「政治少年死す」を読み考えたこと

東京・新富町

ノーベル賞作家大江健三郎(82)が56年前の1961年に雑誌「文學界」2月号に発表して以来、右翼団体からの抗議で一度も書籍化されることがなかった中編小説「政治少年死す」が、来年7月から刊行開始する「作家デビュー60周年記念 大江健三郎全小説」全十五巻(講談社)の中に初めて収録される、ということで話題になっております。 

 「政治少年死す」は、1960年の浅沼稲次郎社会党委員長の刺殺事件(東京・日比谷公会堂)の被疑者で、勾留中に自殺した右翼団体「日本愛国党」の山口ニ矢少年をモデルにした小説「セヴンティーン」の続編です。

浅沼事件は、たまたまテレビでも放送され、刺殺の瞬間をとらえた毎日新聞のカメラマンは、確か、最後の残り一本のフラッシュかフィルムでギリギリ撮影したものだと回顧していました。この有名な写真は、ピューリツァ賞を受賞したと思います。間違っていたら訂正しますけど(笑)。

私は、皆さんと同じように、若き頃、「セヴンティーン」は読んだことがあります。そして、また、皆さんと同じように、その続編「政治少年死す」も読んでみたいと思っていましたが、当時はその願いは叶いませんでした。

それが、今のようなネット全盛時代となると、今では、この小説がネット上にアップされていることを発見して驚きました。全集に収録されなくても、簡単にこの小説が読めてしまうんですね。本当にびっくりですよ。

私も早速、ダウンロードしました。56年目にして読めるとは、非常に感慨深いものがありました。

大江健三郎は、ノーベル文学賞を受賞した方ですから、当然ながら、50年に1人出るか出ないかの大天才です。この小説も25歳の時の作品ですから驚愕します。私も、彼の「個人的体験」「万延元年のフットボール」「新しい人よ目覚めよ」…代表作はかなり読みました。

しかし、実際にお目にかかったりしたりすると、大変がっかりしたこともあり、一気に彼に対する敬意も覚めてしまったことがありました。ここでは理由は書きませんけど(笑)。

それは置いといても、やはり、彼の文才には尋常ならざるものがあります。今の25歳は書けないでしょう。

というのも、「セヴンティーン」にしろ、その続編の「政治少年死す」にしろ、浅沼刺殺事件が起きて、一年も経たないで、同時代として発表しております。フィクションの体裁を取っておりますが、ほぼノンフィクションに近いのです。

当時、日本でも公開されて大ヒットしたアラン・ドロン主演の映画「太陽がいっぱい」と思しき映画も出てきて、非常にタイムリーで、舞台も、原爆投下からまだ15年しか経っていない広島だったり、後に「ヒロシマ・ノート」を書く大江本人と思われる若い作家まで登場してこの右翼少年からナイフで恐喝されたりして、微苦笑を禁じ得ませんでした。(誹謗中傷する意図は全くありませんよ!)

「教育勅語拝読」「御真影」「左翼どもが」…などとまるで今のネトウの先駆者のような言辞を少年の口を借りて披歴して、とても56年も昔の作品とは思えませんでした。

1960年代初めは、深沢七郎の「風流夢譚」事件(中央公論社嶋中社長宅刺殺事件)などもあり、右翼によるテロが横行して、市民に恐怖を与えていた時代でした。

(「風流夢譚」は発禁本となったので、私は仕方ないので国会図書館まで足を運んで読みました。私は、右翼でも、左翼でもなく、単なる負け組ですが、正直言って、酷い残酷な作品で、これなら右翼でなくとも怒るのは無理もないなあ、と思いました。ただし、刺殺事件などのテロを起こすことは言語道断で許しがたいですが)

東京・銀座シックス

今は、安倍菅独裁政権によって、忖度社会となり、言論の自由まで脅かされている時代となってしまいました。

右翼テロ全盛期の1960年代初期に発表できなかった作品が、今、発表できるなんて何か面妖な、不思議な気がします。

この小説にご興味のある方は検索してみてください。そのうち削除されるかもしれませんから。

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