小説「惜別会」

京王線新宿駅から10分ほどで「下高井戸」という駅前商店街のある閑静な住宅街があります。この沿線の世田谷区はスポーツ選手や作曲家、芸能人ら有名人が多く住む高級住宅街としても知られています。

この駅から3分ほど歩いた所に、居酒屋「たつみ」があります。黒い土塀のような扉に小さな文字でその名を記しているだけなので、ほとんどの人はそこに居酒屋があることなど気がつかずに通り過ごしています。むしろ「たつみ」を有名にしているのは、居酒屋より、たい焼きでしょう。唐突ながら、東都のたい焼き屋「御三家」として、若葉町の「わかば」、麻布十番「浪花家」、人形町「柳屋」を「これは美味い」とマスコミは囃し立てておりますが、この「たつみ」こそ天下一品。その証拠に、開店と同時にその長蛇の列が途切れることはありません。

土曜の昼下がり。その秘密結社のような居酒屋に「終わった人」「大して出世できなかった人」らが陸続と階段を上って3階の広間に集結しました。大手出版社に勤める成田さんが、突如、やくざなマスコミ業界から足を洗って、故郷の観光協会に奉職されるということで、その新しい門出を祝福して送別会が開かれたのです。

言いだしっぺは京都にお住まいの京洛先生です。わざわざ京都から坂東下りまでして主宰するのですから、成田さんによっぽどお世話になったのか、借りがあったのか、という噂ですが、真相は不明。とにかく彼の鶴の一声で、30人近くの人が参集するのですから、大したものです。

広告代理店電報堂出身の長老長良氏は昭和30年代から40年代にかけて、この大手出版社を担当したという伝説の持ち主で、名物月刊誌は、当時は(今もですが)、飛ぶ鳥を落とす勢いで100万部も売れ、広告収入も3億円。月に2回も特別手当と呼ばれるボーナスが出たそうでした。当時の本社が銀座にあった頃の話でした。今、その近くにバー「ルパン」があり、太宰治、坂口安吾、織田作之助ら無頼派作家がたむろして一躍有名になりましたが、恐らく、雑誌で討論会などをやった帰りに顔を出したのがきっかけでしょう。

成田さんの送別会の話でした。彼はその日、急用ができて、主賓なのに参加できない可能性があり、主宰者の京洛先生に電話したところ、「それなら、主賓抜きで酒盛りやってますから」とあっさり言われてしまい、逆に意固地となって、無理して都合を付けて参加したことを暴露しておりました。

成田さんは、雑誌の編集長を務めたことがあり、森羅万象、あらゆる世界の裏の裏の裏まで知り尽くした方ですから、それはそれは真剣のような斬れ味の鋭い恐ろしい人でした。と過去形にしておきますが、その威力は誰も読まないようなマイナーなブログにまで及び、お茶の子さいさいです。

 無類の日本酒好きである成田さんには記念に「ぐい呑み」が贈られました。高級備前焼きです。その陶芸家の実兄である曾我さんも参加されていて、「最近、若い人が日本酒を呑まなくなったため、徳利の売り上げが大幅に落ち込んでしまいました」と打ち明けておられました。焼き物と言えば、備前。「備前に始まり、備前に終わる」とまで言われてます。その備前焼でさえ、売れていないとは…。それを聞いた私は、ちょっと奮発して備前の徳利を買おうと思いました。

奪われる日本 

たった一つの論文を読みたいがために、710円を払って雑誌を買いました。今月の「文芸春秋」です。

読みたかったのは、ノンフィクション作家の関岡英之氏の『米国に蹂躙される医療と保険制度 奪われる日本―「年次改革要望書」米国の日本改造計画』という論文です。

「ついに簡保120兆円市場をこじあけた米国の次なる標的は?我々の健康と安心が崩壊する」という前文(リード)から始まります。

関岡氏によると、簡保、つまり簡易生命保険制度は、民間の生命保険に加入できない低所得者にも保険というセーフティネットを提供することを目的として大正5年に創設されたもので、ビジネスというよりは日本社会の安全装置だといいます。この簡保120兆円を米国の保険業界が狙っているというのです。郵政民営化の本当の狙いです。120兆円といっても、サミット参加国カナダのGDPより大きいのです。

保険は、毎月決まった金額の保険料を長期に渡って支払うことができる顧客が対象となるため、国民の大多数がその日暮らしの発展途上国では市場そのものが成立しえない。従って先進国に限られ、米国、日本、英国、独、仏の5カ国のみで世界の保険市場の8割近くを占めるそうです。

「簡保乗っ取り」の話はまだ序の口で、米国の本当の狙いは「健康保険」だ、というのが筆者の見立てです。

そういえば、2000年を前後して日本の中堅・中小の生命保険会社が相次いで外資に買収されたとして列挙しています。

例えば、
「東邦生命」⇒GE(米)⇒AIG(米)
「千代田生命」⇒AIG(米)
「協栄生命」⇒プルデンシャル(英)
「日産生命」⇒アルミテス(仏)
「日本団体生命」⇒アクサ(仏)
といった感じです。

最近のテレビCMでいかにも元気がいいのが、名前は出しませんが外資系の保険会社です。背景にこんな事情があったのかと納得しました。

詳しいことは本文を是非読んでください。