権威主義的、不平等主義的直系家族のドイツと日本=E・トッド著「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」を読破

 ネット通販でスニーカーを注文したら、どうも小さくて、交換してもらうことにしました。以前にも何足か通販で靴を買ったことがあり、大抵、26センチで間に合っていたのですが、今回のスニーカーはスイス製の「オン」という防水性に優れた高級靴です(とは言っても、メイド・イン・ヴェトナムですが)。部屋で試し履きしてみて、無理して履けないことはなかったのですが、ちょっときつい。また外反母趾になったりしては嫌なので、26.5センチに替えてもらうことにしました。

 通販のポイントが付くので、かなり安く買えたと思ったのですが、先方に靴を送り返す宅急便代が1050円も掛かってしまったので、結局、チャラになった感じです(苦笑)。

 さて、エマニュエル・トッド著、堀茂樹訳「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」上下巻(文藝春秋、2020年10月30日初版)を昨日、やっと読了することが出来ました。上下巻通算700ページ近い難解な大著でしたから、正直言って、悪戦苦闘といった感じで読破しました。上巻の「アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか」は11月15日頃から読み始め、読了できたのが12月5日で、下巻の「民主主義の野蛮な起源」を読破するのに12日間かかったので、上下巻で1カ月以上この学術書に格闘してきたわけです。

 評判の本ということで、発売1カ月で、日本でも4万部を突破したらしいですが、果たして全員が読破できたのか、疑問が付くほど難解な本でした。私のような浅学菲才な人間が読破できたので、思わず、自分で自分を褒めてやりたくなりました(笑)。

 はい、これで終わりにしたのですが、ありきたりの書評を書いてしまっては、つまりませんね。エマニュエル・トッドという大碩学様に、浅学菲才が何を言うか、ということになりますが、もう少し分かりやすく書けないものですかねえ、と言いたくなりました。矛盾点も見つかりました。

 この本を渓流斎ブログで取り上げるのは、これで4回目です。過去記事は、最後の文末の【参考】でリンクを貼っておきますが、直近に書いた「アングロサクソンはなぜ覇権を握ったのか?」の中で他殺率の話が出てきます。孫引きしますと、こんなことを書いています。

 この本(上巻)の345ページには、1930年頃の他殺発生数が出て来ます。10万人当たり、英国では0.5件、スウェーデンとスペインで0.9件、フランスとドイツで1.9件、イタリアで2.6件、そして日本では0.7件だったといいます。それに対して、米国は8.8件という飛び抜けた数字です。著者のトッド氏は「アメリカ社会は歴史上ずっと継続して暴力的で、そのことは統計の数値に表れている。」と書くほどです。

 そう、この辺りを読んで、私も正直、大変失礼ながら、アメリカは野蛮な国だなあと思いました。

 そしたら、下巻では、上巻には出て来なかったロシアの他殺率が出てきて驚愕してしまいました。251ページに、ロシアの他殺率は、「2003年に10万人当たり30.0人だったのが、2014年に8.7人に急減した」という数字が出てくるのです。10万人当たり30人とは米国どころではありません。時代は違っても、米国を野蛮国と断定したのは無理がありました。何で、トッド氏は、このロシアの数字を上巻に入れなかったんでしょうか?

 原著は5年前の2017年の5年前に出版されたので、当然ながら今年2月のロシアによるウクライナ侵攻のことは書かれていません。(「日本語版のあとがき」の中では少し触れていますが、あくまでも、著者は「ウクライナ軍を武装化してロシアと戦争するように嗾けたのは米国とイギリスです」と、ロシア贔屓の書き方です。)

 下巻の240ページでは、「モスクワによるクリミア半島奪回、ウクライナにおけるロシア系住民の自治権獲得など、伝統的な人民自決権に照らせば、正統な調整と思われることが、西洋一般において、とんでもなく忌まわしいことと見なされている。歴史の忘却を超え、地政学的現実の考慮を超えて、唖然とせざるを得ないのは、ロシアの脅威の過大評価にほかならない」とトッド氏は断言されていますが、結局、ウクライナ侵攻という事実によって西側メディアや学者らがロシアのことを脅威と見なしていたことは、過大ではなく、正当で、トッド氏の予言ははずれたと、私は思うのですが。

◇ユーラシア大陸中央部だけが権威主義的か?

