独裁者カストロ死す=ワシントン・ポスト紙が報じる

寺院 Copyright Par Duc Matsuocha gouverneur

キューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長が25日に亡くなりました。享年90。

もう10年前から議長職を実弟ラウル氏に譲り、政界からも引退していたので、超メガトン級の影響はもうないでしょうが、それでも、一つの時代が終わったという感じがします。

カストロは、少なくとも1980年代末からの一連のベルリンの壁崩壊、ソ連邦崩壊という大事件が起きるまでは、世界の希望の星でありえた時期がありました。

それは、ほぼ鎖国状態で、キューバ国内の実態が海外にあまり伝わってこなかったから、という背景もあったでしょう。

 軍事博物館 Copyright Par Duc Matsuocha gouverneur

私も、2000年に生まれて初めてキューバを旅行で訪れて驚きました。その当時、世界的に「ブエナ・ビスタ・ソーシャル・クラブ」(ヴィム・ベンダース監督、ライ・クーダ主演)というキューバの老ミュージシャンの復活をテーマに取り上げた音楽ドキュメンタリーが大流行して、私も大変な感銘を受けて、どうしてもキューバに行きたくなってしまったからです。

しかも、キューバは、私も好きで主要作品の殆どを読破した作家ヘミングウェイが活躍したところです。かつての邸宅兼書斎も公開されているということで、是非この目で見てみたかったからです。

そして、実際に行ってみて驚いたことは、社会主義革命を実現したキューバは、さぞかし、自由はともかくも、平等で、福祉がしっかり行き届いていて、街には生活に困った人が溢れていることはまずないだろう、と事前に確信していたのに、それが見事に裏切られたことでした。

世界中、格差拡大社会で、何処に行ってもホームレスや、物乞いがおりますが、キューバでは、それが子供たちだったことに衝撃を受けたのです。

いわゆる、ストリートチルドレンです。

また、白人と黒人との間で、公然と差別があり、黒人は、スポーツや医学など、よっぽど他人から秀でた才能がない限り、一般人は、「鑑識」みたいなものの常時着用が義務付けられ、驚くべきことに、許可のない地域外の移動は禁じられていたのです。

私が現地で知り合った黒人青年は、ハバナから1キロぐらいしか離れていない旧市街にでさえ移動できず、私と一緒に乗ったタクシーから降りることができませんでした。

キューバは、人類の理想のパラダイスだとばかり思っていたのに、実体は、行ってみなければ分からないと確信しました。

わずか、1週間の滞在でも、高額なビザ申請料金を在日大使館で請求されたことについて不思議に思ったことも事実でした。

 寺院 Copyright Par Duc Matsuocha gouverneur

26日付のワシントン・ポスト(電子版)の見出しは、「Cuban dictator, a spiritual beacon to the world’s political far left, dies at 90」でした。

意訳しますと、「キューバの独裁者、世界の極左政治家の精神的支柱、90歳で死す」となりますね。

それにしても、あまりにもあからさまな凄い見出しですが、今や、すっかり極右化した日本では、「カストロ?誰それ?」「えっー?あのゲバラとも関係あったの?」てな感じかもしれませんね(笑)。