上士幌町
公開日時: 2007年6月24日
今朝は日曜日だというのに(仕事ですが)、4時過ぎに目が覚めてしまい、ラジオを付けたら「深夜便」をやっており、作家の五木寛之さんが「昭和の歌語り」とかいうタイトルで、出演していました。五木氏はよく知られているように、34歳で直木賞を取る前は、放送作家、CM作家、歌謡曲、童謡作詞家として活躍されていたので、音楽に関しては、非常に詳しく、一家言を持っている人なので、面白かったです。
何回か続いている番組らしく、今朝は、昭和37年のヒット曲がたくさん掛かり、本当に懐かしかったです。吉永小百合、和田弘とマヒナスターズの「寒い朝」、倍賞智恵子の「下町の太陽」、北原謙二(2005年1月26日死去、65歳)の「若いふたり」などがかかっていました。こんな曲を懐かしがるなんて、あなたも相等お年ですね。
この「若いふたり」は、いわゆるドンドンパ調で、五木さんは「日本で生まれた」と発言していましたので、早速調べてみたら、日本の都都逸とルンバが合成されてできたらしく、一説では、京都でフィリピンのバンドが演奏していた独特のマンボがドドンパの起源らしい。1961年の渡辺マリの「東京ドドンパ娘」が100万枚のヒットとなり、一般に認知されたといいます。
へーと思ってしまいました。
今のJ-POPは確かにリズム感に溢れ、踊れるかもしれませんが、唄えませんね。昔の歌はよかったなあ、今でも歌えると私は、はっきり書きます。
そういえば、私にとって、一番印象深いドドンパはやっぱり、和田弘とマヒナスターズ・松尾和子の「お座敷小唄」ですね。よく、学校の行き帰りに唄っていたので、随分ませたガキでした。