仏ボルドーとアリエノール・ダキテーヌのこと

 昨晩、自宅でボルドーBordeaux ワインを飲んでいたら、アリエノール・ダキテーヌのことを思い出しました。ボルドーは、フランス大西洋岸の都市であることは誰でも御存知のことでしょう。

 でも、かつてのボルドーはフランス領ではなく、イギリス領だったことを知っている日本人は私も含めてほとんどいらっしゃらないのではないかと思います。しかも、数年間ではなく300年間もです。不勉強な私がこの史実を知ったのはつい数年前のことでしたから(苦笑)。

 かつて、というのは1154年から1453年までの中世の300年間です。日本で言えば、平安時代末期から室町時代、銀閣寺の足利義政の時代までに当たります。簡単に歴史を振り返ってみますと、ボルドーには早くも紀元前300年頃にケルト系のガリア人(ゴーロワ)が住み着きます。紀元前56年にはローマ帝国の支配下になり、ブルディガラと呼ばれ、ブドウ栽培も始まりました。中世の300年間の英国領については後で触れるとして、フランス領に回帰して大西洋岸の中心都市となり、1581年~85年にかけて、「随想録 エセ―」で有名な哲学者・人文主義者モンテーニュがボルドー市長を務めます。17世紀の大航海時代になると、ボルドーは、アフリカと新大陸アメリカを結ぶ三角貿易の拠点として発展します。現在は、2016年にフランスの行政区分が変更され、ヌーヴェル・アキテーヌ地域圏の首府となっています。

 このアキテーヌに注目してください(ヌーヴェルとは「新しい」という意味です)。中世はボルドーを含むアキテーヌ地方は、アキテーヌ公の領地でした。アキテーヌ公は、王家にもつながる貴族です。日本で言えば、天皇王家と外戚関係を結んだ古代豪族の葛城氏や蘇我氏や藤原氏みたいなもんと理解すれば早いかもしれません。ただしアキテーヌ公の領地は日本の豪族とは比べ物にならないくらい広大です。

 そこにアリエノール・ダキテーヌ Aliénor d’Aquitaine(1122~1204年)が登場します。最重要人物です。アキテーヌ公ギョーム10世の第1子(長女)として生まれ、広大な領地を相続した女王(もしくは封建領主)です。結婚した相手は、後にフランス国王になるカペー朝のルイ7世でした。当時の王権の領土はパリ周辺程度でまだ確固としたものではなく、広大なアキテーヌ公の領地獲得が目的の一つだったとも言われています。夫婦仲は悪く、十字軍遠征の失敗などもあり、二人は離婚します。

 アリエノールが1152年に再婚した相手は、アンジュー伯ノルマンディー公アンリでした。そのアンリは、母親がイギリスのノルマン朝ヘンリー1世の娘マティルダだったことから王位継承を主張し、1154年に英国王ヘンリー2世(1133~89年)として即位します(プランタジネット朝)。その結果、英王妃となったアリエノールのアキテーヌ公領も英国領土(アンジュー帝国とも)になったわけです。

 しかし、アリエノール王妃とその11歳も年下のヘンリー2世との関係もぎくしゃくし、ヘンリー2世が愛人ロザモンドを寵愛したことから、子どもたちまでもが離反・敵対します。ヘンリー2世は、最期は失意の内に仏ロワール渓谷のシノン城で亡くなります。行年56歳。彼の晩年は、1966年に「冬のライオン」としてブロードウェーで舞台化され、68年には英国で映画化され、ヘンリー2世をピーター・オトゥール、エレノア(アリエノール)をキャサリン・ヘップバーンが演じて、彼女は米アカデミー賞主演女優賞を獲得しています。

 ボルドーを始め仏大西洋岸のアキテーヌ地方は、英国領として300年間続きましたが、その後、失地回復を狙うフランスと英国との間で、1339年に百年戦争が勃発し、奇跡的なジャンヌ・ダルクの活躍もあり、1453年、仏国王シャルル7世が英国軍が守るボルドーを陥落させて戦争を終結させ、領土も奪還しました。

12月12日は何の日?=来年は運勢絶頂期か?

 都心の会社まで、毎日往復3時間近く掛けて通勤しているのは、ランチが楽しみだからです(笑)。(そう言えば、満員の通勤電車の中で、私より年長の人は、まずいないことに最近、やっと気が付きました!)

