「韓非子」は諸子百家の集大成

 徳間書店について、私はよく知りませんが、殿方のリビドーを刺激し、任侠道の機関誌のような週刊「アサヒ芸能」を発行しているかと思えば、岩波書店も出さないような堅い、堅い中国の古典シリーズなどの教養書まで幅広く発行しています。

 噂でしか知りませんが、徳間書店の創業社長の「懐刀(ふところがたな)」と言われた方は、永田町から霞ヶ関、大手町、丸の内、桜田門と政官財界、警察公安関係の大物を接遇・折伏して権勢を振るい、隠れた「メディア王」として斯界で知らない人はいないと言われています。怖いですねえ、怖いですねえ~(淀川長治風に)

 私は真面目な人間ですから、その徳間書店が「中国の思想シリーズ」を発行する版元とは知らずに購入しておりました。長らく本棚の片隅で眠っておりましたが、先日、中江丑吉著「中国古代政治思想」(岩波書店)が難解過ぎて挫折したため、それでは、もう一度、いちから中国思想を勉強しようと思ったのです。

 また、「勉強」です! 京洛先生から怒られそうですね(笑)。

 末岡先生から、博愛主義を唱えた「墨子」を読むように説諭されましたが、どういうわけか、見当たらず、手始めに、中国の思想シリーズ第1巻の「韓非子」を読んでみました。

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 面白い。実に面白い。何も知らずに読み始めたのですが、韓非子は、中国古代の乱世の春秋・戦国時代に現れた「諸子百家」の最後に輩出した思想家で、乱世を統一した秦の始皇帝のブレーンとして迎えられた人でした(残念なことに、自分の地位を脅かされると危惧したライバル李斯の讒言によって、韓非子は自害させられました)

 読者の皆様は頭脳明晰ですから、ご説明するまでもありませんが、「諸子百家」の「子」というのは先生の尊称で、「家」は学派という意味です。

 ですから、孔子とは、孔先生ということで、本名は孔丘(こうきゅう)です。それでは、諸子百家の主要人物を取り上げてみることにしましょう。

 【儒家】孔丘、孟軻、荀況

 【墨家】墨翟

 【名家】公孫竜、恵施

 【道家】老聃(李耳)、荘周

 【法家】商鞅、管仲、申不害、韓非

 【陰陽家】鄒衍

 孟子は本名孟軻(もうか)、荀子は荀況(じゅんきょう)さんだったですね。

 で、話は法家の韓非(?~紀元前233年)でした。普通に先生の「子」を付けるなら韓子でしょうが、そうではなくて韓非子ですから、稀なケースです。最後の諸子百家の集大成として尊重されているのでしょうか。

 韓非は、荀子の弟子でしたが、恐らく、孔子も墨子も老子も荘子あらゆる諸子百家を勉強したことでしょう。

 「韓非子」の中で、日本人なら誰でも知っている格言に「逆鱗に触れる」があります。「説難(ぜいなん)」の篇にあります。説難とは進言の難しさのことです。逆に言えば、「逆鱗」の出典は「韓非子」だったわけです。

 この本で一番面白かったことは、46~47ページの解説です。先ほど、韓非は荀子の弟子だったと書きました。荀子は「性悪説」で有名です。荀子は、人間の性質は本来悪であるからこそ、教育して矯正するべきだと考えます。つまり、人間性は努力次第で善に変わることができる、そうするべきだという思想です。

 しかし、韓非は違います。人間を善に導くことなどは念頭にありません。大切なことは、人間が現実、欲望によって行動することを知り、その対策を講じることです。その対策とは法術のことで、韓非の目的は、君主による人民の統治で、人民の教化ではなかったといいます。

 なるほど、同じ「性悪説」でもこれほど違うとは思いも寄りませんでした が、韓非子の場合は、「法の支配」rule of law の先駆的思想ではないでしょうか。

 京洛先生、やはり、「人生ちゃらんぽらんに過ごす」よりも、勉強した方が毎日、楽しいですよ(笑)。

 

京都・旧「三井家下鴨別邸」の紫陽花が見ごろです

 おはようございます、京洛先生です。

 相変わらず、千葉県の佐倉城址公園、国立歴史民俗博物館と、勉強熱心ですねえ(笑)。「還暦」過ぎの、インテリ老人は、ちゃらんぽらんに人生を過ごすことが得手でないようです。何でも「勉強!勉強!」ではダメですよ。“狐狸庵センセイ”のように大ウソつき、ほらを吹いて、世間を煙に巻くようにならないとブログも面白くありません。

