箱根の岡田美術館の収蔵品には驚き

スペイン、アルハンブラ宮殿

箱根にある岡田美術館で、来年3月まで「開館5周年記念展 美のスターたち 光琳、若冲、北斎、汝窯など名品勢ぞろい」が開催されております。

重要文化財を含み約450点が公開されているようですが、その出展作品は半端じゃありません。

美術好きの私ではありますが、岡田美術館は、一度も行ったことがありませんし、全く知りませんでした。熱海にあるMOA美術館が世界救世教の教祖の岡田茂吉(1882~1955年)が創立者なので、てっきり、その「姉妹館」かと思いました。

そしたら、まるっきり違うんですね。岡田美術館の創立者は岡田和生氏(76)で、ユニバーサルエンターテインメントの創業者。何の会社かと思いましたら、パチンコ機などの製造販売メーカーで、ラスベガスや香港など海外でカジノまで経営しているようです。旧社名「アルゼ」なら聞いたことがあります。

今は便利な世の中で、このユニバーサル社についても、岡田氏についても、ネット上で簡単に検索できます。まさに毀誉褒貶で、何処まで正しい正確な情報なのかは神のみぞ知るといった感じでしょうか。下世話な言い方で恐縮ですが、バクチって随分儲かるものなんですね、ただし「胴元」なら(笑)。

とにかく、コレクションの質の高さには驚きです。1948年以降、64年間所在が不明だった喜多川歌麿の肉筆大作「深川の雪」、83年間所在不明だった伊藤若冲の「孔雀鳳凰図」、重要文化財の尾形乾山「色絵竜田川文透彫反鉢」、それに、尾形光琳、葛飾北斎、横山大観、速水御舟ら名品ぞろい。これら全て、個人の収集品なんですからね。思わず、「凄い財力」「半端じゃない資産」と叫びたくなってしまうほどです。

別に「成金趣味」などと批判するつもりは毛頭ありません。むしろ、貴重な日本の美術品が海外に流出されなくてよかったわけで、これは岡田氏の功績です。

ただ、入場料の一般2800円は、ちょっと高過ぎるんじゃないかなあ(笑)。

特別展「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」で心が洗われました

「体育の日」のある三連休のほとんどがブログの取材と執筆と校正と、講演者様とのメールのやり取りと、訂正と更新とさらに更新に追われてしまいました(笑)が、寸暇を惜しんで、東京・上野の国立博物館で開催中の特別展「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」に足を運んできました。

普段の私は、やましい心の狭いことばかり考えておりますから、せめて仏像様のお力と御慈悲によって、心を洗おうという罰当たりな魂胆を敢行したわけです。

京都にお住まいの京洛先生のお導きで、有難いことに、京都奈良の寺社仏閣はかなり巡っているのですが、大報恩寺は聞いたことがありませんでした。

非常に楽しみに出掛けたところ、大報恩寺とは、北野天満宮近くの千本釈迦堂のことではありませんか!

ここなら、京洛先生お気に入りの寺で、小生も何度かお参りしておりました。

千本釈迦堂大報恩寺は、鎌倉初期の安貞元年(1227年)に義空上人(奥州藤原秀衡の孫に当たる)によって開創された寺です。洛中で「火災に遭うことなく現存する」最も古い寺だといいます。本堂は、創建時そのままのもので「国宝」に指定されております。柱には応仁の乱の刀や槍の傷跡が残っていました。

◇京洛先生と倶梨伽羅紋々

京都の人が言う「この前の戦災」とは、鳥羽伏見の戦いではなく、応仁の乱を指すことがこれで分かりました。

境内では毎年12月に「大根焚き」が行われ、もう5、6年前のことですが、たまたま京洛先生と一緒にベンチに座って、熱々の大根を食べていたら、テレビがこちらに取材に来ました。

そしたら、京洛先生はその筋の人ですから、背中の倶利伽羅紋々を見せながら、何か一言言った途端、テレビ・クルーの人たちは真っ青な顔をして慌てて逃げ去ってしまったのです。

何事が起きたのか、京洛先生に尋ねたところ、彼は、ちょうど取材に来たテレビ局のライバル・テレビ局のロゴが背中に入ったジャンパーを着ていたのです。

「『ここの者だけど、いいの?』と言っただけですよ」と京洛先生は平然としたものでした。もちろん、彼はライバル・テレビ局の人間ではありません(笑)。

特別展「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」のパンフレットより

さて、大報恩寺展のことでした。

四年に一度のご開帳でしか拝めない「釈迦如来坐像」(快慶の一番弟子・行快作)や「釈迦十大弟子立像」(快慶最晩年作)、「六観音菩薩像」(運慶の晩年の弟子・肥後定慶作)は、前から後ろから360度の角度から見ることができて、見応え十分でした。なんて、言ってはいけませんね。荘厳な気持ちになりました。

合掌

お蔭さまで、心が少し軽くなりました。

【六観音菩薩】とは

六道それぞれの衆生を救う6体の観音密教では、地獄道聖(しょう)観音餓鬼道千手観音畜生道馬頭観音修羅道十一面観音人間道准胝(じゅんでい)または不空羂索(ふくうけんじゃく)観音天道如意輪観音を配する。(大辞泉より)

【釈迦十大弟子】とは

釈迦(しゃか)の10人の高弟。「智慧第一」の舎利弗(しゃりほつ)、「神通(じんつう)第一」の目犍連(もくけんれん)、「頭陀(ずだ)第一」の摩訶迦葉(まかかしょう)、「天眼第一」の阿那律(あなりつ)、「解空(げくう)第一」の須菩提(しゅぼだい)、「説法第一」の富楼那(ふるな)、「論義第一」の迦旃延(かせんねん)、「持律第一」の優婆離(うばり)、「密行第一」の羅睺羅(らごら)、「多聞(たもん)第一」の阿難陀(あなんだ)。(大辞泉より)
地獄道から衆生を救済する聖観音菩薩像(もちろん、この菩薩像だけがフラッシュなしの撮影を許可されていました。「地獄にいる人が多いせいなのかなあ」と邪推してしまいました)

