思わず同情したくなる超人的牢破り=斎藤充功著「日本の脱獄王 白鳥由栄の生涯」

 皆様も御存知のノンフィクション作家、斎藤充功氏から出版社を通じて、本が拙宅に送られてきました。出版社は神田神保町にある論創社。事前に何の御連絡もなかったので、何事かと思ったら、「謹呈 著者」のしおりが一枚だけ入っておりましたので、有難く拝読させて頂きました。

 「日本の脱獄王 白鳥由栄の生涯」という本です。2023年2月1日初版となっておりますが、昨日(1月30日)の時点で既に読了しました(笑)。斎藤充功氏には「日本のスパイ王 – 陸軍中野学校の創設者・秋草俊少将の真実」(GAKKEN)という名著がありますけど、「日本の王」というタイトルが著者の大好物のようです(笑)。

 脱獄王といえば、4回も牢破りをした傑物が昭和初期にいて、私も昔、吉村昭(1927~2006年)の小説「破獄」(岩波書店、1983年初版)を読んで驚嘆したことがあります。小説では、主人公の名前は佐久間清太郎となっておりましたが、斎藤氏の本は、「日本の脱獄王 白鳥由栄の生涯」です。あれっ?どゆこと? これは、実在の人物の本名は、白鳥由栄で、吉村昭は、この白鳥をモデルに小説にしたものでした。(実は、斎藤氏のこの作品が書籍化されるのは、これが3度目です。最初に1985年に祥伝社から出版され、続いて、1999年に幻冬舎アウトロー文庫となり、そして今回です。)

 吉村作品と斎藤作品との違いは、フィクションかノンフィクションの違いにありました。その点について、御年81歳になられる斎藤充功氏が面白い逸話をメールで知らせてくれました。

 吉村作品は小説なので主人公は創作です。拙著は吉村作品(岩波書店)と、ほぼ同じ時期に刊行され、当時「小説」と「ノンフィクション」の違いが話題になった作品です。吉村さんとは
この作品が御縁になって、それ以来、交流が続きました。小生の作品の中で関心を持って頂いたのは「登戸研究所と中野学校」でした。ご本人も中野学校に関心大でしたが、残念ながら、「小説」は未完に終わりました。
 生前、吉村さんの井之頭公園の自宅で数十回会い、「小説」と「ノンフィクション」の違いについて大いに語りあった思い出があります。斎藤(※一部字句を改めております)

 へー、そうだったんですか。実に興味深いお話です。これも、小生が直接、著者の斎藤氏と面識があるからこそ得られた情報ですね。

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 さて、本書はとにかく読んで頂くしかありません。私もこの本を読むと、途中で喉がからからに乾いたり、狭いじめじめした薄暗い独房の中に閉じ込められて、閉所恐怖症になったような感覚に襲われました。

 脱獄王・白鳥由栄は1907年、青森県生まれ。33年に青森市内で強盗殺人の罪を犯すなど逮捕され、青森刑務所に留置。36年、ここを脱獄(1回目、28歳)。3日後に逮捕され、37年、宮城刑務所に移監。この後、東京の小菅刑務所を経て、41年に秋田刑務所に移監。翌年、ここも脱獄(2回目、34歳)。3カ月かけて東京・小菅に戻り、「待遇改善」を訴えて自首。43年、極寒の網走刑務所に移監。翌年、また、何とここも脱獄(3回目、37歳)。2年間、敗戦も知らず、山中の洞窟などで生活し、北海道砂川町で再び殺人を犯し逮捕。47年、札幌刑務所に移監。翌年、やれやれ、ここも脱獄(4回目、39歳)。翌年、札幌市内で逮捕され、48年、GHQの命令により、東京・府中刑務所に移監。61年、模範囚として仮出獄。79年、三井記念病院で心筋梗塞のため死去、行年71歳。

 ざっと、簡単に白鳥の略歴を並べました。これだけでは、白鳥は、殺人などの大罪を犯した極悪非道人で手の付けられない悪党と思われがちですが、本書を読むと、殺人の中でもやむにやまれぬ正当防衛的な情状酌量の余地があり、脱獄したのも、手錠や足枷を付けられ最低の食事しか与えられない待遇最悪の奴隷以下の独房生活の境遇をどうしても改善させたいという欲求が動機の一つにあり、白鳥の人間性に同情したくなります。

 著者の斎藤充功氏は、人一倍、この白鳥由栄に興味を持ち、4年以上、本人を探しまくり、1977年11月、御徒町にある三井記念病院に入院していた白鳥にやっと会うことが出来ます。それから、彼は何度も取材を続け、抜群に記憶力に優れた白鳥から脱獄の方法や脱走経路、逃亡先の生活などを聴きまくり、白鳥だけでなく、当時の刑務官や弁護士らも探し当てて取材し、まとめたのがこの労作だったのです。1977年といえば、著者の斎藤充功氏はまだ30歳代の若さです。怖いもの知らずで突撃取材したのでしょう。ノンフィクションというより、歴史的証言とも言うべきルポルタージュといった方が相応しいです。

自社株を環境保護団体に寄付した創業者=パタゴニアのシュイナードさん

 本日は下世話なファッションの話をー。

 年を取ると、どうもファッションに関心がなくなり、着るものに関しては無頓着になってしまうものです。今さら、モテるわけでもなく、仕事もなくなれば、「着た切り雀」になることでしょう。

 私もその一人でした(過去形)。固有名詞を出しては申し訳ないですが、近年は、ほとんどユニクロで間に合わせておりました。下着からワイシャツ、ダウンジャケットに至るまでです。ユニクロの柳井さんに対して、こんなに貢献している人は他にいないぐらいです(笑)。