 最近は、男だけでなく、女も歴史が好きだということで、「歴女」とかいう流行語があるようですが、これも、お勉強一筋で、余裕が無い「ガリ勉」の延長です。人間は正直です。無駄がないと、その反動が、ギスギスした表情や物腰に表れるのですよ。

 ところで、迂生が推薦した映画「警視庁物語」を見に行きましたか?芦田伸介の出た「七人の刑事」(TBS系、1961~69)や波島進演じる立石主任の「特別機動捜査隊」(NET、現テレビ朝日系、1961~77)などテレビの刑事ドラマの原型ですから、それこそ“現代映像資料館”だと思って、東京のミニシアター「ラピュタ 阿佐ヶ谷 」に行くべしです。そうしないと、90歳、100歳と長生きできませんよ(笑)。

 さて、貴人から「季節にあった写真はないか」というご下命、注文が飛んできましたので、昨日(6月23日)、京都・下鴨神社に隣接する旧「三井家下鴨別邸」=重要文化財=の紫陽花が綺麗だというので足を運び、写真を撮ってきました。

 三井はもともと養蚕の神様(蚕ノ社)を信仰していました。というのも呉服商ですから縁がありますね。また、三井家の祖霊の「顕名霊社(あきなれいしゃ)」も、京都・太秦の「木嶋神社」に祀っていましたが、明治初めの廃仏毀釈などあれこれ騒ぎがあって、明治42年に三井高安(三井家の遠祖、三井高利=三井家の家祖=の祖父)の三百年忌を機会に下鴨・糺の森に「顕名霊社」を遷座し、その参詣のための休憩所としてこの別邸を作ったわけです。

 昨日、一昨日と二日間はこの旧三井家下鴨別邸の敷地にある「紫陽花苑」を無料開放したので綺麗な紫陽花を見ようという大勢の人で賑わいました。

 貴人は以前、映画の草創期の大スターだった“目玉の松ちゃん”こと尾上松之助の銅像が下鴨神社そばの「糺の森」にあったのを覚えていますか?糺の森というのも、元は木嶋神社境内あって、今ではそこは「元・糺の森」と呼ばれています。

 糺の森とは誤ったことを正すということですね。今度、京都に見えたときに木嶋神社を案内しますが、ここには「三柱鳥居(みつはしらとりい)」という変わった鳥居があります。鳥居を三基合わせたもので、東京の向島の「三囲神社」に行くとこの木嶋神社の三柱鳥居を原型にした「三柱鳥居」が見られます。

この「三囲神社」も、三井家、三井グループがあれこれバックアップ、支援しています。逸話が好きな貴人は、是非一度訪ねてみることです。感激するでしょう。

以上

おしまい。

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佐倉城址を訪ねて

 日本城郭協会が千葉県で唯一「日本の100名城」に選定している下総の佐倉城に行ってきました。

 東京の日暮里駅から京成線の特急で50分で佐倉駅に着きます。特急料金がなく乗車券だけで660円。大抵、終点・成田空港駅行ですから、大きなボストンバックを横に抱えた外国人観光客を見かけました。私は、いつも成田空港に行くときは、京成スカイライナーに乗っていたのですが、この特急なら少し時間が掛かっても、安く行けたんですね。

 さて、佐倉城址ですが、京成佐倉駅から歩いて18分ぐらいの距離でした。平城ですから、ほとんど高低差が少なく、楽に行けて、初心者向きでした。

 今は、このように佐倉城址公園になっています。

  石垣はなく、土塁ですし、空堀が多いので、 何も知らない、あまりお城に興味がない人が来て、看板も見なければ、単なる公園と思ってしまうかもしれません。

 でも、公園内にはこうして、城址の史跡の看板を掲げてくれて、観光客にとても分かりやすく説明してくれます。

 上の写真の看板では、明治の廃仏毀釈で、寺院が消滅したことが書かれています。

 佐倉市のホームページには、「明治維新後、城址には陸軍歩兵第二連隊(後に第五十七連隊=通称・佐倉連隊)が置かれたために櫓や門などはそのほとんどが取り壊され、昭和20年の終戦まで軍隊が置かれていました。」と書かれています。

 明治時代に写された城の天守や櫓などの古い写真が残されていますが、今は影も形も全くありません。米軍による空襲でなくなったのかと思っていたら、どうやら、この説明によると、明治人自らの手によって破壊されていたんですね。

