「銀座ランチ」企画を始めた理由(わけ)

 このブログで「銀座ランチ」の企画を始めたのには理由があります。

 一つは、もしかして、来月9月いっぱいで、会社では「お疲れさま」と肩を叩かれ、長かったサラリーマン生活に終止符が打たれ、もう、そうしょっちゅう銀座にまで出て来れなくなると思ったからでした。「仕事で銀座に通っている間、これまで行けなかった高級店でも何処でも行ってやれぃ」と思ったのです。それで、「資生堂パーラー」だの「ポール・ボキューズ」だの、ちょっと背伸びして行ったみたわけでした。(まだ、「ロオジエ」と「銀座レカン」と「南蛮 銀圓亭」が残ってるぞ!)

 もう一つは、会社の同僚たちを見ていると、近くのコンビニの菓子パンでお昼を済ませたり、節約のためか、家でお弁当を作って持って来る人が何人もいたからでした。「そんなにケチケチお金を貯めても、あの世に持っていけないのになあ…」と、ムラムラと反発精神が巻き起ってきたのでした(笑)。

 結局、多くの人にとってはどうでも良い話ではありますが、私の「9月いっぱいでサヨナラ」は、直前になって撤回され、首の皮一枚で繋がり、もう少しだけ、会社にいられることになりました。これもこれも、「高年齢者雇用安定法」の改正(令和3年4月1日から施行)のお蔭でした。有難い話です。

 ということで、私も、もうしばらく、銀座回遊を続けられそうです(笑)。

銀座バール・デルソーレ「本日のランチ」(ペペロンチーノ)セット1100円

 本日行った銀座ランチは2丁目にあるイタリアンの「 バール・デルソーレ 」です。実は、先週、1丁目の「銀座の金沢」で石川県の郷土料理を食べようとしたら、緊急事態宣言でお休みで、代わりの店を探していたらなかなか見つからず、結局、以前よく通っていたのこの店に入ったのでした。安くて味が良い店です。

 そしたら、会計を済ませたら、何と、この店でも使える「500円割引」のランチ券をもらってしまったのです。(「1500円割引」のディナー券も)しかし、利用期限が「2021年8月31日」まで。今日か明日に行かなければ行けないので、本日、出掛けたわけです。

銀座バール・デルソーレ「本日のランチ」(ペペロンチーノ)セット1100円

 でも、今日は、仕事でちょっと遅くなり、店に着いたのが13時半頃でした。それでも、意外にも満席で、ギリギリ、最後の1席を確保することができました。「本日のランチ・パスタ」を注文したら、ペペロンチーノでした。日本語で、アサリ入りピリ辛細うどん?と言うんでしょうか。…うーむ、これは旨い。

 銀座にはかなり多くのイタリアンがありますが、中には板(いた)さんが喧嘩して?辞めた店があり、味が変わることがあります。私はすぐ分かっちゃうんですよね(笑)。この店は、以前と変わらない味なので、恐らく、以前からのシェフは変わっていないことでしょう。

銀座バール・デルソーレ「本日のランチ」(ペペロンチーノ)セットのデザートとアイスコーヒー 1100円

 本来なら、ランチセット1100円のところ、割引券があったので、わずか600円で食すことができました。

「大丈夫かなあ?」…

 本当は、コロナ禍の影響で、お店の売り上げも大幅ダウンしているはずなので、申し訳ない気持ちになりました。

 また、行きますから、許してつかあさい。

「しまね館」で「のどぐろ丼」に挑戦しましたが…

 「郷土ランチ」シリーズ第2弾。昨日(金曜日)は、大手出版社の編集者から、島根県観光協会幹部に華麗なる転身を遂げたH氏のことを思い、東京・日比谷にある「しまね館」に行って来ました。ここの「のどぐろ丼」が、どえりゃあ評判、だっちゅうことで、挑戦してみたかったのです。

 「しまね館」の場所は、日比谷シャンテの地下1階にありました。日比谷シャンテには、昔はよく行ったものですが、久しぶりです。確か、10年前には「しまね館」はなかったと思います。

日比谷シャンテB1「しまね館」

 以前にもこのブログに書きましたが、銀座の隣りの、有楽町駅に近い日比谷は、「東宝村」です。東宝系の劇場や映画館が林立しております。勿論、東宝本社もあります。改めて説明するまでもなく、「東宝」とは、東京宝塚の略でしょうね。あの阪急の小林一三翁がつくった宝塚の東京進出版です。ですから、勿論、日比谷には東京宝塚劇場があります。ここは、敗戦後の米軍占領期にGHQによって接収されて「アニー・パイル劇場」と呼ばれました。アニー・パイル(1900~45年)というのは、沖縄で戦死した「ワシントン・デイリー・ニューズ」紙の従軍記者でした。

