トラブルの予感

 これから、こういうトラブルはますます増えていくことでしょう。

 今朝のこと。通勤のため混んだバスに乗ったところ、異様な電子音が鳴り響いていました。

 状況を伺うと、優先席に土足を投げ出して座っている5歳ぐらいの男の子が、スマホで何か動画を見ているようでした。イヤホンも付けずにボリュームも最大にしていますから、キンキンと電子音が鳴り響き、アナログ世代には耐え難い拷問です。

 隣りには、その子どもの母親らしき女が、やはり優先席に我が物顔で座っています。風貌から中国系に見えます。

 前に立っていた中年の女性がたまりかねて注意しました。「もう少し音量を下げてください」。当然の要求です。その女性は、どこか公立学校の教師のような感じに見えました。今まで、周囲がずっと黙っていたのは、あまりにも日本人的謙譲さです。彼女は、普段、生徒に注意するので慣れているのかもしれません。

 でも、母親は知らん顔です。女性教師は、とうとう「貴女は日本語分からないの?」と詰問しました。すると、女は首を横に振りました。

 おかしいですね。日本語が分からなければ、首も振れないわけですから、ある程度日本語が分かっているので、分からないふりをしているようにもみえます。

 結局、女性教師は、子どもからスマホを取り上げて、音量を下げました。でも、スマホを返してもらった子どもは再び音量を上げました。

 そうこうするうちに、バスは駅に着いたので、その後どうなったのか分かりません。安倍首相は、庶民が乗るようなバスには乗らないので、こういう不快は分からないだろうなと思いました。

 もう一つ。

 昼休み。外に食事に行こうとすると、銀座ですから、外国人観光客が多く、店の前の歩道を塞いで、通れません。団体は大抵が中国系です。言葉で分かります。かつて中国人の多さは、2月の春節か、10月の国慶節ぐらいに限られていましたが、今では1年中です。しかも、小さな子どもまでいます。余計なお世話ですが、学校行ってるんでしょうか。イイ若者が平日にブラブラと観光ですか。良いご身分ですねえ。

 いやいや、世界経済大国ですから別に構いませんが、もう少し、他人様の迷惑を考えてくれないものでしょうかねえ。我々だって、外国に行けば、少しは遠慮して、歩道を塞いでいたら、地元の人が通れるよう脇にどきます。しかし、彼らは我が物顔で、平気に路肩に座り込んだりしているんですからね。それが残念ながら決まって中国系です。

 私の周囲の中国専門家の中には、どういうわけか大学で中国語を専攻しながら、中国嫌いになってしまう人が何人かおります。「中国人は自分のモノは自分のモノ。他人のモノも自分のモノにする民族なんだよ。『一帯一路』か何か知らんけど、あれだけ広大な領土を持ちながら、もっと領土を広げたい野心があり、世界は自分たちを中心に回っているという華夷思想は4000年経っても変わらないね」というわけです。

 しかしながら、「仁」(他人への思いやり)や「礼」を重んじる儒教精神を日本人に教えてくれたのは偉大なる中国だったんじゃないでしょうか。全世界に「孔子学院」を張り巡らせて、「仁・義・礼・智・信」の五常をあまねく広めてくださっているのではなかったのでしょうか。(孔子学院の役割については、色んな説がありますが)

まあ、こんな些細な話は、お抱え運転手付きの政官財界の大御所の皆々様方には関係ない話で、知ったことではないでしょう。ただ、公共道徳を守り、節度を持った日本の一般庶民も、いつかは不満を爆発させる日が来るのではないかと予感しています。

儒教

ポンペイ

儒教の「儒」は、白川静博士によると、旁の上の「雨」は雨、その下の「而」は、顎鬚を表し、シャーマンだというのです。人偏は「人」を表しますから、シャーマンが雨乞いをしている姿を表しています。シャーマンとは、天上の神、魂などと、地上の人間とをつなぐ能力を持つ祈祷師のことです。

孔子(紀元前551-449年)は、魯国の昌平郷(中国山東省曲阜県)出身。父孔?(こうこつ)は下級武士、母顔徴在(がんちょうざい)は、祈祷や葬儀などを行う宗教集団「儒」の出身と推定されています。孔子は正式な結婚の子ではなく、三歳の頃に父親は亡くなり、母親に育てられたといわれます。

母親が宗教集団「儒」の出身であったという史実からも、儒教は、孔子が始めたものではなく、孔子が生まれるはるか以前からあったようです。仏壇に位牌を祀るのも、仏教ではなくて、儒教の風習だそうです。

ですから、儒教は道徳であって宗教ではないという説は間違いで、儒教の重要文献には、葬式や死者に対する儀礼の話が多く出てくるようです。

面白いことに、お釈迦さまが入滅したのは、紀元前477年頃と言われていますから、孔子とほぼ同時代人だということが分かります。

子曰く、学びて時に之を習う。

亦悦ばしからずや。

朋 遠方より来たるあり。

亦楽しからずや。

人 知らずして怒らず。

亦君子ならずや。