英語教育よりも国語が大事

モネの庭 ©️par Hinachan

新井紀子国立情報学研究所社会共有知研究センター長といえば、現代日本を代表する国際的な数学者の一人です。

彼女は、一般社団法人「教育のための科学研究所」代表理事・所長も兼務されており、最近、新聞・雑誌など色んなところで教育について発言されていて、私も興味深く読み、「我が意を得たり」と大賛成することがあります。

そんな中で、新井教授は、こんなことを発言されております。(色んな記事からの換骨奪胎で、このような趣旨の発言をされていた、ということで御理解を)

東銀座「わにわ」日替り定食

…最近、中学生の中で「数学ができない」「分からない」といった生徒を調査したところ、例えば、「平均」といった言葉の意味が分からず、数学以前に読解力がないということが判明して衝撃を受けました。

要するに、国語力、日本語がよくできていないのです。それなのに今の教育行政では、小学生から英語の授業を必修にしたりして、ますます国語の時間が減っているわけです。

昔のように、教科書を反復熟読したり、写し取ったりしないせいなのかもしれませんが、何といっても、国語が基本です。

こんなことを数学者の口から言うのも変だと思いますが…。

いやあ、英語より国語を重視せよという新井教授の提言は大賛成ですね。

◇日本進学教室の思い出

この記事を読んで、私も自分自身の恥ずかしい過去の体験を思い出しました。もう半世紀も昔の時効の話なのですが、田舎の鈍才だった小生は、当時はさほど多くなかった難関中学校入試の予備校「日本進学教室」(日進)に通うことになりました。(嗚呼、富士山マークのバッヂが懐かしい)

日進の教室は東京・原宿にありました。当時の原宿は、まだファッションの最先端でもなく、竹の子族もなく、埼玉や茨城や千葉から出てくる若者もおらず、とにかく人通りの少ない寂れた住宅街といった雰囲気でした。

私が国立大学附属中学を目指して受験勉強を始めたのが、二学期に入ってからだったので、1年前から備えて頑張っている周囲と比べて格段の差があり、正直、授業には全くついていけませんでした。

模擬試験でも最下位集団だったことは間違いありません。(隣席の男の子の名前は忘れましたが、品川区の旗の台から来てると言い、とても優秀でした。彼は今頃どうしてるかな?)

そして、新井教授の提言を読んで、当時、自分が算数の問題が解けなかったのは漢字が読めなかったり、意味が分からなかったことを思い出したのです。

それは、算数の問題の中にあった「最も」です。小学6年の鈍才は「さいも」としか読めず、意味が取れなかったのです。恥ずかしいですね。後で父親を悲しませてしまいました。

日進の国語の漢字テストもかなり難しく、教科書に出てこない漢字ばかりでした。

例えば、「灘の生一本」の「生」は何と読むか?えっ?「き」?鈍才の小学生が読めるわけありませんでした。

現代のお受験世代は、既に幼稚園から準備しているので、私の話なんぞはお笑い草でしょうが、「英語より国語が大事」という新井教授の提言を読んで、私のような鈍才は妙に納得してしまったわけです。

正義とは一時的なもの

鴻巣市「阿部」天麩羅せいろ 1400円

広瀬ずずです。

今年は、かの世界史的出来事、ドイツのマルティン・ルターが宗教改革(1517年)を始めてちょうど500年でした。

この改革者ルターが残した言葉に素晴らしいものがあります。

 

 

人形の街・鴻巣市

 正義は一時的なものであり、いつかは終わりが来るはずだ。

 しかし、良心は永遠なるものであり、決して滅びることはないのだ。

自分は正しい。向こうが間違っている―というのは得てして自信家が口にする言葉です。

これが、個人ならまだしも、国家レベルとなりますと、相手を敵国とみなし、正義のための戦争を起こす口実にしかねません。周辺諸国と領土問題を抱えている当時国であれば尚更です。

しかし、500年前のルターは言うのです。正義とは一時的なものだ、と。常識もそうなのかもしれません。その時代、時代の社会通念で正しかったことでも、時代が変われば、価値観が180度変わることもあります。

日本で言えば、幕末か太平洋戦争の敗戦の前後ということになるでしょう。昨日まで「正義」だったことが、朝起きたら、逆賊だったり、悪者になったりするわけです。

それは、500年前も同じことで、だからこそ、ルターは、そういった正義を振りかざす人間の浅はかさを見抜いて、箴言を発したのではないでしょうか。

友情について

築地「ふじむら」カキフライ定食1080円

個人的な話ながら、2年前に大病してから、どういうわけか古い旧友と疎遠になってしまいました。以前は月に一回は飲みに行ったりしたのですが、こちらから声をかけても何やかんやの理由でやんわりと断られたりします。

