死語について考える=昔の話し言葉は素晴らしかった

 今の若い人たちは、と書けば、老人の繰り言に聞こえるかもしれませんが、まあ、聞いてくださいな(笑)。

 今の若い人たちは、「衣紋掛け」と聞いても、何のことか分からない、という話を聞いて、驚いてしまいました。衣紋掛けって、もう死語なんですかねえ? 今どきの若い人たちは、「ハンガー」なら分かるのでしょうか。

 それで思ったのですが、「下駄箱」はどうでしょうか? 私の世代は、小学校や中学校などで当たり前に使っていましたが、それでも、ほとんどの生徒は、学校まで下駄なんか履いて来たことありませんでした。そっかあ、今は「靴箱」と言うんでしょうか? 

 衣料関係では、私たちの世代で言っていた「チョッキ」は死語になり、「ベスト」と言うのは別に抵抗はないのですが、「ズボン」のことを「パンツ」というのはちょっと恥ずかしいですね(笑)。

 こうなったら、「ナウいアヴェックは、チョベリグーだね」とワザと死語を使いたくなってしまいます。どうだ。若いモンよ、意味が分からんだろう?(笑)

これだけ、日本語がちょこちょこ変わっていくと、若い人はもう古いことわざなんかはピンと来ないことでしょうね。「悪銭身に付かず」と言っても、銭なんていまや見たことない。「風が吹けば桶屋が儲かる」と言われても、桶屋って何? 「瓢箪から駒が出る」といっても、なんじゃそれ?でしょう。瓢箪なんか実物を見たことなんかないんじゃないでしょうか?

 その点、外国語は結構「保守的」であまり変わらないようです。以前、ロシア文学者で翻訳家の亀山郁夫氏(当時は東京外国語大学長)にインタビューしたことがあるのですが、19世紀のドストエフスキー(1821~1881年)の小説のロシア語は、現代ロシア語とそれほど変わっていない、という話を聞いた時は、本当に驚いてしまいました。

 そう言えば、私も学生時代にデカルト(1596~1650年)の「方法序説」(1637年)を頑張って原語(つまり、フランス語)で読んだことがあったのですが、20世紀の外国人が読んでも、あまり違和感なく、現代フランス語と同じように読むことができたことを覚えています。でも、17世紀のフランス語が読めるというのに、恥ずかしながら、17世紀の江戸時代の日本語は、崩し字を含めて、読めないし、意味も直ぐには分かりません。

 日本語の場合、その変遷があまりにも激しいので、出版界でも名作や旧作の新しい翻訳本が必要になってくるのでしょう。良いか悪いかは別にしてですが、そのうち、昭和の日本語を分かる人が少なくなる時代も到来するかもしれませんよ。あと100年? いやあ、もっと早いかもしれませんね(笑)。

築地本願寺

 書き言葉がこれだけ変わるのですから、話し言葉も変わります。小津安二郎の名作「東京物語」(1953年)での登場人物の話し方が、本当に、当時しゃべっていた同じ言葉遣いだったのか、と今では疑いたくなるほどです。

 それでも、戦死した次男の妻紀子役の原節子の言葉の言い回しはゾクゾクします。今どき、「でも、お父さま、お母さまも、ちっともお変わりありませんわ」なんて、言いませんからね。丁寧といいますか、情が籠った配慮のある言葉遣い、といいますか。。。「昔の日本人は素晴らしかったなあ…」なんて思ってしまいます。

健康とは何か?=「頭」だけでなく「心と体」の声を聴くー軽井沢病院の稲葉俊郎院長

 NHKラジオ「日曜カルチャー」<人間を考える コロナ後を生きる(2)>で軽井沢病院の稲葉俊郎院長による「個と場が共に健康であること」をスマホアプリの「聴き逃しサービス」で聴くことが出来ました。(今なら、ギリギリ聴くことが出来ます)

 あまりにも素晴らしいお話でしたので、忘れないためにも、是非ともこのブログに書き残したいと思い、取り上げさせて頂きます。ただし、お話は1時間以上のかなり長い濃密な話で、全てを取り上げるわけにはいきません。この中で、私自身が一番印象に残った一つに絞ってみたいと思っています。

チューリップ

 稲葉氏は1979年、熊本生まれで、東大医学部の博士号を取得後、東大病院勤務を経て、2020年から軽井沢病院で医師として勤務されている方です。その稲葉氏は、学生時代から、病気そのもの以上に、人間が健康であるというのはどういうことなのか、という難題に悩まされて来たと言います。日本の大学の医学部は西洋の現代医学が中心で、例えば、中国の漢方やインドのアーユルベータなど伝統医学について、稲葉氏が学生時代に教授に聞いても、「それはエビデンスがないから」という理由で深く教えられなかったといいます。

