🎬「Perfect Days」は★★★★★

 今年の仏カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞(役所広司)を獲得した名匠ヴィム・ヴェンダース監督作品「Perfect Days」には1本やられました。

 (内容に触れますので、まだ御覧になっていない方は、この先、お読みにならない方が良いかもしれません。)

 何でもない、東京の公共トイレ掃除人の単調な日常を描いただけなのに、妙に泣けてしまいました。主役の役所広司が私と同い年のせいか、今やアナクロニズムとなったカセットテープやガラケーなど、世代的感覚がフィットしてしまったせいかもしれません。

 そこで、最初に悪口を書いておきたい(笑)。役所広司はこの映画で、主役だけでなく、エグゼクティブプロデューサーにまで名を連ねておりました。ですから、この映画は、ヴィム・ヴェンダース監督作品というより、役所広司による、役所広司のための、役所広司の作品と言っても過言ではないでしょう。最後に、役所広司のアップが延々と、5分ぐらい続きます。もうアイドルじゃあるまいし、老人のおっさんの顔を見て喜ぶ観客はそういないでしょう(失礼!)。1分でも長い。私なんか、心の中で「もう勘弁してくれ!」と叫んでしまいました。

 そして、何気ない日常とは言っても、映画ですから、まず、あり得ないことが起きます。役所広司演じる平山が住む汚いアパートに、十数年ぶりに可愛い姪が急に家出して来るとか、最後に、浅草の小料理屋のママ(石川さゆり)の元夫・友山役の三浦友和が、隅田川岸で、やけ酒の缶酎ハイを呑んでいた平山を見つけたりすることです。あまりにも偶然過ぎます。

 ま、そこが映画なんでしょう。

東銀座

 何よりも、こんな日本的な、日本人好みの作品がフランス人を始め、欧州人に受け入れられたことが驚きです。ヴィム・ヴェンダースはドイツ人ですから、幾ら小津安二郎に影響を受けたからと言っても、(主人公の平山は、小津安二郎の「東京物語」で笠智衆が演じた平山周吉から取ったと思われます。)、日本人の心因性をここまで理解しているとは思えません。脚本を共同執筆した日本人の高崎卓馬さんにかなりの面で負ったことでしょう。

 その台詞ですが、極端に少ないところがとても良いのです。映画が始まって、ずっと役所広司が出てきて、早朝から起き出す平山の日常が映し出されますが、最初の10分近くも映像だけで、台詞がないのです。あとで、「平山さんは無口ですからね」という平山の同僚の若いタカシ(柄本時生)の台詞で、平山が殆ど喋らない理由が初めて観客に分かります。

 キューバの古老ミュージシャンにスポットライトを浴びせた私も大好きな映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」(1999年)を監督したヴィム・ヴェンダースですから、この映画でも音楽が実に効果的に使われています。役所広司演じる平山は、今はトイレ掃除人ですが、過去に何をしていたのかすら最後まで明かされません。独り住まいのアパートにはテレビもお風呂もなく、あるのは文庫の古本と古いカセットデッキぐらいです。仕事で使う車を運転している間、カセットテープで音楽を聴きますが、ブルーカラーらしい日本の演歌ではなく、何と洋楽なんですよね。アニマニルズの「朝日の当たる家」とか、オーティス・レディングの「ドック・オブ・ベイ」など、私もよく聴いていた1960~70年代のポップスです。夜寝る前は必ず、文庫本を読む。これで、平山はもともとはインテリで、過去に何かあったのではないかと、観客に思わせます。

 物語はフィクションですが、映画ロケで使われた渋谷区の「東京トイレ」は本物です。しかも、安藤忠雄、隈研吾、伊藤豊雄、坂茂、槇文彦といった錚々たる建築家がデザインした「超高級公共トイレ」です。これは、過日、テレビ東京の「新・美の巨人たち」でも取り上げられていました。また、平山行きつけの浅草駅地下の居酒屋などは昭和のレトロが残る商店街の中にあります。あまりにも日本的な下町の場所が国際的に通用するなんて、笑いたくなりました。

 そして、この映画で、ヴィム・ヴェンダースは何を表現したかったのか、考えたくなります。いわば社会の底辺で、東京の片隅につましく住む昭和の生き残りのような老人と、カセットテープの存在さえ知らない平成生まれの若者。どちらが幸福で充実した人生を送っているのか? 雑草のような観葉植物を育て、早朝から仕事場の公共トイレに向かい、お昼はコンビニのサンドイッチを神社のベンチで食べ、そこで、フィルムカメラで木洩れ陽の写真を撮り、仕事が終われば銭湯に行って、その後、一杯引っ掛けて帰るという判で押したような規則正しい毎日を送るアナログ人間の平山の方が、将来に明るい展望が見いだせずに閉塞した状態で悩んで、スマホを片時も放せないデジタル人間の若者たちより、まだまし、というか幸せそうに見えてしまいます。

