佐川長官辞任、竹田厳道、萩原吉太郎、児玉誉士夫、塚本素山

待ち人来ず  Copyright par Kyoraque sensei

以前は、湧き出る泉の如く、1日にナンボでも書けたのですが、最近は、加齢のせいか、眼精疲労も酷く、無理を押して書く気力が段々なくなってきてしまいました(苦笑)。

致し方ないことです。人間だもん、相田みつを。

六義園

森友問題で、近畿財務局の50代半ばの職員が自殺したと思ったら、ついに、当事者だった元近畿財務局長の佐川国税庁長官が辞任(事実上の更迭)に追い込まれました。このまま行けば、任命責任のある麻生財務相、そして安倍首相にまで責任問題に発展し、内閣が崩壊するのではないかという識者も多いですが、私はそこまではいかないだろうと思ってます。

別に根拠はありませんけど、何となくそんな気がします。

森友問題で、財務省が公文書を、マスコミでは「書き換え」なんてめでたく言ってますが、はっきり言って「改竄」でしょう。もしそれが事実なら、公文書偽造罪であり、国会で「破棄した」と宣言した佐川さんは、明らかに偽証罪であり、国民を裏切る犯罪行為であることは誰でも分かります。

でも、安倍首相の場合、「わたくしの全く預かり知らぬところです」という答弁は、もしかしたら、その通りかもしれません。

昨年、流行語になったように、財務省の連中が、己れの出世のために「忖度」して、論功行賞欲しさに時の権力者に阿(おもね)っていただけだったような気がするからです。

これもこれも、首相官邸が霞ケ関=官僚の人事権を握ったからなのでしょう。そりゃ、飛び抜けて優秀な官僚さんも、国民ではなく、首相の顔色を伺って仕事をするようになるはずです。

人間だもん。

Copyright par Kyoraque sensei

さて、先日、加藤画伯の個展を鑑賞するために、東京・銀座の「一枚の繪画廊」に行ったことを書きましたが、この画廊を経営する美術誌「一枚の繪」を昭和47年に創業した人は、竹田厳道という人で、この方は、もともと北大を出て、北海タイムスの社長をしていた人だということを京洛先生から伺いました。

北海タイムスは既に廃刊した伝説の新聞ですが、明治20年に創刊された北海新聞の流れを汲む歴史のある新聞社でした。

統廃合を繰り返した末に、戦後、復刊させたのが、北海道財閥の最高実力者、三井財閥系北炭の萩原吉太郎でした。竹田厳道は、この萩原に見込まれて社長に就任するのですが、その経営方針で対立して、追い出される格好で、美術の世界に転身したわけです。

さて、この萩原吉太郎という人物もなかなか恐ろしいほど凄い人物です。特に、黒幕児玉誉士夫との交流が深く、河野一郎、大野伴睦ら有力政治家を紹介され、中央政治界にまで食い込んでいきます。

ご興味のある方は、検索すれば色々と出てきますからどうぞ(笑)。

私も皆さんと同じように(笑)色々検索してみました。

まず、「一枚の繪」のホームページには、沿革がなく、一切、竹田厳道の名前は出てきませんね。今は、彼の娘さんが2代目として継いでいるらしいですが、京洛先生から名前を聞かなければ、全く調べようがありませんでした。

まだまだ、デジタルの世界は遅れているということです。アナログの知識がなければ、キーワードさえ思いつかない…。

で、萩原吉太郎も検索してみたら、児玉誉士夫、永田雅一ら色んな著名人が出てきました。その中で私が注目したのが、塚本素山です。

えっ?知らない?

銀座・塚本素山ビルディング

あのミシュランで世界的にも超有名になった高級寿司店「すきやばし 次郎」の入っている塚本ビルのオーナーだった人です。建物には「塚本素山ビル」と大きな字で描かれています。ここを本部に全国に一大コンツェルンを築き上げます。

この方、陸士出身で、少佐で敗戦を迎え、戦後は実業界に華麗なる転身を遂げた人です。その点だけは、あの元大本営高級参謀瀬島龍三と少し似たところがあります。

銀座に大きなビルを建てるぐらいですから、この人も只者じゃありませんね。児玉誉士夫さんとの関係も濃厚です。児玉事務所は、塚本ビルにあったぐらいですから。

検索すれば、色々と出てきますから、ご興味のある方はどうぞ。私のように無気力にならず、青春を謳歌してください。

【追記】

コメント有難う御座いました。

 

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