 さて、猛暑の中、歩いて日比谷に着いて、何か嫌な予感がしました。日比谷シャンテの真向かいには「東京宝塚劇場」があり、真横には「シアタークリエ」があります。そのせいで、平日の昼間だというのに凄い密状態です。人流が半端じゃありません。(この言葉は、今しか通用しない?)しかも、ほとんどが、有閑マダムか独身貴族(いずれも死語か、ポリティカル・コレクトネスに接触しかねない言葉?)の女性たちです!日比谷シャンテのビルに入っても、中は、女性たちでいっぱいです。どんな女性たちかは、ご想像にお任せします。

 そして、地下1階の「しまね館」に着き、お目当ての「のどぐろ丼」を注文しようとカウンターに座ろうとすると、若い女性が「あそこのレジで、会計してください」と、ぶっきらぼうに言うではありませんか。初めて来たので、そんな「作法」分かるわけありませんよ。会計を済ませて、カウンターに戻ると、9席しかないカウンターは、既に満杯に近い状態。やっと、残りの1席に滑り込むことができました。(後で、何人か並んで待ってました)

日比谷「しまね館」のどぐろ丼(しじみ汁)1300円

 のどぐろというのは、アカムツのことで、今や高級魚だそうです。私もこの年で、生まれて初めて食べました。それに、島根県の名産、郷土料理だとは知りませんでした。確かに、クセがなく、美味でした。

 東銀座の歌舞伎座の裏手に、のどぐろ専門店がありますが、ランチは、安くても「のどぐろ御膳」2500円ですから、ここの「のどぐろ丼」1300円は、リーズナブルな価格かもしれません。

 でも、接客の若い女性が、私の両隣の客には、ちょっと変わった味の「冷茶」のお替りを注いでいるのに、私のところは、少なくなっているのに、いつの間にか無視して行ってしまう。食事が終わって出ようとしても、3人ぐらいの接客女性たちは奥にわざと隠れて、うんともすんとも言わない。とっても、感じが悪い接客だったので、帰りに県の物産も何も見ないでそのまま帰ることにしました。(気分が良ければ、変わった味の冷茶を買っていただろうに)

銀座・カフェ「みゆき館」モンブランとアイスコーヒー1265円

 大人げもなく、少しムッとしたので、会社に戻る途中、カフェ「銀座みゆき館」があったので、そこで、モンブランを食べてしまいました。

 アイスコーヒーと一緒に頼んで、帰りに会計したら、1265円。お昼のランチとデザートで合計2565円の散財ですか!ちょっと、無駄遣いしてしまったかなあ、と少しだけ反省しました(笑)。

鳥取県と岡山県との関係は?=「鳥取県産 紅ずわい蟹重」を味わう

I’m stuck.

 ちょっと、行き詰ってしまったので、新企画を考えました。誰も傷つかない、のんべんだらりと、まったりとした企画が良いに決まってます(笑)。

 東京・銀座周辺には、全国道府県が、郷土の名産を集めたアンテナショップを構えているのは皆さん御案内の通りです。そこでは、結構、地元料理を出すショップもあり、2階にレストランなんかがあったりします。そうだ!新企画「郷土料理巡り」はどうだろう? ーなあんだ、結局、「銀座ランチ」と同じじゃないか!(笑)。まあ、台湾、ロシア、タイ、ヴェトナム、インドネシア…と世界各国料理巡りもそろそろ飽きてきたので、愛国心を燃やして、全国各地の郷土料理にチェレンジしてみますか…。

 ということで、早速、昨日は、下調べも何もせずに、銀座1丁目にある「銀座の金沢」に出掛けてみました。そしたら、残念ながら、緊急事態宣言のため、食堂は休業でした。しかし、後で調べてみたら、加賀前田藩の本格的な郷土料理を提供するお店らしく、ランチ会席4200円でした。

 恐らく、銀座周辺で、最も客入りが良いアンテナショップは、有楽町の駅前「交通会館」にある「北海道どさんこプラザ」だと思います。私もよく利用しますが、残念ながら、ここにはレストランがありません。アイスクリームを食べることができるぐらいです。

 銀座5丁目にある「銀座熊本館」には、2階に「ASOBI・Bar」と呼ばれるレストランというより、食堂コーナーのようなeatery があり、いつぞや、そこで「真鯛の漬け丼」(1000円)を食したことがありました。驚くほど風変りではなく、まあ、「こんなものか」といった感じでしたが。

とっとり・おかやま新橋館・ももてなし家「鳥取県産 紅ずわい蟹重」1680円

 本日は、新橋駅銀座口の目の前にある「とっとり・おかやま新橋館」に行って来ました。この2階にあるレストラン「ももてなし家」が提供するランチ 「鳥取県産 紅ずわい蟹重」(1680円 )を是が非でも食してみたかったからでした。値段は二の次です(笑)。

 その前に、鳥取県と岡山県が何で、一緒になってアンテナショップを出しているのか、御存知ですよね? えっ? 知らない? 駄目ですねえ。もう少し、歴史を勉強しなければ…。両県は「親戚」だからです。えっ?これでも分からない?

