心も環境も遺伝によるものだとは!!=安藤寿康著「能力はどのように遺伝するのか」(下)

 2023年12月6日の記事「大谷翔平、藤井聡太の塩基配列は我々と99.9%同じ!=安藤寿康著『能力はどのように遺伝するのか』(上)」の続きです。

 先日、安藤寿康著『能力はどのように遺伝するのか』(ブルーバックス)を読了しましたが、この本の内容について、誤解を招くことなく、どうやってまとめていいやら随分、悩んでしまいました。

 著者の安藤慶大名誉教授も「あとがき」で書いているように、遺伝について語ること自体をタブー視する風潮は、我が国では依然として根強く、教育現場で「学力は遺伝だ」などと言うと、生徒が勉強する意欲をなくすので、「言ってはいけない」ことになっているそうです。「本書はパンドラの箱を開けてしまったことになるかもしれない」とまで書いております。

 著者が専門の行動遺伝学とは、文字通り、行動に及ぼす遺伝の影響を実証的に研究する学問です。一卵性、二卵性の双子のきょうだいの類似性から実証データを収集する「双生児法」が基本になっていますが、既に150年の歴史があるといいます。その結果-。

・「心は全て遺伝的である」、すなわち人間のあらゆる行動や心の働きに、遺伝の影響が無視できないほど効いている。(51ページ)

・環境も遺伝だというと、詭弁だと非難されそうだが、これも行動遺伝学が見出した重要な発見の一つである。つまり、人が出会い、環境を作り出すときには、その人の行動が関わっている。だから、そこには遺伝の影響が反映されているということである。(151ページ)

・親の社会経済階層(収入)と子どもの教育年数とは相関関係が見られ、昨今流行した「親ガチャ」は正しいことになるが、遺伝の影響はそれとは独立に個人差を生み、貧しい家庭に生まれても本人に遺伝的才覚があればのし上がることが出来る(その逆も然り)。(199ページなど)

 ーなどといった驚くべきことが例証されています。

上野・西郷どん

 行動遺伝学は、「分散の学問」とも言われています。世の中には色んな人がいらはりますが、そのバラつきの原因は何なのか、そこに遺伝の違いが関わっているのか、遺伝で説明できない環境の要因で説明することが出来るのはどれくらいあるのかーといったことを研究する学問だといいます。そこで、遺伝による分散をVg、環境による分散をVeとすると、両者を足し合わせたものが表現型の全分散と考えてVpとなり、以下の数式で表されるといいます。 

 Vp=Vg+Ve

 これは、統計学の「分散分析」と呼ばれる手法となり、まさに、行動遺伝学というのは数学であり、科学であるということが分かります。

 その一方で、データ解析によって、遺伝による学力格差や収入格差などが見出され、それに加えて、障害者に対する差別などの問題も表れることから、科学的分析だけでは済まなくなります。いかに一般大衆にも誤解のないように分かりやすく説明するには「文学(レトリック)」の力が必要とされますし、問題を解決するためには、教育や行政による政策も必要とされます。さらに、最後に残るのは倫理問題になるかもしれません。

 パンドラの箱を開けてしまった著者も、行動遺伝学がもたらした危険性を予言して批判したり、逆にそこから新しい教育制度、政治制度、社会思想などを構築する議論が起こるだけでも、「本書を出版した意義は十分にあると信じている」と最後のあとがきで吐露しておりました。

 読者には、重く深い課題を課せられたようなものです。

 私は政治活動をするようなことは不向きですがら、個人的に、困難な状況や難題に遭遇したとき、「遺伝だからしょうがない」と自分自身を諦める納得の材料にしたり、実に嫌な、生意気で性格の悪い人間に遭遇したとき、「こいつ個人が悪いのではなく、単なる遺伝によるものに過ぎない」と思い込むことによって不快感から逃れる手立てにして、なるべく自分自身を追い込まずに精神障害を発症しない手段にしようかと思っています。

 あ、そっか~。何でも自分自身を追い込む生真面目な性格は、遺伝に過ぎないかもしれませんね(笑)。

身も蓋もない議論なのか? 究極の理論なのか?=橘玲、安藤寿康著「運は遺伝する 行動遺伝学が教える『成功法則』」

昨日は、橘玲、安藤寿康著「運は遺伝する 行動遺伝学が教える『成功法則』」(NHK出版新書)を読了しましたが、あまりにも面白かったことと、専門用語が沢山出来てきたこともあり、もう一度、軽く再読しました。勿論、再読する価値はありました。専門用語とは、GWAS(ゲノムワイド関連解析)とか、MAO(モノアミン酸化酵素)-A遺伝子とか、SES(社会経済的地位)等々です。

