IT起業家の人物相関図が分かる「ネット興亡記」

 極東日本列島では、毎日、Covid-19感染者が「過去最多」を更新しています。そこで、私は、このところ、書斎に引き籠って、古代や戦国時代や江戸時代にタイムスリップして、「現実逃避」しておりましたが、それだけではマズイので、たまには現代に返ることにしております。

 まさに、今読んでいる杉本貴司著「ネット興亡記」(日経BP、2020年8月25日初版)が現代そのものです。著者の杉本氏は1975年生まれ。京都大学修士号を持つ日本経済新聞社編集委員で、文章は読み易いのですが、多少、自己の文才に溺れた奇をてらった、勿体ぶった書き方をするので、数行読まないと意味が分からない箇所が散見されます。でも、100人以上にインタビューして書き上げたといいますから、登場人物の「告白」は熾烈で鮮烈です。本書に従って敬称を略しますが、楽天の三木谷浩史、動画配信U-NEXTの宇野康秀、「パチンコの釘師から這い上がった」ネットインフラGMOの熊谷正寿、ライブドアの堀江貴文、サイバーエージェントの藤田晋ら錚々たる名士が登場します。今では綺羅星の如く輝くネット業界の起業家とも風雲児とも言われたりする一方、「IT長者」とか「IT成り金」とか「ヒルズ族」とか揶揄された人物の一代記でもあります。

  彼らは1960年代~70年代生まれで、「ウインドウズ95」日本版が発売され、「インターネット時代」到来という大ブームを巻き起こした1995年以降に起業しています。(私もこの年に生まれて初めてパソコンMac bookを買い、ネットも始めました。当時は電話回線の呼び出しみたいなネットで、画像を出すだけで時間が掛かり、パソコン通信に毛が生えたようなものでした。IT業界は日進月歩の世界ですから、四半世紀=25年も経つと全くパラダイムが変わっていて、既に歴史になってしまっています。)彼らの全く無名時代から筆を起こしているので、「人物相関図」がよーく分かり、意外にも、というか、私だけが知らなかったのでしょうが、ほぼ全員お互いに面識があり、盟友だったり、師弟関係だったり、憎きライバルだったりします。そして、一見華やかな世界に見られながら、裏切りあり、抜け駆け、出し抜きあり、破産倒産、再起あり、中には自殺未遂やホリエモンのように塀の中に収監されたりで、一様に若くしてとてつもない波乱万丈の戦国時代みたいな生涯を送っています。

 そうなのです。コンピューターは「0」と「1」の世界で、勝ち負けがはっきりしている世界なので、その覇権争いは、刀剣や弓矢は使わなくてとも生死を賭けた戦国時代とそう変わりません。名を残した一人の勝者の陰に何百万人もの敗れて業界を立ち去った無名の人々がいるわけです。運があったのか、才覚があったのか、分かりませんが、成功者は、どん底に突き落とされた時も「最後まで諦めなかった」というのが共通しています。ネット業界のキーパースンの群像に焦点を当てたこれ以上の書物はないと思われるので、もはやこの本は「ネット興亡記」というより、「ネット興亡史」と言っても良いかもしれません。

 何故なら、ネット業界人だけでなく、あの「物言う株主」”村上ファンド”の村上世彰や元弁護士で経営コンサルタントの井上智治(楽天によるDLJ証券買収、タカラとトミーの合併、USENのエイベックスへの出資など手掛ける)ら、知る人ぞ知る多士済々の人物も登場し、物語に彩りを添えているからです。

 何しろ757ページの百科事典のような大著ですから、この本の内容を一言ではとても言えません。現代日本人は、生活の上でグーグルやアマゾンやLINEやヤフーなどを日頃、当たり前のように使っていますが、その陰にどんな「物語」があったのか、私を含めてほとんど知りません。それがこの本にはバッチリ書いてあるんですよ。

本文とは関係ない現代の風物詩

 一橋大学を卒業し、日本興業銀行時代に米ハーバード大でMBAを取得してエリート街道を進みながら、興銀を退職してネット通販「楽天」を起業した三木谷氏の動機の一つが、1995年の阪神・淡路大震災で叔母夫婦を亡くしたことがあったことも初めて知りました。

 もう一つ、LINEは、韓国の検索エンジン最大手のNAVERが、米グーグルに対抗するために、ネット検索しても出て来ない人間関係をつなぐメディアをつくったという話です。つまり逆転の発想で「検索会社が検索を棄てて」初めて、とても太刀打ちできない巨大ガリバー企業グーグルに打ち勝つことができたというのです。その立役者の中には、1990年から来日してゲーム会社の日本法人代表になって人脈を広げた千良鉉(チョン・ヤンヒョン)や開発の総責任者・慎重扈(シン・ジュンホ)のほかに、ソニーから転職した森川亮、中国最大手検索会社、百度の日本法人元幹部で、「LINEの軍師」と呼ばれた舛田淳、ライブドア事件で壊滅状態だった会社を復興して社長になった出澤剛らライブドア残党組も「合流」してLINE開発を担当していたことまでは知りませんでした。

 とにかく、IT業界、ネット社会といっても、無機的ではなく、とても人間臭い凄まじい世界です。最初にちょっと嫌味を書いてしまいましたが、そんな魑魅魍魎の世界を活写したこの本が面白くないわけがありません。この本の主人公を一人挙げるとしたら、リクルートを退社して人材紹介・派遣会社インテリジェンスを仲間と創立し、父親が創業した大阪有線を再起させた(その後買収され、再び買い戻した)動画配信U-NEXTの会長・宇野康秀氏かもしれませんが、これ以上書くと長くなるので、ブーイングが聞こえてきそうです(笑)。

 ということで、宣伝ではありませんが、この本の一読をお薦め致します。今のネット社会の原点が分かり、視野が広がると思います。