翻訳家なんかになるもんじゃない?

 一昨日まで、江戸時代の仙台藩士のことを書いていたかと思えば、昨日は、フランスのマルセル・プルートの話となり、関連性もまとまりもなく、読者の皆様もこのブログに付いていくのが大変だと拝察申し上げます。

 私自身は、毎月30冊読破していた若い頃の仕事の延長線みたいな感じでブログを書き続けていますが、さすがに御老体となり、日常生活にも差し触り、「誰か止めてくれ~」と叫びたくなるほどです(笑)。

 とは言いながら、またまた、ずばぬけて面白い本を読んでしまったので、このブログで御紹介せざるを得ません。宮崎伸治著「出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記」(フォレスト出版、2020年12月1日初版)です。内容は、タイトルになっているそのものズバリです。出版業界の、特に翻訳家の皆さんが、これほどまでに「天国」と「地獄」を味わうものなのか、全く知らず、まさに手に汗を握る推理小説(実際は過酷なドキュメントなんですが)を読んでいる感じで、一気に読んでしまいました。

 著者の宮崎氏は、本の略歴等を引用させて頂きますと、1963年広島県生まれ。青学大卒後、英シェフィールド大学大学院で修士号を取得し、大学職員、英会話講師を経て、翻訳家になった人です。30代の10年間で50冊もの翻訳書を出版するものの、出版社と裁判訴訟になるほど数々のトラブルに見舞われます。最後は裁判で勝訴しますが、精神的トラウマや燃え尽き症候群などで2012年に出版業界から足を洗い、現在は警備員をされている方です。(ご本人は、裁判中に受ける精神的苦痛や、出版中止などのリスクを負うくらいなら、警備員の方が何倍もいいという結論になる、とあとがきで書いています)

 本書の中では、「裁判記録の非公開」を条件に和解した案件もあるので、出てくる出版社や翻訳書の書名等はイニシャルなどになっているので推測するしかありませんが、大手出版社と思われる有名出版社も、随分、えげつないことをやっているなあ、という記述が散見します。

 勿論、著者が翻訳した本がベストセラーになり、かなりの印税も入って、「天国」を見ることもありますが、ほとんどは「地獄」の話です。私も、作家の印税は10%だということは知っていましたが、翻訳者の印税について不勉強で知りませんでした。最高に近いのが8%で、宮崎氏の場合、最初は「6%」と提示されていても、「出版不況」だの何だのと色々と理由を並べられて、「4%」に大幅ダウンさせられる暴挙を突き付けられ、涙を飲んで忍ぶ場面が数々出てきます。

 翻訳家にとって、最も痛手となるのが出版中止です。7年がかりで訳した1650ページに及ぶ翻訳書が出版中止されて、「死を考えることすらあった」という翻訳家(宮崎氏ではないが、裁判所でその陳述書を読んで、「胸が張り裂けそうになった」と書いています)の話も出てきます。

 とにかく、編集者との会話や電話やメールとのやり取りを宮崎氏は本当によく覚えているものだと感心しました(恐らく日記を付けていたのでしょう)。編集者は依頼するとき、「大急ぎで、1カ月で翻訳してください」と注文し、宮崎氏は不眠不休の仕事でしっかり締め切りを守ったというのに、原稿を送っても、数週間、梨のつぶてで、1カ月待たされ、2カ月待たされ、半年、1年…と放置され、イライラのし通しです。その間は、無収入ですから、フリーの翻訳者となると生活も大変です(宮崎氏は、軌道に乗るまでアルバイトをすることを勧めていますが)

 まず、翻訳家になること自体が大変です。宮崎氏も最初は何十社もの出版社に原稿を送ったり、訪問したり、電話やメールをしたりしてアプローチしますが、最初は、翻訳者の名前すらも出て来ない「ゴースト翻訳者」扱いです。

 面白かったのは、ある翻訳書を出版する際、B書院の女性編集者から、本を売るために「監修者に渡部昇一先生の名前を出してほしい」と言われたことです。宮崎氏は「一方がビッグネームだったら、私の名前はかすんでしまう。そうなるともう、その本は実質的には渡部昇一の本になってしまう。私が何カ月もかけて翻訳したというのに、たった1日か2日だけ仕事しただけでカバーに名前を載せるんですか。それっておかしくないですか」と抵抗すると、その女性編集者は「だって、宮崎さんって、何でもない人じゃないですか」と言われたといいます。「その悔しさはその後も消え去ることはなかった」と宮崎氏は書いていますが、渡部昇一氏(ペンネーム大島淳一)に関しては、大変面白い後日談があり、それは本書をお読みください(笑)。出版界の裏が分かります。

 私もこの本を読んで、色々考えさせられました。私自身は、もう「終わった人」だからいいものの、少なくとも、「業界の実態を知らずに出版翻訳家にならなくてよかった」と胸をなでおろしています。

 

本の世界

公開日時: 2008年7月21日 @ 09:57

 

昨年の出版点数は約7万7千点。これは、1989年の2倍もあるそうです。版元は、点数でかせいで売ろうとしていますが、書籍・雑誌の売り上げは1996年に2兆6千億円あったのが、昨年は2兆円です。ここ10年に半分近くになってしまったのです!

 佐野眞一氏の「だれが本を殺すか」によると、本の価格の実体を明らかにしています。

 取次と書店が取るマージンは30%。つまり、定価を100%とすると、70%が基礎指数となります。これに実売部数を掛けた数字が、指数になります。例えば、返品率が20%だとすると、実売が80%となり、

基礎指数70%×実売80%=56%  これが、収入指数になります。

 

一方の支出ですが、印刷・造本代が20%。著者印税・装丁・校正費が12%。広告費10%。返品倉庫代が3%。人件費10%で、すべて合計して55%。

収入指数56%ー支出55%=1%   このわずか1%が版元に利益になります。

 

定価1000円の本なら、1冊10円の利益。1万部でも10万円です。

 

これが、返品率40%ともなると、収入指数が42%とがっくと落ち、支出の55%を差し引くと13%の支出オーバーになってしまうのです。

 

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ただし、逆に返品率0%なら、収入指数はまるまるの70%となり、利益は15%。

 

定価1000円の本なら、一冊150円の利益で、10万冊なら1500万円。100万部の大ベストセラーになれば、1億5千万円の利益が転がりこんでくるわけです。

もう、博打の世界なんですね。

読み手から書き手の時代

「出版年鑑」によると、2004年新刊書籍の出版発行点数の一位は、講談社の2191点だったそうです。

分かります。日本で一番の出版社だからです。しかし、二位は、新風舎の1847点。え?聞いたことがない出版社ですね。しかし、2005年は、約2700点を発行したので、講談社を超えてトップに躍り出るようです。

え?何故?と思ったところ、この出版社の大半は自費出版だったのです。初版の500部から800部までなら100万円から180万円。自費出版といっても、ちゃんと編集者も付き、装丁もプロ並。1冊1冊に流通用のバーコードも付くそうです。(以上10日付朝日新聞朝刊)

読者より、作家になりたい人が増えたということでしょうか。

発表の場が手軽になったということもあります。100万円なら、一生に一冊くらい本を出そうという人もいるはずです。

そういえば、ブログもそうでしたね。手軽な発表の場です。

ところで、中国で、中国人ジャーナリストの大人気のブログが、「反体制を助長する」ということで、中国政府の圧力で封鎖されるという事件があったそうです。その圧力に応じたのが、そのブログを運営していたマイクロソフト社。

私のブログは、そこまで人気も影響力もないので封鎖されることはないのですが、同じブロガーとして、実に嫌あな感じが致しました。