 「今日のランチは何にしようかな?」と考えるのが至福の時間です(笑)。

 本日は12月12日。どういうわけか、トンカツが食べたくなり、東銀座、築地辺りにあるとんかつ店を渉猟しました。そしたら、「イマカツ」6人、「にし邑」は11人、最後の砦「とん㐂」も5人と大行列。こりや、駄目だ、と諦めました。

 「何で? 今日はとんかつの日なのかな?」と調べてみたら、「とんかつの日」は10月1日だそうで、本日12月12日は、「(車の)バッテリーの日」(野球の守備の投手が1,捕手が2だから)、もしくは「漢字の日」なんだそうです。

 道理で、毎年、この辺りになると、京都の清水寺で、「今年の漢字」が発表されますね。先ほど、テレビで生中継していましたが、今年の漢字は「戦」でした。清水寺の森清範貫主の達筆は見事なものでした。2022年の重大ニュースの第1位は、何と言っても、「ロシアによるウクライナ侵攻」ですから、「戦」はまさしく妥当な選択でした。

カナダ在住のTさんからのクリスマスカード

 扨て、毎年、この季節になると、カナダにお住まいのTさんからクリスマスカードを送ってくださいます。

 Tさんは、5年前に亡くなった「おつな寿司会」のメンバーで、翻訳家・作家の片岡みい子さんの御主人正垣親一氏(故人)の成城学園時代の親友ということで、私がこのブログで片岡みい子さんが亡くなったことを書いたことが御縁で、一度銀座でお会いして食事をしたこともあります。大変真面目で、実に律儀な方で、こうして、師走になると毎年、カードを送ってくださるのです。Tさんの御尊父は昭和時代の赤坂辺りの夜の社交界で知らない人はいないと言われた名士で、力道山やポール・アンカら海外も含め芸能界、スポーツ界に友人・知人を沢山お持ちになり、裏話にも通じた方でした。Tさんは現在、カナダにお住まいなのに、日本のニュースに関して、私以上に熟知されているので、驚いてしまいます。

 早いもので、来年は私も片岡みい子さんが亡くなった享年と同い年になります。月日の経つのは、嫌になるくらい早いものです。

 昨日も、自宅で、好きなブラームスの交響曲第1番から4番までCD(レナード・バーンスタイン指揮、NYフィル)で聴いていて、ブラームスの長い白髪の髭面の肖像画から、彼が亡くなったのは70代後半か80代かとばかり思っていたら、略歴から計算したら、何と63歳だったんですね。今の私より若い!

 考えてみれば、シューベルトは亡くなったのが31歳、モーツァルトは35歳、メンデルスゾーン38歳、ショパンは39歳、ベートーヴェンも56歳で亡くなっています。結構、大作曲家の天才の皆さんは早死にされています。彼らは歴史に残る大仕事をされたのに、それに比べて自分は、馬齢ばかり重ねて何をやっているんだ、と情けなくなります。

Ginza

 しかし、残された人生、出来るだけ前向きに生きなければいけない、と思っていますので、たまたま、ある占い本を買って読んでみました。そしたら、来年の私の運勢は超絶好調だったのです(笑)。超絶好調というのは、来年が一番のピークで、再来年からは、私の運勢は下降期に入るということになりますが…。(注=運勢を馬鹿にしてはいけませんよ。サッカーW杯のPK戦だって、運、不運で決まると言うではありませんか!)

 ということで、来年(だけ)は良い年になりそうです。年齢的にも、人生、最後のチャンスかもしれません。「よおし、一丁、やってやるかあ〜」とカラ元気が出て来ました(笑)。

銀座、ちょっと気になるスポット(10)=「億の細道」と「長野県物産館」

 昨晩は夜遅くまでブログを書いていたので、少しは休めばいいのに、職業病なのか、本日もブログを書いております。

 また、「何でもブログに書けばいいと思っているんだろ?…このマンガ野郎が!」と馬鹿にされそうですが…(苦笑)。

 The show must go on!

 銀座といいますか、有楽町マリオン近くに「億の細道」があります(正式名称は「西銀座チャンスセンター」)。1等前後賞合わせて7億円の「サマージャンボ宝くじ」や10億円の「年末ジャンボ宝くじ」販売の時期ともなると、毎回長蛇の列が出来ます。日本人は縁起を担ぐので、よく観察すると、「仏滅」の日はそれほど多くはないのですが、「大安吉日」ともなると、本当に長い列が出来ます。

 この辺りは、私の通勤途中なので、並んでいる烏合の衆の皆さんを横目で見ながら、いつも「御苦労さまです」と頭を下げています。以前の古いデータではありますが、高額賞金に当選する確率は、2000万分の1だと言われているからです。1枚300円ですから、2000万枚買うと、60億円となります。