 確かに、城なんぞは、富国強兵を推進する明治政府にとっては、前近代的な過去の遺物かもしれませんが、それにしても、それにしても。。。。です。

おや?幕末に日本を開国に導いた老中堀田正睦(ほった・まさよし)ではありませんか。

実は、ここ佐倉藩の藩主だったんですね。佐倉藩は、徳川家とつながりが深い親藩でした。

 老中堀田正睦の日米通商条約の交渉相手、タウンゼント・ハリス米国総領事(初代駐日公使)の像も、堀田公の横に建っておりました。

三の門跡。。。

二の門跡、だんだん本丸に近づいて来ました。

と思ったら、二の丸御殿跡。ここに藩主がお住まいになっていたそうです。

遠慮して、本丸は、将軍がおなりになった時に泊まるからだそうです。

栗原先生の地元、日光にお参りする途中の宇都宮城も、藩主は二の丸御殿に住み、本丸は、将軍様用にあけていたので、親藩はそういうケースが多かったのでしょう。

一の門跡に来ました。

三の門、二の門、一の門と、それぞれ写真のように、立派な門があったのに、今はない、ということは、取り壊されてしまったんですね。嗚呼。。。

今では広い公園になった草原を横切って、ようやく、本丸跡に辿りつきました。感無量です。小雨のせいか、ほとんど人がいませんでした。

随分新しい「史跡看板」だなあ、と思ったら、2年前の「平成29年建立」と、裏に書かれていました。

大抵の城址には、戦国武将やお城の来歴が書かれていますが、佐倉市にはそのような看板がなく、城建物の物理的な説明だけでした。

 そこで、また佐倉市のホームページを引用します。(少し表記を改めています)

佐倉城は、戦国時代中頃の天文年間(1532~1552年)に千葉氏の一族である鹿島幹胤(かしま・もとたね)が鹿島台に築いたといわれる中世城郭を原型として、江戸時代初期の慶長15年(1610年)に佐倉に封ぜられた土井利勝によって翌慶長16年(1611年)から元和2年(1616年)までの間に築造された平山城です。

 土井利勝公は、このあと茨城県の古河に移封され、初代古河藩主になりました。実は、先だって、古河城址訪れた際に、土井利勝公のことを知ったので、今回、どうしても佐倉城址を見たかったのでした。

北に印旛沼、西と南に鹿島川と高崎川が流れる低地に西向きに突き出した標高30メートル前後の台地先端に位置します。佐倉城はこうした地勢を巧みに利用し、水堀、空堀、土塁を築いて守りを固め、東につながる台地上に武家屋敷と町屋を配して、城下町としました。

 以後、江戸の東を守る要として、有力譜代大名が城主となり、歴代城主の多くが老中など幕府の要職に就きました。なかでも、幕末期の藩主・堀田正睦は、日本を開国に導いた開明的な老中として有名です。

 なるほど、そういうことでしたね。

佐倉丼 1230円

お腹が空いたので、この城址公園の隣接地に昭和58年に開館した国立歴史民俗博物館にあるレストランでランチを取ることにしました。

 佐倉名物ということで、佐倉丼なるものを食しました。観光客だからいいでしょう?(笑)。

 この国立歴史民俗博物館は、初めて訪れました。

古代の第1展示室から、現代の第6展示室まであり、広い、広い。見応え十分でした。入場料600円は安いですね。

パンフレットには「ゆっくりひとまわりで1時間半~2時間」と書かれていましたが、まさか、まさか、説明文を読みながら、ゆっくり回ると3時間~4時間はかかる量でしたよ。

 外は大雨で、良い雨宿りになりましたが、私は2時間半かかり、疲れてぐったりしてしまいました。

 恐らく、全国で一番、展示量が多い歴史博物館でしょう。考えてみれば「国立博物館」でしたね。でも、「複製」がちょっと多い感じでした。とはいえ、素人には区別がつきませんから、百科事典を読んでいる感じで、大変な歴史の勉強になります。

 機会があれば、是非訪れることをお薦め致します。

知らなかった警察用語

 

 またNHKのチーフプロデューサー(41)が強制わいせつの疑いで逮捕されましたね。逮捕されたのは6月17日ですが、容疑は、今年2月の未明に東京・練馬区の路上で、帰宅途中の女性を押し倒して、わいせつな行為をしたというものでした。

 有名番組を手掛けた天下のNHKの職員だからこそ、こうして毎回大きなニュースになりますが、実際は、こうした事件・事案は毎日のように起きているのです。新聞やテレビが取り上げないだけなので、分からないのです。

 でも、最近、警視庁が発信するようになったスマートフォン・アプリ「Digi Police」を見ると、毎日毎日、都内のどこそこで、公然わいせつがあっただの、どうした、こうしただのといった情報が、地図入りで注意喚起しているのです。

 まるで、警察無線の音声ではなく、文字版といった感じです。このほか、よく交番の掲示板に張ってある指名手配の犯人の顔写真やら特徴などもアップしています。

築地「T」 いわしフライ定食 1080円

 昨日、一緒にランチした新聞社に勤める笹本君にこの話をしたところ、「そのアプリ知っているけど、見たくないなあ。警察無線は昔、仕事でさんざん聞かされたからうんざりだよ」というのです。