 何よりも、便利さや効率ばかり優先して、大切な心を忘れてきた日本人へのアンチテーゼのような作品にも見えます。米アカデミー賞を始め、名のある映画祭で賞を取った作品は、タダで観ている審査員のせいか、最近、本当につまらないものが多いのですが、この作品は名作です。年末になって、やっと良い映画が観られました。日本人の一人として、ドイツ人監督に感謝したいと思いました。

【追記】

 今年2023年に観た映画で、私が選んだナンバーワンは、9月に上映された「福田村事件」(森達也監督)です。関東大震災直後に起きた朝鮮人虐殺の史実を題材にした意欲作です。見逃した方は、DVDでもいいですから、是非ご覧になってください。

「狐狼の血 」は★★★★★

本来なら、岩波ホールでかかっている真面目な「マルクスとエンゲルス」を観るつもりでしたが、金曜日の各紙夕刊(ご存知、金曜日夕刊は、映画批評を各紙特集しております)を読んでいたら、東映のヤクザ映画「狐狼の血」が全面広告までして、かなりお金(製作、宣伝費)を掛けていることが分かり、意外にも私の信頼する著作家も推薦し、そう言えば、銀座の地下街でも、かなり大きなポスターを貼って広告しているなあ、と目立ち、どういうわけか催眠術にでもかかったかのようになり、気が付いたらネットで予約していました(苦笑)。

翌日になって「何で、『仁義なき戦い』のオマージュみたいな映画を予約してしまったんだろう」と後悔してしまいましたが、仕方なく観ることにしたわけです。

そしたら、最初から最後まで、騙されっぱなし。つまり、映画という虚構の世界にドップリ浸かってしまい、最後は、ポロリと涙まで出てくるではありませんか。作り物と分かっていながら、最後までうまく乗せられ、騙されました。

何しろ、原作は柚月裕子さんの同名作で、日本推理作家協会賞を受賞しているらしいですね。この美人作家さんは、心底「任義なき戦い」の大ファンなんだそうで、本当に、この作品へのオマージュとして書かれたようです。舞台は広島の呉市(映画では架空の呉原市)で、暴対法が施行する前の昭和63年(1988年)の話になっているようです。ちょうど30年前です。

30年前ともなると、もう一世代前の昔の話で、こうして映画になると、歴史になってしまった感じでした。黒電話や、当時の「最新型」の自動車も登場して懐かしい限り。(今の若い人は黒電話など知りませんから、受話器も番号の回し方も分からないそうですね)

内容を書くとネタバレになるので、あまり触れないようにしますが、予告編でちらっと見た役所広司が、服装といい、物言いといい、てっきりヤクザの親分役かと思ったら、マル暴担当の刑事大上(おおがみ)役。役所は、善人役より悪役がハマる俳優ですが、最後にどんでん返しがあります。

この役所広司の「相棒」として付き添う新米の若い刑事日岡役が、松坂桃李。何で、こんなヤワな俳優を採用したのか、観る前は、違和感を覚えてましたが、まさに、彼の「成長物語」であり、適役、ハマり役。白石和彌監督の手腕には感服しました。

意外な人も出ていて、後で確かめてみたら驚きもありました。倶利伽羅モンモンのいかにも悪そうな加古村組の「真珠男」は誰かと思ったら、お笑いに近い北海道の演劇集団で大泉洋の仲間である音尾琢真、失踪した金融業の男の妹で、大上刑事と昵懇になる潤子役は、MEGUMI、薬局のアルバイト薬剤師桃子役は、阿部純子だったんですね。

私は、悪い癖で、主役よりも脇役の演技に注目してしまいます(笑)。

考えてみれば、主役の松坂桃李は、1988年生まれですから、この時代を知らないわけです。全くのフィクションの世界を、ゼロから実に多くの人間が関わって共同作業で作る映像芸術の醍醐味を味わった感じでした。

ただし、グロテスクな場面が多いので、よゐこの皆さんにはお薦めしません。ストレスの溜まってる人なら解消になるかもしれませんが、私は観てよかったので、相当ストレスが溜まってるんですね(笑)。