 つまり、60億円分買えば、やっと7億円とか10億円とかが当たるという単純計算になります(勿論、末等賞とかが当たりますから概算です)。同時に2000万人にやっと1人が当選するという言い方をしてもいいかもしれません。こりゃ、どう考えても詐欺(失礼!)に近い(笑)。やはり、苦労なしで確実に儲かるのは胴元に決まっている、と昔の人はよく言っておりました。

 それでも、人は長蛇の列をつくるのです。恐らく、夢を買っているのでしょう。それに、宝くじの収益金の一部で、公園の遊具などを買っているらしく、公共施設に還元しているという話ですから、彼らは納税者みたいなもんです。有楽町のここは「日本一当たる売り場」と言われていますが、わざわざ猛暑や寒風吹き荒れる中、1時間も2時間も辛抱強く並んでお金を納めてくださるのですから、私は心の中で、いつも「ご苦労さまです」と手を合わせているわけです。

銀座 NAGANO

 さて、話は変わって、先週、久しぶりに「週刊文春」を買いました。「100歳まで健康に生きる 60歳からの食事<新常識>」特集を読みたかったからでした。「食」に関しては大いに興味がありますからね。

 内容をあまり書くと、また、批判する人がいるので、最低限の引用に留めますが、この中で、一番印象に残ったことは、「なるべく白よりも黒が良い」という話です。

 これはどういうことかと言いますと、健康食として、白糖よりも黒糖が良い。白米よりも雑穀米の方が良い。そして、白いうどんよりも蕎麦の方が良い、という話なのです。

 私は「健康になれるなら死んでも構わない」というタイプですから(笑)、食べるものには気をつけます。これまで、新橋の「香川・愛媛 せとうち旬彩館」で本場の(白い)うどんばかり食べておりましたが、これから蕎麦も食べた方が良い、と一瞬で判断したわけです。

 ということで、本日は蕎麦の本場である銀座の長野県物産館に行って来ました。このビルの3階にある蕎麦専門店「真田」で、ランチして来ました。

「銀座 真田」野菜小天丼と蕎麦セット 1430円

 メニューを見たら意外と高いので、一瞬、すくんで、ひるみましたけど、思い切って、比較的安い「野菜小天丼と蕎麦セット」(1430円)を注文しました。おソバは、銀座にある大衆向けの安い蕎麦屋さんより、やはり、歯ごたえも違い、栄養分が豊富に含まれているような感じでした。

 ただし、若い仕事バリバリの現役男性ではちょっと量が足りないかもしれません。でも、健康に良い、ということなら、私自身は、麺類はなるべく蕎麦にしょうかなあ、と思っています。

銀座、ちょっと気になるスポット(9)=「名古屋名物 みそかつ 矢場とん」の看板

 日曜日に深酒泥酔、前後不覚になった話を書きましたが、3日経っても回復しません。老人力が付いたということなのでしょう。

 皆さんもくれぐれもお気をつけください。深酒すると、正気を失い、翌日も翌々日も響きますから、何もできません。今流行り言葉でいえば、タイムパフォーマンス=タイパが悪い、ということになります。別に、タイパなんて言わなくても、「時間効率が悪い」とか「時間の無駄」で十分通用するんですけどねえ。「回復力」についても、インテリの皆さんは最近、「レジリエントな社会」なんて、やたらとカタカナ語を使いたがりますけど、格好良いつもりなんでしょうか。

 さて、私は職業病で、ブログを書き続けていますが、題材に関してはかなり不自由しております。ので、いつものマンネリでお許しください。

銀座「みそかつ 矢場とん」

 銀座のど真ん中に、上の写真の看板が目立っていますが、これまで一度も入ったことはありませんでした。理由は簡単です。敷居が高いからです(笑)。

銀座「みそかつ 矢場とん」

 御覧の通り、「ひれとんかつ御膳」ともなりますと、6000円ですからね。そう毎日通えるようなお店ではありません。(それなのに、店内、お昼時は、ひっきりなしにお客さんが入って来ました。不景気なんて言いながら、日本人ってお金持ちなんですねえ)

 「矢場とん」は勿論、本店は名古屋にあり、「みそかつ」も名古屋名物であることは熟知しております。今年、5月に名古屋の友人に会いに行きましたが、一泊した夜は、日曜日だったせいもあり、名物店は軒並み休業で、「海老フリャア」も「みそかつ」も、とうとう現地で「名古屋名産」を食すことなく帰宅してしまいました。

