北野天満宮 par M. Khehurakusense
今、「京都ぎらい」(朝日新書)という本がベストセラーになっているそうですね。
著者は、国際日本文化研究センター副所長の井上章一さん(61)。京都出身者として、有名ですが、何で…。
実は、井上さんは、京都出身とは言っても、「洛外」の嵯峨出身。一部の「洛中」(上京区、中京区、下京苦)出身の方から、「上から目線」で「田舎者」扱いされてきたことが、執筆の原動力になったそうです。勿論、タイトルには皮肉を込めています。
なるほどね。まだ、読んでいませんが、読んでみたくなりました。
北野天満宮 par M. Khehurakusense
そう言えば、「洛中」出身の京洛先生から、写真付きの緊急電報がありましたので、ご紹介させて頂くことにします。
京洛先生は、洛中にお住まいですから、馬耳東風、鷹揚としたものです。(笑)
…最近、「渓流斎ブログ」を拝読すると、神社や神様にえらくご執心ですが(笑)、ランチを食べに立ち寄った三条商店会の名門洋食の店「ちから」の女将さんも「渓流斎さん、どないことどすか?六曜とか、祇園祭の牛頭天王とか、えらい神さんに、興味を持ったはりますなあ」と苦笑いしてましたよ。「新渓流斎ブログも引き続き読んでます、と、伝えとくりゃす」ということでした(笑)。…
いやあ、女将さん、ご無沙汰しておりますが、お元気でしょうか?どないも、こないもないですたい。ただ、今まで、神さんのことについては、あんまりにも知らな過ぎていたため、反省込めて書いたまでなんねん。(少しなまってしまった)
…こちら、洛中も、このところ、えらい、ぽかぽか陽気で、2月半ばにしては、気持ち悪いですね。ご存知、「北野天満宮」の梅も、この通り、ほぼ満開になってきています。
渓流斎さんも、お見えになった境内の「梅苑」も、この通り、綺麗に、紅梅、白梅が綺麗に咲き、今週末はかなりの人出が見込まれます。…
ええ、懐かしいですね。
北野天満宮 par M. Khehurakusense
…「北野天満宮」はご存知のように、全国の約1万2千ある天満宮、天神社の総本社です。
平安期の天暦元年(947年)に、菅原道真公を祀り、神殿をつくったのが始まりで、永延元年(987年)、一条天皇が「北野天満宮天神」と名づけられました。豊臣秀吉が「北野の大茶会」を開いたのは、その後、ずーとのちの、安土桃山時代の天正15年(1587年)です。…
出ました。京洛先生の薀蓄花盛りですね(笑)。
北野天満宮 par M. Khehurakusense
…ところで、この上記写真の、国宝に指定されている「拝殿」について、何か、気になることはありませんか? 「え!、別に?」、「なんか変わったことがあったのですか?」という反応が返ってきそうですね(笑)。
実は、最近、ちょっとした変化があったのです。
この「拝殿」はお詣りに来た人が、正面の鈴を鳴らして、それぞれの願い事を、叶えられるように、祈願をするのですが、これまで、一つしかなかった鈴の緒が、昨年11月から、長い行列を緩和するため、この通り6本に増えたのです。
これまで、鈴の緒が一つしかなく、せっかくお詣りに来たのだから、鈴を鳴らしたいという人で、受験シーズンは長蛇の列でした。長い待ち時間に耐えられなくて、鈴を鳴らしたくても鳴らさず帰る人も多かったそうです。それが解消するというわけです。
写真を撮った日は平日の昼間で、参詣する人もこの通り少ないのですが、毎月25日の「天神市」は骨董、古着、飲食など千軒以上の露店が並び、参拝者もごった返すので、鈴の緒が増えて、だいぶスムーズにお詣りできるようになったようです。…
残念でした!このニュースは、坂東にも既に伝わっていましたよ!!北野天満宮なら全国の受験生がお参りに訪れるでしょうからね。
…そうそう、渓流斎先生も以前、「天神市」で、格安の古着のジャケットを買われましたね(大笑い)。まだ、愛用されていますかね。…
はい、愛用しております…。確か、2000円か3000円でしたか、忘れてしまいましたけど(苦笑)。
…ちなみに、この国宝の「拝殿」は、秀吉の大茶会の後の、慶長7年(1607年)に建てられたそうです。
京洛先生より…
ということは、家康が建てたか、少なくとも家康の認可が降りたのでしょうね。またまた、勉強になりました。