近代資本主義の勃興を知る=鹿島茂著「渋沢栄一Ⅰ 算盤篇」

 まさに、ど真ん中の直球。見事ツボに嵌った本を今読んでいます。この本は、長年疑問に思っていたことを解明してくれ、知的好奇心を十二分に満足させてくれます。

 鹿島茂著「渋沢栄一Ⅰ 算盤篇」(文藝春秋・2011年1月30日初版)です。もう8年以上前に出た本です。前から読もう、読もうと思っていながら機会を逃していました。確か、2010年の10月に東京・飛鳥山の渋沢栄一記念館を初めて訪れて、500社近い企業をつくった渋沢栄一が、森羅万象、至る所に顔を出して、ここにも渋沢、あそこにも渋沢といった感じで夢にまで出てくるので、頭の中が「渋沢栄一漬け」になり、嫌になってしまったことを思い出します(笑)。

 渋沢栄一が今度、「1万円札の顔」になることから、この機会にやっと読んでみようかという気になったのです。

 鹿島氏といえば、博覧強記、天下無敵の仏文学者です。私も一度、講演会で目の前でお見かけしましたが、比類のない知識と教養の塊で、脳みそが詰まった頭がどでかくて、講演中は、照れも、衒いも全くなく、ひたすら自信に満ち満ち溢れ、言いよどみも、ど忘れもなく、これ以上聡明で賢い学者は見たことがないといった感じでした。

 最初は、仏文学者が何で、畑違いの、中国の「論語」に傾倒した、しかも財界人の渋沢栄一の評伝を書くのか不思議でした。でも渋沢とフランスとのあまりにも濃密な関係を本書で知り、もし、渋沢が1867年のパリ万博の日本代表団(徳川慶喜の実弟徳川昭武代表)の一員に加わらなければ、「日本の資本主義の父」は生まれなかったったことは確実だったことが分かりました。

 面白い、実に面白い。

 若い頃の渋沢らは、幕末動乱の中、水戸学の尊王攘夷思想に染まり、高崎城を襲撃して武器を奪い、横浜の外国人居留地を襲う計画を立てますが、寸前になって中止します。その後、渋沢は、一橋慶喜に仕官するに当たり、水戸藩に立ち寄っています。

 えっ?水戸?! 先日、水戸城跡に行って、この足で歩き、この目で見てきたばかりじゃありませんか。

 渋沢は若き頃の学問の師で、従兄弟に当たる尾高惇忠の影響を受けますが、尾高は、水戸学の藤田東湖や会沢正志に多大な影響を受けていました。後年、渋沢はこの水戸学にかぶれたことについて、「若気の至りだった」と反省しますが、それだけに、鹿島氏にかかると、この水戸学がコテンパンなのです。彼はこう書きます。

 水戸学は、学と呼べるような体系性も論理的整合性もそなえていない、ある種の過激な気質の純粋結晶のようなものにすぎないのだ。すなわち、その根源にあるのは「武士は食わねど高楊枝」というあの武士の痩せ我慢の思想をひたすら純化して、本来マイナスの価値でしかない「貧乏」に倫理的なプラスの価値を与え、劣等感を優越感に変えて、自分よりも少しでも恵まれた他者を攻撃するという一種の奇矯な「清貧の思想」である。

 わー、ここまで書かれると、水戸の人は怒るかもしれませんね。しかし、水戸藩では尊王攘夷思想が過激になり、仏教や寺も夷狄の宗教として排斥したといいます。

 とにかく、渋沢は国際情勢を実地で見て、過激な攘夷思想から脱却して、開明派に転向します。その最大のきっかけは、フランスで、サン=シモン思想にどっぷり漬かったことでした。

 サン=シモンといっても、私の浅薄な知識では、空想的社会主義者で、現実には通用しない絵空事を展開しただけという程度でしたが、これが全くの正反対でした。「空想的社会主義」と命名して批判したのはマルクス、エンゲルスらであって、実際には、サン=シモン思想に影響を受けた弟子たちによって、特に1851年からのナポレオン3世による第2帝政時代には、フランスを近代資本主義社会に発展させる礎がつくられたのでした。

 サン=シモン主義の骨子の第1が、「すべての社会は産業に基礎をおく。産業はあらゆる富の源泉である」だったからです。これにより、「株式会社」「銀行」「鉄道」が「三種の神器」となり、産業革命を成し遂げた英国に大きく遅れをとっていたフランスも、発展していきます。ペレール兄弟によるクレディ・モビリエ銀行の設立と鉄道網の拡張などがその例です。民間に退蔵していた貨幣を吸い上げて、血液のように循環・流通させて産業を興し、冨を獲得していったのです。そのために一番重要だったことは、「信用=クレディ」だったのです。ナポレオン3世自身もサン=シモン主義者で、セーヌ県のオスマン知事に命じて、上下水道を完備するなどパリ市街の大改造に着手します。

 渋沢栄一は1867年、そんな近代資本主義の勃興期のフランスを訪れて、株式会社や銀行などのシステムを目の当たりにして、ゼロから学び、知識を吸収することができたのです。

 同書にはそれらの仕組みが丁寧に説明されていますので、評伝というより経済書として読めなくもないのです。私のように資本主義の初期や初歩を知りたかった書生にとっては、この本は打ってつけだったわけです。

 

 

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