4人が影響受けたワールド・ミュージック=北中正和著「ビートルズ」

 私は自他ともに認めるビートルズ・フリークなので、「ビートルズに関して知らないことはない」とまで自負しておりましたが、最近話題の北中正和著「ビートルズ」(新潮新書、2021年9月20日初版)を読んで、そのあまりにものマニアックぶりには脱帽してしまいました。

 著者の北中氏は、著名な音楽評論家で、御本人はこういう言い方されると困るかもしれませんが「ワールド・ミュージックの大家」です。実は、この大家さんとは、個人的によく知っている方で、取材でお世話になったり、酒席で何度も同席させて頂いたりしております。ですから、北中氏というより、普段通り、北中さんと呼ばさせて頂きます。

 著者を知っていると、この本を読むと、北中さんの声や身振りが聞こえたり、思い浮かんだりします。博覧強記とも言うべき北中さんのワールド・ミュージックに関する博学な知識をこれでもか、これでもか、といった具合で披露してくれます。(ただし、御本人は「押し」が強い性格ではなく、真逆の静かで穏やかな方です)

 ということで、この本では、ビートルズを語っているようで、ビートルズを語っていないような、ビートルズの4人が影響を受けた世界の音楽の歴史を語った本と言えるかもしれません。まさに、北中さんの真骨頂です。4人が最も影響を受けた音楽は、エルヴィス・プレスリーやリトル・リチャードらのロックン・ロールであることは確かなのですが、そんな単純なものではありません。彼らの親の世代が聴いていたジャズを始め、カントリー、ブルース、フォーク、スキッフル、彼らのルーツであるアイルランド民謡、R&B、ラテン、はたまたキューバのソンやジャマイカのスカ、そして、ラヴィ・シャンカールを通してのインド音楽やシュトックハウゼンらの現代音楽まで取り入れていたのです。

 つまり、ビートルズはロック一辺倒ではなく、例えば、「ハニーパイ」などは1930年代のジャズ風ですし、「オブラディオブラダ」はスカのリズムの影響を受けて導入しています。(今流行りのラップは、ジョン・レノンの「平和を我等に」が魁になったと私は思っています)

 私もビートルズ・フリークを自称しているので、ある程度のことは既に知っておりましたが、例えば、ビートルズがハンブルク時代にトニー・シェリダンのバックバンドとして最初にレコーディングした「マイ・ボニー」が、英国の17世紀の名誉革命後の王権争いの伝説が元になっていたことまでは、流石に知りませんでしたね。

 驚いたことは、BBCテレビ放送の「マジカル・ミステリー・ツアー」の中で、リンゴの音頭で観光バスの中で老若男女の乗客が一緒に歌ったり、ハミングしたりする場面があります。「分かる範囲でその曲名を挙げておくと『アイヴ・ガット・ア・ラヴリー・バンチ・オブ・ココナッツ』『トゥ・トゥ・トゥツィ』「アイルランド娘が微笑めば』『レッド・レッド・ロビン』『日曜日はダメよ』『地獄のギャロップ』などで、ロック系の局がひとつも含まれていないことに注目してください」(111頁)とまで北中さんは飄々と書くのです。今は、DVDなどがあるので、ゆっくり確かめることができますが、こんなところまで注目する著者のマニアックぶりには恐れをなすほどです(笑)。

 いやあ、題名を言われてもほとんど知らない曲ばかりですね。でも、今は大変恵まれた世の中になったもので、ユーチューブなどで検索すれば、「ああ、あの曲だったのかあ」と分かります。恐らく、この本では、皆さんも知らない曲が沢山出てくると思いますが、ユーチューブを参照しながら読む手があります(笑)。

「モヤモヤさまぁ~ず」が3回も訪れた東京・王子「カレーハウス じゃんご」(ロースカツカレー 950円 ルーも御飯も超極少でした)

 最近、画家の生涯やモデル、時代背景などをマニアックに解説した「名画の見方」のような本がよく売れているようです。そういった意味で、この本も一風変わった「ビートルズの聴き方」の教則本になるのかもしれません。知識があるのとないのとでは、格段の違いです。

 ビートルズは解散して半世紀以上も経つというのに、いまだに聴かれ続け、ラジオ番組でも特集が組まれたり、関連本も世界各国で出され続けています。そろそろ、もうないのではないかと思われたのに、北中さんの本はやはり異彩を放っており、逆に、半世紀経たないと書けない本だったかもしれません。

 話は飛びますが、業界と癒着する評論家が多い中、北中さんは、そんな人たちとは一線を画し、操觚者から見ても、見事にクリーンで清廉潔白な音楽評論家です。京大卒の学究肌だからかもしれません。

 ビートルズ・フリークの私が脱帽するぐらいの内容です(笑)。勝手ながら「年長の友人」と思っている北中さんの書いたこの本を多くの人に読んでもらいたいと思っております。

 あ、書き忘れました。この本を企画した新潮新書の編集者安河内雄太さんは、「年下の友人」でした(爆笑)。

「Jポップを創ったアルバム1966-1995」

公開日時: 2008年2月6日

私の敬愛する音楽評論家の北中正和さんが、新著「Jポップを創ったアルバム 1966~1995」(平凡社)を出されました。

 

北中さんといえば、ワールド・ミュージックの紹介者として90年代の日本に一大ブームを作った人なのですが、洋楽通で、ジョン・レノンのアルバム「心の壁、愛の橋」のライナーノーツも書かれているし、ジョンの訳書も出されているので、私としては、もう憧れに近い人なのです。

 

ですから、この本を読んで、北中さんが、これほど「Jポップ」を聴かれていたとは驚きでした。もっとも、北中さんには「「にほんのうた・戦後歌謡曲史」という名著があり、洋楽だけではなく、かなり日本の曲も聴いていらっしゃることは知っていました。

 

しかし、音楽評論家とはいえ、その人の趣味がかなり入り込み「俺は、ジャズしか聴かねえ、歌謡曲なんか滅相もない」「俺はラップしか音楽じゃないと思っている」「メタルだね。それ以外はロックじゃない」と皆さん偏った人ばかり。音楽全般トータルに語れない音楽評論家が大半なのです。

 

その点、北中さんは、すごいですね。洋楽、歌謡曲、ワールドミュージック、Jポップと、世界のポピュラーミュージックを語れる数少ない人なのです。

 

この本には69枚のアルバムが紹介されていますが、この中で私が買ったアルバムは、竹内まりやの「ヴァラエティ」のわずか一枚だけでした。人から借りたりして聴いたものでも5枚ぐらいでした。知らないミュージシャンがほとんどでした。

同時代なのに、いかに偏って聴いてきたか分かりました。

私の場合、ビートルズ、ストーズ、ツェッペリン、ディープ・パープルといったブリティッシュ・ロック系か、ビル・エヴァンス、ウエス・モンゴメリーといったジャズ、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスらのクラシック、その辺りを好んで聴いてきました。

 

でも、こうして、幅広い音楽知識に裏付けられた北中さんの本を読んでみると、聴きたくなってしまいますね。

食べ物でも、「夏目漱石も通った洋食屋」なんていう情報があると、是が非でも行ってみたくなるように、結局、音楽だって、そういう前知識というか情報があると、より納得できるので、脳で聴いていることになるんですよね。

 

ただ音を聴いているだけじゃなくて、ミュージシャンの経歴と生き様を思い浮かべながら、付加価値も聴いているのです。