《渓流斎日乗》で知り合った人、立ち去った人

 本日は、個人的な身辺雑記です。

 学生時代からの親友のA君が、急にフェイスブックを「お終いにする」と言い出して、ある一部で大変な騒ぎになりました。

 あれっ?どうしたことか?

 私自身も真相が分からず、ついに本人に直接、取材することにしました。

 実は、A君はつい2,3日前に、私のフェイスブックのコメント欄にキテレツな書き込みをして、その「暴走老人」のような行為に私も魂げてしまい、日曜日に彼に電話して、事情聴取したばかりでした(笑)。結局、酔っ払った勢いで、するべきではない、する予定もなかったコメントを知らずに投稿してしまったようで、本人は、自分が投稿したことすら覚えていませんでした。後で見て、自分でも、ゾッとしたそうです。この後、かなり反省したコメントが送られてきました。

 この暴走行為が引き金にはなりましたが、A君は以前から、フェイスブックにしろ、インスタグラムにしろ、不特定多数向けのSNSはもう止めようと思っていたようです。ということが関係者の取材で明らかになったーと最近のメディアがよく使うフレーズ、どうにかなりませんかねえ?(笑)

銀座「ジョルジオ・アルマーニ」

 彼はSNSをやめる理由について、正直に話してくれましたが、彼がフェイスブックなどに発信する「投稿」で揉めていたというのです。揉めていた、というのは言い過ぎかもしれませんが、一部の人から「(書いていることが)上から目線だ」とか「やはり、貴方には『先生』癖が抜けませんね」といった思ってもみない中傷に近い反応にウンザリしてしまったというのです。

 そんなこと言われれば、私なんか、こんなブログを書いていることで、彼より遥かに辛辣で重い誹謗中傷を受けてきましたよ。ある大手新聞社のOBからは「お前の書くものは怪文書だ」とまで言われましたし、何十年も親しくしていた友人も、何も言わずに、メールをしても返事もせず、私から離れていきました。その理由も、このブログに書いたことが気に障らなかったんだろう、という推測しか他に考えられません。

 ブログを書くと友達をなくしますよ。

 これは、私の格言です。

 そうしたことをA君に話すと「君は、ずっと書き続けて、めげないね。本当にめげない。僕には出来ないよ」とまで言うのです。

銀座SIX

 いえいえ、本当にめげました。今でもめげてますよ。長年このブログを愛読してくださっている皆様でしたら、お分かりになると思いますが、昨年の6月までこのブログに頻繁に登場していたある人が、それ以降、急に登場しなくなりましたよね? 理由は分かりませんが、単に飽きたのか、私がブログに書いた何かが逆鱗に触れたのか、どちらかだと想像するしかありません。ですから、今でもかなりめげて、落ち込んでいますよ。

 ただ、誹謗中傷する人や離反する人がいる一方で、このブログを通してかけがえのない素晴らしい皆様と出会うことができました。それが何物にも代えがたいことが大きかったと思います。

 ですから、これからも、もう少し書き続けていくつもりです。

【追記】

 A君によると、特に深い意味はありませんでした。毎日、フェイスブックで更新して来る⇒「いいね!」と、毎日返事するのが面倒になって来た⇒でも、返事をしないと義理に欠けてしまう⇒どうしたらいいか分からなくなった⇒ええい、面倒だ。自分のフェイスブックをやめたらいいんだ!⇒これですっきりしたーといった構図でした。

 これまで離れていった友人たちも同じようなものでしょう。私のことを蛇蝎の如く嫌っていたわけではなく、単に面倒臭くなった⇒返信しないうちに、こちらからアプローチするのも気が引けるようになった⇒ま、どうでも良いことだから、このまま没交渉でいいやーといった構図だと思われます。

Life is too short for the indulgence of animosity.