 その敵討ちですかね?(笑) いえいえ、もう一回、「名古屋」の雰囲気を味わいたくなったのです。

銀座「みそかつ 矢場とん」 わらじとんかつ定食2000円

 いつも思うんですが、もし、江戸・東京が日本の首都ではなく、名古屋だったら、今頃どうなっていたんだろう?と、空想したりします。那古屋城を本拠地にした織田信長が暗殺されていなかったら…、名古屋の中村生まれの豊臣秀吉が大坂ではなく、名古屋を本拠地にしていたら…全くゼロではない可能性があります。今では、名古屋には日本を代表する世界的企業トヨタがありますし、メガバンクの名古屋支店長は出世コースでしょう。中日新聞(東京新聞)も部数で毎日新聞を抜き、全国紙並みです。

 もし名古屋が首都になっていたら、日本人は標準語として「ミャー、ミャー」語を喋っていたのかと思うと、名古屋関係者の皆様にはすみませんが、笑えてきます。

 名古屋は伊勢湾がそばにありますから、伊勢海老などの海産物も美味しければ、名古屋コーチンも有名で、隠れた食の名産がたくさんあります。

 「矢場とん」では、迷った末に「わらじとんかつ」定食2000円也を注文しましたが、みそかつと普通のとんかつの二種類セットも選べたので、つまり二人分みたいなものでした。値段並みのボリュームがありました。みそも思ったほど辛くなく、キャベツの量もちょうどよかったのですが、もう少し御飯が欲しかったなあ。(おかわり出来たかもしれませんけど)

 深酒で不調でしたが、名古屋から元気をもらいました。

今まで食べていたスシは寿司ではなかったのか?

 ブログのネタに困ると、やはりランチになってしまいます。

 私の好物はたくさんありますが、中でもお寿司は大好物です。運の良いことに、銀座、築地界隈は全国一と言っていいくらい寿司屋さんのオンパレードです。それらは、ミシュランの星が付くような超高級店から大衆店までさまざまです。

手前がランチ寿司5万円の「とも樹」、向こうがカケ蕎麦500円の「歌舞伎そば」(東銀座)

 超高級店を列挙すれば、一番有名なのは、日本の首相が米大統領を接待する「すきやばし次郎」でしょうか。それに、「寿司界の東大」と言われる「二葉鮨」、会社からほど近い所にあってミシュランの星が付いて今最も勢いのある「鮨 銀座おのでら」辺りでしょうか。そうそう忘れていました。ランチが5万円からという歌舞伎座の裏にある「とも樹」なんかも富裕層に注目されています。老舗では「銀座 九兵衛」「銀座 きよ田」などがあり、枚挙に暇がありません。

 しかし、我々庶民は、そんな超高級店の暖簾はめったにくぐれません。(えっ?我々庶民、って一緒にするな、ですか?)

 では、私だけの場合、ランチの寿司を食する場合、大抵、値上げする前の「銀座 壮石」や「築地 きたろう」「築地 かつら」「築地 江戸銀」「築地 すしざんまい」辺りに行きます。大体、ランチ寿司1000円~1300円ぐらいで食べられるからです。「銀座 壮石」は、3年前は一番安い「染井」は980円でしたが、現在は1600円です。

 上限はないのですが、贅沢したい時は、2000円ぐらいの予算で、銀座コリドー街にある「美登利総本店」に行ったりします。

鮨 Ishijima ※撮影は板さんに断っております

 それが、本日は間違えて、予算を遥かにオーバーする寿司店に入ってしまいました。新富町にある「鮨 Ishijima」です。いつもなら大行列なのに、誰も並んでいない。扉が開いているので、中をチラッと覗き見するとほとんどお客さんがいない。「しめた!」と思って飛び込んでしまったのです。

 そしたら、ランチは4400円(十貫)と6600円(十二貫)の二種類のみ。「あれま」もう入ってしまったので仕方がない。4400円のランチを注文することにしました。

鮨 Ishijima ※撮影は板さんに断っております

 威勢の良い40代ぐらいの板さんの話によると、これまで、大行列が出来ていたのは、4400円相当?のランチを「特別ランチ」として期間限定で1650円で提供していたからだといいます。それが、先月9月いっぱいで終了したというのです。知らなかった…。

 特別ランチを提供した最終日は午後4時までランチの時間を延長したそうですが、それでも、皆、平均2時間ぐらい並んでいたそうです。

 10月になり、特別ランチがなくなった店内は、貧困層、いや失礼しました、情報通が来なくなったので、がら空きになったわけでした。それ、早く言ってよ~

鮨 Ishijima ※撮影は板さんに断っております

 しかし、板さんには隙を見せるわけにはいきません。いつも、「すきやばし次郎」や「おのでら」や「とも樹」に通い慣れているような素振りをみせなければいけません。

 でも、正直な私は、つい「こんな旨い寿司は今まで食べたことがないくらいですよ」と告白してしまいました。本当にその通りだったのです。第一に、カウンターに醤油が置いていない。「へい、お待ち」と差し出される握りには、既に味付けされているからです。醤油を置いていない寿司店なんて初めてでした。

