「日本のスーパーコンピューターの父」=松岡聡著「スパコン富岳の挑戦」

 ”Passage”, Jimbo-cho Copyright par Duc de Matsuoqua

 ちょっと御縁が御座いまして、目下、松岡聡著「スパコン富岳の挑戦」(文春新書、1210円)を読んでおります。10月20日発売ということで、本屋さんに足を運んだのですが、売り切れてしまったのか、見当たりませんでした。仕方がないので、家に帰ってネットで注文しましたが、なかなか届きません。この後、注文した他の本が先に到着するぐらいで、どうしたものかと思っていたら、やっと25日に到着しました。

 昨日まで、「最高傑作」ジェレミー・デシルヴァ著、赤根洋子訳「直立二足歩行の人類史」(文藝春秋)を読んでいたので、本日からやっと読み始めました。

 私のようなガチガチの文科系人間が、高度な理科系知識が要求されるスーパーコンピューターの本なんか、理解できるのかどうか覚束なく、正直、当初は躊躇しておりました。でも、読んでみたら、著者は私に気を遣って(笑)、なるべく専門用語を使わず、使ったとしても丁寧に語彙説明をしてくれて、とても読みやすいのです。

 スパコン富岳に関する私の知識は、「処理能力(速度)世界一」といった程度でした。たまに新聞で、富岳による新型コロナウイルスの飛沫やエアゾルの広がりのシュミレーションなどが掲載されたりして、「頑張ってるなあ」といった程度の感想です。要するに、最初から内部構造や仕組みなどを知る意欲に欠けているのです。違う言い方をすれば、私にとっては、専門外の雲の上のような話なので、最初から理解することを諦めていたのです。

 しかし、この本を読むと、スパコン富岳の能力だけでなく、その社会的役割や将来の可能性まで理解することが出来ます。何しろ、著者の松岡氏は、2018年から理化学研究所計算科学研究センターのトップのセンター長を務め、スパコン富岳の開発を指揮した人です。この人以外で富岳について多く語れる人は他にはいないことでしょう。

 スパコン富岳で何が出来るのか?ーは素人が一番知りたいところですが、この本には事細かく書かれています。例えば、先ほどの新型コロナの飛沫のシュミレーションは、自動車開発のための空力性能を富岳を使って調査した神戸大学教授で計算科学研究センターの坪倉誠氏のチームでした。自動車のエンジンと感染症とは一見、無関係に見えますが、と著者は説明します。自動車エンジン内ではガソリンなどの燃料が噴霧し、その粒子が気化しながら移動します。同じように新型コロナも、ウイルスが飛沫によって運ばれ、エアゾルとなって拡散していきます。原理はほぼ似たようなものなので、自動車エンジンの調査手法を感染症でも短期間で応用できたというのです。

 このほか、スパコン富岳は、天気予報や地震、洪水、津波の予知や航空機開発、創薬などに応用されています。私が意外に思ったのは、この高価なスパコン富岳が一般でも、適正な審査に合格すれば、利用できることでした。それというのも、スパコンは莫大な費用が掛かり、国家プロジェクトとして開発されるからです。富岳の場合、開発費は1300億円で国費(つまり税金)が1100億円投入されたといいます。それでも、現在、欧米と中国を中心にスパコン研究開発競争が熾烈に繰り広げられており、各国が投資する国家資金は5000億円から1兆円にも上るといいますから、日本は随分、格安で開発できたと言えるかもしれません。

 富岳は、その前のスパコン「京」と比べて計算速度が50倍~100倍向上し、電力効率も50%程度向上したといいます。

 著者の松岡氏は、スパコン富岳を開発する前の東工大教授時代に、スパコンTSUBAME(2006年運用開始)を開発し、当時、国内トップの性能で大きな話題になりました。その実績を引っ提げて、富岳の開発責任者になったわけですが、TSUBAME開発時に掲げていたモットーである「至るところで使える」「みんなのスパコン」という目標が受け継がれていることが素人目からしても素晴らしいと思いました。誰にでも開放している、ということがです。

 富岳の2021年度の稼働率は97%だったらしいですが、コロナの重症化リスクの遺伝子レベルの解析やロックダウンによる経済的損失のシミュレーションなどにも使われたわけです。

◇余談ですが

 最初に「ちょっと御縁が御座いまして」と書きましたが、著者の松岡聡氏は、小生のブログの話題提供などでも長年お世話になっている満洲研究家で美術評論家の松岡將氏の御子息ということで、直接お会いしたことはありませんが、間接的にお噂などを伺っていたのでした。松岡將氏が1970年代に米ワシントン勤務時代、御子息の聡氏も米国で過ごし、教育を受けたので、英語はネイティブ以上です。

 その松岡聡氏は、スーパーコンピュータの最高峰の業績賞で、「スパコンの父」と呼ばれたシーモア・ クレイの名を冠 した「クレイ賞」の 2022年受賞者に選出され、来月11月18日、米テキサス州ダラスで、授賞式と記念講演が行われることを御尊父を通じで知りました。また、併せて、国内ではNECの C&C財団(Computer and Communication)から「C&C賞」まで受賞されました。日本のメディアではほとんど報道されなかったので、松岡聡氏の業績を讃え、このブログにも記載させて頂くことに致しました。

 恐らく、松岡聡氏は、将来、「日本のスパコンの父」と呼ばれることでしょうから。

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