 そんな悩みを抱えながら医師生活を続けてきた稲葉氏は15年目にしてやっと、「健康とは何か」についての自分なりの考えがまとまり、それらは著書「体と心の健康学」(NHK出版)として出版しました。

 そんな中で、人間には「頭」と「心と体」のいわば対立する二つで構成されていることに気が付きます。稲葉氏によると、「頭」とは脳のことで身体の中で異物に近い存在で、色んな情報を集めて判断しますが、勘違いや偏見、思い込みをしがちだといいます。例えば、テレビや雑誌などで有名な先生が言っているからその通りにする、といった具合です。また、「頭」は因果論的で、善悪とか好き嫌いといった二元論で考えがちだといいます。病気だったら、例えばガン細胞が原因ならそれを切除したりしますが、短期的には有効ですが、長期的な健康にはなりません。

 一方の「心と体」は、目的論的で、欲求に従って、好きなことをしたり、行きたい所に行ったりしようとします。今ここにある感情で、レストランで食事をして「美味しい」と感じたりします。それなのに、「頭」は別のことを考えたりして、あっちのレストランの方が美味しかったかもしれない、とか、明日はどこへ行こうか、とか余計なことまで考えます。

 「頭」は、「何かをしなければならない」といった命令形の形で出てきます。「食べなければいけない」とか「嫌な人でも仲良くしなければならない」といったいわば偽装された浅い感情に支配されます。一方の「心と体」はオリジナルの深い感情で、何とかしたいという感情はあるものの命令形では出て来ないといいます。「頭」が偽の感情や嘘の感情は発すれば、「心と体」には嘘の概念がないので、拒絶して、だから苦しむことになるといいます。

 「頭」と「心と体」の関係には、いっぱい頭に知識を溜め込んでも、現実世界に応用したらうまくいかなかったりする事例や、ゴルフ理論が分かっても、実際、スウィングしたら、身体がついていっていない、といった事例がありますね。

 稲葉氏は、この「頭」は現代の西洋医学に相当し、病気の解明に大変役立ちますが、「心と体」は、アーユルベータなどの伝統医学で、健康になるには、何をしてどうしたら良いのかを考える。この両者は、対立するのではなく、両立させるべきだと考えたというのです。

 ですから、稲葉先生の診断は独特です。例えば、糖尿病の患者が、「先生、私は何を食べたら良いのですか」と稲葉氏に聞いたとします。すると、稲葉先生は「私は決めません」と言うのです。「私は手助けはしますが、貴方の身体の問題であるので、人生とか食べ物に関しては、最終的には貴方自身で決めてもらいます」と言うのです。つまり、主導権は医師ではなく、患者側にあり、心と体の状態をベースにして、自分自身で決めてもらうというスタンスなのです。今までそんな医師に巡り会ったことがなかったので、へーと驚いてしまいました。

銀座

 稲葉氏は、結局、健康とは、自力と他力(病院や医師)とのバランスを考え、身体感覚を取り戻すことだというのです。

 確かに、人生で一番大切な「健康」について、人は、他人や医師に任せっきりで、自己努力が足りない面が多々ありました。稲葉氏のお話は大変興味深く、私も深く考えさせられました。

【追記】

 このブログに書いたことは、稲葉先生のお話のほんの一部ですから、皆様も「聴き逃しサービス」でお聴きになることをお勧めします。

運慶作「国宝 大日如来坐像」(奈良・円成寺)のモデルを入手できました

 昨日はランチで、新橋にある「奈良まほろば館」に行って参りました。奈良まほろば館は、いわゆる奈良県の物産店ですが、店内には簡単に飲食出来るコーナーもあります。ここの「柿の葉寿司セット」が食べたくなったのでした。

 奈良には何度か行きましたが、どういうわけか真夏の思い出が多く、暑い最中を汗を拭き拭き、寺社仏閣巡りをするのですが、その近くで食べた柿の葉寿司やかき氷の方が寺社仏閣よりも印象に残ったりしてます。…駄目ですねえ。

