「闇社会の帝王」の告白

 新型コロナウイルス感染拡大のため、世間の皆様と同様に自粛しています。博物館に行きたいのですが、閉館ですし、映画館は、一部開館してはいても、ピリピリとした厳戒態勢で、楽しみに行くんじゃなくて、苦しみに行くみたいで、気がそがれてしまいました。

 フランスでは不要不急の外出禁止令が出されていますが、違反すると135ユーロ(約1万6000円)の罰金を科せられるとか。この金額、何処から来たんでしょうか?日本ならアルバイトの2日分といったところでしょうか。

 ということで、相変わらずの読書三昧で、昨日は、先日、有楽町駅前の三省堂書店でつい買ってしまった許永中著「悪漢の流儀」(宝島社、2020年2月28日初版)を読了しました。

 何でそんな本を?-と詰問されそうですが、こういう手の本は、公共図書館に置いてくれないので、借りられない。自分で買うしかないーというほかありません(笑)。第一、今、地元の図書館は、政府の要請を楯にして、閉まってますからね。

 許永中さん(72)といっても、もう若い人は誰も知らないかもしれません。バブルが弾けた1990年代から2000年にかけてのイトマン事件、石橋産業事件で刑に服した元被告人で、在日二世だったことから、「受刑者移送条約」に基づき韓国に移送され、2013年に仮釈放されて出所し、現在は、ソウル在住。日本での特別永住権を喪失した身でもあります。

 事件捜査の最中では、許氏は「戦後最大のフィクサー」「闇社会の帝王」などとマスコミで盛んに書きたてられ、「悪の権化」のような存在として、ある程度年齢がいった人たちの記憶に残っています。

 しかし、この本では、若い頃からワルで、恐喝や傷害事件などに手を染めたことを認めたものの、長じてからは、不動産業などで成功した実業家で、大阪~釜山間に大阪国際フェリーを運航するなど社会事業も起こしたり、大阪五輪誘致に奔走したりしています。 逮捕されたイトマン事件、石橋産業事件については、身に覚えがない事件で、無実であることを訴えた書にもなっています。

 また、大阪・中津で生まれ育った在日韓国人二世だったことから、子どもの頃から差別され、貧困のどん底から這い上がって、実業界で成功するも、事件で一挙に富も名声も地位も失う波乱万丈の人生で、それでも、あくまでも他人を信じる「性善説」を支持する哲学書にもなっています。

 表紙の帯にも書かれていますが、交際した人脈が半端じゃありませんね。関わった人たちとして挙げられているのは、小沢一郎、竹下登、亀井静香、野中広務、新井将敬、金泳三、宅見勝、柳川次郎、生島久次、古川真澄、小西邦彦、山段芳春、大谷貴義、大山倍達、太田清蔵、堤清二ら政財界と裏社会などの超大物ばかりです。(敬称略。詳細は本文をお読みください)

 リンクした人物など、以前、このブログで取り上げたことがある方ばかりで(深い事情で、消滅した記事もあります)、どういうわけか、渓流斎ブログは、「その筋のブログ」とよく勘違いされますが、そんなことはないんですよ。物事の実相と本質と道理を知りたいだけなのです。

 この本は、許氏の話をライターがまとめた「聞き書き」だと思われますが、どちらかと言えば、本人による一方的な弁明なので、歴史的事実として、どこまで信用していいのか分からない部分もあります。

 でも、「闇社会の帝王」「戦後最大のフィクサー」と言われた人物が、腕っぷしの強さと抜群の行動力と度胸と己の才覚だけで極貧生活から這いがって来た労苦と、その過程で知り合った人間関係は史実として理解できます。

 ただ、許氏本人は、わざと十分語り尽くそうとはしないので、読者は、読んでいて歯がゆいほど隔靴搔痒を感じます。とはいえ、言って良ければ、20世紀末の日本のバブル時代に咲いた仇花の深層を伺い知ることができます。