 話が長くなるので、手短にしますと、江戸時代、鳥取藩も岡山藩も、池田氏が代々藩主を務める従兄弟、縁戚関係だったのです。キーパースンは池田輝政です。あの姫路城(国宝)を改築した初代播磨姫路藩主として知られます。

 輝政は、もともと、父池田恒興以来、織田信長と豊臣秀吉に仕えた重臣でしたが、徳川家康の娘督姫を娶ったり、石田三成と不仲だったりしたこともあり、関ケ原の戦いでは、家康方の東軍に付き、論功行賞で、15万石の三河吉田城から52万石の播磨へ加増転封されます。 

 鳥取藩には、恒興の三男で輝政の弟に当たる長吉が6万石の城主となりますが、その後、鳥取藩主には輝政の孫光政が継ぎます。

 一方、岡山(藩)は、関ケ原の前は、西軍の宇喜多秀家が治めていましたが、敗れたため八丈島に島流し。代わって初代藩主に就いたのが、西軍を裏切って東軍に勝利を齎した小早川秀秋です。しかし、「大谷刑部の祟り」とも言われ、わずか2年で病死。代わって、31.5万石の岡山藩主となったのが池田輝政の二男忠継でした。続いて三男忠雄が就きます。しかし、忠雄亡き後、三代目の家督を継いだ光仲(輝政の孫)は、この時わずか3歳で、山陽の要衝である岡山藩を治めるには荷が重いと幕府は判断し、寛永9年(1632年)、鳥取藩主の光政を岡山藩主とし、幼い光仲を鳥取藩主としたのです。つまり、池田氏同士で国替えをしたわけですが、光仲の子孫は「鳥取池田家」と呼ばれ、明治維新まで鳥取藩主を務め、光政の子孫は「池田家宗家」と呼ばれ、明治まで岡山藩主を務めたわけです。

とっとり・おかやま新橋館・ももてなし家「鳥取県産 紅ずわい蟹重」1680円

 やっぱり、長くなってしまいましたが、これで、鳥取と岡山の関係がお分かりになったと思います。

 ああ、そう言えば、郷土料理の新企画の話でした。

  とっとり・おかやま新橋館の2階「ももてなし家」で食したランチ「鳥取県産 紅ずわい蟹重」は、御飯が少なかった、というのが第一感想です(笑)。知らなかったのですが、ズワイガニは、鳥取県が 全国で一番水揚げ高が多いらしいのですが、旬は、秋から冬にかけてということなので、真夏は、身が小ぶりの感じがしました。

 でも、大変美味しゅう御座いました。

 メニューを見たら、岡山名産の「白桃のパフェ」があり、注文しようとしましたが、値段が 「鳥取県産 紅ずわい蟹重」 と同じ1680円。うーん、さすがに諦めました(笑)。

 1階の売り場には、岡山名産の美味しそうな大振りな葡萄もありましたが、一房5000円也。いつか、迷わずに買えるご身分になりたいものです。

焼肉が食べたくなって…

 コロナの新規感染者が、毎日のように「過去最多」を更新しているというのに、銀座を歩いていると10人に1人ぐらいマスクをしない輩を見かけます。バカップルも含め、老若男女問わずです。「ニュースを見ない人間なのか?」「他人に対する配慮に欠けている自己中か?」「自分だけはワクチン打ったから重症にならないと思っているのか?」「週刊新潮の読み過ぎなのか」…などと一人で色々と考えてしまい、いつの間にか、自分自身が「マスク警察」になっていることに気付きます。

 さて、テレビの「孤独のグルメ」を見ていると、結構の割合で何度も焼肉屋さんが登場します。主人公の井之頭五郎さんは、何でも、金に糸目を付けず、2人前も3人前も平らげてしまいます。ちょっと信じられない食欲だ、と思ってましたが、考えてみれば、漫画のフィクションの話でしたね(笑)。焼肉も、原作者の大好物だから、何度も題材として取り上げるのでしょう。

 その焼肉屋さんですが、あまりにも登場するので、機会があればランチで行きたいとずっと思ってましたが、やはり、銀座で食べるとなると高嶺の花子さんです。でも、思い切って、行ってみることにしました。