 第二に、魚に筋っぽさが全くなく、鮪も鯵もトロリと溶けるような柔らかさ…。板さんの説明では、食材は宮城産、対馬産、房州産等の最高級魚の中でも最高級部位を取り揃えているというのです。それらは、キロ当たりで普通のものより2000円も高いというのです。道理で美味いはずです。

 となると、今まで私が食べていたお寿司は何だったのか?と思ってしまいましたよ。お金を出さなければ、本物は食べられませんね。哀しいかな、それが世の中の仕組みです。

 ちなみに、新富町「鮨 Ishijima」は銀座1丁目の「鮨 石島」の姉妹店です。銀座の本店(有名なイタリアン「ラ・ベットラ・ダ・オチアイ」の近くにあります)の方は、ランチは6600円~からです。だから、本物の鮨を出す4400円の新富町店のランチは一生に一度は経験してみると良いかもしれません。

 私も「今度また宝くじでも当たったら来ますよ」と言って、お店を出ました。

銀座、ちょっと気になるスポット(8)=歌舞伎発祥之地

 しばらく中断しておりましたが、久しぶりに「銀座、ちょっと気になるスポット」シリーズを再開しましょう。

 銀座といえば、やはり歌舞伎座です。今ある歌舞伎座は明治になって、東京日日新聞社長なども務めた福地源一郎らの尽力で出来ましたが、江戸時代には、今では「歌舞伎発祥之地」になっている猿若中村座があったり、森田(守田)座(明治になって新富座に)があったり、山村座(「絵島生島事件」で廃座に)があったりしましたので、銀座は「芝居小屋町」と言っても差し支えないでしょう。

 以前、この渓流斎ブログで、守田座跡や山村座跡、新富座跡を何回かご紹介したことがありましたので、今回は歌舞伎発祥之地である猿若中村座跡(写真上)を取り上げることにします。

 場所は、京橋3丁目なので、正確に言えば銀座ではありませんが、銀座1丁目の高速下の歩道を渡ってすぐ側ですから、あまり堅いことは言わんといてください(笑)。

  座元中村勘三郎が、猿若中村座をこの地に建てたのは、寛永元年(1624年)のことです。中村勘三郎と言えば思い出してください。2022年5月17日付の渓流斎ブログ「旧友を訪ねて 43年ぶり再会も=名古屋珍道中(上)」で取り上げております。初代中村勘三郎(1598~1658年)は、あの豊臣秀吉と全く同じ現在の名古屋市中村区にある中村公園内に生まれ、その生誕記念碑が建っていることを御紹介しました。

 …中村勘三郎は、豊臣秀吉の三大老中の一人、中村一氏の末弟・中村右近の孫だと言われてます。兄の狂言師・中村勘次郎らと大蔵流狂言を学び、舞踊「猿若」を創作したといいます。 元和8年(1622年)江戸に行き、寛永元年(1624年)、猿若勘三郎を名乗り、同年江戸の中橋南地(現東京・京橋)に「猿若座」(のちの「中村座」)を建てて、その座元(支配人)となった人です。…

 これを読むと、勘三郎丈が猿若座を建てたのは26歳の若さだったことが分かります。それなりの潤沢な資金があったのでしょうか。中村屋(屋号)は現在でも続く名門中の名門の大幹部で、勘三郎はその基礎を作った人ですから、実に偉い人だったことが分かります。

コナミ本社=銀座1丁目

 先ほど、「歌舞伎発祥之地」は正確には銀座ではなく、京橋3丁目です、と書きました。

 でも、その目の前(という言い方も変ですが)は銀座1丁目です。そこは、かつてセゾングループの高級ホテル西洋銀座(2013年閉鎖)と、映画館の銀座テアトルシネマなどがあったのですが、今はすっかり様変わりして、アミューズメント会社のコナミの本社になっておりました。

 しばらく、この場所に足を運んでいなかったので吃驚です。もう30年ぐらい昔ですが、この高級ホテル西洋銀座で、セゾングループ総帥堤清二氏というか作家の辻井喬氏(1927~2013年)にインタビューしたことがあったので、隔世の感を禁じ得ませんでした。

銀座1丁目「ニューキャッスル」

 このあと、銀座1丁目にある「ニューキャッスル」に行き、ランチのカライライス(レギュラー100円)を食しました。

 喫茶店「ニューキャッスル」はかつて、蔦がからまった店舗が有楽町駅近くにあり、私も昔、通ったことがありますが、いつの間にかなくなっていました。それが、先日、テレビでやっていて、2011年に東北大震災の影響で古い建物が損害を受けるなどして閉店し、今は、常連さんだった人が三代目として切り盛りしているということでしたので、訪れたのでした。