 それが、あるきっかけで、もうユニクロは卒業させてもらうことにしたのです。はっきり書きますが、XLの大きさにしても、下着のトランクスのゴムがきつく、布の質がイマイチなのか、装着感が、ゴワゴワして少し擦れる感じなのです。そこで、天下の伊勢丹で売っている某社の高級トランクスに代えたところ、値段は倍以上でしたが、ゴムは全然きつくなく、履いていても擦れる感じ全くなく、実に爽快だったのです。

 お金は、死んであの世に持っていけるわけではありませんから、ケチケチ過ごすことが馬鹿らしくなってきました。下着だけでなく、もう少し、ちゃんとした衣類を着よう、と思ったわけです。人は90%見かけで判断しますからね。でも、いい加減年を取ると、相応しいファッション・ブランドがなかなか見つかりません。

 昔は、つまり若い頃は、「ポパイ」や「ホットドッグ・プレス」なんかを買って、当時全盛期だったテニスのビヨルン・ボルグが着用していたフィラや、ジョン・マッケンローが着ていたセルジオ・タッキーニなどを無理して買って、よく着ていたものでした。それらは、昔は、かなり高級ブランドでしたが、今では、そこら辺のスーパーでも売っているぐらい、格が落ちてしまいました。高級ブランドのジヴァンシーが、トイレのスリッパまで作るようになったのと同じ路線です。

 何の話でしたっけ? そうそう、シニア向けのブランドと言えば、有名なパパスとかありますが、あまりにもあからさまで「爺むさい」感じがするので、仕方なく、昔よく買っていたラコステのポロシャツやズボンで間に合わせることにしました(価格はユニクロの2.5倍以上)。この他、1877年にノルウェーで創業された老舗のヘリー・ハンセンというブランドが、漁師向けで防寒に優れて耐久性もあり、品質が良いという噂を聞いて、リュックサックやダウンジャケットなども取り揃えました。

 それでも、何か物足りないような、引っ掛かるような感覚がありました。私は電車通勤をして、会社のある銀座の街中を歩いておりますが、車内や街行く人のファッションのブランドを眺めてみると、男性も女性も圧倒的にノースフェイス THE NORTH FACEが多いですね。今は冬なので、そのノースフェイスのダウンを着ている人ばかり見かけます。私はへそ曲がりですから、(全く恨みはありませんけど)皆が着ているノースフェイスだけは恥ずかしくて着られません。

東銀座

 そんな折、本日のことですが、東京新聞が朝刊1面トップで、「米アウトドア用品『パタゴニア』創業者 自社株ほぼすべて環境団体に 地球を救う経営を」と題した記事を掲載しておりました。何と1面トップですよ! ウクライナ戦争でもなく、昨今の物価高の話でもなく、防衛費増額問題の話でもなく、ファッション業界の創業者の話です。

 最初、大変失礼ながら、「また売名行為かぁ?」と読む気がしなかったのですが、読んでいくと、こんな素晴らしい経営者はいないと確信しました。創業者のイボン・シュイナードさん(84)は、もともとロッククライマーで、登山用具の鍛冶屋だった経験も生かして1973年に「パタゴニア」(本社=米加州ベンチュラ)を設立します。現在、世界で1300億円以上の売上高を誇る企業に成長させました。しかし、もともとは職人さんですから、金儲けには大して関心がなかったようです。自身と家族が保有する約3900億円もの自社株を環境保護団体に寄付してしまったのです。その理由は、気候変動の危機感があり、「死んだ星では何もできない」ことを悟ったからだといいます。シュイナードさん御自身、パタゴニアという会社をこれから先、200年は続けてもらいたいという希望があるからこそ、どうすれば良いか考えた末、環境保護団体に寄付を決めたというのです。

 いやあ、なかなか出来ないことです。しかも、大富豪らしからず、社長さんなのにお抱え運転手はおらず、飛行機はエコノミークラス。同じ家に50年以上妻と一緒に住み、携帯電話も通話以外使わない。ほぼ毎日、中古で買った日本車スバル・アウトバックを自ら運転して出勤しているというのです。

 しかも、2011年の感謝祭翌日の大規模セールで、「自社商品を買わないよう」キャンペーンを張ったといいます。「そのジャケットは本当に必要なのか。必要で買ってくれるなら永久に保証する。不具合が出たら修理する。体形が変わって着られなくなったら、買ってくれる別の人を探す。使い古されて完全に使えなくなったら送り返してほしいというメッセージだった」とシュイナードさんは振り返ります。勿論、地球環境問題に配慮した考え方です。

 この記事を読んで、私は、いっぺんにシュイナードさんと、彼の理念が反映されているパタゴニアのファンになってしまいました。パタゴニアは登山用品専門かと思っておりましたら、検索してみたら、街中でも着られるジャケットやパンツ(私の世代ではズボンと言います)やダウンや帽子など品数多く揃っておりました。

 今まで一度も買ったことがありませんが、これからは、シニアでも着られる(と思われる)パタゴニアの衣類を少しずつ買い揃えてみようかなあ、と思っております。(あくまでも、これは宣伝記事ではありません。我利我利亡者が蔓延るビジネスの世界で、シュイナードさんの理念と行動に感動した話でした)

🎬「イニシェリン島の精霊」は★★★

 最近、ダムが決壊したかのよに、映画づいてしまいました。予告編を観て、いつか観ようか、観まいか迷っていたところ、新聞の広告で、「本年度アカデミー賞 最有力!」「主要8部門ノミネート」「ゴールデングローブ賞 最多3部門受賞」といった惹句に惹かれて、つい観てしまいました。

 「スリー・ビルボード」の監督マーティン・マグドナーの最新作で、コリン・ファレル主演の「イニシェリン島の精霊」です。予告編で、ファレル演じる主人公の気の弱そうで生真面目なパードリックに対して、その親友で、いかつい顔をしたコルム(ブレンダン・グリーソン)が急に、「お前とは友達をやめる」と言い出し、その理由について、「ただ嫌いになっただけだ」と言い放ちます。二人の間に一体、何があったのか?