 もう時効になるような昔の話ですが、一部のマスコミの社会部警察担当の事件記者たちは、警察無線をキャッチしていたようです。取材は、初動が肝心だからですね。

 笹本君によると、警察には独特の隠語があって、一般の無線マニアが聞いても分からない用語を使っているというのです。例えば、ガサ入れ(家宅捜査)とかカンモク(完全黙秘)といった隠語は、刑事もののテレビドラマなどでよく使われるので、一般ピープルもよく知っていますが、警察無線となると、ちょっと込み入っています。

 「例えば、警視庁は犯人のこと『ホシ』っていうけど、大阪府警は『太夫』っていうんだよ。犯人が自白した時は、『太夫が踊った』なんて言い方するんだよね」

 へー、知りませんでしたね。

 「VIPは『マルタイ』と言って、『マルタイは今、難波に移動しました』なんて使っていたなあ」

 マルタイのタイとは対象者ということで、マルは「マル暴」(暴力団)、「マルサ」(国税庁国税局査察部)などとよく使われています。また、マルタイは「身辺保護の対象者」のほか、関東では全く違った意味で「捜査対象者」の意味で使われることもあるそうです。

 笹本君は他にも色々と教えてくれました。数字が使われる「177」「205」「頭が330」などです。

 まあ、警察隠語ということで、「知ってはいけない」お話です(笑)。でも、今は簡単に調べられますので、ご興味のある方は、たまにはご自分で確かめてみてください(笑)。

拳銃強奪事件、不可解事件はまた起きるのでは?

 最近、色んな不可解な事件が起きてます。川崎市登戸での集団殺傷事件、農水省元事務次官の息子殺害事件、そして、今度は、大阪での警察官刺傷・拳銃強奪事件です。

 事件現場の吹田市千里山交番にしろ、犯人が捕まった箕面の山中にしろ、私にとっては、大変懐かしい所です。もう30年も昔になってしまいますが、吹田市千里に住んだことがあり、慣れ親しんだ所だったからです。千里山は高級住宅街で、著名作家が住んでいました。

 この事件に興味を持ったもう一つの理由は、犯人の父親が、私と同世代で、関西テレビの常務(こちらは私と全く違いますが) だったことです 。事件発覚直後に府警が公開した監視カメラに写った犯人について、「自分の息子に似ている」と通報したのがこの父親で、犯人逮捕の有力な情報になりました。

 この父親は常務取締役で、東京支社担当ということで二度吃驚です。関西テレビ東京支社は、私が現在勤める会社のビルにテナントとして入居しているからです。ということは、当然、父親は東京支社を訪れていたか、ここで勤務経験があったかで、私とエレベーター内で一緒になったことがあったかもしれないし、すれ違ったりしたことがあったかもしれないのです。

 ということで、可処分所得が少ないというのに、無理して今日発売の「週刊文春」をまた買ってしまいました。「大阪拳銃強奪犯<飯森裕次郎>エリート父への愛憎30年」なるトップ記事が掲載されていたからです。そこには、敏腕営業職出身の父親は社長候補だったこと、母親は元女子アナだったこと、川崎殺傷・農水次官事件との共通項はゲームの「ドラクエ」だったことなどが書かれていましたが、容疑者が何故、あのような不可解な事件を起こしたのか、この記事だけではさっぱり分かりませんでした。

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 でも、容疑者は次男で、「優秀な」長男とは違い、父親のコネで岩手県の系列テレビ局に勤めたことがあったが、わずか7カ月で退職してしまったこと、容疑者は母親と東京都品川区の家賃20万円の高級マンションに住み、父親は大阪にタワーマンションをキャッシュで購入して単身赴任だったことなどから、何となく、容疑者の育ち方と家庭環境が分かったような気がしました。

 容疑者は「私のやったことではありません」と否認しており、動機は依然、分かっていませんが、このような不可解な事件は、「氷山の一角」で、これからも同じような事件が起きるのではないかと思いました。溜息が出ます。

戦時下と変わらぬ現代、そして武蔵小杉は大混雑

 島根県にお住まいの須藤さんから昨日書いた「 トヨタに5000億円減税、小池都知事が五輪用地を9割引で売却 」という記事に関して、ご意見とご感想を頂きました。

  ご指摘のように既存の大手メディアは肝心の事を全く報じません。「赤旗」だけが取り上げているようでは、今の時代、戦前の暗黒の「治安維持法」下と全く変わりませんね。

 吉本興業が戦時中、大阪朝日新聞と東京朝日新聞の企画に乗って「わらわし隊」を結成して満洲に行きましたが、現下のテレビを見ている視聴者は、日本に居ながら満洲の兵隊さんと同じで、その慰問効果で、頭をマヒされているのです(笑)。この節は、その吉本興業の劇場 「なんばグランド花月」 に、天下の安倍首相が直接出向いたりしているのですから、現今、首相こそが「わらわし隊」です。