ニキータ山下のディナー・コンサートと「山田耕筰歌曲集 傑作選100曲」

先程、哈爾浜学院にまつわる話題を《渓流斎日乗》に取り上げさせて頂きましたが、その「関係者」(笑)の方から、是非とも取り上げてほしいというコンサート等がありましたので、乗り掛かった舟ですから、茲でもお報せすることに致しました。

ご興味のある方は、是非、ご参加ください。

ポスターにある通り、ニキータ山下によるロシア民謡などのディナー・コンサートです。アコーディオンは、後藤ミホコ。

2018年11月1日(木)と6日(火)開場18時15分。場所は、東京・高田馬場駅前にあるロシア・レストラン「チャイカ」(電話03-3208-9551)です。

ニキータ山下は、ハルビンで日本人の父親と白系ロシア人の母親との間で生まれ、東京芸大声楽科を卒業。男性ボーカルグループ「ロイヤルナイツ」にリードボーカルとして参加して、旧ソ連で一躍人気グループとなり、その後ソロでも活躍している歌手です。

もう一つは、大阪音楽大学の井口淳子教授の講演会の「原善一郎」関係で、何度も山田耕筰が出てきましたが、その関連として、「山田耕筰歌曲集 傑作選100曲」(恵雅堂出版CD)をご紹介します。関定子ソプラノ、塚田佳男ピアノで「この道」「からたちの花」「赤とんぼ」などが収録されています。

1994年度レコード・アカデミー賞を受賞しております。不朽の名盤ですね。

えっ?何か、宣伝臭いですって?

いや、広告じゃありませんよ。あくまでも、ご紹介です。

沿道広告禁止のスペインとスタンプなしの帰国審査

アルハンブラ宮殿

日本で報道されている最近のニュースや話題が、どうもつまらないので、また、先月のスペイン旅行の話を取り上げます。毎日書かなければならないので、話題を見つけるのが大変です(笑)。

スペイン国内の移動は大型バスで、高速道路を利用しましたが、沿道はほとんど全く広告看板がありませんでした。

確かに、人家も見当たらない荒野を駆け抜けることが多かったのですが、それにしても、見当たらない。ケバケバしい広告だらけの日本とは大違いです。スペインはよほどの不景気なのか? 理由を添乗員さんに聞いたところ、「法律で禁止されているんですよ」という答えが返ってきました。

そうなのか。さすが、年間7000万人も観光客が訪れる世界第2位の観光国。美観を大切にするんだろうなあ、と納得しました。

ただし、例外がありました。巨大な牡牛の看板です。目鼻口は描かれず、シルクスクリーンのような真っ黒な看板です。どこかの牧場の印なのか、闘牛場のコマーシャルなのか、と思ったら、オズボーンというスペイン人なら知らない人がいないウイスキー会社の広告看板だというのです。極甘口のシェリー酒「オズボーン・ペドロヒメネス・1827」が有名なんだそうです。

ボトルラベルには、その真っ黒い牡牛がブランドマークとして載っています。

添乗員さんの話では、このウイスキー会社は目下、広告看板設置をめぐって、政府と裁判闘争中なんだそうです。まだ、判決が出ていないようなので、看板は撤去されていないといいいます。

◇◇

もう一つ。スペインの話ではないのですが、2年ぶりに海外旅行して出入国審査が変わっていたことには驚きました。随分簡素化されていたのです。

出入国の際、自分でパスポートをスキャンして、自分でカメラの前に立って、「人相認証」をやってもらうのです。そして、帰国した際に、以前パスポートに押してもらっていた入国スタンプが省略されてしまったのです。

スタンプなし!「バン」と係員にスタンプを押してもらった時、「あ、日本に帰ってきた」と安堵感が広がったものですが、何か拍子抜けしてしまいました。

【追記】

今日はあっさりしているので、少し追加します(笑)。

●昨年買った高級腕時計が、もう電池切れで今朝止まってしまいました。そこで、銀座の和光に行って電池交換してもらったら、何と3240円も取られてしまいました。以前の安い時計は、1000円ぐらいで済んだんですけどね(笑)。

で、思ったことは、時計屋さんにとって、電池交換がビジネスモデルになっているんじゃないかということです。先日、10年近く使っていたドイツ製電気シェーバーの切れ味が悪くなったので、最高機種9シリーズに買い換えたところ、何と18カ月で「替え刃」を交換するようにとのメッセージが入っておりました。

前の機種5シリーズは10年ぐらい使いましたが、替え刃を交換したのは1回だけ。つまり5年間ぐらい持たせていましたからね。何か、プリンタのインクリボン交換のような気がしました。電気シェーバーなんかなかなか壊れませんから、替え刃で儲けるシステムになっているんでしょう。

●安部第4次政権は、「全員野球内閣」なんだそうです。

早速、「政治をスポーツに例えるな!」と非難轟々です。

「全員野球じゃなくて、ライト(右翼)とキャッチャー(捕手⇒保守)しかいない」という人もいます。

「まだ3年か。とはいえ、終わりの始まり。ショート内閣になるかも」という人もいます。

 10月3日付日経の緊急世論調査によりますと、内閣支持率は、9月の調査から5ポイント減の50%、内閣改造を「評価しない」が44% に上りました。

 

日本の格差社会は、まだマシなのか?