自分は何か悪いことでもしたのかなあ、と落ち込みます。

それが、一人や二人ではなく、5人、6人と続くと、これはただ事ではない。やはり、自分に何か落ち度があったと考えるしかないと思うようになりました。

しかし、それでも、どうしても腑に落ちないのです。喧嘩したわけでも、口争いしたわけでもなく、お互い憎み合うようなこともありません。理由がはっきりしていれば、こちらも納得して引き下がりますが、その理由がさっぱり分からないのです。

第一、お互いに性格が分かり合った旧友なんですから、今さら勘違いということもあるまいし、2、3人ならともかく、6人も7人も続くとなると流石にめげてしまいます。

そんなことを、実にこの2年間もウジウジと悩んできました。

Paris

そしたらですね。素晴らしい言葉に巡り合ったのです。もう、何年も聴き続けているNHKラジオの「実践ビジネス英語」です。タイトルは「30歳からの友達づくり」。人は、30歳を過ぎると親しい友人関係はあまり築けない、といった内容です。

あたしにすりゃあ、こうして、30歳前に親しくなった旧友が次々と離れていき、今では30歳過ぎて知り合った友人の方が親しいので、このビニェットには賛同しかねましたが、非常に含蓄のある意味深い言葉を教えてくれたのです。

それは、英国の辞書編集者で作家でもあるSamuel Johnson(サミュエル・ジョンソン、1709〜84)の言葉です。

The most fatal disease of friendship is gradual decay, or dislike hourly increased by causes too slender for complaint, and too numerous for removal.

単語は難しくありませんが、非常に難しい文体で、すぐ意味が取れる日本人は大した実力の持ち主です(笑)。まずは、トライしてみてください。

杉田敏先生の訳はこうなっております。

…友情が患う病気で最も致命的なものは、少しずつ衰えていくことである。つまり、不満を言うほどのことではないが、取り除くには多過ぎる理由によって、嫌悪感が絶えず増大することである。…

なあるほどねえ。ジョンソンは、フランス革命も知らない18世紀の人ですが、英国人らしい皮肉が込もったユーモアに溢れた警句でもあります。

私の旧友たちも、さほど大した理由があるわけでもないと思われます。単なる「付き合うのが面倒臭くなった」か、「あまりにも長く付き合ったので飽きてしまった」といった程度なのかもしれません。

はっきり言えば、「どうでもよくなった」ということでしょう。

何はともあれ、こちらが相手のことを考えている程、向こうはもうこちらのことは何とも思わなくなったということに違いありません。

それなら、もう、迷ったり、悩んだりすることは止めるべきだと悟りました。

風水①

昨年11月から風水に嵌まってます。
風水といえば、いかにも非科学的で前近代的でまやかしに過ぎないと、お思いの方も多いかもしれませんが、中国四千年の陰陽五行説に立脚したものであり、「易経」は四書五経の1つでもあります。平安時代に活躍した安倍清明も陰陽師でしたし、京の都も風水の理論によってつくられました。あ、江戸の都もそうでした。プロデューサーは家康の参謀・天海僧正。東北の鬼門の日光に東照宮を祀り、裏鬼門に増上寺を配す…。
しかし、これ程、奥が深いものとは知りませんでしたね。
人は生まれた年によって一白水星、二黒土星、三碧木星、四緑木星、五黄土星、六白金星、七赤金星、八白土星、九紫火星の九星のどれかに属し、それぞれの星がお住まいになる坎宮、坤宮、震宮、巽宮、中宮、乾宮、兌宮、艮宮、離宮の九つの「宮」があり、その住まいは年ごとに変わり、月ごとに変わり、日ごとに変わる。これだけでも覚えるのが大変なのに、「木」→「火」→「土」→「金」→「水」の五行が相互に助け合う相性があり、九星が微妙な補完関係を構築する。
また、九星の方位は、子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥の十二支と符合し、吉方があれば、五黄殺、暗剣殺、本命殺、本命的殺、月命殺、月命的殺、年破、月破の八大凶殺と呼ばれる凶方もある。
気にしたらキリがない世界ではありますが、昔の人は、人生という荒波を航海するための羅針盤として利用してきたのではないかと想像しました。
まあ、今日は第1弾ということで、またいつか、風水について触れてみましょう。