 日本経済新聞は「AIの時代だ!」「グローバリズムがナンタラカンタら」と盛んに書いて大衆を煽っていますが、ヒットラーも、世界制覇という自己流のグローバリズムを目指していたのです(笑)。令和も、平成も、昭和も、大正も、明治も、江戸も、奈良時代も本質は変わらないのです。そういう俯瞰的な指摘をするのがマスコミの役割なのですが、「女性進出」とか「働き方改革」とか、どうでもよい皮相的な、表面的なことだけ報じています。

 「渓流斎ブログ」の存在価値がこれから増々重みを増しますよ。他人の書いた「書籍紹介」なんかより、もっと、世相の真相、実相を書いてください。期待しています。

 ありゃ、まあ、です。ちょっと買いかぶり過ぎですね(苦笑)。私自身は、浅学菲才、全くの非力です。ただ、日々、研鑽を積んで、目配り、気配りしながら、幅広い知識の吸収に努め、感動したり、吃驚したりしたことをブログに書いているだけで精一杯で御座いまする。正直、最近、勉強ばかりしていますから、疲れ気味で、「遊びたいなあ~」という誘惑に駆られています(笑)。

銀座「W」 日替わり定食900円

 さて、今日はネタがないので困ったなあ、と思ったら、面白い記事が見つかりました。「東洋経済」の「武蔵小杉は大混雑、横須賀線の増発はできる?」という記事です。神奈川県川崎市の武蔵小杉は、東急東横線・目黒線とJR横須賀線・南武線・湘南新宿ラインの駅があり、都心までわずか10~20分と通勤・通学にとっても便利ということで、ここ数年前からニュキニョキとタワーマンションが駅近に何棟も建ち始めました。

 私もNHKの「ブラタモリ」の「武蔵小杉」篇を見て初めて知り、「いいなあ」「近くて便利で羨ましいなあ」と思ったものでした。そしたら、これらタワマンのお蔭で人口が増えて、駅のプラットフォームが一杯で電車に乗れないという話を先日聞いたのです。やっぱり、テレビは良い事ばっかしか、言わないなあ…。悪い面もあったんですね。

いくら東京駅まで20分弱で行けても、朝の通勤ラッシュで、武蔵小杉駅構内で20分も待たされたら、結局40分もかかり、これじゃあ、「翔んで」埼玉県に住んでいても、あまり変わりませんよね(笑)。

 先述の東洋経済誌では、その現状について、こと細かく取材して書かれていました。武蔵小杉駅のある川崎市中原区の人口は、この20年で6万人も増えて約26万人になった、とか、JR武蔵小杉駅の1日平均乗車人員が、1999年度の6万4165人から、今や12万9637人へと2倍以上に増えた、などと書かれています。

 須藤さんご指摘の通り、やはり、物事を皮相的、表面的に見ていては駄目ですね。ご意見ご感想、有難う御座いました。

トヨタに5000億円減税、小池都知事が五輪用地を9割引で売却

 「夏に参院選がありますが、自民党の天下は変わらないでしょうね。大企業が自民党に献金してるんですからね。今の政権は財界が支えてますよ。トヨタなんか、その見返りで5000億円も減税されてるんです。誰も知らないでしょう。新聞もテレビもどこも報道しないんですからねえ」 

 物識りの篠田先生が、そっと耳打ちしてくれました。

 えーーー、本当ですか? 5000億円とは・・・!? 知らなかった。。。本来なら国家予算に組み込まれるべき大金ではありませんか。そこで、吉本君に聞いてみました。「トヨタが5000億円もの減税の恩恵を受けていること、君、知らないだろう?」

 すると、彼は「知っているよ。そんなの常識じゃん」と主張するではありませんか。

「えっ? 何で? そんなニュース、聞いたこともないし、読んだこともないはずだよ。どこも報道してないんだから」

「報道してるよ」と吉本君。

 「えっ?どこで?」

「赤旗だよ。2019年3月20日付で、『トヨタに5000億円減税 大門議員 政府税調提案に逆行』とのタイトルで出てたよ。 日本共産党の大門議員 が、参院財政金融委員会で、『トヨタは安倍政権の5年間で約5000億円の減税だ。なぜ利益が2兆円以上の企業にこれだけの減税が必要なのか』と批判したことが書かれてるよ」