バルセロナ サグラダファミリア教会

英エコノミスト紙(電子版)を見ていたら、興味深い記事に当たりました。

Sep 26th 2018付の記事で、タイトルは「 Buying time How life expectancy varies across America」。意訳すると、「時はお金で買うもの 米国の平均寿命は何で地域によってこうも違うものか?」あたりでしょうか。

簡単に要約しますと、米国立保健統計センターの調査によると、ノースカロライナ州のフィアリントンという街の住民の平均寿命は97歳だったのに対して、オクラホマ州のスティルウエルの住民は56歳だったというのです。実に41歳も開きがあるのです。驚きです。

グラナダ アルハンブラ宮殿

ちなみに、日本の場合を調べてみましたら、厚生労働省によると、男性の場合、1位は長野県で79.84歳で、最下位の青森県が76.27歳。その差3.57歳。女性の首位は沖縄県の86.88歳で、47位の青森県は84.80歳。その差は2.08歳です。

よく格差社会と言われますが、米国の41歳差は半端じゃありませんね。

フィアリントンもスティルウエルも、人工的につくられた街ということで共通点がありますが、前者は、もともと酪農場だった所を英国の「田園調布」をモデルに開発された富裕層向け高級住宅街で、同市チャトハム郡の住人の96%が白人。後者は、もともとイチゴ畑だった所が、1830年に、チェロキー族などネイティブアメリカンが強制的に移住させられた街だというのです。

フィアリントンの世帯の平均年収が8万1900ドル(925万円)に対して、スティルウエルはわずか2万5000ドル(282万円)。

全米6万5662カ所の平均寿命を調査した研究者たちは、この大きな格差の要因は、貧困と教育にあると結論付けておりました。貧困で教育に恵まれない地区ほど、肥満や運動不足で喫煙習慣があり、高血圧、糖尿病などの病気に罹る人が多く、それが短命につながっているのではないかというのです。

教育については、高学歴が高収入につながり、健康志向になり、禁煙もするようになるということです。

この記事を読んで、皆様もさまざまな感想を持たれることでしょう。「ネイティブアメリカンは差別されて可哀想だ」とか「格差社会とはいっても、日本はまだマシだ」とか…。

バルセロナにて フラメンコ

日本でいえば、56歳というのはまだ働き盛りですが、貧困のどん底に押し込められて、夢も希望もない生活で、酒とタバコぐらいしか人生の楽しみがないとしたら、こんな世の中、長生きしてもしょうがないと思うのが人情なのでしょう。

何を書いても批判されるでしょうから、今日は過激にまとめてみました(笑)。

日本は偏向報道国家なのかなあ?

ラ・マンチャ地方

ほんの1週間ですが、スペイン旅行に行ってよかったと思っています。

「スマホ中毒」から少し解放されたからです。行く前は異常でした。電車に乗っても、バスに乗っても、歩いていても、気になって、すぐ液晶画面を見ていましたから。

実際、大した情報に接していたわけでもないことも分かりました。単に習慣になっていたんですね。悪習慣は断ち切ることです。

グラナダ・アルハンブラ宮殿

帰国して痛感したことは、新聞でもテレビでも、日本の海外ニュースは、アメリカと中国と韓国の話題ばっかりだということです。スペインやフランスなどで起きたことは、ほとんど報じてくれません。

BSの海外テレビ放送を見れば、十分事足れるでしょうが、地上波は、米中韓ばかりに集中して、まさに「偏向報道」と断定してもいいでしょう。

もちろん、基軸通貨ドルと世界最大の軍事力を持つ米国と、日本も大いに依存している世界第2位の経済大国である中国を中心に世界は回っていることは確かですが、それにしても、見たくもない為政者の顔ばかり見せ付けられたり、見たくも聴きたくもない芸能が世界基準(スタンダード)で最先端の潮流だとばかり押し付けられては、さすがに、うんざりしてしまいます。

まさに、日本の常識は、海外の非常識でもあるわけです。

コルドバ大聖堂

思うにスペイン旅行は、普段の喧騒から離れた歴史散歩だったかもしれません。

少年の頃、歴史学者を夢見たぐらいの歴史好きだったせいか、日本史と世界史の基礎知識はかなり時間をかけてみっちり頭に叩き込みましたから、今でも重大事件の起きた年号や背景ぐらいソラで言えます(笑)。「レコンキスタ」「スペイン継承戦争」「スペイン内戦」など起伏に富む複雑なイベリア半島の歴史は、ある意味で魅力的で、何と言っても800年間もイスラムに支配されていた風土と文化に直接肌を感じることができたのが今回の旅行の大いなる収穫でした。

特に、私は美術建築好きでもありますから、ベラスケス、エル・グレコ、ゴヤの三大巨匠とピカソの「ゲルニカ」といった傑作画やガウディのサグラダファミリア教会などを間近に見られたことは、何よりも得難い至福の時間だったと言えます。

逆に歴史にも芸術にも興味がない人が旅行しても、つまらないんじゃないかなあ、と思ってしまいました。

現在、見えないもの、見えていないものを見るために、想像力を働かせなければならないからです。それにはある程度の知識が必要なのは否めません。

いやはや、またまた、堅い話になってしまい、失礼仕りました(笑)。

バルセロナ サグラダファミリア教会

先日会った友人の田所君なんかは「俺、最近、プラスチックゴミが気になってしょうがないんだよなあ」という始末です。確か、10年ぐらい前、日本で割り箸が使い捨てされるという「事件」で話題になった際も、「割り箸のお蔭で、熱帯雨林が破壊されている」と、彼は叫んでいたものでした。

何はともあれ、このように、メディアの影響力は強いのですから、現役のマスコミ従事者にはもっと自覚してほしいものです。

独裁主義国家じゃあるまいし、偏向報道はやめてほしいなあ。。。

写真は撮らない~ヘミングウエイ~数字は人格

アルハンブラ宮殿

スペイン旅行(2018.9.11~18)では、プロカメラマンさながら、500枚近くもの写真を撮りまくってきました。

そんなに写してどうすんの、てな感じです。

そんな中、ツアーで一緒になった静岡県から参加された女性が、ただ一人だけ、一枚も写真を写していないことに気が付きました。デジカメすら持参していないようでした。

彼女は、あの秘境マチュピチュにまで行かれたことがあるらしく、大の旅行好きのようでした。それがどうしたことか。その理由について、恐る恐る聞いてみました。

アルハンブラ宮殿全景

「以前はよく撮っていたんですけどね。家に帰って、娘たちに見せても、自分が行ってないものだから、あまり興味なくて…。それより、あまりにも沢山、写真が増えてしまって、『お母さん、(写真を)どうにかしてよ』とまで言われてしまって…」