 創業昭和21年の看板の味をしっかり受け継いでおりました。

 

 

銀座、ちょっと気になるスポット(7)=行列店

 「銀座、ちょっと気になるスポット」と題して連載してきましたが、もうネタが尽きた感じになってきてしまいました(笑)。

東銀座・喫茶「YOU」

 これまで、ほとんど名所旧跡ばかり取り上げてきたので、今回は、初めて、飲食店にすることにしました。名店とか、穴場とかいった店ではなく、とにかく、行列が並んでいる人気店ということで、3店だけご紹介しようと思います。

 別に店を選ぶ特段の基準はありません。ただ、「並んでいる店」というだけなので、宣伝ではありません「笑)。

銀座・喫茶「YOU」

 最初に取り上げるのが、歌舞伎座の横と言いますか、南側にある「YOU」という喫茶店です。ふんわりしたオムライスが有名で、恐らく、雑誌やテレビで大きく取り上げられ、評判が評判を呼んだ店だと思われます。

 私は、6,7年前に一度入ったことがありますが、当時は、ここまで人が並ぶようなことはありませんでした。私も雑誌を見て、オムライスに挑戦したのです。

 ふんわりしたオムライスの卵は、雑誌に載っていた写真通りでした。そのまま食べようとしたら、お隣りの大変親切な御姐さんが「いや、卵はまず、ナイフで上から半分に切って、その切れ目を引っ繰り返して食べるんですよ」と「作法」を教えてくれました。

 いやあ、胃袋に入ったら同じですから、別にそのまま齧りついてもよかったんですが、おあ姐さんが、あまりにも熱心に薦めるので、そうして食した記憶があります。

東銀座・ラーメン「八五」

 次の店は、ラーメン店です。「八五」という名前です。「銀座で最高峰のラーメン」ということで、いつも行列です。私の場合、昼休みは午後12時半からにしているのですが、この店の前に到着する12時40分頃ともなると、最低でも15人は並んでいます。(多いと30人の時も)カウンター6席しかないらしいので、しょうがないですね(行列は写真に写っていません)。

 並んでいては昼休みが終わってしまうので、私はこの店では一度も食したことはありません。この店が出来たのは多分5,6年前ぐらいで、10年も経っていないと思います。

 特製醤油スープ、チャーシュー入りの特製中華そば(1400円)が一番人気のようですが、ネットの感想文も「べた褒め」ばかりです。時間的に余裕がある方でしたら、挑戦してみる価値があるかもしれません。

東銀座・炭火焼き干物食堂「越後屋八十吉」

 3軒目は、また歌舞伎座の横の通りを歩いて、晴海通りに出て、晴海方面に少し行ったところにある炭火焼き干物食堂「越後屋八十吉」です。

 ここは、数年前に何度か行ったことがありますが、以前は行列になるほどではありませんでした。焼き魚定食で1000円以内のものもあり、値段が手頃ということで人気になったのか? ーでも、恐らく、雑誌やテレビで取り上げられたからでしょう。

 テレビや雑誌は影響力絶大ですからね。ちなみに、この渓流斎ブログは影響力なしですが、もしかして、このブログを見て、「一度行ってみよう」という奇特な方もいらっしゃるかもしれません。でも、忠告しておきます。少なくとも1時間は並びまっせえ。

 

 

4回目のワクチンと1カ月遅れの誕生会

 昨日木曜日は、ちぃっと休みを取って、4回目のワクチンを拙宅近くのクリニックで受けて来ました。

 問診票に「1カ月以内に病気になりましたか?」との御下問があったので、正直に「胃腸炎か食当たりになりました」と書いておいたら、女医先生が「もう治りましたか?治ったら、まあいいでしょう」と言いながら、あっという間に終わってしまいました。痛くも痒くもありませんでした(笑)。

 お蔭様で熱も出ませんでしたが、夜寝る頃にちょっと打ったところが腫れている感じで少し痛く、寝返りをうつのをやめておきました。

 1,2回のワクチンがモデルナ、3,4回目はファイザーでしたが、米ファイザー社の社長さんは、4回接種しながら、コロナになったことが新聞の記事に出ていました。ファイザーの社長ですから、恐らく、ファイザーのワクチンだと思われますが、4回も打って罹ってしまうなんて、いやはや、何をか況やです。ファイザー社は大いに儲け過ぎたので、その副反応だったかもしれません(失礼、言い過ぎでした!)