「えっ!?そうだったの?」

「小池都知事が、来年開催される東京五輪の選手村用地(約13.4ヘクタール)を、三井、住友、東急、野村、三菱など大手不動産開発会社11社に、近隣地価の何と9割引で売却契約したことも、大手マスコミは、テレビも新聞もどこも報道していなかったのに、赤旗は一昨年からボンボン報道しているよ。選手村整備を受託した不動産会社のうち、7社に都の幹部12人が天下りしている(同紙2017年3月14日付)というから、最初からデキ・レースだったことが分かる。「週刊金曜日」も2018年12月21日号から19年3月29日号にかけて不定期に7回にわたって「晴海『選手村』開発疑惑」を連載してますよ」

「あらま、そんなことあったなんて、ちーとも知らなかった」

中江丑吉著「中国古代政治思想」は難解でした

 「日本も近く大戦争を惹起し、そして結局は満州はおろか、台湾、朝鮮までもモギ取られる日が必ずくる。日本は有史以来の艱難の底に沈むだろう。こっちはそのときこそ筆をもって国に報いるつもりだ。だが、ドイツも日本もけっして全く無だというのではない。ともに『アンティ・テーゼ』であり『ニヒト・ザイン』としての役割を持っているんだ。だから、戦後の新しい秩序も従来のデモクラシイそのままではありえない。必ず アウフヘーベン(止揚)された新しいデモクラシイが現れるはずだ。……」

  これは昭和16年(1941年)8月15日、中江丑吉が、弟子筋に当たる当時第一高等学校の学生だった阪谷芳直(1920~2001 、日銀、アジア開銀等に勤務する傍ら、中江丑吉の評伝を刊行)に対して、北京滞在最後の日に語ったとされる箴言です。その年の12月8日が、真珠湾攻撃の日ですから、まだ太平洋戦争は始まっていません。(1937年から泥沼の日中戦争は始まってますが) ということは、まさに、予言が当たってしまったわけです。

 今ではすっかり忘れられた中江丑吉(なかえ・うしきち、1889~1942)は市井の中国古代学研究家です。戦時中に北京に30年間も滞在して、中国の古典を始め、カント、ヘーゲル、マルクスなどの哲学を原書ドイツ語で精読し、世界史的視野で、日中戦争の帰趨などを論考した人でした。

 中江丑吉は、ルソーの翻訳などで知られる明治の思想家中江兆民の長男として生まれました。1913年に東京帝大法科大学政治学科を卒業後の翌年、袁世凱の憲法制定顧問となった法学者有賀長雄 (1860~1921)の助手として北京へ渡ります。1919年の五・四運動の動乱の最中、 面識のある中国高官の曹汝霖、章宗祥 (日本滞在時に中江兆民に世話になった)を救ったことから、逆に彼らの支援を受けて北京に30年も滞在し、独学で中国古代学研究に打ち込みます。

1941年、肺結核のため帰国し、福岡の九州帝国大学病院で翌42年 8 月死去。享年52。

「中国古代政治思想」(岩波書店)

  中江丑吉は、死を前にして「あれこれ万感交錯せるも結局何にもならず。無名より無名に没入する外なし」といったメモを残します。没後の1950年になって、やっと論考は「中国古代政治思想」(岩波書店)としてまとめられ、出版されます。

 となると、この 中江丑吉の遺作「中国古代政治思想」 を読まなければなりませんね。

 読んでみました。しかし、。。。。浅学菲才な身としては難解過ぎて、理解できませんでした。情けないですが、降参です。自らの恥を晒しますが、読解力に足るに十分な教養を持ち合わせていませんでした。人工知能(AI)の大家・新井紀子先生に怒られますね。

  自分の菲才を棚に上げて言及するのも猛々しいのですが、明治生まれの教養人の学識の深さに圧倒されました。逆に、こういう人だからこそ、未来を予知できたのでしょう。こういう日本人は将来も現れるのでしょうか?