なるほど、そういうことでしたか。

確かに、身内の人とはいえ、勝手に好きに遊んできた(笑)写真を見せつけられては、はた迷惑かもしれませんね。

SNSの流行で、世間の人たちはやたらと自分たちの撮った写真をアップしてますが、確かに、興味や関心がない人の撮ったものなどどうでもいいのかもしれません。

親戚や親しい友人でも、年賀状に赤ちゃんの写真や家族の写真を送ってもらっても、待望の赤ちゃんにまだ恵まれていない夫婦や、独身の人間にとっては、あまり愉快なものではない、のと同じです。

アルハンブラ宮殿前庭

さて、スペイン=闘牛ということで、久しぶりに若い頃に熱中して読んだヘミングエイのことに思いを馳せました。

彼は晩年になって、悲劇的にも猟銃自殺しましたが、若い頃は、彼の晩年の白い髭をはやした老人姿の写真から、彼が70歳か、80歳に近い頃だったと思っておりました。

そしたら、ちょっと調べてみたら、まだ61歳(62歳になる直前)だったんですね。今のような「人生100年時代」ではとても若いです。

どうやら、ヘミングウェイ一族は自殺の多い家系のようでした。彼の父親クラレンス、妹アーシュラ、弟レスターもそうで、姉マーセリンも自殺が疑われているそうです。また、最近、といっても1996年のことですが、孫娘で女優のマーゴも自殺しています。原因は精神疾患の遺伝のせいではないかとも言われています。

私は、ヘミングウエイ好きが高じてキューバにまで行ったぐらいですが、彼のマッチョ的イメージとは違う内面の繊細さは意外でした。

ただ、若い頃のヘミングウエイはかなりの自信家で、同時代人で彼を知る人たちの中には、彼がかなり度を越した傲岸不遜で、付き合い切れなかったと証言する人もいたようです。彼は、生涯で4度も結婚しました。

アルハンブラ宮殿

話が飛んでしまいましたが、旅行中に暇つぶしに持って行った本の一つに、小山昇著「数字は人格」(ダイヤモンド社、2017・12・13初版)がありました。

数学関係の本と思いきや、中小企業経営者のための指南書でした。法律で作成が義務付けられている「損益計算書(P/L)」よりも「貸借対照表(B/S)=バランスシート」を優先して経営者を読め、と薦めております。

そのバランスシートの中でも、一番最初の「流動資産」の中の「現金預金」を重視するべきだと何度も強調しております。

何故なら、いくら黒字経営でもキャッシュ(現金預金)がなければ、倒産してしまうからです。2008年のリーマン・ショックでは、約2分の1が「黒字倒産」だったそうです。

だから、著者は、銀行から借金してでも、イザというとき、いつでも手元にキャッシュが用意できるようにしろ、と力説するのです。銀行からの借金には金利が付きますが、それは「時間」を買っているようなものだ、というのです。

私自身は、最初から最後までサラリーマンの「使用人」として終わり、経営には全く縁がなかったので、損益計算書もバランスシートも関わることがありませんでしたから、この本は、自分にとってはかなり新鮮でした。

アルハンブラ宮殿内部

この本の内容については、目次からピックアップすれば大方のことが予想できます。

その前に、バランスシートの中の「売掛金」とか「買掛金」とかいう項目の意味を知らなかったですが(笑)、「掛け」とは「ツケ」のことで、売掛金とは、既に商品は売っているものの、代金が後払いで、まだ回収していないお金のことでした。買掛金とはその逆で、すでに商品は仕入れているのに、まだその代金を支払っていないお金のことです。

世の中には、売掛金がゼロの商売もたくさんあり、その一つが飲食業で、飲食店は現金かクレジットカードがメインで、お客さんがその場で払ってくれるからです。

ただ、飲食業は安泰かといえばそうでもなく、全く知りませんでしたが、飲食店の80%が開業して5年以内に倒産するというから驚きです。食材などを仕入れて、後払いする「買掛金」があるのに、無謀な経営をするのが理由の一つだそうです。メニューを変えたり、インテリアを変えたりして、「事前投資」しなければ、お客さんにすぐ飽きられてしまいますからね。道理で、街中ではちょくちょく商店が変わるはずでした。

そう考えると、何百年も続く老舗飲食店は凄いんですね。

以下、目次を拾ってみますとー。

・現金があれば、会社は倒産しないカラクリ

・在庫は「資産」ではなく「死産」

・売上を増やすには「客単価」をアップするより、「客数」を増やす

・人件費を減らすには無駄な仕事を減らすのが一番

・社員にいつでも自由に会社の数字を見られる環境を整える(役員報酬1億円まで公開)

以上、これから起業しようとする皆さんなら大いに参考になるでしょうが、残念ながら、私自身は遅すぎて、「へー」と世の中の仕組みが分かり、勉強になりました。

お財布携帯アプリは見ず知らずの他人に財布を預けるようなもの

アルハンブラ宮殿

清里の油小路先生です。

何か、渓流斎さんは、スペインにご旅行され、無事帰国されたようで何よりです。最近の欧州は、テロが多く物騒ですからね。

ブログに長々と旅行記を書いていらっしゃいましたが、あれは、長過ぎますね。追河探訪記者は「流し読み」したらしいですが、あんな長ければ誰も読みません(笑)。最後まで読んでくださった方には感謝しなければなりませんよ。

フィンランド航空には大変お世話になりました(行きは7時間もヘルシンキ空港で待機させてもらいました)

あ、さて、先週木曜日でしたか、久しぶりに上京した折、歌舞伎見物にでも行こうかと、ついでに、渓流斎さんの銀座のオフィスに立ち寄ったところ、貴方は随分、吃驚した表情でしたね。「えっ!? 清里におられていたんじゃなかったんですか」と。