銀座・焼肉「天壇」歌舞伎役者のサイン色紙がいっぱい

 その焼肉店は、晴海通りを挟んで、歌舞伎座の向かいにある高層ビルの10階にある「天壇」という店です。店に入ると、入り口近くにずらっと有名人のサイン色紙が飾られていました。よく見たら、片岡仁左衛門丈を始め、歌舞伎役者がずらり。歌舞伎座が目の前ですからね。よく御利用されているのでしょう。(東銀座は松竹の本社もあり、業界人は「松竹村」と呼んでいます。松竹のライバル東宝の本社は、日比谷にあるので、日比谷が「東宝村」です。)

 緊急事態宣言下でどこの飲食店も客足が落ちていることでしょうが、人気・名店となると、それほど影響を受けない感じです。この店は、結構、お客さんが入っていて、入口でちょっと待たされました。

銀座・焼肉「天壇」天壇ロースランチ1650円

この店の正式名称は「焼肉の名門 天壇銀座本店 since 1965」でした。自ら「名門」と付けるぐらいですから、よっぽど自信があるんでしょうね。1965年に創業した本社といいますか、本店は京都の祇園にあり、出汁のようなタレで食すのがこの焼き肉店の特長だそうです。

 事前に下調べしてきたので、最初から注文するランチは決まっていました。 天壇ロースランチ(1650円)です。

 上の写真のように、ロース2枚が付いており、これにご飯、スープ、サラダ、小鉢、デザート、コーヒーが付いておりました。

銀座・焼肉「天壇」ロースランチのコーヒーとデザート

 お肉は柔らかく、上品な味で、韓国料理というより、もう和食でしたね。

 井之頭五郎さんのように、お肉は2人前、3人前食べたかったでしたが、遠慮して、その代わり、白御飯をおかわりさせてもらいました(笑)。

 周囲を見渡す必要はないのですが、やはり、独りで来ている若い男性も、美男美女の若いカップルも、富裕層というか、高価なネックレスや高級腕時計をはめ、お金には不自由しない雰囲気を皆、プンプンと醸し出しておりました。

 その時、どういうわけか、昔、池田勇人総理大臣が、「貧乏人は麦を喰え」と発言したことを思い出しました。(事実は、蔵相時代の池田さんが、米価が高騰していた1950年12月の参議院予算委員会で「所得の少ない方は麦、所得の多い方はコメを食うというような経済原則に沿った方へ持っていきたい」と答弁したため、これが「貧乏人は麦を食え」と伝わり、国民の顰蹙を買った。)

 この伝でいきますと、「金持ちは焼肉を喰え」てなことになるのかなあ、と思いながら、舌鼓を打っておりました。

緊急事態宣言・疫病下の東京五輪狂詩曲

 宰相のガースーさんは「もう民百姓の面倒は見きれん」と、ついに匙を投げてしまいました。「もうどこの病院も患者でいっぱいじゃ。疫病に罹ったら中等症でも長屋で黙って寝ていろ!」と御前会議での勅許を得ることなく、記者会見も開かず勝手に通達してしまったのです。

 これに怒った水戸浪士たちは桜田門外で、ガースーを待ち伏せておりましたが、ガースー宰相は、予定を変更して、東京・虎ノ門のホテル「The Okura Tokyo」内のレストラン「オーキッド」で秘書官と朝食を楽しんでおりましたので、難を逃れました。

 巷では、東海道五十三次飛脚大合戦と浜名湖古式遠泳競技大会の真っ最中で、これに参加した邦人と異人との間で疫病蔓延が拡大しているのではないかというのが、適塾の緒方洪庵先生の見立てです。

築地・手打そば「つきじ文化人」フランス語講師のベルギー人ローランさんが板前さんやってました

 感染拡大を怖れた庶民があれだけ大会開催に反対したというのに、国際遊戯委員会のヨハン・セバスチャン・バッハ男爵と、米南北戦争の北軍の英雄で、電気紙芝居会社を起業したエヌ・ビーシー会長らの策略で開催は強行されました。全ては天保通宝の威力の賜物でした。お主も悪やのお~、あれです。

まさに、飛脚合戦と遠泳大会は、国際政治の策謀と渦に巻き込まれました。旧おろしや帝国の流れを汲むベラルーシ国の最高責任者ルカシエンコさんという大統領(66)は、「欧州最後の独裁者」と言われ、「大会でメダルを獲らずに帰国したら、牢屋に入れちゃうからねえ」と派遣選手団を脅迫したらしく、女子飛脚大会で予選敗退したツイマノウスカヤ選手は母国帰国を拒否して、ピアノの詩人ショパンを生んだポーランドに政治亡命することになりました。3年後の巴里大会には、 ツイマノウスカヤさんは、ポーランド選手として参加するかもしれませんが、彼女のご両親やご家族はどうなってしまうのか心配です。