 「我も」と思う方は、是非ともこの本を読んでみてください。

人工知能(AI)は人間を超えるのか?AI生みの親アラン・チューリングは悲運の人だった

 あまり自己主張しない会社の同僚の本岡君が珍しく、「Eテレの『フランケンシュタインの誘惑』という番組、観てますか?面白いですよ。木曜夜10時からです。もし、まだでしたら是非。お勧めです」と言うではありませんか。そこまで言うならということで、私も見てみました。

 科学は人類の進歩の面で、大きな恩恵をもたらすと同時に、人間を大量に殺戮する兵器を発明したりする負の面を持っています。善良な人造人間を作ろうとして失敗して怪物を作ってしまったフランケンシュタイン博士のような「マッド・サイエンティスト」を毎回取り上げた番組でした。私は見逃しましたが、私が子どもの頃に「偉人」として崇められていたラジウムを発見したキュリー夫人なんかも取り上げられ、実はラジウム光線を浴びて顎が突出するなど人体に影響を受けた実験学生なんかも登場し、「負の面」も映し出したようでした。

 さて、先週、この番組を観たのですが、主人公は、今何かと話題になっている人工知能(AI)の概念を人類で初めて考案した英国のアラン・チューリング(1912~54年)でした。私は彼の名前を何かの本で、チラッと拝見した程度で、どんな人が知りませんでしたが、この番組を観て初めて分かりました。

 アラン・チューリングは今でこそ、「コンピュータ科学の始祖」と崇められています。しかし、存命中は、ナチス・ドイツの暗号「エニグマ」(謎)を解読するのに貢献しながら、軍事機密の「ウラトラ・シークレット」とされたことから、業績が秘匿され、悲運のまま41歳の若さで自ら命を絶ってしまうのです。

 アラン・チューリングの本職は、名門ケンブリッジ大学を出た数学者でしたが、生い立ちから悲運といってもいいでしょう。両親は当時英国の植民地だったインドに赴任する際、小さいアランを知人に預けます。そのせいか、アランは、子どもの頃から孤独で、学校では友達もいなくていじめられます。科学に興味を持ち始め、やっと話が合う1年先輩の友人クリストファー・モーコムと知り合い、二人でケンブリッジ入学を目指します。しかし、モーコムは大学に合格するものの、18歳の若さで結核で亡くなってしまうのです。

 ケンブリッジ大学に入学したアラン・チューリングは、数学を専攻し、ニューマン教授から「人間が行う計算は機械が行うことになる」という教えに刺激を受けて、1936年に「機械でプログラムを動かす」という今では当たり前になったソフトウエアの概念を展開する論文を世界で初めて発表して注目されます。まだ、コンピューターができる前の時代で、アランは、当時は誰にも理解されなかった「人間の脳に匹敵する機械をつくりたい」という研究をするつもりでしたが、ちょうど、第2次世界大戦が勃発し、政府暗号学校にスカウトされて暗号解読に時間を取られてしまうのです。

 ようやく戦後の1947年、アランは数学学界で「経験から学習する機械」という人工知能の概念を発表しますが、ほとんど相手にされません。エニグマを解読した天才科学者だったことは、秘匿されたため、奇人変人扱いされました。その後、1952年、アランは、当時違法だった同性愛行為で逮捕されて有罪判決を受け、12カ月の保護観察処分を受け、失意のうちに2年後の54年に亡くなります。

 人工知能(AI)という言葉が世界で初めて公になったのは、アランが亡くなった2年後の1956年、米ダートマス大学での学会ででした。

 1974年、英情報部の元大佐が出版した「ウルトラ・シークレット」で初めて、アラン・チューリングがエニグマを解読した偉大な数学者だったことが公にされ、チューリングはやっと「コンピュータ科学の始祖」と呼ばれるようになったのです。

 ここまでが前段です。

 このアラン・チューリングの生涯をテレビで観たおかげで、今話題の新井紀子著「AI vs 教科書が読めない子どもたち」(東洋経済新報社)を読んで、その内容がよく分かりました。この本は、実は読むつもりはなかったのですが、最近、人工知能に凝っている本山君が私に貸してくれたのです。2018年2月15日初版ですが、2019年のビジネス書大賞を受賞し、28万部突破というベストセラーです。

 テレビ番組を観ていて、最初、何で数学者のアラン・チューリングが人工知能の概念を考え出したのかよく分かりませんでした。この本の著者で、2011年に「ロボットは東大に入れるか」と名付けた人工知能プロジェクトを始めた新井紀子氏も数学者です。

 この本を読んで初めて分かりました。今では自明の理ながら、コンピューターというのは計算機なのでした。逆に言うとコンピューターは計算しかできないのです。AIが言葉をしゃべったり、動いたりしているように聞こえたり見えたりしますが、実は、機械の中で複雑な計算をしているというのです。

 新井氏は、この本で、もう少し細かく説明します。4000年以上の長い歴史を通して、数学は、人間の認識や、人間が認識している事象を説明する手段として、「論理」と「確率」と「統計」という言葉を獲得してきた、あるいは、獲得できたのはその三つだけだった、いうのです。長くなってしまうので、この「論理」「確率」「統計」とは何かについては茲では詳しく触れず、同書に譲ります。