まあ、何も事前に連絡なく、突然訪問したこちらも悪かったかもしれませんが、何か、貴方は当日、先約があったらしく、久しぶりに再会して一献を傾けようとした機会を逃してしまいました。残念でしたね。

ヘルシンキ空港のトイレは日本語の説明。多くの日本人が来訪するということでしょうね

久しぶりの東京でしたが、ネクタイを締めている男性がめっきり減りましたね。例の女性議員による「クールビズ」とかいう洗脳で、紳士たるもの、その本分を忘れて、皆、だらしなく胸元を開けて、労務者風情に貶められておりました。

エリート官僚さん、青年実業家といっても、あんなだらしない恰好では、まるで、雲助が登城しているようなものですよ。

あ、少々、差別的感情を煽るような表現でしたら、御寛恕願いたいものです。

きょうび、人権意識の高まりを受けて、表現に関して、世間では大変神経質になっておりますからね。

グラナダのレストラン

しかしながら、ある程度、辛辣な表現を使わないと、真意が伝わらないのです。

東京の電車や地下鉄に乗ると、誰もがみんな、スマホの画面に熱中している人ばかりです。ニュースを読んでいるのか、ゲームをしているのか…。でも、あんな受け身のことばかりしていては、人間の魂は何処に行ってしまったんですかねえ?

はっきり言って、現代人は魂がない、生きているようで死んでいる人間ばかりです。

魂がない、というのは、騙されやすい、どうか、私を騙してください、と言っているようなものなのです。

例えば、ネット広告です。パソコンなどで検索すると、化粧品にしろ、時計にしろ、いつまでたっても、他のサイトを開いても、同じ広告が追っかけてくることでしょう。ネット広告は、地の果てまで追いかけてきます。

あまりにものしつこさに根負けして、ついつい、また、同じ化粧品を買ってしまう。そんな繰り返しです。

ネット広告は「ポン引き」だ、とはっきり言ってやらないと分からないのです(笑)。ポン引きは、客が入店するまでいつまでも追いかけて、地の果てまで付いてきます。

客も魂がないから、ポン引きなのに、親切心でやってもらっていると誤解して、騙されるのです。

アルハンブラ宮殿にようこそ(個人名が記載された入場ペーパーにQRコードが添付され、3カ所もゲートがありました)

「ネットは危ないもの」という認識を念頭に置かなければならないのです。

特に、今、盛んに日経新聞などが取り上げている「お財布携帯アプリ」なんか、最たるものです。記事では利便性のメリットばかり取り上げておりますが、いざ、盗難にあったり、サイバー攻撃で盗み取られたりしたりするデメリットなんか一行も書いたりしません。

そもそも、お財布携帯アプリなんて、見ず知らずの他人に財布を渡すようなものですよ。現代人は魂がなくなっているから、そんなことも分からないので、迂生も、はっきり言ってやらなければならないのです。

進化や進歩は言葉の綾です。現代人は便利さばかりを追求するあまり、確実に退化しています。

スマホを捨てろ、とまでは言いませんが、せめて、ホドホドに、ですよ。

電脳空間は富士山の「樹海」です。入口も、出口も分からず、深入りすればするほど出口が分からず、白骨になって御終いです(笑)。

今回、突然の訪問のため、貴方と懇親できませんでしたので、書簡で失礼申し上げました。

スペイン堪能記ー余話

ピカソ「ゲルニカ」

まだスペインから帰って早々ですので、いまだに「スペイン病」を引きずっております(笑)。

今日なんかは、東京・銀座の有名スペイン料理店「エスペロ」にランチしに行ってしまいました。

ランチ1200円と、小生としては、ほんの少し割高でしたが(10ユーロと考えると断然安い!スペインでは、ランチでも17~30ユーロが相場で結構高い)、上写真右のガスパッチョ(冷製野菜スープ)なんかは美味で、本場とさほど変わらない味でした。

この店は、パエリアの国際大会で優勝したことがあるらしく、店頭に誇らしげに表彰状を飾っておりました。

店内を見渡すと、闘牛のポスターばかりでした。

今回のスペイン旅行で残念ながら、闘牛を見ることができませんでしたが、本場スペインではどうやら「下火」になっているようです。2日目のミハスでランチしたレストランは、元闘牛場で、食堂に改装したものでした。

バルセロナでは、ガイドさんが「ここの闘牛場は先週、閉鎖されました」と仰るではありませんか!

色々、聴いてみると、どうやら、入場料がかなり割高で、地元の人があまり行かなくなり、主に観光客相手になってしまったとのこと。「残虐」ということで、動物愛護団体などから闘牛を中止するよう様々な形で要望があったらしい、ということでした。

私自身は20代の若き頃、ヘミングウエイの「日はまた昇る」を読んで、感動して、「いつか、闘牛を見てみたい」と思っておりましたが、恐らく、もう見ることはできないでしょうね。

今回のスペイン旅行の一つが、ピカソの「ゲルニカ」を見ることでしたから、実現したときは、「かぶりつきの席」で、10分間ぐらいジーと見詰めていました。そして、見れば見るほど、よく分からなくなる不思議な絵でした。

私の記憶が確かなら、1937年のスペイン内戦の際、バスク地方ゲルニカが、ナチスドイツ軍による無差別都市爆撃を受けたことから、当時パリにいたピカソは、新聞報道や写真などを参考に一気に描き上げたものでした。ヒトラーは、フランコによる要請で他国のスペインを爆撃しましたが、その2年後に開始される第2次世界大戦を見据えて、空爆の演習を兼ねていたとも言われます。(フランコは、これを取引に、スペインは第2次大戦に参戦しないことをヒトラーに約束させたという説もあります)