新橋「奈良まほろば館」柿の葉寿司セットランチ

 食事を終えて、物産店ですから、ちょっと店内をひやかすことにしました。お菓子や素麺とかの土産物がありましたが、一番目を引いたのが仏像でした。以前、東京国立博物館でも展覧会が開かれた聖林寺の国宝「十一面観音像」もありましたが、確か、33万円! とても手が出ません(苦笑)。有名な興福寺の国宝「阿修羅像」もありましたが、こちらも30万円ぐらい。う-ん、これも、ちょっと…。

 そしたら、それらの隣にミニチュアの「大日如来像」がありました。こちらは、十一面観音像の10分の1以下の値段。それでも、結構高額なんですが、これなら手が届きます。それに、今の私の精神状態は、神仏に縋りついてでも、心の平安を渇望しているので、清水の舞台から飛び降りる覚悟で、思い切って購入してしまいました(頭記写真)。

 そして、色々と調べてみましたら、この大日如来像のモデルは只者ではなかったのです。あの仏師運慶(?~1223年)のデビュー作だったのです!奈良市にある円成寺の国宝に指定されている大日如来坐像だったのです。平安時代末期の安元2年(1176年)の制作で、運慶がまだ20代の若々しさに溢れた仏像彫刻です。もう850年近い年月が経っているので、本物(高さ98.8センチ)は、金箔らしきものが剥げ落ちて黒くなっていますが、私が購入した「モデル」は、高さわずか9.5センチ。柘植の木肌が輝くようで、全く別物のような感じですが、そこはかとなく威厳さが漂っています。(MORITA社仏像ワールド製)

水仙

 しかも、智拳印が結ばれ、御顔立ちが綺麗で、御利益(精神的幸福)もありそうで、一心不乱に拝めそうです。大日如来は、真言密教における一切諸仏諸尊の根本仏ですが、私の干支の守護仏にもなっているようです。

 ちなみに十二支の守護本尊とは、千手観音菩薩(子歳)、虚空蔵菩薩(丑/寅歳)、文殊菩薩(卯歳)、普賢菩薩(辰/巳歳)、勢至菩薩(午歳)、大日如来(未/申歳)、不動明王(酉歳)、阿弥陀如来(戌/亥歳)となっております。

 人間はか弱い動物ですから、本当に苦しいときは、神仏に縋って、拝むか祈るしかありませんからね。

「個人の判断」も忖度優先なのか?=コロナのマスク着用に関する哲学的考察

 3月13日(月)から、政府方針により、マスク着用は「個人の判断」に委ねるということになりましたので、私も俄か文化人類学者になってフィールドワークを試みました(笑)。

 まず、自宅から最寄り駅までバスを使いますが、車内のマスク着用率は100%。全員マスクをしていたので拍子抜けしました。そして、最寄り駅からの通勤電車。超までいきませんが、車内は満員で、やはり、私が見える範囲で全員マスクをしておりました。

 職場は、東京・銀座なのですが、街を歩く人で、外国人観光客の3人に2人はマスクを着用せず、日本人らしき人はほぼマスク着用でした。私がすれ違った数十人の中で、3人だけがマスクをしていませんでした。マスク着用率98%といった感じです。

 昼休みに、雨の中、ランチがてら、私の縄張りである(笑)銀座、築地、新富町辺りを散策しましたが、やはり、ほとんどの人がマスク着用でした。

 厚労省の発表では、3月12日は全国で7013人がコロナに感染し、43人が死亡したといいます。ということは、コロナは終息も、収束もしたわけではないということです。専門家の中には、日本人全員がマスクを外せば、5月には感染者が倍増するといった予想をした人もおりました。

 岸田首相や小池都知事といった権力者たちが「マスクなし」で出勤したとはいっても、まさか、満員の通勤電車に揺られて来たわけでなく、運転手付きの黒塗り高級車に乗って来られたわけでしょ?

 つまりは、為政者が声高に叫んでも、一般庶民は、権力者のことを誰も信用していないということになりますかね? 庶民がコロナに罹ったとしても、「経済を回す」ことの方が優先なのでしょう。それとも、日本人は横並びで、斟酌、忖度が得意な民族なので、周囲の皆と一緒に合わせているのでしょうか?

 私自身は花粉症でもあるので、しばらくの間は、今まで通りマスクを着用するつもりです。勿論、コロナ感染者の被害者にも加害者にもなりたくありませんからね。

 明治維新になって、ちょん髷からザンギリ頭になっても、大正の頃までちょん髷を結っていた人がいたぐらいですから、ずっとマスクをし続ける人もいるかもしれません。そう言えば、昭和の40年代ぐらいまで女性で日本髪で和服の人が結構いたような記憶があります(明治生まれの祖母の洋服姿は見たことなかったなあ)。京都の舞妓さんは、今でもそうですし、お相撲さんは現代でもちょん髷じゃありませんか!(笑)

日本人は縄文人と渡来人と南方人の混血か=速水融著「歴史人口学で見た日本 増補版」を読了しました

 有楽町「大正軒」ロースかつ定食」1100円 久しぶりに行ったら少し値上がってた?

