仏像とお経で仏教思想に触れる

高徳院阿弥陀如来坐像

 残りの人生、お城とともに、寺社仏閣巡りをすることを楽しみにして生きています。足腰がしっかりしているうちにあちこち回りたいのですが、段々しっかりしなくなってきたのが残念です(苦笑)。

 ところで、仏像を鑑賞すると仏さまの思想がよく分かりますーというのは、誰もが間違いやすいパラドックスです。

 その逆で、お経に書かれた仏さまの教えを忠実に再現したのが仏像だというのが正しいのです。とはいえ、我々は、仏像を通して、仏教を知り、救いを求めてお参りすれば、自然と頭(こうべ)が下がり、心が洗われます。これは、理知的ではなく、どちらかと言えば不可知的です。

 いずれにせよ、仏像は仏典を忠実に再現したものですから、「お決まり」があることを知っておかなければなりません。それさえ会得すれば、鑑賞の際に深みが増します。

 仏像には、大きく分けて4種類あります。

(1)如来=真理を得て悟りを開いた存在(釈迦如来など)

(2)菩薩=悟りを求めて修行の身(観音菩薩など)

(3)明王=如来の教えに従わない者を救済(不動明王など)

(4)=仏教に帰依した神々、守護神(梵天、四天王など)

また、仏教寺院に安置される「三尊像」にもお決まりがあります。三尊像とは、中央に如来を配置し、左右に脇侍と呼ばれる菩薩で固めます。

 釈迦如来像の場合、「陀羅尼集経(だらにじっきょう)」に従って、脇侍として、左に文殊菩薩(騎獅)像、右に普賢菩薩(騎象)像を配置します。そして、眷属(けんぞく=主尊に従って教えを広める手助けをする)として、阿修羅などの八部衆が控えます。

 「華厳経」最終章「入法界品」にはこの文殊と普賢が登場します。善財童子が、「智慧第一」の文殊菩薩の勧めに従って、延べ53人、全53カ所の善知識(仏道へと導いてくれる指導者)を訪ね歩き、最後に出会った普賢菩薩によってようやく悟りを得る話です。江戸時代の東海道は、この物語に因んで「五十三次」つくられたといいます。

 薬師如来像は、左に日光菩薩、右に月光(がっこう)菩薩を脇侍として配します。眷属は、伐折羅(ばさら)などの十二神将です。

 浄土教の阿弥陀如来像は、左に観音菩薩、右に勢至菩薩が脇侍です。日本人に最も馴染みが深い観音さまは、阿弥陀如来の脇侍だったんですね。来迎図でも描かれます。観音さまは、六道にも対応して、如意輪観音菩薩=天道、准胝(じゅんでい)観音菩薩、もしくは不空羂索観音菩薩=人間道、十一面観音菩薩=修羅道、馬頭観音菩薩=畜生道、千手観音菩薩=餓鬼道、聖観音菩薩=地獄道に当たります。

 華厳思想から生まれた毘盧遮那如来像には、左に虚空蔵菩薩、右に如意輪観音菩薩が脇侍として控えています。東大寺大仏殿もそういう配置になっていますが、私は、そこまで知らずにお参りしていました。

 と、ここまで読まれても、字面だけではよく分からないでしょう。私の場合、たまたま本屋さんで、釈徹宗監修「お経と仏像でわかる仏教入門」(宝島新書、2020年6月24日初版)を見つけて購入し、大変重宝しています。仏像などカラー写真が豊富に掲載され、色々と勉強になります。例えばー。

 極楽浄土と言えば、西方にあることは知っていましたが、それは阿弥陀さまの世界で、東方には浄瑠璃浄土があり、ここには病を癒してくれる薬師如来がおわします。人形浄瑠璃の浄瑠璃は、この浄瑠璃浄土からとったのでしょうか?

 56億7000万年後の未来に現れる弥勒如来は、兜率天浄土におられ、智慧を具現化し、物事に動じず迷いに打ち勝つ強い心を授けるといわれる阿閦(あしゅく)如来妙喜浄土におられるということです。浄土とは清浄国土、または清浄仏土の略で、ほかに、霊山浄土や十方浄土、天竺浄土、そして観音菩薩が降臨する補陀落(ふだらく)浄土などもありますが、浄土といえば、だんだん阿弥陀如来の西方浄土のことを指すようになったといいます。

 さて、私自身は、恐らく特定の教団の信徒や門徒や信者にはならないと思いますが、実は、寺社仏閣巡りをしながら、どの教団宗派が自分と阿吽の呼吸が合うか調べることも楽しみにしているのです。そのせいか、仏像や仏画を鑑賞するのも大好きです。西洋美術を鑑賞する際も、キリスト教の知識がないとさっぱり分からなかったので、そのために聖書をよく読んだものでした。

 仏教は何も、特定の信者のためだけにあるわけではなく、万人に開かれているはずです。私自身も煩悩具足の凡夫ですから、個人として、今後も寺院を参拝したり、仏教書に目を通すことは続けていきたいと思っています。

お経は今を生きる人が心の糧として読むべきでは?