 こりゃあ、本編を観たくなりますよね。

 でも、「予測不可能にして衝撃の結末とは?」と宣伝文句にある通り、サスペンスかミステリーの映画のようですので、結末は言えません。とはいえ、万人向きの映画ではないと思います。かなりグロテスクなので、私ならお薦めしないなあ…。怖いもの見たさに飢えている方なら丁度良いかもしれませんけど…。何で日本人的なわびさびの精神が分からないのかなあ?別に過激じゃなくていいし、あそこまでしなくてもいいじゃないか、と私なんか思ってしまいます…。

 と書きながら、この映画、フィクションとして割り切れば、かなり、練りに練られた考えられた作品になっています。奥が深いと言いますか、しばらく、この映画から頭が離れなくなり、色々と考えさせられます。友情という普遍的な問題についてだけではなく、人生とは何か、そもそも生きるとは何なのかと…。

 最初、観ている者は、いつの話なのか、何が何だか分からない世界に引きずり込まれていきますが、だんだんと、それは1924年4月1日に起きたことで、本土から少し離れたアイルランドの離島イニシェリン(架空の地らしい)で、住民同士がほとんど顔見知りの非常に狭い世界で物語が展開されることが分かります。樹木がほとんどなく、産業もほとんどないようで、あるとしたら、漁業か牧畜ぐらいです。この時代、テレビもラジオもなく、娯楽があるとしたら、辛うじて蓄音機のSPレコードとフィドルぐらい。男たちの愉しみは、村でたった1軒しかないようなパブで、昼となく、夜となく飲み明かすぐらいです。本土では内戦が続いているらしく、時折、砲弾の音が聞こえてきます。

 そんな狭い世界で人間関係がよじれると厄介なことになります。何しろ、道ですれ違わないことがないくらい狭い村社会で、隠れる所などほとんどありませんから…。

 この映画で応援したくなるのは、主人公パードリックの妹シボーンを演じているケリー・ゴードンです。彼女がいなければ、単なる怪奇映画になってしまいそうですが、シボーンを設定することで、映画に深みを増すことが出来、なるほどアカデミー賞候補になるのも頷けます。字幕なしで英語だけ聴いていると、どうも聴き取りにくい知らない単語が多く出てきましたが、恐らくアイルランド人がよく使う単語なのでしょう。調べたところ、コリン・ファレルは勿論、ブレンダン・グリーソンもケリー・ゴードンも、主役の俳優さんほぼ全員、アイルランド出身でした。凝り性のマグドナー監督のキャスティングだと思われます。

🎬「モリコーネ 映画が恋した音楽家」は★★★★

 一人の老人が、机の上で一心不乱に五線譜上に音符を書き連ねています。時々、何かに取りつかれたように、何かを口ずさみながら、書き続けています。もしかしたら、作曲中なの? えっ!? ピアノもギターも何も楽器がないのに、頭の中で浮かんだメロディを机の上でそのまま五線譜に書き記すことが出来るなんて、絶対音感の持ち主で。大天才ではないか!

 この場面を「モリコーネ 映画が恋した音楽家」を映画館の予告編で観て、是非とも観たいと思い、先日、劇場で観てきました。

 主人公は、映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネ(1928~2020年、行年91歳)。私がこの人の名前を初めて意識して知ったのは、「ニュー・シネマ・パラダイス」(1988年)=仏カンヌ映画祭審査員グランプリ、米アカデミー賞外国映画賞受賞=を観た時で、その映画音楽も世界的に大ヒットしたからです。

 この映画「モリコーネ」は、その「ニュー・シネマ・パラダイス」のジュゼッペ・トルナトーレ監督が、モリコーネの生涯と作品を巡って多くの映画関係者らにインタビューしたドキュメンタリーです。何しろ、インタビューで登場するのは70人以上と言いますから、映画通を自称する私でさえ、ほとんど知らない人ばかりなので、混乱してしまいました。これから御覧になる方は、事前に公式HPのサイトで「登場人物」の横顔を参照した上で御覧になれば、かなり整理されて理解できると思います。

 何しろ、映画の上映が倍速のような速さなので(笑)、登場人物の名前と肩書や作品名の説明字幕が読み終わる前にすぐ消えてしまいます。まさに、高度な鑑賞力が必要とされます。皮肉で言っておりますが(笑)。

 モリコーネが作曲した映画音楽は1961年以来500本以上だったといいます。この映画でもかなり多くの作品が出て来ましたが、日本未公開作品も多く含まれ、いくら映画通の私でも、観たのはその3割ぐらいじゃないかと思いました。ただ、かつて夢中になって観たクリント・イーストウッド主演の「荒野の用心棒」(1964年)やジャン・ギャバン、リノ・ヴァンチェラ、アラン・ドロンの三大スターが共演した「シシリアン」(1969年)、それにロバート・デニーロ主演の「ミッション」(1986年)、「海の上のピアニスト」(1998年)まで音楽がモリコーネの作品だったとは、知りませんでしたね。

 そんなモリコーネですが、映画音楽を作曲するのは「屈辱的だった」と告白しています。もともとローマの音楽院でゴッフレド・ペトラッシから正式に作曲技法を習ったクラシック音楽の正統派だったせいかもしれません。ただ、1950年代から台頭したジョン・ケージらによる「実験音楽」の流行もあり、その現代音楽の影響からか、かなり自由に映画音楽に実験音楽を取り入れております。「荒野の用心棒」などでは、何の楽器か知りませんが、アイヌの人たちが使うような「ボヨヨ~ン」と鳴る楽器や、口笛や雑音まで取り入れて時代の最先端の現代音楽を採用していました。

