「失敗談」から生まれた英語の指南書=袖川裕美著「放送通訳の現場からー難語はこうして突破する」

 大学時代、語学専門だったのでクラスはわずか15人でしたが、そのうちの一人、袖川裕美(そでかわ・ひろみ)さんが昨年末に新刊を出版されたということで、早速、ネットで買い求めました。

 本は大晦日に届き、お正月休みにすぐ読めるかと思ったら、何やらかんやら忙しくて、実はまだ半分ちょっとしか読めていません。それだけ、私にとってレベルが高過ぎるということかもしれません(苦笑)。

 袖川さんは同時通訳者で、新刊は「放送通訳の現場からー難語はこうして突破する」(イカロス出版、2021年12月25日初版)というタイトルです。彼女の前著「同時通訳はやめられない」(平凡社新書)は、朝日新聞の「天声人語」にまで取り上げられて大きな話題を呼びましたが、同書は2016年出版だったと聞いて、「えっ?あれから5年も経ってしまったの!?」と我ながら驚愕してしまいました。光陰矢の如し。信じられません。まさに、自分自身は馬齢を重ねてしまった感じです。

 それはともかく、最新刊は、タイトル通り、英語の難語を突破する「指南書」のような本です。どちらかと言うと、本人が引っ掛かったといいますか、誤訳に近い形で放送してしまった「失敗談」も正直に書かれています。御本人も「おわりに」の中で、「こういうことばかり告白し、書いていると、心から我が身の不明を恥じる気持ちになってきます」と正直に書かれていますが、「学習者にとっては、失敗談の方が役に立つ」と私は擁護しておきます。

 偉そうなことを言いましたが、私も正直に告白しますと、この本に出てくる用語やフレーズはほとんど知りませんでした。これでも、私は国家試験の通訳案内士に合格しているのですが(笑)、同時通訳者とのレベルとは格段に違うことを思い知らされました(以前からですけど)。求められる知力と教養と技能と瞬発力は、翻訳者より上でしょう(短距離走とマラソンの違いもありますが)。袖川さんも、「同時通訳者はほとんど顔なじみで、(国内には)50~60人くらいではないか」と書かれていますが、エリート中のエリートであることが分かります。

 袖川さんは、本書中で、大きな間違いのように書かれていましたが、私から見れば、極々「軽傷」に過ぎないと思われることがほとんどでした。例えば、83ページでは「teething problems」を取り上げています。BBCが、英国のEU離脱ニュースの中で、「The UK government put it down to teething problems.」というフレーズが出てきました(詳細略)。袖川さんは最初、この 「teething」が「teasing(からかう、いじめる)」のように聞こえましたが、話の流れからすると、「いじめ」では直接過ぎると思い直して、「(英国)政府は厄介な問題だと述べました」としたそうです。

 後で調べ直してみると、「 teething problems 」とは、乳歯が生える時の問題ということから「初期の困難・問題、創業時の苦労」といった意味で、「 put it down to~ 」も「~のせいにする」という意味だということが分かりました。つまり、先程の例文は「英国政府は、それは初期に起きがちな問題のせいだと述べました」になるというのです(詳細は本文ご参照)。

 いやあ、放送という限られた時間の中で、これまで蓄積してきた知識を瞬時に総動員して、披露することはまさに芸術の域です。親のどちらかが英語を母国語にしたり、子どもの頃に外国に滞在していた人なら、「耳」から語学力が養われますから完璧でしょうが、中学生から英語を始めた日本人のその習得力と日々の勉強はまさに超人的と言っていいでしょう。袖川さんは私の大学の同期ながら尊敬してしまいます。当然ながら、私のような生半可なジャーナリスト以上に、毎日、欧米の主要紙とニュース番組はチェックしているようです。

 そのせいか、彼女が「知らなかった」と告白されている「hunker down」(隠れる、潜伏する、閉じこもる)とか「down under」(英米から見た地球の反対側の豪州やニュージーランド)のことを偶々知っていたりすると、意地の悪い私は「僕は知ってたよお~」と無邪気に喜んでしまいます。実は、全て、杉田敏先生の語学講座「ビジネス英語」に出て来たフレーズで、その受けおりですけど(笑)。背伸びしたかっただけです。

 とにかく、 down under のように、中学生レベルの英語でもイディオムになると想像もつかない意味になったりするので、英語ほど難しい外国語はない、と私は思っています。この本については、読了したらもう一回、取り上げたいと思います。