「ゲルニカ」は、一気に描き上げたといっても、縦3.49メートル、横7.77メートルというかなりの大きさですから、ピカソはその前に45枚の習作デッサンを描きました。それら習作も会場の国立ソフィア王妃芸術センター(マドリード)で展示されておりました。

ピカソが何故、この絵を白と黒だけで描いたのか、色んな説がありますが、白黒でも凝視すると、真っ赤な太陽や血の色などの色彩が網膜に浮かぶようでした。ついでに阿鼻叫喚の悲鳴や泣き声まで聞こえるようでした。

天下の「ゲルニカ」ですから、写真撮影は禁止でした。左右に屈強のガードマン2人が配置されておりましたが、かなりの至近距離まで近づいて見ることができ、感激しました。

バルセロナ ガウディ作「グエル公園」

今回のスペイン旅行で、「スペイン語不足」を痛感しました。

トイレに行くと「caballero(カバジェーロ)」と書かれた入り口は、「紳士」用だということが後になってようやく分かりました(苦笑)。(senora=セニョーラ、淑女は、すぐ分かりました)

ビールは、Cerveza(セルベッサ)、赤ワインは Vino tinto(ビーノ・ティント)、グラスで注文するならCopa(コパ)、ボトルなら、Bottella(ボテージャ)。

うーん、フランス語とも単語がじぇんじぇん違いますね。ポルトガル語とはほとんど似ているでしょうが。。。

何しろ、taberna(タベルナ=居酒屋)は、「食べるな」と言われてるようで、吃驚しますよね。

昨日書いたスペイン語のバカ=牛は、正確にはVaca(バカ)=雌牛でしたね。アホ=ニンニクは、ajoで、アッホとも発音するらしいですね。

加藤画伯の御令室によると、首都マドリードの Madrid は、本当は「マドリー」と言うのが正確なんだそうですね。最後の「d」は発音しないとか。

あと、スペイン語の疑問文は、最初に「?」の真っ逆さまを書きますよね?書き言葉は、読者に最初から、次に書かれているのは疑問文ですよ、と注意喚起するためなんでしょうか?

スペイン語に詳しい方は、どうか、コメントで御教授願います。

スペイン堪能記

ついにガウディのサグラダファミリア教会と御対面

グラナダ・アルハンブラ宮殿(高校時代の世界史の教科書で見たことがある景色を撮ってみました)宮殿は、イスラム教徒がイベリア半島から追われ、標高700メートルの高台につくりました。▽名門グラナダ大学は学生6万人、教職員700人。

2018年9月11日(火)から18日(火)まで、初めてスペインに旅行に行って参りました。

機内泊を含めて7泊8日の旅でしたが、移動日が2日で実質6日間の旅でした。特に、行きは、経由先のヘルシンキ空港で7時間もトランジットで待たされ、結局、成田空港からスペインのマラガ空港まで21時間も掛かり、ヘトヘト。時差ボケと睡眠不足で前半は絶不調で、4日目からやっと馴化して旅行を楽しむことができました。

ミハス(ホテルの部屋からの眺め)

回った都市は、ピカソの生誕地である南部マラガから北上して宿泊先の白い建物で有名なミハス(アンダルシア)、イスラム統治最後のアルハンブラ宮殿があるグラナダ(柘榴という意味=アンダルシア)、イスラム支配最盛期のコルドバ(アンダルシア)、風車のあるラ・マンチャ地方のコンスエグラ、エル・グレコの傑作「オルガス伯爵の埋葬」が残るサント・トメ教会のある中世からの都市トレド(カスティーリャ・ラ・マンチャ)、首都マドリード、近郊にゴヤの出身地があるサラゴサ(旧アラゴン王国の首都)、そしてスペイン第2の都市バルセロナ(カタルーニャ)の9都市でした。

世界遺産 コルドバ

メニューが盛りだくさんでした。1492年にカトリック教国スペインとして独立(レコンキスタ=再征服)するまで800年間もイスラム教国の統治下にあったため、アラブの文化遺産が色濃く残り、まず、一口では語られません。

写真も400枚以上撮影してきましたが、さすがに、一度に全部掲載できませんね(笑)。でも、アルハンブラ宮殿にしろ、サグラダファミリア教会にしろ、プラダ美術館のベラスケスにしろ、今まで歴史や美術の教科書や写真集などでしか見たことがなかったものを直接、間近に見ることができ、とても至福な時間を過ごすことができました。現地に行かなくては見られませんからね。(3万点以上収蔵するプラダ美術館にあるベラスケスの傑作「ラス・メニーナス」は、この1点だけは門外不出のため、ここに来なければ本物に会えません!)思い切って、無理して(笑)行ってよかったと思いました。

日頃の心掛けがいいのか(笑)、全日、好天に恵まれ、治安の悪い大都市でも盗難の被害に遭わず、何と言っても添乗員Nさんと現地ガイド(多くが日本人女性)さんがとても優秀で、こちらも多くの知識と情報を得ることができました。それに、「人様とのつながり」のお蔭で、マドリードでは、京洛先生の京都の友人の加藤画伯の御令室と初めてお会いすることができ、わずか3時間でしたが、色んなお話を伺うことができました。加藤御令室には、ツアーのコースに入っていなかったピカソの名作「ゲルニカ」のあるソフア王妃芸術センターにまで連れて行ってもらった上、マドリードの御自宅マンションで、サラダとイカスミ・ライスまで御馳走になってしまい、本当に「人様とのつながり」の有難みを感じました。

コルドバ・メスキータ(大聖堂)▽古代はフェニキアやローマ帝国の神殿があった後に、6世紀ごろから西ゴート時代のキリスト教教会が建てられ、8世紀からイスラム支配の下、モスクに。聖堂内で2万人、戸外を入れると4万人以上が礼拝したとか。1236年からカトリック教会となりましたので、複層した色んな宗教が混在した不思議な空間でした。

