「一笑一若 一怒一老」=笑う門には福来る

WST National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

週末に何気なくテレビを見ていたら、声優の羽佐間道夫さんという人が登場し、随分含蓄のあるタメになる人生訓のような話をされていたので、つい見入ってしまいました。

 大変失礼ながら、よく存じ上げなかったのですが、この方は、テレビ草創期から洋画の吹込みなどで活躍してきた大御所というか、重鎮でした。 羽佐間という名字はどこかで聞いたことがあると思ったら、実兄は元NHKアナウンサーの羽佐間正雄氏で、従兄はフジサンケイグループ代表などを歴任した羽佐間重彰氏だったんですね。「赤穂浪士の間光興の直系子孫で、オペラ歌手の三浦環の親戚」という情報もありました。

 それはともかく、声優としては、「ロッキー」のシルベスター・スタローンを始め、ポール・ニューマン、ハリソン・フォードらの吹き替えなど数多ありました。意識していませんでしたが、結構耳に入っていたわけです。

 今はアニメブームとやらで、声優になりたい若い志願者がたくさんいるようで、羽佐間氏も後進の指導に怠りありません。オーディションのような風景も写っていました。確かに若い女性の「演技」はテクニックがあり、上手いといえば上手い。しかし、どこか、コンピュータのような金属的な音の感じがします。その場で、羽佐間氏が比喩的に批判した言葉が妙に的を射ていました。「君はネズミの役はできるかもしれないけど、それじゃあ、ゾウの役はできないね」

 うまいことを言うなあと思いました。羽佐間氏によると、今の若い人たちは、上手だけど、みんな、御姫様か王子様の役ぐらいしかできないといいます。つまり、幅がないというか、かつての声優はもっと役域が広く、魅力的だったと言いたかったようです。その理由として、現在は、情報は目(視覚)から入ることがほとんどで、若い人はあまりラジオも聴かない。そうなると、声だけを聴いて想像する力が衰え、聴衆者のレベル(聴力)も下がる。同様に製作スタッフの聴力も下がるので、声優の力も衰えるというのです。

 これは名言ですね。動物はもともと、姿は見えなくとも、音によって遠くから忍び寄ってくる危険を察知していたものです。また、あらゆる芸術作品にはやはり、審美眼がしっかりした批評家や大衆がいなければ、作品そのものの質は向上しないわけです。これは何も芸術作品に限った話ではなく、政治の世界も同じでしょう。今の体たらくな政治家を選んでいるのは有権者なのですから、有権者のレベルが政治家に反映しているわけです。

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 羽佐間氏のそのバイタリティ溢れる話しぶりと容貌から、70歳ぐらいかなと思ったら、昭和8年生まれの86歳だと聞いて吃驚してしまいました。インタビューワーが、若さの秘訣を尋ねると、 東京ミッドタウン日比谷の「ザ・スター・ギャラリー」にある俳優の宝田明さんのプレートの話をしてくれました。そこには、スターの手形とサインと一緒に 一言添え書きがしてあるらしいのですが、宝田さんは「一笑一若 一怒一老」と書いているそうです。つまり、一つ笑えば若返り、一つ怒れば、年を取るといった意味でしょう。宝田さんは昭和9年生まれの85歳。旧満洲で、侵攻したソ連兵に撃たれ、一命を取りとめて苦労した宝田さんだけに、この言葉に込める意味の重さを感じました。

 羽佐間さんは若い頃、舞台俳優を目指していましたが、とても食っていけずに声優に転向したという後悔が今でも残っているようでした。当初は、声優は、俳優のように顔を出さず、セリフを暗記しなくても済むので、ギャラは俳優の7掛け(7割)と決められていたのですが、ストライキを起こして、声優も俳優並みのレベルに引き上げた苦労話もしていました。

 私は最近、街中や電車内などでも一人で怒ってばかりいたので、これでは老けますなあ(苦笑)。やはり、「笑う門には福来る」ですね。