  この本については、11月27日にも触れましたので、それと重ならないことを書かなければいけませんけど、ダブったらすみません(苦笑)。行動遺伝学とは、前回ご説明しましたが、行動遺伝学者のエリック・タークハイマーが「行動遺伝学の3原則」の第1番に「ヒトの行動特性はすべて遺伝的である」としていることに象徴されます。つまり、人との出会いや本や趣味などとの出合い、そして事故や病気までもが、全くの偶然ではなく、何らかしら、遺伝的要素によるものだ、ということを治験や双生児らの成長記録などからエビデンスを探索して証明するという学問が行動遺伝学だと大ざっぱに言って良いと思います。

 行動遺伝学の日本の第一人者が、慶応大学の安藤寿康名誉教授で、「言ってはいけない」などのベストセラーになった著作で世間に行動遺伝学なる学問を認知させたのが作家の橘玲氏ということで、この2人による対談をまとめたものが本書ですから、面白くないわけがありません。

所沢航空公園

 私が他人に共感したりすることが出来るのは、その人が、他人に見せたがらない、知られたくない自分の「弱さ」を正直に披瀝した時があります。特に安藤名誉教授は、長年、行動遺伝学に関する書籍を出版しても世間から注目されず、50歳を過ぎるまで、自分の学問は何の役に立たないといった劣等感でいっぱいだったことを告白しています。50歳を超えて色んな経験を積んだことでようやく自分の居場所に気づけたといいます。安藤氏は大変、正直な人で、「あとがき」で「実は『橘玲』の名前はよく目にしていたものの、私が苦手で無関心とするお金儲けの話や、人の心を逆なでするようなタイトルの本ばかり出すという先入観で、申し訳ないが手に取って読んだことがなかった」とまで書いちゃっています。勿論、この後には、行動遺伝学を世間に知らしめた橘玲氏の「言ってはいけない」を読まざるを得なくなり、読んでみたら、教え子の学生や研究仲間以上に実に正確に深く理解して持論を展開していたので、感服したこともちゃんと書いています。

 安藤氏は、橘氏の著作について、「偽悪的芸風の行間に垣間見られる愛」と喝破し、自分の芸風については「偽善的とも受け取られるような姿勢」と自認していますから、本書は、「偽悪」対「偽善」の対談ということになりますか?(笑)。というのも、行動遺伝学そのものが、もともと悪の学問である優生学を同根としているからだと安藤氏は言います。誰だって、「年収や学歴や健康は遺伝によるもので、環境(子育て)の影響はさほど大きくない」などと言われれば、身も蓋もないと感じることでしょう。その半面、両親に収入も学歴がなくても、「鳶が鷹を産むことがある」とか、「作曲家・指揮者レナード・バーンスタインの両親は全く音楽の才能がなかったのに…」といった例が挙げられたりしています。

 勿論、安藤氏は学者としての誠実さで科学的知見を披露しているだけなのですが、ネットの書評では「言いたいことがあるならはっきり言え」「期待外れだった、橘さんの本で十分」とまで書き込まれる始末です(苦笑)。

所沢航空公園

 一方の橘氏は、確かに作家的自由奔放さで、大胆な仮説をボンボン提案しています。例えば「ADHD(注意欠如・多動性)が発達障害とされるのは、…現代の知識社会が、机に座って教師の話をじっと聞いたり、会社で長時間のデスクワークをする能力が重視されているからです。環境が目まぐるしく変わる旧石器時代にはADHDの方が適応的だったはずだし、だからこそ遺伝子が現代でも残っているのでしょう」と発言したり、「攻撃性を抑制して高い知能を持つようになった東アジア系は、全体的に幼時化していったと私は考えています。社会的・文化的な圧力で協調的で従順な性質に進化していくことを『自己家畜化』といいますが、…『日本人は世界で最も自己家畜化した民族』だということを誰か証明してくれることを期待しています」などと、持論を展開したりしています。同感ですね。このような発言を読んだだけでも、頭脳明晰な橘氏が相当、行動遺伝学の関連書を何十冊も読み込んで、持論にしていることが分かります。確かに、「橘さんの本で十分」かもしれません(失敬!)。

 安藤氏には失礼なことを書いてしまったので、安藤氏の近著「能力はどのように遺伝するのか」(ブルーバックス、2023年6月22日初版)を購入して読んでみようかと思っております。大いに期待しています。

行動遺伝学とは何か?=橘玲、安藤寿康著「運は遺伝する」は読み応えあり 

 数日前から少しずつ橘玲、安藤寿康著「運は遺伝する 行動遺伝学が教える『成功法則』」(NHK出版新書、2023年11月10日初版)なる本を読んでいます。有楽町の三省堂書店にNHKラジオのフランス語のテキストを買いに行って、ついでに書棚を覗いていたら、偶然この本が見つかったのです。まさに、セレンディピティ(思い掛けぬ幸運)かもしれません。