 8日(水)夜は、高校時代の友人の田中君の通夜に参列して来ました。会場は、浜松町からモノレールに乗り「流通センター駅」で降り、歩いて10分ぐらいの所にありました。

  彼の交友関係の広さから多くの方が参列しましたが、高校時代の友人は小生を含めて7人だったので、帰り、浜松町の何処かで飲みに行くことにしました。以前はJRの浜松町駅に隣接して世界貿易センターがあり、その地下にあった「いろはにほへと」という居酒屋によく行ったことがあったのですが、貿易センターは目下、解体工事中でした。

 仕方がないので「大門」駅の繁華街に歩いて行き、適当な店を探していたら、怪しげな客引きに捕まってしまいました。「普通の居酒屋だから大丈夫です」と言いながら、連れて行かれたのは、路地の奥で、しかも、綺麗なお姐さんの写真が並んだその筋の店が何軒も同居する雑居ビル。客引きのオジサンに「変な店なら帰るよ」と忠告してビルの3階にまで昇り、最初にメニューを見せてもらい、この値段なら、ま、いっかということで、入ることにしました。

 お店の人に色々と話を聞くと、最初は「隠れ家」的コンセプトでやってたそうですが、目立たない路地裏なので、さっぱり客が来ない。そこで、客引きを始めたらしいのですが、本当にお客が全く来ない(笑)。でも、ある程度呑んで、食べて、一人当たり4000円で済んだので、結果的に「普通の店」で安堵しました。

 しばし、田中君の思い出話で盛り上がり、8人掛けのテーブル席だったので、一人分席が空いていましたが、まるでそこに田中君が座っているような錯覚に襲われました。

 さて、話は全く変わって、速水融著「歴史人口学で見た日本 増補版」(文春新書)を読了してしまいました。

 この本では、色んなことを教えてもらい、渓流斎ブログ2023年3月7日付の「本当の日本人の姿が分かる=速水融著「歴史人口学で見た日本 増補版」」でも取り上げましたが、最後に特筆したい一つだけ書いておきます。

 それは速水氏の歴史人口学の研究成果(江戸時代の「宗門改帳」で家族や人口の在り方を調査)として、日本人は大きく三つのパターンがあることが分かったというのです。(1)東北日本型(2)中央日本型(3)西南日本型です。それによるとー。

(1)東北日本型=早く結婚するが子供の数が少ない。母親は子供を4~5人産んで、その後、家の労働力につく。親子三代以上が同居する直系家族。⇚狩猟・採集が中心のアイヌ・縄文時代人型。

(2)中央日本型=結婚年齢は遅いが子供は沢山産む。江戸など大都市に移住する。2代~3代が住む直系家族か核家族。⇚農耕、鉄器など弥生文化を伝えた渡来人型。

(3)西南日本型=結婚年齢は遅いが結婚前に子供を産むことがある。離婚も多く、次の結婚の間に子供を産むこともある。性行動に関しては比較的自由。家族の形態は、傍系の夫婦まで住む合同家族と直系家族。⇚東シナ海沿岸地域で、東南アジアと風習が一致するものが多い。

 速水氏は「日本には極論にいえば文化的独自なものはなく、外来のものを模倣し、融合させたのである。逆に、こういった模倣・融合能力こそ、日本を特徴づけるものだった、といえないだろうか」とほぼ結論付けております。

有名な銀座「AOI」のハンバーグ定食1000円。すこし辛かったかなあ…

 この辺りを読んで、私も以前読んだ篠田謙一氏著「人類の起源」を思い出しました。その読書感想文として、私は「この3000年前に到達した渡来系弥生人というのは、中国東北部(旧満洲辺り)の西遼河にいた『雑穀農耕民』(青銅器文化を持つ)が6000年前以降に朝鮮半島に進出し、遼東半島と山東半島にいた『稲作農耕民』が3300年前に朝鮮半島に流入し、在地の縄文系の遺伝子を持つ集団と混合して新たに出来た地域集団だといいます。」(2022年12月27日付渓流斎日乗「現代日本人のルーツは3000年前の渡来系弥生人にあり」)と書きました。

 これらを敷衍すると、人類学的に、日本人とは、最初に日本列島に定住したアイヌや琉球系を含む縄文人と中国、朝鮮からの渡来人と東南アジア系と恐らくポリネシア系の南方人の混血と言ってよいのではないでしょうか。

 

《渓流斎日乗》は俳句なのか!?=ChatGPTはいまいちです…

 例の先日、初挑戦した「チャットGPT」に本日、再度挑戦してみました。

私:「渓流斎日乗」とは何ですか?