それにしても解せないのは、ドーピング違反で出場停止処分を受けたおろしあ国が、国としてではなく、おろしあ遊戯委員会(ROC)だったらいいよぉーと、個人参加が許されたり、香港が優勝しても、他の国の異次元の国歌が会場で流れたりしたことです。誰も「おかしい」と声を大にして叫ばないんですからね。不思議です。

築地・手打そば「つきじ文化人」淡雪せいろ1080円

 そもそも、熱中症が危険視される猛暑のニッポンの夏に大会を開催すること自体が間違いの元です。NBA、大リーグ、アメフト、サッカーとドル箱の競技が目白押しの秋のシーズン開催を避けたいという電気紙芝居エヌ・ビーシー会長の思惑と策略によるものです。

 蝦夷地も、このところ、日中は35度に迫る猛暑で、せっかく江戸開催のマラソンと競歩を蝦夷地への移転開催を決めたというのに、これでは、効果ないかもしれませんね。蝦夷地で選手がバタバタ倒れないことを祈るばかりです。

 あらあら、もっと明るい前向きな話をしたいのに…、うーん、ちょっと無理ですかねえ。

タイ料理を食して昔のタイ旅行を思い出す

 昨日は、東京・銀座のベトナム料理専門店「ニャー」に初めて行った話を書きましたが、そのお店の近くにタイ料理専門店があるのを偶然見つけました。

 「よし、いつか、行ってみよう」と思っていたら、今朝の校正原稿の料理記事の中に「ナンプラー」が出てきました。ナンプラーはタイ料理に欠かせない「魚醬」です。え?また、タイ料理?昨日今日の話ですから、これは「神の啓示」ということで、本日、その店に早速行ってみました。

銀座7丁目「バンコクナイト」

 7丁目にある「バンコクナイト」という店です。人気店なのか、緊急事態宣言下なのに結構満員でした。50人以上は入れる結構大きな店です。意外にも、お客さんは、若い綺麗な女性が多いのです。しかも、給仕してくれるお店の女性も、マスクで目しか見えませんが、結構瞳が大きく、かなりの美人さん。真っ直ぐ伸びた綺麗な黒髪で、日本人かと思ったら、「タイ人なんでっすぅ~」。

 こりゃあ、鼻の下が長いおっさんがリピーターになるはずです。この日は、残念ながら、私の隣に座ったお客さんは、30代後半か40代前半の男の野郎さん3人組のビジネスマン風で、「タイの駐在の日本人は10万人もいるんだよ」と、何となく3人の中の1人は、タイ駐在歴があるような感じでした。

銀座7丁目「バンコクナイト」ランチ「ガパオ バイトン」(鶏肉のバジル炒め)1070円

 私が注文したのは、 ランチ「ガパオ バイトン」(1070円) でした。日本語では「鶏肉のバジル炒め」となっていました。ドリンクバーが付くのでリーズナブルな価格だと思います。

  「ガパオ バイトン」 の中に、料理記事に出て来た「ナンプラー」が入っていたのかどうか…、恐らく入っていたんでしょうね(笑)。東南アジア料理特有のスパイスが効いていて、自然と額から汗が出てきました。まあ、食欲が落ちる猛暑の夏にはピッタリでしょう。

 あれっ?結局、本日も「銀座ランチ」の話になってしまいましたね。

 それが何か?

 タイには、大昔、まだ私が20代だった頃、会社の同期のM君に誘われて夏休みに一度行ったことがあります。何処かのツアーに潜り込んだのですが、1週間ぐらいの日程で、11万円だったという金額だけはどういうわけか覚えています。バンコクを中心に寺院巡りをしたり、リゾート地、プーケット島では、スカイダイビングをしたり、モーター艇に乗ったり、かなり愉しみました。勿論、その時、生まれて初めてタイ料理を体験しました。

 このタイ旅行では、若気の至りの武勇伝もありますが、さすがに茲では書けませんね(笑)。

 お後がよろしいようで。

ベトナム料理を食べながら1泊300万円には憤慨

 猛暑の中、米国のテレビ放送権のために東京ではオリンピックをやっているようですが、それより、私自身、さすがに食欲も落ちてきました。

 暑い時には何を食べたらいいのか?

 真っ先に思い浮かぶのは、カレーですが、そうしょっちゅう食べてもいられません。そうだあ!ベトナムにしよう!猛暑のときは、東南アジア料理が一番です。先日、銀座のカレー屋さん「アナム」に行った時に、近くにベトナム料理店を見つけたので、今日はそこに行ってみよう!

 でも、まさか、本日のブログのテーマも「銀座のランチ」じゃないでしょうね? ジャーナリストを自称しているのなら、少しは社会問題、国際問題、経済問題に触れたらどうかね?