WST National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

  何か、毎日、本を読んでいるか、映画館か博物館に行くか、とにかくブログを書いているのが自分の人生に思えてきました(笑)。何も取り得がなく、希望がなくても絶望はせず。ただひたすら真面目に誠実に生きたい、ということだけは心掛けて生きています。

 そういう意味では、仏教哲学は大変役に立っています。苦諦(現実世界は苦に満ちている)、集諦(じったい=苦の原因は人間の無知から生まれ、執着心から起こる。その根源をはっきり認識する)、滅諦(執着を断ち切り、苦を滅する)、道諦(苦のない涅槃の境地に達するために八正道=はっしょうどう=など修行をすること)の四諦(したい)を見極めて、その八正道を実践するという仏教の教えは特に身に染みます。

 八正道とは、(1)正見(しょうけん=正しい見解)(2)正思惟(しょうしい=正しい考え)(3)正語(しょうご=正しい言葉遣い)(4)正業(しょうごう=正しい行い)(5)正命(しょうみょう=正しい生活)(6)正精進(しょうしょうじん=正しい努力)(7)正念(しょうねん=邪念を離れ正しく念想する)(8)正定(しょうじょう=迷いのない正しい瞑想)ーのことです。

 これらは、上座部仏教の教学「清浄道論」に書かれています。

 …なんて、知ったかぶりばかりしておりますが、先日読了した松濤弘道著「お経の基本がわかる小事典」(PHP新書)に書いてあります。読了したとはいえ、全て頭の中に入っているわけではありません。逆に言うと、この事典の内容を奥深く理解して、頭の中に記憶できて入ったら、自分自身の仏教に関する知識が格段に進歩し、少しは自信がつくことでしょう。

 著者によると、お釈迦様が説いた教えである経典は、梵語から漢訳されて日本に伝わったものだけで1692部、日本で生まれたお経も含めれば3360部もあるといいます。

 この本では、お釈迦様の直説とされる「阿含経」から、「法句経」「大般若経」「無量寿経」「法華経」を始め、中国で生まれた「往生論註」「臨済録」「天台四教義」、日本で生まれた「山家学生式」「十住心論」「選択集」「教行信証」「正法眼蔵」など主要なお経はほとんど取り上げて内容について短く説明しています。(経典とは言えない「今昔物語」まで)

 これらのお経の内容を全て茲でご紹介するのは無理なので、この本を読んで特筆したいことと、その感想めいたことを書くことにします(拍子抜けされた方はすみません)。

 ・釈迦の滅後、聞き間違えや異説を唱える者が出て、何が師の教えだったのか再確認する必要に迫られた。それが、結集(けつじゅう)と呼ばれ、第一回の結集は、紀元前483年に開かれた、と書かれています(29ページ)。釈迦の生没年に関しては、(1)紀元前565~同486年(2)紀元前465~同386年(3)紀元前463~同383など、諸説ありますが、紀元前483年に釈迦入滅後初の結集が開催されたとしたら、(2)と(3)はあり得ず、(1)しかなく、お釈迦様が入滅された3年後に開催されたことになります。

・インドから膨大な量の経典を中国に持ち帰って「大般若経」600巻などを漢訳した玄奘三蔵法師の「三蔵」(ティピタカ)とは、「経」(スッタ=釈迦の直説の教え)と「律」(ヴィナヤ=その教えに従う弟子の教団の規律)、「論」(アビダルマ=経の注釈書)のこと。

・最澄は、大乗戒を説く「梵網経」に基づき、朝廷に対して、比叡山に大乗戒壇の建立を願う建白書をまとめたのが「山家学生式」。それまでは、僧侶になるには奈良の東大寺か、下野の薬師寺か、筑紫の観世音寺へ行って、小乗の戒律を受けなければならなかった(173ページ)。

中国仏教に感謝するしかない

・日本の仏教は、インド仏教というより、漢訳された中国仏教の影響の方が強いのではないかと思う。例えば、浄土宗の開祖法然は、中国浄土教の善導から最も強い影響を受けましたし、最澄の天台宗は、中国の南北朝時代から随にかけての天台智顗(538~598)なくしては語れません。栄西の開いた禅の臨済宗も、もともと中国の臨済義玄(?~867)が開宗したもので、道元が中国宋から持ち帰った曹洞宗も、中国禅宗六祖慧能が説法した曹渓と、慧能が大成した南宗禅の法系である良价(りょうかい)が住んだ洞山にちなんで、曹洞宗と名付けられたといわれてます。

 となると、今の中国仏教が見る影もないほど廃れてしまったことは大変残念です。と同時に、これまでの中国仏教には感謝するしかありません。日本の仏教は、明治の廃仏毀釈後も残りましたから、御先祖さまの長年の信仰と、存在価値があったからでしょう。