 私が学生だった1970年代初めの頃は、映画音楽が一ジャンルとして確立しており、かなりヒットしておりました。ラジオで映画音楽だけのリクエスト番組やベスト10があったほどです。大抵、1位になるのは「エデンの東」か「禁じられた遊び」か「ティファニーで朝食を」の「ムーン・リバー」あたり。このほか、上位には「シェルブールの雨傘」やフランシス・レイの「ある愛の詩」「男と女」「白い恋人たち」、パーシー・フェイスの「夏の日の恋」あたりが入り、とにかく名曲揃いでした。そうそう、忘れてならないのは、私も大好きなニーノ・ロータです。「太陽がいっぱい」「甘い生活」「ゴッドファーザー愛のテーマ」など今でも心に響く名曲ばかりです。

 この映画では、モリコーネが作曲した「死刑台のメロディ」(1971年)の主題歌「勝利への讃歌」を唄ったジョーン・バエズも登場し、私自身、非常に懐かしいなあ、と感じました。でも、やはり個人的好みから言えば、モリコーネは、ニーノ・ロータやフランシス・レイの次になってしまいます。ごめんなさい。それでも、勿論、彼の天賦の才は認められずにはいられません。

 しかし、私の世代でさえ、通好みで、私自身、公開作品の3割程度しか知らないとすれば、私より若い世代となると、ますます「エンニオ・モリコーネって誰?」となるかもしれないと思ってしまいました。

 でも、今の時代はユーチューブやDVDがあるので、時空を乗り越えて鑑賞できるはず。モリコーネが担当した音楽の映画を中心にこれから観る愉しみがありますよ。

【追記】ネタバレ(これから映画を御覧になる方は読まないで)

 「荒野の用心棒」などのセルジオ・レオーネ監督は、モリコーネとは小学校時代のクラスメートだったことや、スンタリー・キューブリック監督の「時計じかけのオレンジ」は、もともとモリコーネが音楽を担当するはずだったのに、行き違いで他の作曲家に回ってしまったことを、モリコーネが人生唯一後悔したことに挙げていたことは、大変興味深い逸話でした。

 

歴史クイズが答えられない世界で強大な影響力を持つユーチューバー=東海オンエア

 この話は書かないでおこうかと思っていましたが、最近、書くネタがないので、仕方なく書かさせて頂くことに致しました(笑)。

 毎週月曜夜に放送されているNHKの「鶴瓶の家族に乾杯」という番組の話です。1月16日と23日に2回に渡って放送された「松本潤が家康ゆかりの 愛知県岡崎市の旅でまさかの対面実現!?」という番組の話です。既に御覧になった方は、「ああ、何だ、その話かあ」ということで、この先お読みにならなくて結構で御座いまする。。。

 大河ドラマ「どうする家康」のタイアップと言いますか、宣伝番組と断言しても構わないでしょう(笑)。それでも、ドンドン引き込まれてしまいますから、「あに、やってんだか」です。

 徳川家康を演じる「嵐」の松本潤が愛知県岡崎市で「ぶっつけ本番旅」をする話です。道行く観光客らしき人に声をかけると、岡崎に来た理由は、家康の生誕地だというわけではなく、岡崎市在住の有名ユーチューバー「東海オンエア」の「聖地」を訪問するためだという人ばかり。しかも、松潤よりも、東海オンエアの方が良いと露骨に言われた松本は、次第に気になって、彼らに会いたいという気持ちが高まっていきます。結局、彼らが行きつけのラーメン店があるというので行ったところ、そこの大将が彼らの無名時代からお世話したこともあり、すぐ連絡を取ってくれることになりました。

 勿論、私は東海オンエアなるユーチューバーは見たことも聞いたこともなく、これが初めてです。松潤さんも同じように初めてです。彼らは、高校の同級生を中心に集まった6人からなる人気グループで、岡崎市の名所やお勧めスポットなどを紹介するユーチューブを配信し、現在は登録者数が670万人以上。ということで、岡崎市の観光大使にも任命されているとか。そのラーメン店も彼らの聖地となっているらしく、全国どころか、遠くアイスランドから足を運ぶファンもいたとかで、本当に吃驚してしまいました。

 とにかく、東海オンエアの6人のメンバーに直接会えた松潤は、「どっちがスターか勝負しよう」と、互いに、徳川家康に関するクイズに答えることにしました。1問目が、「徳川家康が開いた幕府は?」という一瞬、耳を疑うような幼稚園児でも答えられそうな問題です。松潤はしっかりと、「江戸幕府」と正解を出したのに、東海オンエアのメンバーは「江戸幕」とフリップに書いてしまい、不正解。

 2問目は、「1600年の天下分け目の合戦とは?』で、松潤は当然のことながら「関ケ原の戦い」と書いて正解。一方の東海オンエアは、「桶狭間の戦い」。しかも「桶」の漢字が間違っていました。えっ?これ間違えるの!?です。 3問目は、「家康の晩年に2度に渡って行われた戦い」で、答えは、勿論「大坂の陣」。松潤は「大阪の陣」と書いてましたが、正解になったようですが、一方の東海オンエアさんは、「実家の陣」だったか?ー忘れてしまったので、御存知の方はコメントください(笑)。とにかく、不正解。彼らは、笑いを取るために、わざとボケていたのか? でも、メンバーの誰かが「ユーチューバーはバカだと思われたくないなあ」と本音?を漏らしていたので、もしかして、小学生レベルでも歴史の知識はゼロなのかもしれません。(くどいようですが、岡崎市は徳川家康の生誕地ですよ!)

