実に頭が痛い話です。
サラリーマンには、年末に保険控除や家族・配偶者手当などを申請する「年末調整」というものがあります。それは、2枚ぐらいの紙で、既に色々と書かれている用紙に自分の名前や保険の種類などを書いて、領収書を添付すればそれで終わっていたのですが、今年から急に、何と、オンラインで一(いち)から申請せよ、との通達が舞い込んできたのです。
会社のLANの通達文書には、そのマニュアルが50ページ近く添付されていて、若い人ならスラスラできるでしょうが、「えー、こんなもん出来るかあー」と叫びたくなりました。
でも、よく考えてみると、年間給与、つまり年収を記入したり、家族構成を記入したりするわけですから、システム会社に情報が筒抜けです。
これには怪しい伏線がありました。これまで、社内LANなり、社内メールなり、会社のシステム局が外部と委託したりして一応自前でやっておりました。それが、今年4月から急に、社内LANもメールも、それら全体を統括するシステムを米マイクロソフトに丸投げしてしまったのです。社員に対して経緯の説明は一切ないので詳細は分かりません。ただ、「システムを切り替えかえたので、新しい、ソフトにメールアドレスを移行してください」などといった指導があっただけでした。
その裏に隠された重要性に気付いた社員はほとんどいませんでした。
今読んでいる本は、実に憂鬱な話ばかりです。読んでいて嫌になります。
堤未果著「デジタル・ファシズム」(NHK出版新書)です。いわゆるGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)や中国のアリババやテンセントなどネット界の巨人によって、個人情報が思う存分に吸い取られて搾取される実態が赤裸々に描かれています。心ある人なら、必ず読むべきです。
著者の堤氏に言わせれば、彼らのビジネスモデルは、インターネットという無法地帯の仮想空間で、人間の行動を監視し、収集し、データを変換して、加工した「未来の行動予測」を商品として市場で売ることで、国家をはるかに超える巨大権力を手にしている、というものです。
この本では、その具体例がボカスカと列挙されています。日本の例については、回を改めていつか書いてみたと思いますが、本日は、外資に食われたフィリピンの例です。同国内の電力事業は2社の国営企業が完全に独占し、利益拡大のための経費削減と、競争の欠如からくる手抜き仕事でサービスは極めて劣悪だったいいます。そこで、ドゥテルテ大統領が奮起して、民間の電力会社を参入させ、お蔭でサービスが劇的に改善します。しかし、そこには落とし穴があって、その民間企業に「国家電網公司」という中国企業の資本が入っており、そのうち、この中国企業が電力会社の株を買い占め、幹部をフィリピン人から中国人に替え、同時に扱う部品も中国製を増やしていきます。そして、気が付いたら、フィリピンの送電網を動かすサーバー設備が中国の南京市に移されていたというのです。
となると、どうなるのか。もはや何があってもフィリピンは中国に逆らえないことになることは誰でも想像できます。(堤氏は書いていませんが、ドゥテルテ大統領の祖父は中国出身の華僑ということで、もともと中国寄りの人物と言われていますから、こうなることは予想していたのではないかと思われます)
◇トロント市はITガリバーを追い出す
その全く逆に、ネットのガリバー企業を追い出した市の例も出てきます。グルメ王の辻下氏もお住まいのカナダのトロント市です。同市は2017年、グーグル系列のIT企業にデジタル都市建設を発注します。当初は「夢の未来都市」「住民目線のニーズに応えた新しいライフスタイル」といった甘い言葉に魅惑されていた市民も、次第にその「負」の部分に気付き始めます。市内中にセンサーが張り巡らされ、住民の行動を逐一、スマホから追跡し、収集した膨大なデータは「参考資料」としてグーグルの姉妹会社に送られる…ある市民が何月何日何時何分にどんなゴミを捨て、誰と会って、どこで何を食べ、飲んだか、そういった情報まで調べられていたというのです。
これには市民たちの不満は日増しに募り、猛反発の運動が起こり、2020年5月、ついにグーグルの系列会社はトロント市からの撤退と計画中止に追い込まれたというのです。
まさにデジタル監視社会の最たるものです。こんな社会では、窒素しそうで、生きている心地すらしません。
そんな恐ろしい監視社会が日本でも進行中です。しかも、デジタル庁なぞは名ばかりで、米国のGAFAにほぼ丸投げ状態だというのに、優しい、政治に無頓着な日本人たちの個人情報はダダ洩れで、悪魔たちに付け入る隙ばかり与えております。
庶民ができるささやかな抵抗は、せめて、グーグルで検索せず、Gメールは使わず、iPhoneもやめ、勿論、フェイスブックも辞め、アマゾンで買い物はしないことです。でも、禁断の蜜の味を知った日本人にそんなことできますか?
私は、手始めにスマホの「位置情報」を切断することにしました。便利さの代償があまりにも大きいことをこの本で気付かされたからです。