 もう一つ、私が矛盾点を感じたことは、下巻10~11ページに書かれていたことです。

 個人主義的・民主主義的・自由主義的イデオロギーが、ユーラシア大陸の周縁部に、歴史の短い諸地域に位置しているということである。逆に、反個人主義的で権威主義的イデオロギーーナチズム、共産主義、イスラム原理主義ーは、ユーラシア大陸のより中心的ポジション、より長い歴史を持つ諸地域を占めている。

 確かにそうかもしれません。ユーラシア大陸の中央にあるロシアや中国は実質的に共産主義で、イランやアフガニスタンなどはイスラム原理主義です。でも、ユーラシア大陸のはじっこの周縁部にある北朝鮮やベトナムはどうなるのでしょうか?

 それでも、著者による「人口」「出生率」「識字率と高等教育」「宗教」「イデオロギー」「家族形態」に着目して、世界のそれぞれの国家を分析、仕分けした学説は説得力があり、データの使い方に恣意的な面が見られるとはいえ、感心せざるを得ません。表記も換骨奪胎して、それらの部分を引用します。

 ・政権交代を伴う自由主義的民主制が容易に定着したのは、欧州でも英国、フランス、ベルギー、オランダ、デンマークといった核家族システムにおいてだけだった。(19ページ)

 ・カルヴァン的不平等主義から民主的な平等主義へ移行した米国は、独立宣言で、インディアン(アメリカ先住民)のことを「情け容赦のない野蛮人」と述べ、1860年から1890年までの間に、インディアン25万人を殲滅した。人種差別はむしろ、アメリカン・デモクラシーを支える基盤の一つだ。(22~23ページ)

◇人類の知的能力は頭打ちか?

 ・米国の高等教育は、1900年は、25歳の男性のわずか3%、女性の2%しか受けていなかったが、1940年には男性7.5%、女性5%、1975年には男性27%、女性22.5%、2000年頃には男性30%、女性25%に達した。しかし、試験の平均スコアは1970年代からほぼ停止状態入った。これは、受け入れシステムの制約ではなく、高等教育を受けるに足る知的能力の持ち主の比率が上限に達した結果だ。(43~46ページ)

・米国の1950年代以降の知的能力の停滞は、テレビの普及の可能性があるのではないか。私は既に、6歳から10歳までの思春期以前の集中的読書がホモ・サピエンスの知的能力を高めることを言及したが、集中的読書を抛擲したがゆえに頭脳の性能が落ちたとしても、いささかも意外ではない。(50ページ)

・ロシアや中国の基本的家族型は、外婚制共同体家族だが、セルビアやベトナムなども含め、農村で起こった共同体家族の崩壊で人々が個人として解き放たれたが、急に解き放たれた個人は、直ぐに自由に馴染めず、ほとんど機能不全に陥った家族の代替物として、党や中央集権化された計画経済や警察国家に求めた。(142ページ)

◇不平等で反個人主義のドイツと日本

 ・ドイツと日本は直系家族の典型で、父系制が残存し、長子相続の記憶を保全し、不平等な反個人主義だ。女権拡張的価値観に乏しく、人口面で機能不全を来し始めた。その一方、今日の世界貿易の面では、英語圏の全ての国が赤字で、一般的に直系家族型社会が黒字になっている。(170~176ページ)

 ・ゾンビ・直系家族は、集団的統合メカニズムを恒久化し、不平等主義を促し、非対称性のメンタリティがあるが、ドイツや日本の技術的優越性は自己成就的予言となり、かくしてドイツ製品や日本製品は高いレベルに到達していく。(190ページ)

 ・大陸ヨーロッパでは、オランダ、ベルギー、フランス、デンマークを別にすると、自由主義的、民主主義的であったことは一度もない。大陸ヨーロッパは、共産主義、ファシズム、ナチズムを発明した。何よりも、ユーロ圏の多くの地域が権威主義的で不平等主義的な基層の上にあることを忘れないようにしたい。(232~237ページ)