 …そんな声が聞こえてきそうですが、皆様のお声はしっかり心の内に受け止めて、誠心誠意、皆様の安心安全を留意しながら遂行していきたいと存じます。

 これでも、結構、ランチを求めて、銀座の隅々を歩いているつもりですが、このベトナム料理店「ニャー」を知ったのは初めてでした。結構、広いお店で、銀座にあるベトナム料理専門店の中でも一、二を争う広さかもしれません。単に私だけが知らなかっただけで、知る人ぞ知る有名店かもしれません。

 まあそうなんでしょう。私が入店したときは、30~40人のお客さんがいたでしょうか。緊急事態宣言下なのに、店内は超満員でした。(12時45分を過ぎると結構空きました)

銀座「ニャーヴェトナム」ランチ「バインミーのハーフセット」ドリンクバー付き1150円

 ベトナムには、ハノイ、ハイフォン、ホーチミン、ビンズオンなど仕事と旅行で何度が行ったことがあるので、私はベトナム料理は大好きです。早速、フランスパンのサンドイッチ=バインミーとシーフード・フォーのセットのランチを注文しました。

 あれだけ食欲が減退していたのに、食が進みました。懐かしいベトナムの味です。バインミーには私の嫌いなパクチーが入っていましたが、これぞ、ベトナムといった感じでした。

 ベトナムの思い出と言えば、私の世代は悲惨なベトナム戦争のイメージが強いのですが、6~7年前に初めてベトナムに行った時は、戦争の惨禍は、ホーチミンの「戦争証跡博物館」に行かなければ分からず、街中は、非常に綺麗で清潔感があり、非常に驚いたものでした。(ただし、街中はバイクだらけで、通りを渡るのも一苦労でした)当時、ベトナム人の平均年齢は27歳だとかで、若い人でいっぱいでした。でも、逆に言えば、年配者は戦争で亡くなっていたということなのでしょう。また、旧宗主国だったフランス語が全く通じなかったことも少し驚きでした。

 で、これで話が終わってしまっては、「なあんだ、また、銀座ランチの話かあ」なぞと、何や、かんや言われそうなので、追加を書いておくことに致します。

銀座「ニャーヴェトナム」

 今朝の毎日新聞を読んでいたら、国際オリンピック委員会(IOC)会長のバッハさんは、目下、1泊300万円の東京・ホテルオークラのスイートルームにお泊りになっていることを知りました。1泊250万円に値引きしたという説もありますが、割引は、滞在が1週間や10日ではなく、まあ1カ月ぐらいにはなるからでしょう。30日で7500万~9000万円ですか。…まさに、王侯貴族並みですね。失礼、彼は既に「ぼったくり男爵」として有名な「貴族」でした。

 私は「東京五輪強行開催のせいで」と言いたいのですが、コロナウイルスの急激な感染拡大が止まりません。7月31日は、東京で、ついに4000人超えの4058人が感染者を出しました。もう皆さんお忘れでしょうけど、東京五輪開催が1年延期された昨年3月24日の時点で、東京都の新たな感染者数はわずか17人でした。

 あんとき17人で大騒ぎしていたというのに、4000人超えても冷静な東京人は、もう感覚が麻痺しているというほかないでしょう。

 私は東京五輪開催前から感染拡大の恐れがあることをこのブログに書いてきましたが、何を書いてももう無駄な気がしてきました。そのうち、変異した「東京株」が世界中に蔓延したとしても、1泊300万円のスイートルームに泊まっているIOC貴族は絶対に責任取らないでしょうからね。

 それにしても、1泊300万円なんて、何が御用意されているのか想像もつきません。ワインセラーには1本200万円のロマネコンティが、当然のように「飲み放題」で鎮座しているんじゃないかと想像しますが、庶民の想像の限界はそこまでです。

銀座で安くて美味いとんかつ屋さん

 銀座のど真ん中の交詢社通り。以前は北海道新聞社の東京支社、今はフランスの有名ブランド「ルイヴィトン」になっているビルの近くに空き地ぽいところがあって、通りすがりにこのとんかつ屋さんの看板をよく見ながら、一度も入ったことがありませんでした。

 今、銀座近辺でとんかつを食すとなると1300円~3000円が相場です。1000円は大丈夫かなあ?ーと敬遠しておりました。そしたら、この店「不二」は、とんかつ屋の老舗「銀座梅林」と同じく昭和2年創業だというので吃驚、あらあら、知らなかった。これならいつか行かなきゃならん、ということで本日、行ってみました。

銀座・「とんかつ不二」ヒレ定食1000円

 本当にロース定食もヒレ定食も1000円でした。実に良心的な値段です。しかも、味も良い。でも、1000円で吃驚しては駄目でした。何と、午後1時過ぎに入ると、ミックス定食が600円で食べられるというのです。ただし限定15食。

