今年3月に観た米アカデミー賞作品賞「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」があまりにもつまらなくて、途中退席した話をこのブログに書きました。私は映画好きなので、結構、劇場に足を運んでいたのですが、それ以来、トラウマになってしまい、どうも映画館に行く気がしなくなってしまいました。
でも、5月のカンヌ国際映画祭で、是枝裕和監督作品「怪物」が脚本賞(坂元裕二)、ヴィム・ヴェンダース監督作品「パーフェクト・デイズ」(11月29日公開予定)が男優賞(役所広司)を受賞したという朗報が久し振りに入り、「怪物」は公開中ということで、重い腰を上げることにしました。ハリウッド映画はこりごりですが、日本映画の是枝作品なら気心も知れているので、ま、いっかといった感じでした(笑)。
(この後、内容に触れるので、これから御覧になる方は、この先はお読みにならない方がいいと思います。逆に言うと、御覧になっていないと、何のことを言っているのかさっぱり分からないと思います。)
さすが、カンヌで脚本賞を獲っただけに、今や超人気脚本家の坂元さんのオリジナル・シナリオは巧みに出来ていました。特に、前半は、シングルマザー役を演じる安藤サクラの自然な演技に圧倒され、感情移入してしまいましたが、後から考えてみれば、坂元さんのあらゆる無駄を省いた研ぎ澄まされた「少ない会話」のシナリオが、観る者の想像力を喚起させ、安藤サクラを本物のシングルマザーだと錯覚させるほどの力がありました。満点です。
ただ、あまり褒めすぎると何なので、一家言付記させて頂きますと、確かに人物像から物語の展開まで緻密に構成され尽くされてはいますが、やはり、色んなものを詰め込み過ぎている感じもしました。物語はつながってはいますが、第1話はシングルマザーの視点、第2話は、教師保利の視点、第3話は子どもの視点で描かれ、「事実」が三者三様なところは、芥川龍之介の「藪の中」か、それを翻案して映画化した黒澤明の「羅生門」を連想させます。子どもたちが親に隠れて小さな「冒険」をする場面は、スティーブン・キングの短編を映画化した「スタン・バイ・ミー」を思い起こさせます。
しかし、そもそも映画はフィクションで、普段の日常生活では味わえないドラマの要素が不可欠だとしたら、この映画は大成功だと言えます。長野県の諏訪市と思われる所を舞台に、最初に街中のガールズバーなどが入った雑居ビルの大火事シーンで始まり、大雨で子どもたちが遭難したのではないかという「事件」も起きます。それだけでなく、この映画では、現実にもある子どものいじめや、責任逃れの学校当局と右往左往する教頭、スキャンダルを取材する週刊誌記者なども登場し、「あり得そうだなあ」と観ている者を引き込んでしまいます。
先述した通り、物語は3話構成で、違う視点から描かれているので、何が真実か分からなくなってきてしまいます。特に、永山瑛太演じる教師保利が、第1話と第2話では全く違う人物として描かれて驚かされ、「人の噂は怖ろしい」と思わせます。全体的に緻密に構成されていて、ジグソーパズルのように、あらゆる場面に関連性があり、最後に全てのピースが嵌められる、と思わせながら、でも、真実とは何だったのか、もう一度最初から見直したいという感覚にも襲われます。こういう映画なら、日本の庶民の生活事情を知らない欧米人でもよく理解してもらえるのではないか、と思った次第です。
くどいようですが、色んな要素を「本歌取り」した、ちょっと詰め込み過ぎでしたが、よく出来た巧みな映画でした。