大谷翔平、藤井聡太の塩基配列は我々と99.9%同じ!=安藤寿康著「能力はどのように遺伝するのか」(上)

 12月1日付の渓流斎ブログ「身も蓋もない議論なのか? 究極の理論なのか?=橘玲、安藤寿康著「運は遺伝する 行動遺伝学が教える『成功法則』」の記事の最後の方で、「(著者の)安藤寿康氏には失礼なことを書いてしまったので、安藤氏の近著『能力はどのように遺伝するのか』(ブルーバックス、2023年6月22日初版)を購入して読んでみようかと思っております。大いに期待しています。」と書いたことを覚えていらっしゃる読者の方が、もし、いらしたら、その人は「通」です(笑)。

 目下、有言実行でこの「能力はどのように遺伝するのか」を読んでおります。何しろ「科学の聖典」を多く出版しているブルーバックスですからね。私が子どもの頃に創刊されたあこがれのシリーズです。学術書なので難解ではありますが、購入して良かったと思っています。前回、安藤氏ご自身が、自分の著書について、ネット上の書評で「言いたいことがあるならはっきり言え」「期待外れだった、橘さんの本で十分」などと批判されたことを「あとがき」に書いていたことをご紹介しました。確かに、この本もなるべく断定的な言説を避けているので、失礼ながら、前述の批判も頭に浮かんだりしますが、そこは、誤謬を嫌うデータ重視の科学者としての誠実で真摯な態度の表明と受け取ることが出来ます。

 私も今、回りくどい言い方をしましたが、この本は名著だと思います。何も知らない初心者でも「行動遺伝学」とは何なのか、理解できるからです。この本を知らずに一生を終わるのは勿体ない、と皆さんには言っておきます。

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 このブログを長年お読み頂いている皆様には周知の事実ではありますが、私の人生のテーマは、仏画家ポール・ゴーギャンが描いた「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」の言葉そのものです。そのために、ここ何年も何年も、古人類学や文化人類学、進化論、宇宙論、量子論、物理学、心理学、数学…と難解で不慣れな書籍に挑戦して来たことは皆様ご案内の通りです。その結果、「我々はどこから来たのか 」は大体分かってしまいました。時間も空間もない「無」からインフレーションとビッグバンが起きて138億年前に宇宙が誕生し、46億年前に地球が誕生し、40億年前に生命が誕生し、中略して、700万年前に霊長類の人類がチンパンジーから分かれて「誕生」し、また、中略して、20万年前にホモ・サピエンスがアフリカで出現して、7万年前にアフリカを出て、3万年前に日本列島にまで到達した、ということでした。

 「我々はどこへ行くのか」も分かってしまいました。身も蓋もない話ですが、滅亡します。地球はあと20億~50億年で寿命で消滅することが分かっていますから、生命はその前に絶滅します。このまま、環境破壊と地球温暖化が進めば、もっと早い時期に滅亡することでしょう。別に脅しでも脅迫でもありません。私が言っているのではなく、科学者ら言っているのです(苦笑)。となると、せめて、生きているうちに幸福を求めて生を謳歌するしかありませんよね?

 その前に「我々は何者か 」が残っておりました。これは、人類学や進化論、宇宙論だけではアプローチ出来ません。そんな中で、偶然出合ったのが、行動遺伝学です。そして、手に入りやすいその代表的な関連書籍が前回の橘玲、安藤寿康著「運は遺伝する 行動遺伝学が教える『成功法則』」(NHK出版新書)であり、今回の安藤寿康著「能力はどのように遺伝するのか」(ブルーバックス)であると言っても過言ではないと思っています。

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 さて、前置きがあまりにも長くなってしまったので、本日取り上げるのは「第1章 遺伝子が描く人間像」です。私が一番驚いたことを書きます。今年(2023年)、最も話題になった「天才」として、二刀流の大谷翔平選手と将棋八冠の藤井聡太さんがおりますが、彼らのDNAの塩基配列の99.9%までが我々と同じだというのです。えっ?です。違うのは0.1%だけで、そこに「個人差」の源泉が潜んでいるというのです。もっとも、この後、読み進めていくと、わずか0.1%しか違わないと言っても、ヒトの遺伝子は30億の塩基対から成るので、その0.1%とは300万、つまり、300万カ所に個人差があるというのです。

 なあんだ、ですよね。この後、第2章に入ると「才能は生まれつきか、努力か」という話になり、フィギュアの4回転半ジャンプも、難曲のピアノ演奏も、野球やサッカーや囲碁将棋も、才能によるのか、努力が開花したのか、要するに、遺伝なのか、環境によるものなのか、生まれつきなのか、練習のたまものなのか、といった悩ましい話になってきます。しかし、実に興味深い話です。自分とは一体何者なのか? あの嫌〜な奴は、何であんなにあくどい悪賢い人間なのか?(笑) 何で彼はそんなにメンタルが強いのか? それなのに、自分は何で気弱で、毎日悩み苦しんでばかりいるのか?ーといった難題を解くヒントになります。

 なお、22ページには必須アミノ酸20種類がどんな塩基に対応しているのか(これは「コドン」と呼ばれる)という「DNAコード表」が掲載されています。「AGA」が「アルギニン」、「GGT」が「グリシン」などとなっていますが、これが今の高校の生物で習うとも書かれています。