 もう一つ。メニューを見ると、午前11時半からは、これまた限定15食ながら、魚フライ定食が600円で食べられるというのです。

 こりゃあ、凄い。いつか、挑戦してみますかぁ。。。

 今はコロナ禍ですから、カウンター席に5人ぐらいとテーブル席二つの狭いお店なので、並ぶかもしれません。

銀座・ロシア料理「マトリ・キッチン」

 銀座の老舗とんかつ屋さん「梅林」は、ここ1~2年、ビルの建て替え工事で、他のところで営業しておりましたが、最近、かつての地に新ビルが完成して新規開店したようです(7月1日のようでした)。

 でも、以前、このビルの2階にあった「渋谷画廊」はもう入居していませんでした。亡くなった片岡みい子画伯がよくお仲間と一緒に個展を開き、私も顔を出しては、この梅林の名物のヒレカツサンドを頂いたものでした。

 事情通によると、とんかつ梅林のオーナーが渋谷さんというお名前で、自分の画廊をオープンしておりましたが、ビルを建て替えることを契機に撤退されたというのです。とんかつ梅林は、シンガポールやハワイなど海外にもチェーン展開して成功しているらしく、本業に専念といったところでしょうか。

 ということで、渋谷画廊の責任者だったIさんとはしばらくお会いしておりませんでしたが、お仕事の方はどうされてしまったのか気になっていました。でも、またまた事情通によると、彼女は、他の銀座の画廊のお手伝いをしたりして、細々ながら、お元気で活躍されているということでしたので一安心しました。

談志が愛した銀座の中華料理店

 落語家の立川談志(1936~2011年)が亡くなって、今年でもう10年になるんですね(行年75歳。命日は11月21日)。時間の流れの速さには卒倒しそうです。

 その談志師匠が贔屓にしていた中華料理店が銀座にあるというので、ランチに行って参りました。北京料理「東生園」という店です。場所は、泰明小学校の近くで、ちょくちょく行っていた蕎麦屋「泰明庵」の斜め向かいといったところにありました。

 灯台下暗し、です。

 やっぱり、グルメは脳で食べるものなんですね。旨い、不味いは関係ない(笑)。誰それ有名人が贔屓にした店とか、ミシュランで三ッ星を取ったから、といった「情報」でヒトは、食欲を満たす動物なんですよ。

 私もそんな動物の一人ですから、秘密に仕入れた情報だけを頼りに行ってみました。

東京・銀座・北京料理「東生園」五目チャーハン・ランチ900円

 注文したのは、五目チャーハン。談志師匠がこよなく愛した五目チャーハンは1300円ですが、私が注文した五目チャーハンは、ランチでしたので900円でした。

 うわっ! うまっ!

 北京料理の看板を掲げていますが、とても上品な味でした。今まで食べた五目チャーハンの中でもベスト3には入ります。加えて、給仕してくれるお店の女性も感じが良い。900円ランチは、酢豚から中華風カレーライスまで9種類ありましたから、これから全部制覇しようかしら(笑)。

 談志師匠のグルメぶりには見直しました。

東京・銀座・北京料理「東生園」

 立川談志と言えば、一時閉園の危機から一気に全国的な人気動物園に再建した北海道の旭川動物園の元園長小菅正夫さんのことを思い出します。今から15年以上昔に帯広に赴任していた時に、講演会の講師にお招きしたことがあるのですが、小菅さんは談志の大ファンで、控室で初対面でお会いした時、最初から最後まで談志の凄さを熱っぽく語っていました。北海道で落語会があれば必ず行くと話していました。

 そう言えば、私自身は、彼のこと、テレビやラジオで接しても、寄席で生で一度も見たことありませんでしたね。亡くなった時に、翌日の某スポーツ紙が「談志がシンダ」と回文のような上手い見出しを付けていたのが今でも忘れませんが、「嗚呼、一度くらい見ておけばよかった」と後悔したものです。

◇一期一会の立川談志

 でも、立川談志師匠には一度だけ取材したことがあります。1998年頃だったか、東京・赤坂にある有名な前田病院に検査か入院かで行くという報せがあって、各社の芸能記者が取材に走ったのです。その前年にがんの手術をしたりして、一時「談志死亡説」まで流れていたからでした(その後治癒)。

 報道陣に囲まれた談志師匠は当時62歳。少しやつれて痩せた感じでしたが、口調ははっきりしていて、「皆さん、こんなに集まってくださって、どうもすいませんねえ」とあまりにも低姿勢だったので吃驚。談志と言えば、べらんめえ調で、人をどやしつけるタイプだと思っていたので拍子抜けしてしまったことを覚えています。勿論、その時は、高座に上がった立川談志ではなく、本名の松岡克由という素顔を晒していただけなのかもしれません。