諸行無常、こだわってはいけない

・著者の松濤氏は、お経というものは、死者の冥福や慰霊のために、僧侶が唱えるものというのは固定観念であって、今を生きる普通の人でも、生きる糧として読むべきであり、現代人でも、釈迦の教えに逸脱しなければお経をつくっていいと主張しています。これは素晴らしいことだと思いました。

 やはり、悟りを開けなくても、人生を深く考え、見極めることが大切です。それはお経に書いてあります。例えば「諸行無常」です。西洋でいえば、「万物は流転する」ということでしょうか。すべてのものは変わっていて、同じ状態で居続けることはあり得ない。無常なものである。人の命も、愛情も友情もたったひと時のことである、と著者は語り掛けてくれます。

 人生、こだわってはいけないんですね。とらわれてはいけないんですね。先日15年ぶりに会ったM氏も、長年親しく付き合っていた北海道の友人と、何のきっかけもないのに、相手から連絡がなくなり、疎遠になってしまった、と嘆いていましたが、私も同じような経験があるので、気持ちがよく分かりました。でも、人生とは諸行無常であり、友情でさえ、一時のもので、変化していくものだという真理を知れば納得できます。

 私は特定の宗派の教団の信徒にはならないと思いますが、私が仏教哲学に、改めて心の奥底から惹かれるようになったのは、苦い人生経験を経た末のことだと思っています。

お経で自己反省=究極のミニマリストには驚き

WST National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

 最近、このブログで個人的なことばかり書いているので忸怩たる思いを感じております。

 今日やっと半月間かけて読了した松濤弘道著「お経の基本がわかる小事典」(PHP新書、2004年11月1日初版)は大変為になりました。お経は、梵語から漢訳されて日本に伝わったものだけで1692部あり、我が国で生まれたものを含めると3360部にもなるといいます。もちろん、お釈迦様お一人がこれほど膨大なお経を説いたわけではなく、弟子や後代の名僧が説いたものもあるわけです。

 以前にも取り上げましたが、著者の松濤弘道(まつなみ・こうどう)氏(1933~2010)は、米ハーバード大学大学院で修士号を修め、栃木市の近龍寺の住職なども務めた方でした。 近龍寺は浄土宗ですが、松濤氏は学者でもあるので、宗派にとらわれず、オールラウンドに仏教思想全体に精通されているところが素晴らしいです。

 その松濤氏は、お釈迦様の考えに逸脱しなければ、現代人でもお経を説いてもいいと主張するので驚いてしまいました。私は未読ですが、評論家の草柳大蔵さんには「これが私のお経です」(海竜社、1993年刊)という本がありました。この本でも著者の松濤氏は御自分でつくった短いお経も披露されています。

 その中で、「いたずらにむさぼらず、おごらず、とらわれず…、人に対しては優しい目、和やかな顔、温かい言葉をもって接し、お互い、いたわり合うべし。たとえそうすることによって不利益を被ることもあらんとも」という文章に巡り合いました。目から鱗が落ちるようで、深く反省した次第です。たとえ相手がチンピラだろうと、そいつから金品を巻き上げられようと、人に対しては優しく接しなければいけませんね。

 さて、今日は、最近テレビで見た奇人・変人(失礼!)をご紹介します。

 先週、バラエティー番組を見ていたら、若い気象予報士の男性が登場し、究極のミニマリスト(最小限の家財道具しかないシンプル生活者)で、部屋には何もない、と言います。食事は外食なので、調理道具も皿や茶わん等もないように見受けられました。

 凄かったのは、冷蔵庫はありますが、中に入っているのは湿布ぐらいだというのです。司会者が「何で?」と聞くと、「身体の節々が痛くなるから」と答えるので、また司会者が「何で痛くなるの?」と聞くと、どうやら、布団を持っていなくて、フローリングの床の上で、そのままダウンコートを着て寝ているというのです。(ということは、ソファもないことでしょう)周囲から「布団ぐらい買えよ」とチャチャを入れられていましたが、これには驚くとともに大笑いしてしまいました。

 世の中にはこんな人もいるんだ。何もなくても、布団もなくても生きていられるんだ、と逆に勇気をもらいました。もしかして、仏教の精神を実践されている方なのかもしれません。

【後記】

 あっちゃー、吃驚です。本物かどうか分かりませんが、「京都の住職」さんから「チンピラや悪党や性根の腐った人間もひとしく弥陀の救済の対象です。『さんげ』は必要ですが。
『極楽浄土に来てほしくない』なんておっしゃると、カンダタと同じになっちゃいますよ。 」との「コメント」を頂いておりました。(今、発見)

 カンダタとは芥川龍之介の「蜘蛛の糸」に登場する地獄に堕ちた泥棒さんのことですか?

 そ、そ、それだけは御勘弁ください。ま、真人間になりますから。