ゲインズボロ(ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵) Copyright Par Duc Matsuocha gouverneur
皆様ご案内の通り、迂生は昨年、黄泉の国を徘徊逍遥しておりましたので、ほとんど本を読むことはなく、その年に何がベストセラーになったのか知らない有様でした。
そんな中で、会社の同僚の河野君から、「この本は、俺が昨年読んだ本の中で一番よかった本だ。読んでみるかい?」と手渡されたのが、マイケル・ピルズベリー著・野中香方子訳「China 2049 秘密裏に遂行される『世界制覇100年戦略』」(日経BP社)という本でした。
実に、実に、実に、おっとろしい本でした。
実は、途中で何度も読むのを投げ出したくなりました。変な風に聞こえるかもしれませんが、とても重要で興味深い面白い本であるのに、「面白くない」のです。この「面白くない」というのは、つまらない、という意味ではなく、不愉快という意味に近く、というより、そんな強い意味ではなく、ただ読んでいてあまり楽しくないという意味です。それは読者の立ち位置によって、まるっきり違ってしまうかもしれません。中国人のタカ派が読めば、血沸き肉が踊り、大変痛快かもしれませんが、特に米国人、そして日本人が読めば、まさしく、不愉快に近い「面白くないなあ」という感慨を抱いてしまうと思われます。
ラ・トゥール(ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵) Copyright Par Duc Matsuocha gouverneur
語弊を恐れずに書けば、世界中の保守保護貿易派の皆さんに「それ見たことか!」と勇気と力を与えるようなイデオロギッシュ(イデオロギーとエネルギッシュを合わせた造語)な体裁になっているのです。さぞかし、来年、大統領の椅子に座っているかもしれないトランプ氏のバイブルになるやもしれません。勿論、日本の安倍さんにとっても、フランスのル・ペンさんにとっても…。
著者のピルズベリー氏は、長年、国防総省やシンクタンク「ハドソン研究所」などで中国研究、特に中国の対米戦略の研究を続けてきた、恐らく、米国の第一人者です。これも、恐らくですが、米国の対中政策に多大な影響を与えた人物でしょう。米国内で数えるほどしか閲覧することができない機密文書に接したり、製作したり、政府中枢に助言できる立場にいた人物だったからです。
ベラスケス(ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵) Copyright Par Duc Matsuocha gouverneur
そのピルズベリー氏が「執筆に50年を要した」というのが本書です。当初は、「パンダハガー」(パンダをハグする人=親中派)として、中国に対して技術面でも軍事面でも実業でも、極秘に支援し、将来、中国は民主的国家になって、米国の国益に利することになるだろうという楽観派でした。
しかし、長年、中国の政府や軍事関係者と意見交換しているうちに、この考え方は間違っていたことに気づいていくのです。そのことについて、事細かく書かれているのが、本書ですが、私は、非才で、その内容をうまくコンパクトにまとめることができません。皆さんも是非読んでみてください、としか言いようがない「戦慄の書」です。
ティティアン(ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵) Copyright Par Duc Matsuocha gouverneur
一言だけ、追加できるとすれば、中国共産党政権は、1949年の建国以来、「100年マラソン」を続けており、100年後の2049年までには、中国は、周辺国(つまり、日本ですねえ)はもとより、米国も圧して、世界一の覇権国になっている、という内容なのです。
しかも、隠密に覇権国になっているので、誰も気がつかない。表では、「技術力もない、軍事力もない、ひ弱な貧乏三等国」のように謙虚に振る舞って、相手を油断させて、莫大な支援を獲得して、陰では、サイバー攻撃で、あらゆる機密情報を窃盗して、剽窃し、知的財産権をただで手に入れ、しかも、米国から支援された軍事技術を、あろうことか、米国が敵対するイラクや北朝鮮などに輸出し、しかも、深刻な大気汚染を世界中にまき散らしてきた事実をつかむのです。
中国の目的は、とにかく世界制覇で、20世紀に欧米列強や日本から半植民地化された復讐をして、18世紀に世界のGDPの3分の1を占めた世界最大の「強い帝国」を復活させること。そのためには、手段は選ばず、「面従腹背」「外儒内法」(外では温厚に、中では情け容赦なく)は何のその。つまり、トウ小平の言うところの「韜光養晦」(とうこうようかい=野心を隠して、力を蓄える)で、まんまと敵を、知らず知らずに自分たちの計略にはめ込む戦略だというのです。
さらには、別に軍事力で世界制覇しなくてもいい。「国家ぐるみ」で、経済規模を膨らませ、そのうち米国経済の2倍も3倍も凌駕して、孫子の兵法のように「中国は戦わずして勝利を収めるだろう」と、ピルズベリー氏は予言するのです。
勿論、これらの予言は、ピルズベリー氏という対中戦略研究家の米国人の色眼鏡を通して、という大前提があることは確かです。しかしながら、「親中派」から「反中派」に転向した現場を熟知した専門家による理路整然とした本書は、たとえ全面的に賛同できなくても、現代人として、一読の価値があることは確かなのです。