ChatGPT(以下C):「渓流斎日乗」とは、江戸時代中期の俳人・与謝蕪村が著した俳諧の随筆集の一つです。蕪村が生涯をかけて書き溜めたとされる約1,500の俳諧と、その解説や評論が収録されています。

「渓流斎」は蕪村の号であり、「日乗」とは「日々の修行を積み重ねること」という意味があります。蕪村が俳諧を通じて求めたのは、日々のありふれた風景や出来事の中にある美しさや哀愁などの情感を表現することであり、その思想やスタイルがこの書物に反映されています。

「渓流斎日乗」は、俳諧の教科書としてだけでなく、日本の文化や風俗、美意識を知るうえでも貴重な書物として、現代でも多くの人々に読まれ続けています。

私:渓流斎は蕪村の雅号ではありません。間違っていませんか?

C:おっしゃる通りで、私の回答に誤りがありました。訂正してお詫び申し上げます。

「渓流斎日乗」とは、与謝蕪村が生涯を通じて愛用した別荘の名前であり、蕪村がその別荘で執筆した随筆集に「渓流斎日乗」という題名をつけたことから、このように呼ばれるようになりました。蕪村の号は、実は「蕪村」以外にも「舎人」や「松陰」といくつかありますが、「渓流斎」は、蕪村が晩年に用いた号の一つです。

訂正していただき、ありがとうございました。

私:渓流斎日乗は、蕪村の別荘の名前でもありません。現代人が書いているブログです。貴方は何も知らないんですね?

C:申し訳ありませんが、私の前回の回答にも誤りがありました。ご指摘いただき、心よりお詫び申し上げます。

「渓流斎日乗」は、与謝蕪村の随筆集の名称であり、蕪村が生涯を通じて愛用した別荘の名称ではありません。また、現代人が書いたブログとしても知られていません。私が勘違いしていたことをお詫びいたします。

与謝蕪村は、江戸時代中期に活躍した俳人であり、俳諧の分野で多大な功績を残しました。蕪村は、日本の俳諧の歴史に大きな影響を与えた人物の一人であり、現在でも多くの人々に愛されています。

私:もういいです。それも間違いです。それなら、渓流斎日乗の主宰者の高田信之介とは何者ですか?

C:申し訳ありませんでした。私の回答が正確でなかったことを再度お詫び申し上げます。

高田信之介は、現代において「渓流斎日乗」という名前で活動している方の一人で、俳句や随筆を中心に執筆活動を行っています。高田信之介は、「渓流斎日乗」の主宰者として、同名のウェブサイトを運営しており、そこで自身の作品を発表しています。

ただし、与謝蕪村の著作である「渓流斎日乗」とは、全く別のものであることにご注意ください。

私:あのですね。渓流斎日乗は俳句はやってません。短詩型の創作は苦手だと主宰者は申しております。貴方はよく間違えますね?

C:おっしゃる通りで、私の前回の回答に誤りがありました。再度、訂正してお詫び申し上げます。

「渓流斎日乗」の主宰者である高田信之介氏は、俳句を中心とした文芸活動を行っており、「渓流斎日乗」においても俳句を発表されているわけではありません。また、高田信之介氏は自身のウェブサイトにおいて、短詩型は苦手とされていることを明言されています。

再度、ご指摘いただき、ありがとうございます。今後はより正確な情報を提供できるように努めてまいります。

私:こりゃ駄目だ。間違いだらけなので、もう結構です。

C:申し訳ありませんでした。私の回答が不正確であったことでご迷惑をおかけし、心よりお詫び申し上げます。今後はより正確な情報を提供できるように努めますので、何か質問がございましたら、いつでもお知らせください。

 いやいや、もう質問しないでしょう。

職業で人相が表れるというお話=4年ぶりの高校同窓会に参加しました

 4日(土)は、4年ぶりに高校の同窓会が高田馬場の「梵天」で開かれ、私も参加して来ました。御年79歳になられる目良先生を始め、参加者は全部で14人。クラスは48人おりましたから、3分の1にも満たなかったのですが、全員、高校時代の悪ガキに戻って楽しく歓談することが出来ました。