新富町「うら銀座くらぶ」肉野菜炒め定食 1100円

 でも、そんな彼らが世界中に強大な影響力を持っているわけですから、今の時代、不思議と言えば不思議です。教養も知識も学問なんかも必要がない。運と実力さえあれば、ユーチューバーで億万長者になれる時代だということなのでしょう。小学生のアンケートで「将来に何になりたいか」を聞かれて、「ユーチューバー」と答える辺り、子どもは正直ですから時代を反映しているということなのでしょう。

 ちなみに、この後、彼らのユーチューブをチラッと拝見させて頂きましたが、正直、ついていけず、途中でやめてしまいました。「老兵は死なず、消え去るのみ」かなあ…。

防衛費増額で社会保障費も減額になるのか?

丸亀製麺(本社が丸亀市ではなく、神戸だとは!)天麩羅きつね饂飩1000円

 1月下旬の毎日新聞による世論調査で、岸田内閣の支持率が27%と「危険水域」になっている中、1月23日に第211回通常国会が召集されました。

 比較的穏健な平和主義でハト派と言われる宏池会の岸田首相は、施政方針演説で防衛費増額や原発再稼働を示唆しましたから、もうハト派なんちゅう看板は降ろして、ゴリゴリの保守主流のタカ派で安部派(清和会)の遺髪を継ぐことをはっきり表明すべきだと思いました。

 防衛費増額の財源をどうするかについて、はっきり言わなかったので、「増税か!?」と野次が飛んでいました。そんだけでは足りないので、社会保険料の引き上げまで模索している(毎日新聞、1月24日付朝刊一面)といいますから、私も頭に血が上って、筆を執ることに致しました。

warm

 サラリーマン生活を長く続けると、税金や社会保険料は給料から毎月天引きされるので、その内容や額にほとんど関心を持たない人も多いと思います。私もその一人。税金と社会保険料の区別さえ付いておりませんでした(苦笑)。まさに、ステルス戦略に引っかかっていました。

 財務省によると、税金には、「国税」と「地方税」の2種類があり、国税の代表的なものが、「所得税」「法人税」「消費税」「酒税」「たばこ税」など。地方税は、「住民税」「固定資産税」などです。一方、社会保険とは、「厚生年金保険」「健康保険」「介護保険」「雇用保険」「労災保険」の五つのことで、年金などにも充てられます。

 ということは、ざっくり言えば、増税とは、もう今のところ、もう上げたばかりの消費税は上げられないから、天引きで隠された所得税や住民税辺りから侵攻し、社会保険料引き上げというのは、厚生年金保険料などを露骨に正々堂々と引き上げるということなのでしょう。民間ではなく、お上が決めたこととなると、論駁も反対も出来ず、黙って支払わなければならないことになります。いや、知らずに天引きされていて、いつの間にか随分と多めに引かれていたなあ、と後から気が付くだけなのかもしれません。手遅れですけど。

duck vs dog

 先述の毎日新聞の世論調査では、防衛費増額の財源として増税には反対している国民が68%も占めたといいます(賛成22%、分からない10%)。しかし、それは、矛盾といいますか、無責任でしょう。もし、防衛費増額に賛成するなら増税を甘んじるしかないでしょう。そうでなくても、国債の発行残高が増え続けており、今年度末に初めて1000兆円を突破する見通しと言われてますから、これ以上、国債に頼るのは狂気の沙汰です。子孫にツケを残すという意味でも無責任です。

 防衛費増額とは、電気代、ガス代などの公共料金や物価が目の玉が飛び出るほど値上がりする昨今、増税と同時に、生活保護や障碍者手当などの社会保障費や年金の減額まで甘んじて受け入れることに直結することを肌身に感じて、もう一度考え直すべきだと私は思っております。マスコミが周辺国の脅威を煽り立てているので、少数意見かもしれませんが。

 最近の日本人はあまり歴史の勉強をしないので、分からないかもしれませんが、軍拡競争に明け暮れた末、破滅した戦前の日本を思い起こすべきです。

徳川家臣団の変遷が面白い=「歴史道」25号「真説! 徳川家康伝」特集

 1922年創刊と日本で一番古い週刊誌で、101年の歴史を持つ「週刊朝日」(朝日新聞出版)が今年5月末で休刊になる、という超メガトン級のニュースが飛び込んで来ました。時代の趨勢を感じます。100年以上も歴史あるメディアが事実上廃刊になるのです。ピーク時は、150万部に達していたそうですが、昨年12月の平均は7万4千部程度。将来の部数と広告収入の減少を見込んだことが休刊の表向きの理由ですが、同社は週刊誌は他に「AERA」も発売しており、2誌同時発刊は経営的に厳しいと判断したようです。まあ、一番の理由は若い人が紙媒体を読まなくなり、ネット情報に依存するようになったからなのでしょう。

 私は古い世代なので、やはり紙媒体が一番です。残念としか言いようがありませんが、何を言っても始まらないでしょう。

 でも、その週刊朝日ムックとして隔月刊で発行されている「歴史道」は続けてほしいなあ、と思っております。1月発売の第25号は「真説! 徳川家康伝」特集で、あからさまなNHK大河ドラマ「どうする家康」とのタイアップ記事もありましたが、雑誌存続のためには仕方がないということで御同情申し上げます。

 ムックなので、写真や図解が豊富というのが特徴ですが、テレビに出たがりの、特に見たくもない、勝ち誇ったような学者様のアップした顔写真を何枚も掲載するのはそれほど必要なものか、と苦言だけは呈しておきます。その学者様の洞察力と業績は尊敬しますけど、まさかアイドル雑誌?これも売るために仕方ないのかなあ?

