き声まで聞こえるようでした。

天下の「ゲルニカ」ですから、写真撮影は禁止でした。左右に屈強のガードマン2人が配置されておりましたが、かなりの至近距離まで近づいて見ることができ、感激しました。

バルセロナ ガウディ作「グエル公園」

今回のスペイン旅行で、「スペイン語不足」を痛感しました。

トイレに行くと「caballero(カバジェーロ)」と書かれた入り口は、「紳士」用だということが後になってようやく分かりました(苦笑)。(senora=セニョーラ、淑女は、すぐ分かりました)

ビールは、Cerveza(セルベッサ)、赤ワインは Vino tinto(ビーノ・ティント)、グラスで注文するならCopa(コパ)、ボトルなら、Bottella(ボテージャ)。

うーん、フランス語とも単語がじぇんじぇん違いますね。ポルトガル語とはほとんど似ているでしょうが。。。

何しろ、taberna(タベルナ=居酒屋)は、「食べるな」と言われてるようで、吃驚しますよね。

昨日書いたスペイン語のバカ=牛は、正確にはVaca(バカ)=雌牛でしたね。アホ=ニンニクは、ajoで、アッホとも発音するらしいですね。

加藤画伯の御令室によると、首都マドリードの Madrid は、本当は「マドリー」と言うのが正確なんだそうですね。最後の「d」は発音しないとか。

あと、スペイン語の疑問文は、最初に「?」の真っ逆さまを書きますよね?書き言葉は、読者に最初から、次に書かれているのは疑問文ですよ、と注意喚起するためなんでしょうか?

スペイン語に詳しい方は、どうか、コメントで御教授願います。