実は、正直のところ、今回旅行するまで、スペインは、あまり好きではありませんでした。むしろ、嫌いでした。なぜなら、スペインは大航海時代の16世紀、インカ帝国やアステカ帝国を滅ぼして、中南米を植民地にした国だからです。(おかげで、スペイン語は世界22カ国、4億人が使っているそうです)

しかし、現地スペインに行って、少し考え方が変わりました。

スペインは年間750万トンもオリーブを生産し、世界最大のオリーブ油の輸出国だったんですね。ですから、バスで通過する道路わきの畑は、オリーブばかり植えられていました。ところが、南部アンダルシア地方からラ・マンチャ地方、そしてマドリード辺りまでの一部というか、ほとんどの地域で、植物が生えない、荒れ地というか、赤土の荒野が広がっていて人家も緑も一切なく、「大丈夫なのかなあ」と心配してしまいました。

何で、こんな荒野になってしまったのかというと、イスラム教徒がキリスト教徒に追われて逃げる際に、人家や畑を焼き払ってしまったからという説があります。でも、それは一部にせよ、あまりにも広大なので、ありえないでしょう。

もう一つの説は、イベリア半島は大森林で覆われていましたが、木材を燃料や船舶などの用途で多くの樹木を伐採したからというものです。(特に、レパント沖の海戦で、フェリペ2世が軍艦を建造する際に大量の森林を伐採した)これも、再植林すれば森林は復活するでしょうが、一度伐採してしまったら、もう緑は復活しないということなんでしょうか。これもよく分かりません。

先程、スペイン人は中南米を征服したので、個人的にスペインは嫌いだったと書きましたが、1521年に今のメキシコを征服したコルテスも、1533年に今のペルー辺りを征服したピサロも、二人とも、そんな作物がならない荒れ地が多い、ポルトガル国境に近いイクストレマドゥーラ地方出身だったというのです。

ここで、誤解を恐れずに言えば、私なんか「コルテスもピサロもまるで満蒙開拓団みたいだったんだなあ」と思ってしまったわけです。これも語弊があるかもしれませんが、戦時中に、大陸の満洲などに植民した人たちは日本国内に自分の土地を持たない小作人か、作物があまり実らない貧しい農民でした。どこの国でも、裕福な農民、つまり肥沃な(スペイン語でベガ。ラスベカスは肥沃な土地という意味)大地を持つ地主は国外に出る必要がありませんからね。

ということは、原住民を虐殺して征服したコルテスもピサロに同情の余地はありませんが、生まれ故郷が荒れ地だったことが、子どもの時から海外に出たいと思うようになったきっかけになったのではないか、と想像しました。

しかも、自分たちが生まれる前に、自分たちの領土が800年間も異教徒によって支配、征服されていたという歴史的事実を代々、親たちから聞かされて育てば、現代人が非難するような「征服」や「弱肉強食」の世界に、彼らは矛盾を感じなかったのかもしれません。

そう思うと、スペイン人も同じ人間で、何となく、共感はできなくても、偉そうにも(笑)、「分からないわけではない」という考え方に変わったわけです。

ラ・マンチャ コンスエグラ(ドン・キホーテの恰好をしたバイトさんもいました)

となると、旅行に行く前に避けていたスペイン文化を再認識しなければなりません。

私はジレッタントですから、今まで読んでいなかったセルバンテスの古典的名作「ドン・キホーテ」を読まなければなりませんね。「ドン・キホーテ」は、読んでいない私ですら荒すじを知っているぐらいの世界的な大ベストセラーなのですが、セルバンテス自身は、牢獄につながれたり、家族を亡くしたり、おまけに本が売れても著作権登録していなかったため、一銭も印税が入らず、極貧で亡くなった、という波乱万丈の生涯を送ったそうですから。

小説の中のドン・キホーテは、最後は気が触れたように、風車に向かって立ち向かっていくという話で終わりますが、この風車は、オランダの象徴として捉え、当時、スペイン支配下にあったオランダが近いうちに独立することを示唆したものだ、という説があるそうです。

トレド(世界遺産)1972年に奈良と姉妹都市を締結

とにかく、スペインは世界遺産だらけです。昨年は世界から約8000万人の観光客が訪れ、スペインは、フランスに次ぎ世界第2位の観光立国です。

当然、観光が主要産業になっていますが、現在のスペインが抱える最大の問題は、失業問題だと言われます。

2008年、リーマン・ショックを引き金に、不動産と株バブルがはじけて、多くの失業者を産み、2017年になっても失業率は18.1%と欧州2位。ただし、25歳以下の若者に限定すると40%にも上るそうです。そのため、優秀な人材は、ドイツやフランスなど国外にどんどん「頭脳流出」してしまうとか。

ガイドさんの説明では、職が見つからないため、30歳未満の8割もが両親と同居しているそうです。

当然、結婚もできない。そして、驚くべきことに、スペイン人の離婚率は50%だというのです。これは、正式に婚姻届を提出したカップルの数字で、それ以外を含めるとかなりの数字になるそうですから、異様です。

確か、カトリックの国はそう易々と離婚できなかったはずですけど…。

マドリード スペイン広場 ドン・キホーテ像

一方、マドリードに1971年以来半世紀近く在住している加藤画伯の御令室によると、この1~2年は、スペインは景気が良くなったのか、不動産は2倍近くも上昇したというのです。ただし、富裕層が投資のために購入しているようですが。

今回の旅行で、荒れ地ばかり見てきたのですが、南部の地中海沿いのムルシア地方は一大農業地帯で、諸外国に輸出するほどオレンジやトマトなど野菜を多く栽培しているそうです。アンダルシア地方にはまだ貴族がいて、大地主でもあるそうです。独裁政権を敷いてきたフランコ死去後、スペインは王政復古しましたからね。

加藤画伯の御令室も「スペインは、日本より裕福じゃないでしょうか」と独り言のように呟きました。

ただ、政治面では6月に、汚職が蔓延する右派政権が倒れて、左派連合のサンチェス氏が首相に任命されましたが、連立政権のため、独立機運が高まっているカタルーニャやバスク選出の議員の要求も聞き入れなくてはならず、また、彼らに大臣ポストも用意しなければならなかったので、サンチェス政権も多難な船出なんだそうです。

