人生に上下も勝ち負けもない、という発想=老荘思想

所沢航空公園 大正天皇御駐輦(ちゅうれん)碑 Copyright par Keiryusai

 大型連休期間中は、「不要不急の外出は控えよ」「自粛せよ」「酒は店で呑むな」といった政府の法令に圧倒されて、結局、遠出はできませんでした。よゐこなもんで(笑)。

 不良になって、ちょっと近場のお城巡りでもしたかったんですけど、それも控えました。天気のせいもありましたが(苦笑)。ただ唯一例外として出掛けたのは、お墓参りといいますが、お墓のお掃除と草むしりでした。

 お墓は、埼玉県所沢市の航空公園駅からバスで5分ぐらいの所にあります。亡き父親が購入しましたが、結構広大です。同じ霊園に、お笑いの三波伸介さんのお墓もありますが、ウチはその3倍以上の敷地面積はありました。草むしりも大変でした(苦笑)。

 何故、九州出身の父親がここを最期の地として選んだのかといいますと、御縁があったからでした。もともと、航空公園は明治44年(1911年)、日本で最初に開設された飛行場でした。戦時中には陸軍航空整備学校なども開校し、陸軍に志願して入隊した父は、最初は飛行士を目指すものの、色覚異常のため、飛行機の整備員に回され、この所沢にも配属されたことがあったと聞きます。他に青森県の三沢基地にも配属されたらしく、生前にもっと詳しく話を聞いておけばよかったのですが、整備した飛行機の中に、確か「飛燕」があったと記憶しています。

紫蘭(Y氏から御教授賜りました) 所沢航空公園 Copyright par Keiryusai

 戦後になって、父は運輸省(現国土交通省)の航空管制官になり、長らく東京交通管制部に勤務しましたが、その本部が1963年から77年まで東京都東久留米市、77年以降に所沢市に移転したので、他にも成田や釧路など色々と転勤しましたが、東久留米と所沢での勤務が一番長かったのでした。

 そういうわけで、父と所沢とは不思議な縁でつながっていたわけです。

 私は、自宅から所沢の航空公園駅まで電車とバスで行きましたが、車内でずっと読んでいたのが、この野村総一郎著「人生に、上下も勝ち負けもありません」(文響社、2019年4月初版)という本でした。著者の野村氏は、読売新聞の「人生案内」の回答者としても有名な精神科医です。

 内容はタイトル通りで、それで終わってしまいますが、著者は、「上り坂の儒家、下り坂の老荘」という言葉を引用して、元気な時は、「論語」の孔子の思想が良いかもしれないが、いまいち元気がなく、行き詰っている時は、無為自然に任せて気楽に生きろという老子の方がいいんじゃないか、と提案しているのです。

 確かに、先日、このブログでも、今最も注目されている渋沢栄一の「論語と算盤」を御紹介しましたが、500もの企業を起業したイケイケドンドンのいつも「人生上り坂」の渋沢栄一なら、そのブレーキ役のような孔子の「論語」が必要とされるかもしれませんが、何をやってもうまくいかず、いつも劣等感に苛まれているような人(私もその典型かなあ~~)にとっては、老荘思想の方が心の薬になるかもしれません。

 45年間、延べ10万人以上の患者さんと向き合ってきたという野村氏によると、ヒトの悩みや不安の根本的な原因は、他人と比較するからだといいます。そこで、人と比較したり、判定したりするような、つまり、ジャッジすることを意識的にやめることを勧めています。

 また、精神科医野村氏によると、心の問題を抱える人の傾向には4種類あるといいます。それは、(1)自分は駄目な人間だという「劣等意識」(2)自分は損ばかりして、やられてばかりいるという「被害者意識」(3)自分は完璧でなければいけないのに、それができないとう「完璧主義」(4)自分のペースに拘る「執着主義」

 これらを乗り越えるために、どうしたらいいのかー。やはり、考え方や、思考傾向を変える必要があり、それには老荘思想が役に立ち、タイトルの通り、「人生に、上下も勝ち負けもない」ことを悟るべきだと著者は言うのです。本書では老子の言葉を易しく「意訳」ではなく「医訳」してくれます。例えば、老子の「人に勝つものは力あり。自ら勝つものは強し」は「人に勝つ人というのは力(権力、経済力、腕力)がある。しかし、本当に強いのは『自分の弱さに勝つ人』だ」と医訳しています。

散歩途中で見かける花の名前が分からず困っていたので、植物の名前が瞬時に分かるアプリを発見して導入しました。このアプリは千葉工業大学が開発したAI「ハナノナ」です

 もう一つ、私が好きな老子の言葉「恨みに報ゆるに徳をもってす」は、「酷い扱いを受けても、まるで恩を受けたように、そっと優しく返してあげるのが徳というものだ」などと医訳しています。

 どなたも、気分が落ち込んだ時、この本を読めば、少しは、気持ちが楽になるかもしれません。

喜劇とは笑わすだけにあらず

三波伸介さんの墓誌

今日は小春日和ということで、父の命日(11月18日)が近いこともあり、お墓参りに行ってきました。

私は、スマホ中毒依存症の病気ですから、ブログを書いたり、最寄り駅から霊園へのバスの時間などを調べたりしているうちに、亡父の眠る霊園には、有名人として、コメディアンの三波伸介さんのお墓があるということが分かり、吃驚。序でではありましたが、お参りすることにしました。

広大な敷地ですので、霊園事務所で、場所を伺って行ってみたら、あの一世を風靡した有名な爆笑王が眠る墓にしてはあまりにも小さいので驚いてしまいました。

三波伸介は、1982年に、52歳という若さで亡くなりました。もう、34年も昔なので、今や不惑以上の方でないと知らないかもしれません。

実は、先日、高校の先輩OBから、開校125周年を記念して卒業生の文集を出すので、一筆思い出を書いてくれないか、といことで、大昔の高校生時代を思い出しながら、書いたものでした。

その中で、ちょうど三波伸介さんの思い出があったのです。彼は、ちょうど我々が卒業した都内の高校の隣に住んでいて、仕事に出掛ける度に、黒塗りの車で若い衆が出迎えに来ていました。どういうわけか、鼻の効く奴がいて、三波さんが出掛ける瞬間を嗅ぎつけて、窓際に釘付けになって、皆を呼びに来るのです。

そして、何人か集まると、悪ガキどが一斉に「しんすけー」と叫ぶのです。

すると、サングラスを掛けて、ヤクザの親分さんのような風体の三波さんは、ゆっくりと右手を挙げて車に乗り込むのでした。

今から考えると、サービス精神旺盛な方でした。ですから、今日は、奇妙なシンクロ二シティにまたまた驚いてしまったわけです。

ぎょうざの満洲

お墓参りした後、バスで駅に向かっていたら、「ぎょうざの満洲」の看板が見え、お腹も空いていたので、飛び込んでみました。

私は、満洲に目がないですからね(笑)。

しかし、ここでも驚きました。

お向かいがベトナム人の青年3人。左隣が、フィリピン人三世代家族、右隣が中国人でした。

餃子と塩ラーメンセットに中瓶を頼みました。
モアリズム

この後、近くの広大な国有地公園を散策していたら、無料野外ライブをやっていました。

「モアリズム」というギター2人、ベース1人の3人組のジャズ・ブルースバンドで、初めて聴きましたが、これが破格的にうまい。ボーカルもギターも、テクニックが半端じゃない。思わず聴き惚れてしまいました。

今日は、驚くことも沢山ありましたが、何か、凄い贅沢をしたような、得した気分になりました。