 この本は、三省堂有楽町店の新書部門で第1位を獲得していたので目立つ所にありました。中をパラパラめくっていたら、こんな文章に巡り合いました。(ちなみに、この本は、「言ってはいけない」などで知られるベストセラー作家の橘氏と、「能力はどのように遺伝するのか」を今年出版した行動遺伝学者の安藤慶大名誉教授との対談で構成されています。)

 病気になったり、近しい人が亡くなったり、強盗に遭うなど、一般的に運が悪かったとされる偶然の出来事と、離婚や解雇、お金の問題など、本人にも責任があると見なされる出来事を比較したところ、偶然の出来事の26%が遺伝で説明でき、本人に依存する出来事の遺伝率30%と統計的に有意な差はなかった。(14ページ)

 えっ?どういうこと???  次にこんなことが書かれています。

 よく考えてみると、病気には遺伝が関わっているし、…強盗に遭うのは確かに運が悪かったのでしょうが、危険な場所にいたり、目立つ行動をとったりしたのが原因だとすれば、そこにも遺伝の要素がある。知人が交通事故に遭ったら、「運が悪かったね」と同情するでしょう。でもそれが信号を無視して横断歩道を渡ろうとしたり、無理な追い越しをしようとして起きたら単なる偶然とは言えない。そう考えれば、私たちの人生の全てを遺伝の長い影が覆っていて、そこから逃れることができないのではないでしょうか。(15ページ)

 この渓流斎ブログを長年お読み頂いている皆様はご承知かと存じますが、私は色んなことに好奇心を働かせております。そのうちの一つが、「人間は、遺伝で決まるのか、育った環境によって決まるのか」といった難題です。俗に言う「氏(うじ)か、育ちか」、「生まれつきか努力か」、Nature or Nurture? です。だから、これまで苦労して人類学や進化論に関する書籍を読んできたのです(苦笑)。

 でも、我思うに、もしこれが、AかBかの二者択一問題だとしたら、日本人は圧倒的に「氏」を尊重してきた民族だと言っても良いのではないでしょうか。天皇制にしろ、武家社会にしろ、現代政界にせよ、芸能の歌舞伎の世界にせよ、「世襲」を重んじてきたからです。

大興善寺(佐賀県)

 この本では、作家の橘氏が、行動遺伝学者である専門家の安藤氏に質問を投げかける形で対談が進んでおりますが、博覧強記のお二人ですから、私なんか全く知らなかった多くの文献を引用されています。例えば、行動遺伝学の大御所ロバート・プロミンは、著書「ブループリントーDNAはどのようにして、私たちが何者であるかをつくりあげるのか」を出版し、遺伝子レベルで行動遺伝学の知見が証明されたと「勝利宣言」したといいます。 

 また、行動遺伝学の大立者エリック・タークハイマーは「行動遺伝学の3原則」(原則1:人間の行動形質は全て遺伝の影響を受ける。 原則2:同じ家庭で育ったことの影響は、遺伝の影響よりも小さい。 原則3:人間の複雑な行動形質に見られる分散のうち、相当な部分が、遺伝でも家族環境でも説 明できない。)を提唱し、この3原則が今や、行動遺伝学の基本中の基本になっているようです。

 そんなことを急に言われても、何のことを言っているのか分からないと思いますので、そもそも行動遺伝学とは何かと言いますと、知能や性格を含めて、あらゆる行動や心の働きが遺伝の影響を受けるというのが原則だという学問です。おおよそですが、知能は60%ぐらい遺伝子の影響を受け、「協調性」や「外向性」や神経質」などの性格は、30~40%遺伝によるというものです。行動遺伝学は、主に、双生児(一卵性、二卵性)の方々を長年追跡して科学的知見を追究していきます。

 そこで、この本は、まさに「遺伝か環境か、どちらなのか」の議論が展開されています。1冊の本になるぐらいですから、色んな所見が出てきて面白い読み物になっていますが、なかなか結論は出てきません。色んな要素が複雑に絡み合っているからだというのです。結局、ヒトは、遺伝と環境の要素を50%ずつ受けているのが正解なのでしょうが、「30%の遺伝でも多いと言えばかなり多い」「偶然であっても、遺伝的に必然だったかもしれない」などと言われると、こちらも思わず頷いてしまいます(笑)。

大興善寺(佐賀県)

 さらに言えば、例えば、私は、電車やバスや職場などで嫌~な奴に遭遇することがあるのですが、彼ら本人だけが悪いのではなく、生まれつきの遺伝の産物なんだと思うと、あまり腹が立たなくなるんですよね(笑)。

 「病気になったのは遺伝のせい」「学力がなく、年収が低いのも全て遺伝のせい」ということにすれば、大変気が楽になりますが、この本をじっくり読めば、行動遺伝学はそこまで結論づけて断定的に言っていない、ということになっています。「じゃどっち何だ!」と思う方はこの本を読むしかないでしょう。そして、自分自身で納得する結論を引き出したらどうでしょうか。