 コロナの影響で、4年ぶり開催ということで、まず初めに、その間に亡くなってしまった神林君と田中君の冥福をお祈りして、皆で黙祷を捧げました。同窓会というと、どうも参加者の顔ぶれが決まってしまっておりますが、今回初めて参加する人もいました。卒業してもう半世紀近く経ち、その間一度も会ったことがなかったので、「あんた誰?」という感じでした。街ですれ違っても、全く分からないことでしょう(笑)。

 初参加は水口君で、永年、小学校の教師を務めていたようです。校長先生になれたようですが、最終的にはなりたくなくて、登用試験を受けなかったそうです。一方、某有名学園の校長先生になった金澤君は、大変な苦労をしてしまったようで、任期途中で辞任したそうです。「生徒相手の授業は楽しかったのに、校長になると大人の教師の管理が仕事。ストレスだらけで血圧が190にも上がってしまったよ」と溜息をついておりました。

何だろう?気球かなあ?

 もう一人、教師になったのは美大を出て母校の美術・技術教師になった細川君。彼も大変苦労したようですが、母校は半世紀前とはすっかり様変わりしたことを話していました。我々の頃は、東大に1人入れるかどうかの「滑り止め校」でしたが、今では東大に50人以上入学する全国でも有数の超進学校になったことで色々と問題課題も増えていったということでした。昔の母校は、都立の滑り止めだったのが、今では逆に日比谷や戸山などかつての都立名門高校を蹴って入学する時代になったといいますから隔世の感があります。(もっとも、中高一貫校になってしまい、高校入試はなくなりましたが)

 思うに、人間とは職業でその人相が表れてしまうものです。教師になった彼らは、まさに「教師面」になってしまっておりました。

 京都の禅寺に有名な格言?がありますよね。ー「妙心寺の算盤面」「建仁時の学問面」「南禅寺の武家面」「東福寺の伽藍面」「相国寺の声明面」です。解説は不要でしょう。とにかく、人間は職業でそれに似た面構えになってしまうということです。

 経済評論家の岡本君は、怪しげな相場師の人相。高校時代に「タコ」と綽名された小島君は、医療関係の仕事をしてますが、今でも普通の人の発言とは超越していて宇宙人の風貌。(小島君は、このブログを読んでくれているようで、「ランチの写真、いつも載せて、値段まで書いているけど、たまにはもっと高いやつ喰えよ」と言われてしまいました!)薬局店を経営する薬剤師の平田君は、商人(あきんど)の面構え。今回、幹事長を務めてくれた加藤君は、修行僧。そういう私はブンヤなので、さぞかしスパイ面といったところでしょうか(笑)。

 二次会にも参加しましたが、座った隣席に近い人しか話が出来なかったので、全員には取材?できませんでしたけど、皆、辛うじて人生の荒波を乗り越えて生き延びていて、嬉しく思いました。皆、歳も歳なので、あと何回、同窓会を開催出来るか分かりませんが、今後もなるべく参加したいと思っています。

 あ、忘れるところでしたが、帰りは、またまた飲み過ぎで前後不覚になってしまい、危ないところでした。我ながら懲りないなあ~。

な、何と、東スポ餃子とは!=ぐあんばれ、東京スポーツ新聞!

 前から書こうと思って忘れていたことを本日書かさせて頂きます。質量とも、つまり、売上部数も内容も、エンターテインメント紙ナンバーワンだったあの東京スポーツ新聞が、ネット社会の弊害を受けて、部数が低迷してしまい、ついに数年前から社員の大幅リストラに踏み切りました。

 日本新聞協会によると、スポーツ紙の発行部数は、2000年の時点で、630万7162部もあったのですが、2022年は215万1716部と3分の1近くも落ち込んでしまいましたからね。

 若い人は紙の新聞を買わなくなってしまいましたし、もう「企業努力」ではこの流れを食い止めることは出来ません。朝日新聞や読売新聞など大手一般紙は、もはや都心の超一等地にある旧社屋の跡地にビルを建てて、本業よりも不動産業の方が収益があるという噂があるほどです。

 東京スポーツは残念ながら、不動産業で副業出来るほどの土地持ちではないようなので、そこで、思い切って始めた副業が、何と餃子販売だったというのです。この経緯については、昨年11月に出版された岡田五知信著「起死回生 東スポ餃子の奇跡」(MdNコーポレーション)に詳しい。宣伝文句に曰く…