 人工知能(AI)の話に集約します。新井氏はこう書きます。

 「真の意味でのAI」とは、人間と同じような知能を持ったAIのことでした。ただし、AIは計算機ですから、数式、つまり、数学の言葉に置き換えることのできないことは計算できません。では、私たちの知能の営みは、すべて論理と確率、統計に置き換えることができるでしょうか。残念ですが、そうならないでしょう。

 ということなどから、新井氏は、ロボットが人間の知能を追い越す「シンギュラリティ」は到来しない、と断定するのです。将棋や囲碁などでコンピューターが人間に勝ってもです。

 つまり、この本には書いてませんが、単なる私見によると、人間の持つ非論理的な曖昧さとか、矛盾、優柔不断さ、義理人情で忠誠心がありながら、裏切りや背信する行為、利己的である一方、利他的であったりするつかみどころのない不可解さは、AIではとてもできないということなのでしょう。何故なら、AIは論理的な計算機だからです。スーパーコンピューターがいくら過去の膨大なビッグデータを蓄積しても、人間は過去の歴史に学ばず、痛い目に遭わなければ忘れますから(笑)、人間は、天下のスパコンが思いもつかない挙動不審な行動を取るということなんでしょう。

 ただし、シンギュラリティが来ないとはいっても、著者の新井氏は楽観してません。ホワイトカラーの50%の仕事は、今から20年後以内でAIに取って代わる、つまり、半分の仕事が奪われるというか、なくなってしまうと予想しているのです。なくなる職業として、電話販売員、不動産登記の審査・調査のほか、スポーツの審判員や銀行の窓口などがあります。新聞記事も既にAIが書いていますからね。

 うーん、これからの現役世代は大変だなあ。。。でも、確かにこの本は面白い。ベストセラーになるはずです。

 

🎥「居眠り磐音」は★★★★、そして随時随所無不楽

  当初観るつもりはなかったのですが、高知にお住まいの岩崎先生から大いに薦められて時代劇映画「居眠り磐音」(本木克英監督)を観て来ました。(話は全く別ですが、岩波ホールの「ニューヨーク公共図書館」を観ようかと思ったら、一般2000円、シニアでさえ1500円ですからね。最近値上がったらしいですが、これでは映画は裕福な特権階級のものとなり、ますます映画館離れが進むのでは?)

 さてさて、「居眠り磐音」の主役は、豊後関前藩を脱藩した浪人・坂崎磐音役の松坂桃李(時代劇初主演だとか)。一見、軟弱そうに見えますが、なかなかの剣豪で、滅法腕が立ちます。(変な居眠り剣法には笑ってしまいますが)

 人気作家佐伯泰英の「居眠り磐音」シリーズが原作なので、内容はしっかりしているんですが、この映画では、ちょっと悲劇やら何やらを一辺に詰め込み過ぎていて、次から次に起こる騒動や事件でちょっと疲れてしまいました。

 観終わっても、何か途中で、話が終わっていない感じなので、これから続編が次々とつくられることでしょう。何と言っても、時代背景を綿密に考証した佐伯氏の原作人気シリーズですから、種は尽きないことでしょう。

 あらすじに触れると、これから御覧になる人には迷惑なので触れませんが、エンターテインメントとしてうまく出来ているので、小生のように細かいところにいちゃもんつけないで、そして、矛盾も軽くすっ飛ばして観ていれば、大いに楽しめるでしょう。

 何しろ、絵に描いたような「勧善懲悪」劇です。今の世の中は複雑過ぎるので、大いに泣けて、すっきりしますよ。

随時随所無不楽

 話は変わって、昨晩は、仕事で、裁可が長引いたため、「働き方改革」だというのに、普段よりも3時間も夜遅くまで一人で会社に居残っていたのですが、たまたま、京都の京洛先生からメールが来ました。

 手持無沙汰だったので、愚痴めいたことを返信したところ、京洛先生は「まあ、顔を出して、モグモグやっていれば何がしかを頂戴できるのですから、有難いと思わないと罰が当たりますよ。『随時随所無不楽』。意味が分かりますか?(笑)。『どんな時でも、どんな所でも、楽しみを見つける』という意味です。沢柳政太郎の座右の銘です。えっ?沢柳政太郎も知らない?(笑)東北、京都帝大総長を歴任した文部官僚で成城学園の創立者。狩野亨吉、幸田露伴、尾崎紅葉らと『帝大』の同期ですが、清廉潔白な人だったそうです」と仰るではありませんか。

 さすが、物識りの京洛先生です。小生、勿論、沢柳政太郎も「随時随所無不楽」 (随時随所楽しまざる無し) などいう銘も知りませんでした。

 お蔭さまで、手持無沙汰の3時間も「随時随所無不楽」という言葉だけで、充実したものとなりました。