検察庁の世界=山本祐司著「巨悪を眠らせない」から

 その前に、山本祐司著「巨悪を眠らせない」(角川文庫)を読んでいました。1988年2月10日初版になっていますから、もう30年以上昔の本です。(文庫ですから、単行 本の方は、「続・東京地検特捜部 日本最強の捜査機関・栄光の復権」(現代評論社)のタイトルで1983年に発行されていました。)

 1976年に明るみに出たロッキード事件を追ったノンフィクションです。著者の山本祐司氏(1936~2017)は、司法記者クラブに10年在籍し、毎日新聞の社会部長も務めた人で、司法関係、特に検察関係の書籍を多く出版し、「この人の右に出る者はいない」と言われたジャーナリストです。が、小生は、社会部畑の人間ではなかったので、つい最近知りました。この本も人に勧められて、古本を買ってみました。

 何で、興味を持ったかといえば、つい先月、都内で加藤哲郎一橋大学名誉教授によるゾルゲ事件に関する講演会を聴講し、その中の重要人物が、太田耐造という戦前を代表する「思想検事」だったからです。法曹界の最高権威でしたが、日本の敗戦により、公職追放されます。

 この本によると、戦後に思想検事に代わって台頭してきたのが、「経済検事」で、戦後の昭和電工疑獄、造船疑獄など歴史に残る大事件で敏腕を振るいます。と、書きたいところですが、造船疑獄では、犬養健法相による「指揮権発動」(検察庁法第14条)で、捜査は打ち切られてしまうのです。犬養健は、5.15事件で暗殺された犬養毅首相の子息で、ゾルゲ事件で連座して逮捕された人でしたね。

 また、同じことを書きますが、同書は、ロッキード事件のあらましを追ったノンフィクションですが、その前に、過去の事件や検察庁の内部闘争などが描かれているのです。検察庁のトップは、最高検の検事総長だということは知っていましたが、最高検の次長検事よりも、東京高検の検事長の方が位が上だということはこの本で教えられました。

 私自身は、戦中前後の昭和初期の方に興味があるので、実は、ロッキード事件よりも、途中で検察が挫折した造船疑獄の方に絶大な関心を持ってしまいました。小生の生まれる前の事件でしたが、後に首相となる自由党の池田勇人政調会長と佐藤栄作幹事長が、収賄側として捜査が続けられていました。日本の政治というのは、戦争直後も金権体質は変わっていなかったんだなあ、という思いを強くしました。

 同書によると、造船疑獄の【贈賄側】は、

 三井船舶社長 一井保造(いちい・やすぞう)

 三菱造船社長 丹羽周夫(にわ・かねお)

 石川島播磨重工業社長 土光敏夫(あの臨調の土光さんまでも)

 飯野海運社長 俣野健輔(日比谷の飯野ビルの大家さんか)ら

【収賄側】は、

佐藤栄作幹事長 《容疑》利子補給法成立にからみ、造船工業会、船主協会から自由党あてとして、各1000万円。佐藤個人として、飯野海運の俣野社長から200万円。

池田勇人政調会長 《容疑》日本郵船、大阪商船、飯野海運、三井船舶の4社から俣野社長を通じて、200万円受け取り。

 造船疑獄が起きた1954年の大学卒初任給は5600円で、2018年の大学卒初任給は20万6700円であることから、約37倍の物価水準にあることが分かるので、当時の1000万円とは、今の3億7000万円ということになりますね。

WST National Gallery par Duc de Matsuoqua

 ところで、この本の主人公の一人が、この造船疑獄や昭和電工疑獄などで主任検事を務めた河井信太郎・元大阪高検検事長(1913~82)です。政財界の事件を捜査し、「特捜の鬼」と言われた人物です。この人は、中央大学法学部という私学の出身ながら、東大閥の多い官僚の世界では異例にも抜擢されます。これは、戦後の「思想検事」から「経済検事」に比重が移っていった時機と歩調が合い、実力主義が見直されたからでした。

 中央大学の場合、法律以外にも経理や会計の課目取得が重視され、数字にも強い司法修習生が多かったため、経済検事を重視した検察庁に引き抜かれることが多かったともいわれています。

 どこの世界も奥が深いです。