その表紙といい,、本のタイトルといい、書店の店頭で初めて見かけた時、とても手に取ってみる気がしませんでしたが、どうも、昨年から「人類学」もしくは「進化論」にハマってしまい、見過ごすことができなくなってしまいました。
更科功著「禁断の進化史」(NHK出版新書、2022年12月10日初版、1023円)という本です。表紙には「私たちは『バカ』だから繁栄できた?」という挑発的な惹句が踊り、少し興醒めしてしまいましたが…。
実は、この本は既に読了して数日経っておりますが、どうもうまく敷衍できません。正直、前半は人類の進化の歴史が、動物の側面からだけでなく、植物や気候変動にまで遠因を突き止めて、類書には全くそんな話は出てこなかったので、興奮するほど面白く、先に読み進むのが勿体ないくらいでした。でも、後半になると、急に、「意識」の問題がクローズアップされ、デカルトの哲学から始まり、かつて、生きたまま土葬されて生き返った人の話、植物人間状態になった人の意識はあるのかどうかーといった話を最新の脳科学や「統合情報理論」に基づいて分析したりして、少しは理解は出来ても、ちょっと付いていけなくなってしまいました。
失礼ながら、このような正統なアカデミズムから少し飛躍したような論理展開は、著者の略歴を拝読させて頂いて、少し分かったような気がしました。著者は1961年、東京生まれで、東大の教養学部をご卒業されて、どこかの民間企業に入社されてます。その後、東大大学院に戻って、理学博士号を取得して研究者の道に変更しますが、現在奉職されている大学は、著者の専門の分子古生物学が学生にとっては専門外の美術大学ということですから、これまた大変失礼ながら「異端」な感じがしました。私が使う異端には決してネガティブな意味が強いわけではなく、むしろ新鮮で、正統なアカデミズムにはない強烈な個性を感じますが。
とはいっても、著者は正統な学者さんですから、私の100倍ぐらい、あらゆる文献に目を通しているようです。引用文献も「ネイチャー」などの世界的科学雑誌が多く、この本でも最新情報が反映されいるので読み応え十分です。単に私だけがバカで知らなかっただけでしたが、著者には「進化論はいかに進化したか」(新潮選書)、「絶滅の人類史」(NHK出版新書)など多数の著書があり、その筋の権威でした!ということは、私が感じた「異端」は間違っていたかもしれませんね(苦笑)。
人類学は、21世紀になって化石人類のゲノム解析が急激に進んで、日進月歩のように書き換えられていることは、このブログでも何度もご紹介して来ました。ですから、著者も、現在は〇〇が定説になっていても、その後の新発見で塗り替えられるかもしれない、ということを断っております。そのことを前提に、更科氏と彼が引用した学説によるとー。
◇人類は700万年前に誕生した
・ヒトとチンパンジーは約700万年前に分岐したと考えられる。今のところ、人類最古の化石は700万年前のアフリカのサヘラントロプス・チャデンシスとされている。サヘラントロプスは直立二足歩行のほかに、犬歯が小さいのが特徴。(類人猿なら犬歯が大きく、牙として使う)
・霊長類が樹上で生活するようになったのは、ライオンやハイエナ、ヒョウといった捕食者から逃れるためだった。
・霊長類は、昆虫食から果実食になる過程で、果実を見つけやすいように、眼が2色型(赤、紫のオプシン)から3色型(赤、紫、緑オプシン)に進化した。植物も、動物に果実が食べられて、広い範囲に種子が散布(繁殖)されるように進化した。
・果実は、どこに実る木があって、いつ成熟するのかを予測し、空間的、時間的に記憶しなければならないので、霊長類の脳が発達した可能性が高い。基本的に果実には毒はなく糖が含まれ栄養価も高い(脳の発達に良い?)
・約260万年前以降、人類は肉食の割合が多く占めるようになり、チンパンジーはほとんど植物食のままだったことから、肉食が人類の知能を発展させたのではないかと考えられる。この肉食だけでなく、人類は火を使うことによって、調理で寄生虫などを殺し、消化を助け、栄養素を取り入れ、捕食者からも逃れる術を得たのではないか。
◇意識は自然淘汰の邪魔?
・意識がある方が、自然淘汰に不利になることがしばしばある。自己を保存するためにはかえって意識は邪魔になる。長い目で見れば、自己保存と自己犠牲を使い分ける個体が進化して、常に自己犠牲する個体や、常に自己保存する個体は進化しないはずだ。たまたま、生存して繁殖するようになった構造が生物なのだ。もしかしたら、意識は、生物に進化の言うことを聞かなくさせる禁断の実だったのだろうか。
◇氷期を脱した1万年前に農耕が始まった
・地球は約10万年周期で、寒冷な「氷期」と温暖な「間氷期」を繰り返し、一番最近の氷期は1万数千年前に終わった。(と同時に人類が農耕を始めるようになった)安定した気候でなければ、農業を維持し発展することは難しいし、農業を維持し、生活に余裕ができなければ、好奇心や発明も起こりにくい。ということは我々ヒトが文明を築き、驚異的な種となったのは、単に、気候が安定化した1万数年前まで生き残ったからという可能性がある。
・絶滅したネアンデルタール人の方が現生人類よりも脳の容量も大きく、意識のレベル高い可能性があるかもしれない。意識があることは、必ずしも適応的ではない。つまり、ネアンデルタール人の意識レベルが高ければ高いほど生き延びる可能性が難しくなった可能性がある。意識レベルが高いほど、脳は多くのエネルギーを使い、生き残るために必要な血も涙もない行動を躊躇ったりするかもしれない。一方、私たちヒトの方が意識レベルが低ければ、生き延びやすかったかもしれない。
なるほど、ここから、この本の編集者は、「私たちは『バカ』だから繁栄できた?」というコピーを生み出したのか…。
【追記】2023.1.9
1月8日にNHKで放送された「超・進化論(3) 『すべては微生物から始まった〜見えないスーパーパワー〜』」は異様に面白かったでした。ヒトがチンパンジーから分岐したのが700万年前、現生人類ホモ・サピエンスが誕生したのが30万年前という話どころじゃないのです。人類の祖先は20億年前の「アーキア」(古細菌)だというのです!
まず、おさらいしますと、宇宙が誕生したのが138億年前。地球が誕生したのが46億年前。そして、生命が誕生したのが38億年前と言われています。その最初の生物は、細菌などの微生物です。最初は、二酸化炭素を酸素に変える「光合成細菌」が繁栄し、次に「好気性細菌」がこの酸素を取り入れて活発化します。人類の祖先であるアーキアは、この好気性細菌を取り入れることによって生き延び、やがて、細胞をつくっていったというのです。取り入れた好気性細菌はミトコンドリアとして我々生命の細胞に今でも残っています。
腸内細菌に100兆個もあるらしく、我々は微生物で出来ているということになります。ですから、中にはがん細胞を殺す細菌もあることから、やたらと細菌を殺す(=殺菌)ことは考えものだというお話でした。子どもさん用の番組でしたが、なかなか興味深い番組でした。