 先日、やっと読了しましたが、徳川家康というまさに日本史上燦然と輝く「日本一の英傑」の生涯がこの本で分かります。人には功罪がありますが、戦国時代の最終勝者で、その後、260年間もの太平の世を築き挙げた家康の手腕は、やはり、罪より功の方が遥かに上回っていると認めざるを得ません。3歳での実母との別離、幼少時代の人質生活、そして16歳(1558年の鱸氏攻め)から合戦に次ぐ合戦で、最晩年の大坂の陣(死の1年前)を入れれば、戦争に明け暮れた波乱万丈の一生と言えるでしょう。

 渓流斎ブログ2023年1月11日付「水野家と久松家が松平氏の縁戚になったのは?=NHK大河ドラマ『どうする家康』で江戸時代ブームか」でも書きましたが、この本を買ったのは、付録として「徳川家臣団 最強ランキング」が付いていたからでした。つまり、私には徳川家臣団の知識が不足しておりました。260年続く幕藩体制を築いた家康ですが、家康一人の力で天下を獲ったわけではありません。優秀で有力な家臣団がいたからこそ成就できたのです。その家臣団のほとんどが、幕末まで続く藩主(大名)になっているので、そのルーツを知りたかったこともあります。1月11日付のブログでも書きましたが、上総鶴巻藩主などの水野家は家康の実母於大の方の実家であり、下総関宿藩主などになった久松家は、その於大の方が離縁後に嫁いだ先でしたね。

 家臣団の中で、徳川四天王が一番、人口に膾炙しておりますが、それ以外に、この本では詳述されていませんでしたが、「徳川十六神将」とか「徳川二十四将」「徳川二十八神将」とかあるようです。特に二十八神将となると、後世になってつくられたものなので、人物名の誤記などもあるというので、よほどの通の人でなければ覚える必要はないかもしれませんが、この本の付録「徳川家臣団 最強ランキング」では「三河統一時代」と「五カ国領有時代」「関東入国時」と時代別に家臣団の変遷が詳述されています。例えば、三河統一時代の「三奉行」が高力清長、本多重次、天野康景だったことが分かります。私も含めて、知る人ぞ知る武将なので、彼らがその後、どうなったのか、子孫が幕末まで生き残って何処かの藩主になっていたのか調べたりすると本当にキリがありません。

銀座「マトリキッチン」

 そこで、有名どころとして、徳川四天王の筆頭、酒井忠次を今回取り上げますが、この人は、家康より15歳年長で家康の義理の叔父に当たる人でした。(酒井忠次の正妻碓井姫は家康の父広忠の妹。酒井氏は、鎌倉幕府の公文所初代別当大江広元の末裔とも言われている。また、酒井氏は松平氏と同族の兄弟(同祖)で、三河の国衆の中で酒井氏の方が有力だった時もあった。家康時代の酒井氏は、忠尚家、忠次家、正親家の3家から成る)。左衛門尉(さえもんのじょう)酒井忠次は、特に天正3年(1575年)の長篠の戦では、武田軍の背後に回る奇策を演じて、織田・徳川連合軍の勝利に導きました。いくら信長、家康といった目上の人に対してでも物怖じせず、率直に物を申す人柄で、酒井家の代々の藩主の家風として伝えられています。酒井忠次の孫に当たる忠勝から庄内藩主として幕末まで十二代続きます。あくまでも徳川家の臣下として誠意を尽くした庄内藩は、幕末の戊辰戦争でも最後まで善戦したため、過酷な処分が予想されましたが、比較的軽い処分で済みました。それは西郷隆盛の配慮だったことを後で知った旧庄内藩士によって明治初期に「西郷南洲翁遺訓」がまとめられた、という話につながります。

 歴史とは、現代との「つながり」ですから、そのルーツを知れば知るほど興味が増していきますね。

日本人とフランス人との国民性の違いを感じます=年金改革反対、仏全土で大規模デモ

 いつも饒舌な友人のB君から最近連絡が来ないなあ、と思っていたら、コロナに感染して散々だったようです。今は完治して大丈夫なようですが、それにしても、解せないことは、彼はテレワークだということです。

 小生は、毎日、満員の通勤電車に揺られて出勤しているというのに、コロナにかからず頗る健康です。テレワークなんて意味ないじゃん! それとも、彼は、プライベートまで知りませんど、夜遊びでもしていたのかしら? 一日中、パソコンの前に座っているわけにはいきませんから、昼間にランチを取るために外出することもあるでしょう。それとも、日夜、徘徊していたのかなあ、と疑ってみたくなります。

銀座「マトリキッチン」日替わり定食(チキンピカタ)1100円

 そんな折、日本政府は、新型コロナウイルス感染症の法的分類について、今春にも現在の「2類相当」から「5類相当」へ引き下げる方針を固めていることがニュースになっています。私は毎朝、出勤前にTBSラジオの「森本毅郎 スタンバイ!」を聴いているのですが、毅郎さん(83)は「ちょっとひがんだ者の言い方をしますと、高齢者が抱えている病気がコロナによって悪化するということが今起こっていて、死者数も連日300人、400人となっているんですよ。『これは仕方がないことだ』ということに考え方が変わるということになるんです。『高齢者が亡くなるのは自然の流れ』…ひがんで言っていますが、こういうことになる」と怒り心頭の御様子でした。

 確かに、コロナによる死亡者の9割が高齢者だとニュースでやってました。そのせいか、街中を歩いていると、マスクをしないで平気な若者と中年が最近増えてきた気がします。森本毅郎さんでなくても、やはり、政府のやり方は、「高齢者は一刻も早く死んでください」と言っているように見えます。

 話は変わりますが、フランスでは今日(現地1月19日)、国の年金改革に反対する労働組合が一斉にストライキを起こし、全国で112万人も参加したそうです。交通機関の多くが運休し、学校も休校となるなど大きな影響が出たようです。やるじゃないか、フランス。

 マクロン政権はこのほど、財政再建のため、年金の受給開始年齢を現在の62歳から64歳に引き上げることを柱とする年金改革案を発表したことが、今回の大規模デモに火が付きました。でも、あれっ? です。日本では年金支給は現在、概ね65歳からで、岸田政権は、今や70歳からの延長支給を視野に入れています。それなのに、日本では暴動どころか、小規模なデモでさえ聞かれません。どうしたものか?