 えっ?!私が高校生の頃は全く習いませんでしたよ! それだけ、学問は日進月歩、進化しているということですよね。だから、幾ら歳を取っても、勉強し続けなければならない、ということになりますか。

身も蓋もない議論なのか? 究極の理論なのか?=橘玲、安藤寿康著「運は遺伝する 行動遺伝学が教える『成功法則』」

昨日は、橘玲、安藤寿康著「運は遺伝する 行動遺伝学が教える『成功法則』」(NHK出版新書)を読了しましたが、あまりにも面白かったことと、専門用語が沢山出来てきたこともあり、もう一度、軽く再読しました。勿論、再読する価値はありました。専門用語とは、GWAS(ゲノムワイド関連解析)とか、MAO(モノアミン酸化酵素)-A遺伝子とか、SES(社会経済的地位)等々です。

  この本については、11月27日にも触れましたので、それと重ならないことを書かなければいけませんけど、ダブったらすみません(苦笑)。行動遺伝学とは、前回ご説明しましたが、行動遺伝学者のエリック・タークハイマーが「行動遺伝学の3原則」の第1番に「ヒトの行動特性はすべて遺伝的である」としていることに象徴されます。つまり、人との出会いや本や趣味などとの出合い、そして事故や病気までもが、全くの偶然ではなく、何らかしら、遺伝的要素によるものだ、ということを治験や双生児らの成長記録などからエビデンスを探索して証明するという学問が行動遺伝学だと大ざっぱに言って良いと思います。

 行動遺伝学の日本の第一人者が、慶応大学の安藤寿康名誉教授で、「言ってはいけない」などのベストセラーになった著作で世間に行動遺伝学なる学問を認知させたのが作家の橘玲氏ということで、この2人による対談をまとめたものが本書ですから、面白くないわけがありません。

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 私が他人に共感したりすることが出来るのは、その人が、他人に見せたがらない、知られたくない自分の「弱さ」を正直に披瀝した時があります。特に安藤名誉教授は、長年、行動遺伝学に関する書籍を出版しても世間から注目されず、50歳を過ぎるまで、自分の学問は何の役に立たないといった劣等感でいっぱいだったことを告白しています。50歳を超えて色んな経験を積んだことでようやく自分の居場所に気づけたといいます。安藤氏は大変、正直な人で、「あとがき」で「実は『橘玲』の名前はよく目にしていたものの、私が苦手で無関心とするお金儲けの話や、人の心を逆なでするようなタイトルの本ばかり出すという先入観で、申し訳ないが手に取って読んだことがなかった」とまで書いちゃっています。勿論、この後には、行動遺伝学を世間に知らしめた橘玲氏の「言ってはいけない」を読まざるを得なくなり、読んでみたら、教え子の学生や研究仲間以上に実に正確に深く理解して持論を展開していたので、感服したこともちゃんと書いています。

 安藤氏は、橘氏の著作について、「偽悪的芸風の行間に垣間見られる愛」と喝破し、自分の芸風については「偽善的とも受け取られるような姿勢」と自認していますから、本書は、「偽悪」対「偽善」の対談ということになりますか?(笑)。というのも、行動遺伝学そのものが、もともと悪の学問である優生学を同根としているからだと安藤氏は言います。誰だって、「年収や学歴や健康は遺伝によるもので、環境(子育て)の影響はさほど大きくない」などと言われれば、身も蓋もないと感じることでしょう。その半面、両親に収入も学歴がなくても、「鳶が鷹を産むことがある」とか、「作曲家・指揮者レナード・バーンスタインの両親は全く音楽の才能がなかったのに…」といった例が挙げられたりしています。

 勿論、安藤氏は学者としての誠実さで科学的知見を披露しているだけなのですが、ネットの書評では「言いたいことがあるならはっきり言え」「期待外れだった、橘さんの本で十分」とまで書き込まれる始末です(苦笑)。

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 一方の橘氏は、確かに作家的自由奔放さで、大胆な仮説をボンボン提案しています。例えば「ADHD(注意欠如・多動性)が発達障害とされるのは、…現代の知識社会が、机に座って教師の話をじっと聞いたり、会社で長時間のデスクワークをする能力が重視されているからです。環境が目まぐるしく変わる旧石器時代にはADHDの方が適応的だったはずだし、だからこそ遺伝子が現代でも残っているのでしょう」と発言したり、「攻撃性を抑制して高い知能を持つようになった東アジア系は、全体的に幼時化していったと私は考えています。社会的・文化的な圧力で協調的で従順な性質に進化していくことを『自己家畜化』といいますが、…『日本人は世界で最も自己家畜化した民族』だということを誰か証明してくれることを期待しています」などと、持論を展開したりしています。同感ですね。このような発言を読んだだけでも、頭脳明晰な橘氏が相当、行動遺伝学の関連書を何十冊も読み込んで、持論にしていることが分かります。確かに、「橘さんの本で十分」かもしれません(失敬!)。

 安藤氏には失礼なことを書いてしまったので、安藤氏の近著「能力はどのように遺伝するのか」(ブルーバックス、2023年6月22日初版)を購入して読んでみようかと思っております。大いに期待しています。