 ・直系家族であるドイツや日本の階層的システムは、社会秩序を安定化させる不平等原則を内包している。(271ページ)

 こうして読んでいくと、ドイツも日本も19世紀までいわばバラバラの領主分権国家だったのが、統一国家(プロシャ、大日本帝国)として成立した時期も似ています。明治日本がプロシャを手本にして憲法をつくったりしたのも、先の大戦で、日独伊三国同盟を樹立したのも、同じ直系家族として、偶然ではなく、必然だったのかもしれません。勤勉で真面目で、組織力がある性癖は日独に共通しています。

 私の経験では、英国で道に迷って、人に聞くと「No idea」と言って素っ気ないのに、ドイツ人ならわざわざ一緒に歩いて目的地まで連れて行ってくれたりしました。同じ直系家族としてウマが合うのかもしれません。

【参考】

 ・2022年11月18日=「人類と家族の起源を考察=エマニュエル・トッド著『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』」

 ・2022年12月1日=「『ドミノ理論』は間違っていた?=家族制度から人類史を読み解く」

 ・2022年12月6日=「アングロサクソンはなぜ覇権を握ったのか?」

「ドミノ理論」は間違っていた?=家族制度から人類史を読み解く

 うーん、人の名前が出て来ない。10月に新しく英国の首相になった人、インド系で、奥さんともども大金持ちで、英王室よりも資産があるという…。韓国の大統領の名前も出て来ない。テレビで顔はよく見るのだけど…。目下、カタールで開催中のサッカーW杯。フランス代表のスーパースターは、バムエパだったか?エムベパだったか…(答えは、リシ・スナク英首相、尹錫悦ユン・ソギョル韓国大統領、エムバペ)。

 物忘れ、置き忘れ、が激しくなってきた今日このごろです。昨日なんか、ネット通販のパスワードも忘れて、一瞬、焦りました。

 でも、英国の首相や韓国の大統領の名前を会社の若い後輩に聞いてみたら、出て来ません(笑)。やったー、です(爆笑)。情報が氾濫しているせいなのかもしれません。現代人は、スマホがあれば、すぐ検索できますから、無理に覚えようとしないせいなのかもしれません。というより、今の世の中、「いらない情報」が多過ぎるのかもしれません。SNSで一般ピープルが好き勝手に発言する。それをマスコミが面白おかしく取り上げる…。

 勿論、このブログもまさしく「いらない情報」です。「それを言っちゃあ、おしめいよ」ですけど、私はすぐ読者の反応を期待してしまいますから、そんな自分のあざとさが嫌になって Facebook もやめてしまいました(笑)。

 さて、相変わらず、エマニュエル・トッド著、堀茂樹訳「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」(文藝春秋)を読んでいます。四国の城巡りにも持参しましたが、ほとんど読めませんでした。昔なら、ラジオを聴きながら勉強するとか、一度に違うことが同時に出来たのに、年を取ると、マルチタスクが出来なくなりました。音楽を聴きながらの読書さえ出来なくなりました。どちらか一つに集中しなければ何も頭に入らなくなったのです。

 ですから、四国旅行の際は、お城のことで頭がいっぱいで、ほとんど本が読めなかったのでした。特にこの本は、気軽に読めるような本ではありません。はっきり言って、難解な学術書です。未分化親族網、絶対核家族、不完全直系家族、共同体家族…といった耳慣れない専門用語が頻出するので、何度も立ち止まってしまいます。うーん、もう少し分かりやすく書いてくだされば、ハラリさんの「サピエンス全史」のように世界的な大ベストセラーになったのに。

 でも、言い訳ばかり書いてもしょうがないので、「如是我聞」ではなく、「如是我読」でいきます。如是我読とは、私の造語で、「このように私は読んだ」という意味です。誤読かもしれませんが、致し方ありません。

◇人口と家族が人類史の謎の鍵

 トッド著「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」のまだ上巻ですが、私はここまで読んできて、以下のように理解しています。まず、20万年前に出現した現生人類ホモ・サピエンスは、核家族だった。それが、1万年前に、彷徨する狩猟採集生活から、定住する農耕生活が始まったお蔭で、土地や資産などの相続の問題が発生してきた。富が分散しないようにたった一人の長子に分け与えたのが直系家族で、それ以外にも色んなパターンがあって、それが、先述した未分化親族網、絶対核家族、不完全直系家族、共同体家族がそれに当たります。王侯貴族ともなると、絶大な権力と広大な土地を確保するので、土地が分割されたり、女子にも分け与えられたり、さまざまな形態が生じていきます。