 ちなみに、平均寿命で日本は世界一位(男性82歳、女性88歳)ですが、フランスだって男性80歳で世界19位、女性は86歳で世界5位です(国連人口基金、2022年版)。そんなに大差はありません。

 となると、お上の言うことなら子羊のように従順に従う日本人と、あくまでも権利獲得を追求する個人主義のフランス人という国民性の違いなのかもしれません。

 それに、岸田政権は、防衛費増額(実体は、米国から大量の軍需品を購入して莫大な金額を支払い、米経済を支えること)によって、日本国民への増税を画策しています。米国、中国、ロシアに次ぐ世界第4位の軍事大国を目論んでいます。その前に、少子化対策のための子ども手当充実や、すずめの涙しかない年金の増額の方が先にやるべきではないかと私は思っています。

ゾルゲと尾崎は何故、異国ソ連のために諜報活動をしたのか?=フェシュン編「ゾルゲ・ファイル 1941-1945 赤軍情報本部機密文書」

(2023年1月12日付渓流斎ブログ「動かぬ証拠、生々しい真実」の続き)

 アンドレイ・フェシュン編、名越健郎、名越陽子訳「新資料が語るゾルゲ事件1 ゾルゲ・ファイル 1941-1945 赤軍情報本部機密文書」(みすず書房)を読了しました。内容は圧巻でしたが、最後は、あっけない尻切れトンボのような感じでゾルゲによる機密暗号文書(1941年10月4日付)は「201」で終わっています。ゾルゲ本人もまさか1941年10月18日に自分が逮捕されるとは思ってもみなかったことでしょう。

 本書は、ソ連の「赤軍参謀本部情報本部」(以前は「赤軍第4本部」と翻訳されていました)から派遣された大物スパイ、リヒアルト・ゾルゲが1930年から45年にかけて上海と東京から送電した暗号文書や手紙、それにゾルゲを監視する在京ソ連大使館軍情報部による報告文書など、機密指定を解除されて、フェシュン氏がロシアで編集出版した約650点のうち、1941~45年分の218点が訳出されています。ゾルゲによる歴史に残る二大スクープとして、「独ソ戦の開戦予告」と「御前会議での日本軍の南進決定」がありますが、それらは41年のものであり、33年から8年以上にも及ぶゾルゲの日本滞在での集大成とも言うべき極秘文書がこの本で読めるわけです。

 この本を訳出した名越健郎・拓殖大特任教授が前文「ゾルゲ事件に新事実」を書き、編著者のフェシュン・モスクワ国立大東洋学部准教授が巻末で解説「『ゾル事件』の謎に終止符」を書かれていますが、これだけ読んだだけでも、ゾルゲ事件の概要と背景がかなり詳しく分かり、私なんかまず出る幕はありません。

 そう言えば、註釈などに書かれていましたが、無線技士のマックス・クラウゼンは滞日最後の方になると、自身が副業として設立した複写機会社が軌道に乗り、また共産主義にも嫌気がさし、ゾルゲの高慢な態度にも不満を持つようになり、せっかくゾルゲが苦心して集めた情報記事を暗号化して送電しなかったり、やったとしてもほんの1部だったりしています。ゾルゲ自身は最後まで気が付かなかったらしいですが、捜査員が踏み込んだ隠れ家には原文が残されていて、クラウゼンのサボタージュが分かったというくだりは大変興味深い話でした。

 しかし、フェシュン氏の著書で、ゾルゲ事件のほぼ全容が解明されて、謎がなくなったとは言っても、そして、確かにゾルゲの機密文書という「成果」が掲載されたとは言っても、通読すると、私自身どうも理解できないことばかり浮上して困ってしまいました。そこで、自問自答形式をー。

【疑問】何故、ゾルゲ情報は、スターリンらクレムリン首脳部で信頼されなかったのか?

【推測】恐らく、ゾルゲがドイツ人(国籍)だったからだと思われる。二重スパイとして疑われるはずだ。しかも、ゾルゲは、コミンテルン(国際共産党)に所属したことがあり、コミンテルン派のトロツキーを追放(暗殺)したスターリンにとっては、本来ならゾルゲも粛清の対象だったはず。

【疑問】ドイツ人のゾルゲが、なぜ祖国ドイツではなく、ソ連のために諜報活動したのか? 

【推測】ゾルゲの父はドイツ人鉱山技師だったが、母親がロシア人だったせいかもしれない。国際共産主義のイデオロギーに心酔したため、国家は関係なかったかもしれない。それでも、独ソ戦が勃発した際、二律背反に陥らなかったのかどうか?…秘密文書だけではゾルゲの心理まで分からないが、隠れ蓑としてナチス党員になったのに、反ヒトラーだったので、快哉を叫んだかもしれない。

【疑問】近衛内閣参与だった尾崎秀実が、何故、御前会議での内容など日本の国家機密をゾルゲに漏らしたのか?

