「わたし、船長さんになる!」そして…=裏磐梯一人旅

 御縁がありまして、週末に一人旅に行って来ました。

 御縁というのは、小学校時代からの古い古い友人の御嬢さんが、ちょっと事情があって、今年4月から福島県の裏磐梯のホテルに単身赴任されているということで、さぞかし、一人寂しく、毎晩枕を濡らしているのではないかと心配し、応援に行ってみたのでした。

東京・鍛冶橋~会津の長距離バス 行きも帰りも大渋滞で行き6時間、帰り6時間半掛かってしまいました

 ところが、おっとこどっこい。豈はからん哉でした。

 裏磐梯は、御嬢さん(北原安奈さんと言うので、これから安奈さん)が父親の仕事の関係で幼稚園から小学校低学年まで過ごした「第二の故郷」みたいな所で、私が泊まりに行った日に、ホテルの仕事をわざわざ休んで夕飯に付き合って頂いたのですが、いきなり、「私、Uターン族としてここに永住しようかと思っています」と言うので腰を抜かすほど驚いてしまいました。

 家族のプライバシーではありますが、首都圏にいる高校生の娘さん一人を置いて(面倒は母、つまり私の友人がみているわけです)での大決断だったでしょうが、随分あっさりしていたので驚いてしまったのです。

 「まあ、近いのでちょくちょく帰れますし、気が変わるかもしれませんけど」

 そうなんです。安奈さんは、猪年生まれのせいか、「猪突猛進」型で、東京の大学を卒業してから何度仕事が変わったことか。私も彼女が働く銀座のチョコレート屋さんや、高田馬場のバーに顔を出したこともあります(笑)。趣味も幅広く、またまた彼女のプライバシーを暴いてしまいますが、今よりもっと若い頃、サッカーやラグビー選手に熱をあげて、全国、試合を追っかけ回したこともあったとか。

裏磐梯レイクリゾートホテル スタッフ120人、最大872人の賓客を収容出来る大型の高級ホテルで総工費は目の玉が飛び出るほどです。オーナーは何代か代わり、現在は大手通販会社ベルーナの子会社グランベルホテルが経営。

 でも、今回はかなり本気モードのようで、裏磐梯に赴任する前に、今まで取っていなかった運転免許証を取るために、わざわざ佐賀県にまで行って合宿して取得し、今年6月には「一級小型船舶操縦免許」まで取得したというのです。

裏磐梯・檜原湖 15時間45分発の観光船に乗船

 この小型船舶の免許は、ホテルが運営する観光船の船長さんが営業が終わると湖の沖合に船を停泊させるので、船長さんが岸に戻って来られるように小型船で送り迎えするために必要だというのです。

 「へー凄いなあ」と思ったら、安奈さんは「将来、大型船の免許も取って、船長さんになりたーあい」とまで言うのです。まあ、NHK朝の連続テレビ小説の主人公にでもなりそうな破天荒な女性です(笑)。

裏磐梯・檜原湖

 安奈さんは、小学校から中学、高校まで、もう少し都会の福島県会津若松市で育ちましたが、裏磐梯の方が気に入っているのは、何と言ってもスキーが出来るからだといいます。

 目の前の会津磐梯山は、恰好のスキー場で、安奈さんは幼稚園の頃からここで滑り、中学、高校とスキー部で鳴らしたようです。

 「私、寒いのも大好きです」と言うぐらいですから、彼女にとって、裏磐梯は天国みたいな所かもしれません。

裏磐梯・檜原湖 磐梯山

 この裏磐梯に来て初めて知ったのですが、上の写真の磐梯山は、明治21年(1888年)7月15日に大噴火して、この檜原湖は、噴火によって地盤沈下と河川の氾濫などで出来た湖だというのです。

 死者477人という記録が残っていますが、この檜原湖の下には多くの集落があり、そのまま埋没してしまったという悲しい過去の歴史があったわけです。

 明治21年と言えば、つい最近のことではありませんか!近代メディアも発達したばかりで、地元福島新聞をはじめ、東京日日新聞、朝野新聞、時事新報、報知新聞、東京朝日新聞なども特派員を派遣して大きく報道しました。当時はよほどインパクトがあった事案だったのか、この年の10月には早くも五代目尾上菊五郎によって「是万代話柄 音聞浅間写画(これはばんだいのはなしぐさ おとにきくあさまのうつしえ)」(万代は磐梯にかけ、浅間山の噴火とした)の演目で歌舞伎が演じられたといいます。

裏磐梯・曽原湖

 観光船から降りると、安奈さんは、若葉マークの付いた自慢の愛車ジムニーで、彼女のお気に入りスポットである曽原湖に連れて行ってくれました。檜原湖から車でわずか数分ほどですが。