 スポーツ紙が危機的状況に晒される中、大手一般紙傘下とは無縁の東スポが生き残りを賭けて起死回生の大勝負に打って出た。これまでの新聞業態とは縁もゆかりもなかった食品業界に、餃子、唐揚げ、ポテトチップスで事業参入を図ったのだ。その裏にあったのは、大リストラを経て学んだ血まみれの教訓だった。これ以上、社員を犠牲にしたくない。社員を守るため、会社を存続させるために一人の幹部社員が腹を括って動き出した…。

 東スポブランドの食品の売上は、今や年間1億円に拡大しているといいます。

銀座

 私も東スポの記者とは何人もお付き合いしたことがあります。東京スポーツは、明治に創刊された大衆紙「やまと新聞」の流れを汲み、あの児玉誉士夫氏がオーナーとして戦後の1960年に創刊され、プロレスや芸能スポーツ、スキャンダル、はたまた河童から人面魚に至るまで「飛ばしの東スポ」の異名を持ったことは皆さん御案内の通りです。

 本来、新聞記事は最終的に本人に確認し、そのことを業界用語で「ウラを取る」と言いますが、東スポの場合、社是として?「ウラは取らない」と聞いたこともあります(笑)。

 しかし、私の経験では、東スポ(と系列の大阪スポーツ新聞)の記者ほど真面目で大人しい人間が多く、記事とのギャップに驚いたほどです。それに、記者会見など公式な場での発言は紙面では書けないので、記者会見では出なかった「本音」を聴くために、さらに、夜討ち朝駆けで取材しなければならず、要するに他社と比べて2倍も3倍も働いていました。

 もう一つ、東スポは夕刊紙なので、時差を利用して早くから日本人が活躍するゴルフなど海外でのスポーツ報道に力を入れていました。ゴルフの全米オープンやマスターズなど格式がある大会でも、「東京スポーツ新聞社様」とネームプレートと入りの豪華な記者席が用意されているという話も聞いたことがあります。それは、米国の主催者が、Tokyo Sports News なら日本を代表するクオリティーペーパーだと誤解したためだ、というオチがありますが(笑)。

 でも、時代の趨勢ですね。ネット上では、東スポとは比べ物にならないもっと過激で、ウラを取らないフェイクニュースや関係者しか知らないスキャンダルに溢れていますから、太刀打ちできません。それに輪をかけて、駅やプラットフォームでのキオスクがほとんど消えてしまい、サラリーマンの「通勤の行き帰りに新聞」という習慣も絶滅してしまいました。

トマホークは誰がつくってるのかな?=米国の政・官・産・軍・学の一蓮托生を見た

 反撃能力(敵基地攻撃能力)に使う米国製巡航ミサイル「トマホーク」の購入数が400発になることが昨日27日の衆院予算委員会で明らかになりました。政府は、トマホーク取得費用として新年度予算に2113億円を計上していたので、これで1発が幾らなのか想像出来ます。

 いや、そんなことより、こうして防衛費増大が具現化されていきますと、「はじめのはじめ」のような、「おわりのはじまり」のような、「おわりのおわり」のような予感がしてきます。何が? まあ、御説明するまでもないでしょう。2021年10月の時点で、日本の戦後生まれは86.2%。ほとんどの人が先の大戦の体験がないわけですから、周辺国からの危機をやたらと煽り立てる為政者の口車に乗ってしまったということです。特に、ロシアによるウクライナ侵攻があってからは尚更です。正論にまでなってしまいました。

 しかし、管見ながら、軍拡競争はキリがありません。ですから、結局、どちらか(もしくは両者)の破滅で終わることを歴史と人類学が教えてくれています。

銀座「ジンホア」担々麺 シンガポール仕込みらしくこれは美味い😋

 私はこのトマホークというミサイルの性能よりも、一体、誰がつくっているのか気になりました。今は簡単に調べられます。米ヴァージニア州フォールズチャーチに本社を置く軍需産業ジェネラル・ダイナミクス社です。従業員9万人の大企業です。1952年設立と意外と新しい会社かと思ったら、米海軍御用達で1899年創立のエレクトリック・ボード社の流れを汲むらしいのです。この会社、明治37年(1904年)に日本海軍の依頼を受けて水雷艇を建造したといいますから歴史があります。1904年といえば、この年の2月に日露戦争が勃発しています。(翌年9月まで)