【推測】フェシュン氏の解説によると、尾崎の主要な政治目的は、戦争回避、日中戦争の局地化と解決、ソ連との講和、太平洋での戦争阻止だったという。尾崎が日本の「裏切り者」になったのは、日本が自ら宣言した使命を果たさなかったこともあろう、とフェシュン氏もいささか尾崎に同情している。と、同時に、「尾崎は奈良でゾルゲに協力を頼まれる前から、生粋のソ連諜報網のエージェントだった」とも書いている。つまり、共産主義に傾倒していた尾崎が、大阪朝日新聞の上海特派員時代から、著名な作家でコミンテルン活動家でもあったアグネス・スメドレーと関係を持ち、帰国後も北京で逢瀬を続けていた。尾崎がゾルゲと親しくなったのは上海だったが、ゾルゲと会わなくても、ソ連諜報機関員として活動していたことになる。尾崎は、ゾルゲもコミンテルンの一員だと思い込み、実は、ソ連軍参謀本部から派遣されたスパイだったことは最後まで知らなかったようだ。自分の機密情報が直接、クレムリン首脳部に届き、戦略や政策に多大な影響を与えるとまで考えていたかどうか分からないが、恐らく薄々感じていたはずだ。ただし、諜報組織ゆえ、ソ連の内務人民委員部(NKVD)と赤軍参謀本部情報本部と在京ソ連大使館軍情報部の違いまでは知らなかったことだろう。尾崎がソ連に機密を齎したことで、結果的に日本の国家が転覆(滅亡)することまで想像できなかったかもしれないが、尾崎に多大な責任があったことは確かだ。

 ◇◇◇

 さて、ロシアがウクライナへの侵略戦争を開始してもう1年が経とうとしていますが、目に見えない諜報活動は、ロシアのお家芸ですから、メディアで報道されなくてもかなり頻繁に、かつ重厚に行われていることが容易に想像されます。諜報員は東京でも暗躍しているかもしれません。

映画🎬「SHE SAID シー・セッド その名を暴け」は★★★★★

 久し振りに映画を劇場に足を運んで観て来ました。2年半ぶりぐらいかなあ? ちょっとよく覚えておりません(苦笑)。

 勿論、コロナ禍の影響ですが、何が何でも、石にかじりついてでも,観たい映画がなかったからかもしれません。所詮、映画はつくりものですし、現実生活やノンフィクションには劣るといいますか、二の次になってしまいました(失礼!)。そうなると、かつては、これまで1カ月に2~3本、映画館で観ていたのに、観ない習慣が出来てしまいました。また、怒られてしまいますが、映画を観る暇があったら、人類学や歴史関連の本を読んでいた方が遥かに有意義な時間が過ごせると思ってしまったわけです。

 ですから、この「SHE SAID シー・セッド その名を暴け」も殆ど期待しないで映画館に行きました。テレビで派手に宣伝しており、内容についても、あのハリウッドの帝王とも呼ばれた敏腕プロデューサー、ワインスタインによる性的暴行事件と、その後、勇気を出してカミングアウトするようになった女性被害者たちの「#Me Too」運動の話だということも、分かりきってしまっていたので、新鮮味がないだろうなあ、と高を括ってしまっておりました(これまた、失礼!)

 そしたら、我も忘れて映画の世界にどっぷり引き込まれてしまいました。正直言いますと、最初は、何が何なのか、さっぱり分かりませんでした。出演する俳優さんもほとんど知らず、顔と名前が一致しません。しかも、ですよ。20年前の若い時と、その20年後の2017年の現在の姿が交互に出てきて(勿論、全く別の、似ている女優さんが演じています)、本当に何が何だか、顔の区別ができないために、さっぱり付いていけなかったのです。

 それが、次第にジグソーパズルのピースがハマっていき、全体像がうっすら見えて来ると、「そういうことだったのかあ」と分かり、何とも言えない爽快感が出てきたのです。

 まあ、これ以上、内容について触れませんけど、舞台は米ニューヨークタイムズ紙の本社になっています。二人の、…いちいち断る必要はないかもしれませんけど、ママさん記者による調査報道のスクープ記事を巡る実話が描かれています。

 私も長年、マスコミ業界で働いておりますので、新聞社の内幕やら、取材方法やら、取材相手との交渉といったことは熟知しておりますので、その描き方は、本当に真に迫っております(当たり前かあ=笑)。ですので、感心どころか、感激してしまいました。

 最初にお断りしたように、出演している俳優さんの顔も名前も知らなかったのですが、新聞社内の役割ならよく分かりました。勿論、日本と米国ではシステムは違うかもしれませんが、まず女性記者2人がいて、デスクらしき年配の女性がいて、その上に白髭を生やした部長らしき年配の男性がいて、そのまた上に編集局長らしい黒人の統括責任者がいて、告発記事なので裁判にもなりかねないということで、記事化するに当たって最終ゴーサインする社主か社長らしき壮年男性がいるような感じを私自身は観ていて受けました。あまり観たことがない俳優さんたちだったので、名前を知らなかったのは申し訳なかったのですが、役割だけは手に取るように分かり、自分自身も現場にいるような錯覚をしてしまったぐらいです。

 特に、オフレコで取材に応じた被害を受けた女優さん(御本人が出演!)が、意を決して最後に「自分の名前を出してもらってもいいですよ」という電話をし、それを受けた記者が、感激して涙を流すシーンが出てきましたが、思わず私ももらい泣きしてしまいました。まだ、青いですねえ(笑)。その女性記者ジョディー・カンター役は誰なのか、後で調べたら、ゾーイ・カザン(1983~)という女優さんで、「波止場」や「エデンの東」の監督として知られるあの巨匠エリア・カザンの孫娘さんだったんですね。知らなかったなあ。

 あまり褒めてばかりいると私らしくないので(笑)、あら探ししますと、この映画では、やたらとiPhoneとMacパソコンが登場します。勿論、原作に登場するからしょうがないかもしれませんけど、GAFAの一角、アップル社と宣伝契約しているんじゃないかと勘繰りたくなりましたよ。