「ドミノ理論」は間違っていた?=家族制度から人類史を読み解く

 うーん、人の名前が出て来ない。10月に新しく英国の首相になった人、インド系で、奥さんともども大金持ちで、英王室よりも資産があるという…。韓国の大統領の名前も出て来ない。テレビで顔はよく見るのだけど…。目下、カタールで開催中のサッカーW杯。フランス代表のスーパースターは、バムエパだったか?エムベパだったか…(答えは、リシ・スナク英首相、尹錫悦ユン・ソギョル韓国大統領、エムバペ)。

 物忘れ、置き忘れ、が激しくなってきた今日このごろです。昨日なんか、ネット通販のパスワードも忘れて、一瞬、焦りました。

 でも、英国の首相や韓国の大統領の名前を会社の若い後輩に聞いてみたら、出て来ません(笑)。やったー、です(爆笑)。情報が氾濫しているせいなのかもしれません。現代人は、スマホがあれば、すぐ検索できますから、無理に覚えようとしないせいなのかもしれません。というより、今の世の中、「いらない情報」が多過ぎるのかもしれません。SNSで一般ピープルが好き勝手に発言する。それをマスコミが面白おかしく取り上げる…。

 勿論、このブログもまさしく「いらない情報」です。「それを言っちゃあ、おしめいよ」ですけど、私はすぐ読者の反応を期待してしまいますから、そんな自分のあざとさが嫌になって Facebook もやめてしまいました(笑)。

 さて、相変わらず、エマニュエル・トッド著、堀茂樹訳「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」(文藝春秋)を読んでいます。四国の城巡りにも持参しましたが、ほとんど読めませんでした。昔なら、ラジオを聴きながら勉強するとか、一度に違うことが同時に出来たのに、年を取ると、マルチタスクが出来なくなりました。音楽を聴きながらの読書さえ出来なくなりました。どちらか一つに集中しなければ何も頭に入らなくなったのです。

 ですから、四国旅行の際は、お城のことで頭がいっぱいで、ほとんど本が読めなかったのでした。特にこの本は、気軽に読めるような本ではありません。はっきり言って、難解な学術書です。未分化親族網、絶対核家族、不完全直系家族、共同体家族…といった耳慣れない専門用語が頻出するので、何度も立ち止まってしまいます。うーん、もう少し分かりやすく書いてくだされば、ハラリさんの「サピエンス全史」のように世界的な大ベストセラーになったのに。

 でも、言い訳ばかり書いてもしょうがないので、「如是我聞」ではなく、「如是我読」でいきます。如是我読とは、私の造語で、「このように私は読んだ」という意味です。誤読かもしれませんが、致し方ありません。

◇人口と家族が人類史の謎の鍵

 トッド著「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」のまだ上巻ですが、私はここまで読んできて、以下のように理解しています。まず、20万年前に出現した現生人類ホモ・サピエンスは、核家族だった。それが、1万年前に、彷徨する狩猟採集生活から、定住する農耕生活が始まったお蔭で、土地や資産などの相続の問題が発生してきた。富が分散しないようにたった一人の長子に分け与えたのが直系家族で、それ以外にも色んなパターンがあって、それが、先述した未分化親族網、絶対核家族、不完全直系家族、共同体家族がそれに当たります。王侯貴族ともなると、絶大な権力と広大な土地を確保するので、土地が分割されたり、女子にも分け与えられたり、さまざまな形態が生じていきます。

 この本は、人口問題を主軸に置いた歴史人類学書です。この本には書かれていませんが、中東で農業が始まった紀元前8000年頃の世界の人口はわずか500万人でした(日本は縄文時代)。この農業革命の影響で人口は増え続け、現在2022年の世界人口は、何と80億人です。世界人口が10億人になったのが1800年ごろ、500万人の時代から約1万年掛かりましたが、それから130年後の1930年代に20億人。それからわずか80年余の2011年に70億人。そこから約10年で、また10億人も増加。ただし、国連の推計では、2080年代に約104億人でピークとなり、その後、横ばいになるといいます。

 いずれにせよ、人口増加には様々な促進要因や、その逆に阻害要因があります。ここからがソ連邦崩壊を予言したトッド先生の面目躍如です。宗教(特にキリスト教のプロテスタンティズム)、識字率、出生率、イデオロギー(特に共産主義)、家族制度との相関関係を人口をキーワードに見事に解き明かしてくれます。

 その相関関係を大雑把に見てみると、欧州では15世紀にグーテンベルクによる活版印刷の発明により、聖書が大量に出版されるようになり、識字率が高まる。特に、ドイツでは16世紀になってルターによる宗教改革で「聖書に帰れ」と主張されると、識字率がさらに高まる。同時に、キリスト教は禁欲主義と罪の意識を唱えるので、聖職者は独身を貫き、一般民衆の中には原罪意識から自殺も増え、出生率にも影響を与えるようになる。と、明確に著者は断定はしておりませんが、これが私の如是我読です。

◇日本とドイツは直系家族

 家族制度については、同書284ページで、トッド氏は具体的に国別に紹介してくれております。

 英国=絶対核家族、仏(中央部)=平等主義核家族、ドイツ=直系家族、ロシア=外婚制共同体家族、日本=直系家族、中国=外婚制共同体家族、カンボジア=未分化核家族、イラン=弱い内婚制共同体家族、アラブ世界=強い内婚制共同体家族、インド南部=父方居住で交叉イトコ婚の核家族、ルワンダ=一夫多妻制の直系家族…。日本は長子相続の伝統が残っている直系家族ですから、その通りで、これで、家族制度のイメージが湧きます。

 そこにイデオロギーが登場します。トッド氏は、共産主義社会というのは、権威主義的で平等主義的ドクトリンなので、共同体家族の権威主義的で平等主義的な価値観に支配されている地域でのみ実現する可能性があるというのです。上の各国のデータを見てみると、外婚制共同体家族制度を取っている中国とロシアが、ちょうどそれに当てはまるわけです。他に、ベトナムも社会主義体制ですが、やはり、家族は権威主義的で平等主義的共同体の国なのです。

 その一方、同じ東南アジアのタイは、権威主義的でも平等主義的でもない、つかみどころがない未分化の家族組織なので、共産主義は全く適応できない。「ドミノ理論」(一国が共産主義社会となると、隣国もドミノ倒しのように共産主義化する)でベトナム戦争に深く介入した米国のロストウ理論の破綻は、このように家族制度を見極めれば、知的・政治的説明がつく、とトッド氏は胸を張って主張しております。

 同書には書かれてはいませんが、さしずめ、トッド理論によれば、日本は直系家族制度ですから、共産主義は適応しない、ということになるのでしょう。しかし、同じ直系家族のドイツは、東独が共産主義化されました。これは、ソ連による占領ということで説明がつくかもしれません。また、ベトナムの隣国カンボジアは、ドミノのように共産主義化されましたが、共同体家族ではなく、未分化核家族です。詳しい説明はありませんが、未分化核家族には共産主義を受け入れる土壌があるのかもしれません。(それとも、単なる強圧的な独裁政権なのか?)

 「難解」などと難癖をつけてしまいましたが、色々と我流に読むと俄然面白くなってきました。