浦和宿「満寿家」 うな重(特上)きも吸いもの、お新香付き 5100円

 せっかく休みを取ったので、夜は、私の1カ月遅れの誕生会を家族が開いてくれました。ちょうど1カ月前の誕生日の頃は胃腸炎か食当たりで、5日間ものたうち回っていたので、延期せざるを得なかったのでした。

 場所は、中山道浦和宿にある江戸時代から有名な鰻の老舗「満寿家」(明治21年創業)です。ここ数年、すっかり鰻は高騰してしまい高嶺の花です。目の玉が飛び出るほど高かったでした。誕生会は家族が開いてくれましたが、勘定払いは、私の役目です(苦笑)。

 でも、半月前に予約したら、「満寿家」はとてもいい個室を取ってくれました。1階の角部屋で、灯篭のある小さなお庭に囲まれ、どこかの旅館のように雰囲気があります。しかも、トイレまで付いているので、外に出ることなく、まさに家族水入らずで楽しめました。二人の幼い孫も来てくれて、チョロチョロしますから、本当に助かりました。

 ワクチンを打ったばかりなのに、米国人の女婿と一緒にビールや冷酒を呑みながら、先に台湾を訪問して物議を醸したペロシ米下院議長(最初、プロウシと発音するので誰のことかと思ったら、プロウシかプロシが正しいようです。何で日本のマスコミの外信部はペロシと訳したんでしょうかねえ?)の旦那さんの話やシビアな米国政治と、庶民に対する所得税引き上げ(ウクライナ軍事支援金の捻出のためらしく、バイデン大統領の支持率低下の要因になった)の話などで盛り上がりました。

 泊まりのない旅館に来たと思えば、随分安上がりで済んだのではないかと思い直しました。

「レインボーラムネ」、貰っちゃいました

 いやはや、今年は個人的に随分色んな事がありましたが、それでも、何か、ついていますね。「捨てる神あれば、拾う神あり」です。んっ?

 今や、売り切れ店続出中で、とても手に入らないイコマ製菓本舗の幻の「レインボーラムネ」をただで貰っちゃったのです。

 別に不正したわけじゃあ、ありませんよ(笑)。

新橋「奈良まほろば館」 炙り柿の葉寿司ランチ1200円

 昨日のこと、巷ではお盆休みで、閉まっているお店も多く、私もランチをどうしようか、迷っていたのですが、結局、新橋の「奈良まほろば館」に入ることにしました。ここはいわゆる奈良県の物産店で、地元の名産品が買えるほか、食事もできます。

 何度か利用したことがあるのですが、いつもの通り、寿司とそうめんとデザートも付いた「炙り柿の葉寿司セット」(1200円)を頼んだ後、何か物足りなくなり、結局、かき氷も後で注文することにしたのです。いつぞや、夏休みに友人と一緒に奈良を旅行したことがあり、彼の行きつけの柿の葉寿司店に行った後、かき氷も食べたことを思い出したからです。

 今年はロクな夏休みが取れないので、せっかく奈良県物産店に来たなら、「奈良旅行をしたつもり」になりたかったこともありました。

新橋「奈良まほろば館」 かき氷950円

 正直、柿の葉寿司を食した後、大きなかき氷を全部食べ切れるかどうか、それにお腹の方もどうなるか心配でした。そこで、「かき氷のハーフ(半分)」はありますか?と聞いてみたのですが、残念ながら「ありません」ということで、そのまま「プレーン」を頼んでしまいました。

 写真では入道雲のお化けみたいに見えますが、中に小豆のあんこなどが入っております。

 意外にもイケて、結局、全部食べてしまいました(笑)。

 合計2150円です。ランチにしては豪華です。

イコマ製菓本舗さんの幻の「レインボーラムネ」

 そして、会計をしようとすると、「おめでとうございます」ということで、イコマ製菓本舗の「レインボーラムネ」をプレゼントしてくれたのです。

 聴くところによると、1500円以上のお買い物をした方の中で先着順にプレゼントしていたらしいのですが、これが、つまり、私が、最後だというのですよお!

