🎬仏映画「デリート・ヒストリー」は★★★★★=フランスらしい辛辣な風刺

 本日7月14日はパリ祭。フランス革命から232年という中途半端な年ではありますが、フランスでは盛り上がっていることでしょう。

 昨晩は、久しぶりに面白いフランス映画を観ることができました。「デリート・ヒストリー」というタイトルだけでは、全く内容が想像つかず、全く期待していなかったのですが、実に面白かった。現代のスマホ社会を痛烈に、辛辣に風刺した、ハリウッドではとても作れない力作、佳作、会心作でした。

 それもそのはず。昨年のベルリン国際映画祭での銀熊賞(審査員特別賞)受賞作でした。昨年の東京国際映画祭の上映作品でもあり、ネット公開されましたが、コロナ禍でいまだ劇場公開はされていないそうです。私自身は、日仏会館を通じて、ネット配信で観ました。ネタばらしは反則ですが、ネット等で公開されている粗筋ぐらいなら良いでしょう。 

 ベルギー国境近いフランス北東の低所得者向け地域に暮らす男女3人が主人公。ネット社会に踊らされ、いずれもお金の問題で悪戦苦闘。我慢の限界に達した彼らは、無謀な報復作戦を決行するが…。便利なはずのネット情報機器が格差社会に及ぼす弊害を描く社会派コメディー。

仏映画「デリート・ヒストリー」左からコリンヌ・マジエロ、ドゥニ・ポダリデス、ブランシュ・ギャルダン

 まあ、そんな内容です。ブノワ・ドゥレピーヌBenoit Delepineとギュスタヴ・ケルヴェンGustave Kervernによる監督、脚本。私は初めて聞くお名前ですが、お二人のシナリオが実に自然体で、現実にあり得ないことなのに、観客にあり得るように信じさせる力があって素晴らしい。

 主役は、離婚したばかりで、自らのハチャメチャな行動で騒動を巻き起こすマリー役のブランシュ・ギャルダンBlanche Gardinと、娘が学校でネットいじめを受けて悩みながら、コールセンターの女性に一方的に好意を抱くベルトラン役のドゥニ・ポダリデスDenis Podalydes、そして、乗客の評判を気にするネット配信タクシーの運転手、クリスティーヌ役のコリンヌ・マジエロCorinne Masieroの3人。大変失礼ながら、いずれも初老に近い中年後期の俳優で、魅力がある美男美女とは言えません。かつてのフランス映画と言えば、アラン・ドロン、カトリーヌ・ドヌーヴに代表されるように美男美女があれこれした、というイメージが強かったので、演技派俳優たちの熱演には感動しました。彼らはフランス本国では超有名人なんでしょうけど、私は知らなかったなあ。なかなか味がある名優でした。

 とにかく、いかにもフランスの伝統らしい風刺が盛り沢山です。現代の時事ニュースをふんだんに取り入れた内容で、AI(人工知能)やネット投稿拡散の脅迫、「黄色いベスト運動」(ジレ・ジョーンヌ Gilets jaunes)や社会福祉詐欺なども出てきます。これらはフランス国内だけが抱える問題ではないので、日本人が観ても納得します。特に、主人公たちが「くそったれ、GAFA!」と叫ぶ辺りは、結局、ドン・キホーテのような無謀な結果に終わりそうですが、「なあんだ、何処の国でも、ネットやスマホによる弊害に苦しんでいるんだなあ。ハリウッド映画が言えないことをよくぞ言ってくれた」と拍手喝采したくなります。

 でも、社会風刺コメディーなので、あれこれ考えず、観て笑い飛ばせばいいと思います。

 フランスでは、作られる映画の7~8割は、パリが舞台になっているそうで、このように地方を舞台にした映画は珍しいといいます。でも、21世紀になり、案外、何処の国でも世界の名作、傑作映画は地方都市が舞台になるかもしれません。