 湖面に映る対象的な風景は、もし私に絵心があれば描きたくなるような景色でした。

 私は普段は都会で、高層ビルに囲まれて、活字ばかり追っている生活ですから、さすがに目と心が洗われます。

裏磐梯・曽原湖

 裏磐梯と言われるところは、正式に福島県北塩原村と言って、この村のHPを見ると、この村の人口は今年10月1日現在2618人。観光産業に従事している方が多いとみられます。

 磐梯山という火山は、噴火で大惨事を招く一方、逆にそのお蔭で、豊かな温泉が湧き出るという立地が出来たことになります。バブルの頃は、かなり多くの別荘やペンションがあったのですが、当時と比べると今はかなり寂れてしまったそうです。

 安奈さんは、いつか、将来、恩返しの意味も込めて、この村のために尽くしてみたいと夢を語ってくれました。「全身全霊」「粉骨砕身」などという言葉が出るくらいですから、かなり本気のようです。

 今から17年後の2038年は、磐梯山大噴火から節目の150年を迎えます。美人で社交的でお友達も多い安奈さんのことですから、それまでに着々と準備をしているようです。

 17年後ですかぁ…私はそれまで生きているかどうか分かりませんが、その雄姿を見てみたいなあと思っています。

裏磐梯・五色沼自然探勝路

 ホテルの夕食は豪華な和食のフルコースで、地酒の利き酒セットをお代わりまでしていい気分になりました。彼女は車ですから、ノンアルコールビールで嫌々付き合ってもらいましたが、色々な話が聞けてよかったでした。

 翌朝も、大浴場で温泉を堪能した後、向かったのは、ホテルの近くにある「五色沼」です。大小30ほどあり、エメラルドグリーン、ターコイズブルーなど様々な色彩を持つ湖沼の総称で、村の重要な観光資源 tourist attractionになっています。2016年にミシュラン・グリーンガイド一つ星に認定されています。

約4キロの「五色沼自然探勝路」が整備されていて、往復約2時間40分掛かるということで、帰りのバスのことなどもあり、私は半分ぐらい行って引き返すことにしました。

裏磐梯・五色沼の柳沼

 最初、レンタル自転車でも借りて行こうかなあ、と思ったのですが、トレッキングコースは車両禁止でした。何でかなあ、と思って行ってみたら、かなり岩がゴツゴツした歩きにくいでこぼこ道で、これでは自転車走行も難しいと分かったわけです。

 写真では再現できませんが、この柳沼の実物は実に素晴らしい。

 この五色沼周辺を始め、磐梯山の大噴火で荒廃してしまった裏磐梯に私財を投じて植林した地元の偉人に遠藤現夢(十次郎、1863~1935年)という人がいることをここで初めて知りました。柳沼の近くに「遠藤現夢翁の碑」があります。

裏磐梯・五色沼の青沼

 この青沼は、その名前の通り、エメラルドグリーンというか、ターコイズブルーというのか、実に幻想的な色彩で、見ていて飽きませんでした。

 北海道の沼を思い出しましたが、本州にもこのような幻想的な沼があるとは思いませんでした。

裏磐梯・五色沼の瑠璃沼

 この瑠璃沼の写真は、逆光でよく分かりませんが、その名前からして、瑠璃色の沼のようです。沼といっても、小さな湖ですね。

裏磐梯・五色沼の弁天沼

 この弁天沼は、結局、今回は行かなかった「五色沼」最大の毘沙門沼に次ぎ、湖沼群の中で2番目に広い沼です。

 写真には写っていませんが、コロナ感染者の減少のせいか、結構、観光客でいっぱいで、狭い道をすれ違うのもやっとの所もありました。

 以上 安奈さん、そして仲介してくださった吟さんには大変お世話になりました。

 【追記】

 帰りのバスも、事故で大渋滞でストレスが溜まりました。そんな狭いバスの中で、後ろの心ない40代ぐらいのキツネ目の眼鏡をかけた女の客が傍若無人にもスマホでユーチューブをイヤホンもせずに、ボリュームを上げて見ているので、イライラしてしまいました。

 途中、羽生SAで休憩した際、運転手さんに、「私が直接注意すれば喧嘩になるので、後で運転手さんからマイク放送で注意してもらえませんか」とお願いしたら、再出発した際、運転手さんは「今、会社からの情報ですが、お客さんの中に、ヘッドホンをせずに音楽などを聴いていらっしゃる方もいますが、周りの方にも迷惑になるので、是非ともヘッドホンをお付けになってお聴きください」と放送してくれたのです。そしたら、ピタリと止みました。

 私が言ったことを「会社からの情報」とは、オツなことを言うものです。気分爽快で、下車の際に、何度も運転手さんに御礼を言いました。

 それにしても、傍若無人で、自己中心的で身勝手な人間が最近増えたと思いませんか?

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