秋桜 droit d´auteur par S.M.
天長節。
ラジオや街中で、クリスマスソングが流れる今日この頃です。
今年も終わりですね。例年ですと、渓流斎ブログは、毎年この辺りは、「今年の回顧」をしていたものですが、2015年は、自分の一生にとって一番心に残る年になってしまいました。
それは何かと言いますと、あまりにも個人的なことで、「知る人ぞ知る」話ですし、そもそもどなたもご興味ないことでしょうから、こういった「公の席」(笑)での発言は差し控えさせて頂きたいと思います。ただ、自分の「人生観が180度変わった」ということだけは、付記しておきます。
昨日、本屋さんに山積みになっていた本を立ち読みしていたのですが、結局買わず仕舞いで、タイトルも忘れてしまって残念です(笑)。思い出したら、買ってもいいくらいです。それは、翻訳本で、いかに、グーグルやフェイスブックなどのIT巨大企業が、いとも容易く一般庶民から高官権力者に至るまで情報を収集して、ビッグデータとして、米国の国立何とか図書館にすべての情報を寄贈していることが書かれていました。
例えば、ブログなんかに、写真をアップしたりすると、その写真がいつ、何処で撮られたのか、位置情報ですぐ分かってしまうそうですね。ブログだって、いくら匿名で書こうが、本人が住んでいる住所から電話番号まで分かってしまうそうです。メールなんか、内容は、すべて「保存」されているそうですよ。
国民背番号制になれば、番号を入力さえすれば、その人の年齢、職業から、学歴、趣味、既往症、犯罪歴、結婚歴まですべて分かるようになることでしょうね、きっと。
年末恒例の「新語・流行語大賞」で、大賞は「爆買い」と「トリプルスリー」に決まりましたが、私は、「爆買い」は知っていても、「トリプルスリー」は知りませんでした。その他の候補作を見てみると、ほとんど知らない言葉ばかりでした。それだけ、今年は自分自身が、世間に疎かったということです。空白期間がありましたからね。
候補作の中に「ミニマリスト」という言葉があり、最初はさっぱり意味が分かりませんでしたが、ベストセラーになったジェニファー・L・スコット著「フランス人は10着しか服を持たない」の影響もあったのか、とにかく、部屋の中に究極のモノ以外は、一切所有しない人たちのことを指すらしいですね。断捨離の到達点かもしれません(笑)。
本は所有せず、キンドルか何か入れて読み、音楽は、iPodかiPhoneにお気に入りの曲だけを入れる。あとはスマホかタブレットさえあれば、テレビも見られるし、ラジオも聴けるし、写真も写せますし、録音もできますし、コミュニケーションもできますし、何でもできますからね。
そういう私も、スマホの毎月のデータ制限の3ギガを先月は超えてしまい、極端にのろくなってしまいました。新しく、契約し直したWiFiは、大嫌いなソフトバンク系以外のO社の月5ギガのコース(1566円)を選んだのですが、半月で5ギガを超えてしまいました。もう、アディクトです。
どうせ、「ビッグブラザー」は、私がどんなユーチューブを見ていたかとか、全て情報を収集していることでしょう。
私が見るサイトにくっついてくる広告は、買えないけど、最近よく見ていた高級腕時計の広告ばかり反映されます。
パソコンやスマホで検索すると、何処までも、何処までも、何処までも、追いかけてくるという証拠です。
我々は、何処にも逃げられない狭い世界で、他人の顔色を窺って生きているということでしょうか?