スマホ中毒者の独り言=アンデシュ・ハンセン著「スマホ脳」を読んで

 我ながら、自分自身がスマホ中毒だということは自覚しております。中毒というより、スマホ依存症かもしれません。

 まあ、どちらでも同じことですか…(笑)。

 さすがに、他人様に迷惑となる「歩きスマホ」は絶対しませんが、スクランブル交差点での長い信号待ちでは、イライラしてスマホを取り出して、メールをチェックしたり、酷い時にはこの渓流斎ブログを書いていたりしておりました。

 しかし、もうそれは過去のことにしよう、と思っています。

 今、大ベストセラーになっているアンデシュ・ハンセン著、久山葉子訳「スマホ脳」(新潮新書)を読むと、「そんなことしてられない」と冷や水を浴びせられます。(我々は1日に2600回以上スマホを触り、平均して10分に1度スマホを手に取っているとか!)本来なら、ベストセラー本は、このブログではなるべく取り上げない方針でしたが、(だって、私が紹介しなくても、売れてるんだもん)この本は、意外に面白いというか、もっと言えば、世界的ベストセラーになるだけあって、とても素晴らしい本だということを発見し、書かずにはいられなくなったのです。

 この本は、技術書でも手引書でもなく、1974年、スウェーデン生まれの精神科医から見たヒトの志向、性癖、思考の分析本でした。脳科学、人類学、進化論の書と言ってもいいかもしれません。でも、専門書のような堅苦しさはなく、訳文が良いのか大変読みやすいのです。

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 デジタル・デバイスに関して、人類で最も精通していると思われるアップル共同創業者のスティーブ・ジョブズは、自分の10代の子どもに対しては、iPadの使用時間を制限し、マイクロソフト共同創業者のビル・ゲイツは、子供が14歳になるまでスマホを持たせなかったといいます。これらの機器が若年層に与える弊害を知り尽くしていたからなのでしょう。

 面白いのは、ジャスティン・ローゼンスタインという30歳代の米国人です。彼は自分のフェイスブックの利用時間を制限することを決め、スナップチャットはきっぱりやめたといいます。依存症の面ではヘロインに匹敵するという理由からです。このローゼンスタインさん、単なる米国の青年とはわけが違う。何と、フェイスブックの「いいね」機能を開発した人だというのです。彼は、後にインタビューで「思ってもみないような悪影響があることは、後になって分かった」と語っているぐらいですから、デジタル機器の恐ろしさを人一倍、身に染みて痛感したことでしょう。

 ヒトは、どうしてスマホ中毒になるのかー?

 端的に言うと、脳内にドーパミンと呼ばれる報酬物質の量が増えて、やめられなくなってしまうからです。人類誕生以来、ヒトは過酷な環境の下で生き延びるために進化してきましたが、このドーパミンによる作用によることが大きいのです。生き延びるために食欲を満たすことによって、エンドルフィンと呼ばれる快楽物資が発散され、自分の子孫を残す生殖行為でもエンドルフィンが促されるといった具合です。

 生き延びるために、ライオンや虎などの捕食者に出会わないようにしたり、蛇や毒グモから避けたりしなければならず、そういった探索能力や、何処に行けば果実が成っているのか、何処に行けばマンモスがいるのかといった情報収集能力を発揮するには、このヒトに行動の動機付けを与えるドーパミンの助けが必要とされるといいます。

 ということは、スマホで情報を探索し、ニュースに接しているときに発出するドーパミンと、他人からの「いいね」といった承諾を得ることで出るエンドルフィンで、際限のない満足と欲求不満の連鎖で、中毒、もしくは依存症に陥ってしまうということなのかもしれません。

 そして、何と言っても、もしかしたら、スマホは、人類誕生以来の最も恐ろしい脳破壊兵器なのかもしれません。。。

 そんなカラクリが分かったとしても、ヒトはスマホを手放すことができるのでしょうか?ー多分、この「スマホ脳」は大ベストセラーなのに、読んでいないのか、通勤電車内では9割近くの人がスマホの画面に吸い込まれています。

 今から、貴方はフェイスブックやツイッターやLINEを辞められますか? もう禁断の果実を食べてしまったからには、無理かもしれませんね。

 私自身も利用時間を減らすことはできても、きっぱりとやめることはできないと思っています。(とは言いながら、広告宣伝媒体のフェイスブックなんかやめちゃうかも=笑)メールチェックもパソコンで1週間に1回ぐらいだった時代が懐かしい。スマホもパソコンもなかった時代に戻れるものなら戻りたいものです。