 「レインボーラムネ」のイコマ製菓本舗は奈良県生駒市に本社があるということで、この「奈良まほろば館」も関わりがあるというわけです。

 でも、大人気で、どこもかしこも売り切れ続出。先ほど、ネットで見てみたのですが、やはり、ネット販売も「品切れ中」で、完売しているようです。

 だから、今や「幻」のレインボーラムネと言われているのです。そんな貴重品をただで貰っちゃうなんて、ラッキーですねえ。これもこれも、思い切って、かき氷を注文したお蔭でした。

銀座、ちょっと気になるスポット(1)=ジョン・レノンの「樹の花」

 《渓流斎日乗》のブログは2005年3月に始めたので、今年でもう17年になります…中途半端ですね(笑)。この17年間、どういうわけか、このブログが原因でかつては親しかった友人たちが、疎遠になってしまう事案が複数回、起きています。このままブログを続けて良いものか迷い道にはまり、正直、かなり落ち込んでおります。

 ある友人の非難の理由は、このブログが「衒学的過ぎる」ということでした。ま、小難しいことばかり書いていて、気取っている、ということなのでしょう。生意気だ、気に喰わないということなんでしょう。本人は全くペダンチックだとは思ってはおりませんが、預言者というものは、お里が知れた故郷では受け入れられないものです。

 「賢い読者からの指摘があれば、問題になりそうな箇所はすぐ削除する。まるで自民党の手口だね。男気がない」などという批判もありました。

 「どうしようもない三流のマスコミに何十年もしがみついてきた三流のジャーナリストの書くものは、読むに値しない」と直球を投げて来る友人もおりました。

 読みたくなければ、読まなければいいのですよ。わざわざ、アクセスする必要もないでしょう。と、言わなくても友人たちはとっくに離れて、このブログはもう読んでいないと思いますが(笑)。

 それにしても、世間に影響も与えないこんな小さな無名のブログが、何でそこまで、見ず知らずの赤の他人からではなく、親しかった友人たちから非難されなければいけないのか、理解に苦しみます。欧米では食事中に政治や贔屓チームの話をすることはタブー視されていますが、私自身もなるべく現在の世論を二分にするような政治的イッシューを取り上げることはわざと避けて来ました。炎上してもその場限りです。実にくだらない。わざとらしいし、恥ずかしい。わざわざ火中の栗を拾うこともないでしょう。

 もう、生身の現代人を扱うことは嫌になったので、最近のブログでは、なるべく歴史上の人物を取り上げるようにしていたのですが、それでも、やはり、衒学的ですかねえ?

 まあ、好きにしてくださいな。嫌ならアクセスしなければ良いだけの話です。こちらは、お読み頂ける読者の皆様がいらっしゃる限り続けていくだけです。勿論、感謝を込めて。

 さて、そんな中で、考えた企画は「銀座、ちょっと気になるスポット」シリーズです。飲食店だけでなく、気になった史跡なども取り上げて、お茶を濁そうかと思ったわけです。実は、これまでこのブログに登場したサイトも重ねて取り上げるかもしれませんが、その点はどうか御勘弁ください。

 記念すべき第1回は「樹の花」という喫茶店を取り上げることに致しました。失礼ながら、ランチにカレーライスを出すような何の変哲もない喫茶店ですが、あのジョン・レノンとオノ・ヨーコが利用したお店でした。

 1979年夏のことです。何とこの店が開店して4日目だったそうです。東銀座の歌舞伎座の「横」にありますから、てっきり、ジョンとヨーコが歌舞伎を見た帰り、たまたま立ち寄った喫茶店かと思っていたら、お店にしっかり説明書きがありました。

 ジョンとヨーコはハイヤーで築地の映画館に来ると、子どもたちだけを降ろして「スーパーマン」が終わる時間までどこかゆっくり過ごせる場所を探して銀座4丁目の方へ歩き始めた。…少し歩いた所で、偶然、樹の花という看板を見つけた。…二人は入り口に近い窓際のテーブルに向かい合って座った。コロンビアコーヒーとダージリンティーを注文すると互いの目を見つめながら静かに語り合う。…

 築地の映画館とは恐らく「東劇」のことでしょう。このビル(松竹本社)は改修(建て替え)されることが決まっており、間もなく閉館されます。

 「樹の花」は、ビートルズ・フリークの私ですから、一度、ジョンとヨーコが座った同じ席に座ったことがあります。今はどうなっているのか知りませんが、10年ぐらい昔、私が利用した時は、席の壁に二人の写真が飾られていました。

上野・洋食「黒船亭」1979年8月 ジョン・レノン(前列右から2人目)とオノ・ヨーコ ※お店の人に許可を得て撮影しております

 そう言えば、今年2月28日に行った上野の老舗高級洋食店「黒船亭」にも、訪れたジョンとヨーコの写真が店内に飾られていました。撮影日が1979年8月とありますから、ちょうど銀座の「樹の花」を訪れた時と同じような頃です。偶然の一致に少し驚いてしまいました。

 それにしても、「樹の花」が開店して4日目にジョンとヨーコが偶然、訪れ、この店は、それ以来今日まで43年間も続いているとは…。残念ながら、ジョン・レノンはそれから1年半後の1980年12月8日にニューヨークの自宅前で暗殺されてしまいます。行年40歳。