スマホに支配される前に自分自身を知れ!=ハラリ著「21世紀の人類のための21の思考」

WST National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

 ユヴァル・ノア・ハラリ著「21世紀の人類のための21の思考」(河出書房新社 ) を読了しました。どちらかと言えば、歴史書ではなく、哲学書でした。深い歴史の知識に支えられた歴史哲学書でした。深く考えさせられました。

 色んな書評が出ているでしょうが、どれも、象を撫でて、犬だ、猫だと言っているような類で、どれも的確でない気がします。一言でまとめること自体、複雑な示唆に富む論考が数多含まれているからです。強いて言えば、「訳者あとがき」が最も著者の意図を端的に代弁しているかもしれません。(例えば、著者のハラリ氏は、謙虚さを重視し、一神教よりも多神教に優しい目を向ける、とか、著者は人類の将来に非現実的な期待を抱いていないが、絶望もしていない、などといった部分)

 前著を読んでいない私が意外だったことは、ハラリ氏はイスラエル出身の人ですから、ユダヤ教やシオニズムなどに対して絶対的な信仰と信頼を置いているかと思っていたら、言ってよければ、冷ややかに批判的に見ていることでした。それどころか、人類の歴史、地球の歴史、宇宙の歴史から見れば、宗教も思想も人間の生きる価値までもが取るに足りない、大したことはないと明示しているのです。科学者らの見解を引用して、そもそも2億年後には哺乳類は絶滅する、とまで書いていますから、王の墳墓も歴史的建造物も何もかも無意味に思えてきます。

 ハラリ氏はこんなことを書いています。

 「自己嫌悪に陥ったユダヤ人」あるいは「反ユダヤ主義者」だ思われたくないので強調しておきたいのだが、私はユダヤ教が特別邪悪な宗教だとか、暗愚な宗教だとか言っているわけではない。ただ、ユダヤ教は人類史にとって、特別重要ではなかったと言っているだけだ。ユダヤ教は何世紀にわたって、…書物を読んでじっくり考えることを好む、迫害された少数派の質素な宗教だった。(255ページ)

 シオニズムは、地表のおよそ0.005%の土地を占める、人類のおよそ0.2%の人々(ユダヤ人のこと)がほんのわずかな時間に行った冒険を神聖なものとしている。シオニズムの物語は、…モーセやアブラハムが生きた時代や類人猿の進化の前に超過した果てしない歳月にも、何一つ意味を与えていない。(354ページ)

 エルサレムは「ユダヤ民族の永遠の都」であり、永遠のものに関しては絶対に妥協できないと、彼らは主張する。…現在の宇宙の年齢は138億年。地球はおよそ45憶年前に形作られ、人類は少なくとも200万年存在してきた。それに対して、エルサレムはわずか5000年前に創設され、ユダヤ民族は長くても3000年の歴史しか持たない。これでは永遠という資格はとうていない。(同ページ)

 ユダヤ教超正統派の男性の約半分が一生働かない。彼らは聖典を読み、宗教的儀式を執り行うことに人生を捧げる。彼らと家族が飢えずに済むのは、一つには妻たちが働いているからで、一つには(イスラエル)政府がかなりの補助金や無料のサービスを提供し、基本的な生活必需品に困らないようにするからだ。(67ページ)

 このほか、現代人に対して、こんな風に批判しています。

 テクノロジー自体は悪いものではない。…だが、人生で何をしたいのか分かっていなければ、代わりにテクノロジーがいとも簡単にあなたの目的を決め、あなたの人生を支配するだろう。…スマートフォンに目が釘付けになったまま通りを歩き回るゾンビたちを見たことがあるだろう。あなたは彼らがテクノロジーを支配していると思うだろうか?それとも、テクノロジーが彼らを支配しているのか?(345ページ)

コカ・コーラをたくさん飲んでも若返られないし、健康になれないし、運動が得意にもなれない。むしろ、肥満と糖尿病になる危険が高まる。それにも関わらず、コカ・コーラは長年、膨大な資金を投じて、自らの若さや健康やスポーツと結びつけてきた。(309ページ)コカ・コーラや アマゾン、百度、政府がみな我先にあなたをハッキングしようとしている。あなたのスマホやパソコンや銀行口座ではなく、あなたとあなたの有機的なオペレーションシステム(OS)をハッキングしようと競っている。私たちはコンピューターがハッキングされる時代に生きていると言われるが、…、実は私たち人間がハッキングされる時代に生きているのだ。(一部換骨奪胎)(346ページ)

 やはり、訳者もあとがきで、引用しているように、この本で著者が最も言いたかったことは、次の部分かもしれません。

 もちろん、あなたは、権限を全てアルゴリズム(AIによる問題解決の方法や手順)に譲り、アルゴリズムを信頼して自分のこともそれ以外の世の中のことも全て決めてもらって、満足そのものかもしれない。それならば、くつろいで、そういう暮らしを楽しめばよい。…だが、自分という個人の存在や生命の将来に関して、多少の支配権を維持したければ、アルゴリズムより先回りし、アマゾンや政府より先回りし、彼らより前に自分自身のことを知っておかなければならない。

 著者のハラリは、その自分自身を知る一つの方法として最後にヴィパッサナー(物事をありのままに鑑札する、という意味)瞑想を挙げていました。確かに、タイトル通り、21世紀に生きる人類のための指南書でした。

【追記】

 ●法然は「選択本願念仏集」の中で、念仏(仏を念ずる)の手段として、凡夫では到底できない瞑想よりも、易行である称名を選択するべきだ、という革命的理論を展開していました。

 ●著者のハラリ氏が本書で言いたかったことは、既に古代ギリシャの賢人が述べています。

 人生の究極的な価値とは、ただ単に生き長らえるということではなく、むしろ、気づきと深い思考を巡らすことに掛かっている。(アリストレス)

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