「闘う皇族」

 

再び個人的なメモです。単なる備忘録です。つまらないと思われるので飛ばしてください。

 

昨晩は、先輩のS氏と銀座の「江戸源」で痛飲。S氏は3年前に会社を辞めて行政書士の資格を生かして独立。ある社団法人の事務局長も務めています。お会いするのは3年ぶり。当然、あの人はどうした、この人はどうした、といった話が中心。頭のいいS氏は記憶力が抜群で、いろんな人の「出自」を教えてくれました。H氏は東大文学部の大学院出身で、本人は当然、取締役になるつもりだったのになれなかった話や、亡くなったUは専大出身で、裏口から途中入社した話や、0氏は意外にも福島大学の大学院、K氏は教育大の理科系出身、SYはどんな分野でも取材力と文章力がある優秀な記者だったが、結局A社にトラバーユしたとか、I氏は、大森実の「オブザーバー」出身、TはS者として採用されたのでクビにしたくても切れない話などを聞く。

 

今晩は後藤さん主宰の渋谷おつなセミナーに3年ぶりに参加しました。

 

ゲストは「闘う皇族 ある宮家の3代」(角川選書)などの著書のある浅見雅男氏。同書は、香淳皇后(昭和天皇の皇后)の実家の久邇宮家をめぐって起こる「宮中某重大事件」(大正9-10年)などを取り上げ、皇室の在り方などを実証的に研究したもの。宮内大臣などを歴任した牧野伸顕(大久保利通の次男)や原敬らの日記などを丁寧に読み込んで、これまで「宮中某重大事件」が山県有朋が独断で起こしたかのように吹聴されていた定説をひっくり返します。浅見氏は、有名出版社の編集者をしながらこのような仕事をされており、全く頭が下がります。

 

【メモ】

 

明治2年 華族=137公家(5摂家=近衛、九条、鷹司、一条、二条)、諸侯(大名)

 

明治17年 勲功華族=大久保利通、木戸孝允、伊藤博文、山県有朋…

 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%AF%E6%97%8F

 

3年ぶりの出席で、お会いしたのは、主宰者後藤喜兵衛氏をはじめ、千葉商科大の日暮高則氏、編集者の伊田欣司氏、システムコンサルタントの石川徳衛氏、双日システムズの白石一郎氏、クリエイティブアーティスツの平沢真一氏、作家の加藤廣氏、NECの大嶋実恵子氏、NECの浅野早苗氏、宝印刷の北野忍氏、日本政策投資銀行の鈴木亮氏、エグモントの長畑芳明氏、日本気象協会の富沢勝氏、日経の浦田憲治氏、松下静子氏、山本悦夫氏、軍事アナリストの鍛冶俊樹氏、NHKの山田賢一氏、経済ジャーナリストの阿部和義氏、ITRの広川智理氏、ホープツアーの栗原麟太郎氏、元橋武彦氏、産業カウンセラーの中村文夫氏。

 

ねえ?単なる備忘録だったでしょ?失礼致しました。

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