マナーの悪い中国人、エノケン、ヤバイ話

本日は雑感短信をー。

・東京・銀座を職場にしていますが、年々増える外国人観光客のマナーの悪さには日々眉を顰めております。みゆき通りを通勤通路にしている人間が悪いのでしょうが、この通りには路肩に植木コーナーがあり、疲れた腰を休めるほど良い椅子代わりになるので、彼らは座り込んで、通行の妨げになってくれるのです。

 それはまだ良いとして、特に中国人観光客となると、列は並ばない。平気で歩道を塞ぐ。エレベーターで待っていると、後ろからどつくようにして割り込んできても知らん顔。恐らく人口が多過ぎる大陸の大都市では生存競争が厳しいので、まずは譲り合いの精神や観念すら生まれないのでしょう。

 でも、中国は何と言っても、倫理観溢れる道徳と儒教の国。どうなっているのかと思ったら、同僚が「中国人はもともとマナーが悪いから、それを戒めるために論語や儒教が生まれたんだよ」と言うではありませんか。中国4000年の歴史と言ってますが、道徳心は根付いてませんね。妙に納得してしまいました。

銀座SIX 屋上

・先日読んだ「世界史を変えた新素材」の著者佐藤健太郎氏は、子どもの頃のジュースの思い出として、自販機で売っていた瓶入りのジュースを、自販機に付属している栓抜きで栓を抜いて飲んでいた、と書いてました。著者は1970年代生まれです。

 私のような古い世代の子どもの頃のジュースの思い出となると「粉末」です。1970年代生まれ以降の世代は知らないでしょうなあ(笑)。「渡辺のジュースの素」というのがあって、恐らく人工甘味料の入ったジュースでしょうが、子どもたちのおやつのご馳走でした。

 この「渡辺のジュースの素」のコマーシャルを唄っていたのが、エノケンこと榎本健一でした。「ほほいのほいともう一杯 渡辺のジュースの素です もう一杯」という歌詞は耳にこびりついております。ということは、エノケンは戦前の人かと思ったら、当時も生きていたんですね。調べたら、エノケンは1904年10月11日に東京・青山で生まれ、1970年1月7日没。享年65。それにしても、随分若かったですね。

・ 先日読了した瀧音能之著「風土記と古代の神々」の中で、日本人は縁起の悪い言葉を忌み嫌って、読み方などを変えてしまう話が出て来ました。「葦」(あし)は「悪し」に通じるので、「葦」(よし)としてしまう例がありました。

 となるなると、パスカルの有名な言葉「人間は考える葦である」を「あし」を「よし」と読んでしまうと、何となく締りがないような気がしてしまいます(笑)。

銀座・竹の庵 

 ほかに、スルメのスルは「掏り」に通じるので、「当たる」に変えて、スルメのことをアタリメと呼んだりしますね。

 マスコミには放送禁止用語、不快語・差別用語の言い換えなどがありますが、茲では深く触れません。でも、最近はいわゆるPC(ポリティカル・コレクト)が行き過ぎている傾向がないでもない気がします。それこそ我々世代が子どもの頃に平気で使っていた「魚屋」「八百屋」「花屋」なんかも言い換えるよう手引きがあります。(魚屋さん、にすればオッケーなんですって)マスコミの「用字用語ブック」は市販されているので、ご興味のある方は手に取ってみてください。

 それより、言葉は「世につれ…」ですが、最近は真逆の意味になることもあります。例えば、若者言葉の「やばい」は、昔のように「危ない」という悪い意味ではなく、「素晴らしい」という良い意味で使われているようです。

 英語も同じで、awesome は、もともと「怖ろしい」という意味だったのが、最近では「凄い」「素晴らしい」という意味で使われることが多いようです。何だ、日本と同じじゃん!