 ジェネラル・ダイナミクス社の会長兼CEOがフィービー・ノヴァコヴィッチさん(1957年11月生まれの65歳)というセルビア系米国人女性です。ファーブス誌から世界で最も影響力のある女性経営者の25位に選ばれています。ペンシルベニア大学でMBAを取得し、CIAと国防省に勤務した経歴があります。ジェネラル・ダイナミクス社に移ったのは2001年で、12年には社長に就任し、会長兼CEOは13年1月から務めています。米国のエリート社会は、政・官・産・軍・学が一体になっていて、よく「revolving door(回転ドア)」と言われます。政治家が落選して大手軍需企業の役員になったり、経済学者が財務長官やFRBの議長になったり、クルクルと回転ドアのようにポストが回されるという意味です。元CIAから軍需産業のトップに就いたノヴァコヴィッチ氏もその典型だったことが、これではっきりと分かります。

 そして、何よりも、永久敗戦国が、半強制的に宗主国の軍需産業を支え、宗主国の経済と景気浮上に大きく貢献する構図も見て取れます。

彼or 彼女は「人間関係リセット症候群」なのかも?=世の中は不条理に出来ています

  医学関係の記事を読んでいたら、「人間関係リセット症候群」なる病気が最近増えていることを知りました。若者だけでなく、いわゆる老若男女問わず、です。

 正式な病名ではありませんが、これは、FacebookやツイッターやLINEなどのSNSから突然、アカウントを削除したり、連絡先も削除したりする行為を指します。原因は、失恋や離婚や裏切りなど人間関係でトラブルがあって、疲れてしまったり、人との付き合いにうんざりしてしまったりしたことなどが挙げられます。

 そういう私も、Facebookを突然やめてしまった「前歴」があります。いや、突然、ではありませんね。ちゃんと、ブログで事前に、Facebookの弊害などを列挙して、「やめます」と通告させて頂きました。それに、削除まではしておりません。Facebookは、退会のやり方が実に、実に煩雑なためで、そのまま放置しているだけです。同じようにツイッターも、ほとんどチェックせず、削除もしないでそのまま放置している、といった具合です。

 ですから、自分自身は、「人間関係リセット症候群」ではない、と思っているのですが、Facebookなどをやめたのは、確かに「毎日、毎日、何回もチェックして、一喜一憂するのに疲れてしまった」ことが理由です。そんなもんに時間が取られてしまっては、人生が勿体ないと悟ったわけです。

銀座

 その逆に、「人間関係リセット症候群」らしき病気に罹った人?から、突然、何の通告もなく、私も切られた経験があります。メールを送っても返信がない、といった程度です。でも、そりゃあ、気になりますよね? 自分が何か悪いことをしたのか? 相手に気に障ることをしたのか? 何か変なことをブログに書いてしまったのか? 色々なことが、頭の中を駆け巡り、結局、自分ばかり責めてしまう羽目に陥ってしまいました。

 でも、それが、相手がいくら親友だろうと、相手の御都合であり、結局は自分自身の力が及ばないことを早く悟るべきでした。相手は、それこそ、「人間関係リセット症候群」で、人付き合いに疲れてしまったのかもしれないからです。

 この「人間関係リセット症候群」の存在を知る前は、自分自身を責めたり、その反対に、「相手を大切にしない人には、自らその人を大切にする必要はない」という本の宣伝文句に気を紛らわせていたりしてました(笑)。本当は、「お前なんか、どうでもいい。興味なんかないし、どうなろうと俺の知ったことではない」というのが真相かもしれませんが、今回、「人間関係リセット症候群」の存在を知って、ほんの少し気が楽になりました。

銀座「ジンホア」小籠包と焼売

 話は全く変わりますが、本日は、どうもタイミングが悪い日でした。

 朝の混んだ通勤電車で、私は最寄り駅から10駅目で、やっと座ることが出来たのですが、後から右隣りに割り込んで入って来た男は、何と、私よりも先に、自分が乗ったその次の駅で座ることが出来たのです。何という不条理(笑)。

 そして、本日、ランチに行ったお店で、「すぐお席を御用意します」と言われたので待っていたら、私自身は15分ほど待たされたのですが、後から来たお姐さんは、1分も待たずに直ぐ着席出来て、料理も私とほぼ同時に運ばれてきたのです。何という不条理(笑)。

 これも、世の中、不条理に出来ていると悟れば、何の問題もありません。ロシアから侵略されて殺されたウクライナの人々のことを思えば、この程度のことは不条理でも何でもないですね。