 この本は、人口問題を主軸に置いた歴史人類学書です。この本には書かれていませんが、中東で農業が始まった紀元前8000年頃の世界の人口はわずか500万人でした(日本は縄文時代)。この農業革命の影響で人口は増え続け、現在2022年の世界人口は、何と80億人です。世界人口が10億人になったのが1800年ごろ、500万人の時代から約1万年掛かりましたが、それから130年後の1930年代に20億人。それからわずか80年余の2011年に70億人。そこから約10年で、また10億人も増加。ただし、国連の推計では、2080年代に約104億人でピークとなり、その後、横ばいになるといいます。

 いずれにせよ、人口増加には様々な促進要因や、その逆に阻害要因があります。ここからがソ連邦崩壊を予言したトッド先生の面目躍如です。宗教(特にキリスト教のプロテスタンティズム)、識字率、出生率、イデオロギー(特に共産主義)、家族制度との相関関係を人口をキーワードに見事に解き明かしてくれます。

 その相関関係を大雑把に見てみると、欧州では15世紀にグーテンベルクによる活版印刷の発明により、聖書が大量に出版されるようになり、識字率が高まる。特に、ドイツでは16世紀になってルターによる宗教改革で「聖書に帰れ」と主張されると、識字率がさらに高まる。同時に、キリスト教は禁欲主義と罪の意識を唱えるので、聖職者は独身を貫き、一般民衆の中には原罪意識から自殺も増え、出生率にも影響を与えるようになる。と、明確に著者は断定はしておりませんが、これが私の如是我読です。

◇日本とドイツは直系家族

 家族制度については、同書284ページで、トッド氏は具体的に国別に紹介してくれております。

 英国=絶対核家族、仏(中央部)=平等主義核家族、ドイツ=直系家族、ロシア=外婚制共同体家族、日本=直系家族、中国=外婚制共同体家族、カンボジア=未分化核家族、イラン=弱い内婚制共同体家族、アラブ世界=強い内婚制共同体家族、インド南部=父方居住で交叉イトコ婚の核家族、ルワンダ=一夫多妻制の直系家族…。日本は長子相続の伝統が残っている直系家族ですから、その通りで、これで、家族制度のイメージが湧きます。

 そこにイデオロギーが登場します。トッド氏は、共産主義社会というのは、権威主義的で平等主義的ドクトリンなので、共同体家族の権威主義的で平等主義的な価値観に支配されている地域でのみ実現する可能性があるというのです。上の各国のデータを見てみると、外婚制共同体家族制度を取っている中国とロシアが、ちょうどそれに当てはまるわけです。他に、ベトナムも社会主義体制ですが、やはり、家族は権威主義的で平等主義的共同体の国なのです。

 その一方、同じ東南アジアのタイは、権威主義的でも平等主義的でもない、つかみどころがない未分化の家族組織なので、共産主義は全く適応できない。「ドミノ理論」(一国が共産主義社会となると、隣国もドミノ倒しのように共産主義化する)でベトナム戦争に深く介入した米国のロストウ理論の破綻は、このように家族制度を見極めれば、知的・政治的説明がつく、とトッド氏は胸を張って主張しております。

 同書には書かれてはいませんが、さしずめ、トッド理論によれば、日本は直系家族制度ですから、共産主義は適応しない、ということになるのでしょう。しかし、同じ直系家族のドイツは、東独が共産主義化されました。これは、ソ連による占領ということで説明がつくかもしれません。また、ベトナムの隣国カンボジアは、ドミノのように共産主義化されましたが、共同体家族ではなく、未分化核家族です。詳しい説明はありませんが、未分化核家族には共産主義を受け入れる土壌があるのかもしれません。(それとも、単なる強圧的な独裁政権なのか?)

 「難解」などと難癖をつけてしまいましたが、色々と我流に読むと俄然面白くなってきました。