スペインには、大きく四つの言語と「民族」(顔つきや背格好が少し違う)があるそうで、特に、カタルーニャ地方のバルセロナは、日本のニュースでもよく登場しますが、独立運動デモが頻繁に行われているようです。勿論、首都マドリードの住民は、彼らの勝手な行動には眉をひそめているわけです。

こういった話は現地に行かなければ分かりませんね。

マドリード プラド美術館前にあるゴヤ像(この像の前で、加藤画伯の御令室と待ち合わせをしました)

ちょっと、堅い話になったので、少し外れて、閑話休題。

スペイン到着して始めの頃に訪問したミハスを散策していたら、「Taberna」と書かれたお店を何軒か見かけました。何?食べるな???

実は「タベルナ」は、「バル」と呼ばれる大衆居酒屋と、ほんの少し高級な「レストラン」の中間に当たる食堂で、アンティークな調度品でバルより少し高級感があるそうです。あ、そうか、英語のtavern(居酒屋)なんですね。フランスはでは、ビストロに当たることでしょう。

ちなみに「バカ」はスペイン語で「牛」のこと。「アホ」は「ニンニク」のことなんだそうです。

となると、「バカ・タベルナ」は「牛肉食堂」、「アホ・タベルナ」は「ニンニク食堂」のことですか…(笑)。

あと、面白かったのは、鶏の鳴き声。日本では「コケコッコー」ですが、スペインでは「キッキリキー」ですって。笑っちゃいました。

サラゴサ(近郊のフエンデトドスがゴヤの出身地)

ここで、スペイン人の一般的な生活をー。

スペインは日本の国土の1.3倍ありますが、人口はその3分の1程度の4600万人で、首都マドリードにはその10分の1の460万人が居住しています。

緯度は青森県ぐらいで、日の出が午前7時半ぐらいと遅いのでいつまでも薄暗く、日没は午後8時半ごろなので、夜はいつまでも明るい。当然、食事の時間が日本とはズレて、ランチは14時から16時まで、夜食は20時から22時が普通だとか。

熱心なカトリック国なので、日曜日は安息日で、商店のほとんどが休業。とはいえ、インド系や華僑の店舗は開店し、以前はケーキ屋さんだけが安息日の開店を許可されていましたが、ケーキ屋さんでもパンが売られていたことから、パン協同組合からの抗議もあり、パン屋さんも午前中だけなら、ここ3年ぐらい前から、安息日でも営業できるようになったそうです。

バルセロナ ガウディ作 サグラダファミリア教会 1882年に着工し、130年以上経過しても、まだ未完成(教会はいつ完成するか正式発表せず)。福岡市出身の彫刻家外尾悦郎氏の作品が、上記写真の下部に見えます。

あと、バルセロナの優秀なガイドTさんから聞いた話によると、信号を無視して歩行者が横断歩道を渡ったりして、警察に見つかると、事情を知らない外国人でも、即、100ユーロ(1万3000円)ぐらいの罰金を取られるそうです。

警察を至近距離から撮影したりしても、罰金。ほかに、可愛いからといって、子どもや赤ちゃんを親の許可なく撮影すると、裁判沙汰か、罰金になるそうです。これは、今のネット社会で、親が知らないうちに、自分の子どもの写真が掲載される危険を防ぐためなんだそうです。

そう言えば、スペイン人といえば、ラテン系なので、時間にルーズで、結構いい加減だという悪いイメージがあったのですが、かなり厳格でした。

全行程バス移動だったため、鉄道に乗ったわけではないのですが、アルハンブラ宮殿もプラダ美術館もサグラダファミリア教会なども、事前予約の時間制限があり、例えば、「午後2時入場」でしたら、その時間が来るまで、決して、ゲートを開けてくれないのです。

アルハンブラ宮殿の事前予約「入場券」なんか、QRコード付きのペーパーで、何と私の名前まで明記されておりました。

また、宣伝広告も厳しい規制があり、高速道路沿線は広告掲示板が禁止されていました。どこもかしこもコマーシャルだらけの日本とは大違いです。

バルセロナでフラメンコ鑑賞(本場は全く違いましたね。迫力満点。後ろに義太夫のような歌い手二人と、ギター二人、打楽器1人とバイオリン一人で、ダンサーが躍る。人形浄瑠璃ではなく、人間浄瑠璃のようでしたねえ)

随分、長く書きましたが、これでも、全体にあったことの10分の1も書いてません(笑)。

これまで書き忘れたことで、どうしても、書き残したい話は、またまたバルセロナのガイドのTさんから聞いた話です。何と、スペインでは、医療費(歯医者は除く)は無料なんだそうです。ただし、待ち時間が長く、インフルエンザで、待合室で亡くなった人もいたそうです。

病室は2人部屋が一般的ですが、盲腸など簡単な手術は、入院は1泊で追い出され、白内障の手術を受けるのに3年も待たされるとか。

もちろん、緊急の救急患者は優先されますが、どうしても早めに治療、手術したい場合は、個人的に保険に入る必要があるそうです。

レストランでは、水(Agua=アグア)が、ビール(cerveza=セルベッサ)と同じ値段(2.50~3.00ユーロ)か、少し高かった時は驚きでした。

スペイン料理は、パエリア(Paella=パエージャ)ぐらいしか知りませんでしたが、冷製野菜スープのガスパッチョ、小さく切ったパンの上に色んな食材を載せたタパスやピチョンも美味しかったです。

プラド美術館ではゴヤの作品にはかなり感動しましたので、これから時間を見つけて、未読の名作、堀田善衛著「ゴヤ」全4巻と、スペイン内戦を描いたジョージ・オーウエルの「カタロニア賛歌」にいつか挑戦してみようかと思っています。

ここまで読んで頂き、グラシアス